渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『Wの悲劇』

2014年01月26日 | 映画・ドラマ・コミック



BSで『Wの悲劇』(1984角川)を観た。


いや~、まさに、ちょっきり30年ぶりに観たよ。
すごい映画だ。
劇場公開の時は、大学の後輩と観に行った。
今改めてじっくり観ると、かなりの作品だ。
三田佳子が怖いよお~(笑
凄い演技力です。
でも、なぜか松田聖子さんの歩みと聖子自身に三田さんの役どころが
重なってしまう(笑

気付いたこと。
劇中でストーリーのターニングポイントとなる問題の静香(薬師丸ひろ子)の
記者会見のシーンで来ていた服とあのラストシーンで来ていた服はあえて
似た同系の服なんですね。
記者会見に至る含みの出来事は、劇中劇と重なる伏線となります。
まさに「W」なわけです。
そして、最後の服はターニングポイントの記者会見の時点と似ているけれども
違うという
この微妙な演出の機微。これにはやられましたわ。細かい。

(静香の記者会見)

(昭夫(世良正則)と別れるラストシーン)

薬師丸さんも名演でした。


これDVD買おうっと(^^;
いいわ、これ。

だけど、薬師丸って、こんな可愛かったけ?


演技力をストーリーの中で変えていくという演技が見事でした。
この作品は、役者がすべて役者をしっかりとやっています。
こういうのは良い映画だと思う。
特筆ものはやはり三田佳子さんで、観ていると怖くなるくらい。
すごい・・・。


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映画『武士の家計簿』

2014年01月15日 | 映画・ドラマ・コミック




■内容・ストーリー
代々加賀藩の御算用者(経理係)である下級武士の猪山直之(堺雅人)は、
家業のそろばんの腕を磨き出世する。しかし、親戚付き合い、養育費、冠婚
葬祭と、武家の慣習で出世の度に出費が増え、いつしか家計は火の車!
一家の窮地に直之は、“家計立て直し計画”を宣言。家財を売り払い、妻の
お駒(仲間由紀恵)に支えられつつ、家族一丸となって倹約生活を実行していく。
見栄や世間体を捨てても直之が守りたかったもの、そしてわが子に伝えようと
した思いとは――。世間体や時流に惑わされることなく、つつましくも堅実に
生きた猪山家三世代にわたる親子の絆と家族愛を描いた物語。
■キャスト・スタッフ出演:堺 雅人、仲間由紀恵、松坂慶子
監督:森田芳光
■2010年松竹 (GyaO!より)


GyaO!にて『武士の家計簿』を観た。

う~ん。映画としては可もなく不可もなくといったところか。
森田芳光監督作品らしいといえばらしいが、パンチがないぞ、日大全共闘!(笑
なぜ死んじまった(><)


この映画で特筆ものは、主人公猪山直之の妻駒を演じる仲間由紀恵さんだ。
台詞まわしがめちゃくちゃ巧い。声のトーン、発声、どれをとっても素晴らしい。
まず最初の台詞は「あなた」だったが、この第一声目でズドン!ときた。
劇中でも仲間さんの台詞まわしが冴えわたっていた。この人、こんなに演技派
だったのか!
潤いのある声質で、抜群の台詞回し。本物の女優だ。これは良い発見をした。
『トリック』とか『ごくせん』だけ観てたら見逃してたよ(笑
普段トーク番組等で話しているトーンとも異なるので、役者魂を見せつけられた。
これにはやられた。頭を金ダライでガ~ンと殴られたような衝撃を受けた。

映画の出来そのものよりも、この『武士の家計簿』は仲間由紀恵さんの演技を
観るような作品といっても過言ではないように私には思えた。凄いよ。
映画自体の作りと詰めは甘い。俳優陣の演技が良いだけに、どうした森田?と
いう感じがとてもするのが惜しい。
もし、近い将来、小説『いっしん虎徹』が映画化されることがあるとしたならば、
虎徹の妻ゆきは絶対に仲間由紀恵さんに演ってほしいと思った。名前が一緒だから
というのではなく(笑

でもあの名作小説はマニアックすぎるので(刀鍛冶の鍛冶シーンがほとんど)、
実写映画化は無理か(笑
刀のことよく知らない監督あたりが現代刀工の仕事場で撮影したりしたら
作品台無しだし、「原作を超える映画作品は稀有である」というのを証明する
にとどまるだろうし。


ただし、どうしても、『武士の家計簿』では納得のいかない描写シーンがあった。
猪山家の借金がかさみ、家財をすべて売却して借金返済にあてることになった。
その際、猪山家七代目当主の中村雅俊が自分の差し料の脇差も道具屋に
売ろうとする。
その時、道具屋は「ほう。ほう・・・。これは加賀の兼若の物ですなあ」と言う。
加州辻村兼若は、加賀百万石の家中では、「兼若作の刀を持っている武士ならば
どんな軽輩でも娘を嫁に出してもよい」と言われたほどの逸話があった。
プライドが高い百万石の家中ばかりの加賀ならではの逸話だ。

