渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『武士の献立』

2014年02月26日 | 映画・ドラマ・コミック

『武士の献立』予告篇


こいつを劇場で見逃したのは失敗だったかもしれない。

あれ?
これは『武士の献立』の一場面。


こちらは『武士の家計簿』の一場面。


同じ場所でんがな(笑

『武士の献立』の予告編観た瞬間に判ったけど、検証してみたら、
まったく同じ場所で撮影していることが判明した。


こういうのは、高度兵士養成訓練での「キムのゲーム」という
教程に似ている。
武道でいうならば「見取り稽古」というやつだ。
見て瞬時に「整合・不整合」のみならず「状況」を記憶・把握
しないとならない。
そうした能力は積極的に開発して行かないと、武人としての
戦闘力は向上しない。勿論現代剣士にも必須の学習過程だ。
猿の惑星のゴリラみたいなのが強いのとちゃうのよ(^^;

『武士の家計簿』はトホホな出来だったが、『武士の献立』はどう
なのだろう。
最近の時代劇で唯一良いところは、ロケなどやオープンセットが
しっかりしているところだ。
時代劇映画を見て「風景を楽しめる」というのは、時代劇の王道の
ような気もする。


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映画『湾岸道路』

2014年02月25日 | 映画・ドラマ・コミック



『湾岸道路』(1984) 片岡義男


「元気でいろよ」
草刈正雄がカッコイイ~!
樋口可南子もカワイイ~!
でも映画はツマンナ~イ!(笑





(クリックで拡大)


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映画『もっとしなやかに もっとしたたかに』

2014年02月25日 | 映画・ドラマ・コミック



『もっとしなやかに もっとしたたかに』(1979年にっかつ)

AmazonからDVD発売の宣伝メールが来た。
いや~、森下愛子さんがとてつもなく大好きなのだけど、
奥田瑛二がとんでもなく大嫌いなので
買わないと思う(苦笑
奥田は明学での闘基同と彼との反目の絡みがどうのとかではなく、
とにかく嫌いなのだ。
(闘基同とは闘う基督者同盟=旧ブント・マル戦系前衛派のシンパ。
闘争の時には部隊で赤ワインを注いだワイングラスを掲げて
飲みほし、そのワイングラスを地面に叩きつけて割ってから
機動隊に突撃した。ヘルメットは銀、前面に黒マジックで「闘基同」
と縦長目に大書き。ゴリゴリのセクトではない闘基同にさえ参加
できない
キリスト教大学の日和見学生が、静かな団結の意思一致
の気炎を
上げる闘基同部隊の横を素知らぬそぶりで通り過ぎよう
としていた
ことは、小柳ルミ子の替え歌で「闘基同 くぐり抜け
見上げる
夕焼けの空に 誰が歌うのか籠り歌 私の浄化待ち」と
戯れ歌で
学内では歌われた)

しかし、本作は79年に劇場で観て以来観てない。
まあ、激動の60年代末期を過ぎて70年代に入った自己閉塞の
時代の最末期の1979年に公開されたしょ~もないオハナシ
なんだけどね(笑
79年は俺個人の人生の生と死をかけた転換点でもあったのだけど、
現実的には時代性としてはこの作品が1979年に公開されたのは
5年ほど遅かったと思う。78年以降は、時代は地下水脈のように流れ
続けたかつてのような「動き出した得体の知れない何か」が爆発寸前で、
再び激動の季節の胎動が開始されていたからだ。
この映画は「秀作」とされているが、『俺たちの朝』のドロドロバージョン
のようなものと思えば遠くはない。しかも季節がずれたものとして。
作品劇中設定は79年の9年前の時代がキーポイントになっている。
ここにもひとつの「敗北の季節」の青春譜がある。
「さらば!!飛べない鳥たちよ」というのがキャッチフレーズだった。


