それなりの ノタリ

地域活動がそれなりにやることがあって、かと言って、多忙というほどでもなく、ノタリの生活。

70歳 敬老乗車証(ICカード)

2018年06月24日 | 再開(雑記)

来月、私は70歳を迎える。

札幌市では70歳以上の人(老人)は、市内を走る市営地下鉄・市電とバス(JRバス、じょうてつバス、中央バス等)については、乗車運賃の優待を行っている。

名前は消しました。実物は普通のカードに同じ(上記は大き過ぎる)。

このICカードを乗車・降車のときに、かざすだけで実質無料になる。

実質というのは、初回のチャージで1,000円で1万円分乗ることができる。

年間最大で7回のチャージで7万円分のICカードになる。

初回のチャージのみ1,000円で1万円分になるのだが、7回万度で7万円を使えるためのチャージは累計で最大17,000円が必要になる。

私の場合、JR札幌駅や大通りまで往復で500円弱なので、20往復は1,000で済むことになるが、今までの実績で利用するのはせいぜい10往復かそこらなので、充分に間に合う。

しかも敬老カードは残額が翌年度に繰越ができるので、場合によっては2年間は使える勘定になる。年度を跨いだら、初回はやはり1,000円なので、来年度4月にチャージすればもっと長い期間使えることになる。

しかしいつまで元気でいられるのか、見通しが立たないので、なんとも言えないが。

それでも何となく、お得になった気がして嬉しいものだ。

 

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夏至まつり

2018年06月22日 | 再開(地域と地域活動)

札幌は、北から南へと長い国なので、特にこの時期=夏至の時期時ですが、本州各地より日の落ちる時間が遅く、日の出が早いのが特徴です。

その分、北欧ほどではなくても、夏至は大切な日なのです。

そこで町内会にある、地区センター(市の公営施設)でも「夏至まつり」というのを企画して実施します。

午前から夜にかけて実施しますが、私は夜の部は遠慮させてもらいました。一日中、働いていると、翌日腰や足のふくらはぎが痛くなりそうなので。

ほとんど一日中開いているので、適度の混み具合です。

私はこの時間が焼き鳥の時間でしたので、うちわを持って30分ほど参加しました。

本来のメンバーは地区センターと町内会連合会なのですが、市役所の出先のまちづくりセンターの職員も混ざって、盛り上がりのお祭りになったようです。

このような地域の活動には、連合町内会に籍を置いていたころは、当然のように参加してましたが、今後とも初心忘れずで行きたいと思います。

体育館ホールではプロの大道芸人が、マジックや不思議な技を提供してくれていて、これまた、楽しい模様しもののでした

 

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父の日

2018年06月17日 | 再開(雑記)

6月17日(日)は父の日だった。

子供たちには常々「まったく気にしないでくれ」と伝達しているのだが、長男だけはこの教えを守っている。しかし、残り2人は毎年送ってくるのだ。

娘が前日到着で送って来た。こんなカード付きで。

関東に住む娘からの贈り物は、土佐の高知のカツオのいろんな食べ方に対応した詰め合わせだった。カチンコチンの冷凍だったが。

 

これはご飯の上にカツオのたたきやシソ、ネギなどを載せて、ちょっとしたタレを振りかけた簡単レシピー。冷凍なのに自然解凍すればまるで生。私は元々、魚が苦手の方だが、これには唸らせられた。

これはもう一人の息子からだが、東京に赴任していたときからここ数年、毎年の定番、北海道は日高の鵡川産の毛ガニと決まってきた。

これは冷凍ではない。海の都合で獲れない日は獲れなっかった。17日の父の日は時化て摂れなかったので、間に合わなかったが、昨日21日に摂れた「獲れたて北海道」だった。。

老夫婦2人で1kg(500g×2杯)は到底多過ぎる。2日で割って食べることにして、今晩の夕飯にも食べようということにした。

なかなか満足のいく父の日であったかもしれない。

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何かとお金のかかる家の保守修繕

2018年06月09日 | 再開(自宅の保守修繕)

5月の灯油タンクへの給油のとき、業者さんが毎年灯油タンクの点検をしてくれる。
去年の点検までは「すべての点検項目に異常なし」の報告書が来ていた。
ところが今年は経年劣化のせいだと思うが、何か所も修理、部品の交換が必要だと指摘を受ける。
修理費用は8千円くらいだという。

