渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

おたっしゃクラブ

2014年05月31日 | 文学・歴史・文化・科学



東京にも大阪風味を感じさせる場所がある。
それが巣鴨地蔵通りだ。大阪の空気全開という感じだ。
たぶん、浅草やアメ横と同じで、大阪の人が歩いてもまったく違和感ないの
ではないかなぁ。












おばあちゃんの竹下通りなどと呼ばれているが、道行く人の平均年齢は異様に高い。

私の高校が巣鴨のそばで、通学時にはJR巣鴨駅-都営地下鉄巣鴨駅を利用して
いたので馴染みも深い。
昔からジジババ大集合の商店街だった(^^
この商店街に家があるクラスメイトがいて(高校生なのにマーチンD35持ってたよ)、
学校帰りに家に遊びに行ったら「なんだ?この街は!?」というカルチャーショックを
受けた。


世界194ヶ国のうち、世界一の最長寿国はわれらが日本である。
日本は地球上で一番長生きの国なのだ。

昨年一時期スイスに抜かれたが、再び日本は世界一の長寿国となった。
平均年齢84歳!(^^)・・・すげっす。


まあ、なんつーか、皆さん、84歳まではおたっしゃで行きましょ~(^0^)
東京の巣鴨地蔵通りからは、なんというか大阪のおばちゃんパワーみたい
なのをブリブリと感じるぜ。
ジジイは自分をジジイと認めて無理しないほうが長生きすんじゃないの?
自然体というか。
ババアのほうは大阪のおばちゃんパワーみたいなのが長生きしそうな
気がする。自然体でずうずうしいのが長生きの秘訣のような・・・。
生物学的な根拠はありませんが(^^;


小説を読む 『戦争の犬たち』(フレデリック・フォーサイス)

2014年05月30日 | 文学・歴史・文化・科学



原作は素晴らしいのに映画化したら駄作になってしまうことがある。
『戦争の犬たち』もその一つなのではなかろうか。
クリストファー・ウォーケンは独特な神経質な味を出していたけどね。
生き延びる傭兵とは、よく映画で描かれるようなゴリラのような男では
なく、繊細で非常に神経過敏で神経質だ。だが大胆でもある。

駄作とはいえ、原作を良く知る私は楽しく本作品を観ることができる。
回数はそれほど観ていない。20回くらいか。


冒頭の戦地からの撤退のシーンは、この映画ではAR15コマンド(ボルトフォワード
アシスト機構なし。米国の傭兵スクールではこのタイプの小銃が多い)を使っていて、
南米からの撤退となっているが、原作小説ではビアフラからの撤退であり、銃は
ベルギーのFAL小銃となっている。ここはどうしてもFALを出してほしかった。
その後のシーンでは敵方でFALがたくさん出てくるが、傭兵が持つFALと敵方では
意味が異なる。AR15では原作の持つ含みが消失してしまっている。



若き日のトム・ベレンジャーは本作品ではキャラを生かし切れていない。


雰囲気はいい感じなんだけどね。

何といっても、ウォーケンの病的な演技が良い。


どこかで、「あんな優男(やさおとこ)の傭兵などいない」とか書いている
レビューを読んだが、噴き出しそうになった。あんた傭兵知ってるの?と。
ウォ~とかガォ~とかエイドリア~ン!みたいなのが傭兵とちゃうで。
ほんまもんは。



原作はかなり複雑で、かつ大作であるのだが、これも何度も読んでいる。
何度読んでも背筋が凍りそうになるが。

よく小説や映画で「その先のストーリー言わないで」とかいう人いるでしょ?
あれ、絶対に一回読んだら読み捨てだったり、映画もきちんと観ないで
細切れ観だったりするような人だと思う。求めているのはオハナシの流れ
だけなんだよね。細かい表現描写や映像技法はどうでもいい。

内容や細かい表現描写について後に尋ねても大抵は覚えていない。
アメリカチックだよね。読み捨てポイのペーパーブックスのような。
「もう観た」とか「もう読んだ」とかで、二度と同じ作には触れようとしない。
日本刀鑑賞の趣味など絶対になさそうな感じがする。
なぜなら、日本刀は何度も何度も繰り返して眺めて楽しむものだからだ。
古美術全般がそうだよね。使い捨てポイ捨て感覚とは対極にある。
大量消費文化のような使い捨てポイはとてもアメリカ的だと私は感じる。


日本というのは少し違うような気がする。
読み捨てのような小説ブックスであっても、きちんとしたカバーがついた「文庫」
という文化がある。使い捨てポイ、用済みポイ、というのは日本にはあまり
なかった感覚なのではなかろうか。
まあ、俺のように気に入った映画や小説を何度も見たり読んだりするのも
どうかと思うが、『ボディガード』のケビンコスナーの役どころもそういう男
だった。

『戦争の犬たち』は、作戦決行前の周辺環境、世界情勢、地理的位置、
人間関係等が複雑だ。だが、読みごたえはたっぷりある。大人の小説だ。
不明瞭な点やわからない点があったらメモを取ればよい。
こんな感じで。(相関図まで書いてる。笑)


