渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

芸能人とスポーツ選手

2018年09月30日 | 公開情報


なんで芸人や若手俳優の芸能人やスポーツ選手
たちって、テレビ番組とかで自分の父母のこと
を「お父さん」「お母さん」とか、兄姉のこと
を「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」とか人に言う
の?
バカなの?

くだけた間柄で崩した表現としてならわかるが、
公的場で丁寧な謙譲語と勘違いしているフシが
とても多いことが見られるので、日本人として
の親の躾とかどういうの受けてきたのだろうか、
と。
躾以外にも学校教育で習ってきたことだろうに。
小学生でも場面場面できちんと弁別して使い分け
ているぞ。
やはり、頭悪いのか。

芸人、スポーツ選手ならまだ分かる。
芸事と脳筋生活しかせずに社会常識の教育も受け
て来なかったのだろうから。
でも、親はいるだろうに。先生も。
で、俳優ね。男優も女優も。
人の世界の機微を表現する表現者がそれでは、
なんてのか、常識以前に、てんで✖︎だと思う。

こういうのは学力とは関係がない。
私が知る人間に東大院卒の奴でも自分のことを
下の名前で呼んで、両親のことを「お父さんが
ぁ」「お母さんはぁ」とか言ってるのがいた。
果てしなく頭悪いと思う。

沖縄知事選挙

2018年09月30日 | 公開情報








政権与党とそれに与する勢力は、沖縄の人々の
声を真摯に受け止めるべきだろう。
敗れた候補者は、基地問題を抜きにして、沖縄
の知事選挙戦に勝てると思ったのか。
あえて選挙戦では移転問題には触れず、それを
避けるようにしたそういう態度で知事になれる
とでも。オキナワの知事に。

政府は強硬手段に出ようとしている。
三里塚空港の轍を踏む気か。

台風24号 2018年9月30日

2018年09月30日 | 公開情報

台風24号 2018年9月30日

2018年9月30日午後6時5分。
広島県三原市。

午後6時30分広島県にもっとも接近。
午後6時33分、市内災害情報ラジオにて
災害警戒放送あり。
現在、三原市内全域に
避難勧告発令。

三原市に東京から転居して以来、初めて
経験する物凄い風である。

明日は熱中症にご注意ください。
埼玉県熊谷市の予想気温は35℃です。


『マン島に死す』(泉優二)

2018年09月30日 | 公開情報



さて、31年ぶりに読むか。

仕方のないことだが、表紙のイラストは、
主人公の84年型ヤマハTZ250にして
ほしかった(笑)。
主人公は1985年、自分が日本の全日本
選手権で使用していた型落ち84年型TZ
250をオンボロフォードに乗せて船便で
数か月かけてマン島までたどり着き、TT
レースに出ようとしていた。
彼は全日本選手権の1983年チャンピオン
だった。
だが、1984年の最終戦鈴鹿で転倒し、
チャンピオンを逃し、右手の人差し指は
骨が砕けて動かなくなっていた。
史実としては1983年の250cc日本チャン
ピオンはヤマハTZで斉藤光男だ。500cc
の83年チャンピオンはヤマハの平忠彦。
前年1982年の250ccチャンピオンは
福田照男、500ccは水谷勝である。
福田照男はノービス時代には鈴鹿4時間
耐久にTZ250で出場して優勝している。
1980年の第1回4耐出場資格はノービスが
125か
250市販純レーサーもしくはTT-F3
(過去に1000台以上市販実績のある2スト
125~250cc、4スト200~400cc市販車
改造レーサー)だった。ジュニア(後の国際
B級)は125cc市販純レーサー限定で出場
することができた。
鈴鹿4時間耐久は、8時間耐久が国際格式
の耐久選手権となったのでノービスが出場
できなくなったための代替措置レースだった。
なお、1980年の8時間耐久には、私が
さんざんぱら怒られながらもお世話になっ
た三原嗣厚さんが平忠彦選手とペアでチーム
ハニービーから出場している。
福田さんはプライベーターの時にエンジンを
自分で割ってメンテすることができなかった
ため、ノービスの全日本のシーズン途中
ではかなり苦労されたという記憶がある。
平さんはノービスの時は転んでばかりいた。
三原さんは私とクラスメート(後に国際A級
で後年マン島を走った)と一緒にサウナに
行った時に、我らが二人が「コマネチ」と称して
防寒着としてモモヒキをはいていたら、
「お前ら信じられない高校生だな。じじいか」
と言って笑っていた。
ちなみに、まだビートたけしは世に出てきて
いない時代で、高校では防寒股引が密かに
コマネチと呼ばれてはやっていたのだった
(笑)。股間前部を両手で引っ張りながら、
「コマネチ」と言うのが流行ったが、もしか
すると当時の高校生たちの裏ブームの
それを知ってビートたけしは「コマネチ」の
一発ネタを思いついたのかもしれない。
我々がやっていたのは、たけしの数年前
なのだ。
鈴鹿遠征の時、宿泊先の宿で私とクラス
メートの奴がどつきあいの喧嘩になった時、
「やるのは勝手だが、外でやれ!」と私たち
をどやしつけたのも監督と三原さんだった。