我が家も建築後、22年目に入った。今後、毎年修理が必要になるだろうとのことで、新品の灯油タンクに交換することにした。すべての工事費、本体の入替え含めぽっきり税込で53千円ということなので、取り換えることにした。

それがこれ。

容量は490㍑で、オイル漏れや水分の侵入も心配なくなる。

マンションと違って、修繕積立金を積んでるわけでないので、負担感はある。

今年に入って、給湯器が故障し入替えで25万円、屋根の補修で5万円、今回ので5万円、旅行に26万円、電動アシスト自転車に10万円、その他で10万円と、特にお金がかかっている。

年金生活、危うしの半年であった。締めていかねば。。。

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街路の花植え

2018年06月01日 | 再開(地域と地域活動)

再び老人会の活動です。

ご覧になる人にとっては、面白くもなんともありません。

それでも、日記と同時に、こんなに細かいことまでやってるんだと、広報するつもりでお話します。

道路と、通常当たり前のようにに、舗道、もっと言えば舗道側に小さな花植え場がある。全国どこでもそうだと思う。

こういう場所は道路と歩道の中にある隙間空間として、歩道部分の除雪・排雪の対象になる。歩道の幅が4mあるのが当地の条例だが。 つまり、このスペースは冬には常時何㍍もの雪に埋もれている場所。歩道の雪と道路の雪が混ざるスペースなので。

したがって、まちづくりの一環として、町内会がそうした花で道の景観を綺麗にする作業をやることになっているが、当町内会においては、老人会が町内会の委託を受けて、ボランティアとしてやることが前例となっている。

5月の下旬に、老人会への「おふれ」を発して、花植え実施が決まった。
当日は26人の老人会員が集まった。あくまでもボランティアで、強制ではないのだが。

まずは、12個あるそうしたスペースの草むしり。
次に、一冬超えて硬くなった土の土起こし。
その後、町内にある花の畑を経営する、かなり広い香花園というところから、120株を買って、植えつける。その後、肥料をパラパラとして、水を掛ける。

70歳になるボクはまぁまぁ何とか気楽にやれるが、80歳代前後の皆さんには結構、大変だろうなぁと思いながら作業を進める。

寂しい花=少な過ぎる なのだが、今年、あるアクシデントがあって、市からの苗の配給が受けられなくなり、老人会の予算では1万円しか出せないとのことで、こんな形になってしまった。

こんなにスカスカした状態でも、最盛期には結構に育って、それらしくなるのは分かってるのだが。

そんなこんなで、2種類の花しか買えなかった。でもね、自分の庭と違って、車で通り過ぎる人がチラッと見るのには充分だと思う。

よくある安い花だ。80歳代前後の人たちが中心のボランティア、いろいろ考えれば、逆によくやれたなというのが私の感想であった。

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真駒内公園

2018年05月28日 | 再開(雑記)

真駒内(マコマナイ)公園は開拓使の時代から始まる。エドウィン・ダンというアメリカ人のお雇い外国人が酪農を進めるための広大な地域だった。

札幌が蝦夷の本府として開拓使が置かれたのは、明治2年のことだ。函館などでは、戊辰戦争真っ只中。

戦後、GHQのためのゴルフ場として開発された、緩やかな傾斜はあるが実態的には平坦地である。

1972年2月には、この公園をベースにして、冬季オリンピック大会が開催され、五輪のために地下鉄が開通し、地域は五輪の選手村としてマンションが建設され、周辺は町並みの綺麗な札幌の一大住宅団地として発展した。

最近では、北海道日本ハム・ファイターズの(ベース)ボール・パーク(BP)構想があって、現在の札幌ドームとは別に、野球場やアミューズメント、ホテルなどを含めた総合レジャーランドの候補地として選ばれたことがあった。

結局、もう一つの候補地として名乗りを上げていた札幌市に隣接する北広島市に決定した。

天気が良いので、自転車なら10分とかからないこの公園を一周してみた。

五輪のとき、屋内競技場として建設されたアイスアリーナ。フィギュア、アイスホッケーなどの競技が行われた。ジャネット・リン(米国)がフィギュアで金メダルになったことを覚えている人は、老人会関係の人ばかり??

