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こんにちは浦田関夫です

市議30年の経験から私なりの視点で発信していきます。

県民の願いに背をむける民進党

2016年05月22日 07時30分53秒 | Weblog


  参院選公示まであと1ヶ月と迫りました。(6月22日公示・7月10日投票の予定)
 こんどの選挙は、安倍政権の暴走に、立憲主義と平和・民主主義を取り戻す野党共闘と国民運動が連携し正面から立ち向かう初めての選挙となるものです。
 しかし、佐賀県の民進党は21日常任幹事会を開いて、佐賀県選挙区での野党統一候補の話し合いについて、「共産党との選挙協力をしない」ことを決め、野党共闘に背を向けました。
 民進党との話し合いが成立すれば、上村泰稔予定候補を降ろすことも共産党は表明しています。しかし、その話し合いもせず、一方的に「野党共闘」を拒否する事は、全国の「野党共闘」の流れからも、安倍政権に不信を盛っている多くの県民から批判が集中することは避けられないものと思われます。
 共産党は、野党間協議をしないままに、候補者を取り下げることはありません。
 どんな事態になろうとも、今回の選挙は、「歴史の本流と逆流がぶつかり合う激しい情勢」のもとでたたかわれることは確実です。
 「立憲主義と平和・民主主義を守る」という一点での共闘のために「政策の違いは横に置いて」野党は共闘しなければ、結果的に自公政権を利する事になります。
 そんな事を国民、県民は望んでいません。民進党は改めて「野党共闘」を考えるべきです。
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平和・民主・革新をめざして

2016年05月22日 05時20分40秒 | Weblog


 昨日は、唐津市民会館で「平和・民主・革新をめざす唐津市民の会」(市民の会)の第12回の総会に参加しました。
 一部で、沖縄の「平地区」への米軍ヘリパット(ヘリの練習場)拡張工事を住民に十分な説明なしに工事を強行する日本政府が、住民を訴えるという異例の事件を住民の日常生活を通して、従属的な日本政府のやり方をドキメンタリーの映像で見ました。
 今日の米軍属による女性殺害事件と重ね合わせて、「日本の戦後は終わっていない」と思いました。

 総会が終わって、外を見ると、唐津城が緑の雲海に浮かんだように見えました。





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参院一人区で野党統一候補実現

2016年05月21日 07時30分19秒 | Weblog


 今朝の佐賀新聞一面に「野党、全1人区で共闘」「香川に初の共産統一候補」の見出しがありました。
「立憲主義、平和主義、民主主義を守れ」の市民の声を実現させるためには「野党は共闘」の声に押されて、四野党が精力的に協議し、共産党も「既に立候補表明している候補者を降ろす」ことも表明し、思い切った判断で「野党共闘」の実現に努力しました。
 何よりも、32選挙区の統一候補には圧倒的に「民進党公認」が多いなか、香川で共産候補が統一候補になったことは意義があるものです。
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田植えが済みました

2016年05月21日 07時29分42秒 | Weblog


 自宅の前の田んぼ昨日の朝まで田植えが終わっていませんでしたが、今朝見るときれいの田植えが終わっていました。
 農作業に今年からタッチしなくなりましたが、それでも気になります。
天候に恵まれて豊作を願うばかりです。

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唐津港湾振興で勉強会

2016年05月20日 05時32分52秒 | Weblog


 昨日は、午後から唐津議員で構成する港湾振興議員連盟と関係団体での勉強会が国民宿舎「虹の松原ホテル」で開催されました。
 国交省、保安部、土木事務所、唐津市と色々な立場から、「振興策」について経過と課題が説明されました。
 懇親会では、水産関係の幹部の方と「水産振興」について熱い思いを聞かせてもらいました。
また、高校の振興会役員の方ともあうことができました。
そこでは、思いがけない話を聞くことができました。

 写真は、昨日街宣で訪れた東唐津地区の砂浜の状態です。





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上村予定候補唐津で行動

2016年05月20日 05時16分56秒 | Weblog


 7月の参院選も2ヶ月を切るなか、上村泰稔参院佐賀選挙区予定候補は、午前中から唐津で街頭からの訴えと「対話集会」をしました。
 80歳ぐらいの見知らぬご夫婦が「頑張って下さい」と何度も何度も頭を下げていかれました。
安倍政権のきな臭い政治に危機感を持っておられる方は多くあります。

