渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

公道レース

2013年05月22日 | バイク・車



やっぱり公道レースは気が狂っとる!アルスターGP2009のオンボード映像



気が狂ってるとは思わないけど、リスキーすぎるよな。マン島TTにしろ。
これ、直線で300は出てるね。
本当の意味での「ロードレース」だな、これは。


高校の時のクラスメートが国際A級になってマン島走ったけど、
俺が落ち着いて結婚した時、家にチームの若い子連れて遊びに
来たから
「マン島は怖くねーの?」と訊いたら「こえーよ(笑)」とか
言ってたなぁ。その夜は新婚のかみさん残して、渋谷の店にやつらと
一緒に飲みに行った。店の真ん中にレーシングマシンが置いてある
バーだった。
公道レースは、走るのが怖いというよりも、エスケープゾーンがゼロと
いうのと、医療設備等の問題で怖いよなぁ。コース脇からの距離ゼロ
メートルに観客がいるのも怖い。

ポニーからやつのビデオが出ていたっけ。観たことないけど。
あいつうまいこと全日本でポイント獲って、ポンポンと国際Aまで
上がったよなぁ。
ノービスが白、国際Bが緑、国際Aが赤ゼッケンの頃のオハナシ。

不思議なことがあるもんで、その前にそのクラスメートに会ったのは
サーキットではなかった。
俺が富士スピードウェイでの練習の帰り、トランポにマシン積んでの帰路、
混雑した道で後ろからカワサキKR250が渋滞すり抜けて来るのがミラーに
見えた。
ヘルメットがどこかで見たことあるオリジナルですよ、と。
(レーシングライダーはレプリカなどという他人用のデザインのメットは
まず被らない。自分のデザインのメットを必ず被る。町中でも)
車内のチームの連中に冗談で「お。昔のレーシングチーム仲間が今ここ
通るよ」と言ったら、本当にそいつだった。窓から顔出して「よう」と声をかけたら、
「おう」と返事が来たが、それ以前に会ったのは数年前に筑波で会った
きりだったから何年も会っていないのに違和感ないまるで3日ぶりみたいな
挨拶が不思議だった。
「じゃあな」「おう。気をつけてな」と交わしてバイチャ。
しかも、公道であいつがバイク乗ってるの見るの、高校の時以来だったよ(笑

でも、思い出したら、ときどき妙なとこで奴とは遭遇したりしてた。
高円寺のゲーセン入ったら奴がいたりとか、新宿の街中でばったり会ったり
とかね(苦笑
今は奴はおっちゃんになってレースはとうにやめているが、どうやら
本格的なサーファーになっているらしい(笑
大丈夫か?をい。溺れんなよ。
てなこと言ってて、最後に電話で話をしたのはちょうど10年前、渋谷の例の
店で俺が女と二人で飲んでる時だった。「今、この店にいるけど来ないか?」と
誘おうとしたら、明日海行くから駄目だと言われた。「てめ~、浮気してんじゃ
ねーよ」と俺に言うから「浮気じゃねぇよ(笑」と答えた。
今、あいつはどうしてんだろね。まあ、便りのないのはよい便りってね。
そうそう。高校はバイク通学禁止なのに乗って来たの見つかって一発退学に
なったんだよな、奴は(苦笑
でもって、都立に転校していったんだった。
ライトチューンしたヤマハRD250だった。
峠では速かったけど、俺の方が速いかな(嘘
(本当は最後まで峠では抜けなかった。ノービス時代は筑波では俺の方がタイム
出たことはある)

あ~!思い出した。
高2の時、あいつ、俺の中学の時のバスケ部の1学年上の先輩(石原さとみ似で
かわいかった)にベタ惚れ
したんだった(笑
俺が熱出してサーキットでの練習休んだ時、俺に内緒で富士に連れて行ったり
してたなぁ(苦笑
ポッと突然思い出したよ。
バリ伝みたいな青春だったよ(笑
そういやあいつはヒデヨシみたいだし、体型も(^^;
鈴鹿に行った時、どつきあい(笑

