渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

『ナイフマガジン』の歴史的なミス

2017年07月29日 | 文学・歴史・文化・科学



1986年発刊の人気専門誌だった『ナイフマガジン』(2014年
12月号で廃刊)は歴史的なミスを犯している。
私は同誌読者でファンだったので発行当時にすぐに気づいたが、
これって、どうすんだべ?とか思っていた。

この1994年(平成6年)2月号と翌号の同年4月号なのだが・・・
(当時は隔月刊)



同じ通番が振られてしまっているのだ。


これは明らかに1994年4月号が間違っているのだが、なんと
まあ、どうしたの?という感じのこれはやらかした!でして(^^;
雑誌編集部と漫画家スタジオは睡眠不足・不規則生活・栄養
失調の
短命三拍子が揃った職場であることは有名だが、きっと
ナイフ
マガジン編集部の人たちもこの時期疲れ切っていたの
だろう
なぁ、とか思ったりする(^^;

しかし、このやっちまったぜ!の通番間違いは、翌号の1994年
6月号で通番補正された。
発刊されたナイフマガジンに記載された通番は以下の通りだ。

1994年2月号 通番44号
1994年4月号 通番44号(事実上記載)
1994年6月号 通番46号
1994年8月号 通番47号

つまり、『ナイフマガジン』には通番45号は欠番となっていることに
なる。
これって、ナイフマニアにとっても、ちびっとプチトリビアかも。




F1 vs MotoGP 0-350km/h 加速力比較

2017年07月28日 | バイク・車

F1 vs MotoGP 0-350km/h 加速力比較


要するに、バイクのほうがF1よりも速いということね。
ただ、コーナリングの旋回速度はバイクより四輪のほうが
ずっと速いと思うよ。


『拝啓、父上様』 舞台は東京新宿神楽坂、よい町さ

2017年07月27日 | 映画・ドラマ・コミック

拝啓、父上様 第1話

完璧にショーケンの『前略、おふくろ様』(1975~1977)を下敷きに
している作りのドラマなのだが、倉本聰の世界全開だ。

私はこの町の隣り町に住んでいた。
この新宿区神楽坂は大好きな町だった。
坂だらけだが、もろに江戸であり、試衛館があった場所も歩いてすぐ
だった。
神楽坂の飯田橋向かいには老舗のビリヤードがあったのだが、惜しまれ
ながら数年前に閉店した。
このドラマでは、神楽坂が舞台で、町の様子も多く出てくるのがよかった。
神楽坂は江戸時代の雰囲気を残している。
江戸時代の江戸名所絵図(天保)では私が住んでいた穴八幡から神楽
坂まではひとつの町であるかのように紹介されている。
江戸期の観光案内マップではそういうことになっている。
神楽坂では中華の五十番がある。私は日本一美味い肉まんを作る店
だと思っている。

文京区の高校に通っている時、バイクのレーシングチームでレース活動
をしていた。

16才だったこともあり、当時レース界で著名だった三井さんや三原さん
に可愛がられた。
その時のレーシングライダーの先輩が神楽坂の料亭で働いていた。
その後は転職して練馬に転居するが、3歳上の先輩は板前修業時代は
新宿区神楽坂に住んでいた。
後年私が神楽坂の隣りに長く住むとは思わなかったが、生まれ育った
所でもないのだが、今でもこの界隈は「第二の故郷」のような気がする。
東京生まれの私が、最後に住んだ東京の町が、このドラマに出てくる
神楽坂のお隣りの早稲田だったからだ。
そういえば、神楽坂から穴八幡に向かう早稲田通りには、アメリカの
ラグナセカのコークスクリューの逆バージョンのようなコーナーがあった。
それは牛込天神町の交差点で、ここはバイクでは結構リスキーな
切り返しで面白かった(笑
ただし、神楽坂は午前中は飯田橋方面へ、午後は早稲田方面への
一方通行という全国でも珍しい交通規制だった。
朝は非常に混むので、新宿区西早稲田一丁目の我が家から港区
西新橋二丁目の職場まで車で通うと、たった6キロの距離
なのに、朝
だと45分かかった(笑)。


転職後、今住む土地に転居してから、歳の近い取引先の社長と
「日本一美味い肉まん」を食べに神楽坂に行った。
以前住んでいたのは地下鉄で駅一つ馬場方面の早稲田駅から
徒歩2分の所だったので、住んでいた家も懐かしかったが、その日
は神楽坂限定版訪問だった。
社長と二人で五十番で肉まんを買って、向かいの毘沙門天の横で
社長と二人で座って食べた。岡山育ちの社長は大学は都内だったが、
神楽坂五十番は知らなかったらしく、かなり感動していた。
五十番の肉まんは、原宿瑞穂の大福や東大前の藤むらの羊かんと
同じように私にとっては「なくてはならない東京の物」であるのだ。
ちなみに原宿瑞穂の御主人はある日突然「日本一の大福を作る!」
と宣言して白ヘルメットを脱ぎ捨てて横浜国大を退学して菓子職人の
道に入った(苦笑

都内23区で一番どこが好きか。
それは生まれた区でもあり、社会人になってからも慣れ親しんだ目黒
がまず出てくるが、中高時代に遊びまくった新宿区は私にとっては
かなり濃い。
その新宿区民で都内在住を終えた(今のところ)。
やはり、新宿が私の中ではかなり深い。
それに・・・新宿区って、江戸時代のまんまなんだよね、ほぼ。
町の名前は明治以降いろいろ変わったが、戦前の東京市の頃の四谷区
や牛込区地域は今でも江戸時代の空気をよく残した町の景観となって
いる。
東京江戸散歩では、新宿は外せない。内藤新宿(新宿御苑あたり)
まで行くと江戸ではなく半蔵門を出て初めての宿場町、というような
雰囲気だが、江戸城外堀の飯田橋からすぐ外の神楽坂や馬場下
のあたりは「江戸の外れ」として、古い雰囲気を残している町だ。
個人的にも思い出深い。
毎晩8時に近所の人たちが集まる犬の散歩会&雑談夜会の場所は、
尾張大納言殿の下屋敷跡の大きな公園(戸山公園)だった。
90年代初期~中期の当時はリードなしでOKだったけど、今はもう
だめなのだろうなぁ。
あの界隈は、地元住民たちが非常に人として良質な人たちでした。
ほんとに「良い人」が多い町だった。
東京に住んだ最後の町がそういう良い人たちだらけの土地で、
本当によかったと思っている。ラッキ~♪
俺は結構運がいい。悪運もかなり強い(笑


