渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

バックル・ブーツ

2016年10月31日 | バイク・車



あたしゃ思うんですけどね。
今考えると、このプロショップ・タカイのレーシング・ブーツ
のバックルというのは、何の役目もしていなかったような
気がするのです(苦笑)。
平さんと同じモデルだったけどね。真似した訳じゃないけど、
当時タカイの製品はとても優れていたんですよ。
ブーツの造りなどはクシタニなどよりもずっと良かったし、
ソール形状のステップのホールド性なども頭抜けていた。
ただし、この上と下の2バックルは意味不明だった(笑


バイク乗り あるある

2016年10月31日 | バイク・車



ゲーマーの友人のところから無断でかっぽってきた画像だけど、
どうしてバイク乗りって、必ずこれをやるのだろう?(笑
おいらも、こういうのがあると毎回やってますた(・_・)


おにぎり

2016年10月30日 | 文学・歴史・文化・科学



おにぎりは、たぶん米飯が倭国に入ってきた頃からあったの
ではとは思うが、出土遺跡からは弥生時代のおにぎりらしき
ものが発見されている。
米を丸めて固めてというのは簡単に思いつきそうだ。

ただ、これがただギュッギュと固めるだけではないところが
あったりするんだよな。
画像は現在のあるおにぎり屋さんのおにぎりだが、高校時代
に毎日作ってくれたおにぎりはもっと固めてあった(笑)。
それが、外側が硬く、噛むと口の中でほぐれるというような
絶妙の握り方で、人生16年の人がよくこんな握り方ができる
なぁと毎日感謝しながらありがたく頂いた。
この中の具が分るのは、プロとなった今の一つの工夫だろう。

最近ではコンビニのおにぎりが一般化したが、あれは機械で
押しているので、まあなんというか、人が握ったような絶妙さ
は出ていない。
私が勤務する会社の目黒の本社のそばにもおにぎり屋さん
があるのだが、試しに買って食べてみたら、これがまたことの
ほか美味い。
コンビニおにぎりとは違うんだなぁ。
握り寿司でもてき面だものね。寿司職人が握った握り寿司と
機械で型押ししたのではまるで味が異なる。

さしあたって、おにぎりは今でも日本の馴染み深い携行食料
なので、もしかしたら、現在まで続く日本で一番古い歴史を持つ
食べ物かもしれない。

ということで、先ほど、5kmほど歩いて来たので、いまから
おにぎりを食べることにする。
コンビニのだけど(^^;
おにぎり食べるたびに高校時代を思い出すとは、これは一生
記憶から離れないということだね(笑)。
今はもうほぼ食べることができなくなった絶滅寸前の宮城米
ササニシキがコシヒカリよりも美味いと知ったのは、その米屋
(後におにぎり屋)の子のおかげだった。
ササニシキは本当に美味かった。
お米を愛するおにぎり屋さんよ、永遠に。


『七人の侍』 ~クロサワに見る侍設定のカラクリ~

2016年10月26日 | 映画・ドラマ・コミック

以前にも触れたネタだが、世界のクロサワ=黒澤明監督の作品
ついて。(黒澤明は私の高校の先輩)


クロサワの作品で不朽の名作とされるのは『七人の侍』だ。
現代人で武士と同じ装束で何かをやっている方々には是非一度
ご覧になってもらいたい映画作品だ。
この作があったからルーカスやスピルバーグが映画の道に進んだ
のだし、シュワルツネッガーをはじめとする多くのハリウッド俳優が
役者になろうと決意した。
『七人の侍』は、野伏せりの野党から農民を守る七人の剣士の傭兵
物語である。

その『七人の侍』の中では「薪割り流を少々」と言ってた林田平八が
なかなか味がある。七人の侍の旗を造ったのも彼だし、傭兵チーム
のムードメーカー的な存在だった。


ところで、名作映画『七人の侍』(1954年)は世界初の傭兵映画
作品
なのだが、登場する七人の傭兵はリーダー以外全員名前が
数字と
関係してるというのはご存じだろうか。
これはクロサワの作戦のような気がする。
4から命名したのも、三船敏郎が3だからのような気がする。
そしてその三船の役名に千を持って来たのは千秋実(平八役)から
だった
りして。
それくらいのカラクリはクロサワならば組み込みそうだ。
平八は作品の中で、百姓出身の菊千代(三船)を最初は一番から
かっていたが、やがて半分農民半分侍として認めて旗に描いたの
だった。そして、七人の傭兵の中で、一番最初にムードメーカーだ
った平八が死亡する。
だが、落胆するメンバーを鼓舞して今度はムードメーカーになった
のは菊千代だった。そして、菊千代が最後に死ぬ。
この人的相関性は、脚本の中で描いたクロサワの心の絆のバトン
とチームワークというロジックとしてのトリックだったろうと私は読ん
でいる。

