ここ近年よく聞く 「産んでくれてありがとう」。 母の日とかじぶんの誕生日に 母親にいったりおもったりするらしいんですが、 そんなこと 感謝するようなことかな~ と
どこまで じぶんが好きやねん。 わたし的には そんなことムスメからいわれたら、 たとえば オットの母親に 「後継ぎを産んでくれて ありがとう」 っていわれたような屈辱を感じるんですけど (あんたのために産んだんちゃうわ、 みたいな)。 ひねてるかな~
さて、 部活から帰ってきてシャワーをあびて出てきたムスメが 「ママ、 ふうせん買ってきて。 あした 肺活量のテストがあって ふうせんをふくらませる練習したいから」 (吹奏楽の楽器決めの一環らしいです。)
え? いまから?? このいそがしい時間に??
買いに行くのいやさに 家じゅうあちこちさがすと なにかのイベント用に買ってあったゴムふうせんののこりがあったので、 買いに出ずにすみましたが、 それにしても
「こないだ 最初の部活ミーティングで 新入生は風船を膨らませる練習をおうちでもしてください、 って書いてある紙もらってたよね。 そのときに 「つぎ買い物行ったら 風船も買ってきて」 って言ってくれてたら 買っておいたのに。 そんな きょうのいまになって ママに使いはしりさせるなんて、 ちょっと厚かましすぎない?」
ムスメは だってなんとかなんとかともごもご言ってましたが、 気をとりなおしたのか ふうせんをふくらませる練習をはじめました。
風船をくわえて ぷーぷー (息だだもれ) 吹き込み口をゆびでひろげて 息をふーふーと吹き込んでみる (・・・・・・・・コメントする気もない)
「・・・・・・・・・もしかして、 ふうせんのふくらませかたを知らない??」
「・・・・・・みたい。 はぼ、 いままで じぶんでふうせんふくらませたことないから」
そんなバナナ
「だって おしえてもらったことないし」
そんなことは だれも だれからも おそわったり おしえたりするようなことではないんですよ・・・・・
「おしえてもらってないことができるわけないし」
いやいや、 それは ゆとり世代が会社でいってることだろ? 一般常識はおしえるようなことではないんですよ、 おじょうさん。
以前 大学に勤めていたときも 学生に ごくごく常識的な指摘をすると 「まだおしえてもらってないから わかりません」 と返されたもので、 そのうち 必修科目に 「一般常識」 っていうのができて、 いまは常識もおしえてもらう時代なんだなあとおもったことがあります。
わたしたちの世代もたいがい 「いまのワカモノは」 とか 「新人類」 とかいわれて 常識知らずだとはいわれていましたが、 なんていうか あとちょっとおしえてもらいさえすればなんとかなる素地が うちのムスメなんかよりはあったようにおもいます。
うちにガムボールマシーン があるんですが、 ムスコのともだち だれひとり かんだあとのガムの捨て方を知りません。 かんだガムをわたしに渡しにきたり どうしたらいいのかわからなくなって飲み込んで 目を白黒させてたり、 ひどいのは ゴミ箱にちょくせつ はく 個包装のガムしか食べたことないのか?? わたしがティッシュをわたしてやっても きょとんとしています おうちではどうしてるんだろう・・・ 親が手にでもはかせてるんだろうか・・・・
いまは 家族で共通のコンテンツを見ないから そうなのかもしれませんね。 ムスメは動画をイヤホンして見てるけど、 テレビはほとんど見ません。 おなじ番組やドラマを見ないから ひとつのことについて 家族やともだちと話すこともないですしね。 そういう共有されたモノコトがあってこその常識なので、 そのベースがないところでは やっぱりひとつひとつおしえていくしかないのかなともおもいます。 そうおもうと、 むかし いやいや見せられてた時代劇や刑事ドラマから得ていた常識って けっこうあったのかな。
そんな状況でも 学生がどんどん変わっていっても 旧態変わらず 連綿とつづく 中学校の部活動って、 ぎゃくにすごい存在なのかも。 悠久の時間軸の中にいて 中学生に年功序列や一般常識を どんどん叩き込んでいってもらいたいものです。
どこまで じぶんが好きやねん。 わたし的には そんなことムスメからいわれたら、 たとえば オットの母親に 「後継ぎを産んでくれて ありがとう」 っていわれたような屈辱を感じるんですけど (あんたのために産んだんちゃうわ、 みたいな)。 ひねてるかな~
さて、 部活から帰ってきてシャワーをあびて出てきたムスメが 「ママ、 ふうせん買ってきて。 あした 肺活量のテストがあって ふうせんをふくらませる練習したいから」 (吹奏楽の楽器決めの一環らしいです。)
え? いまから?? このいそがしい時間に??
