9月21日土曜日は、朝日カルチャーセンター中之島教室の公開講座「桂小五郎と幾松ゆかりの京都を巡る」に参加しました。
午前中は幕末から明治維新ゆかりの地を巡ります。講師は霊山歴史館で学芸課長をされている木村武仁さんです。幕末から明治維新への激動の時代、最も詳しい先生です。
幾松の本館は築200年を超える建物で幕末の状態をよく留めており二棟が国の登録有形文化財に指定されています。ますは「幾松の間」に通され、久保専務より詳しい解説がありました。
当時、天井は釣り天井になっており合わせて750k gもの石が載せられ床の間の綱を引くと天井が落下する仕掛けが施されていたそうです。
写真は、新選組が踏み込んで来た時に桂小五郎が身を隠した長持です。その時、幾松はいつもと変わりなく三味線を弾いていて、新選組局長 近藤勇がこの長持を開けるように指示したそうです。幾松は「もし、中に誰もいなかったら、この場で切腹して下さい」と言ったそうで、その度胸に心打たれた近藤は長持を開けることなくその場を立ち去ったと言われています。
リアルなお話しを聞いていると、幕末にタイムスリップしたような感覚に陥りますね。
久保専務の解説の後、部屋を換えて会席料理を頂きました。
ウォーキングの内容は後日に書きたいと思っています。
午前中は幕末から明治維新ゆかりの地を巡ります。講師は霊山歴史館で学芸課長をされている木村武仁さんです。幕末から明治維新への激動の時代、最も詳しい先生です。
幾松の本館は築200年を超える建物で幕末の状態をよく留めており二棟が国の登録有形文化財に指定されています。ますは「幾松の間」に通され、久保専務より詳しい解説がありました。
当時、天井は釣り天井になっており合わせて750k gもの石が載せられ床の間の綱を引くと天井が落下する仕掛けが施されていたそうです。
写真は、新選組が踏み込んで来た時に桂小五郎が身を隠した長持です。その時、幾松はいつもと変わりなく三味線を弾いていて、新選組局長 近藤勇がこの長持を開けるように指示したそうです。幾松は「もし、中に誰もいなかったら、この場で切腹して下さい」と言ったそうで、その度胸に心打たれた近藤は長持を開けることなくその場を立ち去ったと言われています。
リアルなお話しを聞いていると、幕末にタイムスリップしたような感覚に陥りますね。
久保専務の解説の後、部屋を換えて会席料理を頂きました。
ウォーキングの内容は後日に書きたいと思っています。