世界グランプリの伝統の250ccクラスの
最後の世界チャンピオンは日本人の青木
博一(ホンダ 2009年)である。
青木は2003年の250cc日本チャンピオ
ンだ。

ヤマハTZ250(1984年型)。熟成完成形
のTZ
83年式を更に発展。出来が良かった。
85年式はいろいろ・・・ショボーンだったが。


TZ250(1985年型)。


TZ250(1982年型)。


TZ250(1981年型)。


このTZのシルエットはかなりの期間続いて
いた。
ぱっと見はフレームの色以外81年式も85年
式もすぐに判別はできない。細かいところは
かなり変更されているのだが。

1986年からは極太アルミフレームに変更さ
れた。
私にとってTZ250のイメージは、この1981年
から1985年のシルエットの印象が非常に強い。

ちなみに1980年に登場した公道市販車の
ヤマハRZ250のタンクは、このTZ250-350
(78年式)のタンクをモチーフとしている。





盗難防止ワイヤー

2018年09月30日 | 公開情報


これ買った。
ヘルメットをバイクに繋いでおく盗難防止用の
ワイヤーだ。

まあ、盗もうとする奴はどんなことしても盗んで
行くのですけどね(笑)。
死刑になればいいのに。


フランス版『シティハンター』

2018年09月30日 | 公開情報

Nicky Larson et le Parfum de Cupidon
- Bande-annonce 1

素晴らしすぎる!!!
フランス版『シティハンター』、2019年公開!

『ルパン三世』も作ってほしい。
このように原作キャラに忠実に。

Les Français sont merveilleux. Merci!


言語が形成する意識性

2018年09月30日 | 公開情報



ライダーズカフェ Z-YARD のマスターが
休日の数十台の来店の時に一人でてん
てこ舞いしていた。
一息着いた時に私は言ってみた。
「誰か土日だけでもお手伝いしてくれる人が
いればいいですね」
と。

すると、
「そうなのよ~」
とマスターは言う。

「こう、女の子とかいいですね。かわいい
バイク乗りのおねーちゃんとかの女子大
生あたり」
と私が言うと、
「別にバイク乗って
なくてもいい(笑)。おねー
ちゃんがいいねぇ、
おねーちゃんが」
とマスター(笑)。

「どなたか女性いないんですか?」
と私が
言うと、
「うちの女房はいるけど、かーちゃん
が店に
いてもねぇ(笑)」
とマスターは言う。


あ、完全に言葉の用法が関東人になってる

と私は思った。
マスターは出身育ちが備後だが、大学から
つい数年前までは神奈川県在住だった。
かかあ、かみさん、かーちゃん、てめえの
をこう呼ぶのは関東人の言語使用法だ。

杉良太郎自身が脚本を書いた『喧嘩屋右近』
の茨右近は自分の愛妻のことを「かーちゃん」
と呼ぶ映像表現を用いていた。
ところが、これが地方の人間には理解ができ
ない。
ある時私が「うちのかーちゃんが作ってくれた
弁当」と職場で言ったら「え?まだお母さんに
お弁当作ってもらってるのですか?」と地方
出身の奴に言われたことがある。
「(ああ。ことばが通じねぇんだな)」と思った。
それは日常会話だったが、標準語ではない
江戸弁という方言を使ったから関東人以外
には通じないのは当たり前のことなのだ。