え~と、おいらは当時から20キロ太りました(笑
一昨日一緒にタコ焼き食った大坂人の友人は、俺がサーキットを走っている昔の
動画を見たことあって、たまたまその話題がタコ焼きの時に出ていた。
「めっちゃ痩せてたやん」
だそうです(^^;
重さで言ったらスーパーバンタム級くらい。身長174程だから、まあ細かったわな(笑
でもね~、握力は70kgあったのよ。リンゴがグシャリと簡単に潰れた。ブレーキと
クラッチ使うからね~。腕がアガらないためにも握力は必要だったからトレしてた。
タバコは吸わないし酒も飲まない。炭酸も砂糖も摂取しない。呼吸も片山敬済さんから
教わったように鼻から吸って口で吐く。
当時は、マシンの走る先に夢が詰まっていたからね。
今は腹にホラが詰まっている。


吠えるランボルギーニ

2013年05月20日 | バイク・車

















5.2リッターV10で600馬力。
なんだこれ?
マッハ号か?(苦笑
このマシンの名は「エゴイスト」。
メーカーは「このエゴイストは一般オーナーに販売するつもりはない」とのこと。
あっそ。
「この自動車は、もっとも特別で究極のものだけを求める、真に洗練された
人々のためにデザインされたものです。快楽主義を極限まで追求し、あらゆる
妥協を捨て去った結果。それがエゴイストです」

ということだそうだ。
んなこと言って気取っても、所詮はフォルクスワーゲンだろ?(苦笑
金の力で、苦境にあえぐ他社メーカーやブランドをどんどん傘下に買収していった
だけでしょ?
そういうのを洗練というのなら、ずいぶんとエグイ19世紀的なカビの生えた
「洗練」だねい。マシンは凄いが、販売者の発想が薄っぺらでつまらん。
ステレオ脳の典型のような感じ。


龍馬を斬った男 ~その技は丸橋か?~

2013年05月18日 | 文学・歴史・文化・科学

岡山から帰宅して、家内が録画してくれていたTV番組を観た。
坂本龍馬暗殺に関する番組だった。
なかなか良い番組を録画していてくれた。興味深く観ることができた。

かねてより坂本氏殺害の実行犯は諸説があるが、最近の研究で、
実行犯は見廻組の桂早之助(かつらはやのすけ)であるという説が有力だ。
番組もその一説に沿った内容だった。
これは、桂氏の遺族が近年博物館に寄贈した「坂本龍馬を斬った刀」が
世に出たことにより明らかになってきた新たな説だ。

私の親の世代、戦時中の書籍を読むと、いかに当時が明治政府の延長に
世の中があったかがよく理解できる。新選組や旧幕府のことなど蛇蝎のように
扱われている。桂氏の遺族の方が代々家に伝わった事を頑なに秘して
いたその心情も察するに余りある。

そもそも、「靖国神社」に幕府側の士や東北諸藩の戦死者が今もって
一人も祀られていないことからも、「靖国神社」がどの政治勢力のために
建立されたものかが現代に至っても明白に浮かび上がる。
まして戦前などは、「朝敵」などはたとえ旧日本の為政者であろうとも大逆の
徒党であり、新政府軍の延長にある帝国政府と国家にとっては絶対に
認めることができない存在だったことだろう。
戦後数十年過ぎた最近になって、幕末に坂本龍馬を暗殺した人物の
遺族がやっと「伝えられた事実」を明かしたのは、それなりに歴史的な
「世論」の変遷という時代背景があったからに違いない。
今の日本はずっと元から今のままではない。天皇陵の学術調査が数年前に
やっと許可されたように、
ようやく、「民主的」な議論も可能な世の中にどうにか
移りつつあるという
ことだろう(それを再び閉塞させて物言えぬ世にしようと
している勢力が
現在実権を再度握ったのだが)。

(坂本龍馬を斬ったとされる小太刀)


上は桂早之助の差料と伝えられる脇差である(越後守包貞)。
桂早之助は「西岡是心流(ぜしんりゅう)」の名手であったと伝えられている。
上覧試合で50人抜きをした剣豪といわれる。

ただし、同じ龍馬襲撃犯だった見廻組の渡辺篤が襲撃の様子を弟の渡辺安平や
弟子の飯田常之助などに語り、父から贈られた「出羽大掾藤原国路」
で龍馬を
斬ったと述べている。渡辺篤も「西岡是心流」を遣う。襲撃した刺客七名のうち、
桂早之助、渡辺一郎(のち篤)、世良敏郎の三名が是心流剣客だ。

