ユッコ姉の日記

日々思うことをタリラリラン♪っと・・・。

”出来ちゃった婚”じゃなくて・・・

2011年06月29日 23時52分51秒 | 思う事・・・
私は、いつも車に乗る時ラジオをかけています。
特別聞きたいラジオ番組があるからじゃなくて、
単に、私の車は古くて、カーステがカセットだから・・・ (今時!? って驚かないでね。
数年前までは、家にあるCDラジカセとCDコンポを使って、CDの曲をカセットに移して車で聞いてたのだけど、
いつのまにか、ラジカセもコンポもCDの部分だけ壊れちゃって、CDが読みとれ無くなって、
結果、カセットに移す事も出来無くなった・・・
そして、カーステで音楽を聞く事が出来無くなってしまったからー
(なぜか我が家は、CDを聞く機器はスグに壊れるんだよねえ~

ま、カーステの話しはいいんだけど、とにかく私はいつも車に乗るとラジオを聞いています。
だから、どこの局っていうこだわりもなく、適当に聞いてたのが地元のFM放送だったんだけど、
先日、そのラジオ番組で面白い事を言っていた。

いわゆる、子供が出来てから結婚する事を、世間では
   ”出来ちゃった婚” って言いますよね?
でもその番組で出てた話題では、”出来ちゃった婚”じゃなくて、

   ”授かり(さずかり)婚” って言っていた!

ちょっとステキじゃないですか?
だって、”出来ちゃった婚”って言うと、なんだか、
本当は結婚する気なんてなかったんだけど、子供が出来ちゃったから、仕方ナシに結婚した・・・
なんて感じに思えますよね?
たとえそれが本当であったとしても、あんまり良い言葉じゃないし(なんだか世間のルールを破った!みたいな?)、
何より、その後生まれた子供もいい気はしないと思うんです・・・
でも、”授かり(さずかり)婚”って聞くと、
実際は同じなんだけど、なんだか”幸せな結婚”って感じだし、
子供も、☆望まれて生まれて来た子!☆ って感じがしませんか?

みなさん、いかがでしょう?

かく言う我が家も ”出来ちゃった婚”なんだけど、
今度からは、
 「ウチは、授かり婚だからあ~♪」って答える事にしよう! と思った私です。
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真実は、どこにある?・・・

2011年06月28日 23時13分31秒 | 社会の事・・・
こんなニュースが出ている。↓ (現在は消えています。)
   『東電、電力使用率を情報操作 恣意的に数値を高く見せる』

このニュース、このサイトでしか取り上げられていないモノだから、ネット上では、
”やっぱり東電はウソつきだ!”という意見と、”この記事はデマだ”という2つの意見が出ている。
どちらかというと、前者の、”東電ウソつき”と言う意見の方が多い気がする。
それだけ、今の東電は、みんなから信頼されていないーって事なんだろうな。

私も、もしこのニュースが本当だったとしたら、東電は本当にどうしようもない会社だと思う。
でも この情報が、”このサイト1つだけ”っていうのが怪しくて、100%信用する事は出来ない。
だからと言って、東電は絶対ウソなんてついてない!とは、とーてー思えない私もいる。

①このニュースが本当だと思うとー
 ・東電が「だから原発は必要だ!」と、国民に思い込ませる為のウソをついている。
 ・原発はそれだけ利益が出るから、国民を脅す材料にしている。
 ・こうやって嘘をつくことで、東電は電気代を値上げする理由を作っている。
 ・デマを流して世間を偽ってる。
 ・マスコミは東電優先だから真実を報道していない。

②このニュースがデマだと思うとー
 ・アクセス数の増加、人の気を引く話題作りの為に、ウソのニュースを書いた。
 ・予備くらい準備していて当たり前。
 ・少な目に発表することで、国民に節電をさせようとしている。
 ・デマを流して、世間に騒ぎを起こそうとしている。