自分のことを「てめえ」と言う言い回しも江戸を
中心とした関東圏の言語であり、他地方には
それが無い。
言語感覚は使用単語によって認識が形成
される。
ある田舎の人間に「てめえでなんとかしろ」と
言ったら「てめえとは何という失礼な言い方だ」
などと大たわけを言ってるのもいた。
あと、逆もあって、上流人ぶった茶道の大馬鹿
女がいて、振り込め詐欺がオレオレ詐欺と
呼ばれていた頃、「オレなどという下品な
言葉を使う下劣な者は当家にはおりませぬ、
と言ってやり
ましょう」などと気取ってから調子
こいて
言っていた。
それはひどい。九州熊本や東北では女性も自分
のことオレとか言うのが日常語だ。な~に上流人
ぶってんのだろね
、と思ったね。
ところが、その女の周囲がまた似たもの同士で
そうねそうざます、みたいなのばっかなの。
するってーと、熊本や東北の女性は下劣
なのか?っての。

おまいらの感性こそが下劣だっつーの。
お茶やってる連中てのはろくなのいないよ、と
言われるのがなんとなく分かった。
なんてのか茶の湯をやってりゃ自分が何か
特別に偉くて品格があって上品だとか大き
な勘違いしてんだよな。そこには真のおもて
なしの心などはない。侮蔑的感性に基づく
自己愛のナルシズムだけだ。
こうしたことは武術をやる人間にも多い陥り
やすい精神構造なので気を
つける必要がある。
てめえがやっている伝統文化的な事柄を
以て、何か自分が偉くなったかのように
勘違いして人を睥睨する人間の多い事。
特に「伝統芸能」や「伝統武芸」を習う者に
その傾向が極端に強く見られる社会現象
がある。
これは実は社会の歴史的欠陥構造に
依拠した意識形成であるのだが、それは
後述する。
ただ、いえることは人を見下す連中は、
自分ではそのつもりはないと口では言い
ながらも、事実としては人を睥睨しており、
自覚性の欠落こそにまさに傲岸で傲慢で
横柄さが現出していることを理解しようと
しない。


江戸関東で己のことを「てめえ」と言うのは
自分を卑下したり他人を中傷したりするため
の表現ではない。「手前」から来ている江戸
なまりだ。端的にいえば、単なる乱暴な言葉。
「手前生国と発しまするは」という渡世者の
切り口上挨拶などの謙譲がそれだ。
それが相手に対して使うとそれは罵倒の
意味に転ずる。
日本語はこういう表現が往々にしてある。
貴様は本来貴殿の意味だが、他人に対して
「きさま」と言うと、同友の親愛の意味と同時
にそれとは別に罵倒の意味もある。
「てめえ、この野郎」という意味で「きさま、おの
れ~」とかがそれだが、おのれにしても元々
は己のことではなかったか。目下に対し罵る
時にも使用されて来た。

日本人の使用する言葉は、どんなに全国共通
の単語を使おうとも、イントネーションですぐに
その者がどこの地方出身かが判明してしまう。
『砂の器』のような判断の錯誤さえ無ければ。
youtube などでトークを入れている動画など
は、大抵10秒くらいで判ってしまう。
(話しはずれるが、どうして動画サイトにアップ
している動画トークは、圧倒的に地方の人間
が多いのだろう。これ、圧倒的である。東京弁
でのトークをしている動画は存外かなり少ない)
自分では標準語で話しているつもりなのだろう
が、単語自体が標準語であっても、トークの
イントネーションが標準語ではないので、すぐ
に地方人と判ってしまうのだ。
それで問題は起きないが、発信場所や人物を
伏せたりしていてもあまり意味無いような気も
する。
かといって、まるっきり地の方言のみでしか
話そうとせずに動画でのレポートや解説動画
をアップしている人は、全国の人に見てもらおう
という気があるのかと疑いたくなる。地の言葉
は日常仲間内の会話では大切だろうが、他人
に通じない言語を用いて平然としているという
のは傲岸でしかない。地方人に非常に多い
のだが。
そういう態度や姿勢というのは、ヤクザ者が
ヤクザの世界だけで通じる隠語を使用している
のと同じ効果しかもたらさず、人と人をつなぐ
ための言語が、人と人を断ち切るツールとして
結果として作用してしまっているのだ。
なので日本国の近代学校教育では「標準語」
を教育して来ているのである。明治以降は。
地方の方言は「文化」として大切に保存すべき
であり、地元地域で使用するのは何ら支障は
ないが、それが全国区で全国の人とコミュニ
ケーションを取ろうとする時に標準語を使う
ことを放棄するのは、人と人とのつながりに
ついての自覚が希薄であると言わざるを得な
い。方言しか話せないことはない筈なのだ。
きちんとした教育機関で学校教育を受けて
来たのであるならば。

