それなりの ノタリ

地域活動がそれなりにやることがあって、かと言って、多忙というほどでもなく、ノタリの生活。

よく食べた 今年の柿

2011年11月30日 | 再開(雑記)

柿というのは子供の頃から、あまり好きな方ではなかった。

完熟でない場合はゴリゴリした感じだし、完熟過ぎるとネトネトしてクチャクチャして
形が崩れてしまう。  この辺が理由だと思うのだが。。。

しかし今年はお酒を絶っているせいか、甘いもの全般に食指が伸びるようだ。
福島、山形の柿が主流だったが、今日はふっと目を止め、足も止まることがあった。

その理由は~~~~

ボクの故郷新潟県産のおけさ柿だ。
 まだ味見してないが、4個でこの価格は妥当なところだろう。
夫婦二人だと4個というのはちょうどいい。
糖度も15度というから、これもちょうどいいのではないか?

今晩が楽しみだ。

 


南沢神社のこと~~我が地区から外れますが。。。

2011年11月29日 | 再開(地域と地域活動)

藻岩連合町内会のテリトリーから11年前に分離独立した南沢町内会連合会がある。
南沢地区は新興住宅地区で、これといった商店街もない完全住宅地である。

ただ、約6,000世帯1万5千人(概算)の人口を抱える地区でもある。
我が藻岩地区は豊平川に比較的近い低地にあって、中小企業・商店街と住宅地が
混在している地区である。

これに対し、南沢地区は古くから開墾され入植地・農業専門でもあったが、
現在では完成した完熟した住宅地として栄えていると言っても良い。

長い歴史を留めて現在に至っているが、例えば旧札幌農学校の新渡戸稲造先生に
師事した初代の松前氏がこの地を選んで、東海大学、東海大第四高校を創設した。
したがって南沢地区は幼稚園から大学まで有する、文教地区としてもその名声を誇っている。

また、雪印乳業の創始者の人々なども酪農を盛んにした。
創始者の末裔は現在、地元名士として公私ともに活躍されている著名人だ。

その南沢地区に建つ神社が南沢(みなみのさわ)神社である。


小高い丘に鎮座している


札幌に北海道神宮と並ぶ三吉(さんきち)神社があり、「三吉さん」の影響が強い。


管理運営はどこがやっているのか知らないが町内会有志であることは間違いない

【神社の由来】

明治27年、南沢1812番地に入植した袖森長八が札幌三吉神社の御分霊を拝受、小祠を建立したことに始まる。南沢三吉神社として祀られていたのが嚆矢とされ、その後、風害等で所在を転々とし、大正2年麻田小興門が所有地を寄附し、地元住民の協力により12坪の社を建立。昭和50年10月、現社殿を浄財拠出により建立、同52年7月宗教法人の認証を受け、同57年天満宮を合祀した。

南沢は日本におけるラベンダー発祥の地でもある。(富良野ではない


最盛期(7月頃)のラベンダー畑

 


今日は「洗車の日」

2011年11月28日 | 再開(雑記)

今日11月28日は「洗車の日」だそうだ。 それに因んで敢えてGSで洗車してきた。

    洗車の日
洗車を行い、愛車を「良い艶をもったクルマにしましょう」と、一般社団法人・自動車用品小売業協会が4月28日と11月28日を「洗車の日」に制定。日付は、4と28で「ヨイツヤ(良い艶)」、11と28で「イイツヤ(良い艶)」と読む語呂合わせから。
 

こじつけに過ぎない。
しかも雪がそぼ降る中、いくら頻繁に洗車しても、すぐに汚れてしまうのだが、
そんな日が今日なのかと思えば、行ってみたくもなる。


この石油会社の発行するカードに洗車がサービスとして付いてくる
だからお金を使ったという意識に乏しい  それがカード会社の目当てなのだが


お蔭さんでピカピカになった

明日の今頃は汚れているだろう。

 


断捨離

2011年11月27日 | 再開(雑記)

断捨離という言葉が流行る(流行った)のには理由があるのだろうか?

