1月中旬から、9日間、ラオスへ行ってきました。
もし興味ある方は、しばらくは、旅行の話にお付き合いください。
今回は、8日目。ビエンチャンでのお話。画像が多いの重たいかもしれません。
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1月22日。午前7時。ラオス・ビエンチャン。
くまぞー「あれ、喉が痛い…」
これまで泊った町、ゲストハウスと違い、昨晩は、初めて蒸し暑さを感じて、
扇風機を回したまま、初めて半袖Tシャツで寝たのですが、どうやら、夜はしっかり冷え込んでしまったようです。
もしくは、ちょっと空気がほこりっぽかったのかもしれません。
あわてて、かぜ薬を飲んで、なんとか、悪化しないように、予防をしっかりします。
支度して向かった先は、タラート・サオ・バスターミナル。
時間を見ながら、ちょっと早足で、向かいます。
お目当てのバスは、まだ出発していなかったようです。
くまぞー「あっ、いたいた」
観光客「見送りに来てくれたんですかー」
昨日、ご飯を一緒に食べた日本人観光客は、8時発のタイ・ウドンターニー行きの国際バスに乗る予定でした。
くまぞー「ひとつお願いがあって、もしバスが時間通りに到着するか、どんな感じか、メール貰ってよい?」
明日は、帰国日。タイ・ウドンターニー空港・午前11時50分発のタイ国際航空のバンコク行きに乗らないと、日本に帰れません。
ラオス・ヴィエンチャンからタイ・バンコクまでは、長距離ツアーバスもあるし、
ヴィエンチャンからバンコクまでの飛行機もあるし、
ラオスのタナレンという町から1日1便の寝台列車もあるし、いろんな方法がありますが、
ぎりぎりまでラオス滞在し、かつ安く仕上げたかったので、一旦タイへ陸路で出国してから飛行機でバンコクへ。
では、明日はどうやってラオスを脱出しようか…最終日ゆえに、最大の難関となって、僕の頭の上に横たわっていました。
この国際バスが、ちゃんと時間通りに到着すれば、飛行機の出発時間には、楽勝なのですが…
観光客「いいですよ。夜になってしまいますが…」
くまぞー「無理しなくていいからね。もしパソコンにアクセスできたらでさー」
そんなわけで、メールのお願いと、この先の無事を祈って、バスを見送ります。
見送った後に、向かった先は、バスターミナルのすぐ近くにある、タラート・クアディン。
近代的なショッピングセンターのタラート・サオを補完する形の、昔ながらの市場です。
生鮮三品はもちろん、グロサリーや日用品、家電から洋服まで、いろんな商品が所狭しと並んでます。
この日の朝の、もうひとつの目的は、お土産物探し。
サラリーマンなので、職場の土産物は必須。人によっては、ここでセンスを発揮する人もいるのでしょうが、
僕にとって土産物で一番大切なことは、解りやすいことと、めんどくさくないこと。
どこに行ってきたのかが明確だったり、分けやすかったり手を汚さずにすむことだったりです。
市場内で、グルグル探しましたが、実は、ラオスは、産業があまり育ってなく、
ハンドクラフトの織物や民芸品以外では、メイド・イン・ラーオは、
南部で生産されるラオスコーヒー、そしてビア・ラーオ(ビール)くらいでしょうか。
メイド・イン・ラーオは諦めて、会社で配りやすい、メイド・イン・タイランドの菓子を買い込みます。
タラート・サオの旧館でもちょっと買い物をして、この日のミッションは、終了。
ナンプ広場近くにある、ベーカリーカフェで、クロワッサンサンドをオーダーし、Wi-Fiつないで、ウェブを見ながら、朝食です。
一度、ゲストハウスに戻って、さあ、市内観光へ出発…の、前に、ゲストハウスで、自転車を借ります。
10000キープと言うので「1hour? 2hours?…」と聞くと、「1day!」との返事。
約95円ですよ、これは安い!ただ気になったのは、兵庫県警の防犯登録シールが貼られているじゃないですか~
盗まれてラオスにやってきたものでなければ、いいのですが、ちょっと気になってしまいました。
ちょっと乗ってみると、後輪のブレーキがまったく利かず、前輪のみ。
仕事でいじったことがあるので、道具さえあれば、ブレーキの調節をしてもよかったのですが、
まあ、とにかく、安全運転で、出発です。
まず向かったのは、ワット・シーサケート。
本堂の周りを取り囲む回廊に多くの仏像が並び、回廊を眺めていると、異空間に誘われるようです。
三十三間堂にもちょっと雰囲気が似ているような錯覚も。
すでに時刻は12時近く。拝観料が必要な寺院はお昼休憩があり、閉ってしまうので、
続いて向かった先は…パトゥーサイ。内戦で戦死した兵士の霊を慰霊するための塔で、
パリの凱旋門をモデルに建てたとか。ランドマーク的な建物で、沢山の観光客がやってきます。
でも、塔の内部は完成していないそうで、中には入場料を払うと入れるのですが、
今回は、門をくぐって、外から眺めるだけにしておきました。
門の下から内部を見上げると、こんな壁画が。
時間は午後1時前。昼休みで門を閉じていた寺院も、そろそろ、午後の拝観時間です。
次に向かったのは、タート・ルアン。仏陀の骨がおさめられているとかで、