<七人の侍たちの数>

・島田勘兵衛・・・・・リーダー
・菊千代(三船敏郎)・・・・・・・・・1000
・岡本勝四郎・・・・・4
・片山五郎兵衛・・・5
・七郎次・・・・・・・・・7
・林田平八(千秋実)・・・・・・・8
・久蔵・・・・・・・・・・・9


足元大切 4 ~2バックルブーツ~

2016年10月25日 | 文学・歴史・文化・科学

実物軍用2バックルブーツはなかなか手に入らない。
まして新品未使用となると、かなり探しても、タイミング
合わなければ入手はできない。

そういう時には、国産のミドリ社発売の安全靴で代用することも
できる。光っているバックルを黒く塗れば、見た目はミリタリー・
ブーツと区別はつきにくい。

ちなみに、かつての日本警察機動隊はこれを使用していた。
都仕様は、バックルのゲートル部分が着脱できるタイプで、
それを取ると、くるぶしまでがガードされた丈の短い軍用
アンクル
ブーツとなった。



こちらは実物フランス軍の2バックルブーツ。
未使用デッドストックだった物である。


このフランス2バックルブーツは、第二次大戦後に米軍バックル
ブーツがフランス軍に支給され、その後、フランス国内で国産化
したものだ。
この2バックルブーツというものは、それまでのくるぶしまでし
かカバーしない軍用アンクルブーツを不要にさせた革命的な発案
だった。

<ハイカットが登場するまでの一般的な軍靴であるアンクルブーツ>


それまでの軍靴と脚周りの装備はどのようなものだったかというと、
日本軍も
そうだが、アンクルブーツにゲートル=脚絆を巻いていた。


ただし、戦中から戦後にかけては、足首部分をガードするように
ゲートルを巻く方式が西欧各国では一般化した。





このゲートル巻きは、英軍においては1980年代まで制式化されて
いた長い歴史を持つ。

<英軍王室海兵隊/第二次世界大戦中>



<英軍空挺部隊/第二次世界大戦中>


<英軍海兵隊/戦後>


<英軍海兵隊/戦後/北アイルランド>


<英軍海兵隊/フォークランド/1982年>






<ドイツ兵と日本兵/第二次世界大戦>




もっと昔の、文字通り徒歩のみの丁髷時代日本の歩兵のゲートルと軍装(笑)。


古今東西、洋の内外問わず、足元大切(^^;
裸足で水泳はできるが、登山はできない。

<日本の伝統的ライト・インファントリー=軽歩兵部隊の装備>


「伝統式典」と称して再現している歴史祭りなどの実銃鉄砲の
空砲発砲演武の多くは、皆さん軍=イクサ=の要となる足軽を
馬鹿にしているのか、あるいは自分がお山の大将になりたいの
か、全員が揃いもそろって鉄砲隊大将大集合の鎧兜で火縄銃を
発砲している。
こんな馬鹿げた「再現」演武などない。
一体どういう設定だというのだろう。上級武士コスプレしたがり
屋さん大集合!なのだろうか。
「伝統」を呼称しているが、そういった類はいくら「~のような
もの」を装っても、玩具銃での趣味的遊戯であるサバゲとなんら
変わらない。鉄砲隊ならば鉄砲隊の足軽部隊と指揮する将という
のでなければおかしいのに、すべて皆が立派な甲冑を着用して
勢ぞろいして鉄砲を放つ。まるでイクサの再現ではない。
趣味的遊戯であるエアソフト・ゲーム(サバイバルゲーム)では、
軍人でもないのに自分に階級を付けたがる人が多い。大抵は将校
以上であり、ハタチくらいの大佐がいたりもする。
だが、これはまだ趣味的な勝手な世界だから、イタすぎるのは
置いておいて、勝手次第なのでまだよい。眼鏡かけてるパイロット
とかね。あり得ないことを個人的希望でコスプレでやっているが、
あくまでそれは個人趣味のお遊びであり、セーラー服趣味者と同
じ類の話だ。
だが、それらと同じような感覚で「伝統」を再現する時代祭りに
臨んだら一体どうなるか。現況みられるように、侍大将大集合で
全員が将以上の格好をしている。そして将だけで兵はいない。
兵なきイクサなどどこにあろうか。
火縄鉄砲撃ちは偉そうにしていないで、「趣味のお遊びで、伝統
や文化は関係ありません」と正直に言えばいいのに、と思ったり
する。
嘘を以って「本物の伝統の再現」と言うのは、あまり褒められた
ことではない。
そうしたことは、仰々しいハッタリ衣装を好んで着用する捏造武芸
流派と精神的土壌が同じ地平にあるようにも思えたりする。

