渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『蘇るヒーロー 片山敬済』

2014年06月25日 | 映画・ドラマ・コミック

蘇るヒーロー 片山敬済(1984年8月25日公開)


youtubeは→ こちら

このドキュメンタリー映画の中で、片山さんが世界チャンピオン
フレディ・スペンサーはじめグランプリライダーたちと話をしている
シーンが好きだ。

ホンダワークスのチームメイトと。
片山さん、ロン・ハスラム、フレディ・スペンサー。
片山さんが怪我をして、新開発の背骨プロテクターについてフレディに
尋ねたら、フレディは予備があるからいつでも使ってくれと言う。


フレディは普段から早口でまくしたてるような喋り方はしないが、
このシーンを観て、彼があえてさらにゆっくりとはっきりと
話して意思疎通をしようとしているのが判る。フレディにこんな
気遣うところがあったとは驚いたが、GPライダーがみんな
「相手に分かるように話す」という特徴があることがこの後の
シーンで判明する。
マシンとコミュニケーションできる能力がある人は人に対しても
「対話」ができなければならないという基本中の基本を彼ら世界の
トップライダーたちに見ることができる。
一方的に早口で自分の言いたいことだけをまくしたてて、コミュニ
ケーションを成立させないような人間はグランプリシーンにはいない。

これは、かつて世界チャンピオンを何度も取った、イギリスのバリー・
シーンだ。サーの称号を持つ。

ここでもバリーは片山の怪我の具合などを気遣っている。
そして、ゆっくりと穏やかに話している。
若くして病気で亡くなってしまったのが悔やまれる。
ドナルドダックが大好きで、ヘルメットのデザインはドナルドの
絵が描かれていた。チャンピオンになってもゼッケンは7を
使い続けた。成績を無視して自分のナンバー7を使ったのは
彼が初めてで、現在MOTO GPではケビン・シュワンツの34番
と共に永久欠番となっている。私も大好きなライダーだった。
とにかく、紳士だった。タバコはヘビー・スモーカーだけどね。



片山さんはカメラを自分で持って、どんどんパドックのレーシング
ライダーを取材する。

アメリカのランディ・マモラ。日本でもファンの多い人だ。
すんでのところで毎年チャンピオンになれず、無冠の帝王と
の異名がある。アグレッシブな走りの彼は、GPの中で一番
陽気な人だった。日本4社、イタリア1社というGPワークスすべて
に乗ったのは世界広しといえども彼だけだ。


片山さんとのやりとりも陽気だ。














誰もがフレンドリーである。
国を超えて、国境を越えて正々堂々と戦う彼らは、たとえ対戦者で
あっても、レースを終えたパドックにおいては家族のようなもの
だった。スポーツマンの心をごく自然に有している人たちの姿が
そこにある。

それは、世界グランプリが「コンチネンタル・サーカス」と呼ばれた
ように、モーターホームやテントでサーキット内で集団生活しながら
世界各国を転戦していたからだろう。

だが、1990年前後から「コンチネンタル・サーカス」は消滅して
いった。
サーキットに寝泊まりせず、ホテルに宿泊したり、他の者とかつての
人たちのように交流をしようとしないライダーが増えていった。
人の意識も生活様式も移り変わっていったのだった。
F1にしてもオートバイの世界GPにしても、コースの安全性などに
ついて、ドライバーやライダーは真剣に討議して主催者に交渉
したりしていた。
ところが、だんだんと抜け駆けで和を乱すような選手も出てきた。
豪雨で危険なためボイコットを呼びかけたのに、ポイントがほしいが
ために和を乱して参加したり、あるいはレース場面でも、ライバルの
ポイントを潰すためにわざと突っ込んで転倒させたりとかする
ライダーも出てきた。
それまでもラフファイトはあったが、それは互いの正々堂々とした
競技の駆け引きの中で行なわれていたのだ。だが、やがてそれらも
消滅し、安全性も放棄して、己のことだけを考えるGPライダーも
出てきたのである。『バリバリ伝説』のタコ根沢のようなのが現実に
出てきたのだった。
時は流れた。遠い彼方へ。

コンチネンタル・サーカス-
それは、遠い昔の熱く温かく、そして冷徹な勝負の世界に生きる
者たちが帰って行く故郷のようなものだった。
今は、もうない。
この映画は、かつて30年前には存在した、現在は失われたひとつの
「空気」を今に伝える貴重なドキュメンタリー作品だと私は思う。