ガッコのベンキョもこれくらい身を入れて真面目にやっていたら、
もうちっとはできただろうにねぇ(笑
これは「整理のための学習」としてこういうことをやっている。
ただし、作品に登場するような本戦状況では、メモは一切取っては
ならない。すべて頭の中に入れる。
日本刀鑑賞もそうで、刀を観てメモを取ってはならない。
これは佐藤寒山先生が研究者たちに残した教えだが、ある意味
「実戦的」であると思う。

フォーサイスの『戦争の犬たち』-
これは人生の中で、一度は読んでおいてもよいだろう小説だ。
まったく「女性受け」はしない作品だろうが(苦笑
あとね、映画作品で「これは・・・」と思ったのは『ブラッドダイヤモンド』
だよ。
あれは洒落にならない。ウルトラくそリアルすぎて(苦笑
エグゼクティブアウトカムズ社やデビアスの恐ろしさというのはですね、
あれは経験してみないと解らない。
日本の国家警察でさえ、アンタッチャブルなんだから。いやほんとに。
事実は小説より奇なり、てなぁ、本当にあるもんだよ。
日本のヤクザの抗争なんて運動会程度に思えてくるもの。


くるま

2014年05月29日 | バイク・車



昔のサバゲ仲間がファクトリーに遊びに来た。
酒屋の若旦那だ(^^
今はコンビニも経営して店長やってる。
以前、従業員の研修の時など、足として俺のバンを貸してあげたりしてた仲だ。
人柄が丸いのでいいよ(^^)

「面白そうな車だね」と言うと「ちょっと乗ってみる?」と言ってくれたので
軽く乗らせてもらった。

とりあえず、速い。308馬力。
意外と下がスカスカだったが、6000rpmからが面白い。


エンジンは回る。回らないエンジンは車としてカスなので、回るエンジンは
回して
乗るのが正しい乗り方だろう。
直線ばかりの高速道路ではなく、
中高速コーナーが続く箱根をこれで走って
みたくなった。

この手の車の当たり前のことだが、ペダルポジションも良いのでヒール&トゥ
もやりやすい。

ただ、この型式になってから馬力は上がったがオイルクーラーが無くなった
ので油温の上昇が気になるか。
コーナリングを検証できなかったが、この車は面白そうだ。
俺個人はR34より、こっちのほうが好きだな。


平成19年式スバル・インプレッサ。


いや~、久しぶりにおもろい車のステアリング握ったよ(^^)
持主は元々はYAMAHAのRZ乗りだった。
いかにも、2ストバイク乗りが選びそうな感じの車だ。マル(^^)
6000rpmあたりから7600rpmあたりが面白い。
いわゆるドッキューン加速系の下はスカスカで、なかなかマニィ
味付けをしている。
パワーバンドに入ってからも、スイーッと回転だけが伸びるのではなく、
ぐいぐいと持っていく感じだ。

こういうの好きだよ。
もう少し、街中常用領域の3000rpmあたりのトルクがあってもいいかとも
思うが、あまりエンジン特性がフラットになりすぎて使いやすくしても、味が
損なわれる
ように思えた。
この車はこれでよいのではなかろうか。


バイクでも車でも何でもそうだが、味のないのはダメよ。
凡庸こそが重畳なんて、ジジイじゃないんだからさ。
40代50代になっても、こういう個性が強い物と接していたいと思う。
とっつぁんバイクのようなスクーターが流行るような今のご時世だと、
なかなかこういう俺らみたいな種族は時代遅れのマイノリティなのかも
知れないけどね。
仕事ではプリウスを使っているけど、「くるま」ではなくて、単なる移動の
手段だね、あれは。面白くもなんともない。単なる空間移動の物体だ。
未来において、あんな車ばかりになったら、まったくつまらん世の中に
なると思う。
でもって、みんな人間も背番号登録されて、首の後ろにバーコード
埋められたりとかね。SFの世界ではなく、結構本当にそうなるかもよ。
やだねったらやだねぃ(by 氷川きよし)

でもね~。違うんだよ。
俺が四輪車で乗りたいのはこういう車なの(笑)

不二子ちゅわ~んはもういいけどな。
おなか一杯(笑


半着(はんぎ)

2014年05月28日 | 文学・歴史・文化・科学

埼玉の剣友と居合の衣装について話をしていた。
全日本居合道大会の範士控室で範士の着替えを手伝うと驚く
ことがある。
全日本剣道連盟範士八段の方々が着ている紋付は、半着の
居合用紋付ではなく、本式の黒羽二重で、桐箱に入れて持参
されているのだ。そうした方々が何名もいらっしゃる。

そもそも半着というものが江戸期にあったのだろうか。
たしかに下級の者(中間や小者、奴など)が半着を着ることは史料に
見られる。
しかし、士分以上の者が作務衣の親戚のような
半着というものを着た
のだろうか。よく分からない。


幕末の有名な生麦事件の場所(現在の横浜市鶴見区)での写真が
残っている。ベアトが撮影したものだ。
そこに写っている武士は半着を着ていると剣友が言うので確認
してみた。