ここは屋外競技場。スピードスケートや開会式があった施設。
屋内、屋外ともに施設の老朽化のため、管理者である道庁や市などは維持費の負担に頭を抱えている。

公園は1周すると概ね5km。ウォーキングする人、走る人、自転車の人の3種類の人たちがいる。私のような電動のちゃりんこの人は運動にもならないので、見かけない。

ゴルフ場だっただけに、広場と木々の配置はゴルフ場仕様なのが分かる。多分、9ホールだと思う。
BP構想には狭い感じだし、地下鉄駅から少なくとも2kmは歩く必要があるので、選抜されなかったのは仕方がない。

と言うより、こんなに居心地のいい公園がBPに占拠されたら、南区の自然が壊されて、人で溢れる場所になるのは許されない。

南区は、10区ある札幌の中でも人口の減少が激しく、高齢化率も高い。市の全体の面積の60%を占めるのに、人口はたった7%しかいない。それなのに、私の家から地下鉄を使わず、バスなら40分で札幌駅に到着する。しかも240円。

広い公園のなかに縦横にある舗装された道。散歩するには、本当は舗装道路は馴染まない。しかし、多くの人が利用し、駐車場も土日は有料。土日の過剰入場を抑えるための措置で、致し方ないのだろう。

公園の一番隅っこに当たる場所に「カタクリの里」というのがある。いくらなんでもカタクリの花はGWが限界だろう。豊平川の花魁(おいらん)淵は小高い丘になってるが、標高にして100mくらいの差があるかな、登って来た。この日の最高気温は14℃。汗をかくこともなく、のんびりと上った。

そんな丘でも一応、息が少しは切れるので、いい運動になった。
(心筋梗塞の恐れなきにしもあらず)

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母の日のその後

2018年05月25日 | 再開(雑記)

母の日は5月12日だったか。  送られて来た花は2セット。長男はなぜか送ってこない。以前、「無理して送らないほうがいいよ、子供たちのレジャーとか外食に当てたほうがよっぽどいい」と言ってから、その言葉を守っている。

これは次男(の嫁)から。

こっちは長女から。 見たこともないような、大きいユリだかバラ?だったかな。匂いがきつくて、普段は玄関の花置きスペースに置いていた。この家は居間が一番暖かくて、玄関と車庫が寒いので、花を飾るには工夫が必要だ。それでも夕方から朝までは居間に置いている。

その両方の花、あまりに多いので、仏壇やトイレ、2階の花飾りスペースに分散して置いていたのだが、日に日に枯れたりしてきたので、一箇所にまとめて置くこととした。

仏壇の花立は真鍮でできているので、長持ちがしない。トイレは1輪でも2輪でもいいから、少なくて済むので、なかなか花が減らない。普段から花代は結構とバカにならないお金なので、助かるには助かるのだが。。。

今日現在でこんな風になった。

やはりカーネーションが強い、香りも薄い、見栄えもするってなことで、母の日のプレゼントとしては王者なのかもしれない。

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電動アシスト自転車の良し悪し

2018年05月23日 | 再開(雑記)

4月の30日にAEONで、電動アシスト自転車を買った。

去年買った普通のママチャリだとこの近辺、札幌市中心部に向けて扇状地のため、どこを走っても、中心部へはラクにいけるのだが、帰りは体力を要する。つまり「行きは良い良い、帰りは怖い」状態なのだ。

年を重ねて思うことは、近所の山坂をママチャリで大丈夫か?

5年前ほどに、電動アシスト自転車を買ったことがあった。1年で壊れた~~made in Chinaだったし、現在の電動自転車と法律が変わったのだろう、性能がまったく違うのだ。

単純に言うと、以前のはただ電気が働いて楽だということや単純な3段切り替え。現在のはこぐに加重を掛ける必要がない、走行に3種類を選択できて、走りながらその3種を選択できる、しかも切り替えはそれぞれで3種類あるので、走行種類3種に対して、3段階切り替えがあるので、合計の選択肢は9段階切り替えということになる。

これだけの選択肢を、走っている時に自由気ままに変えられるというのは安心感と安全性をもたらす。ようやく安心・安全走行ができる状態になったように思う。因みにメーカーはPanasonicで、安心だ。

