玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

国籍法とDNA支配

2008年12月05日 | 政治・外交
改正国籍法が国会で可決成立した。
これでネットの空騒ぎも沈静化するだろうとほっとしている。
だが、煽ったり煽られたりした人たちがどれだけ正気を取り戻すのか、反省してくれるのかあてにできない。憂鬱だ。

騒ぎが始まったときから、国籍法改正反対運動の意味がわからなかった。今でもわからない。
私は法律の素人だけれど、「素人が常識的に考えて」(反対派の人たちが好む言い方)特別に問題のない、いや、憲法を守り人権を擁護するために必要な法律だと感じる。憲法とか人権という言葉にアレルギーを起こす人たちもいるが、与党政治家を国賊よばわりして何のお咎めも受けずにすむのはそれこそ憲法と人権のおかげである。

 今度の改正は、最高裁判決が出ているので改正案以外に変えようがない(DNA義務付けが無理なんて法律のプロならわかることです。)という事情、専門家からは長年にわたって問題点として指摘された点を、諸外国でとっくの昔に実施し、国際的な人権規範で認められた最低水準にあわせるだけという内容の穏当さ、生後認知された非嫡出子に国籍を与えるに過ぎないという影響力の小ささ(法務省は年間700人程度といっているらしい。過去分がどのくらい届出るかわからないが、まあそんなもんでしょ)、改正案の審議の段階から報道されているという内容のわかりやすさ(報道されていないなんてウソですよ。)、いわれのない差別の解消の必要性という大義名分、・・・もっともモめる要素のない法案だった。
 それが、衆議院の可決直前になって、デタラメな情報がネット上に飛び交って、議員も巻き込んでの大騒動。法案の趣旨は完全に没却され、あたかも偽装認知防止法を議論しているかのようだった。

改正国籍法成立雑感 - いしけりあそび

「いしけりあそび」さんは入国管理事案の経験豊かな弁護士だ。実務の現場から「国籍法改正反対運動」のバカらしさを伝えてくれてとても勉強になった。
そもそも反対派が問題にする「偽装認知」なる概念自体が私にとって「?」である。これまで認知拒否トラブルについて聞いたことはあるが「偽装認知」なる言葉は初耳だ。「認知」というのは身に覚えのある男にとってさえ大事である。まして偽装のために認知を利用させるなどというのはよほど自暴自棄でないとできない。戸籍を売り渡すのと同じレベルのヤケクソである。言っちゃ悪いが、偽装認知を軽く見ている人たちは「身に覚えのある」経験をしたことがないんじゃないか、だからリアリティが持てず妄想にとらわれるんじゃないかと疑ってしまう。
「偽装認知が人身売買に利用され日本人男性が戸籍を売り渡して何十万という不良外国人(の子供)が日本国籍を取得し治安を悪化させ生活保護を食いつぶして日本滅亡!!!!!」 …という反対派の想定するシナリオははっきり言って妄想である。多少誇張してはいるが、「国籍法 改悪」で検索すると大差ない主張をしているブログがたくさん見つかる。それどころか国会でおかしな質問をする「愛国者」「リベラル派」議員までいる。まったくあきれてしまう。
念のため言っておくと、私は経団連や一部の政治家が主張する「移民の大量受け入れ」には反対である。だが、今回の国籍法改正と移民受け入れの是非は別の問題だ。国籍法改正阻止を移民受け入れ反対の砦のように思っている人もいるが、迷惑な話である。移民大量受け入れを懸念するのは国籍法改正反対運動のような妄想やレイシズムとはまったく違う。

厄介なのは「DNA鑑定を義務付けるべき」という主張だ。
それはギャグで言ってるんですか、正気ですか、という感じなのだが、反対派は真剣らしい。まったく勘弁してほしい。
私の理解するところでは、日本の戸籍制度で実の親と認められる条件は「婚姻」「出産」「認知」である。DNAという概念は組み込まれず、場合によっては排他的に扱われる。
いい例が「代理出産」だ。向井・高田夫妻に対する最高裁判決で明らかにされたように、「出産した女性(代理母)が母親とされる」のであって、卵子の提供者である向井亜紀氏は実母と認められなかった。この場合も、夫である高田延彦氏が非嫡出子(婚外子)として認知すれば高田氏の実子と認められる。仮に高田氏が無精子症で第三者の精子を利用していたとしても、である。
私は「代理出産」とはDNA信仰によって生まれた「寄生出産」でしかないと考えている。DNAにこだわらず婚姻・出産・認知を基本とする日本の戸籍制度は正しい。仮に遺伝関係を基盤に実子認定するとしたら、制度の土台から組み替えることになりかえって社会的混乱がおきる。「代理出産」賛成派にとっては「DNA支配の勝利」ということで歓迎されるだろうけれど。