昔の七輪

2017年07月22日 | 文学・歴史・文化・科学



アンティークの昔の鉄製七輪というのは、小型製鉄炉みたい(^^;
さすがに、60歳近いわたくしでも、この七輪は見たことがない。
よく知ってるのは火焔縄文土器みたいなタイプの七輪ね。



こういう焼き鳥の田楽焼き炉のような七輪は、実は小刀の
鍛造焼きれ炉にも使える。あまりもたなくてそのうちひび
割れしてきちゃうけど。耐火粘土を中に塗り込んで継続
使用が可能だが、結局は簡易炉を作ったほうがコストが
かからないという事に気付く(苦笑


最強はこれで、その名もかまど七輪。
これで上に蓋をしたら、もろに鍛冶屋のオバQ密封炉と同じになる。

こちら ⇒ かまど七輪

鍛冶屋のオバQ炉。


もう鍛造刃物製造のハマり病になっちゃうとね、こういう
鞄で
さえ、鍛冶炉の形に見えてきたりする。(先月末)


心に響く言葉、その「ものの見方」

2017年07月22日 | 文学・歴史・文化・科学



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絵を描くことを生業とされている游雲会のある方が数日前に
私にくれたメールの中で、私の心に響いた言葉があった。

ただの絵描きさんではない。私にとっては、私の中での永遠の
レジェンド=伝説=であることを描き出す
クリエイターなのだ。
そして、私にとっては「DよりもB」であり、「86よりもシマザキ
スペシャル」であり、「TよりもG」こそが私の中で今も燦然と光
輝く栄光の伝説なのだ。


私の日記を読まれて曰く、
「『食材による試し切り』でふと思ったのですが、こういった包丁
さばきは人間の咀嚼の延長(助走?)のように思えて本能が
生み出す芸術とでもいうのか、見た目や食感など人間の感覚
に大きな影響を及ぼしていますね」。

このものの見方には、かなり感じ入るものがあった。


武士が刀の鞘を地面に着けることについて

2017年07月20日 | 文学・歴史・文化・科学



武士が刀の鐺(こじり)を地面あるいは床に着けることについて。

幕末の撮影用ポーズ写真をそのまま武家文化だと思い込んで
それを基に設え事をする愚の骨頂を地で行く連中のことなどは
どうでもいいの
だが、游雲会の会員が私に幕末資料写真として
何点かを図示
し、解説を送信してくれた。歴史研究者でもあり、
TV番組での
鑑定も担当する識者である人だ。

これがその方の手持ち資料。


実は私の資料はこれ。


その方の解説の趣旨は以下だ。

「『蘇る幕末』という本は朝日新聞社の出版で、オランダのライデン
博物館に保管されている幕末の日本を写した膨大な写真の一部
がまとめられております。
もう一つの本は『写された幕末』という本でビゲローという慶応年間
に横浜に在住していた写真師によって写されたものです。その後
アルバムは別の横浜居留の外国人から横浜市に寄付をされました。

オランダのライデン博物館の写真はヨーロッパの人々へ日本という
全く文化の異なる国について知らせるための写真で、ポーズをとった
物が多いです。
こちらは外国人に分かり易く、ことごとく刀が目立つ位置に持ってこら
れ、地面についているものばかりです。
外国人写真家の求めに応じたポーズです。
当時の写真技術ですから息を止めてぶれないようにしたでしょうし、
刀が腰に差されていては左右に揺れてぶれてしまうので下に着けた
がったのかも知れません。

一方、スナップの多いビゲローの写真では刀を地に着けて立てている
写真は一枚もありません。
最後のページに『江戸の残侠』という題名で博打打ちが文中では長脇差
とされる刀を抜き身で地面に突き立てている写真があるのみです。

複数の資料の比較で真実が見えてくると思います。」

実は私も版は違えど同じ資料が手元に昔からあり、この方とまったく
同意見で、ずっと以前から私の中では同様の所見が織り込み済みだった。
だから、珍妙な仮装珍劇団がおかしなことを作り上げて言い出した時も
相手にはしなかったし、つい数日前までこの日記に取り上げもしなかった。
馬鹿馬鹿し過ぎて話にならないからだ。
しかし、世の中にはみんみん蝉のように忖度なき人種(というか頭が回ら
ない回転の鈍すぎる種族)もいて、ネット上で私のことを無知だ何だと
書き連ねていい気になるのも出てくる始末なのである。
ホントにすべてスト
リッパーのように何もかも見せて曝さないと感知識別
どころか類推さえもできないのかね、チミ
たちバカチンは、という思いが
するのである。そのくせ、的外れな決めつけばかりを繰り返す。私は2ch
天心スレなど書いてないし、書くこと不能な期間についても私の書き込み
だとか決めつけてお門違いの人違いで人定して揶揄してるし、完璧に
おまいらアホやろ?と。思い込みの妄想族というのは始末悪い。
しかし、ほんとにとことん頭が宜しくないなぁ。