私が家内と初めて住んだのは、このごく近所だった(笑
この写真撮影の約120年後のことである。

たくしあげのように見えるが、よく見ると半着を着ている。


いくら階級制が乱れた幕末とはいえ、下駄をはいて傘を差している。
下郎ではあり得ない。下級であろうが武士階級と思われる。
しかし、袴を着けずに股引に半着の二名は二本差しているが、
この二名は中央の裁付(たっつけ)袴の旅装の武士(乗馬状態のように
鞘を
逆に反りをうたせて差している)の供侍なのではなかろうか。
確かに両脇二名は半着を着用している。
しかし、旅装で下駄はおかしいし、乗馬状態のように刀を天神に
差しているのも不自然だ。もしかするとベアトお得意の「やらせ」の
写真かもしれない。

このあたりは、和装の歴史を詳細に研究してみないとよく分からない。
しかし、高下駄をはいて旅というのは無理があるので、この写真は
撮影用装束である可能性もある(ベアトには多い)。

この紋付は居合用の半着であり、本式の和服ではない。
いわゆる「洗える着物」の正絹風というもので、上はせいぜい5~6万円
くらいの物だ。本物のキモノではそんなに安いものはあり得ない。



こちらの紋付羽織は正絹の本物で、帯まで含めて上から下までの
衣装のフル装備(刀は別)だと軽自動車新車が買えてしまう。

この紋付で正月に居合を抜こうとしたら、母親にどやされた(笑
汗まみれになるからやめろ、とのことだ。そりゃそーだ(^^;
親父から受け継いだ紋付だ。父は父で別物を持っていたので、父なき
以降は、本式紋付が二着になっている。私に男子はいないので、私が
着るしかない。
けど、冬によく着る普段着の和服は、ウールのが楽で好きだよ。
大島もあるけど、あんまし着ない。
なんつーか、着る物はあまりこだわらないけど、一番着ている時間が
長いのは背広だ。あれ、作業着だから(^^
背広が楽っす~。いつもよれよれのコロンボ刑事状態だけどさ(^^;

江戸幕末には半着があったことは写真から確実だが、はたして
現在の居合道着のように半着を剣術稽古以外でも着用したか
どうか、筒袖ではなく留袖の半着を中士以上の武士が着用
したかどうかは調べないとよく分からない。

現代人は江戸期にないことを時代劇の影響などであったものだと
思い込むことが結構ある。
日本の和服には実は「黒」はなかった。
現在でも染色で純粋な黒色は作れない。
過去に黒色の代用として使われたのは非常に濃い紫なのである。
なぜならば黒そのものが作れなかったからだ。黒を否定したから
ではない。
今でも、正絹和服を光に透かして見ると、真っ黒ではないことが
判る。
事実上「黒」と呼び、黒羽二重と呼んでいるのだが、彩色としては
厳密には旗織物に黒は存在しない。

侍時代に存在した物、しない物、それはきちんと歴史考証しないと
うかつなことは言えない。
時代劇は信用してはならない。あれはエンターテイメントだから。

↓昭和の戦後に地球上で初めて発生した「少林寺拳法」が江戸時代に
↓出てきてる(笑
↓馳走になりましたっ(≧▽≦)
Sleepy Eyes of Death - The Chinese Jade<眠狂四郎 殺法帖>


よくある時代劇の嘘は、江戸城だよね。
時代劇で江戸城としてよく出てくるこの城。


これは姫路城ですから(^^;
江戸城の天守は3度建築されましたが、明暦三年(1657年)の明暦の大火
(振袖火事)で全焼し、以降は建築されていません。
八代将軍吉宗の時代に江戸城天守がある訳がないのです。
NHK大河は本当の皇居江戸城の櫓を江戸城シーンでは登場させたりして
意外とリアルですが、他の時代劇は結構デタラメです。
まあ、そういうのは多い。「ニンジャ」という言葉(昭和に小説家が発明した
単語)を時代劇で使ったりとかね(^^
でも、それを言ったら、時代劇自体が話すことばが現代口語ですからぁ~(^^;
まあ、エンターテイメントではあるけれども、建造物や着装は時代考証は
きちんとするに越したことはないと思う。腕時計している八丁堀がいたら
おかしいでしょう?ま、つまりそれですわぁ(´ー`)

紋付は刺しゅう紋が略式、染め紋が正式です。
着物はそれぞれの場面での格式があるので、知っておいたほうがいいかも。
今は洗える正絹風の生地がありますので、便利になりました。
あとですね~、便利な半着といえども、袴の横から脚が見える程短いのは
やめましょう。みっともないよ、それ。なんかイメージとしてはハレンチ学園の
マカロニ先生みたいに思える(古いっ)。


昭和の自転車

2014年05月24日 | バイク・車



ゴミから宝へ(昭和自転車)


これは素晴らしい!
昭和29年当時、この自転車1台が給料2ヶ月分なのだそうだ。
現在の大卒初任給が大体21万円。
つまり、現在の貨幣価値に換算すると、自転車1台がおおよそ42万円した
ことになる。
昭和30年代にはオートバイ1台も現在価格に換算すると数百万円位した。
四輪乗用車などは夢のまた夢で、1台あたり現在価格換算で数千万円だ。
自家用車を持っている家庭がいかなる家庭だったか想像がつくだろう。
そして、昭和20年代~30年代、日本国民のほとんどが一様に貧乏だった。
みんなが貧乏だった。