私などは、個人的には日常会話は方言大い
に推奨だ。
だけど、おいらは「しだりしたしねり」とは言って
ねーよ。馬鹿にしちゃいけねぇよ(笑)。
そこな広島県人たち。
クスクスわらってんじゃねーよ(笑)。

中国地区の方言で、関東圏には存在しない
単語があり、私はそれをかなり気に入ってる。
それは「つまらん」。
関東や標準語でいうところの「面白くない」
ではない。主として人間に対して使う単語
なのだが、意味は「生きている存在価値も
ないほどにくだらぬ下の下の者」という場合
によく使われる。
西日本というのは、東日本に比べたら本当に
底意地の悪いエリアで、人を罵倒したり馬鹿
にしたり見下したりする感性を表現する単語
がたくさんある。2ちゃんねらーは西日本人で
構成されているのではと思えるほどに(笑)。
こうした底意地の悪さはヤマト王権中心地区
における「差別の構造」が徹底化された地区
から同心円状に広がったことが読み取れる。
人的差別の極度な現象は古代大和政権の
存在した土地土地に非常に今でも根強い。
人柄そのものが非常に差別的であり、関東人
からすると「はぁ?」と思うような人的差別が
ごく「当たり前」のこととして行使されている。
奈良、大阪、近江、新首都だった京都、また
ヤマトに征服された吉備(岡山・広島)、これら
の土地では非常に人々の中には差別心が
強い。
古代王政は「人の下に人を作る」ことで
成立していた差別構造にあり、人々の
感性もそれに規定された。
そうした古代王権の人民支配の構造的な
原初は律令制の導入に依るものだが、その
システムを朝廷から政権を奪った武士階級
も大いに利用して、「差別構造」を徹底化
させることで人民統治を貫徹させてきた。
日本が西欧型の国家体制を模倣したのは
明治以降だが、残念ながら日本国の国民
性は、それまで千年単位で継続してきた
差別統治によって「作出」された人間感覚
に意識が依拠したままでいる。
日本に本当の意味での人権意識や人を
大切にする意識などは育たないのではなか
ろうかとさえ思える。
現代の生き馬の目を抜くようなことを大人
たちが「手本」として実行していて、「勝ち
組、負け組」などと商業産業経済界では
他人を踏みつけて蹴落とすことを正義で
美徳であるかのように平然と公言して
いるからだ。いじめもパワハラも日本では
なくなりようがない。そこには差別構造を
巧みに利用してきた権力者によって支配
され続けてきた日本人の奴隷根性が骨
の髄まで染み込んでいるからだ。
よせばいいのに、そうした人間性を自分
の子どもや孫世代にまで受け継がせようと
している。
人の世で悪しき文化はそれは文化として
の構成要件とはなり得ないのだが、悪弊や
因習を無自覚に支持する人間が入る限り、
それは消滅しない。
この問題は、マルクス主義でいうところの
上部構造に属する人的問題として発生
しているのだが、古典的マルクス主義が
言うように下部構造(生産手段に伴う
経済構造)を改革したとて、人は変わらない。
意識の改革は、それを啓蒙する人間と
本人の厳しい己に刃を向ける自覚の
存在抜きにしては絶対に実現不能だから
である。
マルクス主義の本質的欠点はそこに
ある。だが、これはマルクス主義の欠缺
ではなく、運用する人間に大いに問題が
あることを自称「科学的社会主義者」や
自称「共産主義者」は自覚していない。
一見主張は科学的なようであるが、実は
民族性や歴史性に依拠した各国の人的
資質の形成を単純に生産手段の帰属に
のみ核心を見ようとする偏頗な視点を
捨て去れないのが自称科学的社会主義
者を標榜する自称マルクス主義者たちの
限界性だ。
そして教条主義になり、頭カッチカチの
石頭になり、自分らの考え以外は受け付け
ず、他者を排斥し、自分らのみが唯一絶対
の正義であるとする。
典型例は日本共産党で、その理論と核心
を知れば知るほど、これほど「人民とマル
クスを裏切った党」は世界にも例が無いと
いう真実が見えてくる。
日本共産党が徹底した差別主義者、古典的
民族主義者≒排外主義者であることがそれ
を雄弁に物語っている。
また、このことは、保守国粋主義者以上に
差別性を伴う排外主義を以て掲げる革命党
というのは「誰の為の革命」であるのかと
いう非常にシビアな問題が横たわる。
要するに世の為、人民の為の革命ではなく、
党の為の社会機構の実効力の掌握を目指し
ており、それはとりもなおさず、本質的意味
においては「反革命的」でしかないのだ。
人民不在の革命などは革命ではない。
それは党による社会機構と人民の独占支配
でしかない。ナチスと同列なのである。
この自覚は日共を批判して日共と袂を
別ち独立路線を歩んだ新左翼にも存在
する無自覚性として指摘することができる。
新左翼の傲慢さなどは日共といい勝負だ。