この初夏、家内の母が転倒して1ヶ月以上も入院していたが、また転んだら
命取りになると医師に言われる一方で、従来住んでいた一人暮らしの家は
段差はあるは、もっと若い頃に越してきた関係で、食器・ストーブ・思い出のアルバム・
その他品物、仏壇などなど、収納スペースにビッシリだった。

そこで家内が高齢者賃貸共同住宅を探してきて、契約。
本人の入院中に引越しの整理を始めた。

1ヶ月以上かけて、ようやく引越し完了。
そのときの断捨離は生半可なものでない。独居老人なのに、なんでこんなに荷物が
多いのか。  ①体が年齢とともに動かなくなり、または億劫になり、捨てることすら難しい
②日本人に固有の「勿体ない精神」が邪魔して簡単に捨てられない。判断がつかない。

断捨離=不要なものを断ち、捨て、執着から離れることを目指す整理法。
平成22年(2010)ごろからの流行語。

ボクはこの考えに大賛成。家内も母親の家の整理で身に沁みて分かっている。
そこで試しに今日、実行してみた。本が多くて、本棚から溢れかえっている。
まずは文庫本80冊ほどを適当に見繕って、近所のBOOK  OFF へ。
940円也。

値段でなく、身軽になるのが目的だ。本は重くてスペースを取る。
地震のとき不安だから、いち早く断捨離すべきだ。

一挙にはできないので、ダンボールあと20個ほど持ち込めば、本棚は
それなりにスッキリするのではないか。

選択の基準は古いのは勿論だが、ここ3年ほど読み返ししないもの、
今年のものでも、二度と読まないと思われるもの、程度の基準だ。

捨てて、少しは「あちらの世界」へいつでも行けるような軽い気分になった。


こんな備え付けの本棚が約8本ほど。
できれば10分の1ほどまで減らしたい。

 


神社 決算準備

2011年11月26日 | 再開(地域と地域活動)

ひどい神社があったもので、当神社の決算日は毎年1月31日だ。
決算定時総会は毎年、節分祭と一緒に開催するため、2月3日。
その2日ばかりの合間に、会計監査の実施とその後の総会資料の印刷・作成が必要だ。


だから1月のどんど焼きが終わり次第、ボクは決算に集中&専念することにしている。
やはり景気の影響からか賽銭や寄付金、維持費収入などは漸減している。
顕著になったのは一昨年からで、支出はそう変わらないのに、収入が減り、
よって過去の蓄えを取り崩していくとなれば、今後の社殿整備や境内整備などに
回すお金が無くなっていく。


抜本的な対策を講じなければならない時期の到来はそう遅くはないだろう。
「抜本的対策」とは、有力氏子諸氏による多額の寄進ということだろう。


決算用に今回購入したバインダー2冊と会計元帳500枚


ボクが財務担当役員になったときに導入した擔雪II(たんせつⅡ)というパッケージソフト

お金が動く日に会計入力は都度してきているが、例えば同じ性質の物を買っても
打ち込み費目を違えたりすることもある。

そんな場合、1年間を通じてザァーっと目を通して、修正を事前にしておく。
決算と予算に大きな狂いはないか、あれば原因は?
と、すでに総会モードの開始。

この間に連合町内会や自分が属する町内会の忘年会や正式な新年会(於:アパホテル)、
その他通常業務(ルーティン)が入り、今度のアイスキャンドルは1月28日と29日だ。
いろんなことが一気に重なる。1年で最高に緊張感高まる日々となる。

手抜かりのないよう、慎重に今年もやり切りたい。

 


藻岩神社 当面の予定~~ 正月祭 どんど焼き 節分

2011年11月26日 | 再開(地域と地域活動)

昨夜は藻岩神社の初詣、正月祭(元旦祭)、どんど焼き(1月8日)、節分祭(当日は神社の定時
総会を兼ねる)などに関する広報の会議が近所の「つぼ八」であった。
正月という大変な年番の各町内会長を決め、さらに授与品の中身を検討する等の会議である。

 
これがそのチラシで6,000部印刷し回覧板で配布するが、ボクは鉛筆で変更等のチェックしてる

会議自体は午後5時から6時までで、その後は「よろしく」という意味を込めて、
食べ飲みホなのである。 町内会から維持費と称して寄付金を徴収しておきながら、
責任役員他神社役員は会議はやるが、飲食費が伴う。
そんなんでいいのかなぁ ???r(・x・。)アレ???