今、国が豊かになって、人々、特に若者たちをはじめ大人までもが
勘違いをはじめた。
かつては貧乏から脱しようと貧乏を嫌っても、人は一様に貧しかったので、
人は人を嫌わなかった。貧乏の原因を憎んだ。
今は貧乏の原因を憎むのではなく、貧乏人を嫌うようになった。
この違いは大きい。
国は豊かになった。
だがしかし、いつの間にか、私たちは大切なことを忘れてしまった。
国力がついて銭は手にしても、昔よりもどんどん人が貧しくなっていっている。


魔改造したバイクで高速道路を走ってみた

2014年05月24日 | バイク・車

魔改造したバイクで高速道路を走ってみた


Oh!
ヤマハだぜ(笑

アホや(^^;

さすが魔改造。
モロに見せるわぁ。

う。もっとアホが日本にいた(笑
というか、天才!
高速道路を走れるカブを作っちまった。

軽二輪カブを作ってみた、そして高速道路を走ってみた


バリ伝グンちゃんが峠でナナハンぶっちぎったのはこういう改造カブ
ではなかったか(笑
あれは2ストエンジンを搭載してたけどね。
まあ、あれもこれも変態カブであることは間違いない。


映画『太秦ライムライト』

2014年05月21日 | 映画・ドラマ・コミック





2014/05/19 に公開
時代劇という日本が誇るジャンルを支える人々にスポットを当てたドラマ。

斬られ役の名­手として活躍してきた老いた俳優と、彼と出会った女優が
育む絆を見つめていく。メガホ­ンを取るのは、『タイガーマスク』などの
落合賢。斬られ役の名人として知られる『ラス­ト サムライ』などの福本清三
が、自身を投影したかのような老俳優を熱演。その脇を、本田­博太郎、
小林稔侍、松方弘樹ら実力派が固める。チャールズ・チャップリンの名作
『ライ­ムライト』を基にした物語にも注目。
http://www.cinematoday.jp/movie/T0019158
配給: ティ・ジョイ
http://www.uzumasa-limelight.net/
(C) 2013 UzumasaLimelight . All Rights Reserved.


万難を排して劇場に観に行く。
予告編を観ているだけで泣きそうになった。
カテゴリーは「映画・ドラマ」ではなく、「職人技」に入れたいくらいだ。


『夏の翼』 世界で一番の自由を体感する小説(井上勝夫)

2014年05月19日 | 文学・歴史・文化・科学





「本当の自由とは
自分一人で生きていく覚悟」

くはぁ~。
かっこいい。
かっこよすぎる。



そして、自ら実践している。
井上勝夫、本物の漢(おとこ)だ。
かっこよすぎる。
巷間蔓延する口先だけで綺麗事の美辞麗句を並べて道を説くことが
いかに中身が空っぽの空虚なことであるか。

我、この旅人に真の男を見たり。

『夏の翼』 世界で一番の自由を体感する小説


日本にも、こんなところがあったんだね。


21世紀の今だからこそ読みたい小説だ。

『夏の翼』(井上勝夫)


『必殺4 恨みはらします』(1988年)

2014年05月18日 | 映画・ドラマ・コミック



『必殺4 恨み晴らします』(1988年/松竹)

真田広之の長刀での殺陣が見ものです。
必殺シリーズの中でも結構面白い。

(埋め込み動画左上題名クリックでyoutubeサイトの大画面からどうぞ)
Sure Death Revenge


うわ~。倍賞美津子さんがわっけえ~。
私の師匠直門の脱藩三人組の一人の先輩(埼玉県現七段)の奥さんが
倍賞さんのイトコだけど、なんだかやっぱよく似てるわ(^^;


先輩もだけど、倍賞さんのイトコの奥さんがまたいい奥さんでね。
おいら、ちょんがーの独り者の時、居合の稽古帰りに半年間先輩は家に
毎週呼んでくれて奥さんの手料理で飯食わしてくれたよ。
娘さん二人と息子さんの家族5人の中においらも入れてくれて、一緒に
笑いながら毎週食事した。
ありがたい話ですよ、本当に。
いろいろな人が今までよくしてくれた。深く感謝しています。


『三匹の侍』(1964年/松竹)

2014年05月18日 | 映画・ドラマ・コミック

三匹の侍


めちゃくちゃ面白い。
(埋め込み左上題名クリックでyoutubeサイトから大画面でどうぞ)

『三匹の侍』は1963年から1969年までフジテレビで放送された連続時代劇だ。
内容は、「時は文政年間、宿場から宿場へと、あてどのない流浪の旅を続ける
三匹の凄腕浪人が、庶民を苦しめる権力や悪人と闘うテレビ時代劇」だ。
こうしたテーマが1960年代は当たり前だった。
当時の日本は、現在のように庶民を苦しめる権力側に拍手を送るような日本人
だらけの世の中ではなかった。