 今日の佐賀新聞では、統一候補問題で民進党と社民党、連合との話し合いは報じられていますが、共産党との話し合いはまだのようです。
 県民は「野党は共闘」を望んでいます。早急な話し合いが求められています。

 
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 安全性より利潤追求の九電

2016年05月18日 05時57分43秒 | Weblog


  九電は、昨日佐賀県と玄海町に玄海原発に重大な事故が発生した場合の対処施設として「免震重要棟」をつくるといっていました。それを、「免震棟より整備の時間が短縮できる」との理由で「耐震性」の施設に変更することを説明しました。

 「免震も耐震構造も機能的には変わらない」としていますが、早急に玄海原発を動かそうとする九電の安全より利潤優先の考えがハッキリしています。
 8月に移転開院する唐津日赤病院も「免震構造」でつくられています。

 九電は、県と町に説明し唐津市と伊万里には説明していません。万が一の被害を被る人口や面積は、玄海町よりズッと多いのに。

 坂井市長は3月議会で、私の質問に答えて「早急に厳しく(九電に)申し入れたい」としていました。議会の特別委員会でも同様の申し入れする事を決めましたが、それが未だに行動されていません。
 市と議会の対応も九電に腰が引けている感がします。
 
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「海の女神」

2016年05月17日 05時26分27秒 | Weblog


 昨日は雨のなか、唐津港東港にクルーズ船「ぱしふぃっくびいなす」(総定員620人・2万6千㌧)の寄港と岸壁改良工事完成式典に参加しました。
 テントの屋根には、激しく叩く雨の音と足下は川のように水が流れました。
唐津市は、クルーズ船の寄港を促進しており、唐津城や虹の松原が見渡せる東港の耐震岸壁の完成で寄港が増えるものと見込まれます。
 写真を撮るのにかなり離れなければ全景が撮れませんでした。



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田植えの準備が始まりました

2016年05月16日 06時44分34秒 | Weblog


 今日は、昨夜からの雨で川の水かさも増えています。
家の前の田んぼも田植えの準備が整いました。
 今年から、親戚の方に稲作をお願いしたことから精神的、肉体的の苦労から解放されました。
それでも、農作業の様子が気になります。



 
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高徳寺第十八世住職継職報告法要

2016年05月15日 07時25分16秒 | Weblog


 昨日は、菩提寺の高徳寺の住職継承式法要に出席しました。
 高徳寺は、1601年に開設された415年が経過しています。
雅楽ではじまった法要は厳かな雰囲気でした。

 記念法話をされた古田和弘九州大谷短期大学名誉学長の話は、宗教(親鸞聖人)の教えをわかりやすく話されました。

 要約すると、お寺を取りまく環境は大きく変わったといわれるが、人々の心が変わってきているのである。
 熊本の大災害でも判るように「熊本は地震など災害はない」といわれていた。だから、大きな企業が熊本には進出しているのです。
 最近の災害の状況を見ると「地球が怒っている」感じがする。
 世界の核兵器は、地球を40回も壊せるだけの威力を持っている。これは、人間のおごり高ぶりの現れである。
 私たちは、科学を信頼しているが、無条件で信用して良いのか。
人間の欲望を満たすための科学が発達しているのでは。

 人間の五つの濁り(間違い)を正すのが親鸞聖人の教え
・見濁=モノの考え方が濁っている
・却濁=時代が濁っている
・煩悩濁=欲望
・衆生濁=人間そのものが濁っている
・命濁=命を私物化し大切にしない

 法然上人の父は、武士であった。ある日父は闇討ちにあい死亡するが、死ぬ前に法然に「決して仇討をしてはならない」(復讐の無益)といったそうです。
 当時は、父が仇討ちをされたら子どもは「仇討ち」をするのが習わしであったそうです。
 そうすれば、「辻斬りの連鎖」が起きます。
法然は、「敵も見方も助かる道」を求めて9歳で仏法の世界へ入門したといわれます。
 なるほどと、今でも通じるお話でありました。

 最後に新住職は、「15年前に何も判らず入った仏門のであったが、多くの方から支えられて今日を迎えられた」とお礼を述べました。







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