バリ伝知らずにバイクに乗るな

2014年06月25日 | バイク・車



とまで俺は言いたい。

なぜならば、『バリバリ伝説』(しげの秀一作)は、単なるバイク漫画
じゃないんだよね。
『巨人の星』、『あしたのジョー』と並ぶ日本の歴史の中の金字塔とも
呼べる作品であって、社会現象を引き起こした稀有な漫画作品の
一つだからだ。
読売ジャイアンツの原監督も江川卓さんも「『巨人の星』があったから
こそ野球をやった」と熱く語っていた。
『あしたのジョー』に至っては、ボクシングファンのみならず、倒れても
倒れても立ちあがるジョーに多くの人が心を熱くした。1970年前後
には大学生の卒論テーマで「ジョーは死んだのか」についての考察
を取り上げるのも流行ったりした。特に「倒れても立ち向かう」という
ジョーの姿は、当時の若者の世相を反映して爆発的な人気を得た。

そして1980年代は『バリバリ伝説』だ。
これが単なるバイク漫画・レース漫画だったら『キラーBOY』のように
一部のマニアに受けただけの作品で終わったことだろう。
同時期の人気漫画で『ふたり鷹』(新谷かおる)というバイク漫画が
あったが、こちらはフィクション風味全開で、それは新谷ワールドで
面白いことは面白いのだが、あまりにもリアルさに欠けた。
『バリバリ伝説』が他の作品と異なっていたのは、登場するマシンの
ディティールの正確さ、走行シーンのリアルさと共に、主人公巨摩郡
(こま ぐん)を中心に登場人物の成長を克明に描いた点だった。
傷つき倒れ、そして立ち上がり新たな境地を自らの手で切り拓いて行く。
若者は熱狂した。
1983年から週刊少年マガジンに連載が開始された当初、主人公グンは
高校2年生17歳だった。私が22歳だから、タイムリーな同世代としては
5歳年下ということになる。
そして、連載終了の1991年はグンは25歳のグランプリライダーと
なっていた。
この漫画の特筆すべき点は、グンと恋人や友人の成長記を描いて
おり、多くの作品がその途中で未来を見つめて終了する作が多い中、
世界グランプリの頂点、世界チャンピオンになるところまでをきっちりと
描いていることだ。一般的な作品では含みを持たせて終わらせるケース
が多い。
それでも、一つの(しかも余人には掴み得ない)頂点に達したとはいえ、
さらにグンの挑戦はこれから始まる、というラストにしている。
最大限の期待に応え、そしてさらにそれ以上の希望を読者に持たせる。
これが人気がでない筈がない。
爆発的人気のまま足掛け9年、実質8年間にわたり連載が続けられた。
むさぼるように読んでいたのは若者だけではない。
当時、昼休みに喫茶店などに行って昼食を取ると、サラリーマンのおじさん
たちも食い入るように『バリ伝』を読んでいた。私よりも年が6歳も10歳も
上の人たち(=『あしたのジョー』世代)が食い入るように読んでいた。
間違いなく、『バリバリ伝説』は時代を作った金字塔とも呼べる作品だった。

『バリ伝』が社会に及ぼした影響はすごいものがあった。
おりしも、世界中、つまりこの地球上では全世界(といっても先進国)に
おいてグランプリレースの人気が沸騰しつつあった。
ヨーロッパを中心として各ラウンドごとに各国を転戦するオートバイの
ロードレースである世界グランプリは世界最高峰に位置するバイクの
レースだった。
そして、その世界選で戦われるトップを走るマシンは、すべて日本製
だったのだ。
日本は日本刀の国、バイクの国である。
だが、何人もの日本人がこれまで世界GPに挑戦しても、単独ラウンドで
優勝することはあっても、世界チャンピオンになった日本人は一人も
いなかった。1977年に日本からのエントリーで片山敬済が350ccの
世界チャンピオンになったが、片山選手は帰化手続きをしておらず、
国籍は韓国のままだった。

(ホンダワークスマシンNS500のポジション合わせに余念がない日本代表
の片山選手/1984年 世界GPパドックにて。最高峰W
GP500ccに全戦フル
出場の日本選手は1977年の
350cc世界チャンピオンの彼だけだった)






劇画の世界とはいえ、『バリバリ伝説』の主人公グンは1991年(作品中
では年代をあえて不明にしている)に世界最高峰WGP500ccクラスの
世界チャンピオンになった。
その2年後、まるでグンのように、原田哲也という若者が世界グランプリ
全戦初参戦の年に250ccクラスの世界チャンピオンを獲得した。