あまり笑わさないでくれ。


1960年代中期アニメヒーローにみる日本の歴史

2017年07月20日 | 映画・ドラマ・コミック



無料動画(第1話のみ) レインボー戦隊ロビン(1966年4月~) ⇒ こちら

いや~。このテレビアニメは大好きでした。
放送開始時はおいら5歳の時。
漫画連載はその前年からで、石ノ森章太郎、藤子不二雄(F・)が作画、
キャラ設定にはつのだじろうと鈴木伸一も参加したという驚異的メンバー
だ。

当然にして、当時のガキどもと同じく、おいらは看護婦ロボットのリリの
ことは大好きだった(笑)。
当時は「リリ」ではなく「リリー」だと思っていた。ロビンもそう呼んでいたし。


ちょっと色っぽくて気の強い大人の女だった。


ベンケイというロボットは鉄人28号(1958年~)に似ている。
こちらは神戸市に降臨した鉄人。
鉄人は大日本帝国陸軍の秘密兵器である。


そして、ロビンが乗るロケットのペガサスはマグマ大使(1965年5月~手塚治虫)
のロケットが似ていた。
(マグマ大使)




TV実写ドラマ版のこのガムのロケットがとてもカッコ良く思えた。

この1960年代中期というのは、日本が敗戦後20年を迎えようとして
いる時代で、「侵略をしない」「侵略者を許さない」「反戦」という気風が
国民に充満していた。もう侵略戦争は嫌だし自分たちはやらないし、
侵略をするのもされるのも拒否する、という気概がテレビ番組等でも
溢れていた。
そして、特徴的なことがUFOと宇宙人ブームだ。
宇宙人は侵略者であり、地球の平和を守る為に地球人は闘う。
そのような空気が日本には満ちていたのが1960年代の特徴だった。
実際には米軍のベトナム戦争介入が熾烈化した頃であり、ベトナム
人を殺す航空機は日本の基地から飛び立っていた。
TVアニメでは。『スーパージェッター』(1965年1月~)、『宇宙エース』
(1965年5月~)、『遊星少年パピィ』(1965年6月~)、『遊星仮面』
(1966年6月~)等々、宇宙物が目白押しで、ストーリーも地球を侵略
する侵略者をやっつけるという内容だった。
地球人は祖国防衛のためには闘うが、異星人の場所は侵略しない、
というのが共通したスタンスだった。これは、アメリカの感覚とは大きく
異なる、戦後日本の土台となる国民意識の総体たるものだっただろう。

スーパージェッター(1965~)


宇宙エース(1965~)


遊星少年パピィ(1965~)


遊星仮面(1966~)


あることに気付かないだろうか。
どのキャラクタも設定も似ているが服装が似ているのである。
それの原形は石森(石ノ森)章太郎のサイボーグ009(原作1964年~)
だと1960年代生まれは思い込みがちだ。




特にレインボー戦隊ロビンなどは同じ石ノ森章太郎なのでよく
似ている。
(レインボー戦隊ロビン)


(サイボーグ009)


だが、これらの侵略に抗する戦士たちの衣裳の原形は『8(エイト)マン』
(1963年~)にあるように思える。
『エイトマン』(1963年11月~)

(1963年の雑誌広告)

このエイトマンは私は3歳の時だったが、TVで見まくった。
その後、東京大阪間に「夢の超特急」と呼ばれた新幹線が開通し、
弾よりも速く走るエイトマンは新幹線を走って追い抜いたりしていた。

このアニメのヒーローキャラの全身タイツ的なユニフォームという
ものの原形はエイトマンではなかろうか。

余談だが、私は戦うヒーローの作品では『サイボーグ009』が
珠玉の名作だと思っている。戦う者の悲哀を初めて描き切ったのが
『サイボーグ009』で、その石ノ森のテーマは不朽の名作『仮面ライ
ダー』に結実し、発展系として『人造人間キカイダー』となって行く。

009のユニフォームについては、私はTVアニメ第一期シリーズ
(1966年~。漫画原作は1964年~)の主題歌の印象が強いため、
どうしても「赤いマフラー」でないとおかしいと感じてしまう。後年の
リメイクカラーアニメで、全員が同じ赤い戦闘服に黄色いマフラーと
いうのは、なんだか別物のように感じるのだ。
やはり009はロビンと同じく白い戦闘服に赤いマフラーでないと、と
いうある種のイメージが確立されている。
しかも、ちょっとマニアックだが、色については最初カラーアニメ映画
が劇場公開されて、その後TVアニメ(モノクロ)が開始されたため、
ユニフォームの色については、モノクロ放送であろうとも、当時の
子どもたちはきちんと色の識別の刷り込みが完了していた。
009島村ジョーは白い服、003フランソワは濃い桃色、他のメンバー
は薄紫色の戦闘服であり、マフラーの着用は、先行の劇場映画版
では赤いマフラーは009のジョーだけなのだ。フランソワは水色で、
他のメンバーはマフラーなしである。





それが先行映画版以降のTVアニメ第一シリーズ版でも反映されている。




サイボーグ9人の戦士は全員がマフラーをなびかせていそうだが、実は
マフラーを着用していたのはフランス人003フランソワ(水色)と日本人
009島村ジョー(赤)だけだったのである。
それが、後年のリメイク作品では、全員が赤い戦闘服に黄色いマフラー
で統一された。私としては個性が捨象されたこのリメイク版のほうが違和感
がある。なぜならば、『サイボーグ009』は、9人各国の民族的軋轢や喜怒
哀楽や確執やわだかまりを悩みながらも超えて行って団結して一つに
力を合わせる、ということが石ノ森章太郎のガン!と中心に据えたテーマ
だったからだ。世界平和を9名の戦士に代弁させていたのだ。
だが、個性を捨てて同じユニフォームにさせるサイボーグ009の9人と
いうのは、私にはただの正規軍の軍隊のように見えてしかたないのだ。
何かが決定的に違うと思う。

