1968年、東京。
新宿のJAZZ喫茶「B」から出て来た
東大生岸は、店の向かいに停めて
あったオートバイを抱きしめるよう
にしゃがみ込む女子高生のみすず
を見た。
みすずはオートバイをいとおしむ
ように頬を寄せる。
そして呟く。
「冷た・・・」
だが、さらに頬を寄せて抱き寄せる。
それを見守っていた岸はみすずに
声をかける。
驚くみすず。
だが、岸はぶっきらぼうな口調で
みすずに言う。
「単車好きか?
乗りたいなら教えてやろうか」
その時、みすずの表情に光が差す。
黙ってこくんと頷くみすず。
映画『初恋』(2006)の中で最高
珠玉の名シーンだ。
突き抜けたシーン。
指の先まで宮﨑あおいは演技して
いる。
そして、このシーンこそが、二人
の関係と岸と共に時代を変えよう
とした女子高生みすずの魂の根源
がある。
作品では、台詞無しの無言ながら
もコンマ秒単位で表情の演技を
する宮﨑あおいの女優としての
演技力が静かな閃光のように光り
抜ける。
この映画作品は、このシーンこそが
最高のシーンであり、ドラマの
構成の中心を成す。
きめ細かい原作と脚本の深淵。
それがこのシーンに凝縮されて
いる。
日本のオートバイ乗りの野郎ども。
また、オートバイ乗りの女性たち。
そして、性を乗り超える人類のパス
ファインダーたるトランスジェン
ダーの諸君たち。
こむずかしい昔の歴史的時代背景
の解釈などどうでもいい。
この「なぜオートバイか」という事
を絶妙に映像表現した珠玉の名作
映画『初恋』(2006)を是非とも
観てほしい。
アマゾンのプレミアム会員ならば
現在無料配信で全編が鑑賞できる。
私は今夜観ている。
もう何度目かはわからない。
良い映画作品という物は何度でも
観るし、観られる。
今夜も『初恋』を克明に観る。
まじもんでいいすよ、この映画。
バイク乗りは絶対に観てほしい。
これはバイク映画ではないが、
『彼のオートバイ.彼女の島』
よりもずっと深いところで良い。
なぜオートバイだったのか。
孤独な女子高生みすずは、どうして
オートバイに惹かれたのか。
そして、オートバイに乗る大学生
岸にどうして心が奪われたのか。
前述したように、時代的な政治
情勢などはどうでもいい。
どうか、二輪乗りはこの作品を
ご覧になって、「感じて」ほしい
と思う。