ちょっと分かりにくいかな?
まあ、とにかく、このニュースを信じるか信じないかは、人それぞれと言う事。

とはいえ・・・

やっぱり東電を信じられない自分がいるなあ~・・・。
  電気は必要だけど、原発はいらない!
って言うのが、私の正直な気持ち。

そんな中、新しい発電方法を開発した!と言うニュースが入ってきました!
 コチラ⇒ 『さいたま市の80歳男性が発明した「夢のエネルギー製造装置」に迫る』
            ( ↑ 現在は見れません。 )
私は、いずれ、各家庭それぞれで、その家に必要な電力を自分の家で作って生活していく!
そんな時代が来る気がするなあ~
  ”1軒に1発電!”が当たり前の時代ー
それは、何かひとつの発電方法ではなくて、
水力であれ、太陽光であれ、風力であれ、それぞれの土地に合った発電方法を各家庭で利用して行く。
海の近くの町なら、海からの風を利用した風力発電や、海を利用した波力発電や潮力発電や温度差発電。
温泉が多い町なら、その力を利用した地熱発電。
山の方の町なら、太陽光を利用した太陽光発電や、川の水力を利用した水力発電。
他にも、燃料電池発電・バイオマス発電・廃棄物発電、藻に天然ガスに、サツマイモに、杉の木に、
車が走る振動や、人がダンスをしたり、駅を行き来したり、トレーニングジムでする運動エネルギーでも発電は出来る。
発電方法って、実はかなりの数あるんですよね。

いつか、できれば近い将来に、世界中が憧れる様な、
自然エネルギーに満ち溢れた中で、素晴らしい技術を世界に発信して行く日本になれるといいなあ~。
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足ツボマッサージに行って来ました・・・

2011年06月27日 23時55分34秒 | 実体験の事件や詐欺?の話し
今日、友達に誘われて、足ツボマッサージに行って来ました。

友「泣くほど痛いからねえ~」 と言われてたから、
私、てっきり足の裏のマッサージだと思って行ったのだけど、違ってた・・・

まず、連れて行かれた先が、私が思ってたような所とは全く違ってた。
 ”えっ!個人宅
普通の古い個人宅に、白とピンクの大きなカタカナ名前の看板がついていた。
 ”ここは何屋さん? (??)”
建物の中に入ったら、更に何の店なのか分からない!
ありとあらゆる物が、広さ20畳くらいの部屋に置いてある。
一応、補正下着がメインなのか?でも手作りの手芸用品も沢山置いてあるから手芸教室?
でも、なんか経営から精神まで、いろんな分野の本も本棚にギッシリ詰まってる・・・
壁にもいろんな物が張られている。出勤簿?みたいなのもあるなあ~
でも、どこにも”足ツボマッサージ”関連の物は見当たらないんですけど???

訳がわからないまま、友達に紹介されたのは、そこの責任者と言う人。
フツーのオバサン・・・
 ”この人がマッサージするのかな?”
その責任者と言う人と少し話してたんだけど、両腕をなくした人が書いた本を勧めてくれても、
障害児の子供が入る私にはそれほど珍しい話しでもない。
重度の病気の人の話を聞かされても、自分も大きな病気してるし、その後遺症もあるし、
子供は特定疾患の病気だし、それほど感動もしない。
オ 「この本を読んで感動したわ~。」なんて言うオバサンの言葉を聞きながら、 
 ”しょせんは、自分は健康でなんとも無いからそんな風に思えるのよネエ~ ”などと思った。
結局最後まで、ここが何をやってる所かよく分からなかった。
分かった事は、マッサージをしてくれる人は、他の所から呼んで来てくれる人で、
ここはその場所を提供しているらしいーってコト。

暫くして、マッサージをしてくれる人がやってきた。
背の低い、年配のフツーのオジサン。(それもどちらかというと小汚いカンジの人・・・)
なんでも、もと教師をしていた人で、足ツボマッサージを知って教職を辞めて、その世界にはいったとか・・・
 ”とてもそんな人には見えないんだけど・・・ ”

マッサージは、隣の4畳半ほどの小さな部屋で行われる。(ハッキリ言って綺麗とは言えない部屋・・・)
私の前に数人がやってもらった。「いたあ~~~~~い!!」と言う悲鳴?!が、開けっ放しのドアから聞こえる。
でも・・・
私は、このオジサン、超~アヤシイ!と思った。
彼の話しは、ちょっと偏りすぎ。って言うか、それってどうなのよ!ってコトがいっぱい。
癌患者は自分のマッサージをすれば必ず治る!とか、
自分の元を去って病院でがん治療を受けてる人の現状を話して、「もうあの人は終わりだ」とか、
 ”おいおい、昔、どこかのニュースで、そんなコト言ってた人のせいで死んだとか、ミイラになったって事件なかったか?
私だって何年もエステの仕事をしてきた。
確かにマッサージは体に悪くはないけど、足ツボマッサージごときで、癌が治るとは思っていない。