もっとしなやかに もっとしたたかに (1979年 にっかつ) - 予告編


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テレビドラマを観る猫

2014年02月25日 | 映画・ドラマ・コミック



よそ様のお宅の猫もテレビを観るようです。
うちのと違って、かなり集中力がある模様(笑

大河ドラマ『八重の桜』をなぜか真剣に見る猫


『八重の桜』は幕末騒乱の予兆の頃と会津戦争のあたりまでが
面白かったけどね。
明治に入ってからは安物のメロドラマみたいになって今一つ
だった。

八重役の綾瀬さんには、スペンサーライフルの射撃では是非とも
「反動」を再現してほしかったが、番組の演出家はなにして
たんだ
ろう。仕事してんのかなぁ。
綾瀬はるかさんはレーザーガンの無反動銃みたいに撃っていた。

射撃のシーンは頬付けはできていたが、反動に関してはまるで演技
になっていなかったのが実に惜しい。(日本の俳優陣では銃の反動を
表現していたのは松田優作や石原軍団と草刈正雄だけという寂しさ)
スペンサーライフルは
口径.56-56(0.56インチ56グレイン発射薬)と
いう大口径
ライフルなので、無反動である訳がないのです。

実銃スペンサーカービンの射撃
Armi Sport 1865 Spencer Carbine.mov

射撃達人のこんな巨漢が撃っても、どうにか技術と体重で押さえこんで
いる感じです。カメラ目線にしたときに排莢したチンチンに熱いカートが
顔に当たっているのが可笑しいけど(^^


『八重の桜』の番宣ポスターはめちゃくちゃカッコよかったけどな~。
衣装、装備、ポーズ、表情、どれをとっても最高だ。
地下鉄のホームでこのでかいポスターを見た時、「うわっ!これほしいよ」
と思ったものですよ、と(笑


この上掛けは、生地がただの海棠色(かいどういろ=濃いピンク)の
無地じゃないんだぜ。

沙綾(さや)模様が織ってある生地なのよ。
これはカッコいい。


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愛を感じる動画 ~バイク~

2014年02月24日 | バイク・車

RGV250Γ復活!


なんだかいいな~。マシンに対する愛を感じる。


こちらはRGV '90ガンマの発表当時の貴重映像。
SUZUKI RGV250Γ デビュー秘蔵映像(1990)


パラレルツインの1型ガンマは深いところでは問題が多くて最悪だったが、
このVツイン'90ガンマは完成度がかなり高い。
この時期のスズキは往年の世界王者(70年代後半~80年代初頭)
の時期のスズキの元気さが感じられてよい。
また、1990年前後は世界グランプリでもホンダ、ヤマハ、スズキで
真っ向勝負で鎬を削っていた時期で、市販車においてもレーシング
テクノロジーが満載だった。
今思うに、本当に夢のような時代があったのだと実感する。
車としての最高テクノロジーと極限性能を市販車にも搭載したという時代。
やはり、「夢」の時代だった。
速く、安全で、そして美しい。
世界最高峰の動力性能の実力持っていながら、美しさも備えている。
こういうマシンが「一般的」だった時代にタイムリーに接することができて、
心から幸せだったと思う。

そして、これがこのスズキの250cc市販車にフィードバックさせた1989年式
世界グランプリマシンRGVガンマ500の貴重な走りの映像。
'89 Kevin Schwantz's RGV-γ(XR-75) No.1

乗り手はもちろんスズキ・ファクトリーのケヴィン・シュワンツ(米)だ。
とりわけ1989年の後期型ガンマは、ホンダやヤマハよりも頭一つ抜きん
出た
性能を持つに至っていた。
1989年、平成元年。ここが一つの世界グランプリシーンの頂点だった
ように思える。
また、世界史的にも、この時期あたりが繁栄の頂点だった。
この後、世界はベトナム戦争以降戦争をせずに平和な時代を過ごし国力を
蓄えた米国が主導するオイルマネーを奪取するための戦争の時代へと
再び突入して行った。

この日本経済も頂点であり文化も花開いた1989年こそ、本当に四半世紀が
経つ「過ぎ去った過去」のことになってしまっている。
今の時代、本気でつまらん。


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トヨタ・プリウス リコール

2014年02月21日 | バイク・車



仕事で使っているプリウスがリコールとのことで、本日、日帰りドック入り。
代車を借りたが、昔の軽ってこんなに狭かったっけ(◎。◎)
俺がデブったのか、ドヒ~というくらいに運転席が狭い。