現在は自転車事故が多いので、盗難登録のほかに任意保険をかけるべきだ。盗難登録・保険600円を含めて。3年間で4,300円。本体+保険等のオール込みでちょうど10万円くらい。事前に下見をしたのだが、当日4月30日一日、当日限りで2割引の価格で販売すると言う。そうでなかったら12万円では済まないところだった。

黄色の四角で囲んだのがバッテリー部分。

 

 

モードは3パターン=パワー、オートマチック、ロング。パワーの場合はどんな坂でも楽に登れる。

ロングというのは、平坦地を走る場合で力は必要ないので、電池使用量は少ない。その分、脚に負荷が必要になる。それでも乗った感じは普通のママチャリよりはかなり楽だ。

今日、たっぷり(90%)充電したが、走行可能距離はどのモードで走るのかによって変わる。ロングの設定であれば88kmとなっている。楽に走ろうと思う場合は52kmだ。ロングでばかり走ることはないし、パワーばかりのこともないので、平均すると、充電状態が90%でも70kmくらいは走れる勘定になる。中間のオートマチックなら70kmを超えるだろう。

札幌市の中央区や中心街、すずらん公園、定山渓温泉、石狩湾の海などの郊外は充分行って帰って来られる。

それにしても不思議なのは、取説には充電は100%までしてください。空の状態では5時間半かかります、とある。

しかし、販売店の方はリチウムイオン電池なので、満タン充電はしないようにしてください、と念を押す。一体どうしたものだろう。メーカーに訊くしかない。

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古希を祝う会&同級会in新潟市

2018年05月18日 | 再開(雑記)

去年から出身の中学校の同級生のなかで、2018年は満で古希になるなぁ、一度集まりたいなぁ、なんて話が出ていた。

私が行くと言えば、幹事を立てて開催するとの話になっていた。

それで3月の中旬に馳せ参じることに決定をした。日程は5月14日(月)~17日(木)の3泊4日。父方の本家へのご挨拶も含めた。往路は小樽→新潟の新日本海フェリー14日午後5時出航、翌日15日の朝9時到着、ちょうど16時間の船旅だ。

高校の友人とも会うことにした。その他、お世話になった人たちや懐かしい場所も訪ねることも含めた。船中泊が1泊あるので、新潟では2泊3日なのだが、私としては3泊4日ということになる。フェリー到着から往路の新潟空港への送迎を含め、全てを中学の友人が車で完全アテンドしてくれた。

「ワシもまだ捨てたもんでないなぁ」なんて、恥ずかしながらそんな気分でいた。

↑ 5月14日(月)の小樽フェリーターミナルから撮影。桜あり。

カーテンを開ければ窓になっていて、閉塞感はない。この部屋、ツインだがシングルユースが可能。広いとは思わないが、一人でベッド他の全ての設備の配置は効率的・合理的で、逆に広過ぎると思うくらいだ。テレビ(主としてBSになるが。でも地デジもアナログの録画をしているのか、でかなり映る)、トイレ、洗面所、シャワー室が完備されていて、なんの不満もない。

天候にも恵まれて、揺れはほとんど感じることはない。快適な船旅。

↑ は入口から逆方向のカーテン側から撮った。寝るのは画像左のベッドでテレビが見えるようにした。

冷蔵庫、クローゼット、小物類(歯ブラシセット、シャンプー、ボディソープ等)も充実していて困らない。

カフェテリア方式のレストランがあって、海に向いた席でとりあえずのビール。このローストビーフ(右上)はロンドンでも食べたことのない絶妙の味だった。

部屋に戻ってのお楽しみに買った。大浴場でゆったりと湯に浸ってから、越後産の菊水(甘口だがアルコール度数が19度と高い)をししゃもの燻製を酒の肴に一杯。水は夜、喉が渇いたとき用に冷蔵庫に。大浴場は、夕方5時出航なので6時半くらいまで混んでいる。経験上、熟知しているのです。


 

新潟では信濃川に沿った萬代橋の付け根にあるホテル オークラに連泊とした。1泊だと1万円以上するのに、1泊に均すと8千円くらい というのは、シティホテルとしては安いなと思う。

