渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

『あしたのジョー 劇場版』 アニメ(1980年作品)

2011年12月30日 | 映画・ドラマ・コミック

高速道路のSAでこれを売っていたので購入した。
愛媛から兵庫県淡路島までの移動中、車内のナビでこれを観た。

■タイトル:あしたのジョー 劇場版
■アーティスト:劇場アニメ
(原作:ちばてつや 吹替:あおい輝彦、細川俊之、藤岡重慶、壇ふみ)
■品種:DVD

戦後日本の漫画界に名作劇画は数々あれど、三大名作といえば
『巨人の星』、『あしたのジョー』、『子連れ狼』だと思う。
さらに、80年代に入ってからは『バリバリ伝説』が挙げられるだろう。
これらに共通することは、あまりの人気ゆえ、ある種の社会現象を
起こしたことだ。
『巨人の星』は1960年代の野球ブームと連動し、当時の少年たちの
ほぼ100%がTVアニメ化された作品(むしろこちらの方が視聴率が高い)
を観て育ったはずだ。巨人の原監督にしろ江川にしろ、「巨人の星を観て
プロ野球選手になろうと思った」と語っている。
また、『あしたのジョー』は、1968年1月1日号(発売は1967年)から
1973年まで少年マガジンに連載され、倒れても倒れても立ち上がる
ジョーが当時の若者の共感を呼んだ。当時は「抵抗の時代」だったからだ。
『網走番外地』で日本刀片手に死地に向かう高倉健とジョーは当時の
先鋭的学生運動参加者(といっても当時の大学生のほとんど)に圧倒的
に支持され、ハイジャックで北朝鮮に行ったブント赤軍派は宣言で
「我々は明日のジョーである」と自分らを不屈の矢吹丈になぞらえた。
(どうせそんな台詞考えたのは田宮あたりだろう。題名くらい正確に書けよ。笑)
『子連れ狼』は、現在に続く漫画を原作とした映像化の魁(さきがけ)となり、
若山富三郎がほれ込んでシリーズ映画化し、続いて中村錦之助が
萬屋錦之介と芸名を変えて初の映像化でTVドラマ化されて空前の大ヒット
となった。そのため若山が激怒し、真剣を持って萬屋を斬りに行くと
暴れて大変だったという。結局、TVドラマは途中から勝プロが製作を
担当するようになった。
『バリバリ伝説』は、ライバルの死とそれの幻影を追う主人公という面で
ある種『あしたのジョー』と設定がとても似ており、こちらも1980年代に
社会現象となり、空前絶後のバイクブームを日本にもたらした。
漫画の名作というものは、連載時点の社会の動きと相互に連動し合い、
社会現象と切っても切り離せないもののようだ。