ここに歴史上、初めての日本人チャンピオンが登場したのである。
その後は各クラスで何人も日本人のチャンピオンが出た。
ただ、惜しむらくは、世界最高峰クラスでチャンピオンになった日本人は
一人もいない。
一番可能性があったと思われたのが、歴戦の世界チャンピオンを後ろに
従えて鈴鹿を誰よりも早く走って転倒した阿部典史選手だったが、成績
不振でWGPの最高峰クラスからスーパーバイククラスに転向を余儀なく
され、活動を続けている中、一般道での交通事故で残念ながら亡くなって
しまった。
現在、MOTO GPと名前を変えた世界グランプリだが、歴代チャンピオン
獲得数の世界記録を塗り替えている現役GPライダーのイタリアのバレン
シーノ・ロッシは子どもの頃に阿部選手にあこがれてレースの世界に
没頭した。阿部の大ファンで「ろっしふみ」とひらがなでヘルメットに
ペイントしてWGPを走ったりしていた。
阿部選手も『バリバリ伝説』の大ファンだったことは有名だ。
彼だけでなく、バイクのレースをする選手ライダーはすべて『バリ伝』を
読んでいたといっても過言ではない(どころでなく全員が読んでいただろう)。
バイクに乗らない人も乗る人も、日本人の多くが『バリバリ伝説』には心を
奪われた。
そして、私もその一人だった。

『バリ伝』の作品の中では好きなカットがいくつもあるが、意外と
ほのぼのしたところで、オリジナルコミック15巻カバーに使われた
この絵は私は気に入っている。


この雰囲気、とても親近感があるからだ。

そして、マイナーなカットだが、この絵もかなり気に入っている。

マニアックな『バリ伝』ファンならば「あ、どこどこのどの時のシーンの
カット」とすぐに判るだろう。
この時のグンの様子というのは、コースを走っていた人間には
とてもよく理解できるカット割りだ。言葉はいらない。
この絵を見ただけで「うっ」とこみ上げるものがある。

ただ、私の中で、グンの恋人の一つ年下の伊藤歩惟(あい)ちゃんの
イメージはやはりこれ

が強いので、二人の成長を描いているとはいえ、WGPに
行ってから時を追うごとに「女性」になって行く歩惟を見ていると、
なにかどんどん遠くに行ってしまうような寂しさを覚えた。
(梅井のそれとは違うけどね)

こういう「女」になった歩惟ちゃんは、私の中ではなかなか
受け容れられなかった。


といっても、登場人物でいうなら、俺は個人的好みでいったら
絶対的に一之瀬美由紀のほうが伊藤歩惟よりもいいけどね(^^;

おもしろい考察をしているブログをみつけた。

→ 『バリバリ伝説』を実写化するなら・・・

おお~。伊藤歩惟ちゃんのイメージは、確かに大昔の
この人だとイメージに合うかもしれないけど、ノダメの
印象が強すぎて難ありかな(笑


それに、最近は実写化流行りだけど、コケる作ばかりなので、
『バリバリ伝説』の実写化だけはしないでほしい。
期待した『ワイルド7』においても、主人公飛葉のキャラクタが
まるで別人になっていて、原作者望月先生の飛葉の銃ウッズマン
へのてこ入れがあった映像化とはいえ、あまりに飛葉が飛葉で
ないのでかなりガックリきた。メンバー自体もまるでチンピラの
集まりみたいで、原作の「リーダー飛葉に絶対の信頼を置く」
という一番大切なところがズッポリと抜け落ちていた。
『バリバリ伝説』については、
1980年代のGPマシンでの実写など
まず不可能であるし、
現行MOTO GPの4ストマシンでの実写化
などはグンのマシンの
「シマザキスペシャル」やグンの走法その
ものを再現できない。

タイヤが暴れ出したら「カレーライスにして食っちゃうぞ」という
のがグンなのだから(笑
原作のディティールやキャラクタを活かさない実写映画化ほど
駄目な映画作りはないと思う。


