怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「パナソニック人事抗争史」岩瀬達哉

2015-08-27 07:20:36 | 
これは企業ドキュメントとしては抜群に面白い本です。
読み始めたらやめることができずに一気呵成に読んでしまいました。

どこの組織でも多かれ少なかれ人事抗争の類はあるもので、ここに出てくる歴代のパナソニックの社長重役たちを見るにつけ、うちにもこんな人がいる(いた)と思いつつ読む人が多いのではないでしょうか。
パナソニックは松下幸之助が一代で起こした会社で創業家の力が強いため、問題が生じた時に余計修復が難しい面はあったのでしょうが、人事抗争によって企業内部がぎくしゃくして判断を誤るということは同族企業でなくても枚挙に問いません。最近では東芝の粉飾決算も人事抗争の余波みたいです。
パナソニックのように一応復活してきた企業はまだしも同じく関西の同族企業だった「サンヨー」とか「シャープ」ではどうだったのでしょうか。水面下で熾烈な人事抗争があり、ついには会社の存続まで危うくなったのでしょうか。
松下電器の創業者松下幸之助は娘婿の2代目社長松下正治を評価していなくて3代目社長の山下俊彦に「正治を引退させて今後経営には一切口出ししないように約束させてくれ」と命じている。山下は幸之助ができないことをやれないとサボタージュしていたのですが、本来ならこういうことは幸之助が自分ですべきことでしょう。糟糠の妻と娘との関係で言い出せなかったみたいですが、それを人にやらせようとしたことに無理があったとしか思えません。せめて文章に残すなりきちんと自分の意思が分かるようにしておけばこんな混乱には至らなかったのでしょうけど…
山下は自分ではやらなかったのですが、それを後任の社長となる谷井に引き継ぎ事項とします。山下自身、幸之助の意中の人とは少し外れていたが正治の応援もあって就任したこともあって自分で引導を渡すことはできなかったと思います。
しかし谷井は愚直かつ性急に正治に引導を渡そうとします。地位に執着がある正治は激怒、居座るとともに谷井憎しとなって、その経営方針にことごとく反対し拒否権を使うようになります。ここから組織は大混乱し、谷井も一連の不祥事の結果、追われるように社長を辞任、パナソニックの将来を担うと目されていた人材も活躍の場を追われていきます。
谷井社長の時代に苦労してまとめあげたMCAとの買収も森下次期社長になると叩き売ってしまいます。パナソニックとしてはソフトとハードの融合という点では大きな将来性があったはずなのに正治の谷井憎しの感情が勝っていました。森下社長は取締役時代にいわば正治担当として仕えたことによって社長となれたので正治の意向を忖度して言うとおりに動くことしかしません。結果、人事権を正治が握ってしまったので迎合する輩しか出て来ません。取締役会はイエスマンだけになってしまいみんな会長の顔色ばかりをうかがっている。会長の提起した主要案件には誰も異議を挟まず沈黙のまま採決されていく。取締役会での議論らしい議論と言えば弁当の中身について。これでは「御社の将来は…」ですが社長は何の危機感もなかったのでしょうか。
そんな森下社長のあだ名が「マルドメ」まるでドメスティックということだそうです。目先の日銭を稼ぐことしか考えられずに将来の飯のタネになることに投資することなどできない。パナソニックがブラウン管に固執して液晶に後れをとったのはこのためです。当時の経営幹部に流布したジョーク「森下社長は、まじめでええ男だけど、社長時代に言うてたのは、ふたつの言葉だけ。ひとつは、聞いていない。もうひとつは、わからん。聞いていないとわからん、で済ました社長でっせ。」
要は会長のゴルフのお世話に一番気を使うというせいぜいが秘書室長ぐらいの器でとても社長の器でない人が会長に取り入って社長になってしまったということか。それでは経営はおかしくなってきます。でもそんな人ってあちこちにいますよね。同じようなこと(聞いていない、分からない)をいつも言っていた上司は私にも思い浮かびます。
そんな森下に一心不乱に仕えたのが6代目社長になる中村邦夫。パナソニックは森下社長時代に脆弱な体質になってしまった結果、2001年度2千億近い営業赤字に陥ってしまった。ここでリストラを行いv字回復させているのですが、残念ながら新たな成長戦略は描けていなかった。テレビではプラズマに固執して過大な投資を重ねていくばかり。人事では恐怖政治を行い自分の好みで気に入らない者は容赦なく飛ばす。幹部は保身に走り「中村さんに嫌われたら会社人生は終わり」という言葉が流布していきます。
7代目社長になった大坪は中村が院政を敷いて引き続いて経営に君臨しようとしたから選ばれた。そんな大坪社長についたあだ名は「イタコナ」。コストのことは口にしても、将来展望や、社員が夢をかける戦略を語ったことがないという意味とか。
そうした中、プラズマ事業は撤退することなく投資を続け(総計4400億円になる!)深みにはまっていく。
中村もいよいよこれはダメだと思ったのだろうか、8代目社長にはづけづけものを言う津賀が就任。ここでようやく「言いたいことが言い合える活気ある会社」という方針が示される。プラズマ事業から撤退し、森下、中村、大坪と3代続いた業績低迷を脱し、その結果はまだわからないが、経営を立て直そうとしている。
それにしても松下正治の処遇に端を発した人事抗争の歴史のなんと無残なことか。泉下の松下幸之助はどう思っているのだろうか。
どこにでも上ばかり見ているヒラメ職員はいるし、上に立った途端に恐怖政治を行う人もいる。ここに出てくるいろいろな人に近しい人は何人も思い浮かぶ。この人はあの人と…なんて思いながら読んでいるとやめられませんでした。
ここでは悪役になっている松下正治の言い分もあるだろうし、森下、中村、大坪のインタビューがあれば読んでみたいものです。こういう本が出て、結構読まれているとなると反論があるのではと思うのですがぐうの音も出ないんでしょうか。でもいまだ顧問なり相談役の人もいるのだし、役職をやめないのなら主張すべきだと思うのですけどね。
森下にしても中村にしても大坪にしても厳しい競争を勝ち抜きそれなりの実績を上げてきたからこそ取締役になったのでしょうが、大企業パナソニックの社長という立場では荷が重かったということか。簡略化されたメッセージでビジョンを示すこと、そしてそのビジョンをもとにみんなが考えて実現できるような組織にしていくことが社長の使命とするならば歴代社長はできていなかったのです。
それにしてもこの本には役員OBたちが内情を詳しく話しているのですが、津賀現社長の暗黙(?)の許可があったからこそ話せたのでは。その人たちは現役の時どうだったんでしょう。今になって批判する歴代社長にお追従をしながらうまく世渡りしていたのでは…傍流の道を歩んできた身としては人事の闇は本当に深いです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする