渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

小説『いっしん虎徹』

2014年08月31日 | 文学・歴史・文化・科学


『いっしん虎徹』(山本兼一/文春文庫)

改めて、日本刀ファンのみならず、日本文学ファンに是非おすすめの
一作を紹介する。

私の感想は → こちら 
(映画観賞、小説読書、芸能観劇において、ストーリーだけにしか
興味がない方は、私の感想は読まないほうがよい。注釈と所感だけで
なく、顛末が書いてある。顛末を知ろうと知るまいと、作品の描く文学的
表現世界に触れてみたい方はお読みください)


やるな富士重

2014年08月26日 | バイク・車







う~む。
そそる。
てか企業として戦略の方向性が面白い。



カヤバも仕事仲間だけど、ビルシュタインに負けるな!と応援したい。


備後三原城

2014年08月23日 | 文学・歴史・文化・科学

かみさんがコカコーラ飲みたいってんで、「俺が行ってきてやるよ」と
駅前まで徒歩で買いに出た。

三原駅構内。新幹線が停まる駅ではあるが、超ローカル駅だ。
   



駅構内には観光案内の大きな絵がある。


帰り道。うちの裏山の桜山の案内図。土砂崩れ危険区域ともいえる。


アーチの湾曲具合がよく分かる位置からの三原城本丸北端。
向こう側の端とこちらの端の遠近比較で、面の部分も湾曲していることが判る。
かなりできる石工が積んだと思われる。


現代の補修あと。今ひとつ(^^;


ところどころ現代補修されている。これが三原城の城郭最北端の堀となる。


そういえば、先日市内の古書店で吉田初三郎筆による三原市の
鳥瞰図を購入した。復刻版ではなく、大正時代の原本だ。
これはかなり素晴らしかった。長大なので、スキャニングして
いずれご紹介したい。
ネット上でも出回っていないので、かなり貴重な史料になるはず。
大正時代が100年前というのは・・・なんだかな~。
考えたら俺も50年以上生きてるのだった。
俺の親父の祖父は明治初期、曽祖父は江戸時代生まれってのも、
なんだか遠い昔なのか近いのか、よくわかんないや(笑
とりあえず、この三原の城は天正八年(1580年)からある。
おお!偶然だが、俺の愛刀が造られた年だ(笑)。

専門家でも研究が進んでいないけど、江戸期の浅野家が広島藩主と
なった頃にはもう三原城の城郭と櫓は完成されていたけど、これ、福島
正則がかなり無断で整備したんじゃないかと思うよぉ。今、学術機関が
三原城を発掘調査しているけどね。

福島正則は家臣団に対しては結構温情派だったみたいだが(一方で
やたらめったら御手打ちとかした暴君でもあった)、かなり宗教弾圧したり、
郡政においても強圧的な態度で臨んだから、かなり地元受けが悪かった
ことが記録に残っている。
浅野家が入った時に、民衆たちは歓迎したみたいだ。
でも、大名含む侍なんてのは、ジモチーじゃないからね。
幕府の意向ですぐに改易になって移封させられるし、それでなくとも
戦国時代から領地は全国あちこち為政者によって移動させられた。
桃山から江戸期に大体苗字は固定化されたが、それまでは移動先の地名や
自分で選んだ苗字を武士は名乗っていた。時には姓さえも変えたが、
これは本来変えようがないのにいい加減なもんだ(苦笑
柳生も平になったり菅原になったりしたし、徳川も最初は藤原だったのが
後に源を名乗ったりしている。でたらめなもんだよ(^^;
薩摩の島津なんて遠祖を秦の始皇帝なんてのにしてるしさ(苦笑
まあ数学的には人口比率からして遠祖を辿ると、必ず歴史上の有名人には
なることになるから、適当に持って来て「系図買い(武家の間に流行った
自家系図をねつ造すること)」が流行したのだけどね。

武士が話す言葉は、各地を転々としていたので(武家で遠祖から同一地に
定住していた家は皆無)、基本的に方言とかあまり使わずに階級なりの武家
言葉を常用していたのではないかな。
それでも、信長や秀吉は「おみゃ~、やったぎゃ~」とか「やろみゃあ、やろ
みゃあ」とか言ってたように思える(笑
信長が京に上った時は、軍律厳しく、京市民への一切の略奪や暴行を
厳重に禁じたので、京の人たちは信長を大歓迎したとの記録がある。
鎌倉期の木曽義仲などはかなり評判悪かったみたいね。手下(てか)が
京で略奪と暴行をかなりしたからだ。
千年間に亘り王土である洛中であるのに、外圧でいろんな武力行使を
されたから京の市民はしたたかになってきたのだと思う。
プライド滅茶苦茶高いけど、表に出さずに、サラッと底意地の悪いことを
したりする。二度目のお茶出しなんてまさにそれだよな(笑
俺なんて、知らずに平気で「いや、これはかたじけない」とか言って
二杯目の茶を馳走になりそうだ(苦笑


ダサい

2014年08月21日 | 文学・歴史・文化・科学

「ださい」とは垢抜けず野暮で格好悪いこと。
この言葉は1970年代から登場したとされている。
「まじ」は江戸時代からあったが、「ださい(東京活用形 だせえ)」は
新しい言葉だ。
ダサいは形容詞的に使われるので、「これが『ダサい』である」と示す
ことはできない。個別事象について「これはダサい」と評価することは
できるが、各人の価値観によるので幅がある。
主に着ている物やその着こなし、態度や考え方について、パッとしない
スマートでなくかっちょこ悪いことを「ダサい」と呼んだりする。
私は、1972年(埼玉)には使っていたから、70年代でもかなり早い時期から
あったのではなかろうか。
1970年時点(神奈川)では存在しなかったので、やはり登場は1970年代
ごく初期と思われる。


タモリが「だ埼玉」という造語によって流行らせたというが、それは嘘だ。
前述のように
タモリ登場のずっと以前の70年代初期から「だっせー!」と
いう表現は
関東地域では普通に使われていた。
語源は「田舎」だ。イナカを音読みでダシャ・い=田舎い→ダサいに変化した
らしい。


これではない。
 +

それだとこれと一緒だ(苦笑
 +

 

音楽用語(というより日本のジャズ用語)に、単語の音を入れ替えるのがある。
「かーちゃん」は「ちゃんかー」となり、「おんな」は「なおん」となる。(ナオンなんて
ナウいヤングなイカした言葉は今時使わないが、まあ「おっぱい」を「パイオツ」と
言うようなゲスい言い回しだ)
そして、「ジャズ」は「ズージャ」となる。
こうした業界隠語の中に、「1万」を「つぇーまん」と呼ぶ習慣がある。
なぜ「1万」が「ツェー万」なのか。
これについては、私個人の見解としては、イタリア音階名でいうところの「ド」、
つまり、メジャー音階最初のスケール音=1度の音が「C」のキーであること、
Cをドイツ語でツェーと読むことから「1」を「ツェー」と呼ぶと推測している。
何の根拠文献も読んでいないが、この着目はあながち外れていないのではない
のではなかろうか。

こうした業界用語、隠語、符丁というのは、その世界の者だけに通じる暗号の
ようなものだ。
花柳界や飲食業の世界でもたくさんあるが、飲食店などでは店員同士にしか
通じない言葉を使われると客としてはあまり気分がよいものではない。
寿司屋にはそうした符丁が今でも生きている。
数について紹介すると、

1・・・ピン
2・・・リャン
3・・・ゲタ
4・・・ダリ
5・・・メノジ
6・・・ロンジ
7・・・セイナン
8・・・バンド
9・・・キワ
10・・・ソク

となる。

それと、日本人の実に多くが大間違いをしているのが、食事を終了しての
会計の時で、客の側が店員に「おあいそ」と言う。
これは符丁の使い方の大間違いで、客が店におあいそを言ってどうする(笑
「おあいそ」とは、店員が客に対して言う言葉だ。そして、承った店員は別の係の
店員に対して「おあいそ」と指示する。寿司屋などはこれだ。
客が店の者が使う符丁を使うのは「通」ぶりたがっているのかもしれないが、
大きな間違いなので気をつけた方がよい。通ぶっても店からは「素人さんなんだな」
と思われている。客は普通に「会計をお願いします」と店員に頼もう。自分の会計に
「御」をつけちゃいけねぇよ。まあ、これは符丁というよりも日本語の問題だが。
誤った用法がさも物知り顔をして当たり前のようにまかり通っているのというのは
実に滑稽だ。
そういうのは「ダサい」のである。
会計のときには「会計」もしくはレストランなどでは「チェックを」がよいだろう。
もっとも江戸っ子などは、「勘定!」なんて伝法に言ったりもしていたが。
これは上方でもそうで、大阪でも「勘定してんか」とか言ったりする。
勘定とは「いくら?」という値段を問う意味だけではなく、会計精算を求める意味もある。

昔外国人が職場に入ったので歓迎会で江戸前の鮨屋にみんなで連れて行った。
ハマチが出て来た時、そのオーストラリアの女性は「これは何ですか?」と訊くので
俺は答えた。「これはイクラというものですよ」と。オーストラリア人は「おお、イクラ!」と。
周りは「ほげ?」となった。
そこで俺は言った。「だって、ほら、ハゥマッチでイクラ?なんちて」。
周りからは「くだらんネタでいい加減なこと教えるな!」と総スカンだった。
ネタも酢飯の仕込みも良い店だったんだけどね。これだからシャリのわからん奴は
嫌いだよ。
以前上司が言ってたくだらねぇのよりは俺はいいと思ったけどな。
上司のはこうだった。
俺「これの印刷サイズはA4でいいんですか?」
彼「ええよ~ん」


あと、骨董屋の値札の裏に書いてある店の仕入れ金額の符丁(店舗によっても
異なるが)もあるが、これはここでは公開しないほうがいいだろう(苦笑
公開して曝して、なんでもかんでも値切り倒そうって魂胆の御先棒を担ぐのは、
そいつは野暮ってやつだからだ。


時代劇から判ること2発

2014年08月19日 | 文学・歴史・文化・科学


茨右近(杉良太郎)。
居合をかなり使うが、柄の用法はまるで国井善弥の
柄遣いのように見える。


西郷輝彦。
時代劇で定番の切腹の際の短刀は裸身だ。
史実は刀身裸身ではなく、外装を装着したものだった。

そして、切腹の際の介錯だが、土佐の無双直伝英信流では
「首を切落とせ」と私は習った。それが土佐の流儀だ。
「首の皮一枚残し」などといいうのは言葉上の金科玉条であり、
万が一切り損じた場合、切腹者に対しても非礼であるし、介錯人
としても著しい不名誉となる。だから本来の介錯の意義である
「武士の情けとしての安楽死のとどめ」を第一義
に考えて首は切り落とせ、
と習った。これが土佐本伝だ。
同じ土佐系とされる昭和新派から「それは罪人の打ち首」
と批判されることがあるが、昭和感覚で歴史的な伝承を
云々することはできない。土佐藩流儀から出ながら、
そのように土佐本伝に難癖つけるとは、逆に貴殿は
いずれのご家中の流儀かと尋ねたい。
下げ緒廻し一つとってもそうだが、歴史精査をないがしろにして、自己正当化
に基づく他派批判はよくない。


映画『白昼の死角』

2014年08月16日 | 映画・ドラマ・コミック



映画『白昼の死角』(1979年/東映・角川)

これ、かなりいいです。
公開当時、劇場で観た。唸った。
なぜ、ずっとこの角川作品がDVDリリースされなかったのか不思議だ。
2012年、ようやくリリースされた。
おすすめ。


恐怖シリーズ ~お盆ネタ~

2014年08月14日 | 文学・歴史・文化・科学

毎年、夏になると涼を求めてか、怪談シリーズが流行る。
ちょうど今もたけしさんのアンビリーバボーの番組で恐怖シリーズを
やっているところだけどね。

まあ、幽霊というのもいるのかいないのか分からないとかいう問題では
なくて、説明不能の不合理な現象が現れたり、写真や映像に写り込んで
いることは地球上でいろいろある。
幽霊という概念が無い国はない。万国共通だ。それほど、それなりの
現象が現実的にあるからだろう。

人はなぜ幽霊を恐がるのか。
それは自分が住む世界とは別な世界の住人だからだ。
私自身はびっくりしたり、ひょえ~こぇえ~と口にしたりすることはあるが、
本当のところは、真の意味での怖さというのはない。人間のほうが恐ろしい。
ただ、幽霊みたいなのは何度も遭遇しているが、腹が立つ。
なぜ、この世に出てきて現世の人間を惑わすのか。成敗したくなる。
ぶっ殺すぞ、と。(死んでるけど)
悪霊も怨霊も生霊も、いいことはないよね、今の世の人々にとっては。
で、いやなのは、人間に憑りついて、人間を崖から飛び降りさせたり、電車に
飛びこませたりするのがふざけてるよな。変な音出しておどかしたりとかさ。
おめ~ら、体外にしろよ、いや、大概にしろよ!と本気で思う。
幽霊が出てきたら、正座させて説教したい。ふざけるな、と。
もしくは、未練たらしくなんども出てくるような不届きな霊は斬り殺して成仏
させてやるぞと(死んでるけど)。
たとえ、先祖の霊であってもだ。

完全にこの世に存在しないモノから創生した存在ではなく、元来が人間発
が幽霊であるならばちっとも怖くはない。たわけた人間の腐った成れの果て
だからだ。良い人悪い人関係ない。
現世でまっとうではなかった人生だったからとはいえ、この世に出てきてから、
こちとらは「だからなんだよ」と言いたい。てか非常に腹が立つ。
「てめ、人間に干渉するんじゃねぇ!」と。


人が怖がるのは、説明がつかない「不思議」と思われる事が起きるからである。
「説明つかないことは存在しない」という前提に立つから説明がつかないこと
が起きた時に、整理がつかなくなって恐怖心に駆られるのだ。
「そういうこともあるね」くらいに思っていたほうがよい。

あとは、「死」に関してだね。
日常的に死と縁遠いと考えているから、死に対して恐怖があるのだろう。
階段にけっつまづいて今晩死ぬかも知れないし、交通事故で死ぬかもしれ
ないし、通勤通学時に列車のホームに押されて落ちて死ぬかもしれない。
あるいは日本国内でも国外でも流れ弾や爆弾に中って死ぬかもしれない。
死などというのは、実は日常的にいつでも人間のそばに寄り添っているのだ。
(判断のポイント。じっと自分の掌を見つめているような人は遅かれ早かれ死ぬよ)

東京には「幽霊坂」という名称の坂が10カ所以上ある。(大抵は高級住宅街)


東京は坂の町なので、坂めぐりは結構面白いのです。
東京の幽霊坂

あ~。
それと「お祓い」なんてのは、まったく利きませんから。
利くのは己の「幽霊をも食い殺してやる」という執念のみ。
幽霊に対して「死んだら呪ってやるぞ」という強烈な核弾頭なみの執念のみ。
本当は、人間のほうが怖い存在なのです。悪魔ですね、人間というのは。
幽霊を恐怖させることができるのは人間のみ。


子どもの時、やはり「おばけ」は怖かった。
ところが、子ども時分のある時からピタッと気付いてからは怖くはなくなった。
(まあ、でも出たらワッと驚きはするだろうが)

それは「ふざけんな」という腹立たしさを覚えた時からだ。
こっちこそお前に憑りついて征圧して成敗してやるぞ、と。

大体からしてふざけてんだよ。人間をおちょくってから。
この顔つきなんて見てよ。
これなんか、人を舐めきったドヤ顔してから、スボコにぶち殴りたくならねぇか?(笑


まあ、いなくなったらとっても寂しくて悲しくなるお化けもいるけどな。


まあ、言いたいのはあれだ。
いつの間にか若いのも怒ることを忘れるように去勢されちまったけど、
若者は怒りをうたえ!ってやつだ。


当たり前田のクラッカー

2014年08月14日 | 文学・歴史・文化・科学



ぶひ~。
かみさんと藤田まことさんの話をしていて、俺が「そういえば、最近、
前田の
クラッカーて見ないねぇ。あれ食いてぇな」と言ってたら、
探して
買って来てくれた。
いいね~(^^)
俺好きなんだよ~。この素朴な味が。
でもね、バター入っているからよく噛むと味わい深いのよね。
子ども心にはビスコよりも、ぜってーに前田のクラッカーだったな。
ビスコは甘くて美味かったが、なんつーかね、幼稚園頃の親父の
渓流釣り同行のおともはビスコよりも前田のクラッカーだったのを
よく覚えているよ。前田のクラッカー安いし(笑
上の画像も1袋30円。偉いぞ大阪、庶民の味!

一方ビスコも江崎グリコだからこちとらも気合が入っている。
ビスコの登場は昭和8年だってさ。

こちらも大阪でんねん!
グリコはね、やっぱりキャラメルよぉ。菓子にオマケつけたなんて
なんちゅー戦略だとか思うけど、キャラメル自体が美味い。
そして、グリコで思い浮かぶのが「ポッキー」と「プリッツ」だよな。
で、アイスは「ジャイアントコーン」がいいぜ~。
意外なところでは、チョコが結構美味い。明治派と意見別れるとこ
だけどな(笑
棒アイスに関しては「ガリガリ君」が最強だと思う。
これは、俺が子どもの頃には駄菓子屋に普通にあった、ソーダ味
棒アイスに、ダ、いやザ・埼玉にある赤城乳業が目をつけて大手アイス
会社の製品として復活させたのが秀逸だった。俺が大学生の時に
ガリガリ君は登場した。懐かしかったね~。さすが、「赤城しぐれ」を
発売した赤城乳業だ。
「赤城しぐれ」はおいらが幼稚園の時に発売されたけど、ちょいとした
ショックだったよ。かき氷が手軽に店で買えるんだから。夏でも冬でも。
そして、めちゃくちゃ美味かったし、赤城しぐれ。
かき氷ってなぁ、ニッポン固有のもんだべ?
うちも明治期のいっとき氷屋をやってたけど、かき氷というのは外国人
も結構好きみたいよ。アメリカ人の友人なんて、「夏は日本はこれが
あるからいいよ。最高だよ、これ」なんてかき氷を「う~ん」なんて甲高い
唸りを発しながら堪能してたよ(^^)


でもって、かき氷の人気はイチゴらしいけど、おいらはソーダが好き
だったなぁ。あんましなかったけどね。
この頃はミスタードーナッツでもソーダ味のかき氷があるらしい。


でね、最近思うのが、東京地方も大阪パワーというか芸人の影響
なんだろうけど、「東京標準」がどんどん消滅して行ってるんだよね。
それは言葉に顕著なのよ。
「めっちゃ」なんていう言葉は東京の者は絶対に使わなかった。
今でもかろうじてマクドナルドを「マック」と呼ぶのは残っているが、
そのうち「マクド」に占領されるのではなかろうかと思う。
マクドってのはなんだかオイドみたいだけどな。
で、「ツッパリ」という単語は死滅した。いまはどこでも「ヤンキー」だ。
NYヤンキースのヤンキーという発音じゃないよ。「ヤンキィ」のキが
上がってィが極端に下がるイントネーションよ。ヤンキィの音程を表すと、
「ヤ- ン- キ ̄ ィ_」という感じになる。
ツッパリのことなんだけど、大坂京都限定の言葉が、今や全国区に
なってしまった。東京人が「ヤンキィ」と言うのを聴く時、とてつもない
違和感を感じる。
ミスタードーナッツを「ミスド」と呼ぶのは、俺は関西から流れて来た
呼び方が東京でも定着しているように思える。昔は絶対に「ミスド」なんて
言わなかったもの。週に何個も食ってた俺がなかったと言うのだけど。
「スタバ」という呼び名もそうした関西呼びに制圧されたという流れがある
のではなかろうか。

逆の現象もあるよ。
以前、大阪人や関西人、中国地方の人間が「~さ」なんて言葉はまるで
つかわなかった。
しかし、今は大坂人が普通に「~ってさ、」と使う。東京弁の真似している
のではなく使う。
こうした傾向はTVの全国ネット化とインターネットの普及が大きく影響して
いると思われる。
俺の大学の後輩なんて、1年生の夏休みに小倉に帰って高校時代の
同級生と飲んだ時「だからさぁ」と言ったら「なんか、きさーん、東京もんか、
なんちや!」と胸倉つかまれたらしい(笑
今はそんなことはないと思う。
いいのか悪いのかわからないが。

方言がなくなりつつあるのは確実だ。
今私が住んでいる広島県三原市でも、若い人たちはコテコテの三原弁を
話してはいない。
ところが、やはり1970年代中期以前の生まれの人たちは、ヒヤリングを
勉強しないと解らないような言葉をよく話している。さらに戦前世代では
まったく聴いていてサッパリである。
三原だけではない。三原から東に尾道、福山、井原(岡山県)、倉敷、岡山と
古い時代の人(しかも外に出たことがない人)の話す言葉は、かなり解らない。
これは私がよそ者だから解らないというのではなく、地元育ちの仕事仲間
とかでも解らない人が多い。
仕事の打ち合わせを終えて地元出身のディーラー支店長などに「今の社長
の話、ほとんど理解できなかったんですが」と言うと、「心配せんでええ。わしも
半分程しか解らんかった」という笑えない話も多いのである。

方言がなくなるのはさびしいが、コミュニケーションツールとしての言葉を
自分方の言語だけで押し通そうとする偏狭さには、申し訳ないが閉口する。
テレビもあるし、教科書も日本語の国語で書かれていて、その教育を受けて
いるのだから、「人に通じる言葉」を人とは使うようにしてもらいたいと思う。
方言に拘泥して頑なに意固地になっている人ほど、一見郷土文化を大切に
しているようで、実は人を大切にしないと思える。

でも、お菓子やかき氷に顔がほぐれるのは、全国共通だよね。いや、万国共通か。
やっぱり、食べ物は人をつなぐよ(^^)

つーことで、「前田のクラッカー」はおすすめです。
今時、30円で買える物があるというのが信じがたいっす(^0^)v
前田のクラッカー、うめーし。


映画『プレデター』 ~亡国映画人による翻訳~

2014年08月14日 | 映画・ドラマ・コミック



昨日、キャンプから帰って、友人宅でブルーレイ版『プレデター』
(1987/米20世紀フォックス)を観た。

日本語吹き替えで観たが、ジャングルでの救出作戦活動中の特殊部隊
隊員の黒人が主役のシュワルツネッガーのことを「少佐」と呼んでいたのが、
時々「大佐」となったり、かなり日本語翻訳がちぐはぐだ。
昔の「少佐時代」の部下で、本人も混同しているという細かい演出かなと
思ったが、どうやらそうでもないらしい。吹き替え台本のミスか?
いずれにしても声優さんには罪はない。

『プレデター』自体は名作に名を連ねる歴史作品だが、作品の映像描写自体も
チグハグで整合性のないことが多い。
たとえば、踏みつぶしたサソリが靴をどかすと頭と尾が逆向きになっていたり
とか(苦笑
赤外線探知機を結果的に避ける効力があった泥を、最初シュワちゃんは
顔面に片側だけ付着していたのが、顔をつけずに這って逃げて次のカット
では顔面全面に綺麗にまんべんなく泥が塗られていたりとか(苦笑
プレデターのプラズマ砲で撃ち落とされた片腕が地面に落ちた後、その手の
人差し指がMP5サブマシンガンのトリガー(引き鉄)から離れているのに、引き
鉄を引いた演出として弾丸が発射され続けているシーン(スローだからまるわかり)
とか(苦笑
他にもいろいろ。

家に帰ってきてから、再びブルーレイ版『プレデター』を本編と映像特典全部を
観た。
私は、映画は話の筋さえ知ればあとはポイという観方はしないので、何度
でも観る。
映画が話題になると、正真映画ファンでない人は未見作については「そこから
先を話さないで」という人が実に多い。
大抵は、作品としての描写や役者の演技などはどうでもよく、ストーリー展開だけ
に興味がある人たちで、一度見た映画や小説は二度と読まないようだ。
「それ観た」「それ読んだ」でポイ。作品の作り込みを味わうことには興味が無い。
だから、中味の深部を大体覚えていない。作者たちとしては、こうした人たちは
「映画ファン」でも「小説ファン」でもないだろう。こういう人たちは、映画や小説は
一過性の暇つぶしの対象でしかなく、文芸作品としては接していない。タバコの
ポイ捨てみたいなもんだ。
小説にしても「読破」という言葉を用いる人にこういう一回ポッキリさんが多い。
もしかすると、作品の深みを味わう以前に、文字を読むこと自体が苦行なのだろう
か(苦笑

帰宅後、本編を観てからボーナストラックの特典を観た。
本編の日本語吹き替えも変だったが、ボーナストラックの字幕も出鱈目だった。






これを翻訳して字幕化した日本人は、日本人としてとても恥ずかしいことを
していると思う。
なぜならば、シュワルツネッガーは「ワイルドバンチや荒野の七人に憧れた」
などとは言っていないからだ。
シュワちゃんは、「ワイルドバンチ」と並んで「Seven Samurai(七人の侍=
黒澤明作品)」とはっきりと言っているのだ。『荒野の七人』の英語での
原題はThe Magnificent Seven である。そんなことは一言も言ってない。
シュワルツネッガーは黒澤明の「七人の侍」のことを言っているのだ。
言ってない別な事を持ち出して物事を規定するのは「ねつ造」と言う。
この翻訳者の職務上の犯罪性は、作品自体を全く別作品に取り違えていると
いうトンデモ翻訳がまず一つ、そして、第二としてクロサワの『七人の侍』の存在
を無視して『七人の侍』のコピー作品のほうを持ち出していることが、重大な
アヤマチとして指摘できる(後者のほうが、事実誤認ではなくねつ造という点で
罪悪度が高い)。
どれほどの世界中の多くの映画人がクロサワ『七人の侍』に深い影響を受けた
かをまったく知らないのだろう。無知にもほどがある。呆れた。
それに、「団結」としてシュワちゃんは言ってない。「(諸個人が最大限力を発揮
しての)チーム力」を言っているのだ。「団結」などという単純陳腐な概念をシュワ
ちゃんは語っていない。翻訳者は底が浅すぎる。「孤独に戦う」のではなく
「単独個別ではなく」高度なスキルを持った者が高次元に結集して最大限の
力を発揮する、というところがキモなのだ。団結などというものとは根本からして
異なる。
実際に『プレデター』では団結は存在しない。ダッチ=シュワルツネッガーを中心
に彼の命令下で各々が各能力を発揮するのだ。これは団結とは呼ばない。
この翻訳者は「団結」の真意も解せず(たぶん社会史の中での「団結」を知らない
とみえる)、そして何よりもクロサワの『七人の侍』そのものを観たことがない
のだろう。
『七人の侍』では、侍同士は団結という概念での結集体ではない。団結は農民同士
が克ち得た。あそこでの侍たちは傭兵であり軍事顧問団であり、農兵の督戦隊で
あると同時に自身らが戦闘集団だった。そして、島田勘兵衛の号令指揮の下、七人
はそれぞれの「持ち場」で十二分に戦闘するのである。団結などという集団的行動
形態とは根本からして大きく異なる。クロサワ作品を観ていない者には、シュワちゃん
が語りたかった『七人の侍』の中身内実を理解できないのは当然だろう。
団結を要するのは、意志一致の不文律が不存在のデコボコ意識の集団に必要なので
あって、明確に同目的、同意志の下に結集した戦闘集団には、団結などという大衆的
意識性は存在しないのである。そんなレベルの段階はとうに超えた者が集うのが
特殊戦闘集団なのだ。そして、なによりも、軍隊に団結は存在しない。
(『プレデター』。ああ、ここにもクロサワ『七人の侍』の影響を受けた映画があった)


クロサワ『七人の侍』なくば、スピルバーグもルーカスも映画人になってはいなかった
(本人たちの言)。他にも数えきれない映画界の人々がクロサワ作品に感化された。
それほどの歴史的にインパクトがあったし、力のある作品を作ったのがクロサワだった。
クロサワとクロサワ作品は日本が世界に誇れる宝だ。
この翻訳者は、「歴史」を知らないか、無頓着で過去の偉人の功績には興味がない
ユトリックな世代なのかもしれない。

クロサワ『七人の侍』がなぜ歴史的名作であるのか、解らない若い人は多いのかも
しれない。
しかし、そんなことはないと思うのだけどなぁ。私だって、私が生まれるずっと遥か
以前の作品が『七人の侍』なのだから。
しかし、撮影手法と技術が歴史的に初めてだらけで凄いことだけでなく、演出の
きめ細かさについても、現在の映画作品と比較しても抜きん出て(というか突き
抜けての別物)完成度が高い。
まあ、「どこが名作なの?こんな映画」というこういう若者感覚(←外部リンク)は、
分からないではない。
まあ、ゆとり世代たちには、ここで書かれているベスト回答者の示した内実など
まず解らないだろう。解ったふりの「なんとなく」だろう。
ゆとり世代の自己に懐疑をもたないゆとり世代たちは、意図的な愚民化教育によって
日本人の知性を消滅させられかけた、その一時期の犠牲者だからだ。ゆとり教育は
美辞麗句の下で教育的機会と時間を奪うことで、知的思考能力の発達を意図的に
阻害した。
円周率が3でOKなどという、そんただ馬鹿なことが地球上である訳ないべさ(苦笑)。
5000年前の古代バビロニア時代よりも退化しているよ(笑
本当は国民が数を数えるのも「1.2.3.....たくさん」という人間を政府は多く造りたい
のだろうが。管理統制が簡単だからね。人民が人ではなく猿頭だったら。
でも、このネット質問者の人のような人は、どんな映画を観ても、どんな小説を読んでも、
味わいについては鈍感だと思う。俺からすると、不感症ではないかと思えるくらいに。
素人はまだそれでもいい。
しかし、映画製作に携わるプロの人間が、このネット質問者のような愚鈍な感覚では
どうしようもないくらいに助からないのである。

翻訳では、他にもあったなぁ。
シュワちゃんが撮影中のことを「ブートキャンプみたいだったよ」と言ったのを全然
別なニュアンスで訳していた部分が。
素肌感覚が戸田奈津子チックで、非常に違和感と不快感があった。翻訳者が作品
や台詞の機微、人が話していることの本質に迫ろうとしない姿勢、という点で。
誠実さをまったく感じられない。プロの仕事人とは思えない。

ブルーレイは映像が美しい。
ところが、円盤を作るのは世の中の人の歴史を知らない若手というケースも今後
どんどん増えていく。
スッ転げは、世に残る一つの映画作品に携わる自覚というデリカシーのない若者
だけの特権ではない。
戸田奈津子のような「重厚」な人生を重ねたお迎え間近のような人間が日本に
おける海外映画作品のトンデモ翻訳の先鞭をつけた(私は彼女は「日本の恥」だと
思っている)。
このブルーレイ版『プレデター』翻訳者のような感覚で、日本のアイデンティティが
希薄になっていくことによる「奇禍との遭遇」が近い将来に来ないことを祈る。


カーティス・ロード

2014年08月12日 | バイク・車

渓流に、自分だけの理想郷であるカーティス・クリークがあるとするならば、
バイク乗りにも自分だけのカーティス・ロードがあるはずだ。

映画『キリン』


この映画の中で、キリン(真木蔵人)がスズキ隼を初めて走らせている
ワインディングロードは、箱根のここだ。

向こうからの下りをフルバンクで攻めている。
私は向こうに向かう上りが好きだった。この場所は気持ちが良い。


この撮影場所とそっくりなレイアウトと風景がこの箱根スカイラインに続く芦ノ湖
スカイラインにあり、そちらは注意が必要だ。
上り直線先の左コーナーの上り短直線の先に右の深い複合コーナーがある。

ここは出口が狭く、知らない人間は直線後の上り左コーナー後の短い直線で
速度を調節するバイクを抜いて行こうとするが、大抵は
オーバースピードで
次の複合の右ブラインドで飛ぶ。

私もガンマで走っていた時、一度私のガンマと相方のGSX400Rをこの短直線
でスッと抜いた知らないRZ250がいた。うちらも結構な速度(限界より手前だが)
で走っている。

「あ~あ。その速度で次の右に突っ込むと曲がれないよ」と思ったら、案の定、
飛んでいた。我々はそこを抜けた後、すぐに戻ったが、RZライダーは何とも
なさそうなので立ち去ったが。
今は舗装されて整備されているが、かつてはその複合右コーナーの外側には
富士山の火山岩がいくつもむき出しになったちょっと広めの展望場が
あった。
立つのも怖いくらいの断崖絶壁の崎にある展望駐車スペースだ。

富士山が正面に見えて絶景だ。
しかし、ここから車やバイクで転落したらまず死ぬね。
そこにRZは道路のコーナーから飛び出して、むき出し溶岩で跳ねて大ロデオ大会
をやらかしていた。

コーナーを曲がりきれないからマシンを立てて直線的に突っ込んだのだろう。
だから言ったじゃないの(笑
モトクロスのように散々跳ねた後にマシンと体ごと吹っ飛んでいた。
崖に落ちなくてよかったね。

この画像のシーンでは、吹き替えを宮崎敬一郎氏がやっている。




1984年5月、発売されたばかりのYAMAHA FZ400Rをこの箱根スカイライン
と乙女道路でテストしていたのは宮崎敬一郎氏ではなかろうか。
フォームと乗り方等からして、私が見るにそのように思うのだが。
乙女道路では下りの直線でウイリーしたりして遊んでいた。
コーナーは最速で駆け抜け、フルバンクで膝擦りだ。
1990年代初期頃まで、自動車やバイク雑誌では、公道を使った新車テスト
よく行なわれていた。ビデオも多く発売されていて、今では動画サイトで
観る
ことができる。

現在では絶対に不可能だ。
なぜならば、40km/h制限の道路で、普通に常に100km/hオーバーで走って
いるからだ。直線では160km/hほどをサクッと出すこともある。
そうした映像が発売されていた。
厳密に言わなくとも、犯罪行為をビデオで公開していたので、よく免許取り消し
にならなかったと思うが、今の時代では不可能である。

映画『キリン』では、宮崎敬一郎氏が往年のように公道の峠でフルスロットル
くれている。
私はよく知る場所なので判るが、この箱スカの場所はコーナリング速度自体が
軽く100km/hはオーバーするし、さらに直線ではかなり出る。事実、映画のこの
シーンでは、それなりの速度で走っている。フロントサスペンションのボトミングから
どれくらい速度がでているかはごまかせない。
箱根ターンパイクは箱根ターンパイク株式会社が所有する私道であるので、
そこでは道路を貸し切りにしてこの映画の撮影がなされた。バイクのバトルシーン
などはそれだ。
しかし、この箱根スカイラインは公社が保有している有料一般道路なので、
撮影とはいえ、貸し切りはムツカシイのではなかろうか。
野暮なこと言うようだが、このキリンが隼を最初にライドテストしているシーンは
「早送りです」とでも言い訳しないとならないくらいに、高速度走行している。
免許サヨナラコースのような速度だ。


ライテクもそうだが、四半世紀以上前の80年代から容貌と体型が一切
変わっていないという恐ろしい男、宮崎敬一郎。テスターでありリポーター
であるが、車の能力をきちんと把握できる国内有数の有能な人だ。つまり、
この手の違いの判る男はまず確実にエロい。一本調子の鈍感野郎じゃ
ないからだ(笑
俺は、84年、乙女や箱スカでライトブルーのFZを試していたのは彼だと
思うよ。1959年生まれ。俺の一コ上。元国際A級。

宮崎さん、あの頃と同じことやってるし(笑


下りでもお構いなしにウイリーです。


コーナーでは、ステップを路面に擦ってます。可動式バックステップを擦る。
Gでトラクションが発生してサスが仕事しているからスリップダウンしません。








峠を走る時はこんな感じです。

香港で作られた『頭文字D』は日本で峠バトルのロケが撮影されたけど、あれ、
どうやったのでしょうね?(^^;
結構、峠でのバトルシーンは面白かったよ。

このようなRの狭いUターンコーナーはバイク乗りは好まない。定常円旋回は
バイク性能を出す区間ではないからだ。「超高速突入→急減速→高速旋回→
フルバンク→全開脱出」ができる、サスを十分に沈ませるトラクションをたっぷり
かけられるコーナーをバイク乗りは好む。このような超低速コーナーは、タイヤ
のグリップだけに頼ることになるので、スリップダウンしやすい。
このような低速Uターンコーナーは四輪のドリフターズたちが好むコーナーだ。

(実写版映画『頭文字D』のロケ地)

さて、映画『キリン』の出来栄えやいかに。
いや~。ごめん。これから観るのよ(笑
その前に、30年ぶりに懐かし峠の懐かしコーナーを観たので、懐かしくなって
書いてるのよ(笑
週に2回行ってた(笑
俺は点数大分残っていたけど、毎回一緒に行ってた弁護士は免許サヨナラ寸前
だった。今だから言えるけど、バレてたら懲戒ものだったね(笑
速度違反常習者だったのだから(苦笑
二人とも革ツナギを着て、上にはトレーナーを着ていた。
まだ、峠族はローリング族とは呼ばれてはいなかったし、数も少なかった。
てか、峠の膝擦り小僧はほとんどいなかった。
爆発的に増えるのは、「バリ伝」の影響で85年頃からだろうか。
85年には、我々はすでに峠を上がって、コースに移っていた。

1989年以来、私は箱根を走ってはいない。
毎週2回、それを約1年通った箱根だったが。
今でも心の中ではカーティス・ロード、マイフェイバリットワインディングが
箱根の芦ノ湖箱根スカイラインから乙女道路にかけての道だ。
谷が迫って来ないから、走っていて気持ちいいよ~。
それに一番いいのは、小うるさい蝿のような峠小僧たちがいないことだ。
これは峠族全盛の80年代からいなかった。
なぜならば、見物コーナーが少ないし、有料だからだ。
コーナーだけ早くて、連続した距離のトータルは超ドン速の峠小僧たちは、
見物コーナーで見せつけるだけが目的なので、一つのコーナーを行ったり
来たりする。マシンの性能がどうとか、コーナリングがどうとかではない。
見物コーナーでどれだけ目立てるかだけを競う。ローリング族は厳密には
走り屋とも異なる。人目がないと走らないからだ。
本当の走り屋は、人知れず夜明け前に走る。己のためだけに。
私は峠も膝擦りながら散々走ったが、ローリング族ではない。
そして、80年代末期から「チーム」と称する徒党を組む連中が峠に現れた。
うちらはいわゆる「バカ(固有名詞)」と呼んでいたが、ヘルメットに妙な物を
着けたり、揃いのトレーナーを作ったり、マシンにゼッケンを貼ったり、
今でいうハンドルネームのような幼児的なあだ名で呼び合ったりしていた。
あまり知性は感じられなかった。
80年代後半からは、これらがローリング族の主体を構成するようになった。
走り屋はほとんど峠からいなくなり、いつからか峠は「バカ」ばかりが占領する
ようになっていった。
図式としては、峠族というのがまずあって、その中に走り屋とローリング族と
に別れているという構造があったのだが、取締りの警察からしたら、どちらも
「暴走族」と位置づけている。



峠を走る際には、上にも書いたけど、峠では「直線後のコーナーは気をつけろ」
です。
Rが複数組み合わさる複合コーナーや複数連続でトリッキーになっている
地形であることが多いからです。幻惑されずに走れるには、走り込んでコーナー
の状態を覚え込むしかないのだけどね。
まあ、公道で限界走行しなければ、関係ないのだけど、残念ながら30~40km/h
で車の能力というものが判ることは全くない。
では、世の中なぜ出してはいけないのに、300km/hも出るバイクや四輪を
売っているの?と思うでしょ。
それは1千万円持っている人が使う1万円と、2万円しか持っていない人が
使う1万円は同じ1万円でも違うからだよ。
日本の高速道路の速度制限が100km/hだからと、100km/hしか速度が
出ない車を作ったら、運行上危険なんだよね。
車のエンジン馬力なんてのはそんなもん。本質的には同じ排気量ならば、
エンジン出力というものは、高ければ高いほど良い。それが正しい内燃機関
の進化の仕方だ。

ただね~。たかだか250ccの排気量のレーシングレプリカ(現在死滅)でも、
45PSだった。(純レーサーTZ250の2008年最終型は250ccで93psほど。
リッター換算で372馬力。2000cc換算で744馬力となる。モンスターである

公道市販車でさえ、250ccなのに1速ローで軽く100km/hは出た。
リミッター外して6速全開だとメーター読みで200km/hを超える。
一体どこを走るのでしょうね(笑
最近は大型自動二輪免許取得が大幅緩和されたので、ビッグバイクが流行り
のようだ。
しかし、公道で車の性能を最大限に引き出して楽しめるオートバイは、1980
年代~90年代初期の車を基準にすれば、80ccクラスの小型バイクとなる
かも知れない。
だからといって、現行のどんどん車のエンジン出力を1970年代レベルに
落としていく車作りは、私は好きになれない。
正直言ってですね、トッツァンバイクのようなのばかりだから、今のは。
「250のスポーツモデル」というのも、あんだけトロいエンジンだったら、まったく
走るわけがない。レポーターたちは良いことしか言ったり書いたりしないけど。
レーサーレプリカが死滅してから久しく、カワサキがカウル付Ninja250を出して
超大爆発的に売れが、中古市場を見てみるとよい。どれだけの量のNinja250
があるか。
要するに、走らない、つまらない車だから誰もがすぐに手放してしまうのだ。
4ストで31馬力なんて、どんなに雑誌レポーターが良いこと書いても、絶対に
走らない。カブや郵便バイクのような使い方するのなら別だが。
スタイリングに惹かれて購入した人たちが軒並みすぐに手放しているのでは
なかろうか。

スタイルは滅茶苦茶いけてるんだけどねぇ・・・。でも、走りはねぇ・・・。
音も耕運機みたいだし・・・。

これに2ストのエンジン搭載したら最高なんだけどね。セミチューンで50psくらい
軽く出るエンジンを。


さて、『キリン』を観るか。


(追記)
観た。

トモミ役の亜矢乃というドブス大根だけはこの映画にまったく要らない
ことだけはよく分かった。
見てるだけでムカついてくる女だ。いらん。この映画には。

走りのシーンが秀逸。
さすが、監督大鶴義丹。本人が走り屋である。


撮影視覚効果

2014年08月10日 | 映画・ドラマ・コミック

Conan Takes A Samurai Sword To The Gut


笑った(^^)

ちなみに、この撮影方法を世界で初めて行なったのは黒澤明である。
あれはretractable sword ではなかったが。
世界のミフネによる瞬息の逆手左手抜刀斬りだった。

クロサワは人物配置にも非常にこだわり、人物が重なるような配置
には絶対しない。登場人物がすべて映るアングルを必ず
取る。
 少しでも駄目ならば100回でも撮り直す。
この後ろの加山雄三たちの若侍にしても、左から2-4-3という変則
配置であるのは、変調リズムによる不安定要素から醸し出す作品
視聴者の心理変動を狙って計算しつくした上でのことだ。
そして、映画鑑賞者はクロサワのハメ手に見事にハマる。
プロの仕事である。

 


映画『猿の惑星 創世記』

2014年08月10日 | 映画・ドラマ・コミック



『猿の惑星 創世記』(2011/米国)

かなりショッキングな内容だった。
ラストシーンの描き方はかなり良い。
セリフがなく映像のみ、視覚効果のみで見せるというのは映画や演劇の原点
のように思える。

そこでも「創世記」の意味を狙ったか。
本作は、なぜ人類は滅びて(一連シリーズの後作では滅びておらず、核を
信奉するトンデモ地底人となってしまい、さらに人為的にタイムトラベル
したり等、名作である第一作目を台無しにしてしまったが)、そして猿が人間
に代わって進化したのか、その根本原因を解き明かす作品だ。
本作は駄作ではないと感じる。
ただ、子ザルだったシーザーが「自分は人間ではない」と自覚したことが
一番不幸だったようにも思える。
家に帰りたかったシーザーは、やがて「自他の区別」をつけていく。
シーザーが人間を守るために起こした事件で保護施設に入れられ、そこで
檻の中で人間に虐待を受けながら、家に帰りたい帰りたいと思っているその
姿がとても切ない。

この映画では白人特有(キリスト教圏内の人類特有)の「人間優越主義」を
鋭く描いているところがテーマのひとつだろう。
この人間の「人間が動物を支配するもの」という勘違いは、キリスト教圏独特
のものであり、これはキリスト教そのものの是非とは別に、キリスト教圏の
人々の特徴的な側面として厳然と存在する。
そして、人類の中でも「白人が偉い」という単独種優位性の意識でヒエラルヒー
意識を構成して白人以外を白人が支配しようとしてきた。その最頂点が、
ナチスの選民意識だった。身体障害者や同性愛者など、社会的マイノリティを
「殺すべきもの」として規定して、それを実行していく行動にナチスは出た。
優勢遺伝主義の最たるものがナチスだった。
しかし、ナチスといえども彼らも人類である。我々と同じ人類だ。同族である
我らの中から彼らのような部分が出てきたことを我々は反省する必要がある。
ナチスのような発想や行動のすべてが、人類にとって人類本体の健全細胞を
死滅させるウィルスであったのだという冷徹な自覚的反省が必要だ。
これは第二次大戦が単なる大国国家間の領土分捕り泥棒合戦だったという
政治問題としてのみ捉えるのではなく、人類史的になぜナチスのようなファシズム
が生まれてそれの暴虐を容認してしまったのかという自己総括として捉えられ
るか否かの問題提起が、我々に歴史の中で突きつけられていることを示す。
近年、動物保護を考えて共生を詠う人々がキリスト教圏の中から出て来た
ことは、自覚的自省行動の要素があるものとして見逃すことはできない。

そして、その一方で、キリスト教圏の人間は、国家的人殺しをする際にも一様
に今でも言う。「神の名において」と。
神を持ち出して傲慢な自己正義を貫こうと
する。今も続けられる残忍なローマ軍のような行為においても、十字軍にこそ
栄光と正義があるのだというような自己完結の論理で人間殺しを正当化している。
神の名において。

本当に原罪について知覚しているのだろうかと私は思う。
神は人間などは気まぐれで造っただけだから、そんな気まぐれで造られた
失敗作のおバカな人間は、神の本当の御心などは知ることができないのかも
しれない。


映画『武士の献立』

2014年08月09日 | 映画・ドラマ・コミック



映画『武士の献立』(2013年松竹)を観た。
むちゃくちゃ良かった。
私にとっては『七人の侍』の次に良かった。
つまり、私の中ではこの作品は地球上で二番目の作ということだ。

唯一包丁の時代考証に難があり(それ以外にも実名=イミナを名指しで呼ぶ
という絶対に江戸期にはないことが他の時代劇のように行なわれているが)、
劇中で登場する包丁がこの時代よりも
70年~100年ほど後世に形状が確立
して普及した包丁ばかりという難点がある。
しかし、作品総体は
そうしたことを消し飛ばす程の内容だ。泣いたぜ、うん。

日本の包丁は、王政時代を除けば、近世江戸期にあっては大坂の堺の
包丁が世間を常にリードしていた。堺の包丁は形状にも工夫を凝らし、
「名物」として珍重された。堺の包丁は昔も今も洗練されている。元来は
鉄砲鍛冶の流れを汲む。
形状のガイドラインが鎌倉期より確定された刀とは違って、常に創意工夫で
最先端の形状と実質効果を重んじていた鉄砲鍛冶ならではの感性が和包丁
の形状発達に寄与したと私は見る。
かくして、日本の和包丁は料理刃物としては世界一の機能性を有するに
至った。そこには新規性のみならず、使い手から作り手へ、作り手から使い手
へという、相互情報交換のフィードバック機能があったからだ。政治機能の
中枢は江戸にあっても、上方こそが「日本の台所」といわれた所以がそこに
ある。製作者と使用者の双方が江戸政治方式のように固定的観念を押し付け
る石頭だったならば、世界一の機能を持つ今の和包丁は生まれてはこなかった
ことだろう。民意反映の意識の象徴が世界一優れた日本の包丁にある。
和食と包丁文化は日本が自信をもって世界に誇れる文化だといっても過言では
ない。勇ましさばかりを一面的に強調するサムライ文化よりも、こうした人々の
生の息吹の結実が感じられる物が日本にあることを、日本人はもっと誇りにして
よいのではなかろうか。
そして、まさに、この映画『武士の献立』は、武士というよりも、人として何が
大切かを私たちに伝えている。人の幸せは大義名分ではなく、食から生まれ、
その食は愛と歓びから生まれる。夫婦の愛も、食を共にすることを抜きにしては
発生しえない。
そして、食材を工夫して美味しい料理を作り、それを食べて幸せを感じる。その
幸せを届けたい、そうした小さな気遣いや愛から親子や夫婦などの絆が生まれて
行く。
食を大切にしない人は愛情にも情愛にも乏しい。
会食文化は、日常であれかしこまった席であれ、「同じ物を一緒に食べる」と
いう同列非差別の行為であると同時に、作り手と食べる側が一体化するという
「人と人をつなぐ文化」である。
そして、人と人をつなぐことの橋渡しとして活躍するのが包丁なのだ。
こんな素晴らしい刃物は世の中にはない。


『日本山海名物図絵 巻之三 堺包丁』(平瀬徹斎著/長谷川
光信画/宝暦四年-1754年)

この堺の包丁には、出刃包丁と刺身包丁が図示されている。
さらに「まな箸」と「たばこ包丁」も名物として紹介されている。
幅が広い菜切も見える。
ただし、これらは、1754年時点でまだ「名物」であるので、
一般的に全国的に普及するのは1800年代に入ってからで
あるとするのは、各種文献等や江戸期から続く現代包丁の
メーカーの論に蓋然性がある。



いわゆる加賀騒動の渦中での加賀藩の料理人である武士の妻と夫の
物語なのだが、ただ料理を作って飯食ってるだけの映画ではない。
いいね、こういう心に響く映画を創れるというのは。私の中では、この作は
120点/100点中だ。ぜひとも、夫婦、恋人、親子で観てほしい作品だ。
おれぁ泣いたよ、うん(笑

で、包丁については、時代考証が正確な部分と時代をやや設定年代よりも
現実的には先取りしている
部分がある。それが包丁の形状だ。
現在の形の包丁が確立したのは最幕末なのであるのだが、おおよそ今の
形の包丁が歴史的に一般化したのは文化文政年間(1804年~1829年)だ
といわれている。町人文化ではいわゆる化政文化とよばれる江戸文化が
最高潮に達した時代だ。著名な文芸作品も多く生まれた。
また、武家文化としては、各藩の財政が逼迫し、藩政が著しく行き詰って
各地で人材登用などの藩政改革が行なわれた時代だった。
改革派あれば保守派もある。両派は血で血を洗う争闘を繰り広げることも
あった。やがてそれは藩主や側近の毒殺や暗殺という事態も引き起こす。
この映画は、まさに加賀藩で起きたその加賀騒動の時代に生きた夫婦の
物語である。加賀騒動の1724年前後を舞台とした物語だ。

包丁について見てみよう。
まず、加賀藩の御屋敷で料理人たちが使用している包丁は、この時代から
70~100年後に世の中で一般的となった包丁が多く使われていた。


出刃


薄刃


菜切


これらの包丁はこの時代には存在しない。
この頃までに一般的だった包丁は式包丁のような形状のものであり、かろうじて
広刃のものが存在した。

この映画の時代設定当時に存在した包丁



『十二月の内 卯月初時鳥』(豊国作/国立国会図書館蔵)
初ガツオをさばく女性(文化文政時代=1800年代)。出刃や柳刃
ではない。


映画『武士の献立』に登場するのは、ほとんどが現代と同じ形状の和包丁である。
この形状は文政時代頃に普及しはじめ、幕末に形状が確立した。


薄刃




菜切


だが、リアルな形状の物も登場させている。舞台演出としては虚実を織り交ぜている。
出刃はこの時代にはないが、出刃の横に並ぶ包丁はかなりリアルだ。

出刃。これは存在しない。


しかし、この形状の包丁は式包丁系であり、リアルな演出だ。


一方、夫と料理勝負をする妻の上戸彩さんが使う物は現代包丁だ。


さらに、包丁式での作法、包丁等は超リアルだ。


これは昇進試験の実務試験だ。これについては、包丁以外はリアルか
どうかは私にはわからない。殿上でも武士は足袋をはかなかったこと
だけは確かだが。足袋をはくのは老人および冬季のみである。


驚いたのは、主人公「はる」の夫が、藩中の保守派重臣を討つために
刀を研ぐシーンで、『たそがれ清兵衛』のようなデタラメさがまったく
なかったことだ。
きちんとした「構え」で・・・


刀剣研ぎ師が使う砥石に、何と真剣を当てている。鎬幅が広いので
備前物ではないだろうが、蛙子丁子のような乱れ刃が明瞭に見える。
見るからに加州新刀、兼若三代目あたりの作風であり、演出が唸らせる。
(追記:日本刀研磨師が真剣のように加工した合金製模擬刀だそうです。
びっくり!)



しかし、役者さんが怪我をしてはいけないので、よく見ると、ここで使われている
真剣は刃引きがされていることが判別できる。しかし、かなりの出来の良い刀だ。
研ぎについては研ぎ師から指導を受けたことが見て取れる。
拭いを利かせた地に刃部周辺を擦って白くしている明治以降の研ぎ技法の刀で
あるのはご愛敬。この刃取りのおかげで、日本刀の刃とは白い部分と勘違いする
人が続出となった。刀の刃とは焼き刃のことであり、白く擦って描いた部分ではない。
この画像では、白く擦って描いた中にピョコンピョコンと逆涙形になっている部分が
刃なのである。(追記:担当研ぎ師によるとミリ単位で刃引きがある模擬刀だそうです)



ただし、俳優さんは平地を定法通りに研いでいるのだが、刃を浮かせて
鎬に砥当たりするような感じになっていた。あれでは本当ならば鎬の
ラインを全部蹴って(=鎬線を崩して)しまう。これもまあ、ご愛敬といった
ところか。

この主人公はるの夫の包丁侍は、剣術達者との役どころだが、木刀稽古での
太刀打ちは
剣道でいったら三級くらいの腕にも満たないような剣さばきだった。
木剣を持つ手がガッチガチ。もちろん手の内など一切なく、固く握りしめた
木刀を腕で振りまわす感じだ。まあ、言ってみればド素人。
居合遣いのチャンバラ屋からすると、映画ではなくリアル社会でも、いくら物斬り
をした動画をアップしていても、遣い手かそうでないかはすぐに
看破できる。
筋の良し悪しまで見えてしまう。実際に真剣日本刀を使っている人たちでさえ、
見る者が見れば見えるところが見えてしまうのだから、時代劇の剣士役の役者
さんはさらにハードルが高い。世間一般の現行の刀遣いよりもさらに素人だから
だ。
剣術を知らない
俳優さんは剣術家ではないとはいえ、やはり時代劇に出て
剣の遣い手の役を
やるるならば、最低限、剣の振り方くらいは覚える必要が
あるだろう。

たとえばバイクレーサーの役で、オートバイに乗る姿がまるでサマになって
ないとしたら、アウトであるのと同じだ。
剣と同様に、バイクの操縦の巧拙は、バイクに跨った姿を見れば一発で分かる。
残念ながら分かってしまう。極端な話、信号待ちしているバイクライダーの
バイクのまたがり方、姿勢、ハンドルの握り方、ステップへの足の置き方
一つを見たら、即座に「乗れる」ライダーかそうでないかは判別がつく。


本作、『武士の献立』は、そうした演技上の技術面での至らない部分は瑣末な
こととして吹き飛ばすくらいの総体的に素晴らしい仕上がりになっている。
料理も、あれ、全部すごいよ。食材などもすごく考証されている。
惜しむらくは包丁だが、これは50年ほどの年代差だから、これもご愛敬という
風に受け取るしかない。鞍馬天狗が1950年代のリボルバーを遣って
いた戦後
の映画よりはずっといい(笑

眠狂四郎シリーズなんてもっとひどいよ。若山富三郎が狂四郎に宣言するもの。
「俺の少林寺拳法とおぬしの円月殺法、どちらが勝つか勝負だっ」
少林寺拳法は昭和の新武術ですってば(苦笑

本『武士の献立』には本当に感銘を受けた。この作はよい。最大級のおすすめだ。

私は映画館では最後の最後、テロップが終わって劇場内が明るくなるまでいる。
当たり前だ。映画作品は最終テロップが終わって、幕が閉じて初めて終わり
だからだ。

なので、最後の字幕が始まると劇場を出て行く映画素人が多いが、あれは
「映画途中で観るのをやめた」ということになる。映画を最後まで観てはいない
ことになる。最後に何があるかもわからないのに。『キャリー』のように(笑

最後の字幕では、やはり刀剣研ぎ師がきちんと指導していたことが判った。
それと、包丁式も生間流式包丁の指導を受けていたことも。


さらに、この映画で感心したのは、証明さん(というか監督?)が非常に良い
仕事をしていることだ。臨場感があふれていて、うなった。
ろうそくの明かりを表現しているので、総体的に暗い場面が多いが、ただ
暗いのではない。きちんと明暗を表現しきっている。その暗さの中にも
色の強弱、明暗のコントラストを表現している。作りのキメが細かい。




私の感想としては、ここ30年ほどで、一番良い時代劇だった。
この作品のスタッフは、とても良い仕事をしている。
キャストの俳優さんたちの演技も素晴らしく、また、監督がそれを
十二分に引き出している。
良作とは、まさにこの作品のことを言うのだと思う。


釣りバカ日誌 5

2014年08月08日 | 映画・ドラマ・コミック


釣りバカ日誌5(1992年/松竹)

この『釣りバカ日誌5』のね、このシーン


の後に、スーさんが鈴木建設に出勤するシーンがあるのね。
映画のシリーズでは毎回鈴木建設(社員6000人)の本社
ビルが替わるのだけど、この5作目は青山のスクエアビル
だった。

でもって、そのスーさんが出勤のシーン。
















なんだよ!強引なセンチュリーだな!
あれ?三國連太郎が車に乗ってるよ?!
なんて思ったよ。
なぜかって?

だって、向こうから歩いてくる紺のスーツ着て赤いネクタイ
してるのは、俺だよ、俺!(笑


この時は、嘘のようなホントの話、高輪の小林康宏刀工の
鍛冶場を地上げ後の現地調査に行って、その足でうちの
事務長と
一緒に地上げ元デベロッパーの青山のスクエアビル
(前職の顧問先の自社ビル)に状況
報告に行ったのよ。
青山学院の向かい、刀剣伊波の隣りね。



その時にたまたま、『釣りバカ日誌5』の撮影をやってたわけ。
スクエアビルが劇中の鈴木建設の本社ビルという設定
だったんだね。
その撮影本番に、偶然出くわしたのさ。
映画では開始14分13秒から24秒の間に映ってる。
映画館で観た時、「あ~!あれ、俺」とか思った(笑


あとですね、似たような状況で映画に映ったのは『痴漢日記2』
だった。
これは横浜に住んでいた時、朝通勤で新橋で降りてSL前広場を
歩いていたら撮影してたのよね。そこに釣りバカと同じような感じで
映ってる。
なんで知ってるかって?
だって、その映画観たし、ビデオでも観たもの(^^;
残念ながら痴漢役ではありませんですた(笑

『釣りバカ』シリーズは、奥さんのみち子さんは、絶対に石田えりさんの
ほうが良かったなぁ。


映画『幕末高校生』

2014年08月03日 | 映画・ドラマ・コミック



朝から雨ふりだったが、友人と一緒に『幕末高校生』を東広島に
観に行った。
結構面白かった。おすすめ。
何よりも、小物アイテムが超リアルなのだ。
勿論、江戸城は慶應四年の時の江戸城を超リアルなCGで再現
しているし、泣かせたのは蕎麦屋で勝海舟が酒を飲む時にチロリ
を使っていたことだ。徳利でないところがいい。
そして、幕末には一部の店舗で採用し始めていた文机のような
小テーブルがあったし、せいろの蕎麦がワンコ蕎麦のように一掴み
ごとに切ってあったところもリアル。椅子席にはテーブルがまだ町中の
店では導入
されていなかったので、そこもリアルに腰高の囲炉裏端を
囲むように
して酒樽が椅子として置かれていた。これは明治期に男谷
信友が
居酒屋を経営した時にも導入した形式だ。(かなりウケたらしい)
さらに、乗馬の時には刀を天神差しにしたり、細かいところがかなり
時代考証がしっかりしている。なかなか見せる。
でもって、江戸の街中のCGもくっそリアル(笑
石原さとみと生徒がタイムスリップした場所は高輪か御殿山あたり
だろう。そこから見渡す東北方向の江戸の風景がリアルだった。
これは劇場で観て充分に価値がある作品に仕上がっていた。
こういう手抜きのない細かい作り込みというのはいいね。
名古屋出身の玉木宏さんの江戸弁は歯切れが悪すぎて、ネイティブ
東京もんから見たら難ありだったが、「ひ」を「し」に近い発音で演じる
など努力が見られた。役者魂あり。
正調江戸弁はほぼ死滅しつつあるが、伝法な言葉まわしは、まだ
下町に行けば古老たちがしゃべっている。
ドラマ『JIN -仁-』では、坂本龍馬役の内藤聖陽さんは横浜出身で
土佐弁になじみがないので、自費で高知にひっそりと何度も乗り込んで、
居酒屋などで地元の人と飲みながら話し込んで高知弁をつかもうとした。
プロだ。
生まれ育った土地の言葉を話すのは容易だが、まったく行ったこともない
土地の言葉をいくら方言指導されたからと話すのは難しい。だが、役者
ならば役を身近にグイッと引き寄せるためにも、発音やイントネーションに
ついては徹底的に勉強するのがプロというものだと私は思う。武術について
もそうで、単に殺陣師に殺陣をつけてもらうのではなく、特定流派ならば、
その流派を少しは研究するとか、役作りに徹底するのがプロだと思う。
ひどいのは最近の声優で、かつて山田康雄さんが常に「声優は俳優である」
とプロ意識に徹していたのとは大きく違い、東京出身の声優がしゃべる
大阪弁などひどいものがある。(特に『名探偵コナン』で大阪弁をしゃべって
いる声優。なんじゃい?ありゃあ。おまん、なめとるがか?←何弁よ)
本日観た『幕末高校生』は、なかなか俳優陣が健闘していた。
もうね、しびれたのは伊武雅刀さんです。最高!


そして、フジテレビ系なので、1994年1月から2月までフジテレビで
放送していたドラマ『幕末高校生』(女性教師役は細川ふみえ)に出演
していた新選組の重要な役の人が今回の映画『幕末高校生』では
関所を守る幕臣の役(ちょい役)で出ていた。見せるねぇ。
さらに、俳優で剣術家の人もチラリ役で出ていたし、日本一斬られた
あの御方も出ていた(引退してないジャン、笑)。
黒澤明の遺作シナリオを旧黒澤組が撮った『雨あがる』で主人公伊兵衛
と御前試合をした人も出ていた。
なによりも柄本明さんが重要な役で親子出演しているのがいい。柄本さんは
快作『幕末純情伝』では重要な桂小五郎の役だったが、今回は幕府陸軍
副総裁の柳田龍三という架空の人物を演じている。史実の陸軍副総裁は
藤沢志摩守(志摩は現在の三重県の一部)であるので、教師石原さとみは
「聞いたことがないし知らない・・・」と疑問を持つ。
ここらあたりから、現代人がタイムスリップした影響で歴史が少しずつ史実と
変化してずれてくる、というお決まりのお約束の伏線を見せる。
こうした歴史のズレは映画『戦国自衛隊』やドラマ『JIN -仁-』でもみられた。

とにかくキャストがすばらしいし、カメオというかチラリと映る役で
マニア泣かせの配役にしている。
小物アイテムや背景の時代考証をしっかりしているところや、配役等で
かなり映画ファンの心をくすぐる仕上がりとなっている。

ただ、やはりどうしても気になるのは、時代劇全般に言えることだけど、
裃や羽織の家紋が染め抜き紋ではなく、シールの貼り紋なのがすぐに
分かっちゃうことなんだよなぁ。これは衣装をいちいちその登場人物の
家紋にして作るのは大変だからというのは分かるが、ちゃちなシール
家紋であることがバレバレなので、ここはリアルさを著しく欠くため演出家
においてはなんとかしてほしいところだ。
こういうことはドラマでもある。その最大の物は弁護士バッジだ。
弁護士バッジはヒマワリの中に天秤を描いた物なのだが、ドラマに出て
くる弁護士バッジは厚みが薄かったりまっさらの金ぴかだったりする。
現実の本物は、厚みがかなり厚く、重く、材質は金製の弁護士バッジも
特性で別注で存在するが、一般物は表面が金メッキなので、弁護士登録後
1年もしないうちに銀色になって、いぶし銀のようなそれがまた重厚さを出し
てくる。そして、弁護士のほぼ全員がそれを好む。成金趣味のような金
仕立てのバッジを好んで着ける弁護士は皆無に近い。
また、ピカピカの金色弁護士バッジをつけていると「私は新米のまだ半人前
です」と公言しているようなもんで、押し出しが利かない。
弁護士なんてのは喧嘩の代理人であるので、新人の時から「我こそは」
というような自己主張が強い人間ばかりだ。自分が事件(受任案件を「事件」
と呼ぶ)を請け負って取り仕切ろうという位の人間なのだから、自我は一般人
より遥かに強い。弁護士というのは喧嘩屋稼業なのである。
そこで、新人弁護士がどうするかというと、バッジと小銭を一緒にポケットに
入れたりしてわざと新人バッジの金メッキを剥してしまう。自然風に時代つけを
してしまうのだ(苦笑)。これをやると短期間の2ヶ月程で数年分の時代が着く。
さらに、ドラマなどではいつでも弁護士はバッジをつけているが、現実はそんな
ことはない。裁判所に行く時や交渉の場のみバッジをつける。仕事がハネて
事務所からの足で飲みに行く時にはバッジは裏返して衿に着けているか、ポケット
に入れる。
あのバッジは裏に弁護士登録番号(日本全国通し番号で個人に1個の番号)
が刻印されていて、本人しか所有できない。
こうした業界の本当の話を知らないからか、ドラマや映画などではベテラン
弁護士や経験豊富な敏腕弁護士の役者たちが金ぴかの弁護士バッジを衿に
着けているが、現実にはあり得ないことなのだ。ベテラン弁護士のバッジはいぶし
銀のような色をしている。
弁護士ならば誰でも金ぴかバッジだよ、みたいな映画やドラマの表現は、本当の
ことを知っている人が見れば、実にリアリティに欠ける表現描写なのである。
まるで、戦争映画で歴戦の勇士の戦場場面で、全員が新品のアイロンが利いた
戦闘服を着て、まっさらの新品の傷一つない銃を全員持っているくらいに非現実
的なことなのである。

それと、刀のことをよく知らない同行者が、勝海舟が刀を抜かずに鞘で襲撃者の
刀を払ってことごとく叩き伏せるシーンを指摘して、「鞘が割れるからあり得へん
やろ」と言っていたが、あり得る。通常の塗り鞘なら鞘割れしてしまうが、鞘に鮫を
巻いてあったり、それと判らぬように豚革や鹿革を巻いた上に黒呂で漆をかけた
鞘の場合、堅牢性は著しいので(重たいが)、刃を受けなければ木刀のように
扱うことはできるだろう。(かつての全剣連居合道委員長の御腰の物がこの革巻き
黒漆呂塗鞘であり、驚いた経験がある。訊かないとそれとは外見からは判じられない。
さらに鞘に納める刀身は樋などは掻いていない実戦刀であった。すべてにおいて、
まさしく武人の差し料であることに私は感服した)
そして、この映画の演出では実際に鞘で刃を受け止めることはしていないかった。
すべて受け流しというか受け払うようにしていた。がっちり鍔ぜりになる時は柄で
押し合う。
細かいことだが、この映画はいろいろ考えて表現されている。立ち回りの途中で
刀が鞘から飛び出ないように勝海舟は下げ緒を柄に回してぐるぐる巻きにして
刀身と鞘を固定していた。
なので天下の斬られ役の人は今回は斬られてはいない。ボコーンと殴り倒されて
いる(笑

さらに、勝海舟の伝法な江戸弁を指して「幕臣やで。こんな言葉遣いはあり得へんわ」
(大阪人は何かと「あり得へんわ」と言うのが好き)と言っていたが、どうやら江戸の
旗本や御家人の実態について無知なようである。
勝は小吉の親父ともども(登城の時を除いて)日常話すのはまるで職人のような
ネイティブ江戸弁だった。これは記録にも残っている。勝小吉著の回想録が実に
面白い。とんでもない型破りの男だった。著書の一人称は「おれ」である。
勝手な思い込みで物事を決めつけるのはまったくもってよくない。

この『幕末高校生』は、シナリオが良い。俳優もしっかりと演技している。
結構ところどころでグッとくるところがあったよ。
るろ剣よりも絶対にこっちだ。


『幕末高校生』、おすすめです。
学校の先生や生徒さんたちや親御さんたちに是非観てもらいたいな。
「先生と生徒」の物語です、これは。
主人公たちが所属していたクラスは「3年B組」(笑)。ニクい演出ですね。

公式サイト → 幕末高校生