怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「全電源喪失の記憶」

2018-09-01 07:28:06 | 
確か江本孟紀だったが「ベンチがあほやから野球できへん」とか言って、結局その言葉がもとで阪神を引退してしまう事件があったと思うのですが、ベンチがあほやから仕事できへんと言うことはあちこちにある。日本は現場は一流でもマネジメントは三流とかよく言われていることです。
でもそれがまさに日本を危機に陥れるかもしれない状況の下、現場は命を懸けてでも仕事をしないわけにはいかないとしたら…
東日本大震災における福島第一原子力発電所の現場の状況はまさにそういう場面でした。
この本は共同通信社が関係者の実名を出して、その時「何が起こり」「何を見て」「何を考えたか」を証言してもらい、事故の現場をできる限り再現しようとしたドキュメンタリー。

改めて原発事故の過酷さと恐ろしさを感じるとともに、そこで懸命に踏みとどまって原発の暴走を抑えようとした現場の人たちの使命感に感じ入ります。
想定外!の巨大地震によって、外部送電網からの電力は途絶。そこで非常用発電機が起動していくのだが、タービン建屋の地下に設置してあったため津波により海水に浸かって全滅。原子炉は地震によりすぐに停止するので、そこから冷やすという作業に入るのだが冷却できない。
原子力発電所の運転室では非常用発電の電気も消えて真っ暗。ありとあらゆる状況を想定して訓練していたはずの運転員たちもさすがにそこまで想定した訓練はしていなくて動揺するしかない。
運転室にある無数の計器も消え状況不明。まったく手探りの中で試行錯誤しつつ何とか原子炉を制御しなくてはいけなくなった。原子力発電所で事故が起こった場合放射線の被ばくがすぐに問題になる。目に見えないだけに線量計だけが頼りなのだが、現場を確認しようにも灯りもなく懐中電灯だけで壊れた建物の中を進むなくてはいけない。その恐怖は如何ばかりか。余震が続き何時津波がまた来るのかもわからない中、道はがれきでいっぱいでずたずたになっていて車も通れないので現場へ行くだけで何倍もの時間がかかってしまう。
それでも何とか計器だけでも復旧しないと状況把握もできない。自衛隊も使って電源車をかき集めるのだが、道路も寸断されていて遅々として進めない。マニュアルもない中、現場では自動車のバッテリーをつなぎ合わせて計器類だけでも何とか復旧させていく。
原子炉を一刻も早く冷却させるために現場の知恵を絞りありとあらゆる手段を考える。火災に備えての消火系ラインを使って注水できないか。弁は電源がないので手動で開けないといけない。水は消防車のホースを送水口につなぐ。そのためにはまず建屋へ行く道のがれきを撤去していかないと。ここでは地元の協力企業の専務がショベルカーを運転して活躍する。
現場の人たちは必死で事態を修復しようと知恵を絞りいささかアナログな手法で進めていく。電源喪失てしいるんだからデジタルでは役に立たないんですよね。重機もなく、動かせる人もいないので、重いものを運ぶ作業でも手作業で進めていくしかない。こういう中でも東電の職員だけでなく協力企業の社員も大活躍する。その多くが地元の人で地元を福島第一原発を見捨てるわけにはいかなかった。
ところで免振重要棟と東電本社とはテレビ電話でつながってやり取りしているのだが、会議室だけを写していても現場の状況を理解できないので意識の差は甚だしい。現場は本社が状況を理解せず気の抜けた様なやり取りになるので、苛立ちをつのらせていく。
さらにここに官邸が関わってくるので事態はますますややこしくなってしまう。官邸の危機管理体制も問題ありだったのだろうが、原子力安全保安院を始めとした官庁官僚も当事者能力が欠けていて東京電力との意思疎通もうまくいっていない。当時の菅首相の個性でやたらと怒鳴り散らすところから言うべきこともいえずに忖度する輩も出て迷走した方針は現場をさらに混乱させてしまう。正直付き合っていられないと吉田所長は海水注入については偽りの報告をしてまでいる。
必死の作業を続けていく現場だが、1号機が水素爆発してからは残っている職員は多かれ少なかれ死を覚悟している。遺書を書いたり最後のつもりでメールを送ったりしている。それでも持ち場を離れようとしない。それぞれの葛藤の記述を読んでいると目頭が熱くなる。家族への想い、使命感、責任感。
3号機も爆発し、停止中だった4号機も水素が3号機から配管を伝ってきて爆発。そんな中で最悪の事態を回避できないかとありとあらゆる手段を使って不眠不休で奮闘している吉田所長を始めとする職員たち。
それでも4号機が爆発した時には吉田所長は2号機が爆発して最悪の事態になったと感じている。武田邦彦によると2号機は偶然の幸運で爆発しなかったみたいですが、もし爆発していたら建屋の水素爆発ではなくて格納容器が破裂して大量の放射性物質が外部放出される。第一原発構内どころか周辺地域も人が近づけなくなる。現場での事故対応ができなくなり制御不能のまま大量の放射性物質を放出する。それどころか福島第2原発にも放射性物質は飛来して人が近づけなくなりそこも制御不能に。
東北から首都圏まで移住対象地域となってしまい、東日本は壊滅する。
ところでほとんど気にしていなかったのですが、福島第2原子力発電所も大きな被害を被り津波で海水熱交換器建屋、タービン建屋が浸水して4基のうち3基の冷却機能が失われている。ただ幸運なことに4回線ある外部電源のうち1回線は生き残ったため、その電源を使って設備の状況把握が可能となり配管の弁の開閉もできた。東芝の三重工場から自衛隊を使ってモータを運んでもらい人力でケーブルをつなぎ川から水を取水して何とか冷却に持って行った。現場の知恵と工夫が満載です。ここもダメだったらどうなっていたのか。
偶然の幸運と命を懸けた現場の知恵と頑張りで、何とか最悪の事態は免れたのだが福島は決してアンダーザコントロールという状況ではない。現場は一流、マネージメントは3流と言うだけでは、失敗は繰り返す…
コメント
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