ただ、スライド・ドリフト走法については、1984年の段階で
かつての世界チャンピオンだった片山敬済氏のメカニックを
勤めた経験を持つ
柳沢雄造氏本人が私に語っていた。
「これまではフレームのしなりでよじれさせながらグリップを
得る走法が主流だった。スライドがあったとしても慣性スライドだ。
だがタイヤのサイドウォールとフレームの剛性を上げて、あえて
滑らせてそれをコントロールする走法が今後出てくるのでは
ないだろうか。だが、現段階ではそれをすると転ぶだろう。トータル
としてのとしてのセッティングがまるで雲をつかむような段階だ
からだ。いや、たぶんまず転ぶね。フレディが使いつつあるが、
まだ他の者は完成されていない」と。
雄さんが俺用にシリアルナンバーではなく俺の名を刻印した
チャンバーをくれる数年前の頃の話だ。


『バリバリ伝説』が連載されている頃は、街中は主人公グンの
レプリカヘルメットであふれた。いわゆるグンヘルだ。グンヘル
だけでなく、レーシングライダーのオリジナルデザインのレプリカ
は人気があった。
(グンヘル)


ただし、俺は俺であるので俺は俺のオリジナルデザインに
ペイントしたヘルメットを被っていた。
コースを走る者は、例えノービスだろうと世界チャンプだろうと、
すべて同じ土俵に立つ者という意識があったからだろうか、コースを
走る者は、全員が自分のデザインのヘルメットを被っていた。
そこには、ある種の独立心という「走る者」の矜持があったように思う。
本気でコースに出る者どもは、誰かの真似でレースをやっているの
ではない。己自身をかけて己がレースに臨んでいた。仲間と共に。
ケニーロバーツ・レプリカやフレディ・スペンサー・レプリカなどを
被っている者でレースをやる人間などいなかった。はぁ?なにあれ?
と思われるのがオチだ。サーキットを走る者は、コスプレでレースを
やっているのではない。
一度こういうことがあった。
1977年か78年か失念したが、富士スピードウェイで某漫画家が
コースを一定時間借り切って独占し、自分の四輪車で走行しようと
していた。ボンネットには大きく「サーキットの狼」と書かれていた。
別ピットにいた一般レーシングライダーや関係者たちは「はぁ?」と
声をもらした。
「どれ、幻の多角形コーナリングを見せてもらおうじゃないか」と
パドック裏から直下のヘアピンを眺めた。
そのロータスヨーロッパは超遅かった。大八車が走っているのかと
思うくらいに遅かった。

ただし、スポンサーや広告としての関係から他者のデザインヘルを
公式レースでライダーが被ることは例外として時たまみられた。
グンヘルにしても、雑誌「ベストバイク」のオサ坊のヘルメットであった
のだが、『バリバリ伝説』で主人公のグンのヘルメットとして有名に
なってしまった。まあ、しげの先生とオサ坊の関係が劇画原作者と
アドバイザーという関係だったからデザインを劇画の中で使われたの
だと思うが、いつの間にかグンのオリジナルというように世間では定着
してしまった。これはフレディのヘルメット・デザインは実はフレディが
考えた物ではないというのに似ている。
このあたりをくすぐるエピソードとして、グンが大学に入ってから、
グンヘルを被っていたら、それをグン本人と知らない学生から
「君もグンヘルを真似たのか。でもちょっとラインが違うんだよね~」
みたいに言われて、グン本人がずっこけるシーンが描かれている。
ちなみに、清水国明氏は鈴鹿4時間耐久のレースに出るときに、
赤色部分を水色に変更したグンヘルを着用していた。

そういえば、唯一の最大の謎として、『バリバリ伝説』には、当時の
実在GPライダーが多く登場するのだが、この不世出の世界チャンピオン
だけは登場しなかった。
あたかも実在しないかのように全くこの男、フレディ・スペンサーを
作品内に登場させなかったのは、走りがあまりにもグンと被るからかも
しれない。



わが青春の『バリバリ伝説』。

レジェンドは私の中でまだ続く。

RIDE FREE!
だけど、皆さんもオートバイは安全に乗りませうね。



ちなみに、ピットでサインボード出してくれていたのが
今の俺のかみさんになってる(笑)
ただ、あまりに辛いことが多かったので、当時のことを
振りかえることは二人ともあまりない。
本気でレースをやると、ピクニックや「みんなでワイワイ」
とかいうのとは全く違う世界になるからだ。
コースにはボロボロのつなぎを着て、日々カップラーメンで
かろうじて命をつなぐ亡霊のような連中が多くあふれていた。
それが現実だ。