この動画は1964年に五社英雄監督によって映像化された映画作品である。
英語字幕もいいね。
「百姓」を fermer ではなく peasant と訳しているところはよくニュアンスを
掴んでいる。ファーマーはどちらかというと農園経営者だからね。時代劇で
一揆や強訴で窮状を訴える百姓たちは peasants が正しい翻訳だろう。


でも、現代に多数派を占めるつまらん連中は、冒頭の農民が強訴(ごうそ)に
及ぶために代官の娘を人質に取ったことや、それを別段咎めもしない主人公
の一人について強い違和感を持ったりするのだろう。
現実問題でも、
三里塚農民に対しても利権主義の住民エゴとみたり、支援者に
ついても
テロリストで片付けようとすることだろう。というか事実してきた。
現代人のような体制派固着の感覚が過去の時間軸の中で日本国内を覆い尽くし
ていたとしたら、
映画『七人の侍』は絶対に生まれなかったことだろう。
若山富三郎(先生)の『賞金稼ぎ』で農民を守って農民砦で死闘を繰り広げたシコロ
イチベエが「何が平和だ!これを見ろ!」と農民たちの死体を指さして武士たちを
指弾するような、そんな映画も現代では絶対に撮影されないだろう。
だって、そういうのは現代人感覚では「テロリスト」なのだから(苦笑
(騙されている諸君。大量破壊兵器はどこにあった? 映画『グリーンゾーン』でも
観て、映像作品と現実の境こそがクリアで透明だということを知ることだな)



最近つくづく思うが、人間長生きはするもんだぜい。

そのうち、性根が腐った嫌な奴らはみんな死んじまうから(笑


『三匹の侍』(1964) ~枠にはまるツマラヌ男が少なかった時代~

2014年05月18日 | 映画・ドラマ・コミック





『三匹の侍』(1964年/松竹)

いや~。これは面白かったよ。幼稚園の時にタイムリーに観ている。
平幹二朗さんがちょっとエロかった(笑
でも、あのいかにも「本当の江戸時代には絶対にありません」的な
時代劇チックなキャラも好きだったよ。
眠狂四郎とかこういうキャラがチビガキの時から好きだったのかもね。
「馳走になろう」みたいな(笑

笹の葉なんてくわえちゃって、そんな奴ぁ現実にはいねーって(笑
漫画か映画の世界だけだよ、ってこれは映画だけど。
だから、こういう演出は空想娯楽活劇である映画の世界の正統派演出ともいえる。

名作映画『ハスラー』(1961)の撮影で、名うての撞球師ミネソタ・ファッツ役の
ジャッキー・グレースンが映画衣装で胸にカーネーションを着けているのが
おかしくて噴き出すのをこらえるので必死だったと主演のポール・ニューマンは
晩年に語っている。映画演出であるのは分っているが、そんな奴ぁいねえと
思っておかしくてしかたなかったのだそうだ。

この当時は真剣が普通に映画撮影にも使われていた。
柱に斬り込むシーンなどは白研ぎの真剣を使っている。
鎬幅の狭さからいって備前物だね。末備前あたりだろう。


今50年ぶりに観てみて、この当時からテレビ局とのタイアップで映画製作を
行なっていたことが判り、勉強になった。


昔の映画が面白かったのは、各映画会社が独自の色を持っていたのも
ひとつの要因のように思える。それはまるで1980年代の国産オートバイ
メーカー4社のように各社が独自色を作品に投影させていたのだ。
硬派時代劇といえば東映だが、松竹は松竹でふくよかな表現で時代劇にも
進出しようとしていた。社長から丹波哲郎に手渡された家宝の日本刀から、
その
当時の松竹の恋愛物から活劇への転換の意気込みが見て取れる。
また「映画界に革命を起こして」という社長の丹波への台詞からも、どの
ような「革命」であっても、革命自体を「悪いこと」だという現今の「洗脳」された
馬鹿が世の中の大半を占める時代とは異なり、1960年代がダイナミックな
躍動感ある時代だったことが歴史的な社会背景の変遷として読み取れる。
前に進む力が日本にはあった。


ただ、時代劇には実際にはウソが多く、本物の日本刀では、刀を返した時に
鍔鳴りなどしない。鍔や金具が緩んだままの剣士などは本物にはいない。
しかし、まだ1960年代は真剣日本刀が時代劇の身近にあったので、鞘を
払うときに1970年代以降のハリウッド映画のような「シャ~ッ」という金属と
金属が擦れる音を擬音で使ってはいない。多くの米国映画に見られるあの
音は、内部の朴の木がすり減った軍刀が金属鞘と当たる時の音であり、
よほど恐怖心として脳裏に埋め込まれたのか、米国人は好んで日本刀の
鞘払いの時の音を「シャア~~ッ」とやりたがる。
本当の日本刀の鞘払いの音は無音だ。鯉口を乱暴に切った時に「チャコッ」
というような音がかすかにするくらいだ。
日本映画でのウソ擬音は、時代劇では刀を返した時の鍔音と、アクション映画
ではピストルの発射音がある。実銃ピストルの発射音は爆竹とほぼ同じだが、
日本では「バキューン」というような音になる。
ちなみに文字で初めて「バキューン」というのを発明したのは、さいとうたかを
先生である。