16世紀から建設が始まり1930年代には現在の姿となった、ビエンチャンの象徴的な仏塔です。
付近には国会議事堂などもあるのですが、なんとものんびりした雰囲気です。
家族でやってきては、こうして、みんなで手をあわせて拝んでいます。
つづいて、中心部に戻ってきて、向かった、ワット・ホーパケオは、現在、博物館的な位置づけで、僧侶がいません。
もともとエメラルド仏という仏像を納めるために建てられた寺院でしたが、現在は、バンコクのワット・プラケーオに安置されているとか。
ビエンチャンの寺院では、よく見られた光景ですが、
どうやら僧侶の集団が地方からたくさんやってきて、説明を受けながら、見物しているようです。
こちらは、ワット・シームアン。これは、狛犬という理解でよいでしょうか。
タートダムは、ナンプ広場近くにある、仏塔。昔は黄金に輝いていたとか。
画像はありませんが、続いて向かったのは、ラオス国立博物館は、こじんまりとした、建物。
どちらかというと、近現代史の中で、ラオスのたどってきた歴史が、写真パネルで解説されています。
ベトナム戦争の影に隠れてしまっているのかもしれませんが、ラオスの内戦も相当の犠牲者があったようです。
この日は、この建物の向かい側で、トヨタによる子供向けのイベントが開催されていました。
タイではがっちりシェアがあるらしい日本車メーカーですが、ラオスでは、ヒュンダイや起亜などの
韓国車メーカーはもちろん、BYDなど、中国車のメーカーも走っている様子。
自動車世界生産トップのトヨタも、うかうかしてられないのでしょう。
そんなイベント会場の横の建物には、なんと、スウェンセンズが!吸い寄せられるように、まさかの、パフェ休憩です。
…ちょっと調べてみると、今では、アンコールワット観光の拠点・カンボジア・シェムリアップにもあるとか。
もしかしたら、ここ数年で、東南アジア全体が急速に変化しているかもしれません。
時刻は、午後4時半ちかく。今日は、最後のメコンの夕陽を見たいので、ビエンチャンの観光は、ここで終わりにして、
ゲストハウスに一度戻ります。
太陽が沈む時間を待って、ネットカフェで時間調整…つか、ネットサーフィンしてると、時間が過ぎるのが早く、
あれよあれよという間に、日没直前。慌てて、店を出て、メコン川の川岸へ向かいます。
向こう岸に見えるのは、タイ・シーチェンマイ。首都が国境付近にあるというのも不思議ですが、
これもインドシナ半島の歴史の変遷に大きく影響されているようです。
ビエンチャン中心部を流れるメコン川の護岸は、きれいに整備しすぎていて、
フエサイやパクベン、ルアンプラバンで見たそれとは、ちょっと雰囲気が欠けます。
それでも、旅人の旅情を誘うのか、あちこちで、沈む太陽を見つめています。
あっという間の、8日間。もっとのんびりしたかったけど、そろそろタイムアップです。
この日の夕食は、ゲストハウス街の中にある、日本食レストラン。
お好み焼が名物で、とんかつ定食や、ラーメンなど、定番の味が人気だとか。
お客さん「先ほど、博物館でお会いしましたね」
くまぞー「あっ、そうでしたね。やはり日本人の方でしたか」
お客さん「ビエンチャンはいつまで…」
くまぞー「明日、タイに渡ってから、ウドンターニーからバンコク経由で、東京へ帰るんですよ。」
聞けば、バンコク在住の方で、各国への出張で貯まったマイレージで、ビエンチャンにやってきたとか。
海外駐在が10年以上と長く、いろんな話を聞かせてもらったのですが、
嘆いていたのは、日本という国の元気のなさ。
特に中国の経済の勢いと比較し、内向きな日本人の思考や経済、そして少子化を、かなり悲観的に心配されてました。
…うーん。
複雑な思いでした。
なんだかんだと言って、自分も、もう30代後半。
世間から見れば、同性愛者というちょっとゆるい立ち位置にいて、
自分が日本社会に影響を与えるほどの能力があるわけじゃないし、そんな仕事を任されているわけじゃないけど、
その元気がない日本社会の一翼を担う世代に片足突っ込んで、仕事をさせてもらっているのも、事実。
政治が…とか、会社が…とか、言い訳が利かないんじゃないかなと、実は思っています。
じゃ、自分にできることは何だろう?。
こうして、世界へ出て見て、いろんな刺激を受けるのも、その一つかもしれません。
英語が出来なくたって、これだけあちこち回れるのだから。もっといろんな所へ…
…まあ、いいや、旅先で考えることじゃありませんな。
そんな話をしてたら、すでに夜8時過ぎ。挨拶をして店を出て、
少しだけ土産物見たくて、夜店が出ているメコン川沿いへ。
ちょっとだけお土産を買い足して、ゲストハウスに戻りました。
朝、日本人の方にお願いしたメールは、ちょっと無理なお願いだったかな。
でも、明日の予定は、決めました…朝6時にゲストハウスを出て、ローカルバスでフレンドリーブリッジに向かおう。
そして国境を越えて、ノーンカイへ。朝一でタイへ抜ければ、あとは、乗り継いで、なんとか間に合うだろう。
名残惜しさや余韻をかき消しながら、バックパックに片づけをして、明日の出発の準備をするのでした。