閑話休題。
ただ、そうした人を差別したり侮蔑したり
罵倒したりする感性を代表する表現は西
日本には多いのだが、味覚に関しては
かなり大雑把な表現を使っていたりする
不整合がある。
なので、西日本の言語が、言語として人間
の表現方法の手段として発達しているもの
とはいえない。
たとえば、西日本には「しょっぱい」という表現
が存在しない。「からい」だけだ。
「しょっぱい」について理解を問うと「すっぱい
こと?」とか問い返される。
しょっぱいは「塩辛い」とも異なる。「しおっぽい」
が転じたものであり、文字通りの「塩梅(あん
ばい)」のことなのだ。
なので、料理のことだけでなくアンバイがいた
だけない事象についても関東では「ずいぶんと
そいつぁしょっぱい話だな」などと使ったりも
する。勿論、本来の用法は味覚についての
類別の表現だ。
大阪にもしょっぱいはないし、和食の本場と
される京都にさえもしょっぱいという概念が
ない。細かい類別がなく「からい」しか関西
には存在しないのである。
これは北部九州がブラックペッパーも唐辛子
もすべて「コショウ」で済ます大雑把さに似て
いる。
味の本場を自称する京都大阪がそのような
大雑把な味覚表現しか存在しないというのは、
そこに現れる矛盾から、何かの民俗学的ある
いは歴史学的なあることが読み取れるかも
知れない。
ただ、そういうことを解析していくのは学者の
仕事だ。
こちとらは「へ~、そうなんだ。そうだよね。
知らんけど」というようなことでしかない(笑)。

江戸東京弁という方言は標準語ではない。
判りやすいところでは「女郎屋」と書いて
「じょうろうや」と江戸弁では読む。
これは女王が「じょおう」ではなく「じょうおう」
であるので、女郎は「じょうろう」であるのが
古い読みではなかろうかと思うが、このように
江戸東京地方残存の言葉もある。
昭和33年以降は江戸古典落語の中だけに
しかジョウロウは存在しなくなった(筈)だが。
ウザいのウザはウザったいの江戸言葉で
東京ではずっと生きていた。ダサい、も。
それはここ20年ほどで全国区になっている。
あと「~さ」という東京弁と「~じゃん」という
横浜言葉が全国区になっていて、今では
大阪人でさえ「~さ」と使ったりする。
それと逆に東京人が「めっちゃ~」と言ったり
するが、私からするととても奇異に感じる。
その感じるのはその言葉を使うこと自体では
なく、使っている人たちが無意識に使っている
事に対してだ。
宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』では核心
テーマが台詞として語られるシーンがある。
それは、人を支配しようとする時にはまず
名前と言葉が奪われる、ということだった。
そうした行為は、人間が「侵略」をした時に
いつの時代でも行なわれて来た。
人の言語を奪い、名前を奪い、主権を奪う。
「言葉」というものは、とても大切なアイデン
ティティの意識性を形成するが、意識性のみ
ならず、言葉を用いる人間の存在をも規定
する。
人が持つ言語感覚というものは、人間の
存在について非常に大切なものだ。
個が疎外されて捨象される人の世は、それは
到底健全とはいい難い世の中だからである。





Z-YARD

2018年09月29日 | 公開情報



やばいな。
しばらくZ-YARDに行ってないと中毒症状
起こしそうだ(笑)。


バイクあるある、あってはならない物語

2018年09月29日 | 公開情報



ゴルゴ13が珍しいバイクに乗っているのを
見て、ふと
思い出した。

ホンダCBR400F。Rのネイキッド版だが、
これは実によく走った。速かった。


4気筒でマフラーは左右2本出し。
ホイールはホンダ発明のコムスターホイール。


コムスターホイール。試験的にWGPにもこれ
のカーボン版が投入されたが、世界チャンピ
オンのフレディ・スペンサーが走行中にホイー
ルが破損して重篤な事故が発生したので、
以降は開発採用が見直された。
市販車は金属製の物が使われていた。