それでも、最近の日本人が作った時代劇でも、刀を鞘から抜く時にシャーッと
いう擬音で撮影している製作者がいる。しかも、かなり多い。
これはかなり頂けない。SLがブッブーとクラクションを鳴らしている映像位に
いただけない。
それは、意図的な過剰音としての「鍔鳴り」とは次元が異なるからだ。
無知ゆえ非リアルな音を採用する。
それなりの音質効果というものはあるもので、結婚式のシーンで葬送行進曲を
流したらおかしいでしょう?
だが、無知な現代映像製作者はそれをやる。無知というよりも無頓着で大雑把と
いったほうが適切かもしれない。


戦後の日本は銃器に関して世界一の取締り国となったので、実銃の音を知ら
ない日本人が実に多くなった。
昔、渋谷センター街で「パン、パン」という音がしたから私はとっさに地面に
伏せたが、周りはいぶかしげに「何この人?頭おかしいんじゃない?」みたいな
顔していた。え~と、頭おかしいのはチミたち(笑
実際には店舗か何かのクラッカーだったのだが、常識的な行動取らないと、
「その時」に遭遇したら死ぬよ。いやまじで。

映画の中の現実の話として・・・・
平幹二朗さんが『三匹の侍』の中でやっている、刀の下げ緒で刀を背中に担ぐ
というのは無頼漢としての演出だが、実は俺もこんな刀を担ぐ恰好をしていたこと
がある。


これね、ご注意です。
鞘の栗形に下げ緒つけただけで肩に背負うと、栗形取れちゃいます。
この画像にもあるように、しっかりと下げ緒で鞘を巻いて保持してやらないと
なりません。
といっても、そんな恰好で刀背負って道場とか歩いてると怒られるよ~(笑
俺は道場から着替えの間まで歩く時にそうしてたけど、叱られたのでやめた。
俺と大家さん先輩が二人で「俺だ」「いや、俺だ」とそんな恰好してた(笑
二人とも高段者から叱られたので「うっせーなー」とか思いつつ、やむなく
刀担ぎはやめることにした。刀を担ぐのは行儀悪いんだってさ。
ケースに入れたらどんな高段者でも刀担いでやがるくせに、変なの。

ああいうキャラの原本は、林不忘の『魔像』の中の茨右近なのか、あるいは
大仏次郎の『大菩薩峠』の机龍之介なのか。
柴田錬三郎の『眠狂四郎』は、完全に机龍之介の焼き直しなのだけど、
一番時代を超えて有名になったのは眠狂四郎かも知れない。
『必殺』シリーズの三味線屋勇次なども、そうしたキャラの延長線上にあるよね。
俺自身は優等生の秀才よりも、どうしてもヒールめいた不良キャラのほうが
好きだけどなぁ。元々日活無国籍映画の主人公ってちょっとヒールだったよね。
赤木圭一郎さんにしろ小林旭さんにしろ。小百合ちゃんと定番ペアの浜田光夫さん
のイメージでは絶対にない(笑
ああいう日活映画のような不良ぽい男のほうが女にもてると思うけどね、俺は。
裕次郎だって、ただのエリート優等生のような感じだったらいけてなかったと思う。
完全にそれらを融合させて爽やかだけどカッコいいというのを初めて演出したのは
加山雄三さんの「若大将」だと思う。若大将はその後の60年代後半に社会的に
若者全般の主流(一種のブーム)となる「熱血」の基礎を構築した。
それでも、ニヒルに虚無的に体制や世に背を向けて孤高の世界に生きる男たちは
根強い人気を持っていた。キカイダーにはハカイダー、ライダーブラックにはシャドー
ムーンなのだった。
体制側に設えられた固定的な「善」の価値観に対して、盲目的にそれを盲信する
のではなく、立ち止まって検証するという「良心回路」がかつての日本人の中には
存在した。



最近は草食系男子だかなんだか知らないが、女に興味あるくせに女に縁が
まったくない男どもが増えている。
俺ね、思うのだけど、普通、野郎に魅力があったら女だって放っておかないって。
そもそも男どもに魅力が無くなってるのに、それを自覚せずに内向的になった
結果「草食」になったんじゃねぇの?
道草なんて食ってるんじゃねーよ。
だから30いくつ過ぎても彼女いない歴30何年とかやらかしてんだよ。
ふつ~にバリバリ伝説だったら女は放っておかないってば。
だいたい、体制派の感性のくっだらないつまらん男が若いのに増えてるよな。
若いくせに守りに入った保守的な男がもてる訳がない。
保守派でもいいよ。自衛隊や警察みたいなのでもパリッとしたのなら。
そこの領域にさえ行けない男たちは道草食ってる。
女に興味がないわけじゃない。普通につきあって結婚したいとかも思ってる。
あのね、付き合いたいなら、まず人を好きになれってば(笑
自ら身を乗り出すこと、つまり自分が一歩足を進めること、自分が嵐の中に
立つことをしないで、黙って待ってて何かが降りてくると思ったら大間違いだ。
昔の野郎どもがかっこよかったのは、自分で動いたからだよ。
それが「反骨」だったり「反体制」だったり「無頼」だったりしても、事の良し悪し、
目先の損得ではなく、己の信じる道を歩こうと一歩を踏み出した。
殻に閉じこもってアイマスやって喜んでる二次元ヲタのようなのばかりになったら、
そりゃあ、おめえ、自ら招いた結果だよ、女の一人もおめえのそばにいねーのは。
男だったら、道草食ってねぇで、歩けってんだよ。