『子連れ狼』も社会的な時代背景を反映した作品だったといえる。
それは、主人公拝一刀親子は体制に抗う抵抗者であるという点において
連載放映当時の時代と世相を色濃く映し出しているといえるからだ。
主人公拝一刀は、幕府という政府を敵に回して武士という立場を捨てて
刺客というテロリストになってまで家族の恨みを晴らそうとする。
今の牙抜き骨抜き体制迎合の人間が大繁殖したつまらん時代には
全く支持されそうにない主人公だ。
今から10年ほど前に白い犬のお父さんが主役リメイクで『子連れ狼』を
やったが、幕府を向こうに回しても魔道を進む執念が一切演じられず、
所詮演技力と作品の理解力のない体制派の役者と製作者が「二匹目の
泥鰌」(実際には6人目の拝一刀役)を狙ったものでしかなかった。
北大路演じる一刀はまるで「いい人」みたいな感じでトホホのホだった。
拝一刀=いい人、柳生烈堂=悪い人という超ステレオタイプの表現の
陳腐さにあきれ果てた。原作をここまで落とすのか、と。
作品の本質を真剣に訴えかけずに焦点をぼかす限り、今の人間にさえ
受け入れられる筈もない。焦点ぼかしそのものが視聴者に媚を売る迎合
主義であり、骨太の時代に作られた作品の本質を限りなく希釈するからだ。
原作『子連れ狼』および若山版・萬屋版には、「幕府とその走狗を完全に
敵に回しても命をかけて立ち上がる」という堅固な思想性が底流に流れて
いるところ、そうした反体制的な思潮が毛嫌いされる風潮になり始めた
時代にヌルい作品を作っても作りがよけい甘くなるのでヒットする筈がない。
人の世でも、ぬるま湯にぬるま湯を足しても熱い湯にはならないのだ。
そのような体制側順応思想、城内平和主義は、アメリカの対外軍事政策
の目論見・行動の時期と連動して日本でも権力者によって醸造されてきた。
今は右を見ても左を見てもネットウヨや物を考えることをやめた若者に
代表されるような反動保守の(旧)体制迎合主義者ばかりだ。権力に尻尾
振り振りの犬ばかり。
そして、日本人の大半がゼニカネを判断軸の中心に据え、「勝ち組負け組み」
などという言葉を嬉々として使う。その使う言語にこそ体制と企業の金銭
優先主義を刷り込まれた迎合者の無思想性という思想性が現れている。
無意識に使っているだけに思考停止している(させられている)ことがよくわかる。

『あしたのジョー』が1960年代末期から1970年代初期において圧倒的に
(特に若者層に)支持されたのは、赤塚不二夫の「ニャロメ」と同種の情念の
共感があったからだ。
それは、痛めつけられても痛めつけられても決して挫けずに立ち上がるという
その生き方そのものだった。
こうした「層」としての情念は、1970年代中期の中島みゆきの表現において
「過去のもの」として歌われる段階で、現代の死滅状況へ向かう序章の幕が
切って落とされた。

きょう、以前から気になっていたことが解決した。
アニメ『あしたのジョー 劇場版』は、TVアニメを再編集して主人公矢吹丈と
宿敵力石徹の対決までをまとめたダイジェスト版のような作品だ。
公開は1980年。白木葉子の声は壇ふみが担当する以外はほぼオリジナルの
声優の収録を収めている。
ジョーの声は、歌手で俳優のあおい輝彦だ。彼は声優業はこの矢吹丈以外やらない。
気になっていたこととは、私の記憶の中では、TVアニメでジョーは丹下段平のことを
「おっさん」と呼んでいた記憶があるのだ。
だが、過日、実写版『あしたのジョー』(2011年作品)を友人と劇場に観にいった時、
ジョーは「おっつぁん」と呼んでいて「あれ?」と思っていた。
友人によると「原作ではジョーは段平を『おっつぁん』と呼んでいた」とのことで、
2011年実写映画作品は正確にTVアニメと原作を再現したのだとその時は納得した。
その友人は言語と言質に関しての情報記憶回路が確かな人間だからだ。
言語や単語に不正確で無頓着な人間は、記憶も曖昧だったり自分の勝手な
自己内情念で事実関係や起きたことを歪曲したり捏造するので、私はその手の
人間を基本的に全く信用していない。
ただ、どうも遠い過去に耳に残っているあおい輝彦のジョーが言う「おっさん」の
響きが払拭できないでいた。自分の記憶の曖昧さを疑った。
本日、劇場版アニメ(1980年再編集)を観て事情が判明した。
最初の登場シーンから少年院を退所するまで、矢吹丈は丹下段平のことを
ずっと「おっさん」と呼んでいたのだ。
そして、丹下拳闘クラブの建物を見てジョーが喜ぶシーンで、初めて矢吹丈は
段平のことを「おっつぁん」と呼び始めるのだった。
私の中での謎は解けた。
私の記憶も友人の記憶も、いずれも間違ってはいなかったのだ。
ただ、正確性を期すならば、最初の登場からある時期まではジョーは丹下段平を
「おっさん」と呼び、丹下拳闘クラブでボクシングを本格的にやりはじめる時から
「おっつぁん」と呼び始めたのである。
これ、ひょっとしたら、プチトリビアかも知れない。