この萬代橋(ばんだいばし)は、信濃川を挟んで、東新潟と中心部のある西新潟を結ぶ幹線の橋で、最初の1代目と2代目の木造の万代橋は大水に流されたが、3代目は昭和4年に今の姿になった。したがって、私が知っている万代橋はこれしか知らないが、亡くなった父が渡り初めしたという話を聞いていた。国の重要文化財だ。

なお、私が子どものころは「万代橋」と書いていたのに、いつから「萬代橋」と変えられたのか分からなかった。恐らく国の重要文化財と指定してもらいたかった、ということではないか。

先月も出雲大社や鳥取砂丘のバスツアーに行ったが、どんな小さな町や町でも、必ず特産品なるものがあって、観光客でにぎわっている。「北海道は観光大国ではない」というのが実感です。観光客(主として中国人)が大量に来るから、それに精一杯のっ努力をしている。しかし、自ら積極的に「観光業」に入り込む勢いがよく見えない、のが現状だろうと、要はビジネスチャンスを自ら放棄しているように見えます。

北海道は基本的には逆で、自然に甘えて力が入ってないと思う。本州と比べて札幌の評価を口にすると、うちの奥さんは激怒することが多い。私も結婚後45年、それほど強く奥さんに言われることはないと思ってるが、これが現実なのです。

弥彦神社にも行った。この神社も八百万の神を祀っているからか、先月行った出雲大社と同じく参拝の時には「2礼4拍手1礼」をするのだそうだ。

町に戻る途中、岩室温泉(いわむろ)で疲れを取った。

これは途中で立ち寄った「豪農の館」と呼ばれている屋敷だ。敷地8,800坪、建坪1,200坪という。越後随一の大地主で、全盛期には1,370ha(1,370余町歩)もあったが、戦後の農地解放で没落した。

 

恥ずかしながら私の出身高校だが、100周年のころだったか、建て替えられて当時の姿はまったく見られなかった。同窓というのは、単なる出身学生のノスタルジアではなく、物理的に存在して、見たもので、「ええーー!!」となるものでないかと。

今まで50年以上、払い続けてきた同窓会費。次はどうするかな??

本家~~と言っても、父は長男でなかったので、札幌に墓を建立したし、自宅の仏壇も父と母が「初代」なのだが、そうは言っても行ってみたいとの思いがあり、父の実家という意味だが、新潟との絆を確保するためには私にとって大事なお宅。その本家に挨拶がてら久しぶりに訪問したので、ついでだからと、阿賀野市にある出湯(でゆ)温泉へ行った。

後ろにある白い建物、「出湯温泉 共同浴場」とある。料金はたった200円。番台におばさんまでいる。シャンプー、リンス、ボディソープセット360円を払って入浴。

温い(38度くらいか)が時間をかけて入ると、じんわりと効いて、汗まで出てくる不思議な温泉だ。全頭ツルツルの友人は、38度のお湯なのに、頭からジンワリと汗(まみれ)になっておった。


 

本タイトルは「古希を祝う会兼同級会」となってるが、過去に還暦の同級会、65歳を迎えたときの同級会と、話す内容は同じで、よそ様が聞いても面白くないのは明白なので、省略させていただきました。

次ぎ、喜寿を祝う会ということになるのかもしれないが、みんなの話を聞いていると、病気や痛みが一つもない、なんて人はほとんどいないような状況で、同じメンバーで集まるのは到底無理だと感じる。そもそも自分も帰札してから、気力と体力の回復がやけに遅いのだから。

バカ話も多いのだが、記憶に残るのは、病気と介護。
地域によっても違うのだろうが、親の介護は娘なり嫁なりが在宅で面倒を見る、というのが本流のようだ。いろんな老人をテーマにした本を読んだりしたが、私の結論は、親孝行と親の介護は別の問題として理解する、ということだ。

テレビでも介護離職する中年が増えて、人不足の原因の大きな理由の一つになっているらしい。介護離職したら、何年も親の年金に頼ることになって、今さら働く気にならないらしい。

もったいないことだ。

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老人クラブ 春の旅行会

2018年05月09日 | 再開(地域と地域活動)

連休明けの8日(火)、当老人会では、創立15周年に当たるため、個人負担(参加費)無しで日帰り温泉旅行会が催行された。

参加者数は連休前の段階で37名にのぼったが、当日に近づくたびに「体調不良」「風邪気味」「検査入院が本物の入院になった」等々の理由で、暫時減少して結局は31人になった。こういう事態が発生するのは老人クラブの宿命であり、仕方のないことだった。