そうは言っても、大晦日の夕方6時から1日は夜まで、2~3日は日中、寒い中を
ずっと社務所の窓を開け放して、授与品を頒布する仕事に携わる人たちだ。
事前のお礼方々の飲食であれば止むを得ないものとも思う。


16人出席したが、オジンばっかし
ボクもオジンだが「オジン度」がまだ違う

神社に抵抗感はないが、信仰宗教に入信している人はいない。
神社神道は日本の歴史的な文化を背景に生まれた思想だと思う。
日本人として素直に受け入れていいのではないかとも思う。
信じる、信じないは別として。。。。

それを担うのが後期高齢者だという現実が問題なのであって、
ボクなんかは天皇陛下とその依って立つ系列を崇拝するわけでもないし、
憲法で言う「象徴」に多少なりとも違和感を感じる。
しかし ボクは自分では右系の人であるとは思ってない。
むしろ「悩めるコスモポリタン的人種」と思ってるのだが、
神社に興味はあっても、入り込み過ぎたり、逆にシカトする気は毛頭ないのだ。

この人たち(写真の)だって、地域活動の一つとしてしか捉えていないに過ぎないものと
思われる。  それでいいのだ。 それ以上も以下もあってはならないのではないか?

 


交通安全 ファイナル街頭啓発 +α

2011年11月25日 | 再開(雑記)

雪のそぼ降る寒い朝だった。 今日は以前から南警察署が呼びかける、今年最後の
街頭啓発である。10時15分集合~解散になったのは11時15分。

だからちょうど1時間の啓発だったが、前後にホテルで署長や地区代表、の挨拶などがあり、
また、今回の大震災に伴う被災、死亡、行方不明者に対して黙祷をしたりした。
ボクの次の会合(アイスキャンドル)11時半開始まで終わるかどうか、はらはらした。


全員がこの手旗を持って国道ふちに立つ


気温が高いせいか、国道は黒々している


警察署長は「総決起集会」と言っていた。

参加した人は南区の10個ある連町役員、交通安全協会、交通安全母の会など
地域住民と関係する団体。

会場のアパホテルはちょうど我々の連町にあり、各自の方法で集合したが、
定山渓、芸術の森、御簾舞(みすまい)、真駒内など遠くから参集するときは、
送り迎えのバスになる。警察もお金を使っている。

いつも街頭啓発に参加して、交通事故撲滅または減少にどれだけの効果が
あるのか不思議に思っている。 やらなかった場合とやった場合でどんだけの
差異があるのだろう。 警察や区長は多分、やらないよりはマシ、といった
程度の認識ではなかろうか?

ま、こういう日でもないと、寒い日、出かける気持ちにもならないのだから、
運動になって良いことは良いのだが。。。。。

 


パソコン故障&修復

2011年11月24日 | 再開(雑記)

昨夜は大荒れの日で、打ち付ける雨と雷の轟音がすごかった。

ちょうどその時、ブログの返事を書いていたのだが、急に送信できなくなった。
パソコンにはHPを開こうとするとこんな表示になった。



それなりに自分で回復しようと取り組んだが、固定式の電話(ひかり)も発進、
着信とも使えない。 携帯電話だけでは、年老いた両親との連絡に不安がある。
仕方なくお世話になったNTTに電話して来てもらうことになった。


電話も使えない ひかりだからだ

打ち合わせの時間通りやってきた「救急隊員」は頼もしい。


1時間半ほど復旧に要した

原因は雷などでは全くなく、①ルーター部品の故障・消耗と ②IPのパスワードが消えてしまった
こと。  ①は部品交換で簡単に済んだ  ②の方は、使用許諾者のボクがIPに電話して聞きだす
ということで解決した。電話も。

こういうときはNTTの人が神様仏様に見えるものだ。
復旧作業もボクは何もせず、すっかりお任せ。

それにしても借りるのはイヤだと以前はルーター類は買取していたが、前回より
何かあったらNTTが責任を持って対処するとのことだったので、レンタルに切り替えた。
それが成功だったわけで、今日の修復・修理・部品代・出張費などかかるはずだが、
ゼロ円(フリー、無料)だった。

感激の一日であった。

 

 


サッポロ・ファクトリーへ行く

2011年11月23日 | 再開(雑記)

