玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

twitterドラマとネットとテレビ

2010年04月17日 | ネット・ブログ論
twitterを取り上げたドラマ「素直になれなくて」がネットの一部で話題になっている。
私はtwitterユーザーじゃないしドラマも見ていないが、「素直になれなくて」と脚本家を話題にして大いに盛り上がるブログやtwitterまとめ、はてなブックマークを読んだら「まだまだテレビはメディアの王様だ」と感じてしまった。

Twitterのドラマの実況TLだけを見ながら考えたこと - G.A.W.
 例のツイッターを題材にしたドラマだが、TLが無類におもしろかった。あのおもしろさはアニメのTLの比じゃない。

 俺がフォローしてる人は、基本的にはオタ趣味を持っている人が多い。ついったーやってる人の平均年齢は三十代くらいっていうけど、もしそうだとしたら、平均と比較して大学生の比率が高いと思う。ブログつながりで、はてなでブログやってる人もかなり多い。

 で、そんなTLがドラマの実況一色で染まった。

TL(タイムライン)とは | Twitterまとめサイト
TL (タイムライン)とは、文字通り、時系列でTwitterのホームページ上に、様々な人たち(自分がフォローしている人たち)の発言が流れてくるスペースのことを言う。

この時点で最初の勝負はテレビの完勝である。相撲で言えば立会い直後に怒涛の勢いで押し出し、くらいの勝ち方だ。

テレビ局、特に民放にとってありがたいのはリアルタイムで見てくれる視聴者である。というのも、録画して後で見るタイムシフト視聴者はCMを飛ばしてしまうからスポンサーにとっては広告効果がない。だから視聴率を調べるときに録画率は計算に入れない。
たとえツッコミ目当てだとしても、ドラマの評判が悪かったとしても、「TLが実況一色に染まる」くらい熱心にリアルタイム視聴してくれるtwitterユーザーはフジテレビにとっておいしい客に違いない。twitterで実況せずタイムシフト視聴(CM飛ばし)して感想を書くブロガーよりもずっとテレビ局の商売に貢献している。

ネット業界人の中には、「テレビは死にかけたオールドメディアだ、これからはネットの時代だ」などと煽る人がいる。そして、ネットの中でも最先端なのがtwitterというツールで、twitterユーザーは情報感度の高いイケてる人たちだ、みたいなプライドを持ちありがたいビジョンを布教したがる人もいる。
そんな痛い人は少数派だろうが(だと願いたい)、「オールドメディア」の仕掛けたtwitterドラマに手もなく乗せられて「TLが実況一色に染」まるありさまはむしろテレビの影響力の巨大さを証明している。これがすでに影響力を失ったメディア、たとえば新聞小説ならどうだろう。朝日で「twitterをネタにした新聞小説」が連載されたとしても、わざわざ読んで感想を書くtwitterユーザーはほとんどいないはずだ。

「テレビからネット(twitter)」の影響力が大きいのは間違いないとして、ネット(twitter)からテレビに影響を及ぼすことはできるだろうか。間接的にはともかく、直接目に見えるような影響はほとんどゼロである。純粋にネット発のなにかをテレビがメインコンテンツとして取り上げるのはYoutubeをネタ元にしたバラエティくらいだ。twitterの「TLが実況一色に染」まるネットのテレビ依存とは好対照である。
テレビはネットのおいしい部分をつまみ食いするだけで、ネット原理主義者が期待するような「ネットの意見がテレビを変える」「ネットの存在がテレビを越える」現象は起きるとしてもまだまだ先だろう。


Twitterのドラマの実況TLだけを見ながら考えたこと - G.A.W.
 今回のツイッターのドラマが特におかしいことになってたのは、テレビとまったく関係ないやりかたで成長してきた「ツイッター」ってものを、テレビが、テレビの価値観で把握してネタにしちゃったからだと思う。あたりまえの結論でアレなんだけど、まあそれはいつものことか。

そう、いつものことだ。テレビの職業ものドラマとか、多少マニアックな趣味を題材にしたドラマは関係者から見たらたいてい噴飯ものである。「あるある」「わかってるな」よりも「ないない」「全然わかってない」という感想のほうがずっと多くなる。良し悪しはともかく、テレビドラマというのは基本的にはとことん通俗的なもので、非専門家・非マニアの一般視聴者のための暇つぶしだ。「ツイッターのドラマが特におかしいことになってた」と感じるのはtwitterに思い入れをもつ人たちだけだ。私に言わせれば自意識過剰もいいところである。ドラマ「素直になれなくて」の作り手たちは、これまで医療ドラマや警察ドラマ、鉄道マニアドラマやモータースポーツドラマを作ってきたのと同じように、視聴率獲得には熱心に、ドラマの(マニアの評価する)質はそこそこに番組を作っただけのことだ。

仮にtwitterドラマが「特におかしいこと」になるとすれば、それは未来から振り返ったときだ。twitterがそれこそエヴァンジェリストの期待するように大いに普及して社会のインフラになれば、10年後とか20年後の一般人が「あのドラマは変だったなあ」「今では考えられないよ」「あんなのを変に思わず見ていた自分たちは何もわかってなかったな」ということになる。
コンピュータが普及し始めたときは「巨大な中央コンピュータが世界を支配する」とか「プログラムが書けないとコンピュータ時代に乗り遅れる」みたいな、今から見ればトンチンカンもいいところのお話が受けた。パソコン通信とかインターネットも最初のうちは誤解されておかしなドラマが作られた。たとえば2000年に放送された「ネット・バイオレンス」もそのひとつだ。