行き先は定山渓手前にある小金湯温泉。本州と違って、間違いなくテーブルに椅子席。老人会だからではない。これが当たり前になっている。

来週の14日から新潟に行って、古希を祝う同級会があるのだが、場所は市内中心部にある割烹だ。あぐらを長時間かけなくなった自分としては、やや不安を抱いている。

昼食ランチを食べ、アルコールも入ってのんびりと歓談。

元気な年寄りばかりだが、食欲も旺盛で、感心する。

今日の最高齢は今年95歳になるおばあちゃん。私の母(故)より3歳も上で、完食、しかもカラオケも何曲も歌うし、耳も眼も正常なので、スーパーおばあちゃんだ。曰く「シンさんみたく若い人(?)と話するのが、老人クラブになんとしても来る力になっている」だと。しかも、この「若い人」からパワーを吸い取っていると平然として言うのだ。正直なところ、恐怖を感じる。
嬉しい気分0.5割、複雑な気分9.5割で、月一度の例会にそんな気分で出席している。

食事だが、時間どおり到着したこともあってか、団体でありながら温かいものが出されていて、この後も随時、追加して「熱いうちにどうぞ」というのが数品出された。

これで、無料送迎バス+温泉入浴(バスタオル等一式付き)+食事・部屋代=1人税込4,000円ポッキリというのは安い。バスは大型で、町内の地区センターまで送り迎えだったので、老人にはそれだけで充分だった。

世の中は高齢化、100歳時代、団塊の世代が高齢化率のピークなどと言われているが、老人クラブへの加入率は漸減している。当地区の老人クラブ会員数は3年前と比べて約1,000人いたのが、前年度では約800人を切る状態だ。

老人は急速に増加しているのに、老人会員は減る。この状況はどうしたこでしょう。
私が「若い人」と呼ばれる。現に私より若い男性会員は一人もいない。
当クラブの会員は48名だが、4月1日現在で60歳台は私を含め男女合わせて3名。
本年7月になると、その3名が1名になる。
要するに新規で入る「若手」がいないのだ。確かに今は70歳でも現役の人が多い。20年前なら考えられなかったことだ。老人でもないのに老人会には入らないという意識もある。

役員としてお手伝いしている私だが、この先、この老人クラブはどうなって行くのだろうと考える。近隣にはもう会を維持できないとして解散したクラブもある。

行く末を見守りたい。

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春到来

2018年05月02日 | 再開(雑記)

連休に入って漸く春になったかなという感じ。

天気のいい日、電動アシスト自転車を買ったので、行動範囲が急激に広がった。

その自転車で豊平川沿いにある真駒内公園を通り抜けた。

まだ満開とはいかないが、開花は4月26日だった。

青空が気持ちいい。

ところで ↓ の写真。ここは真駒内公園と豊平川の間の河川敷にある雪の堆積場。GWに入ったのに、まだ汚れた雪が融け切らず、重機が雪の上で作業をしている。近くに住む自分ですら「まだあったのか」とビックリ。今年の降雪量は5㍍くらいで、去年に比べて1㍍少ないのにだ。


 

車庫でのジンギスカンも半年ぶりで始めた。

長男一家が来たのであえてやったのだが、28日(土)はまだ少し寒かったかな。

最近は昔と違って生ラムは当たり前で、軟らかくてボリューム感も充分だ。

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山陰へ旅行 3日目(最終日)

2018年04月30日 | 再開(温泉)

4月17日から2泊3日でやって来た山陰地方の旅の最終日になった。

とにかく山坂ある平坦ではない道を3日合計で約28千歩ほど歩いたことになった。自分としては歩いた方だ。旅行なので疲れはほとんど感じない~松江城の急登を除いて。

今日、最初に見学したのは八重垣神社。松江市内にある。

この神社も神話に始まる。高天原からやってきた素蘘(?)鳴尊(すさのおのみこと)八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したのだが、それが縁で、老夫婦の神様の8番目の娘である稲田姫命(いなたひめのみこと)と結婚したとの神話だ。