本日の走行762km。
職業運転手みたい・・・。




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映画『ワイルド7』

2011年12月25日 | 映画・ドラマ・コミック



画『ワイルド7』を観て来た。
まあまあ面白い。
不満な点はワイルドメンバーのキャラが立っていないことと、
イコちゃんとシノベエが出てこないこと(笑)
イコちゃんが綾瀬はるかで、シノベエが大橋のぞみちゃんで
やってほしい(^^)
ユキがふかきょんというのはどうなの?とか観る前は思っていたが、
なかなかかわいかった。でもイメージがちが~う(^^;)
実写版でやるとしたら『BRⅡ』の時の加藤夏希だよなぁ。
あちらも所属組織はワイルドセブンだったけどさ(笑)

非現実的エンターテイメントとしてはそこそこ楽しめた作品だった。
オープニングシーン、飛葉がカスタムウッズマンのカートリッヂを
掌に落としていく。
これのカートが現実にはないカートで、たぶん357マグのオート用。
弾頭はフラットにカットした殺傷力の高いホローポイント(軍用警察用
では使用禁止)弾で、薬きょうはモーゼルのような二段形状で
発火薬が増量された特殊弾であることが判る。凝った作りだ。
また、メンバーは原作と同じ人間は3人のみだったが、オヤブンには
パイソンを握らせていた。なかなかの演出だ。
(でも役者の宇梶氏が手が大きいのかパイソンでなくダイヤモンドバックの
ように見えてしまう)
そして、主人公飛葉は原作通りコルト・ウッズマンのカスタムを使う。
これはスタッフが「44オートマグ」や他の銃を提案したが、原作者の
望月三起也先生が絶対にここだけは譲らなかったという。
撮影用ステージガンは東京マルイが提供していたが、コルトウッズマン
はMGCのモデルガンが廃盤になってから20年近くが経っている。
スタッフはステージガンのベースを探すのに苦労したという。
コルト・ウッズマンは赤木圭一郎が映画で愛用し(国内の撮影で
使用されたのは実銃)、望月先生がほれ込んだ銃だ。『秘密探偵JA』
で登場させ、1969年~1979年少年キングに連載の『ワイルド7』
では主人公の飛葉大陸(ひばだいろく)にウッズマンを持たせた
(第一話『バイクナイト事件』の最初のシーンのみリボルバーを携帯)。
原作では最初の頃から「緑の墓」「首にロープ」あたりまでは実銃通りの
.22口径だが、話がすすむうちにどんどん大口径にカスタム化された
設定になり、1980年代の続編ではついに.357マグナム弾を発射する
ピストルと変身する。
銃身がショートリコイルしないストレートブローバックで大口径弾の発射は
無理で非現実的であるのだが、そこは漫画、なんでも許される。
実銃ウッズマンは1910年代から1977年あたりまで膨大な量が作られた
トラブル知らずのロングセラーだったが.22ロングライフル弾用のハンドガン
は、マグ弾にするとジャムしやすい。
また、.22ロングライフル弾はメーカーにより品質が格段に異なり、ジャミング
=スライドの回転不良が起きやすく、銃との相性が大切になる。
原作で飛葉はレミントン製の.22口径弾を使っていた。
今回の実写版映画では、主人公飛葉がウッズマンを使用していたのがこの
作品の最大ポイントだ。