おいらのトッポBJはかなり運転席も余裕があったように思えたが、
あれは法規制
規格変更後のタイプだったのかしらね。

リコール補修(プログラム)に出した窓口はプリウスを購入した友人の
店だが、そこに古い2シーターのポルシェがあったので、「お、これを
代車に貸せよ」と言ったら「行きますか」と友人社長は返してた(笑
つきあい長い撞球仲間だから気心は知れている。
お客さんに納車前のポルシェだそうです。カッチョ良かった。


(本日用代車/走行距離13万キロ。走るね~)


最近の機種の軽自動車は車内も広いし、90年代の機種より社幅も
広くなって
いるから、日常使用にはタウンビークルとしてまったく支障
ない。

支障ないどころか、チョイ乗りの足としては大いに使える。
おいらが買ったかみさん用の真っ赤なフィアット(wもそんな感じ。

真っ赤なフィアット。


だけど、俺の一番の愛車はこの真っ赤なドカティだな(笑


朝陽に映えるイタリアンレッド!カッコいい~!(´ー`)



でもね~、マジな話をするとですな・・・。
俺、乗り方が巧いのか、プリウスで公道を103km走って、燃費が33km/ℓ を
オーバーしたことあったよ(笑


通常燃費14km/ℓ のバイクのエンジン特性と走行性能を最大限に引き出して
「ある走り方」をした場合に7km/ℓ になるような走法もある訳で、まあなんというか、
内燃機関を動力とする乗り物は、燃費にしろ操安性にしろ乗り方次第だよね。
「運転」ではなく、その車に見合った「操縦」をしてあげると、いろいろなことができるし、
操縦者の期待に応えてくれる。設計者はそのように頭を絞りに絞って設計している。
燃費もその一つだよ。

プリウスなんてのは、言っちゃ悪いけど、燃費しか取り得のない車なのだから、
その車の良いところを引き出してやろうとすると燃費勝負になると思う。
上記の「最大限に車の持ち味を出してやる」というのがプリウスの場合は燃費の
一点に集中している設計なのだから、高燃費出さずにプリウス乗る意味がよく
わからん。
他社の仕事仲間やうちの会社の営業でもプリウス乗っていながら走行モードの
適宜切り替えと繊細なアクセルワークを行なわないで、モードは「通常」に入れっ
ぱなし、アクセルは踏むか閉じるか(スロットルやアクセルはスイッチじゃねえっ
つーの)しかしないようなラフで乱暴で無頓着な運転しているくせに「プリウス
なのに燃費が悪い」とか言う連中がいるのよね、かなり。
もうね、アホか、と。
アクセルワークでもパーシャルや必要最小限の燃料を気化させてやるような
車との対話しながら「操縦」するという操作をしてやらずに、テケトーな大雑把な
無神経な乗りっぱなしの運転をしていて、車が乗り屋に真摯に応えるわきゃない
だろっつーの。マシンは人と違って正直だぜい。
燃費どころか、車体の部位から異音を発して車が訴えていてもそれを感知して
やることもそういう連中はしないのだろう。
そういう人たちには自動車という文明の利器が宝のもちぐされ。
徒歩で営業すれば?


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寒到来(かんとうらい)

2014年02月14日 | 映画・ドラマ・コミック



『子連れ狼』第31話「寒到来」

~エンディング・ナレーション~
すべて、封建領主の家訓と称し、また家臣団の心得と称するものは
ただ権力者がその体制を保持せんがための方便にほかならず、
その愚かしさを哀れみとみても、誰が稲見主膳らの屍に鞭打つ
ことができ得ようか。
あえて、修羅の地獄、冥府魔道の道を選びし子連れ狼親子の
あしたは知らず。