(リメイク版)
なんだこれ。1965年に階級制度が廃止された中国人民解放軍か?これは。





そして、何だか公立小学校の「お手手つないで全員で同順位徒競走」を
運動会でやり始めた時代(中国人民解放軍が階級制度を廃止した期間
と重なる)にこのリメイク009が登場(1979~1980)しているのは、時代
流れとは無縁ではないことだろう。
民主主義の金科玉条の綺麗事を掲げた虚飾の「平等」は、実は数の暴力
を根底に置くファシズム
の兆しであると、多くの人は気づかずに今も騙され
続けている。


各国のサイボーグを率いる平和の戦士009島村ジョーは日本人である。
彼さえも、虚飾の平和主義にやがては色を変えられてしまったという歴史
の事実がある。
リメイク作品のサイボーグ戦士のコスチュームに関して、個性を捨てて
金太郎飴化といえる画一化することについて、原作者の石ノ森章太郎氏

が認可を出したのが不思議でならない。
彼らはロボットではなく半人間であり、良心回路を始めから備えているのだ。
その彼らを画一化された機械部品のようなまったく同じ装いにするという
ことは、何かやってはならない大きな誤謬を犯したように私には思える。
コスチュームにおいて、もはや00ナンバーの9人の戦士たちは、軍事
パレードで機械のように同一行動で行進する軍隊の兵士と何ら変わりは
なくなってしまったのだ。
「平和」の名の下に、時代の流れの中でそのように変質させられてしまった
サイボーグ戦士たち。主題歌にもあるように、果たして、彼らは「誰(た)が
ために戦う
」のか。
それの答えは、最新版アニメを観れば一目瞭然だ。あれは人類の平和の
為に戦う戦士サイボーグ00ナンバーではない。明らかに違うのである。


(原作の『サイボーグ009』by 石ノ森章太郎。加速装置で加速するジョー)

解答を示そう。
1964年の石ノ森章太郎の原作漫画も、1960年代劇場アニメ映画も
TVアニメ第1シリーズも「反戦」が完全にテーマだった。
だが、被服が統一された1979年のリメイク版は主題歌の歌詞にもある
ように「戦い忘れた人のため」に戦うというようなことになってしまう。
さらに平成リメイク版では「テロリスト」が敵となり、サイボーグ00ナンバー
のメンバーは、完全にアメリカ合衆帝国のポチ化してしまったのである。
「テロリスト」を倒すという「大義名分」のために国家的なテロルを「正義」
として行なう。
果たして、そこに本当の正義は存在するのか。
その答えは、現実の世界情勢の覇権主義をつぶさに見ていれば解答が
得られることだろう。


刀の鞘のこじりを地面に着けるということ

2017年07月19日 | 文学・歴史・文化・科学


この座っている写真の武士、おいらの親父にソックリ(笑)。
ソックリというか生き写し。どちらも死んでるけど(^^;
これは毛利御家中の一葉なりしや。

これはスタジオ撮影の撮影用だからちょと別物だけど、いくら
鐺(こじり)が着いた刀の外装であっても、床はともかく地面には
着けないほうがいいと私は思うよ。
私個人としては、刀装具を精査するに、イクサ用の太刀あるいは
半太刀拵の尻金具はそこで槍の石突のようにドン!と敵に対して
やることも想定
した形式の金具だと思う。
だからといって、不必要に地面につっかえ棒のようにするために
あの金具があったわけではないだろう。
武具なのだから、「保持」はあくまで「保持」としてあって、それに
手を乗っけてつっかえ棒にする「作法」なるものがあったとする
捏造ぶりを言うような者が仮に世の中にいるとしたら、呆れて物が
言えない。

というか、今まで沈黙していたのは、あまりに馬鹿馬鹿しいからだ。
「腕組みする作法や教え」とか「洋式椅子に腰かけた時の脚の
組み方」とか「テーブルで立て肘の仕方」とか、はたまた「突っ込み
箸のやり方」とか「ねぶり箸の技法と伝統」とか、そういった物まで
今後飛び出しそうだ。我が流には残っていますとか風呂屋で思い
出したりして。

馬鹿馬鹿しくて話にならないのだが、真顔で嘘を100回言えば
それが真実であるかのように伝播する人の世というのは実に
危険なもので、やはり馬鹿馬鹿しいと一笑に伏すだけでは真面目な
話、駄目
なのだろう。

普段から何から何まで論説に全面同意ということではないが(自分とは
別人なのだから当たり前)、この鞘尻の床着け問題については、
修心流の町井先生のおっしゃりたい
趣旨に私は全面賛同する。
⇒ こちら

ふつーに考えて刀傷むから、尻を床に着けたりそこに手を乗っける
のはやめたほうがいいんじゃない?
「立て肘」じゃねーんだから。
ましてドヤ顔、イタ過ぎる。

鍔ガチャガチャ緩みっぱなし、刃こぼれしまくりの模擬刀、道場に
入る時に礼もなしでガムくちゃくちゃ食いながら入ってくるのが宗家
で、そういう埒外な連中がやってることは、歴史性や日本の伝統など
とは無縁なただのコスプレパフォーマンスなのだから、万が一にも
そういうトンチキはこの日本には存在しないだろうから、事細かに
目くじら立てることも無いとは思うが、それでもよくないことはよくない。
だから言う。
道場に入る前には一礼、先生にも互いにも礼、終りの礼、刀へ礼、
こういうのは当たり前のことであり、武術という伝統武芸を行なう者
が励行するのは日本人としてごく適切で常識的な事である。
なので、武具保護の観点からも、刀の尻は床や屋外地面には特殊
なケースを除いて極力接地させないほうが良いと考える。
刀を跨いだり、ガムくちゃくちゃ食いながら入室とか、鍔ガタガタとかは
武人として以前に論外。そんなのが世の中にいるとしたら話にならん。
伝統武芸の世界以外の事だろう。ゆえに不知だし、私がいる世界
とは関係がない。


「演武の時に誰々さんは床に鐺をガンガン当てているじゃないか」とか
その手の類の言を弄して反論したがっているのがいるようだが、これ
また話にならない。というか、幼稚園児か?
識別、弁別能力のあまりの拙劣さに、脳の健全な機能を疑う。
もうね、こんなんばっかで、程度低すぎて仮装珍劇団周辺はオハナシ
にならんのす。


すごいぞ!amazon!