ブルバレルに現代風のレールを搭載している。
だが、飛葉のウッズマンなのでフロントサイトはない。
このフロントサイトがないのは西部劇の早撃ちガンマンの銃に
よく施されるカスタムで、映画『ヤングガン』ではビリーザキッドが
早撃ちのためにフロントをヤスリで削り落とすシーンがある。
また『シェーン』ではシェーンが使うピースメーカーがフロントサイト
を削り落としており、それだけで「元ならず者の抜き撃ちガンマン」を
表現していたし、『ワイルドレンジ』でも主人公に同様のコルトを
持たせて演出していた。
映画『ワイルド7』では、ウッズマンはブローバックで作動していたが、
排きょうシーンはアップでは出てこない。これはMGCのモデルガンが
.22口径寸法のカートのため、オープニングで出てきた大口径と比べると
あまりにも細いため変な絵になるからだと思う。
ただ、効果音は.22口径の「パーン」という音ではなく「ドン、ドン」
という太い音にしており、大口径カスタムの演出が十分だった。
また、オヤブンも弾ごめする際にリボルバーのシリンダーに
張り付いたカートをエジェクター使ってテンションを表現しながら
排きょうする仕草など芸が細かい。演出が細かいところまで行き届いて
丁寧に作られている。サブマシンガンを寝かせ撃ちする部分以外は。
(現実にはフルオートでは反動制御が困難ですし、実際にはハンドガン
でも映画によくあるような寝かせ撃ちは非現実的です)

他にもCGは多かったが、全体的に見ごたえはあった。
セブンレーラー(バイク搭載のトレーラー)、あれもCGではないだろうか。
長すぎるもの。撮影用でも通行許可が下りないような気がする(^^;

この映画、たぶん続編が作られますね(^^)
そんな感じの終わり方だった。
ラストシーンではゲリラハンターだったユキがワイルドに加わる。
原作の『コンクリートゲリラ』と『黄金の新幹線』の話を下敷きにしたような
内容が今回の映画作品のストーリーだった。
ワイルド7だったら、名作『地獄の神話』を再現してほしいと思うが、
話が壮大すぎて実写は無理か。
でも望月先生はこのワイルドの名編『地獄の神話』は映画化させたいそうだ。
こちら

ただですね、コミックスの単行本では有名な名場面である横浜の植物園での
決闘の際に飛葉がバイクで突っ込むシーンが2ページカットされているんだよね。
これ、連載の週間キングではカラー2ページ見開きでド~ンとバイクで
飛び込みながら「ワイルド7」というタイトルが出るのです。
コミックではずっとそれが掲載されていないままなのよ。
だから、古本屋で探しまくって当時の週間キングのその号を探して買っちゃったよ、
あたしゃ。週間キングのその号を見て「これだよ!これ!」と数十年ぶりに感動した(笑)
もう、あのシーンこそ映画チックですごく良かったのに。完全コミックの復刻熱望だす。
そんで、実写版ならばイコちゃんと小学生のシノベエが出てきてほしいぞ~。
スナック喫茶「ボン」も。特に『地獄の神話』編ではボンは欠かせない。

実写版『ワイルド7』は丁寧な作りで、たいへん好感持てる作品でした。
客入りも良かったし、封切4日目なのに、パンフレット完売で在庫なし!(・_・)
映画終わって後ろの席見たら、ワイルド7みたいなバイクジャケット着た
にーちゃんが数人いた(笑)
「乗りすぎだろ」と思ってたら、よく考えたら俺もバイク用のライディングウェア
着ていた(笑)。
飛葉の普段乗りのバイクもHONDA CB750 ぽく偽装していたし、久しぶりに
映画館に観に行ってスカじゃなかったよ(^^)
もっとバイクアクションシーンがふんだんにあればよかったなぁ。
それと、ラスト間際のSATとの大銃撃シーンでは、ワイルド側はあれだけ
撃ったのだから警官に1発くらい被弾させてもよかったように思える。
命令は「標的以外一人も殺すな」だったのだから、SATの足や肩あたり
バンバン当てればよかったような気もするのだよなぁ。SAT側はワイルド
を射殺しようとして集団で撃ってくるのだし、ワイルド側はどんどん被弾
しているのだから。
でも、現実は大腿部などに被弾すると、大抵は死んじゃうんだよね・・・。
でも、映画はエンターテイメントとして楽しみましょう。