<感想>
本日現在、日本列島に寒到来である。
さて、
萬屋版『子連れ狼』の中では、「寒到来」編は原作に近くよく
練れたシナリオで、
なかなか見応えのある作品だ。
先日、友人と日本酒を飲みながら、どの回の話が一番好きかと
の話題になり、友人はこの『寒到来』を挙げていた。
映像のほうは、「三条小鍛冶宗近」の刀があきらかに宗近では
ない姿だったり等の突っ込みどころはあるが、観るべきところは
そこではない。武士の魂とはなんであるかを宗近の刀を軸として
武田武士の心構え「寒到来」と絡めて展開している。

また、武士を捨て冥府魔道に生きる拝一刀に一喝される武田家
ゆかりの武士たちという構造も見どころだ。
そして、ラストのナレーションでは、「反権力」という背骨の通った
視座がこの『子連れ狼』には貫かれていたことを表している。
そもそも武士の心とは、お上にただひれ伏すことではなく、理不尽
あるならば強大な権力にさえも武をもって一矢報いんと起つ心のこと
である。

昨今の権力者迎合主義的なおためごかし武士道を説くという流行、
また、権力者に阿ることで「勝ち組・負け組」を語ろうとする浮薄な
骨なし思考の者たちには、この『子連れ狼』に代表される、己の意思を
貫くために天下最大の権力にさえ命をかけて抗する士の心のありか
というものは、到底理解ができないことだろう。
まやかし武士道がさも正道であるかのように押しつけがましく語られる
今の時代、骨のある武士とは一体なんであるのか、この『寒到来』は
時代を超える士の心の「不朽性」を見せてくれるように思える。

一刀が扮する藩の大番頭(おおばんがしら)寒河江主馬は、依頼者
の侍たちを一人一人倒す時に、士としての礼を以て水鴎流の業名
を名乗って五名を三条宗近の刀で斬っていく。
youtubeにアップされている動画は、海外版をアップしたようで、
業名の訳がすご~くテケトー。(削除されたため現在別動画に差し替え)

以下、英語字幕版を説明する。

一太刀目。「山陰(やまかげ)」なのだが、英字字幕は"Speculation" 
となっていて、これは日本語にすると「推論」「思索」「思惑」「見解」と
いうような意味だ。
大抵剣術に使われる「山陰」とは、山の影の陰と山のシルエットに
なぞらえた太刀筋であることが多いのだが、英訳はどのような視点
での訳なのだろう。もしかして山勘で願掛けで「山かけ」のことか?(苦笑)。
実際に映像では横胴払いから続けての左小袈裟(萬屋先生、刀を本当に
当ててます。これは当てすぎて「おめえの殺陣は痛えんだよ」と若き中村
錦之助時代はよく先輩役者さんから指摘されたそうです。『子連れ狼』の
このシーンはあえて当てる演出かと)で、「山陰」の形で斬っている。
ここは、妙な翻訳はせずに"Mountain shadow" としたほうが
よかったのではなかろうか。山勘の山掛けはいけねぇよな(笑
あるいは、陰は影のみならず英語でも「光」を表し、"light" と呼ぶことも
あるので、マウンテンライトでもよかろうかと思う(例:ムーンライト=月影)。

二太刀目。「石火(せっか)」について、英字テロップは”communism!” 
になっていた。それはまさか共産主義という赤化の意味か!?(苦笑
たぶん、「せっか」という音からのみ、中途半端に日本語をヒヤリング
できる人が翻訳したか。

三太刀目。「風勢(ふうせい)」。これは「不正」と聴き取ったのか、ぬぁんと
英語字幕は"Injustice!" 。オーマイガッ!