買いに行くのいやさに 家じゅうあちこちさがすと なにかのイベント用に買ってあったゴムふうせんののこりがあったので、 買いに出ずにすみましたが、 それにしても
「こないだ 最初の部活ミーティングで 新入生は風船を膨らませる練習をおうちでもしてください、 って書いてある紙もらってたよね。 そのときに 「つぎ買い物行ったら 風船も買ってきて」 って言ってくれてたら 買っておいたのに。 そんな きょうのいまになって ママに使いはしりさせるなんて、 ちょっと厚かましすぎない?」
ムスメは だってなんとかなんとかともごもご言ってましたが、 気をとりなおしたのか ふうせんをふくらませる練習をはじめました。
風船をくわえて ぷーぷー (息だだもれ) 吹き込み口をゆびでひろげて 息をふーふーと吹き込んでみる (・・・・・・・・コメントする気もない)
「・・・・・・・・・もしかして、 ふうせんのふくらませかたを知らない??」
「・・・・・・みたい。 はぼ、 いままで じぶんでふうせんふくらませたことないから」
そんなバナナ
「だって おしえてもらったことないし」
そんなことは だれも だれからも おそわったり おしえたりするようなことではないんですよ・・・・・
「おしえてもらってないことができるわけないし」
いやいや、 それは ゆとり世代が会社でいってることだろ? 一般常識はおしえるようなことではないんですよ、 おじょうさん。
以前 大学に勤めていたときも 学生に ごくごく常識的な指摘をすると 「まだおしえてもらってないから わかりません」 と返されたもので、 そのうち 必修科目に 「一般常識」 っていうのができて、 いまは常識もおしえてもらう時代なんだなあとおもったことがあります。
わたしたちの世代もたいがい 「いまのワカモノは」 とか 「新人類」 とかいわれて 常識知らずだとはいわれていましたが、 なんていうか あとちょっとおしえてもらいさえすればなんとかなる素地が うちのムスメなんかよりはあったようにおもいます。
うちにガムボールマシーン があるんですが、 ムスコのともだち だれひとり かんだあとのガムの捨て方を知りません。 かんだガムをわたしに渡しにきたり どうしたらいいのかわからなくなって飲み込んで 目を白黒させてたり、 ひどいのは ゴミ箱にちょくせつ はく 個包装のガムしか食べたことないのか?? わたしがティッシュをわたしてやっても きょとんとしています おうちではどうしてるんだろう・・・ 親が手にでもはかせてるんだろうか・・・・
いまは 家族で共通のコンテンツを見ないから そうなのかもしれませんね。 ムスメは動画をイヤホンして見てるけど、 テレビはほとんど見ません。 おなじ番組やドラマを見ないから ひとつのことについて 家族やともだちと話すこともないですしね。 そういう共有されたモノコトがあってこその常識なので、 そのベースがないところでは やっぱりひとつひとつおしえていくしかないのかなともおもいます。 そうおもうと、 むかし いやいや見せられてた時代劇や刑事ドラマから得ていた常識って けっこうあったのかな。
そんな状況でも 学生がどんどん変わっていっても 旧態変わらず 連綿とつづく 中学校の部活動って、 ぎゃくにすごい存在なのかも。 悠久の時間軸の中にいて 中学生に年功序列や一般常識を どんどん叩き込んでいってもらいたいものです。