西岡是心流とは、大和郡山藩の西岡是心が流祖の剣術である。西岡是心は
はじめ「いかり半兵衛」と名乗っていた。吉田武八郎の是心流も同系と思われる。
尾張徳川藩の是心流は西岡是心の門人大野伝四郎からで、一に円導流ともいう。
大野義章の門人である金輪五郎は赤鞘団九郎の異名との説があり、荒っぽい
剣技で世に知られており、大村益次郎暗殺者の一人でもある。

是心流剣術系譜
西岡是心--服部新五兵衛
        |
         -大野伝四郎秀促・・・大野弥三郎定真-吉田嘉平太-
                                             |
        ------------------------------------------------
       |  
        -大野応之助義章(明治9年4月26日亡)--金輪五郎
                                   |
                                   |-榊原鼎唯愛
                                   |
                                   |-赤松茂重威


坂本龍馬襲撃犯の一人である渡辺篤も是心流の剣士であることには
注目できる。
ただし、録画したTV番組では明らかな「齟齬」があった。
誤謬も甚だしいので指摘しておく。(研究者数名から私宛に指摘あり、補正加筆)
それは、是心流剣術の皆伝免許の巻物に記載されている業のうち、
「丸箸之位」において、「一 五本有リ」と説明されている業の内容で
「右ハ小ジナイニテツカウナリ」とある部分をTV番組では「右手に小刀を
持つ異形の二刀流」と解説していたのだ。

(是心流兵法目録)


こんな馬鹿な解釈はない。
兵法目録に暗いからという以前に、日本語の用法を知らなすぎる。
「右 御礼まで」とか普通に日本語で使うではないか。

件の兵法目録を俯瞰で見てみると・・・





次の業「満字ノ位」は「一 二拾八本有リ」と記され、そこにも「右者キリクミナリ」と
「右の記載については~である」と明記されている。
更にその次には、それら右行に記載された業について、「右五行ノ表之利」とも
明記されている。「右五行」とは「順歩」、「逆歩」、「歩別」、「丸箸ノ位」、「満字ノ位」の
五体系のことを指しているのだろう。前三種は歩行法に重点を置く剣理、「丸箸ノ位」は
小太刀勢法、「満字ノ位」は「キリクミ」つまり「斬り組み」のことで組太刀のことであろう。
満字とは万字のことで卍のことでもあると思われる。つまり、切り結ぶ際の術義要諦が
まとめられていると推察できる。その五体系を以って是心流の表業の剣理とすることが
記載されている。
「右ハ小ジナイニテツカウナリ」を右小刀・左大刀の二刀流とするのは、まったくもって、
番組製作者の早計な解釈も甚だしいと思われる。目録行の内容配置からしてもその
ような構成は読みとれない。「丸箸」はカゲ流系にある「丸橋(円橋)」のような術理を
「小ジナイ」にて遣う術義と思われる。

無双直伝英信流の高段者である京都の歴史博物館の責任者も番組に出てきて
龍馬暗殺の際の状況説明を剣術的見地から説明していたが、この兵法目録の
解釈についての大誤謬というかデタラメのことは聞かされていなかったのでは
なかろうか。聞いていたら剣の心得ある者なら「ちょっとまて」となるはずだ。
剣術・居合術家でなくとも、まっとうな日本人ならこの「是心流兵法目録」記載の
「右」が「右手」ではないことくらい容易に理解できる。
番組中「是心流は絶えており現在その内容は明らかではない」としているが、
だからといって「奇妙な二刀流」と称して目録記載映像を流しながらも物事を捏造して
よいわけがない。目録の前後を一読すれば、その記載が「右手」ではないなどという
ことは
一目瞭然であるのに、番組を「猟奇的に面白く見せる」ための浅はかな捏造
演出である気配
が濫水の如く溢れていて、私はいかさま落胆した。
上述したように、失伝した業を目録から読み取るに、可能性として文字に「箸」を用いて
いることから、「丸箸ノ位」の中身が「二刀の部の五本」という可能性も否定できないが、
目録の前後表記形態の相対的俯瞰および剣術総論ならびに日本語の常識からして、
この可能性は限りなく低い。限りなく低い可能性を突出的に抽出して、失伝をいいことに
「二刀流である」と断定しているところに、この番組の製作姿勢の問題が惹起している
のである。
この目録の当該表記部分は素直に目録に記載されている通り「右に記す業は小刀
(ショウトウ=コシナイ)を使うものなり」と解釈すべきだろう。