1991年、島田紳助は『風、スローダウン』というほろりと
良い映画を作った。ほろ苦く悲しい映画だけどね。


この映画作品の中での五十嵐いづみがとても良かった。
仮に『バリバリ伝説』を実写化するならば1991年だった
ならば可能だったことだろう。それはグランプリシーンが
タイムリーに原作と重なる時代としても、いくばくかの可能性
はあった。
そうすれば、『バリ伝』の「みぃ」こと一之瀬美由紀のイメージは
五十嵐いづみがぴったりだったように思える。


小栗旬主演 映画「ルパン三世」実写版 予告編

2014年06月13日 | 映画・ドラマ・コミック













あららら。こいつぁ少し頑張ってるかも(笑)

小栗旬主演 映画「ルパン三世」実写版 予告編 【HD】


ルパンはファンが目が肥えているので、どこまでコアなファンを
納得させられる仕上がりになるかが決め手のように思える。











ルパンは、リアルにワルサーP38のトリガーガードから指など外さずに、
西部劇風にトリガーガードの中に人差し指突っ込んだままのほうが
よかったね。安全なんて関係ないよ。トリガーガード外しはオマワリが
やりはじめたことだから、アウトローは指を外してたらおかしいぜ。



それと、五エ門の斬鉄剣が太すぎ(笑
峰不二子はこの女優さんしかいないだろうなぁと思っていたが、さてどうか。
ルパンのP38と共に、次元のS&W M19コンバットマグナムだけは絶対に
こだわってほしいな。

これのちょいデカ版M29がダーティーハリーの銃だぜ(笑
世界中にマグナムブームを引き起こしたのはイーストウッドの『ダーティー
ハリー』だった。

しかし、ダーティーハリー(1971年12月米国公開。日本は1972年)よりも
ルパン三世(アニメは1971年10月)のほうが世に早く登場している。
ハリーキャラハンよりも次元大助のM19マグナムのほうが早いのだ。
これ、ある意味
すごい。








『ルパン三世』は原作が発表されてから46年が経つが、いまだに
人気が高い。
特に1971年にアニメ化されてからは不動の地位を譲らない。
小林康宏の「斬鉄剣」という当時東京の一部の使用者で広まっていた
鉄が斬れる評判からつけられた刀の俗称もアニメ化の時にパクられ
ちゃったしな(笑

(原作『ルパン三世』コミックの五エ門の刀は「流星」という)



不二子については、俺は今回のキャスティングに文句はない。
ただ・・・バッキャロイ!レッグホルスターではなく、ガーターのストッキングに
不二子の銃ははさむんだよ!という気がする。もしくはおパンツか。

レッグホルスターは黒のレザーバイクウエアの時だぜ(笑

このあたりの甘さで映画がコケる可能性も大。


『ルパン三世』は各人のキャラ立ちがどれくらい出るかが勝負なので、
『ルパン三世 念力珍作戦』(1974年)から40年ぶりの実写化には
期待している。

悪い女ほどかわいかったりする。


こちら原作コミックの不二子と黒木さん。いい線いってると思うよ。


おれは第1シリーズの宮崎監督が描く不二子が好きだけどね(笑


ちなみに原作コミック『ルパン三世』のヒントとなったのはイタリア映画の
『黄金の七人』(1965年)だ。(続編の解説はこちら
日本では1972年4月5日から放送が開始された日テレ「水曜ロードショー」
の第一回放送作品だった。俺はそれを観た。小学校6年の時だ。


いや~、これはエロかった。
小学生ながら異様に萌え!だったぜ。
おかげで、このタイプがトラウマになっちまった(笑

エロとアクションとアイデア。凄かったね、このシリーズは。
モンキーパンチ先生は峰不二子のモデルとしてこのジョルジャ(ロッサナ・
ポデスタ)からヒントを得たというのは事情通なら誰もが知っている。
可愛いし、エロいし、金と宝石にしか興味がなくて、男をたらしこむ
謎の女(笑




いや~、こういうのがいいよ俺は(笑
さだまさしばかり聴いてるような地味な文学少女じゃなくて(笑
いや~、イタリア人、エロいわぁ。

さて、こちらはイタリアのファンが製作した自主製作映像。
この完成度の高さは世界一だ。
ルパン三世 実写 LUPIN III The fan-movie

なんだ?このこだわりようは(^0^)











やっぱ、ルパンはこれがねぇとな(笑)


長尺版も結構見せるぜ。
世界中で人気の『ルパン三世』だが、イタリアのファンは熱いね~。
LUPIN III - The Fan Movie (2010) HD
[ENG SUB] 17分 英語字幕付