それでも、私の前にマッサージをして貰った人は、
「先生、スゴイ!肩こりがあっという間に治った!」
「体がポカポカ温かくなってきた!」
など、やたらとハイテンション!
 ”この人達、大丈夫?
なんだか、ちょっとヤバそうな雰囲気に、ちょっと引きながらも、
好奇心旺盛な私は、それでもせっかく来たんだから。と、マッサージをして貰うことに。

どこにでも売ってる安いマッサージクリーム。
オ 「さて、あんたはどこが悪いんや?」
私 「肩こりと冷え症。それと左目の涙が出ません。」
オ 「ふん。目からな・・・」
 ”ちょっとイジワルを言ってみた。癌が治せるのなら、目に涙を出るようにするくらい簡単でしょ?

私の足にクリームを塗りながら、私の前にやってもらった友達に話しかけている。
しゃべりながら、私の右足の甲をゴリゴリやりだした。
私 「いった~~~~~~い!!!
私の悲鳴を知り目に、素知らぬ顔をして手を動かしながら友人と話す。
足の甲の次は、足の親指の付け根。
これがまた、ホントーに痛かった!
まるで親指を千切られてるような痛み。
私 「キャア~~!痛い!いたたたた、いた~い!!
親指が済んだ時、オジサンが自慢気に私に聞いた。
オ 「どうや、右肩の肩こりとれたやろ?
私 「痛くて、よくわかりませ~ん。
 ”ホントは、全然変わってないけど・・・。 ”
オ 「ま、あんまり感じない人もおるわな・・・」(ちょっとプライドが傷ついた顔)
私 「・・・・。
オ 「後は、冷え症やったな。」
そう言うと、今度は膝下のマッサージに入った。
 ”おいおい、左目の涙の話しは? 自分に都合が悪いと忘れたフリですか?

それからは、更に悲鳴が続いた・・・
脛の内側を足首から膝にかけて、中指の第2関節でグイグイと押す。
ふくらはぎの膨らみをやっぱり下からグイグイ押し上げる。
足の親指からこのふくらはぎまでのマッサージを両足で約10分で終了ー

終わった感想は・・・
 ”肩こりも冷え症も、ぜ~んぜん治ってませんけどお~~~~~ ”

マッサージとしては、私が昔エステでやってたリンパマッサージの、超簡易判ってところでしょうか?
要は、ムリヤリ力ずくでリンパを流し、老廃物を取り除いて流す。
だから、ひどい激痛が走るー
でもね、元エステティシャンの私に言わせれば、あまりにもお粗末だわ。
力ずくでリンパを流させるから、痛みがあるのはまだ仕方ないとしても、
膝下までのマッサージの仕方も中途半端で、ふくらはぎの途中にまだ老廃物が残ってて、ゴロゴロした物がある。
それに、せっかく老廃物を流しても、
ちゃんと体の中に入る足の付け根のリンパ節の部分まで送り込まなければ、ナンの意味もない。
「腎臓が~ 腎臓が~」とか言ってたけど、ハッキリ言って、これじゃあ腎臓まで老廃物届いてないから。 ┐(-。ー;)┌
結局残ったのは、終了後も延々と続く足の痛みと、内出血による黒痣・・・
これなら、まだショッピングモールとかに入ってる足ツボマッサージの店の方がどれだけマシか分かんないわよ。
それに、たいした知識も持ってないでしょ!
私の前にやってもらった人が、「どうすれば痩せられるか?」という質問をしてたのを聞いてたけど、
あんまりにも一般的なコトしか言ってない。
そんな程度なら、ダイエット経験のある人なら、必ず聞いた事があるコトばっかり。
最近ならTV番組でもいくらでもその程度の話しは聞ける。それを偉そうに自慢気に話してるオッサン。
それを、「へえ~、そうなんですね!」って目を光らせて聞いてた質問者さん、
それだけ太ってて、今までその程度のダイエット知識も持ってなかったの?
建前でそう言ってるのならまだしも、もし本気でそう言ってるのなら、情弱もイイトコでしょ!