DVDでなく映画館で観て損はない作品だと思います。
ワーナー配給ってのが泣かせるぜ。

ユキがかわいすぎるんだよぉ~。
最後のバイクで追っかけてくるシーンなど、かわいくってさぁ。
たまりません(^^)

これは私のウッズマン飛葉カスタムのブローバック・ガスガン。

ブローバックガスガンのウッズマンはたぶん世界でこれ一丁。
トラブル皆無の完璧な作動、良好な命中精度、外見、どれを
とっても極めて優れた文字通りの一品物カスタムガンといえる。
製作はなぞ作さん。構想半年、製作半年、実射テスト3ヶ月という
力作だ。
装弾数は実銃と同じ10発。ベースはMGC(1978年製)モデルガンで、
スライド内のブローバックエンジンは大幅に手を加えてカスタムした
他社のエンジンを搭載している。もちろん、全弾撃ち尽くした時の
スライドストップやセイフティもライブだ。


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大岡越前 第1部オープニング ~時代劇について思う時代性~

2011年12月22日 | 映画・ドラマ・コミック

大岡越前 第1部オープニング


これがファーストシリーズのオープニング。
うわ。
雪絵さん役の宇都宮雅代さん、ごっつう好みやん(笑)
幕府大番頭(「おおばんとう」ではありません。「おおばんがしら」ね。
今でいう警察庁長官みたいなもの)吉本作左ヱ門の娘、吉本雪絵は
この回の話で大岡越前守に嫁ぐ。
私の中で雪絵さんのイメージはずっと宇都宮雅代さんだった。
個人的には酒井和歌子さんも好きだが、雪絵さんはやっぱり宇都宮さんだ。

この有名なBGMの口笛は、番組プロデューサーが吹いている。
当時、日本で一番口笛が上手いとされていたからだ。
「時代劇主題曲集」というCDを持っているが、フルバージョンで
この口笛を聴くとしびれる。とてもじゃないが、こんな風に口笛を
吹くことはなかかできない。プロの芸技だと思う。

こちら、主題曲が一番長いタイトルバックのバージョン
「大岡越前」テーマ音楽

先週の「水戸黄門」の終結により、日本の茶の間から時代劇が消滅した。
日曜の大河ドラマは時代劇が多く放映されているが、別段「時代劇」という枠ではない。
1984年から1986年までは現代劇が放映され高視聴率をマークしている。
参考サイト

ただし、大河ドラマは「大河」であって、壮大な人間の一生を描くことが多く、
平日時代劇のように古典落語の延長のような庶民の暮らしに的を絞ったり、
勧善懲悪ものの娯楽時代劇や剣豪時代劇のような作りではない。
映画からテレビジョンに大衆娯楽が推移して早50年が経とうとしているが、
日本のテレビから時代劇が消滅するのはとても寂しい。
時代劇が製作されなくなった理由は簡単。
視聴率が取れないからスポンサーがつかないため、時代劇を無くしてしまうのだ。
チャンバラは流行らないのだ。流行らないというより「儲からない」とした方が
解りやすい。
チャンバラを知らない子どもたち。
外で遊ぶこともせず、少年になったらバイクに乗って一人で遠出することもせず、
今の子どもたちは何をやって遊ぶのだろう。
自分で痛みを知らないから人の痛みも分からない。
いじめなんて昔からあったのか?
少なくとも今のようないじめというのはなかったように思う。
それは、外で数学年の年の差がある児童が入り混じって遊ぶことを通して、
子どもなりに「社会性」を学習していっていたからだ。
戦後高度経済成長の中で、大人は子どもたちから何でも取り上げてきた。
「危険」ということで。
子どもたちが社会を作ったのではない。我々大人が作って来たのだ。
そして、モンスターペアレンツが登場した。