ラストのエンディングなんかも泣かせる。
曲は日本語の例のテーマ曲を使ってるよ。



本家本元、日本の実写版も負けれられないぜい。

ということで、


時代劇茶髪考

2014年06月10日 | 映画・ドラマ・コミック



6月8日の時代劇ドラマ『みおつくし料理帖』で主演の北川景子の
髪が茶色いからと、わかったようなふるまいでピーチクパーチクと
ネット上での非難が散見される。
俺に言わせりゃ、半端もんのさえずりだね。
髪が赤く見えるのは、昆布やわかめの栄養が足りてないからだろ(笑

まじな話をすると、普通状態でも髪の毛が茶色い日本人はいくらでも
いる。
第一俺がそうだった。
高校の時は脱色(当時茶髪という単語はなし)しているのかと疑われる
くらいだった。特に髪洗ってからドライヤーでブローした直後などは今で
いう茶髪。ノーマルで茶髪。だから油をつけて黒く艶をつけていた。

中学の時の同級生の女でも髪の赤い子がいた。この子は色も真っ白で、
しかも、目の色も外人のような色だった。純粋な日本人だ。この子は
俺なんかよりもずっと髪が赤かった。栗毛というより外人のような赤毛
だった。
完全に色素の問題だ。
俺の赤い毛の高校時代の写真をアップしてもいいけど、アップしない。
高校の時のつきあっていた彼女も色が真っ白で髪の毛がノーマルで
栗毛色だった。白人のように亜麻色ではないが。目の色も外人のように
薄くて透き通っていた。彼女は俺と同じく日差しが苦手だった。こちらの
彼女の写真も当然アップはしない(笑


「髪が黒くなければ日本人ではない」感覚で時代劇についてさもわかった
ように言う連中は、さも「時代考証的におかしい」というような観点で物を
語って
いるから、それこそおかしくて笑いが出る
ならば、既婚者はなぜオハグロ(鉄漿)にしない?
それを指摘しない?
眉を剃り落としていないことを指摘しない?

女性の髷が元服前と元服後で島田であるかないかをなぜ指摘しない?
また、女性の髪形は江戸と上方で元服後はまったく異なることを
なぜ指摘しない?表現している時代劇はほとんどないのだが。

要するに、よく知りもしないことを中途半端な思い込みだけで(その思い
込みを
正しい知識だと思っている)偉そうに上から目線で論を展開して
いるのがお
かしくてヘソで茶を沸かしそうだ、と俺は言っている。
ろくに時代考証について研究しているわけでもないのに、わかったように
適当なことを分別くさく論じて自己満足に入る。
パカ?パカなの?

日本人の髪の毛は、心理状態によって一気に白髪化することもある。
脱色して行った黒髪は赤くなる。
また、栄養状態でも色は左右される。要するに一様ではない。
そうした厳然たる事実を直視しないで、先入固定観念で、しかも誤った
認識に基づいて論を為そうとする連中は俺は大嫌いだ。
馬鹿馬鹿しくて話にならん。

時代劇で茶髪が出てきても、実は当然なのだ。日本人の髪というのは
そういうものなのだから。漆黒の黒だけでなく、ブルネットも多くいるのだ。
ただ、黒髪が上質とされた文化があったから、幕末の新選組の原田
左之助を称して「艶やかな黒髪がとても美しく」というような伝言が明治期
まで目撃者によって残っているのだ(八木家の話)。
しかし、現実は日本人の髪の色は真黒だけではない。
そんなこと、普通に小学校や中学校の時に周り見れば判るだろうに、
もうね、観察力のなさというか、現実を見る力のない奴らに限って『みおつくし
料理帖』の北川さんや製作者を分別顔で非難したがるんだよな。

勝海舟のおやじのように、若い時にカブキ者だったから髷の先を金色に
染めていたとかいうのは特別な例としても、普通に暮らしていても
髪の色
が薄い日本人は現代においても存在するのである。
髪の毛の
色や目の色が薄かったり青かったり(白人と同じような青い瞳の
日本人は東北地方にいる)したからと、
異端視するのは、その人間が
どのような視点で社会を見ているかの
バロメーターになる。中身の芯は
差別的な人間だろう。もしくは差別にたいして無頓着か無知か。
差別問題に関しては無知は差別していることと同列になることさえも
知らないのだろう。
だったら、ぴーちくと物を言わないで眠ってろよ。