2017年07月17日 | 文学・歴史・文化・科学



amazon先生でこれを買った。
書籍代1円。送料実費257円(笑)。
なんというか・・・。


今夜も西部劇 ~背景が絵であること 『続・夕陽のガンマン』~

2017年07月17日 | 映画・ドラマ・コミック



ブロンディ(クリント・イーストウッド)に見捨てられて砂漠を100キロも
歩かされた仕打ちを受けたアウトローのトゥーコ(イーライ・ウォーラック)
は、復讐のために
銃砲店を襲って銃を入手し、仲間を雇い、ホテルに
いるブロンディを
襲撃する。
その時、南軍の大軍の行進が止まり、ホテルの二階に忍び寄る敵3名
の拍車の足音に気づいたブロンディは、コルト・ネービー・コンバージョン
の分解組み立て中だったが、急いで弾を5発だけ銃に装填し、入口から
侵入してきた敵3名をファニング連射で一気に倒し、さらに1名には
とどめの1発をお見舞いする

刹那、窓際から入ってきたトゥーコが拍車を鳴らして銃をブロンディに
突きつけて言う。
「足音にも二つある。入口から来るやつと窓から来るやつ」と。

その時の窓の外の背景、思いっきり下手くそな絵ですがな(笑
しかも歪んでるし(^^;
窓外のテラスの床レベルと窓のレベルもあってない「変な絵」になって
いるし。

スタジオで撮影したシーンであること確定だが、もう少しましな演出は
できなかったのか。つか、絵が下手過ぎ。


こういう手法は映画『ワイルド・ギース』(1978)でもあった。
兵舎の中での傭兵作戦会議の時、室内を移動する登場人物に
合せてキャメラをパンさせたら窓の外の風景が同時に動くのだが、
それが明らかに写真。
動きも手動でやっているのがありありと判るような、カメラの移動と
合っておらずとても不自然なのよね。
撮影上の下手(げて)、拙劣な演出というやつです。
非常に作品の造りが安っぽくなる。
007シリーズなどでも、1960年代などの車のシーンでは、移動中
の車内から外の景色は撮影された景色を合成しているが、非常に
稚拙でチャチだったりする。
いくらCGが無い時代で合成が難しかったとはいえ、日本の円谷
プロの合成技術の高さを今さらながら思い知る。円谷プロの特撮
合成技術は世界トップクラスだったのではなかろうか。


今夜も西部劇 ~『アウトロー』と西部劇鑑賞法~

2017年07月17日 | 映画・ドラマ・コミック



私と友人の西部劇鑑賞法は同じである。
昨夜、友人からメールが来た。
本来昨夜は『リオ・ブラボー』を観る予定だったのだが、急きょ
クリント・イーストウッドの『アウトロー』に変更したそうだ。
そこで画像送信と共にこう言ってきた。
「二丁拳銃だから今夜は二丁」

・・・・アホや(≧∇≦)


ブルーレイやDVDでどんどん映画作品が出てくるのはよいことだが、
映像が綺麗になりすぎて折角の視覚効果が消える場合もある。
典型的なのは角川映画の『汚れた英雄』で、ビデオでは再現されて
いた世界初の「ブルー感光フィルム」による夜と夜明けの青みがかった
独特の映像美がDVDではただの夜景になってしまって消えていた。
キタノブルーはその角川春樹の手法を真似たものだが、真実を知らない
世界中の人からは「キタノブルー」などと呼ばれるに至っている。角川
春樹の『汚れた英雄』(1983)の劇場フィルムこそが世界初の角川
ブルーであり、劇場で観るとたとえようがない美しさだった。私は劇場
で『汚れた英雄』を6回観た。


この『アウトロー』(1975)でイーストウッドが使用したコルト・ウォーカー
はナショナル・ファイアアームズ博物館(米国バージニア州フェアファッ
クス)に展示されている。





The Outlaw Josey Wales (1975)
Clint Eastwood as Josey Wales
Italian Colt Walker - .44 caliber

This gun, and the similar Walker used in True Grit,
were both used in The Outlaw Josey Wales by Clint
Eastwood. Both revolvers are Italian reproductions
and have been converted to fire five-in-one blanks
for film use. At some point in its rental history a
loading lever catch similar to those used on Dragoon
revolvers was added to the gun. The poster for this
film featured an enraged Josey Wales holding both
revolvers.

Collection of The National Firearms Museum



クリント・イーストウッドは『勇気ある追跡』(1969)で使用された
コルト・ウォーカーの個体そのものを使用していたのだった。
これはなんだかプチ・トリビアだ。

クリント・イーストウッドは1975年作『アウトロー』において、この
ジョン・ウェインが握る個体そのものを使用していた。








この2010年のリメイク版でもコルト・ウォーカーは登場するが、博物館
展示物の個体ではない。こちらのリメイク版の出来は散々で、見るも
無残なものだった。役者の力量というよりも、監督の力量の差だろう。


違いが判る人は即判別できただろう。
NFA博物館に展示されている『勇気ある追跡』でお嬢ちゃんが
使う銃はパーカッションではなくカートリッヂコンバージョンである。
つまり、『アウトロー』の宣伝用ポスターにあるクリントが構える
二丁拳銃の個体ではなく、次に示す
金属薬莢コンバージョンモデル
である、ということ。
そういうところは、映画作品ではお見逃しなく。
宣伝用ポスターやスチールというものは、作品本編とは別物の
ヤラセ撮影用の銃などを使用することも多いのだ。『アルパーサの
決闘』のDVDなどはひどいもので、スペインのデニックスというレプ
リカガン・メーカーの実銃とは似ても似つかないシリンダーを持つ
SAAもどきがDVDパッケージに合成写真で使用されている。