自衛隊の航空管制官だった居合の先輩が教えてくれた。
特殊部隊を除き、一般自衛官を教練する際には教官は腕組みをするのも
禁止されているという。「暴力的だから」という理由によるそうだ。
暴力装置(この言語は是非の問題ではなく、万国国家の統治と国防のための
暴力装置は常備軍と警察であることは論を俟たない)である武装集団がこれだ・・・。

ついに今年に入り中国に抜かれたが、戦後高度経済成長で日本は世界第二位の
経済大国になった。
たしかに1960年の所得倍増計画で高度経済成長を経て日本は豊かになった。
昭和20年代、地方の中学生の高校進学率は50%程で、大学進学率は
その50%の中の1割にも満たなかった。経済的な理由から多くの児童生徒が
教育の場に進めなかったのである。
また、中学を卒業して上京して集団就職する15歳の子どもたちは「金の卵」と
してもてはやされ、局所的な工業化による都市化労働力集約の礎とされた。
そうして日本の戦後が出来た。
日本は経済的には豊かになったが、失う物も多かった。
現在の子どもたちにも引き継がれているひとつ確かなことは、それは現代のすべての
日本人の判断軸が「カネ」に置き換わったことだ。
大人たちはグローバリゼーションという新式の米国式ネオファシズムの「勝ち組・負け組」
などという企業利益の論理を倫理に置き換えた。
その泥船に子どもたちを乗せている。
子どもたちも自覚や自立とはどんどん無縁になり、ますます資本の論理におんぶにだっこ
のまま営利追求の企業論理の背景にある差別や排外主義を是とするように自ら加速している。
ほんの私の世代とそれ以前の世代は10代末期においてすでに政治意識に目覚め、
政治経済の矛盾を糺そうと起ち、自分がその嵐の中で血にまみれることを恐れなかった。
世の中を造るのは金権まみれの「じじい」たちではなく自分たちだ、という強烈な意識の
先駆性が存在した。
今の10代は違う。
若者が世の中の推進力の先駆的存在であるという自覚、社会に対して自分たちが警鐘を
乱打する先鋭的な層であるという自覚、という文字通りの自らの覚醒の発芽を排除しきった
ことは、若者たちのまさにその自覚以上に、自覚できないようにしむけて仕組んだ戦後社会
を貫く金権主義に浸かった大人たちの作戦がまんまと軌道に乗ったことを意味する。
すべて背景にあるのは大人社会のカネ本位主義だ。
米国型資本主義という下部構造の貫徹がこれら日本人の感性や政治や教育の
上部構造を規定している。
アメリカなどはカネがない者は人工透析さえ受けられない。
いずれこの日本もそんな社会に向かうのだろう。
すでに年金制度は戦後日本を牛耳ってきた為政者によって食いものにされ崩壊させ
られている。

時代劇がなくなること。
それは、日本人が日本人としての本来的なアイデンティティをドラマ作品で表現し
得たそのひとつのジャンルを消滅させることだ。
そのことは、日本人が日本人ではなくなることを意味するように思える。


 (屋外の公園でチャンバラ遊びをする昭和の子どもたち)

 




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ズンドコベロンチョ

2011年12月11日 | 映画・ドラマ・コミック

永遠の迷作!『ズンドコベロンチョ』(世にも奇妙な物語1991年より)
 


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KR-1というワードで画像検索

2011年12月08日 | バイク・車

職業運転手のように走り走って先程事務所に帰還。
2011年型プリウス、よく走るわ。
路面状況によってドライビングポジション(4種類あり)を細かく
マニュアルで変えて走る。すると、グイグイ走っているのに燃費
も頗る向上する。あれだけキビキビ走って燃費24km/ℓなら
オンの字だすよ。