私は基本的な信条として「日常生活ではDNAを気にしない」ことにしている。
DNAにこだわりだすときりがないが、こだわってもろくなことがない。両親に学歴がないからといって「自分も頭が悪いに違いない」と思い込んで勉強しない子供がいたら叱らなければいけない。逆に両親が賢いから自分も利口なのだとうぬぼれて宿題をサボる子供もやはり叱る必要がある。DNAに違いがあろうとなかろうと同じことである。人種・民族差別や障害者(色弱など)差別についてはいうまでもない。
医療とか限界的なスポーツなどでは、わずかな遺伝的違いが大きな意味を持つこともあるだろう。DNA診断で自分の体質に合う薬を見つけるのは結構なことだ。とはいえ、DNAを重視するあまり「優生学」まで突っ走ると人権侵害になる。
まして、戸籍とか国籍といった社会制度(法律)の問題でお手軽にDNA鑑定を持ち出すのはよろしくない。実際にトラブルが起き、通常のやりかたでは解決できないとき関係者すべての同意によってDNA鑑定を行うのに反対はしない。だが「トラブルを未然に防ぐためDNA鑑定を義務化する」のはDNA信仰の行き過ぎであり乱用である。
私にとってはあくまでも「人間 > DNA」である。実際に生きている人間をDNA概念の下に置くような考え方は危険だ。気軽に「DNA鑑定の義務付け」を言う人たちは自分自身を、いやすべての人間をDNAの奴隷におとしめる危険への警戒心が足りない。

参考記事
 e-politics - 国籍法改正
   反対派の疑問・批判に対してひとつひとつ答えている

 ○○○!知恵袋 国籍法は改悪なんでしょうか? - いしけりあそび
 どうしてもDNA鑑定が気になるけど、冷静に、法的な思考をする準備はあるよ、という方へ。 - いしけりあそび
 自由帳で数学とか物理とか | 【国籍法】DNA鑑定の義務を改正案に書けない3つの理由
 想定される偽装認知? - モトケンブログ
 田中康夫氏が示した視点? - モトケンブログ
 国籍法改正案でデマを流布する人々 - 白砂青松のブログ
 la_causette: 想像力の方向と読解力


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4 コメント

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拙著にコメントいただきたく (微好)
2008-12-26 21:05:47
 国籍法改正に関して大紀元時報でオピニオンを書いた者です。

 貴殿と理由は多少異なりますが、DNA鑑定に基づいて親子関係を見定めようという動きには、私も反対です。親と子が互いに相手を子や親であると認識し、親は責任を持って道徳に基づいて子を育て、子は親に倣い道徳ある者に育つことで、道徳を備えた人々が暮らす社会にすることこそ重要だと思います。DNAだけを拠り所にする家族は社会に有害だと思います。

 さて、私は同紙(ウェブサイト)にて今回の国籍法改正が新たな外国人差別を生み出しているとも書きました。出生前に認知されていない外国人の母を持つ子は出生時点で外国人であるにも関わらず後日に日本人父に認知された後は届出だけで日本国籍が得られるのに、そうでない外国人はいつまで経っても届出だけでは日本国籍を得られないのは外国人に対する生まれによる差別であり、憲法14条に違反しているのではないのか、という意見です。この件、ご教示いただきたくよろしくお願いいたします。
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コメントありがとうございます (玄倉川)
2008-12-09 01:53:49
いしけりあそびさん、お忙しい中わざわざコメントいただき恐縮です。ていねいなご説明ありがとうございます。
せっかく教えていただいたのに、私は法律的知識がほとんどないので(高校の公民レベル以下)充分に理解できないのが残念です。かといって、我流の思い込みでわかったふりをしたくはありません。ゆっくり勉強したいと思います。

「偽装認知」の実例はほとんどないのですね。あれほど大騒ぎしているのだから年間数件~十数件くらいはあるのかと思っていたのでちょっとびっくりです。反対運動の空騒ぎぶりから実体が薄いことは予想できましたが、まさかここまでとは。
ハインリッヒの法則を当てはめても、現在まで「偽装認知」の実体は(被害は)僅かといっていいでしょう。仮に国籍法改正で10倍に増えたとしても(そんなことは考えられませんが)やはり社会的大問題とは思えません。なんでこんなバカ騒ぎになったのか、ますます不思議です。
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idコールにお答えして (いしけりあそび)
2008-12-08 22:12:12
DNAの考察、おもしろかったです。
そして、idコールにお答えします。
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1310380191/E1343526842/index.html