近年のいい年ぶっくらこいた30過ぎ男どもの童貞率の高さに非常に驚いている。
悪いけど、ダッサ。かなりきしょい。いや、童貞であることがではなく、生きながらえて
いる在り様が。
要するに、誰かが何かしてくれるのを待っているだけなんだよな。
おまえ、何もしねぇで待ってたら、白馬に乗った王子様でも来てくれると思ってるのか?
よせよ。


世界最大の恐竜化石発見

2014年05月18日 | 文学・歴史・文化・科学



すげ~!
7階建てビルと比較するとこんな感じ。


う~ん。
ゴジラのほうがでかいな(笑
ちょうど7階建てビルが写る絵があった。


というか、新発見の恐竜の体高20メートルというのは、ウルトラマンの半分だ。
ということで、今度はウルトラマンとゴジラを比較してみる。


ゴジラは身長40メートルのウルトラマンより確実にでかい。
「これはゴジラではなくジラースではないか!」と文句を言うな。
着ぐるみ個体はまったく同じ物だ。

東宝と円谷の関係ではあるが、同じゴジラの着ぐるみそのものだった
とはいえ、東宝の表看板である「ゴジラ」と名乗ってはいけないという
大人の事情があったのだ。だから、名前は「(ゴ)ジラース」。人を
食ったような名だ(笑)

対戦前はゴジラ着ぐるみにエリマキをつけて別怪獣としていた。


『ウルトラマン』にジラースが登場したことで私が当時感動したのは、ゴジラ本体が
カラーで見ることができたことだった。
初代ゴジラは白黒だったし、私が生まれる前の伝説の映画だったから。
リバイバル上映もなく、まさに伝説だった。
ちなみにジラースの身長は45メートルとなっている。

それでも、6歳の幼稚園の時に映画館に観に行ったゴジラシリーズ7作目の
『南海の大決闘』はむっちゃくちゃ面白かった。ゴジラvsエビラvsという
三つ巴の対決なのだが、ガキンチョどもの人気は、この映画でイイモンの
モスラよりもゴジラに人気が集まった。


1960年代はテレビの時代なのだが、やはり封切映画は楽しみで、
親に実に多くの映画に連れて行ってもらった。
自分が住む街に映画館があるというのはいいよね。歩いて行けるの
だから。
DVDやビデオでも映画は楽しめるが、やはり映画は劇場が一番だ。
一番観たのは高校時代だ。
ビデオもない時代に、年間200本は映画を観ていた。
高校そばの300人劇場やフィルムセンターや新宿ミラノは安かったからね。

「怪獣」という存在の設定は日本人が地球上ではじめて「発明」した。
えらい!日本人!
ゴジラは元々は反核映画なんだよなぁ・・・。
観たら興奮して鼻血が出るよ。

『美味しんぼ』なんてあめ~よ。
なにが連載中止だ。なにが民主主義だ。
谷岡ヤスジくらいに鼻血ブー!でやってやれ。


『美味しんぼ』は風評被害拡張のためではないだろう。
橋下も安倍も、言い訳はいいから、フクイチ近隣に住んでみてから
物を言ってくれ。
原発は安全なんだから、防護服もなにもいらない。視察しに原発施設の
中に背広のまま入ってみてくれ。原発などは事故も起こさない世界一
安全でクリーンな発電所だ。放射能漏れなどもない。それは自分らが
言ってたことだ。
とにかく、福島第一原発の中にそのまま入ってから物を言え。
大丈夫。被曝などないのだから、鼻血も出ない。さあ、行ってくれ。
話はそれからだ。


未来計画2020

2014年05月15日 | 文学・歴史・文化・科学



野村総研編のこのムック本を買う。
『すし物語』よりずっと面白い。
ただ『すし物語』は、各地の寿司について紹介しており、岡山について非常に
岡山県人気質が判るレポートがあるので、そこは興味深く読めた。
長文引用となるので後ほど紹介したい。
江戸者の高慢ちきが岡山の高慢ちきに出会って苛立たしく思っているのが、
行間から読み取れる。
笑った。
どっちもどっちだ。
タコでも食ってろ(笑

すし物語

2014年05月15日 | 文学・歴史・文化・科学


書店にて寿司についての薀蓄を書いた文庫本を買う。
レジで定価を知る。1058円。たっけ~(笑

さて、どんなものかとページをめくると、ツケ場の前に座って箸を使うのは
いただけないとある。
馬鹿だね~。
職人の手と客の手の温度が同じわきゃないじゃん(笑

また、熊本で酢が利いてない「江戸前」寿司屋で、酢が利いてない、
これは江戸前ではないと文句言ったら言い返されたので、自分は江戸ッ子で
小さい時から寿司に親しんで来たんだと言い返したら、なにが江戸ッ子だ、
威張るな、とやり込められてほうほうのていで退散したらしい。
馬鹿だね~。
東京以外で江戸前なんてあるわきゃないじゃん。
それに、それを面と向かって田舎の人間に言うは野暮。江戸者とも思えない。
田舎もんが自分たちだけが中心の世界観で生きてるように、こいつも江戸の
田舎もんか?(笑