まったく、こんな施術をたった10分しただけで2000円も取るなんて、ボッタクリもいいところ!
むしろ、こんな中途半端じゃあ、返って体によくないんじゃないの?
リンパのしこりとかの原因になりそうな・・・

まあ、それでもこの店に来る人は、みんなこのオジサンの言う事を感心して聞いてるみたいなので、
私は、早々に立ち去ったのでした。

ちなみに、今回私を誘った友達は健康オタク。
いろんな所で、いろんな健康方法を探してきては、やってはスグに飽きて次に行く。という事を繰り返している。
最近は、普通の物じゃ物足りなくなってきて、こ~んな、なんだか怪しげなトコロにも手を出している。

Aちゃん、ほどほどにしときなさいよ。
今回のは、一歩間違えば、まるでどこかの宗教団体みたいよ。
それから、私を誘う時は、もう少しマトモな所に連れて行ってえ~!


☆ でも彼女のお陰で私は、
  普段なら絶対入る事の無いような珍しい(怪しい?)所にも行く事が出来るのだけどネエ~。
  好奇心の塊の私は、あんがい楽しんでいたりします。
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不思議なんだけど、日本人なら、なんだか笑えるお話し・・・

2011年06月20日 22時10分09秒 | 海外のサイトから
イタリアのシチリア島で不思議な事が起こりました!
なんと、島全部のデジタルの時計が、全部進んでた!
    ↓
 『何かが変だ、みんなが仕事に遅刻しない」イタリアで時空の歪みが発生か』

しっかし、気がつくのが ”みんなが仕事に遅れなくなった”から。
って言うのが、イタリアらしいと言うか何と言うか・・・
日本なら、みんなスグに気がつきそうだね。

でも不思議な事があるものです。
コデブは、「イタリアに地震がくるぞお~~~」なんて言ってますが、
まさか、日本の震災のせいじゃないよね?
でも、あの東日本大地震で地球の自転が1.6マイクロ秒短くなったんだよね~。
自転が早くなったってコトは、一日の時間が短くなったって事でしょ?
たぶん、電磁波も少なからず影響出てるだろうから、その影響でシチリア島の時計が動いたとか?

そういえば、我が家の時計も地震が来る度に、おかしな動きをしてたよな~。
 (新潟地震の時 ・ 岩手の地震の時 ・ その後1 ・ その後2

この時計は、現在も健在で、我が家の居間で動いています。
今回の地震はどうだったんだろう?
残念ながら、地震が起きた時家にいたのに、時計を見るコトをすっかり忘れていた・・・
我が家の地震時計は、アテに出来ないなあ~
(って、持ち主が悪いのか?)

地球って、不思議です。
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日本、そーとーアブナイかも・・・ ( ̄_ ̄ i)タラー

2011年06月17日 20時45分32秒 | 社会の事・・・
こんなニュースを見ました。
    ↓
『中国が尖閣40億円で買収計画 』

日本の国土の一部が、40億・・・
いや、いま日本は確かに大変だけど、まだ国土売らないとイケないほど、困ってないから。
ましてや、現在、手っ取り早く原発の代わりとして、海底の天然ガス(メタンハイドレード)の話しが出てるのに、
その土地を中国に売る必要ないから。
むしろ、これから本当に必要になるから。
”民間人による”「日本の国土を守る国民の会」には頑張ってもらわないと!
って、どーして自国の国の領土を守る為に、民間が頑張らなくちゃイケないの?
それって、一番に国が力を入れて、民間に協力要請するのがふつうなんじゃないの?

 他にも、こんなニュースも見た。
     ↓
『韓国ベンチャー、日本政府機関のプロジェクト受注 』
 【ソウル14日聯合ニュース】韓国ベンチャー企業のウィズドメインが、日本の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の特許情報収集サービス事業を受注した。大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が14日、明らかにした。
 ウィズドメインは昨年下半期(7~12月期)からKOTRAが運営する東京のコリアビジネスセンター(KBC)IT支援センターの諮問を得て、20社が参加した今回のプロジェクトで受注に成功した。日本の政府調達市場で外国ベンチャー企業がプロジェクトを受注するのは極めて異例だという。
 ウィズドメインは1997年に設立された特許分析のソフトウェア開発、販売専門企業で、サムスン電子、LG電子、IBM、シャープなど国内外の企業に製品を供給している。 


これ、どういう意味?
日本の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)って、いわゆる話題の”独立行政法人”でしょ?
しかも扱ってるのが、エネルギーと地球環境問題。