ただ、救いは、坂本龍馬暗殺の実行犯は誰であるのかについて、「桂早之助という
説に沿って今回はお伝えしました」と明言している点は偏向姿勢ではないので評価
できる。

しかし、「右手に小刀、左手に大刀」という解説を番組でしながらも、桂氏が小太刀
一本で龍馬を斬ったという説明をしている製作サイドの解説の連綿性がまったく
存在せず、やはり「変則二刀流の遣い手が龍馬を斬った」と「えっ?」と思わせて
猟奇心を煽る「恣意的」な
製作姿勢が見えてしまう。

龍馬を斬った真の実行犯は現在も明らかになってはいない。
襲撃グループの一人である
渡辺篤も桂早之助と同じ是心流の小太刀を修めている。
しかも、渡辺本人は
自分が斬ったと弟と弟子に語っている。
さて、真相は・・・。
言えることは、斬られた龍馬本人も相手が何者か知らなかっただろうということだけだ。
暗殺とは得てしてそういうものだ。
果し合いとは違い、たとえ自分が死ぬ時にも、敵の名を知ることはない。
倒される方は死の覚悟をする間もない。テロリズムとはそうしたものだ。
いくらいつでも死する覚悟を朝起きた時にするのが武士であるとはいえ、あっという間に
不覚を取り、敵の名も知らぬまま斬り伏せられたとあっては、武士にとっては、やはり
無念であったろうと私は思う。
龍馬の魂は成仏していないに違いない。たとえ「靖国神社」に祀られたとしても。
尤も、「靖国神社」は明治に新造された国家神道の代弁者でもあり、神仏習合を破棄
して廃仏毀釈の先鋒でもあったから、龍馬の魂が「成仏」するかしないかは、内実と
しては関係がないのであろう。英霊ってなんだろう。私にはよくわからない。
本当に国を案じ、国民を案じ、鎮魂の祈りを捧げることが、なぜ「薩長勢力」の
広告塔として建造された「靖国神社」の「参拝」へと繋がるのか、私には釈然としない
ものがある。
靖国という発想はいいだろう。当然だと思う。
ならば、敵方であったとはいえ、日本の国を憂いて、天皇から征夷大将軍を拝命した
将軍家の為に起った旧幕・東北の士たちも手厚く
祀るべきではないのか。
日本政府と国民の大半は、旧幕臣と東北の士に「朝敵」の汚名をいつまで着せる
つもりなのか。

未だにかつてのアメリカ合衆国政府が為したネイティブアメリカンに対するような
扱いを旧幕臣や東北の諸士に対して日本政府が為していることは、私には到底
納得が
いかない。 
「勝てば官軍」とはよく言ったものだ。敗者の苦悩は昭和20年とその後の国政に
おいて自ら味わっている筈なのに、過去の同胞の敗者に対しての名誉回復は
未だに一顧だにされていないのである。国士を気取る連中においてさえ。
それが果たして愛国者と呼べるのか。
戊辰戦争の「戦後」はまだ終わってはいない。
 


映画における居合術

2013年05月13日 | 映画・ドラマ・コミック



映画作品の中で、殺陣(たて。元々は殺人=「さつじん」と言った。後に殺陣=さつじん

に変化。さらに「たて」と読ませるようになった)で使われている居合術を見る。

まずは、リメイク版『浪人街』で中尾彬のワル旗本たちに捕えられた樋口可南子を
救出に向かうグデングデンに酔った原田芳雄の助太刀に死に装束で駆けつける
土佐浪人役の石橋蓮司の居合。
『浪人街』(1990年/監修:マキノ雅広、監督:黒木和雄/主演:原田芳雄、勝新太郎、
石橋蓮司、田中邦衛、樋口可南子 他)