それほどの名刀中の名刀を所持するだけの武士の表道具の目利きができる男ならば
娘をやるにおいて身分格式など構わない、という加賀武士の心意気を表したもの
でもある。


ところが、その兼若を手放そうとする場面で、道具屋は刀の中身を見ずに外装の拵を
鑑定しながら「
これは兼若の物」と言うのである。
これはあり得ない。どう転んでもあり得ない。拵の金具を検分しながら刀を兼若と
断定しているのである。このシーンはいただけなかった。
もしかすると、シナリオでは「兼若・・・ですな?」と確認するニュアンスだったかも
しれない。しかし、役者は断定口調で台詞を口にしている。森田監督のOKが
出ているテイクなので、このシーンはトホホだと私は思う。


とにかく、仲間由紀恵さんの演技に注目の映画だ。飛び抜けて良い。
画面を見ずに、音声だけを聴いていても、中間さんの台詞がすべての
シーンで物凄い。芸術的だ。
これは良い発見をした。
動作としての演技だけではなく、台詞で観客を魅了する俳優。役者の原点
の演技を見るような感銘を受ける。


(このシーンでも仲間さんの台詞まわしが素晴らしい)

映画の出来自体は、賛否両論別れるような作り込みになっていると思う。
ただ、仲間さんの演技に注目するだけでも価値のある作品です。
凄いですよ、ほんとに。


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映画『続・黄金の七人』

2014年01月14日 | 映画・ドラマ・コミック



無料動画サイト、GyaO!で『続・黄金の七人』(1966)が配信されていたので観た。

いや~、42年ぶりに観たよ。なつかすぃ~。
これは『黄金の七人』(1966)の続編なのだが、今観ても面白い。
『黄金の七人』は1972年4月の水曜ロードショー開始の第一回目の放送で放映
された。小学校6年の時だったが、映画にはまりまくりだった
ので、もちろんその
放送を観た。その後の『続~』も観た。筋とシーンは克明に覚えているが、今回観て
みて、ほぼ記憶通りだったことが分かった。まぶたに焼きつく、というのは本当に
あるんだね~。数値に表せない人間の脳の妙だね。
そういえば、40年以上前の人の顔や声も克明に記憶しているが、そういうのも
数値では表せないものね。なんというか、ボヤ~ンとしたものではなく、カシャッ
カシャッという細切れの何億枚もの1枚1枚のショットが脳裏に焼き付けられて
それが見えないヒキダシに納まっているというか、数値理念ではなくそういう映像的
に捉えている記憶概念というものがある。
ただ、人間というのは勝手な生き物で、「思い出したくない」という人物についての
声やディティールはどんどん記憶から消去されていってるね、私の場合は。ふと思い
出そうとしてもその人間の名字さえ完全に記憶から消し去られていることに自分で
気づいて少し驚いたりもする。ただ、その他の人については声色や表情や細部まで
よく覚えている。(辿ると、だいたい音や声の記憶は10歳程まで。それ以前の年齢の
時代はあやふやな部分も多い)

この映画をなぜよく覚えているかというと、やはり衝撃的だったからだ。『ルパン三世』
の実写版そのものという感じだからだ。
今では信じがたいだろうが、『ルパン三世』は放送した当時は対して話題になった
アニメではなかった。一部にマニアがいたのみで、多くは「ああ、そういうアニメも
あるね」という程度の評価だった。
しかし、放送終了から数年が経ってじわじわと人気が出て、東京12チャンネル
などでは再放送が何度も繰り返された。
そして、放送終了から5年後に待望の第二シリーズが始まったのだ。あの
新しいテーマソングと共に。『ルパン三世』シリーズは最初の登場から45年以上過ぎた
現在、アニメ作品として不動の位置を占めるようになった。『ルパン三世』を知らない
人は日本にいないのではないかというくらいの作となった。

映画『黄金の七人』(1965)は『ルパン三世』の製作に影響を与えた映画作品
といわれている。事実、『ルパン三世』の空気は『黄金の七人』にそっくりだ。
峰不二子のモデルとなった役どころももちろん出てくる。女優ロッサナ・ポデスタで、
ルパンシリーズではアニメよりも原作漫画の峰不二子が限りなく近い。
もうね、毒婦というかなんというか、お色気作戦で相手を籠絡させて手玉に
取るというテクニックが凄すぎ(笑











(男をたらしこんで手玉に取った後はロケット噴射でサヨウナラ~)