作品は凡作であるが、銃撃戦のシーンは異様にリアルだ。
娼婦でもないのに病的オサセの女性がヒロインという西部劇も
珍しい。結局、この女のせいで男の友情(三角関係ではない)に
亀裂が入って行く。自分の保身のためには敵だろうが誰にでも
媚を売ってシナを作りホイホイ股を開くこの女は、観ていて「死ね
ばいいのに」と思うのだが、この映画はそうではない男同士の
心のやりとりが見所なのだろう。極めて「大人」の男の映画だ。
俺なんかだと、こういうのはグーで女の顔面連打しそうだ。
そして、こういう女は現実世界でもいる。男の体無しでは日常が
過ごせないという女なのだが、誰彼かまわずなので、まあ、なん
というか完全に精神病の類だろう。
漫画家守村大は『あいしてる』の中でそういう女性をマリアとして
描いたが、実際のところ、アブダラのマリアは売春婦であった
可能性もある。だが、売春婦はオサセとは違う。あれは人類で
一番古い職業だ(二番目に古い職業が傭兵)。オサセは麻薬
中毒患者のようなものだ。タチの悪い癖以上のものであり、あれ
は病気なのである。

(『あいしてる』守村大)
カワサキSSマッハの理想形のチューンナップの形。



NFA博物館展示の銃はこれではなく・・・(これはパーカッションのまま)


こちら。


今夜も西部劇 ~街の今昔 「エルパソ」~

2017年07月16日 | 映画・ドラマ・コミック


『夕陽のガンマン』(1965年)より。

西部劇でおなじみの西部の町にテキサスのエルパソという町がある。
メキシコとの戦争で米国が勝利して分捕ったのがテキサスだが、

この時、国境の町となったのがエルパソで、町が二分されて町中
の一部はメキシコ領とされた。
そのため、エルパソからメキシコに行くには、現在でも出国手続き
も入国手続きも無く、30ドルを払って自動改札口を通れば外国で
ある隣国に行ける方式になっている。パスポートの提示も要らない。
歩いて出られる国境改札口もある。

エルパソの国境(車道)。




現在のエルパソ。人が集まり人口は増えたが、西部劇に出てくる
町が近代化されただけというような埃っぽさを感じさせる。

なんとなく、西部開拓時代のままという雰囲気。ビルが建っただけ、
というような。

こちらは、映画『夕陽のガンマン』に出てくるエルパソ。
イーストウッド扮する「マンコウ」がエルパソにやってくるシーンだ。


スペインロケの『夕陽のガンマン』で遠方に見える山は、このエル
パソの山のつもりなのだろう。これは現在の写真。エルパソは乾い
た土地で赤道にも近いので気温も熱いのだろうが、なんだか景色
が寒々しい。気候は砂漠気候、山は2200メートル級の山である。



夜景は綺麗なようで、なかなかのビューを見せている。


エルパソの大門寺焼き。UFOも時々エルパソの上空には訪れるらしい(笑
日本の大門寺焼きよりも、こちらのほうが規模は大きそうだ。


現在の町中。


『夕陽のガンマン』で出てきた推定1870年代末期のエルパソ。


エルパソは1850年に郡として創設した若い町で、1881年に鉄道が
開通してから町が発展した。
しかし、サンフランシスコやロスアンゼルスのような超大都会となる
ことはなく、今世紀初頭の人口は56万人だ。埼玉県さいたま市の
人口129万人
よりもかなり少ない(笑)。エルパソは、今も辺鄙な田舎
の町、といった
ところだろうか。

映画『夕陽のガンマン』ではエルパソに鉄道は通ってないため、賞金
稼ぎの殺し屋であるモーティマー大佐(リー・バン・クリーフ)は、途中
で列車を強引に停めて下車し、馬でエルパソに向かっている。
ということは、『夕陽のガンマン』は、舞台設定がエルパソに鉄道が
通っていない1881年以前である
ということだ。
出てくる銃はコルトSAAだが、1stジェネレーションの無煙火薬モデル
(1896年~)であるという撮影演出ミス(ハリウッドもほとんどそうだが)
を見逃すとして、SAAの5.5インチが登場
して民間販売もされたのが
1876年以降であることを勘案すると、映画『夕陽のガンマン』での
舞台設定の年
は1876~1880年の間ということになってくる。
さらにモーティマー大佐は18インチならびに9インチ(推定。多くのネット
情報では10インチと出てくるが、4.75インチバレルとほぼ面一のエジェ
クターチューブの長さの2倍以下であり、10インチには達していないこと
から、私は9インチバレルであると読んでいる)銃身を
持つバントライン
スペシャルSAAを所有している。
バントラインスペシャルのコルトシングルアクションは、西部劇小説家

のネッド・バントラインがコルト社に特注して西部開拓に貢献した者5名
に贈られたとされているが、コルト社の記録にはそのような長銃身の
モデルを作ったという記録は一切ない。バントラインスペシャルの存在
は、
小説家と取り巻きの捏造自己宣伝である可能性が高い。
12インチ銃身は使用上はさらに短く切って使用されたというまことしや
かな話まで設えられて伝承されており、バントラインスペシャル自体が
創作であるとしたら、尾ひれはひれが付いた人々の猟奇的興味を煽る
盛り沢山のオハナシとなって
いる。
さらにバントラインスペシャルはワイアット・アープ(16インチ銃身)を
はじめバット・
マスターソンなど著名人5名に贈られたとの話がしっかり
できあがっている。