時代劇でも茶色い髪の登場人物は多い。
これは俺が個人的にOKかどうかを論じる以前に、日本人の髪としても
OKなのである。「そういうのもあるだろう」ということで。
私はマイノリティ迫害につながるファシズム的発想を自覚しない連中が
とてつもなく嫌いだ。

以下、時代劇で茶色い髪の作をいくつか見ていこう。






(これはハーフという設定)




これは幕臣。


おはうち枯らして栄養状態が悪いのを演出するとこうなる。

拝一刀の旗本時代の髪は真黒であるので、意図的な
演出であるといえる。
当然の手法として、42年前から茶髪は使われていた。
というか、白髪になる途中では赤くなるのだってば(苦笑
わかってねえタコスケばかりだなあ。

こちらは田村の拝一刀。栗毛色系。


田村正和が眠狂四郎を襲う薩摩藩士に扮した作もある。

狂四郎襲撃まで相当苦労されたようで・・・(笑
つか、これもハーフの設定だったか。

女性も茶髪は普通に使われていた。




織田さんも真黒ではない。


天下のNHKだが、これは髪の色を取り上げる前に髪形に問題アリ。


元服後には本当はありえない髪形。しかし「劇」だからありだろう。
時代劇はドキュメンタリーではない。劇だ。だから微妙な線引きで
楽しむものだ。さすがにスカイツリーが出てきてはいけない。

この髪形にしても「本来はあり得ないよ」という指摘はいくらでも
してよいだろうが、これの演出を全否定で駄目だとするならば、
女性のオハグロと眉落としがないことをも指摘しないと手落ち
である。また、女性の髪形についての指摘もないと主張に整合性
がない。

本来ならば、時代劇に登場する既婚女性はみなこのような感じに
歯を染めることになる。
ただしこの髪形を見ると・・・さて、どうしてこの髪形なのにオハグロ
で眉を落としているのか(ニヤリ)。茶髪に文句たれてた連中は
サッと説明できるよな?



てか、知らないんだべ?よく。
だったらゴチャゴチャ言うんじゃねえよ、と俺は思う。

これは原作通りに「異人さんみたいな髪の色」にしている。
眠狂四郎と同じような設定か。


つきつめていくと、こういう髪の色もありか(笑
ま、これはエンターテイメントだろうけど。目の瞳まで金色だったしな(笑

俺は今は本当は髪が真っ白だ。
確かに、白髪になる時、それでなくとも薄い色の髪の黒が抜けて
赤(ワイン色風)になり、その後一時期金髪様になったが、人に
よってこの座頭市のようにまで全体的に金色になるのかどうか、
それはよくわからない。わからないことはわからないので、わかった
ふりをして言うことは俺は一切しない。

ただ言えるのは、よく知りもしない、わかりもしないことをさもわかった
ような態度で「あれはあかん」と言うような連中が多くてね。


『みおつくし料理帖』 感想

2014年06月09日 | 映画・ドラマ・コミック



思いのほか、よかったよ。
ドラマの筋書きはともかく、細部の演出がきめ細やかだった。
時代考証、けっこうやってるねぇ~(^^)
料理屋でのシーンなども、卓と脚(などは存在しない)ではなく、
座敷に盆というごく常識的な江戸の料理店の様子を再現して
いてグッドだった。
ただ、吉原の全景のCGはひどかった。全景は出さないほうが
よかったように思える。普通ならばラッシュの時にチェックして
大幅削除だろうと思われる。


そして、心配していた北川景子さんの包丁さばきだが、細かい
部分では問題あるにせよ、相当稽古したことが見て取れる。
良かったよ。女流剣術家の役などより100倍も良かった。
(あの剣術家の役は技術が伴わなくてひどすぎだった)
きちんとした板前さんに就いて学習したと思われる。




江戸はこのネギだぜ!いわゆるネギ。まあ、なんつーか千住ネギだな。
俺は薬味のような文化ネギ(中国地区で一般的な細ネギ)はネギ料理
にはいらん!
「ネギラーメン」を広島県で注文して文化ネギの円切りスライスが山盛り
で出てきた時にはかなりショックを受けた。中国地区は白ネギを食う
習慣があまり無いから、当然「根深汁」などというものも一切存在しない。