まだ数ページだが、これは失敗の買い物だったか(笑
ただ、江戸期の寿司についてよく調べてあるようなので興味は引いたが、
著者の感性はおいらとは合いそうにねぇや(笑
スタンスがさらりとスマートじゃない。
粋ってなぁ気性だし、生き方だからね。
すっぱりとしてるのと人情がすっからかんなのは違うし、任侠は偏狭とは違うからね。
江戸もんの意気地てのは、平気でてめえを捨てて身を乗り出すとこにあるん
でね。
それをはき違えると、高慢ちきなすっとこどっこいになっちまう。
そういうやつぁ、結構多いけどな(笑
大抵は自己絶対主義者だから、自分じゃわかっちゃいない。
結局、しょってみたって所詮はザーマスの一族だっつーの。ちゃんちゃん。



居酒屋 ~『剣客商売』~

2014年05月12日 | 文学・歴史・文化・科学






『剣客商売』のこのシーン、なかなか時代考証として正確である。
このように、江戸時代の居酒屋にはテーブルも椅子もない。


歌舞伎『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべ いりやのあぜみち)』。
通称「そば屋」だ。
片岡直次郎が雪の降る中、蕎麦屋に入り、熱燗と蕎麦で暖を取る場面だ。
捕り方の蕎麦の食い方の野暮さと直次郎の粋さの対比が面白い。



っしょうめ。
歌舞伎が観てえぞ!なんでおいらは江戸に住んでねえんだ。

嗚呼。蕎麦屋で昼間っから蕎麦で一杯やりてえ。
でも、江戸時代は大抵はこういう屋台蕎麦だったんだけどね。

いいね~。こういうのも。
小股の切れ上がったおねーさんたちだね。
(「小股の小とは股のどこだ」とか言ってた大阪出身のトンチキがいたので
「またかい。そんなんだと小馬鹿にされるぜ」と小言を言っておいた。こちとらの
言ってる意味が解らねえらしく、小首をかしげてやがった)


赤穂浪士の討ち入りの時に、なんで蕎麦食ったか知ってる?
そりゃあおめぇ、「手打ち=手討ち」でゴロがいいからよ。

あ~。蕎麦食いてえ。
蕎麦は江戸蕎麦に限るぜ。


「もり」は二枚で一人前が江戸の常識。


「もり二枚」と言うと「はぁ?大盛りですか?」とか地方では訊かれる。
「もり」さえも存在しないことが多い。てか、存在しない。せいろは
すべてザルだと思ってやがる。
蕎麦湯さえも出ない。


江戸は1800年当時、人口100万人都市で、当時地球上ではロンドンの
86万4845人、パリの54万6856人を抜いて一番の人口を擁する大都市
だった。文字通り、世界一の都会だったのである。
しかし、人口の内訳は半数~6割近くの60万人ほどが武士だった。
こうなると、粋でイナセな江戸文化は町人文化であるのか武士文化であるのか
微妙なところだが、伝法な心意気は町人のそれ以外は考えられない。
江戸時代から水道の水を使うのが江戸者の自慢だったが、こと食い物に
関しても、やはり江戸が一番だと思う。今も昔も、美味い物は都心に集まる。
京都の和食は本格派だが、お高い。気位もお値段も。
江戸には蕎麦と握り寿司というファストフードがあった。
握りはかなり後に登場したものだが、まあ本物の江戸前寿司は現在ではほとんど
ない。昔は保存に難があったから、必ずネタの魚に何らかの加工を施していた。
江戸湾で獲れた魚をそうやって加工してサッと握ったのが江戸前だ。
もちろん、シャリにしても砂糖なんて邪道物は一切使わない。酢だけで切ることで
甘味を出す。
現在、全国にある「握り寿司」というのは、魚の刺身をシャリの上に載せたごはんの
ことで、江戸前握り寿司ではない。

ちなみに劇画『剣客商売』のこの描写は出鱈目だ。


田沼意次(1719~1788)時代の20年前に江戸城の天守がある
わけがない。
時代劇ドラマの「暴れん坊将軍」ではないのだから、よしとくれ(笑
江戸城天守は3度建築されたが、明暦三年(1657)の振袖火事
(明暦の大火)で消失している。江戸城どころか、江戸の市街地の
大半が消失した。以降、江戸城天守は現在まで建築されていない。
現在、大江戸を愛する人々によって江戸城天守再建プロジェクトが
計画されているらしいが、私は反対だ。千代田城は天守閣がない時代
のほうが長いのである。そのほうが馴染みがある。馴染みを大切に
しないのは江戸気風に反する野暮だ。
それに三種類の天守閣があったので、どれを作るか問題になるだろう。
天守はないほうがよいと思う。