しかし、実際にはこれを贈ったとされている1877年のコルト社の記録
には製造記録がないのであるから、コルト社では作っていない。銃身
だけを製造するのは、一般鍛冶屋では無理であり、近代機械を有した
銃器メーカーでないと製造できないので、やはりバントラインスペシャル
の存在自体が眉唾ものであると見るのが自然だろう。
そのように歴史事実であるかのように捏造創作することは万国で悪意
ある者によってよく行なわれてきた。現在もよく見られる詐欺行為だ。
だからといって、「記録に無いからと存在しなかったとはいえない」など
と埒外のことを言い出して存在を強引に認めようとする族も出てくるから
始末が悪い。

そうした事実を踏まえたうえで、娯楽活劇として楽しむの中で、多少
考証をするとするのであれば、映画『夕陽のガンマン』の時代背景は、
1876年からエルパソに鉄道が無かった1880年までの物語、という
ことに
なってくる。
なお、SAAは1872年に米軍軍用銃のトライアルに合格し、1873年
から
発売が開始されたが、1873~1875年まではすべて軍が一括
して納品を
受けていたため、民間に販売開始されたのは1876年から
である。いかにハリウッド作品を含む映画やTVドラマの西部劇が
時代考証を無視しているかということだ。特にマカロニウエスタン
では時代考証の無視が甚だしい。


イーストウッドの劇中の台詞「こんな銃は見たことないよ」。


そりゃそうだ。バントラインスペシャルは実在していないのだから(笑)。
ま、映画だからね。映画は映画として楽しまないとね。
ただ、日本でも時代劇を実在の歴史だと思い込んでいるキテレツ
たち
が大真面目にトンチキのチグハグな頓珍漢をやらかしているという、
恥ずかしい日本人たちもいたりする。しかも、詐欺行為で集客集金。
困ったもんだ。バウンティハンターの賞金稼ぎが登場してほしいくらい
だ(笑

映画『夕陽のガンマン』は、遊び心あるマカロニウエスタンなので、
娯楽活劇として見るのが正しいだろう。
突っ込むとしたら、ウィンチェスターM1892が出てくるのであるならば、
1892年以降の物語だから、エルパソには鉄道が通っていなければ
おかしいことになる(苦笑)。つまり、リアル世界の歴史を当てはめる
と、『夕陽のガンマン』の物語の舞台は成立しないことになる。
それは八代将軍の暴れん坊将軍の時代に江戸城天守があるような
ものだからだ。日本のドラマでもあるけど(笑)。つまりドラマや映画は
実在の歴史事実とは合致していない。われら裏柳生(のようなもの)
などと真顔で言い出したりとかね。もうアホかと(苦笑)。

(ウィンチェスターM1892を構えるモーティマー大佐。西部劇には
よく使われるM1892だが、1880年を舞台にしていても登場する
ことが多い。時代考証を無視しているのである)


今夜も西部劇 ~ダスターコートの登場~

2017年07月16日 | 映画・ドラマ・コミック

以前、イラコバさんことイラストレーターの小林さんの画集で、
ダスターコートの初登場が『ヤングガン』であるというように
イラコバさんが書いているのは認識不足だという話をした。
→ こちら 

その中で私は『11人のカウボーイ』(1971)の例を出したが、
さらに古い作品の『続 夕陽のガンマン』(1966)ではオープ
ニングのシーンで出てくる賞金稼ぎ3人が全員ダスターコート
着ている。

『続 夕陽のガンマン』(1966)




一人はハーフコート、二人がロングコートだ。





西部を馬で行くには埃よけ、雨よけのこのコートは欠かせないのである。


私のダスターコート(ハーフ)。
10数年前に購入したが、ほとんど着ていない。
これね、撥水スプレーとかガンガンに利かせたら、レイン
コートとしてもいけると思うよお。 


日本刀の刀身における光学迷彩効果

2017年07月15日 | 文学・歴史・文化・科学

日本刀が美しい理由

プレデターかっ!(≧▽≦)



刀は確かに風景に溶ける。これは常識的な現象として刀を扱う者は
知悉している。
ただし、そうした効能も物理的にはたまたま生じている、というだけで、
それを主目的として日本刀が造形されているのではない。
そこのところをどうきちんと読むかが大切かと。
テレビ番組には企画の台本があり、それにすべてドボンと乗っかると
視聴者は墓穴掘りますよ、と。
出演者の東大教授も町井先生も、果たして自分の真意がきちんと
番組内で表現されて放送されたかどうかというのは、ご本人たちに
実情を伺わないと分かりえない部分というものが必ずある。
なので、テレビの番組はあくまで企画物として視聴して楽しむために
あるのだと思ったほうが無難だろう。

真面目な話をすると、刀身は光学迷彩のように「景色と一体化
して
見えなくなる事もある」というだけで、それを主目的として背景を
反射
させるために研がれてきた訳ではない。

実際のところは、現代のような拭い(ぬぐい)をしっかり差し込んで
光らせた
研ぎは桃山期に完成をみており、それまでの実用刀剣
時代は
いわゆる中砥石までの白研ぎが主だった。(ポリッシュである
研磨をしない切れ味追求の研ぎのみ)

さらに、美術品として高度な研磨技術を駆使した現代様式の金肌
拭いでテカテカに黒光りする研ぎは、明治以降の本阿弥の
発明だ。
戦国期や江戸初期の刀身は皆白かった。白刃という言葉
がある
ように。