四太刀目。「亂雲(らんうん)」。これは萬屋先生は「剣」を付けている。
さすがに、これ以下の二太刀の訳は英語には訳せないのか、「亂雲(剣)」は
"Ran'u style" と字幕翻訳している。

五太刀目。「
大雄劍」は英語字幕では”Tairyu style” と翻訳している。
これはダイユウケンと呼んでいる。

以上、状況証拠から行くと、業名を知らない「ヒヤリングができる」英語圏の
人が翻訳したのだろうと思われる。
日本人である可能性もあるが、「せっか」を赤化≒共産主義とは時代性を
知る日本人ならば(本来アメリカ人でも社会科学史を知る者は)絶対に訳さ
ないだろうから、やはり翻訳者はアメリカ人のように思える。拝一刀の
時代に共産主義は地球上に存在しない。

まあ、こういうのはマニアックな観賞法だろうが、日本での人気以上に
海外での発行部数のほうが圧倒的に多い本作、さらに海外で大人気の
映像版『子連れ狼』だけに、翻訳者たちはニュアンスを伝えるのに一苦労
だったと思う。(海外では『子連れ狼』と『仮面ライダー』が大人気)
劇中の字幕で「武士道」のことを「剣の道」と英訳されていたのは、
武士道自体が外国人に解りにくいからかと思う。日本人でもなんだか
大間違いな解釈している人沢山いるけどね。武士道を語る人も士道と
武士道の区別もついていない人がほとんどだし(苦笑
この回の題名「寒到来」を”midwinter arrivals” と訳したのは直訳だが、
劇中の台詞翻訳では"the symbolism of ~" としているので、それは
なかなかの視点だと思う。
武田武士。サムライである。
まさに「きさらぎ朝靄(あさもや) 昏(くら)きを裂いて 的れき光る 梅のこころ」
である。(それは俺の高校の校歌の出だしだ。笑)

ただし、「おのおの方の士道、近頃以て感服仕った。お相手仕ろう
」という
一刀の台詞部分を
”It was a tactic utilized by Lord Ono.
 I admire your devotion. Let us fight.”
と英訳しているのは完全に誤訳だと思う。
多分「各々方(おのおのがた)」という古い日本語の意味が解らず、「主の小野
の戦術=小野の形(かた)」というトンチンカンな英文にしてしまったのだろう。
やはり中途半端に小野派一刀流とかの存在を知っていそうな米国人あたりが
翻訳したのではなかろうか。日本人ではあり得ない。
そして、一刀が感服したのは彼らのサムライマインドに対してであるので、
"I was impressed by your intention that recently was rare."
というような英文台詞翻訳あたりが良かったのではなかろうか。

しかし、例によって、法度を勘案しての讒言によりてこの動画が削除さるるは
必定かと(苦笑
御視聴を望まれるならば、おのおの方におかれても、お早めになさるがよかろう。



(上記水鴎流(「鴎」は本来は仮名)の業名については、
同派を学ぶ
剣士の方からご指導を賜り、正確性を期する
ことができました。
ここに厚く御礼を申し上げます。)


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実話 日本の伝記シリーズ

2014年02月14日 | 映画・ドラマ・コミック




実話だけに笑えないが笑ってしまう。

若山富三郎を激怒させた柳沢慎吾


本人の話。
柳沢慎吾  若山富三郎



慎吾ちゃんの体験談で一番笑えるのはこれだったりして(笑
柳沢慎吾の伝説の平馬先輩。



若山先生の殺陣
子連れ狼 死に風に向う乳母車 (1972) - 予告編


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座頭市の手さばき

2014年02月12日 | 映画・ドラマ・コミック

居合切り


うひゃひゃひゃ。
市が使ってるのは斬鉄剣だ(笑)。

友人のブログに動画紹介があったので、youtubeからはめ込みリンク
を貼ってみた。

実はこの勝新の殺陣だが、私もできる。
真剣では重量があるのでモッタリとなりぎみだが、殺陣用刀身ならば
シャッとできる。

特に最初のは人差し指を柄の下に、中指薬指小指を柄の上にしてくるりと
回すだけなのだが、速いと斬っているように見えるのよん。(実際に真剣で
これで物を斬るとまったく斬れない)
できたからって、ちっとも偉くもないし、ピースメーカーのファスト・ドロウと
一緒で、それで朝の玉子焼きが増える訳でもないのだけど。