昨日、何年ぶりかで市街地中心部にあるサッポロ・ファクトリーに出かけた。
目的は孫♂の1歳の誕生日が来月上旬なので、プレゼントのおもちゃを買うために。


トイザラスが入店しているので

親(長男坊とお嫁さん)の方から先日来た時からリクエストがあったのは ⇒ これ
孫♂に与えたいならさっさと自分たちで買えばいいのに、とぶつくた言いながら、
雪の中を喜んで車を走らせる悲しい性の孫じいと孫ばあである。
じいとばあの出番を作ってくれたものと理解して応ずることに。

折角来たんだからと、いろいろと見て回り、ついでにランチとカフェくらいは
いいだろうと約2時間半も館内でうろついていた。

定年オヤジ夫婦のいいところ=空き空きの平日に動き回れる、 を十分に活用してきた。


札幌麦酒の工場だった、ファクトリーの顔、煉瓦館  紅葉は終わり、うらびれた様子


煉瓦館の一部


札幌麦酒株式会社醸造と書かれている(煉瓦館)


ビール製造の器械を展示用に残している  仄かにビール香がする

メインとなるアトリウムはもうX'mas モードになって、大きなツリーが鎮座している。
ただ、日中より暗くなってからの方が美しさが引き立つようだ。


メインツリー  アトリウム


メインツリー横  アトリウム

ランチはイタリアンの店で。喉が渇いたのでコーラ(札幌飲料㈱製でなく申し訳ない)


ミックスピザ


家内のポテト・グラタン


ガランとしたレストラン このトンネル状が3本連なって1レストランになっている
そのうち1本のトンネルレストランはジンギスカン専門


タリーズのカフェで一休み  2条館  店員さんはお仕着せの挨拶でなく、お客様の立場に立ってのサービスなので、とても清々しい。 気に入った。

こうしてボク等の「いい夫婦の日」は終わった。

※: 22日夜中、なぜか眠れません。こんな時間ですが、23日の記事としてアップします。

 

 


新タイヤの交換

2011年11月22日 | 再開(雑記)

10月のディーラー定期点検の際に、すでに冬タイヤに交換済みだったタイヤ。
ディーラーに言わせると「距離を走ってないのでタイヤの溝は充分ですが、経年劣化
していて、ゴムが硬くなっている」とのことだった。

その後、雪も積もることなく経過。滑るのか滑らないのかよく分からなかったが、
今朝の積雪を見て走ってみたら、アイスバーンでもないのに安定感が足りない感じだった。

そこですぐに予約していたタイヤ専門店に車を持ち込んだ。


今朝の国道230号線  我が家から100mほどと近い


タイヤ専門店  パトカーのタイヤ交換も2台入っていた


タイヤ交換光景

新タイヤはブリジストン製 BLIZZAK  REVO  GZ というブランドで、雪道の噛み具合は
日本一だという。 自分も若くない年頃になり、反射神経も鈍っていることだろう。

お値段もいいが、安全安心の時代、世代なのも事実。
いくら自分で気をつけても、冬道の車ばかりはいつも自分の思い通りになるとは限らない。
自衛とともに「他衛」も必要だ。

走ってみたがグリップがしっかりし、横ぶれは完璧でないが、制動、発進その他
充分なものだ。履き替え直後の割には安心感も強い。

結果、いい買い物だったかも  ニャハハ(*^▽^*)


お返しの白菜

2011年11月21日 | 再開(雑記)

11月10日の記事に、山形県の父の戦友から、商品用には整備されてないが味のいい柿が
送られてきたと書いた。 あんまり数が多くて、父と我ら夫婦では食べきれず、ご近所に
中でも大きめで形の揃ったものをお裾分けしたが、そのお返しが来た。

そういえば「雪が降ったので畑で収穫していたなぁ」  ちょっと大き過ぎないかなぁ?
さっきの柿も結局は食べきれずに、長男夫婦に多くを持たせた。
この白菜も父に4分の1(味噌汁用)、我が家は残った4分の3、
息子夫婦に1個と、すでに行き先を決めた。

とにかく父母とも新潟生まれ、育ちなので、いまだもって新潟近辺の親戚、知り合いから
時期になると送られるものが多い。 コシヒカリはすでに60kgに達した。
そんなに多く、90を超えた高齢者が食べられるはずもなく、今は新米でも
来年になれば去年産米ということになる。少しは考えて送ってくれてもなぁと
思うことしきりである。