徳川実記には拭いは光って敵に悟られるので宜しくないとの旨が
記されて
あり、現代に通じる「見るための光る研ぎ」が必ずしも歓迎
された
訳ではないことを物語る。

それでも、鎌倉期から刀剣の太刀は観賞することも行なわれて
きたのは歴史の事実であり、鑑賞するということは、ただのこすり
線しか出ていない研ぎでは成し得ないので、それなりに地肌と刃
の素顔が見える研ぎの技術が「切る事」とは別に発達したのだろう。
これはやはり、北山文化のあたりで世界で唯一京都に仕上げ砥石
の莫大な量が埋蔵されていることが発見されたことが大きいように
思える。
京都の仕上げ砥石なくば、現代に繋がる日本刀の研磨の技術は
成立しなかった。
日本刀のみがなぜ世界で稀有な刀剣、美術品としても後世まで
残っていられる存在であるかというと、日本固有の砥石の存在と
それを駆使した研磨技術の発達という厳然たる真実の歴史が
あったからである。
韓国や中国にはそうした歴史が不存在であるので、韓国などが
いくら刀が自国の起源だと嘘を並べても、事実として一切韓国には
和刀のような反りのある刀剣は民族刀として残存していない。と
いうよりも、そもそも朝鮮刀は直刀であり、現代において、韓国人
が袴をはいて日本刀(に酷似した刀剣)をクルクル回しているのは、
完璧に日本文化からの盗用である。
しかし、まあ、日本でも、日本人なのかどうかは不明だが、よそ様
の技や歴史を盗んできて自分の流派に元からあったと大嘘をつく
捏造マンがネット時代の今跋扈しているくらいだから、韓国人の
ことをどうのとはいえない。(自称古流武術の仮装珍劇団はやり口が
韓国人の捏造
剣道や捏造剣技を行なう連中と全く同一なのだが、
彼らは本当
に日本人なのだろうか?)

プレデターに話を戻すと、映画『プレデター』でのヘリでジャングルに
向かうシーンは、実に多くの映画でそのヘリシーンが使い回しされ
ている。それらは盗用ではなくきちんと正式にロイヤリティを支払って
映像を使っていることだろう。

ただ、この映画『プレデター』はあくまで「オハナシ」であるのは当然
だが、撮影上もいろいろな齟齬もある。サソリを踏みつぶして足を
上げたら、サソリが前後ろ逆になっていたりとか(笑)。
それに、「大佐」が戦闘部隊の指揮官で現場に赴いて自ら戦闘を
率先して行うなんてことは、現実世界ではまずない。

「大佐」シュワちゃん。現実世界ではジャングルで無帽は命取りだが、
これは撮影用であり、主役の顔をよく見せる為にこうしている。


(使っているのは完全に撮影用のプロップガン。実在の銃に似せて
いる。銃に少しだけ詳しい者ならば、どこがどうで何がどう違うか
瞬時に判る)

しかも、シュワちゃんは、最終的には肉弾戦で強敵の宇宙人の
プレデターに勝利している。いかにもアメリカ式の強引な力技。
さらに、核爆発(らしき爆発)から走って逃げて助かっている。
日本とヒロシマとナガサキを馬鹿にしているのか?アメリカは?
とか思える作りになっている。(他にもシュワちゃん映画で似た
ようなラストがあったが)

何がどうであるのかを「見抜く」ことは大切だ。


英文表記と和製英語表記

2017年07月14日 | 文学・歴史・文化・科学

ロナルド・レーガン大統領は当初日本のマスコミでも「リーガン」という
表記も併用されて統一されていなかった。いつの間にかレーガンと
記すことが一般化していた。
MacDonald's は英語発音だと「マックダナーズ」になるが、それでは
日本人には発音しづらいということで「マクドナルド」と決定された。
米国で「マクドナルド」と言っても一切通じない。マックは通じるが、
大阪の「マクド」だとなおさら通じない。マクドというのはまるでオイド
みたいだ。


こうした通じない和製英語は沢山ある。
ナイフでいえば、ボウイナイフというものは英語ではブーイナイフと
発音するからボウイと言っても通じない。ではデビット・ボウイはどう
なるという気もするが、ブーイはブーイなのでブーイと言わなければ
通用しない。
アルコールはアルクホールだし、シンナーはスィンナーだ。
こういうことは
外国語はその国の原音を発することが大原則なので、
日本人が
日本的な手前勝手な発音で英語を英語圏の人に言うと
いうのは、
実に尊大で無礼で横柄を極める態度であるのだ。
(こういう意識はたぶん武術馬鹿の連中たちは自覚できないことだろう。
自分に刃が向かないのが武術馬鹿の典型で、無礼千万の極みを
行ってる。ネットで匿名の陰に隠れて揶揄中傷を書き連ねることに
生き甲斐を感じているみんみん蝉などはある意味天スカよりも下の
下であり、
スカよりスカとはこれ如何に。スカとはアスカのスカであり
古代朝鮮語
で村を意味するので、村意識のお仲間はお仲間同士で
仮装珍劇団にとてもよく似ているということか)




このナイフには「G・SAKAI」と刻印されている。
アルファベットの英文表記であるならば、G.SAKAIと刻印する
のが本来の英語の表記であろう。
「.」ではなく「・」を用いるのは日本語独特の表記法で、片仮名で
外来語や英文表記をする場合に用いられる。
これは日本語の場合ならばたとえ外来語や英語文でも「日本語で」
表記しているのであるから「.」でなく「・」であっても問題はないだろう。
たとえば、「ロナルド・ウィルソン・レーガン」のように。
だが、英文表記の場合は、"Ronald Wilson Reagan" であり、
「・」などは付かない。固有名詞や人名にドットやカンマ
を付ける
場合は、Reagan,R.W. のように記載する。

英文アルファベットでの表記の場合は、英文の文法に沿った表記
方法をすることが、その言語を使用する国と国民への礼儀では

なかろうかと私は思うのである。

このサカイ製のナイフの打刻が「.」ではなく「・」となっている意味に
ついては、よく分からない。
ただ、文化人類学的には、いただけない宜しくない日本人の一側面
の現出であることだけは確かなように思える。

このサカイ製キャンプスタッグは、シースはどうかというと・・・




/(スラッシュ)になっており、かなりテケトン(´0`)