仲良かった後輩のスズキ乗りは、バイク仲間
からこの400Fを貰った。
普段スズキではアメリカンドラッガー仕様に
していたので、なんか似合わない気もしたが、
本人は大喜びでこれに乗った。
ヘルメットをジェットしか持っていなかったので、
私がレース用予備のショウエイの白ヘルを
進呈した。
本人大喜びでガンガン乗っていた。
革ツナギも私の膝ガムテのお古だが1着
あげたら、それも喜んで着て、ガンガンと
攻めていた。

「いつものワルっぽさが無くなって似合わ
ね~」とか仲間内に言われながらも、「そん
なことはない。気のせいだ(笑)」と言いながら
かなり攻めて乗っていた。運転はとても巧い。

だが、石神井の戸建て自宅で盗まれた。
1980年代はバイク泥棒が非常に多かった。
とんでもなく多かった。
今でも人気車種などは盗難が多いらしい。
原付などは、町に停めて買い物に行ったら
即盗まれるような地域が今でも大阪や福岡
にはあるらしい。

かつての前職の上司の弁護士もバイク乗り
だった。レース活動もしていた。
私は純レーサーのGPクラスだったが、彼は
TT-F3クラスだった。レースをやるので、
ライセンスは当然MFJ国内A級ライセンスだ。
走行オンリーのB級ライセンスではない。
競技用のライセンスだった。
これは、サーキットを8時間実走行して、
MFJ(国際組織FIM=国際モーターサイク
リズム連盟傘下の公式組織)の
講習を受け
れば取得できた。

私のライセンスは1977年発行だったが、
更新していなかったので、1980年代に再度
サーキットを8時間走行して再取得した。
併せてMFJのメカニック、ピットクルーライ
センスも取得していた。

その彼は85年式FZ400から89NSR250R
に乗り換えた。F3用にホンダからSPを2台
購入した。それまで街乗りはスズキGSX
400Rだったが、NSRの1台は慣れる為に
シフトを逆パターンのレーシング仕様にして
スズキGSXから乗り換えていた。

ホンダ89年式NSR250R(MC18)SP。
これはWGPワークスカラーだが、上司が
持っていたのは85年チャンピオンマシン
と同色のロスマンズカラーのSPだった。


これは88年型NSR(MC18)だが、この
カラーリングは89年SPにも継承された。

当時突き抜けたパワー(ノーマルで68PS)
と動力性能を有したが、ホンダ特有の悪い
ハンドリングは解消されていなかった。
それが同型番のMC18-89年式では激変
するほどにナチュラルな、まるでヤマハの
ようなハンドリング特性を実現させていた。
ホンダ恐るべし。

上司の89NSR-SPは何度も乗らせてもらっ
ていたが、非常によく出来た車だった。
だが、盗まれた。
田園調布の戸建て自宅に置いていて盗ま
れた。
当時は、アパートやマンションの駐車場等
でなく、戸建て自宅の駐車場に置いていて
もバイクがよく盗まれた。
犯人は死刑でいいのではないかとも思うが、
とにかく人の物を盗んで開き直る悪人は
かなり多い(今でも)。

かくいう私と妻も何台かバイク本体を盗ま
れている。
私が初めて免許を取って乗ったバイクは
従兄から貰ったカワサキMS90だった。


それまでは免許も無く、コースでしかバイク
を走らせた経験しかなかったが、このバイク
は私に「外に出る楽しみ」を教えてくれた
オートバイだった。
とても大切にした。よく走ってくれた。
いろいろな所に行った。オートバイによる旅
の素晴らしさを教えてくれた。

だが、高1の時、寄宿先の戸建て住宅の
敷地内に停めておいて、朝起きたら盗ま
れていた。キーロックはかけていたが、壊し
て盗んで行ったのだろう。
その後、発見されたが、見るも無残な姿に
なっていた。


その後、ホンダのCB等乗り継ぎ、大学時代
にヤマハRZ350が1981年に発売されて
すぐに購入
した。当時、発売前から大人気
で納車半年待ちだったが、新車販売枠が
まだ1台実車在庫がある店舗を知り、埼玉
県の奥のほうまで買いに行った。
行ったことのない土地にある店舗だったが、
後年何度も筑波サーキットで会うことになる
人からの情報提供だった。