 ・ 民間企業だけではリスクが高く、実用化には至らない重要技術について、
   迅速に実用化を図り社会に普及させていくため、開発、実証、および導入などを一体的に実施しています。


って書いてある。
つまり、日本の民間企業で思いついた技術(アイデア)だけど、
自分達だけではそれを実行するにはちょっと大変な事業の時、それを手助けするのが仕事だよね?
と言う事は、
当然ここには、日本企業の、大事な大事な技術情報が集約されてるんだよね?
それが ”特許情報収集サービス事業”でしょ?
その事業の部分を、韓国の企業が受注した。って事は、
日本の技術を全て韓国に差し出したのと一緒なんじゃないのーーー?!
資源のない国で、人間と技術だけしか売りのないこの国で、その技術が国外に簡単に流されたら・・・

今の国会には、やらなくちゃならない事が山ほどある。
震災の復興はモチロンだし、
原発もなんとかしなきゃならないし、
高齢者は増えて少子化になっちゃってるし、
年金は破綻してるし、国民健康保険料もドンドン増えるばかりだし、
就職先は減る一方だし、ニートは増えてるし、生活保護も増えてるし、
日本の経済も守っていかなくちゃならないし、
何より、国土も守って行かなくちゃならないのに!
なのに国は、
いったい、何をやってるのよ!!!

ウチの子供達が今の私くらいの年齢になった頃には、
日本はもう日本じゃないかもしれない・・・
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震災で避難した人の数って・・・

2011年06月16日 22時24分38秒 | 社会の事・・・
15日に、こんなニュースを見ました。
       ↓
  『震災で避難 12万4000人超』

ちょっと、12万4000人超えって・・・

日本の今の総人口が、現在およそ1億2793万人
そのうち、12万4000人って言ったら、1000分の1?
日本国民の、1000人に1人の割合で被害を受けてるってこと!?

他の9999人にしたって、決して何もないわけじゃない。
直接避難するような事はなくても、
遠く離れた県で発表される放射能汚染のニュース。
水不足や電力不足、その他、ありとあらゆる物に、人に、被害は出ている。
だいいち、1億2793万人の中には、赤ちゃんから老人まで含めるわけで、
その中で、今の経済を支えて、被災した人達を手助け出来る人間の数は、もっと少ないー

改めて、今回の震災の大きさを感じた私です・・・。
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村上春樹さんのスピーチ全文ー

2011年06月16日 00時02分37秒 | 社会の事・・・
今日は、9日にスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された
作家村上春樹さんの受賞スピーチがとても良かったので、ここに全文を載せておきます。
かなり長いです。興味のない方は、スルーしてください。