だけど、これはこの映像での勝新よりも映画版『子連れ狼』での若山大明神
大先生の
ほうが遥かに巧い。勝新は納刀の際に刀身と鞘の角度でぎくしゃく
して
いる。若山大明神の拝一刀のほうは、走りながら追いかけて抜刀クルリン
斬りをして即座に納刀していた。しかも納刀の時にはきちんと残心を示しな
がら。


上の動画の第二場面での逆手抜刀斬りは、撮影の演出家に拍手だ。
手桶の端だけを斬るように演出し、さらに二太刀目で床の間の刀を切断
して、先に斬った桶の端が床の間に落ちた時、一輪の花は
斬らずに別な器
だけ斬って、別な釣瓶は次に斬った床の間の刀の横にストンと添えら
れるような
アングルの演出をしている。
動と静が幾重にも交差して一つのフレームに収まる。



こういう映像効果は秀逸だし、エンターテイメント時代劇にはこのような
ハイレベルの表現センスが欲しい。
最近ないよね、こういう「粋」な映像が。
なんだかねぇ、ドラマや時代劇見ていても、漫画みたいなカット割り
なんだよねぇ。
漫画といっても「劇画」ではなくて、なんつーかしょもない小学生向けの
漫画みたいなのが大人向けドラマになったりしている。

昨夜、ホケ~と自分の古刀を観ていたら、ふと突然頭に浮かんだ眠狂四郎
のようなニヒルな時代劇主人公がヒロインに向かって言う台詞。
「野に咲く花も可憐だが、花は摘んで生けてこそ美しさも映える。
花のようなそなたも、それがしが摘んでしんぜよう」

どう?だめ?(笑
「馳走になろう」のたぐいだけどさぁ~(笑
まあ、なんつーか、ふと浮かんだ創作ですが。
う~ん、「花のようなそなたも」ではなく「そなたの花も」のほうがいいか。
って、きわどすぎるか(笑
一応、「~も、~も」で韻を踏んでサブリミナルのように台詞からの印象で
無意識下に視聴者に「もも」が印象づけられるようには計算してはいるの
だけど。
(こういう台詞の組み立てというのは口説きの時には結構大切。声質や強弱と
共に、台詞そのものというのはとても大切。一つの技術だよね。演説でも音声
で聴く者を陶酔させるというのは。真心だけ訴えれば人に気持ちが伝わる
なんて、世の中はそんなに青っちょろくはない)


そういえば、私が好きな時代劇劇画作家の大御所の「とみ新蔵」先生は
細川殿の応援にボランティアで参加したってさ。へ~。

実はこの細川殿の不東庵の画像は、私がこのgooブログを始める以前に
私が勝手に殿のところから無断借用した画像をいじって文字消したりの
加工して作った物が現在三次使用四次使用・・・(延々)~とネット上で
使われていると私が言ったら、さてどれだけの人が信じるでしょうか(笑
他のシーンでも「あ、これ・・・」という画像が結構ある。
最近でこそ私の文章があまりパクられなくなったけど、私も人様の絵を
勝手にいじって使用したりしてるのだから大きなことはいえない。
ただ、私の場合、商業的に使用されたことがあまりにも多かったからね。
一番びっくりしたのは『ラジオライフ』の「ベレーのかぶり方」だった。
文章と画像構成まで私のサイト記事(私のオリジナル文章と画像)の
まんまだったもの(笑
別にいいけどさ。
よくプロのモノカキがそういうことして報酬を貰うよね、とは思う。
あとはおいらの独白が傭兵小説に出てきたり、中年不倫黄昏弘兼作品に
出てきたりさ(笑
他には図鑑にまんま使用されたり、いろいろイパーイあるよ。
まあ、なんというか、プロの作家の先生方は手さばきが良いのか悪いのか
素人のおいらには分からないけどね(笑

ああ、ごめんなさい。とみ先生の柳生連也の作品も加工してこの日記で
私が使ってたわ・・・。いや、俺、自画像かと間違えちゃって(嘘


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膝擦り事始め

2014年02月12日 | バイク・車

旋回性を楽しまなければバイクではない。

バイクは膝を擦ってナンボとは申しましても、公道ではほとんど擦る
ことはございません。
グリップせずによく滑るから膝擦りやドリフトは公道でもあるにはあるが、
公道ではクローズドサーキットのコース上での理論
とは異なる意味での
ハングオフとなる。