それに以前のコシヒカリは貴重米だったけど、今や道産米の方が上だと思ってるので、
以前ほど「アリガタミ」が薄いような気がする。

でも贅沢は言えない。そのコメを父から貰って、息子に回すなど、充分に活用させて
もらってるのだし。。。。  アリガト♪(*^・^)/チュッ♪ フヨフヨ~~~コツン゛☆(。・_・。 )ポッ

 


北ノ沢神社

2011年11月20日 | 再開(地域と地域活動)

藻岩地区は川沿、北ノ沢、中ノ沢、南沢(なぜか「ノ」がつかない)の4地域に大きく分かれる。
ボクがお手伝いしている藻岩神社のテリトリーは住所に川沿と名のある地域6,000世帯。
北ノ沢神社と中ノ沢神社は北ノ沢地域、中ノ沢地域をテリトリーにしている。

神社のテリトリーとは別に行政区域がある。
藻岩地区は川沿、北ノ沢、中ノ沢の3地域で、約9,000世帯強。

南沢地区は藻岩地区だったが、藻岩から独立して地区=地域=南沢神社という
図式になっている。

今日、久しぶりに北ノ沢神社に行ってみた。一昨日から昨日にかけて積もった雪は
昨日の日中の好天になくなっていた。

どうですか?いかにもうら寂しい神社でしょう。
もちろん神主さんはいないし、賽銭箱すら置いていない。
管理は周辺の3つの町内会が執り行っているというが、例えば正月祭なんかも
できないし、授与品の頒布もできないのでは神社としての体をなさないのでは?

旧称、八幡神社。明治40年(1907年)、開拓者の丸藤米蔵が故郷の山形県から八幡神社の
分霊を受け私有地内に奉祀したのが創始。明治41年、安置所建設。昭和15年、現在地に
移転。昭和41年、神体盗難。翌昭和42年、丸藤精が山形県から神体の分霊を受けた。
祭神は、足仲津彦命、息長足姫命。例大祭は元旦と9月15日。
昭和17年(1942年)、藻岩地区内の神社の合祀が叫ばれたが、神体の合祀はせず、
藻岩神社の祭事には代表を送り、地区住民により八幡神社の祭事を続けていた。


以上が北ノ沢神社の由来だが、藻岩地区一帯が開墾地、入植地、屯田兵の給与地などの
歴史から始まる地域なだけに、神社建立も個人の努力に負うところ大なのだ。

神社の後ろは北海道循環器病院が経営する老人保健施設。
藻岩山が近いので、積雪期には急坂地の家などに住む老人は、デイサービスのマイクロバスが
滑って入っていけないため、冬季間を通じてショート?ステイ扱いとなる。
したがって、冬のこの施設の利用は満員状態が続くそうだ。

 


東京方面へ (下)

2011年11月19日 | 再開(雑記)

旅は2日目。終日、家内と鎌倉・江ノ島定期はとバス観光の日だった。
東京駅丸の内南口が出発点だったので、6時半起床で出かけたのだが....

バスは順調だった。昼食場所に到着する直前、急に息が苦しくなり
目を開けると光景が真っ白に見える。ろれつも僅かに回らない。立ち上がると足元が不安定。

そんなわけで救急車に来てもらい、近辺では最大級の総合病院へ。
救急車のなかでのやりとりで血圧が上も下も経験のない低さ。

しかし、血液検査、CT、X線などひととおりの検査をするが「異常なし」の診断。
病院に着いた時点で症状も元にもどり、寝不足からくる倦怠感はあるものの、
正常にもどった。

お陰でこの日の楽しみの有名店での昼食と、大仏など午後の観光がフイになった。
それにしても原因不明のままま正常だと言ってもスッキリこない。
家内も楽しみにしていただけに真に申し訳ない m(*- -*)mス・スイマセーン


鶴岡八幡宮の樹齢千年、大銀杏が強風により去年、折れた残骸

3日目は、家内は高校時代の無二の親友が熱海に住んでいるが、重病に罹り、
そのお見舞いに自宅まで出かけていった。

ボクはこの日も東京はとバス半日コースで、中学校の修学旅行の際に主に巡ったコース。
いわば「お登りさんコース」だ。


浅草寺 雷門


東京タワー てっぺんの部分が先日の強風で曲がったが直せないという


スカイツリー  さすがに天を突くような高さ


お馴染み二重橋


楠 正成の銅像

今回の旅行の目的の一つは①娘夫婦のこと ②中学の修学旅行の再体験
③家内は友人の病気見舞い  の3つだったが、アクシデントさえなければいい旅行
だったと締めくくれるが、アクシデントは原因すら分からない。