  村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文

 ~~~ 「非現実的な夢想家として」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。
サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。
長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。
どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。
それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、
世界でこのバルセロナだけです。
それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。
この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。
地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。
場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。
39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。
堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。
おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。
そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。
生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、
コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。
生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。
日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、
多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。
日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、
危なっかしいかっこうで位置しています。
我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。
ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。
おそらくこの20年か30年のあいだに、
東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。
それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。
もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、
正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。
人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。
今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。
どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。
永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。
これは仏教から来ている世界観ですが、
この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、
民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、
鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。
美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。
しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、
被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。
あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、
その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。
無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。
それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。
いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。
ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。
好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。
いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、
少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。
メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、
近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。
そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。
その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。
原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。
何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、
安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。
なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、
営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、
その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。
その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。
我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。
我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。
そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、
あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。
今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。
1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、
合わせて20万を超す人命が失われました。
死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、
放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。
核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、
我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。
ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。
どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、
その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。
核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。
その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、
その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、
我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、
福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。
それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。
これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、
今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?
戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。
また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、
原子力発電を国策として推し進めるようになりました。
電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、
原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、
日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。
国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。
原子力発電に危惧を抱く人々に対しては
「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。
国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。
高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。
原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。
効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。
それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、
ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。
我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。
そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、
彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。
そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、
我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。
核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった
。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、
「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。
またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。
我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、
彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、
みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。
我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。
そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。
それは我々が共有できる物語であるはずです。
それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。
我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。
そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。
我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。
しかしなおかつそれと同時に、
我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。
だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。
僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。
夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。
その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、
力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。
我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、
そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、
どんなに素敵だろうと思います。
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、
再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。
そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。
我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。
人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、
義援金として寄付させていただきたいと思います。
そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。
そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


官総理も、日本全国民に向けて、これくらいのスピーチが出来たら、
もっと支持率あがるんじゃないか? と、思ってしまった私です。

バカ官は好きじゃないけど、でも現実問題、
今、原発からの脱出もどき(自然エネルギーへの移譲)を言っているのは官さんだけじゃない?

マスコミが一部の大きなコトに騒ぎたてる時は、必ず裏に何かある!

もしかしたら、今の、首相退陣問題は、
秘かに裏で、原発議員とか東電関連の人々なんかの利権組の思惑絡みなんじゃない?
自民党だって、一言も原発減らすなんて話し出てきてないし・・・
大連立なんてしたら、いませっかく止めてる原発も、まるで何事もなかったかのように又、再稼動しそうな・・・

そう考えると、官総理退陣に賛成だったけど・・・
本当に官総理は、総理の役職にただいたいだけなのかな?
麻生さんの時に、マスコミに踊らされて、大きな間違いを犯した日本人。
後から、「あの人がいてくれれば・・・」と後悔しても遅い。

官首相、いまあなたが総理大臣で居続ける為には、国民の圧倒的な支持率が必要!
支持率が上がれば、党も他の政治家も、文句は言えない!

ただ・・・
本当に官総理が、必要な人間なのかどうなのかの判断がつかないんだよねえ~
実際、彼が総理になってから、何かやったか?
それに私、民主党は大嫌い!なんだよねえ~。

あ~もう!本当に国会議員全員、総入れ替えしたい!
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慣れてくると見えてくるもの・・・

2011年06月13日 22時29分28秒 | お仕事・・・
今のお仕事を始めて、2ヵ月半が過ぎました。
新しい職場にもだいぶ慣れて・・・きた?

って、ゆーかあ~~~~
毎度の事だけど、だんだん見えてきた、社内事情と人間関係・・・。

ま、どこにでもある話しなんだけどねえ~。

ある程度慣れて来ると見えてくる、内情・・・
それは決して良い所が見えてくるんじゃなくて、どちらかと言えば、と言うか、
ほぼ99%、悪い所・・・。

そしてぇ~、始まる、私のグチ!!!

あ~もう、ハラ立つ!!
何の説明もなく、1回も見たことないのに、イキナリ私に利用者さんのイベントやれ!っておかしいでしょ!
私はまだ一番下っ端なんですけど?!
しかも当日、そのイベントに対応出来るのが、私1人しかいない時間に? (@@)

それでも決められたモノは仕方ないから、一生懸命考えて、何とか私1人でも対応出来る方法を考えた。
そしてやっと大体の計画が出来上がりはじめたと思ったら、
イキナリ「それはダメでしょ!」って何よ!゛(`ヘ´#) ムッキー
今までに何回も相談したじゃないですか!
「何をどうすればいいのか、全く分からないんです。どうしたらいいんですか?」って!
その時、なんて言いました?
「自分で考えて、出来そうな事でいいんじゃない?」ってー

ダメ出しの一番の理由は、派閥・・・
実は今回の職場には、2つの派閥があるんです。
仮に”派閥A”と”派閥B”としましょうか。
私が職場で配属されたのは、”派閥B”だった。