公道はマージンを残して、こんくらいがいい塩梅。それでも充分速く走れる。
やたら寝かしての「無理膝」はカッコ悪いし、いただけない。



ちなみにこれは投稿者本人も認めている「無理膝」。
意味のない膝の開きだ。


サーキットの場合、膝を擦りたくなくても、グリップの高いタイヤと雷オコシの
ようなミューの高い舗装路面のためにいくらでも寝るので膝を畳んでも擦ってしまう。
フルバンンクの時などは、内側に出した膝をカウルに当たるほどに内に畳んでも
擦ってしまう。
なぜ膝を出すかというとハングオフ(旧称ハングオン)走法のためだ。
膝は真横には出さず、斜め前に出す。これはできるだけマシンを立てても重心を
落とせるハングオフという走法のために膝を出す。


公道では、速く走っても旋回速度がサーキットの次元とは比べ物にならないので、
本当は公道で膝を出して路面にこすりつける擦る必要などない。
サーキットは160~200km/hで
フルバンクなどというのはザラだから、旋回性を
得るためにマスの移動で
あのようなハングオフという走法がヤーノサーリネンに
よって考案され、ケニー・ロバーツが完成させた。

公道はせいぜい旋回速度は60~80km/hだ。法定速度を守ったら30~50で
の旋回となる。本当は膝出しなどまったく必要ではない。


すでにスロットルは開けている。
フォークは伸び、後輪タイヤは歪む。
同じ地点で何名か撮影したら、まだ寝ており、向きが変わってなかった。
とにかく寝かせる定常旋回の時間を短くして、後輪に駆動を乗せる時間を長く
取らないと、公道でも速くは走れない。
クリッピング地点はスロットルを開けながら舐めるようにトレースする。

ただし、スムースな旋回のためには腰を斜め前に突き出すように捻って乗る

サーキットと同じ乗り方は、公道のどの場面でも必要なバイクの旋回方法だ。
コーナーでバンクするときにそのまま内側に上体を傾ける乗り方など存在しない。
必ず腰と肩の「ネジリ」が入る。膝を出すというよりも、腰の横を
斜め前にヒネリ出す
イメージでコーナーに入る。


バイクは乗せられているのではなく、乗るように。
乗るというより、操縦をするようにマシンをライドする。
すべてを己の制御下に置いてコントロールする。
それがバイクの乗り方だ。

バイクライフは、楽しく、安全に♪


決まってるぜ♪


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サイドバックの美しさ

2014年02月02日 | バイク・車



九州の峠でカワサキ乗りのライダーを見た。
しばらく、我々の車の前を走っていた。
ライディングを見た瞬間に「元走り屋」であることが判った。
見る者が見ればすぐに判る。

バイクはこの斜め後ろからの姿が一番美しいと私は感じる。


その名も「刀」というモーターサイクル。
今はもうない。
1980年代初期にバイクシーンに衝撃的な波紋を呼んだ工業デザイナー
であるハンスムートの秀逸なデザインだった。
1980年、ドイツのケルンのモーターショーでこのマシンが発表された時、
「ケルンの衝撃」と呼ばれたショックが業界に走った。
このデザインは、34年を過ぎた今でも斬新に見える。
むしろ、最近デザイン起こしがされてスポーツバイクの主軸となりつつある
KTCやドカティ社のマシンに見られるハーフネイキッドを34年前に先取りして
いたようにさえ思える。
良い物は記録よりも記憶に残る。
人の心に焼きつけられた印象は、追憶などという回顧主義ではなく、
人々の心の中に今も現実として生きている。

人や事物のマイナス面をあげつらい、揶揄して自己満悦を披露して嬉々と
することよりも、美しく良い物を語り継ぐことのほうが、人の心には幸せを
もたらすように私には思える。


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