http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20081204/1228356960
にも少し書きましたが…。
1 偽装認知とは
(1) 日本法の解釈
・ 血縁関係がない認知は無効というのが一般的な理解です。
・ 認知をした父は取消請求はできないとされています(民法785)。かって気ままな認知で子どもの立場が不安定になるのを防止する趣旨です。
・ もっとも、認知は無効の主張ができます(民法786)。
・ では認知をした父は無効の主張はできるか。できない説(できるとすると取消しを認めない趣旨がなくなるではないかという理由)と、できる説が対立しています。できる説にたつ古い判例(大審院判例大正11年3月27日)があり、これを支持する有力学説もありますが(たとえば内田貴・前東京大学教授・現法務省民事局参事官)、できる説が最近の判例の趨勢です。最高裁判例はありません。
(2) 外国人母の子を認知する場合
・ ただし、外国人がからむ認知の場合、無効を認めるには日本法と外国法の双方で無効が認められる必要があります(法の適用に関する通則法29)。
・ とすると、外国法には認知の無効を認めないものもあるので、結果として無効の主張ができなくなる場合もあります。たとえば、ペルーやコロンビアや認知の無効主張を認めません。またドイツの場合、血縁関係がなくても社会的な親子関係~おそらく扶養の意思や事実でみるのしょう~があれば、認知が可能(カッコー認知)です。
・ とすると、たとえばペルー人母・日本人父の場合、日本人父がした認知、ドイツ人母・日本人父でカッコー認知として有効であれば、結局、日本でも無効の主張はできなくなります。
・ もっとも外国法の適用も「公序」に反する場合は排除されます(通則法42)。とすると、たとえば単なる移民の方便のためにした認知などは、同情すべき事情があるかどうかは別にして、法律上は、認知無効を認めない外国法が適用される場合であっても、なお無効の主張が認められると思います。
(3) 偽装認知とは何か?
・ こう考えると、結局、日本人父が認知無効ができない国の子どもに対してした認知で、単なる移民の方便ではない場合(典型は連れ子認知)、カッコー認知が認められる国の子に対して日本人父がカッコー認知をした場合、血縁関係がなくても、認知は有効とせざるを得ません。DNAにこだわった議論がかまびすしい中で、曲解されると思ったので書きませんでしたが、実は、これを認める判例がもうあるのです。私が担当した事件で、日本人父が、外国人女性と結婚する際にした連れ子認知(連れ子は母が日本人と結婚すれば在留資格が得られるので、この認知は「移民の方便」ではありません。)を、10年近くたって離婚する際に、無効を主張してきたことがありました。日本人父の弁護士は、「そもそも血縁関係がない父子関係を維持することは日本の公序に反する」して、通則法42条を主張し、私は、それに反論し、地裁、高裁、最高裁も勝っているのです(判例集に載っていません)。落ち着いたら移転先ブログでゆっくり書こうと思います。
・ こう考えると、外国人母の国籍次第で、カッコー認知や連れ子認知は有効になったり無効になったりすることになります。以下は、完全な私見ですが、私はこの結論には疑問を持っています。翻って、日本人の場合であっても、父がいったん血縁のある子と同じように認知をしたものを、後になって血縁関係がないからといって無効の主張をすることは、子の権利をないがしろにするものではないだろうか? 私は、民法785の取消権者から父を除いたことの趣旨に反するゆえ、父は無効を主張できないという古い判例と有力説の考え方は、顧みられてよいと思っています。
2 偽装認知
(1) 以上、「ビザの方便のための認知」を偽装認知という考えでお答えします。連れ子認知はそこそこ知っていますし、上記の判例の件も含めて数件ほど担当したこともあります。すべて裁判所、入管には、事実を隠さず「血縁関係はないが、法律上有効」と主張して、認められています。
(2) クローズアップ現代でとりあげられたのは1件のみです。
(3) 週間朝日がとりあげたルポで何件かあるとのことでしたが、これは率直にいってヨタ記事と思います。
(4) その他、摘発例が2~3件報道されていると思います。
(5) もっとも、これまでは偽装認知もそれほど注目を浴びていなかったので、入管限りで発覚して報道されていないものもあります。私が知っているのは過去11年(私の弁護士歴。なお外国人事件は常時200件は受けているので噂もよく耳に入る立場にいます。)で、2件です(受任した事件ではありません、)。いずれも入管手続でばれて強制送還になっています。
(6) 怪しいと思って受任を断ったのが1件。受任したものはゼロ。
(7) 暗数がどのくらいあるのかわかりません。但し、ブログでも書いたとおり、① ビザなしママ×ビザなしパパの件に限られるうえ、②http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20081204/1228356960 事情で普通はばれますし、偽装結婚に比べると聞かないですね。確か摘発件数も偽装結婚の100分の1程度、暗数はたぶん偽装結婚の方がはるかに多いでしょう。
(8) いずれにせよ、大多数の子の権利を制限する理由にならないのは、理論上も、社会的事実からしてもそう、というのはまちがいないと思います。
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Unknown (倉川)
2008-12-05 21:17:30
国籍法改正や移民1000万計画は日本国内の混血化を進め家庭レベルで国民のグローバル化を進め数十年後、本格的に現れてくるアジア共同体への適応環境構築を進めていく上での数々の政策のひとつだと思います。混血社会促進をしていく上で今後はいかに保守を効率よく弱らせていけるプランを考えていく事が必要になってくると思います。人権擁護法案は日本国内の混血化を進め家庭レベルで国民にグローバル化が浸透していくまでの過程で色々と起こるであろう保守層を中心とした外国人排斥運動からの外国人救済法案だと思います。
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