多分、旅行の直前にインフルエンザワクチン注射をしたこと、極端な寝不足と強行軍、
などが複合して、年齢を忘れた旅程を組んだことで発症したものと思われる。

健康が大事と言いながら、許容限度を超えた行動をしていてはダメだ。

大いに反省すべき点のある旅行だった。


東京方面へ (上)

2011年11月18日 | 再開(雑記)

娘が嫁いだのは埼玉県の医者のタマゴである。
入籍後、半年が経過したので家内とその後の様子を見に行った。
二人が住むアパートは築2年と新しい。ただ、やはり狭い。気の毒になるほどだ。
今後、新婚旅行と挙式・披露宴が、年末と来年GWにかけて控えている。

家内とボクは、代理店の企画する東京フリープラン、2泊3日。 往復の飛行機と
品川プリンスホテルの宿泊がついて二人で7万円強は安いと思う。
しかし、これだけで済まないのが旅行。年金生活ではなかなかの負担だった。
しかも強行軍。初日は5時半起床、12時就寝。2~3日目も同じようなもの。

ひととおり話をした後、この街で知られたお寺へ。
真言宗 聖天山という。 お札やお守り、七五三などやっているところを見ると、
神仏混淆なのだろう。賽銭箱すら置いてあった。


病気に罹らないとされる線香を焚く場まである。


本殿

ちょうど菊花展もやっていて、いかにも晩秋の風情。


地元産の日本酒の奉納もあった

その後、ちょっと早いが4人で夕食。なかなかの割烹で、こんなに若い者が来る場所
ではない。 道理で上司の先生に聞いてから来たとのことだ。


境内には「秋の桜」が咲いていた

品川駅まで1時間以上もかかるので8時半頃に終了。
具合が悪くなるほど食べたので苦しいほどだった。

ホテルは30階。東京の夜は早くは終わらない。


手振れでボケました~~ボクみたい


減るばかりの町の銭湯

2011年11月14日 | 再開(雑記)

ボクの住む藻岩・川沿地区には約6,000世帯が暮らしている。なのに、銭湯はたった一軒。

「高度経済成長期以降、風呂付住宅が一般的になったことや、平成期に入って「スーパー銭湯」と
呼ばれる入浴施設が次々と開業しており、急速に利用客、軒数ともに減らしており、2005年(平成
17年)3月末日における全国浴場組合加盟の銭湯の数は5,267軒となっている。」 (Wikipedia)

たった一軒残った銭湯。旧国道沿いにあって、駐車場スペースは3台くらいか?



父が今住んでいるマンションは元々はボク等家族が住んでいたマンションだ。
そのマンション(父宅)からだと徒歩3分くらい。

マンションの風呂は小さいし、家族5人で入る風呂ではない。
それでボクはシャワーを基本としたり、年に何回かゆったりした気分を味わうため、
この銭湯に通っていたことがある。

銭湯と言えばなんと言っても富士山の絵がないと締まらない。
自分がなんか、日本一になったような気がして~~ホント??


写真はお借りしました

テリトリーに6,000世帯が住んでいようが、来ない人は来ない。
圧倒的に来ない。 だから燃料費の値上がりなどで経営は大変らしい。

屋外に券売機が置いてあり、入浴券ばかりでなく、タオルや歯磨き関係、
髭剃り、その他いろんなものが売られている。

小さいがサウナと水風呂まであって、まさにスーパー銭湯ミニ版だ。
お湯は温泉でないからか、かなり熱めにしてあり、よく下洗いして体をある程度、
暖かくしてからでないと、焼けどしそうなくらいだ。

週休2日制で火曜と金曜が休業、営業日も午後2時半から10時までとなっている。

ご近所だし、これからは機会を見て行くように心がけたい。
ただ冬はちょっと。 髪の毛が凍ってしまうからね。

今日も昨日に続いて2記事を投稿しました。
明日から3日間、家内と東京方面に旅行に出ます。