でもこの派閥、圧倒的に”派閥A”の方が強いんですよねえ~。
例えば、職場のキッチンには、業務用と、大型・中型・小型の4つの冷蔵庫がある。
業務用は、普段の施設での調理の材料をー 大型は、その調理材料の予備をー
中型は職員専用。小型は利用者さんの持ち物専用。になってるんだけど、
まあ、業務用&大型はいいとして、問題は中型と小型の冷蔵庫。
これ、本来は、それぞれ両方の派閥で共同で使う物なんだけど、
現在、ぜ~んぶ”派閥A”が占領している。
うっかり”派閥B”の誰かが物を入れたりしよう物なら、もう大変!
”派閥B”からの、猛攻撃(苦情と文句とイヤミ)が始まる!

で、私が立てた計画は、この冷蔵庫のホンの一部を一晩だけ使わせて!と言うモノだったんだけど、
それがダメだと、”派閥B”の副親分から言われた。

なんでダメなのよおーーー!!
こんな時期なんだもの、冷蔵庫を使わないとイケない物は山ほどあるのよ!
しかも、冷蔵庫のホンの一部だけなのよ!
それをたった一晩使うことさえ、許されないってかあー!

だいたい、本来両方で使わないといけない冷蔵庫を、”派閥A”だけが占領してるってコトがおかしいでしょ! 
そんなワガママを許してるから、”派閥A”より弱いのよおー!(*`∧´)/

って、言いたい所なんだけどね・・・

現在 派閥Bは、新人ばっかりなんだわ。
それに引き換え、”派閥A”は、5年以上在籍のベテラン揃い。
だから施設長も何も言えなくてー
私達が勝てるワケがないのよねえ~

ハア~ イベントの計画、またイチから練り直し・・・
しかももうあまり日数ないのに・・・

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そこまでやるか・・・

2011年06月08日 21時12分28秒 | お仕事・・・
2日に政府が示したのは、

 「社会保障と税の一体改革案」

消費税引き上げに、年金の支給開始年齢ですか・・・

もう、ね・・・
ホントーに、虚しくなる・・・
特に年金・・・

分かってる。私は自分がゆくゆく年金を受け取ろるつもりで払っているわけじゃない。
今現在、自分の両親が受け取っている年金。
国民年金だから金額は僅かだけど、その僅かな金額すら私は自分の両親に払ってやれない。
それだけの財力はない。
と言う事は、ウチの両親が受け取っている年金は、
誰かが年金を支払ってくれているから、ウチの両親も受け取る事が出来るわけで、
見知らぬ人におんぶに抱っこは申し訳ないから、せめて少しでも払えるだけは払おうとー

わたし、両親が死んだら、年金払うのは辞めてもいいかな?って思った事もある。
でも、誰かが払ってくれていた両親の年金。
それは、ある意味私の借金のような気もするから、まあ、そのまま払っててもいっか~。
少しでも私も受け取れるかもしれないし~。とも考えてた。

でも・・・

年金の支給開始年齢68~70歳って・・・

日本人の平均寿命 男性79.59年 女性86.44年   厚生労働省より

そして、日本の定年は、だいたい60歳。
60歳で定年を迎えて、年金70歳からしか貰えなければ、その間の10年はどうするの?
60超えても、あと10年働けと? いったいどこが雇ってくれると?

って言うか、平均寿命って事は、半分の人はそれまでに亡くなるって事でしょう?
マトモに年金受け取れる人は半分くらいしかいない?って事?
半数近い人は、年金を払うだけ払って、受け取る事は出来ないワケ?

それでなくても、国民年金保険料は、平成29年度まで毎年度月額280円引き上げられ、
最終的に月額16,900円となる事が決まっている。
その後がどうなっていくのかは分からないけれど、毎年毎年、支払額が上がって行く事だけは確かー

よ~く考えてみたら、上に書いた両親が受け取ってる年金分、
私が20歳から今まで払ってきた金額を合わせると、充分払ってるんじゃないの?
ウチの両親の年齢から考えて、私がこれからも払わないといけないほど、受け取れるとは考えられない。

あ~、モウ! ホントになんなのよ、この国は!

これなら、年金払ってるより、普通に同額積み立てしてた方が、
100%保証して貰えるし、僅かでも利息が付く分マシじゃないの!

こんな話しもあった。⇒ 21歳の若者は年金制度で約2200万円損をする

例え、私がずっと年金を払っていたとしても受け取る事が出来ないのなら、
もうすぐ20歳になるヒョロナガに、「年金払いなさいよ。」とは、
言えない・・・
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日本の石油事情って・・・

2011年06月08日 21時12分09秒 | 思う事・・・
私が以前から不思議に思っていた事がある。
資源のない国日本。石油が国から出て来ない。
でも現在は、石油を作り出す技術、あるいは、それに変われる技術を日本では開発している。
例えば、以前このブログで記事にした、ペットボトルから石油を作る機械とか、
バイオ燃料だって何もサトウキビやトウモロコシだけじゃない、雑草やらサツマイモでも出来る。
植物なら殆んどの物から出来るみたいで、杉の木からでも出来るらしいじゃない。
いま日本中に、もう手入れする人不足と海外の安い木に負けて売れなくて、伐採されなくて困ってる山が一杯ある。
結果、放置されてる杉の木がいっぱいあって、だから毎年、花粉も大量に飛んでる。
そういった杉の木からバイオ燃料作ればいいじゃない!
それだけじゃない。ナタネ・ダイズ・アブラヤシなんかの植物でもバイオ燃料は作れる。
日本中に余ってる休耕田。それを使って、こういったバイオ燃料になる物を作れば、
農家も利益が出るし、若者の農家離れも防げるのでは?結果、過疎化も少なくなるのでは?
それに、雇用も増えるだろうから、失業者も減るんじゃないの?
そうそう最近は、藻からも、すごく効率よくバイオ燃料が作れる事が分かってきたんだよね。
でも、今の日本では、自分達で作った石油を売る事が出来ないー (そう法律がなってるらしい・・・)
日本で作ったバイオ燃料が日本国内で売れない。
ならば、日本でバイオ燃料を作って海外に売れないのかな?

石油がないのなら、自分達で作ればいい。それだけの技術を日本は持ってる!
なのに、なぜそういった技術を国は放っておくのか?
なぜ、他国から高いお金を出して、海賊なんて危険な目に遭いながらも、石油を買うのか?

結局、電気も石油も、全てお金が絡んでるんだよね。
一部の企業が儲ける為に、ありとあらゆる手を使う。
国会議員を操って、自分達に都合の良い法律を作り、マスコミを操って国民を騙し続ける。
自分達が儲ける為にー
だから、その他の小さな日本の会社の優秀な後術は、日本国内では認められないから、海外へ流れて行ってしまうー
国がその気になって、ちゃんと支援してやれば、
もしかしたら逆に日本からの貴重な輸出品になる可能性だってあるんじゃないのかな?

そうなった時のコトを想像してみた。
もし、日本国内で石油が自由に作れるようになって、自分達が必要なだけ石油が手に入るからと、
海外から石油を輸入しなくなったらどうなるか?
今度は別の部分で問題が出てくるんだよね~。
つまり、今度は日本の物がその国で売れなくなる。
海外との貿易って、いわゆる Win Win の関係ってヤツに近い。
ウチの国はこの商品をあなたの国で売りたい。
その代わり、あなたの国の売りたい商品をウチの国で販売しても良いですよ。とー
そんなに単純なコトではないけれど、超簡単に説明すると、こんなカンジかな?
例えば、
日本国内に古米が溢れてて、減反まで国が推奨してるのに、なぜか海外から米を輸入している。
それはナゼか? 答えは、その国で他の物を売りたいからー
その国が売りたいのは米。日本が売りたいのは車や家電。
だから日本は、車や家電を売る為に、自分の国で必要のない米をその国から輸入する。
モチロン、実際はもっと複雑な事情(いろんな利権も含めて)があるんだろうけれどー

かつて、日本とアメリカの貿易で、日本ばかりが黒字を出していて、
アメリカは赤字だったものだから、アメリカから文句を言われた事がある。(昭和の頃の話し)
これと同じ様な事が石油でも起こる可能性がある。
石油産油国って、たいがい、それ以外に売れるものが少ない。
日本は、石油産油国にとって、とっても良いお客様だもの。
ウチから石油を輸入しないんなら、日本の製品はウチの国でも輸入しない!って事になりかねない。
石油産油国は日本にとっても大事なお客様。
そんなコトになったら、日本の他の経済に支障が出てしまうー

もっとも現在は、まだそんな心配は全く必要ない。
今、日本で思うように石油を作って売る事が出来ないのは、
単に、今の日本の石油を扱う企業が自分達だけが儲ける為だし、
それゆえに、国会議員達に沢山のお金を払って、石油族議員なんて物も存在しているわけだ。

つまり日本では、自動車業界とか、石油業界とか、電気業界とか、そういった、
一部の強い業界だけが得をするように出来ている。

本当に日本の為を思うなら、日本の輸入に頼っている状態をナントカするべきだし、
日本の自給率をもっと増やすべきだと思う。
(もっとも、この”日本の食料自給率が低い”って言うのも、農水省のウソだ!って言う話しも耳にしてるけど・・・
国は、一部の物しか日本の名産として出そうとしない?

狭い日本なのよ。その狭い国土を無駄にしてどうする?
今、使われていない山や畑や田んぼを、もっと活用しようよ!
日本人の技術と知識、それと根性と粘り強さは優れている。
狭い国土だって、使い方次第でバツグンの効率良い物を作りだせるはず!

車や電化製品も結構だけど、もっと国民が働けるように、国民の努力が報われる国にして欲しいモノです。
そうすれば、若い人達にもきっと未来が明るく見えてくると思う。
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