石橋は土佐人という設定だ。

次は、「犬の子」と蔑まれた下級の者から居合術を以て藩の暗殺役になっていく
非業の剣士を描いた『剣鬼』から。
無足人の斑平(はんぺい)は見知らぬ老剣士の居合術に目が釘付けになる。
『剣鬼』(1965年/監督:三隅研次/主演:市川雷蔵)

完ぺきに土佐英信流の業を抜いている。製作年が昭和40年。
吹き替えの居合剣士はどなただろうか。

そして極めつけはこれ。名シーンだ。説明は要らない。
『椿三十郎』(1962年/監督:黒澤明/出演:三船敏郎、仲代達也、加山雄三、田中邦衛 他)



古い時代に行くほど殺陣の質が高いことが判る。
ただし、二番目の『剣鬼』は本物の居合剣士が吹き替えているので役者の演技とは
いえない。
では、同作で市川雷蔵の居合殺陣はどうかというと・・・
剣鬼 予告篇

物凄く下手。納刀の際にあわてて刀身を持とうとしてしまっている。
全然「おみごと」ではない。
本編のラストシーンでも大人数を相手の居合立ち回りで何度も納刀を
失敗し、やはり刀身を左手で握ってしまっている。だめだなぁ、雷ちゃん・・・。

最近の映画では・・・
真田広之さんが頑張ってます。映画作品はガッカリだったけど(^^;
アメリカ視点だから、侍の機微や時代考証についてはよく理解できて
いないんだよなぁ。横浜から江戸城の宮城が見えちゃうし(^^;
The Last Samurai - Ujio Beheading deleted scene

非常に「感情的」な映画作品で、私としては×でした。
日本人の武士の心をステレオタイプにつなぎ合わせて描写した映画でしたし。
西郷さんを悪く言う訳ではないけど、ラストサムライというのは、会津や
奥羽列藩同盟の武士たちのことだと私個人は思っている。維新後の「官」軍内
の仲間割れに士魂を持ち込むのはどうかと思っている。士族はいても武士はなし。
それが明治だったし、現実的な士族の反乱は士魂の貫徹のためではなく、
別な政治力学が働いていたわけだし・・・。


ということで、映画における居合術を見てみました。
他にもいろいろあるけど、今夜はこのへんで。

そういえば、上に掲げた作品、全部DVD持ってるよ(笑


夏八木勲さん さようなら

2013年05月13日 | 映画・ドラマ・コミック



物凄く好きな俳優だった。
日本映画にいなくてはならないような人だった。
特に、『野性の証明』での北野刑事、『白昼の死角』での知能犯鶴岡の役が印象に残る。
鶴岡なんて最高だった。封切の時に何度も観た。この作はビデオ化されていない。
また、現在では実現不能で絶対に考えられない超豪華キャストで製作された日本映画の
最後の時代劇である
『柳生一族の陰謀』における別木庄左衛門は、夏八木さん以外には
イメージできない
ような迫真のサムライの演技だった。これは成田三樹夫さんの烏丸少将
がハマリ役だったように、夏八木さんの別木はぴったりだった。
日本映画界の良質の俳優がまたひとりいなくなった。

さようなら。


秀吉の陣中文書発見!

2013年05月11日 | 文学・歴史・文化・科学

  

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 こ、これはすごい!
 こういう資料って今でもまだ発見されるものなのですね。


豐臣 秀吉(とよとみ ひでよし)/ 羽柴 秀吉(はしば ひでよし)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・天下人・関白・
太閤。三英傑の一人。はじめ木下氏を名字とし、羽柴氏に改める。
本姓としては、はじめ平氏を自称するが、近衛家の猶子となり
藤原氏に改姓した後、豊臣氏に改めた。 尾張国愛知郡中村郷の
下層民の家に生まれた。当初今川家に仕えるも出奔した後に
織田信長に仕官し、次第に頭角を表した。

黒田 孝高 / 黒田 如水(くろだ よしたか / くろだ じょすい)は、
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。孝高は
諱(いみな)で通称の「官兵衛」や出家後の「如水」の号で有名。
豊臣秀吉の側近として仕え、調略や他大名との交渉などに
活躍した。竹中重治(半兵衛)と双璧をなす秀吉の参謀であり、
後世に「両兵衛」「二兵衛」と称された。キリシタン大名でもあった。
子に黒田長政がいる。