ストーリーは前作『黄金の七人』と同じく、時価何十兆ドル(1966年当時)の
金塊を盗む大泥棒話である。
前作と同じメンバーで、チームリーダーである「教授」とロッサナが演じる
謎の女ジョルジャ、他6名のプロフェッショナルな泥棒たちが一丸となって
アメリカ・フランス・イタリア・スペイン・ソ連・キューバ国家等を向こうに回して
世紀の大泥棒を敢行するという話だ。(8人なのになぜ「七人」なの?笑)
もちろんCGは一切使っていない。
今観ると稚拙に思える映像演出も、1965年~1966年当時は斬新であり
当時の
最新技術であって、この映画シリーズは大ヒットした。
私は特撮だけで
いったら当時の007シリーズよりも優れているし、お色気
演出にしても
ボンドとボンドガールなどよりもイケてると思える。
まあ、『ルパン三世』の原点がここにあると思えば間違いがない。
この映画シリーズは、音楽もかなりオサレだよ。
というか、ルパンですね、これは(笑


『黄金の七人』音楽

7 Uomini D'Oro(1965) - Seven Golden Men



『続・黄金の七人』予告
Il grande colpo dei sette uomini d'oro 1966 (Trailer)



「痛快娯楽作品」という映画ですね。イタリアンテイスト全開です。
おふざけなストーリーがかなり面白いので、
大ヒットししたのも頷ける。
このシリーズは三作あって、1.『黄金の七人』 2.『続・黄金の七人』
3.『新・黄金の七人』とあるが、邦題で『黄金の七人 1+6 エロチカ大作戦』と
いう別作品はお色気ロッサナが出演しているが、まったくこのシリーズとは
関係のないお下劣エロコメディなのでご注意を。
何だか『ルパン三世 念力珍作戦』みたいなネーミングだね(笑


二作目のこの『続・黄金の七人』は何度もどんでん返しがあるのだが、
邦題の副題に「レインボー作戦」という名称が付けられている。七変化という
やつだね。
これは謎の女ジョルジャが男をたらしこむ時に髪の色と目の色が
瞬時に
変わることからつけたベタな邦題のようだ。
非現実的だが、お約束のお笑いとして観るところだろう。

本当は目の色変わるのは男のほうなのだけど、それを皮肉っているのかも
しれない。

かなり楽しめます。おすすめ。
1966年というのは今から48年前だけど、当時の雰囲気もよく分かる。
ところが、約50年後の今も古さをまったく感じさせない。なんだかナウい(笑)ような
感覚を覚える。

それは、エロティックな手練手管というものは永遠不滅だからかもしれない。
『ルパン三世』の峰不二子にしても、現実に置き換えたら、今は70何歳かのお婆
ちゃんですぜ(笑




日本では『ルパン三世』の実写版を製作中とのことだが、公開前から大コケ確実
との下馬評が高い。
この『黄金の七人』のような味を理解していないと、実写版ルパンを製作する
のは難しいかもしれない。シャレが解るかなりの「大人のセンス」が必要だもの。
それを考えると、この『黄金の七人』シリーズに影響を受けたとはいえ、この
独特の世界を描き切ったモンキーパンチ先生はすごいと思う。
アニメ版は放送コードがあるので、お色気が大分カットされてしまったけどね。
(ルパン第一シリーズは結構原作に近かった)
『黄金の七人』シリーズも『ルパン三世』も、国家やそれを支える法律に縛られない
自分たちの論理で行動する真の「無法者」たちが、権力者たちを手玉に取って
作戦を成功させる、というところに醍醐味がある。しかも「殺し」をしないで。
そういう権力をあざわらうかのような反権力思考のようなところが底辺に流れて
いるのを押さえきれていないと、今度の実写版『ルパン三世』は大コケする
だろうね。
ルパン三世の神髄はこれだもの。


日本人はそういうのは嫌いではなかった。江戸時代のオハナシ(現実とは異なる)
としては『鼠小僧次郎吉』などがそうだよね。義賊というのは現実世界では本当は
いないのだけど、そういうのが民衆にウケるのは万国共通なのかもしれない。
第二次大戦中に戦闘をほっぽり出して金塊を盗みに行くクリントイーストウッドの
『戦略大作戦』などもかなり面白い作品だった(DVD購入したら肝心のシーンが
カットされていて残念)。
とにかく、型にはめて人生訓を説くような映画が最近の日本ではウケるようだが、
民衆がそのようなものを求める時代は、私自身は「つまらない」時代だと思える。
ルパンがウケるのは「ルパンだから」としてウケているようで、原作から第一作~
第二作あたりまでに流れていた底辺がなかなか最近の作には感じ取れない。
世紀末は終わったが、人々の心は閉塞し内向し従順に権力に従い、時の権力者を
支持することが美徳のような時代になった。
人々の心こそ世紀末になっているように私には思える。
「つまらない」時代だと思う。




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