ネット・バイオレンス~名も知らぬ人々からの暴力~ - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
インターネット上の「匿名の暴力」に立ち向かう女性を描く。「雑誌記者の亮子(夏川結衣)は、バツイチのシングルマザー。心のよりどころは、インターネットを通じて同じ様な境遇の人々と意見交換することだ。ある日、ふとしたことから本名を明かして意見を投稿したところ、全国から個人攻撃を受けてしまう。亮子はその先鋒である「大阪ヨーコ」と名乗る人物に接触を図り、その正体を突きとめるため大阪に乗り込む。

野沢尚『ネット・バイオレンス』覚書にかえて★テレビドラマデータベース

2ちゃんねる過去ログ ネットバイオレンス(再)
超適当-「ネットバイオレンスが怖い人々」

ネット(匿名掲示板)に対してナイーブな野沢尚と、2001年にはすでにすれっからしだった2ちゃんねらーの温度差が対照的だ。ナイーブな野沢尚が2004年に自殺したことを思うと痛ましいが、それはそれとして現在のネットユーザーから見れば、「ネット・バイオレンス」は変だ、わかってない、逆に主人公のほうが怖い、みたいな感想を持つことが多いだろう。良し悪しはともかく、ネットユーザーは2ちゃんねるの存在に慣れ、「匿名の悪意」に対してタフになっている。

Twitterのドラマの実況TLだけを見ながら考えたこと - G.A.W.
 かつてはテレビ様の前で人は平伏するしかなかったんだけど、すでにこの世界には「テレビ様wwwww」っていう視点がある。テレビの人たちは、ツイッターがどんなものであるかは調べたかもしれない。そのうえで現実に即しないドラマを作っちゃっていいと思ったのかもしんない。ドラマはある程度は「典型」を視聴者に与えなきゃいけないんだけど、まだこの「典型」は押してけると思ったのかもしれない。

 だけど、その人たちは、きっと「テレビ様すげえ(笑)」っていう視点がネットにあることだけは知らなかったんじゃないかな。仮に知ってたとしても、そんなもん黙殺できるレベルのものだと思ったのかも。

好き嫌いは個人の勝手だが、それにしてもテレビとその作り手を馬鹿にしすぎだ。
テレビを批判し「あんなのものはくだらない」と切り捨てる見かたはそれこそテレビ放送が始まった50年前から存在する。「ネット以前はテレビ批判は存在しなかった」みたいな物言いはかえって視野の狭さを感じさせる。テレビの作り手たちはテレビ批判の存在に慣れているし、自分たちの提供する情報と娯楽のファーストフードが「グルメ」たちの批判とは関係なく売れつづけてきたことに自信を持っている。
もちろん、ネットによって普通の視聴者が「非テレビ的」な物の見方や「反テレビ的」な意見に接しやすくなったのは確かだろう。そして、テレビの視聴率が長期的に漸減しているのも間違いない。だが、「ネットに存在する反テレビ論の影響で視聴率が落ちた」と決め付けるのは早計だ。DVDにテレビゲーム、ケータイにネットと、テレビの市場を奪い合う暇つぶしが増えたこと、テレビの企画自体がマンネリ化したこと、不況で制作費がケチられたこと、など原因はいくつも考えられる。
「先進的な」ネットユーザーが「遅れている」テレビ業界を哀れむ、という構図はネット(twitter)に感情移入している人たちには好ましいものだろうが、「TLが実況一色に染」まるほど簡単にテレビの思惑に乗せられている姿を見ると茶番としか思えない。


参考
Twitterドラマに不満を持つのは、カーアクションを見て「俺はこんな危ない運転しねーよ」と不満に思うのと同じでしょ? - 倒錯委員長の活動日誌
eno blog: 『素直になれなくて』
ほんとあと 29時間半ぐらい素直になれそうもない - 大事なことなので(以下略)←略すな


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
既得権益に守られたテレビ局 (ぐわし)
2010-05-12 11:50:15
玄倉川さんはテレビの影響力を信じられているようですが、城繁幸さんという方がテレビ業界に関してこんな指摘をされています。

崩壊するテレビ局の日本型雇用
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/d4edf872dbfb045aeaca43d600db404c

下請けの制作会社の崩壊によって、テレビ局にも影響が波及してくるのでは?そうなると、必然的にテレビの影響力は落ちていくのではないでしょうか。城さんが指摘されるように、下請けが崩壊すれば、上半分の部分も崩壊するわけですから。
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追記 (ぐわし)
2010-05-14 12:30:50
あと、池田信夫氏がテレビに関してこのようなことをおっしゃっています。

テレビが没落し、ウェブが「第一のメディア」になる(池田信夫の「サイバーリバタリアン」 )
http://ascii.jp/elem/000/000/465/465739/

地上波は死ぬが、テレビは生き残る
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51416278.html

玄倉川さんは、池田信夫氏の意見についてどう思われますか?
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テレビはマスゴミである (ぐわし)
2010-10-12 14:54:25
>まだまだテレビはメディアの王様だ

尖閣諸島の問題で10月2日に日本政府に対する抗議デモがあり、参加者が約2700人と大規模な集会になりました。

反中国デモ「報道せず」のなぜ 外国主要メディアは次々報道
http://www.j-cast.com/2010/10/04077447.html

海外の主要メディアは大きく報道しているのに、日本のテレビや新聞は全く取り上げませんでした。こんなに体たらくな報道姿勢で、「テレビはメディアの王様」と言えるのでしょうか?玄倉川さんが、尖閣諸島問題について一切言及されていないのも気になりますが。
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