名車だった。
フロントがハードブレーキングからの寝かし
込みでよじれることと、フレームが弱いこと
以外は非の打ちどころがないような名車
だった。
私はタイヤは登場したばかりの国産ハイ
グリップタイヤであるBSバトラックスを
はかせていた。
滑り出しがいきなり来る感じはあったが、
ピレリのファントムよりも面白い特性も
あるタイヤで、未来の熟成を予見させた。
もしかするとBSは世界を制するかも、と。

RZ350は、
今でも歴史上のオートバイの
中で、日本を
代表する名車の一つであると
私は思って
いる。
今でもRZ350に乗りたいし所有したいし、
最高
のオートバイだと私個人は感じる。


だが、盗まれた。
横浜のアパート(戸建て)の敷地内に
置いておいて、2日家を空けたら丸ごと
盗まれていた。
私のRZは新車本体価格とは別に、50
万以上かけて手を加えていた。
フレームに問題が出たので新品フレーム
にも換装して正式に再登録していた。
エンジンやキャブも内部まで手を加えて
いた。
しかし、丸ごと盗まれた。
隣りの部屋の慶應義塾に通っていた奴
(カワサキFX400乗り)が言うには、
「トラックで来て、作業ツナギを着た数人
が手際良く載せて持って行ったので、
修理にでも出したのかと思った」とのこと
だった。
警察に届け出たが、神奈川県警は逆に
こちらを犯罪者扱いするような態度で
まったく取り合わなかった。当時は犯罪者
も非常に多かったが、警察もオイコラ警官
しかいなかった(これマジ)。今の警察の
態度対応などは想像もつかないような
時代だったのである。
それ以降、隣りの部屋の塾生の奴の
カワサキと、セカンドバイクである私の
カワサキAR50を鎖で結んで駐車する
ことにしたが、ある時、並べて置いてある
2台が鎖で繋がっていることを忘れて
その慶應ボーイはFXを発進させて2台
まとめてドギャーンと転ばせたことが
あった(笑)。
すごく人間的に良い奴だったが、何と
いうかかんというか(笑)。
私も別段立腹もせずに、「気をつけてよ、
頼むぜ」とだけ言ったのだが。

彼の名古屋の実家にはAR50で横浜
から遊びに行ったことがある。

純正セパハンを裏返して数センチ低い位置
にセットアップしている。
AR50のセパハンのブラケットは、フォーク
トップのエンドカバーも兼ねていたが、ゴム
パッキンを噛まてシーリングすることでフォー
クのトップからのオイルにじみは防ぐことが
できた。


RZ350時代には、FX400と一緒に湘南や
いろいろなところに走りに行ったりもした。
彼も80年代ライダーであるので、焼き鳥
ヤッキーではなく、なかなか走りもキメていた。
ツーリングの走行中、横に並んでメット越し
に顔を見ると、必ず奴は親指を立ててサイン
を出すのが癖だった(笑)。
1日の道行きでそれを何度もやるので、
私はメットの中で噴き出したが、人柄はとて
も良い奴だった。

かみさんは、若い時にこれに
乗っていたこと
がある。

ホンダMBX50。


これは公称値は自主規制の7.2PSだ
ったとのことだが、絶対にそれ嘘だと
思う(笑)。
88NSRがある電線を外せばすぐに
68PS(公称は自主規制の45PS)に
なったように、この車もホンダお得意
のやり方で「パワーのホンダ」を実行
していたのではなかろうかと思う。
とにかく、同時期の他社50cc2スト
モデルとは比較にならない程の速さ
だったし、突き抜けてパワーがあった。
ベンチ値ではなく後軸出力で。

それが証拠にチェーンがすぐに伸び
た。締めても締めてもすぐ伸びる。
私も何度も乗らせてもらったが、他社
の50とはまるで別物だった。
私のAR50よりも確実に数段速かった
し、エンジンも非常によく回った。
人気も高かった。



私のARに乗ったかみさんは、
「このバイク、私のバイクより遅い。
面白くない」などと言いやがりました
ですよ、だったが、共に走るとすぐ
に見える。そこそこ「乗れる」人
だった。
彼女は、シフトダウンの時はきちん
とブレーキングしながらパンパンと
スロットルを開けて回転を適正に
同調させてオーバーレブを防ぐブリッ
ピングしてシフトしていた。四輪車
でいうところのヒール&トゥだ。
当然、フォームも焼き鳥ヤッキーでは
ない。まあ、それなりによく乗れていた。
動力付き二輪車の操縦方法について
は私がすべて理屈から教えたが、
確実に日を追うごとに「走れる」ライダー
になっていっていた。
彼女は知らぬ間に50ccで都内から
九州まで自走してツーリングする
ようにまでなり、また私が知らぬうち
に自動二輪の免許もいつの間にか
取得していた。
な~んにも明かさずに、ある日突然
自動二輪免許を持っていたので
驚いた。
その後、かみさんはベスパ100を
愛車としたが、MBX50はかなり
よく出来たオートバイだった。
2ストだから当然にして絶対にバカ
右手のラフ操作でプラグを被らせて
はならない車だったが。