そのことから八重垣神社は縁結び、夫婦和合、授児安産(今どきこんな言葉があるのかな?)にご利益があるとして有名なのだそう。

確かに若い男女の参拝が見られる。


 

次は由志園。 (ゆうしえん)

牡丹の里として知られている。屋内と屋外(庭園)両方ある。

ここも松江市にある。

ところで近くの境港市は水木しげるさんのゲゲゲの鬼太郎で有名だ。

あちこちにこんなものが点在している。


 

お土産はお菓子ばかりに絞った。

島根県、安来節由来のどじょう掬いのお菓子、それと、のどぐろが多く獲れるのか、このお菓子がどのお土産屋さんでも、棚のスペースをかなり取って、売られている。

因幡の白うさぎも、神話の一つで有名な話だが、お菓子にも当然のようになっている。本州のどこへ行っても、多少の巡り合わせや関係さえあれば、なんでもお土産の題材にするのには脱帽する。北海道はその点、かなり負けている。

お土産に美味いもの無しなんて言われるが、今の時代、そんなことはない。なかなかいける味だった。


 3日目の最終日、自宅に着いたのは夜8時過ぎだった。帰りの飛行機は空調が効き過ぎて寒くて仕方がなかった。札幌に向かう飛行機なんだから飛行機の中で暖かくなりたかったのに、逆で空港ビルを出ると寒風吹きすさび、寒かった。

新千歳空港からはバスが出ていて、我が家近く(徒歩で10分弱くらいか)が終点になっている。

強行軍だったが、以前からの課題だった出雲大社。すっきりした。

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山陰へ旅行 2日目

2018年04月27日 | 再開(温泉)

2泊3日の中日、2日目は4月18日。

この日の見学は3箇所で、まずは足立美術館へ。

美術館に入ったら撮影禁止。

横山大観を始めとして、有名な画家、陶芸家等の作品が展示されて、圧巻だった。

ただ、この美術館は敷地に大きな庭園があって、枯山水庭、苔庭、寿立庵の庭、池庭など、いくつもの庭が庭園を形成している。

アメリカの日本庭園専門誌による評価が、今年で15年連続で日本一に輝いているという。

これは多分、白砂青松庭と呼ばれる庭園だろう。

これは「生の額絵」と呼ばれ、美術館内の窓から撮った写真が額に入った絵のように見えるというもの。


 

この後は今回の旅の主たる出雲大社への昇殿、参拝だ。

私個人的には伊勢神宮よりも出雲大社の方が興味があったのに、なぜか伊勢参りは3回もお参りしたのだが、出雲の方は今回が初めてだったのだ。もともと大国主命(大黒様)が日本国の神として尊崇されていたのだが、なぜか知らないけど、天照大神が天孫降臨のとき、平和裏にだが、この国を天照に移譲したのだ。

そういう意味で私は、日本の本当の神様は大国主命だと信じて疑わない。

本殿は ↓ これなのだが、一切の撮影が禁止されている。(外塀からの写真)

この大社では一般の神社詣でとは異なり、二礼四拍手一礼することが決まっている。

よく太いしめ縄がテレビで話題となるが、本殿にはなく、↓ のような別の建物で張られている。

別の神社と言っても出雲大社の一部なのだが。

我が家には神棚に藻岩神社のお札と新潟の白山神社のお札が祀られている。

3年半前に他界した父の神棚には、天照・北海道神宮・藻岩神社の3札だった。

今回は出雲大社のお札も合わせて3枚になる。やっと落ち着いた感じだ。


 

2日目の3番目のポイントは島根県松江城だ。

それほど大きなお城ではないが、小さな山の上に建っており、天守閣からの松江市の眺めもかなりいい。

山の下から徒歩で天守閣まで一気に登るのだが、腿の筋肉がパンパンになって痛い。

下りは慎重にゆっくり下りたが、このくらいの筋力しかないのか、如何に普段から怠けているのか、老化が進んでいるのが身に染みて知らされた。

この晩のホテルは玉造温泉の保性館という不思議なホテルだった。

今どきながら、夕食なんかは団体客向けの専用室なのだが、座布団とお膳の料理。私はここ数十年、あぐらをかいての会食というのは経験がない。だからあぐらがかけないので、両足を真っ直ぐに伸ばしての食事ということになる。正座はもちろん、そんな状態なので生き地獄の感じをしながらの食事。あずましいものではなかった。