事務所に帰ってから、まだ事務処理があるので、その前に
一息つけるためにPCをオンにしてKR-1の画像を探した。
するとこんなのがあった。

ぶひ~♪ ごっつう好みやん!(聖ヒデヨシ風)
とか思ったら加藤ローサちゃんだった。
あ、そう。KRって加藤ローサの略だったのね(^^;)
だけど、この佇まいはバイクに乗りそうな感じでイイ!
(基本、オートバイに興味ない、運転もしない、後ろにも乗らないという
女の子には全く=1000%興味なかったの)

違う違う。探していたのはこっちの画像だ。


いいよなぁ。KR-1S。
マニアックな話では無印KR-1の方が良い部分もあるけど、この海外向けの
やつはいい。国内向けも、まずもう手に入らない。手に入っても部品のストックが
川崎重工にはにゃい(><)
その点、スズキというのは凄いよね。ベンツのごとく廃版車両(例えばガンマ)の
パーツ供給があるもの。2ストレプリカ・クォーターを選ぶ判断基準としては
パーツ供給面からガンマを選ぶのも手だ。

でも、カワサキはカワサキだから。
今までカワサキは2台乗ったけど、カワサキは「カワサキだから」でネックが
すべて認容されてしまうような空気がある。

国内向けKR-1R(珍しい機種)

ほんとにRか?(^^;

思えば、数年前に広島市内の某バイク屋に友人と行った時、これと同じカラーの
KR-1Sがミントコンディションで格安で売っていたのを買っておけばよかった。
その時、少し余裕あったし。
今はね、もうほとんど中古市場にも出て来ない。買うのはどうせマニアだし(^^;

海外向けの輸出仕様はカラーもすっきりしている。

いいね~。

しかし、なんといっても、レースで成績が残せなかったカワサキワークスの
この幻の250ccマシンがカッチョいい!NSRよりカッコよく思える。


カワサキレーサーX-09(プロトタイプ)。
もうね、カッコよすぎて痺れる。
だけど、ホンダとヤマハが強すぎてね。特にホンダが異様に強かった。
その後、ヤマハが盛り返すけど、次にはアプリリアが早さで勝った。
各メーカーが本気で鎬を削った戦国時代だった1990年代初期は
いろいろな意味でどこも元気があった。
このX-09はいろいろな機構が搭載されていたけど勝ちには少しだけ
遠かったのよね。その10年前にはカワサキ250は無敵だったのに。

ということで、KR-1は、世界最後の市販車パラレルツイン2ストレプリカと
なったのでした。
Vエンジンの方が速いのは解っているけど、どうしてもパラが好きだなぁ。

カワサキには申し訳ないけど、これにはまったく乗る気起きない。↓

動力性能がトロ過ぎ。中古車市場に異様なほど出回っているのも、
スタイリングとかつてのレーサーレプリカっぽいシルエットに期待して
買ったはいいが、あまりのトロさに皆すぐに乗り換えるからだと思う。
走行距離少ない中古が異様に出回っているのもそのためだろう。 

やはり、バイクはスパルタンな走りができてナンボのもんだと思う。
コーナーでペタンとバンクさせて立ち上がりでギューンと行くバイク
でないとね。
ゆっくり走るツアラータイプは、それはそれでいいのだろうけど、この
Ninja250なんかはもっとステアリングを低くしてステップも後ろに高く
持って行った方がよくない?
でもエンジンが1970年代の出力しか出ていないから所詮駄目かぁ。
80ccの2ストより峠では遅いような気がする。
スタイルは悪くはないと思うのだけどねぇ。

プリウスついでに、当時の2ストレプリカの燃費、俺の場合峠では9km/ℓ
くらいだった。一般道では(峠も一般道だよ!)12kmくらい。
RZRの方は13kmくらいかな。RZ350は意外と燃費良くて14kmくらいは
走った。
ちなみにTZ250レーサーはどれくらい?
7~8kmくらいかな。ピストンリングは90分で交換だった。
クランクは本ちゃん2回(笑。よくないよね。本当は慣らし入れて1回が理想だ)