根深汁。江戸庶民の御馳走だった。単なるネギオンリーの味噌汁
なのだが(苦笑
こちらもご覧ください→池波正太郎『剣客商売』のレシピ『鴨飯に根深汁』

白味噌が中国地区では一般的であるのだから、白ネギは白味噌にも
合うので味噌汁にも根深のように白ネギをザクではなく細めの短冊か
サキガキのような細切りにして入れるとマッチするのだが(浅草飯=アサリ
ぶっかけ飯のネギ仕込みのように)、あまり中国地区ではそうした味噌汁
も見ない。うちでは白味噌ではそれを作っているが。
(赤味噌にはネギは太巻きネギマのようなのが不思議と合う。いわゆる
画像の切りタイプ。味が強めの赤味噌だと、ネギを細くすると、ネギと
味噌が喧嘩して味噌が勝つからネギ太目が定番なのではなかろうか。
ネギを細かくした赤味噌の根深汁ほど素朴な食材の良さの引き出し方を
わきまえていないものはない)
中国地区は「ネギといえばこれ(文化ネギ/細ネギ)」という固定観念から
抜け出そうとはしない。もったいないような気がする。
だけど、すき焼きにはこの東京ネギ(いわゆるネギ)を中国地区でも
使うのにね(^^;
まあ、すき焼きは横浜生まれだから、あちらもんとして白ネギをしぶしぶ
受け入れているだけかもしれないが。
あと、チェーン店の焼き鳥屋では「ネギマ」でネギを使っているけど(^^;


北川景子さんは、なんだか関西弁がまったく違和感ないなぁと思って
いたら、考えたら
この人、バリバリの神戸だよな。
しかし、役どころの大坂の言葉=船場言葉ではなく、ときどき
神戸発音が混ざっていたのはやむなしか。
東京の人間は聞き分けができないだろうが、京都弁/大阪弁/
神戸弁は全部違う。
大阪弁も「大阪弁」などというものではくくれず、大雑把に言うと
細かい集合地域によって言葉が違っている。大阪といっても、
摂津、和泉、河内の各国でそれぞれ異なるし、さらに細かい地区
ごとに言葉が違う。
東京でも旧江戸(=ほぼ山手線内)の下町と山手(小石川や
紀尾井町等)では言葉がまったく違うし、現代では23区と都下
では言葉が違う。
京都弁と大阪弁(全体)ではまるっきりイントネーションが異なる
ことが多くて、それは私でも聞き分けられる。

それでも、北川さん、関西弁での台詞の演技初めて観たけど、なんか
いいねぇ。関東弁の標準語の役よりもずっといい。
ナチュラルな感じで、
とっても、かわゆす♪(^^)

いいわぁ。


『ダッシュ村』は三原特集だったけど、知り合いがいっぱい出てて、

かみさんと二人で観ていて笑った。
あの試作品で失敗作としていた「たこ入り麺」は、社長さん、あれ
「焼きそば専用麺」として売ればいいように思うのだけど・・・。
TOKIOの0円食堂では、味は大成功だったんだから。汁ラーメンの
麺としてはボツでも、三原焼きのモダン焼きそば入り専用麺とすれば
イケると思うのだが。
「やっさラーメン」のほうは、尾道ラーメンとは一線を画していて、
なかなか美味いと私は思うっす。
三原というところは、海も山もあって風光明媚だし、魚介類や鶏や野菜
は極上に美味いし、いいところだよ。人は食えないのばかりだけど。


みおつくし料理帖 パート2

2014年06月08日 | 映画・ドラマ・コミック



本日の日曜日21:00 - 23:10からフジテレビで。
前回2012年版パート1は私は観ていない。


どんな作品かちょっと楽しみ。
北川さんが役を身近に引き寄せないノンプロのような役者さんだから、
料理人とかの技術系の役は無理かと思うが・・・。剣士役なんてボロボロ
だったものなぁ、気の毒なくらいに。牧瀬理穂さんの『幕末純情伝』とは
大違いだった。あれは國學院居合道部に半年稽古で通っただけあって、
そこそこ努力賞だったよ。

新宿の映画館に一人で観に行ったけど、結構良かった。

『みおつくし・・・』は、まあ、料理ドラマなので観てみる。
『信長の・・・』は最低だったけどね。あれ、原作が最低すぎるけど。
戦国時代に出刃包丁が出てくるなら、大阪には通天閣が建って
いてもよさそうなもんだ(^^;

しかし、この1960年代少女マンガ的な広告は、狙ってるのか?(笑
あ。うお・・・。江戸時代にバラだバラ(^^;
これはアカンかも・・・。
ナニワなら通天閣、江戸にはスカイツリーシリーズかも。