さらに私は温泉旅館の浴衣で寝るのが嫌いで、しかもここは和室に布団を敷いて寝るのだ。ベッドでないと寝付けないことも多い。それでパジャマを持って行って正解だった。予想や準備が大切なこともあるのである。

 

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山陰へ旅行 初日

2018年04月25日 | 再開(温泉)

2泊3日の強行スケジュールでJTBの国内団体ツアーに家内と参加した。

行き先は鳥取と島根松江近辺。

4月17日からの3日間だったが、ブログにアップしたのは、下旬になってしまった。

先ずは鳥取砂丘

 

鳥取県の全体の海岸沿いが砂丘なのかと思っていたが、広々した砂丘はこの辺だけらしい。

近所のお店で長靴を貸してくれる。短靴で歩いている人が大半だが、砂が靴の中に浸入して大変だったろう。

次は砂の美術館

↑ ムンクの叫び

とにかく作品の数が多過ぎて、ほんの一部しか掲載できない。

毎年、展示が変わるようで、今年は北欧をテーマにしている。「第11期」と表示があった。

この日は三朝(みささ)温泉のとあるホテル。

大人数の中国人宿泊客がでかい声で喋るのだが、異様な感じでとても隣の部屋にとは拒否したいほどだ。

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3月のこと等

2018年03月27日 | 再開(地域と地域活動)

ひさしぶりのアップです。

この3月は期末月ということもあって、町内会や老人クラブの動きがなかなか忙しく、今日の段階では割りと落ち着いたのだが、4月はこの種団体の総会の時期でもあり、これからもそれなりに気を抜けない日々が続くのだろう。

 

突然のラーメンの画像だが、うちの奥さんは札幌ラーメンを作るのが上手。

地元でも有名なラーメン店の「もと」を使ってはいるが、確かに美味い。

札幌に住むようになって50年以上が経過した。札幌ラーメンは味噌味が発祥で、麺が縮れ麺で、スープが絡みやすいというのが、特徴だが、縮れ麺ばかり食べていると、細くてストレート麺が恋しくなるものだ。


 

地区センターで講演があった。NHKの「ブラタモリ」という番組があるが、札幌市の中心部の謎解きの際に、ガイドとしてタモリさんに説明したのは、お若いが札幌の郷土史に詳しいこの人、和田 哲(さとる)さん。

この日は『国道230号線の歴史をたどる』としたテーマで講演をされた。特に私の住む藻岩地区を中心として、話をされたのだが、国道230号線は我が家から6~70㍍しか離れていない道路で、明治2年に浄土真宗・東本願寺派の僧侶や地元の檀家や信仰心厚い一般人、アイヌなど大勢の人が関わって、1年間で虻田(洞爺湖近辺)から札幌の平岸までの200km強を開通させたのが始まりだった。

このほかいろいろな興味深い話がいくつもあって、充実した1時間半であった。


3月15日に老人クラブの役員会があった。会議終了後、1年間の慰労会があって、弁当やアルコールもついて、楽しい時間だったが、このクラブ、新規に入会する人は29年度ではゼロ、平均年齢は前年度より確実に1歳は上がっている。

藻岩地区には5年前、1,000人を超えるクラブ会員がいたそうだが、現在は800人だという。それが証拠に、私が所属するクラブも会員が減る一方で、戦後生まれの会員は私を含めて4人です。

例会に行っても、本当のお年寄りばかりで、Generation-gapというか、話が合わないのは事実。他のお年寄りにとっては、私のような年代の人は変な話、「若手のホープ」とおもわれているのです。まったく困ったものです。


3月19日の月例会では輪投げ大会があった。この日の参加者は26人。輪投げ大会は連合町内会の役員をやっていたときも連町主催でやっていたが、私自身が輪投げをするのは初めての経験だった。

運動にもならない輪投げ。94歳のおばあちゃんも参加してやったが、流石に負けることはなかった。

クラブに入っている高齢者はコミュニケーションを求めてやって来る人が多い。
減る一方のクラブなので、解散した方がいいのではないか、と会長に進言するが、人との交流を求める会員がいる限り、続けるしかなさそうだ。

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