今の市販公道バイクがしっくりこないのは何でかしらね。
最近ホンダが来年の新レギュレーションに合わせて250cc4スト
レーサーを出したけど、それの公道バージョンを望む人も多いみたい。
でも、レーサーレプリカの時代は終わっているし、世相的にも究極の
バイクブームだった1980年代の再来は世界的に見てまずもう来ない
だろうなぁ。
バリ伝の時代は良い時代だった。浮かれた80年代だけど、企業も
ユーザーもみんなが元気あった。本当に良き時代だったよ。
そういや、上の加藤ローサちゃんの写真は80年代ぽいね(笑)

さぁて、事務仕事すっかな。

以前、イトコの兄貴に日記記事のアップ速度を訊かれたのですが、
ここまでアップするのにPC内画像アップ添付含めて10~15分くらいです。
資料を参照する記事はもう少しかかるけど、基本的に、普通に話すのと
同じ程度の速度で打ち込みと変換を私は行なっています。キーボードでの
打ち込みは1986年から毎日やってるから、手は速い。他の二つの意味でも
手は速い・・・んなことたぁない(嘘


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傷だらけの天使

2011年12月06日 | 映画・ドラマ・コミック


伝説の傷天のオープニング(←クリックでアメーバ動画サイトへ)

多くは語らない。
傷だらけの天使」、ドラマ史に残る名作中の名作だ。
しかし、このドラマの世界観は解る者にしか解らなかった。
最後のラストシーン、風邪で死んだアキラをオサムが夢の島に捨てに行く。
アキラをドラム缶に入れてリヤカーで引っぱって。
その時、北総台地三理塚で権力者の暴力に抵抗を続ける農民たちに放水を浴びせる
機動隊の映像をこのドラマ製作者は何度もオーバーラップフラッシュさせる。
オサムはつぶやく。
「アキラ。出てけってよ。出てけってよ」
とてつもない名作だ。
今はこういうドラマはあり得ない。
世の中殆どがゼニカネでしか物事を考えない流れになったからだ。
そして、長い物には巻かれろとばかりお上に尻尾を振る民衆。
反骨に生きることなどダサいしダルいしキモいとされる世の中。
けれども、本当に何が大切なのかは、放射能が拡散する段階になって
やっと気づいてあわてだす。

さて、傷天。
トリビュートとしては、この御方、かなりいい線いってると俺は思う。
音はオリジナル原音で、最初の両手をポンと置く音に動作をよく
合わせていたり、かなりいけてる。
別ウインドで上のオリジナル動画を開いて横に並べてみると
この御方の演技と編集の苦労とスキモノぶりがよくわかる(^^)
TRIBUTE TO 傷天




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2011「ルパン三世」 新声優

2011年12月03日 | 映画・ドラマ・コミック

2011「ルパン三世」 新声優

ルパン最新作は声優がガラリと変わった。
栗貫に続いて山寺氏がモノマネ界から参入だ。結構イイ。
峰不二子の声が1stシリーズの二階堂さんぽくていいね~♪
なんて思ってたら、沢城みゆきですとぉ?!

不二子より、みゆきち本人がかわいいぞ、と(笑)


最近の声優さんてかわいい人多いよね。
好き嫌いが分かれる平野綾だって、15歳の時はとても
かわいかった。SpringSの頃。

木枯らしに抱かれて(SpringS)

3人の中では、細かい息遣いや表現力で平野綾が歌が
一番上手いと思う。声優になる前の遥か昔の映像だが、
その後の活躍を充分予感させる。
今の平野はケレン味がありすぎて、あまり好きではない。
まあ、声優さんだから演技者なのだろうけど。


今では超有名になったルパン三世だが、原作は1967年、TVアニメの
放映開始は1971年と相当古い。
そして、かなりマニいルパンネタでは、ルパンと不二子と銭形が
同じ大学出身だという設定は知っている人はかなり少ない(と思う)。


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