羽田空港向かいの京浜島でテスト走行。


史上最高の動力性能走行性能を備えた
車をホンダは作り上げた。
旋回特性やハンドリングなどは、この後に
出た失敗作のNS250などよりもずっと
良かった。



だが、これも盗まれた。
丸ごと盗まれた。
四輪車の盗難も多いが、バイク泥棒も
この日本には非常に多い。
私はRZ350のサイドカバーを数えきれない
程盗まれたが、最後には本体まで盗まれた。
また、RZR250Rのマフラーは2セット盗まれ
ている。

(3セット目も同一犯人グループと思われる
窃盗団が盗みに来たが、成敗した)

バイク、車、車体部品を盗む奴は死刑で
いいと思う。いや、まじで。
今でも車両の窃盗が多いと聞く。
盗む奴はどんなことをしても盗んで行く。
トラックの架装メーカーでは、ディーラーから
預かった架装前の裸シャシの大型トラック
10数台分の
タイヤをまるまる盗まれたことも
ある。

警備会社のセキュリティを万全にしていても
これだ。

今でもバイク泥はかなりいるようだが、1980
年代は非常に多かった。

しかしねぇ。
人の物盗むなよなあ。家紋とか系譜とかも。
そういう犯罪者は、人間としてどこか大切な
ネジが外れているのでしょうね。
あー驚いた。


いや、これは時代が違いますね。
時代考証は正確に。

当時のトレンドはこちらでした(笑)。
元祖集団アイドル。
ただ、彼女たちは偉かった。どんなに歌が
下手でも決して口パクはしなかった。
今の時代、顔面改造が当たり前であるの
と同じで、歌ってもいないのに歌ってる
フリをしてステージに立ってる。
それ考えると、安室ちゃん偉い。
今は「ねつ造の時代」なのかも知れない。


台風24号

2018年09月29日 | 公開情報


台風警戒

2018年09月29日 | 公開情報



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明日9月30日の広島湾での釣行は
船長の判断により中止です。
列島各地のみなさまも警戒されます
よう。

船舶免許を取得する講習の時、改め
て天候を読むことと出航しない決断の
大切さを痛感した。
自然を舐めてはいけない。

本日午前10時30分の台風情報。
引き続き、NEWSなどの台風情報に
ご注目ください。


快適ロード

2018年09月29日 | 公開情報

走りの聖地?訪問~広島西部編~


私が先週末に走ったところはここです。
6:20からのワインディングロード。
この方は羅漢温泉からの上りで飯山
(いいのやま)を抜けてもみの木森林
公園に向かっています。

この道は私は18年ほど前、娘を連れて
毎週走っていました。道の頂上付近に
マス釣りができる人造湖のキャンプ場
があったからです(現在閉鎖)。
このエリアは広島県内で私は一番好き
なエリアです。


私の撮った動画は同じコースの下り坂、
上の人の動画の反対車線側です。

私は乗馬クラブの下あたりから撮影して
います。
上掲の人の動画のちょうどジャスト2年
後にバイクで走りました。


こちら私。空しか映ってなくてごみん(笑)。
Kawasaki KR-1



Cafe Racer - Short Film

2018年09月29日 | 公開情報

Cafe Racer - Short Film

なかなか(笑)。


プラダのCM

2018年09月29日 | 公開情報

THE TREE, Prada 'The Postman
Dreams'


プラダのCMがまるでダダイズムぽくて、
そこはかとなくシュールでお洒落。

プラダって何だ?という人は、プラウダ
あたり読んでいれば対極にあることが
分かるかと。


バイクの積み込み

2018年09月28日 | 公開情報

バイクの積み込み


イイ!(・▽・)

私はどうやってハイエースにバイクを乗せて
いたかというと・・・
木の板ですよ、板(≧∀≦)
分厚い足場の木の板。

ま、昔はそれが一般的だったのですが(笑)。
部屋の中に入れる時もそれを使ってました。