ちなみに、私がミリタリーコスをするのは、いくら女子高制服まで含めた
ユニフォーム研究家であるとはいえ、完全個人的な趣味である。
そこには大義もなにもない。
居合や撞球も趣味の嗜みである。
それで生活している訳でもないのに、自分がただ好きでやっている事に
大義や正当性を持ってくるから、世の中おかしなことが多く発生する。
大抵は、趣味の病が高じると、金員を費やして家族から顰蹙を
買っている筈だ。
但し、その趣味の世界での物品の生産者は生活がかかっている
ので、趣味ではなく本職のプロの仕事となる。
趣味者が社会的な意味と功績があるとしたら、それは消費による
業界の本職たちに経済的貢献をしている程度のことである。
それを何を勘違いしているのか、偉そうに振舞って正当化しては
ならない。
単なる個人の私的なことに全人民的な普遍的社会性はない。

足元も大切だが、襟元も大切だ。


本格オフロード車 日本で認可 公道走行可能に

2016年10月24日 | バイク・車











■モデル詳細
車種名    :MRZR4(エムレーザーフォー)
エンジン   :2気筒 4ストロークDOHC ガソリンエンジン 875cc
駆動方式   :オンデマンド式 AWD/2WD
参考サイズ(cm):L 359×W 155×H 188
重量     :900kg
最大積載量  :200kg
乗車定員   :最大4名
カラー    :ミリタリータン


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来た!これ!

私は大特免許ないから運転できないけど(笑








これが原点 ~ルパン三世劇場版第1作~

2016年10月21日 | 映画・ドラマ・コミック



しまった!
録画し忘れた(^^;
途中から録画だよ(笑

ところで、このバイクすげ~な。
ハンドルどうなってるんだ?(笑


映画『天地明察』

2016年10月20日 | 映画・ドラマ・コミック

『天地明察』(2012)

私は面白かった。
松本幸四郎の脇差の差し方が萬屋錦之介ばりに見事である、というところ
ではなく(笑

「映画」として観たら、出演者の演技力によって助けられているという
感はあるが、私は本作は面白かった。

宮﨑あおいさんのいいこと(≧∇≦)


ただし、文字が出るシーンでは、刀剣の代銘を見抜く私は見てしまった。
主人公安井算哲と算術者関孝和の文字は、どなたか毛筆指導の同一人物
が書いたものであることを。

やはり、書き手を特定されないためには、数種類の筆致と運筆強弱を使い
分けられないとならない。
とはいっても、そのような技術を身につけているのは、公安当局や対立
党派からの狙い討ちを回避する必要があるような者だけだろうが(笑
しかし、写楽はしてやったりだった。
現在は写楽が誰であるかはほぼ判明しているが、つい先ごろまでは写楽は
一体誰であるのか不明だった。
まさに「お主、役者よのう」なのであった。

本映画作品は、その役者の演技が差し出がましく前には出ず、しかしながら
演技の粒立ちが星の如く煌めく点が、私には好感が持てた。
星は仄かに瞬くから美しい。



この作品は私はおすすめです。
夫婦、恋人、何かに打ち込む人に観てもらいたい良作と私は思う。


本物の剣界の継承者

2016年10月16日 | 文学・歴史・文化・科学



タイ捨流剣士にこの『バガボンド』の主人公武蔵にソックリな
人がいる。
もう生き写しというか、正真正銘の本物の剣士。見れば判る。
発する剣気が、本物の剣士から幾星霜を駆け抜けて残し伝え
られた本物であることを。本物の伝承者であることを。





伊勢守から続く、まことの命の血脈が続いている。












本物の命がここにある。
ガム食いながら自称宗家とやらが道場に入ってきて、始まりの礼も
相互の礼も終礼もなく、私語でしゃべりつつ飲食しながらすべての
刀の目釘が緩みまくって鍔がカチャカチャ鳴る刀を振り回している
という捏造デッチアゲ贋物のコスプレ異形大好き自称古武術流派
とはまったく異なる本物の世界。
本物の上泉伊勢守の剣界の子孫たちがここにいる。

贋物コスプレサークル流派がどんなに嘘捏造を繰り返そうとも、
絶対に超えられないものがある。
それは、「歴史の真実」という重みだ。
本物には嘘偽りが一切ない。
これは、捏造創作贋物芸能流派には絶対に得られない核心だ。

しかし、それにしても、タイ捨流に伝わるこの武器は、一体・・・。
正倉院に残された例の古代武器によく似ている気がする。
使用法は私は知らない。


ブリティッシュ・ベレー・カラー

2016年10月15日 | 文学・歴史・文化・科学



英軍ベレーの色は沢山ありすぎてわけわかめ、というのはある。
特にグリーンなどは微妙に色合いがすべて違うのだが、すべてに
名称がついている。
この画像では判りにくいが、王室海兵隊のグリーンのベレーは緑
に青が入った独特の色合いで、これは世界中で英国王室海兵隊
のみが採用している色だ。その色が地球上のミリタリーベレーの
根源である。
さらに、各部隊一色のみという割り当てではなく、同色を別部隊で
使用することもある。非常にややこしい。
一番左の上段のマルーン色のベレーは自衛隊も採用している。

映画『ワイルドギース』で使用されたベレーは、上段左から一番目
(将校)と三番目(下士官・兵)のベレーだ。
↓ 上段左から三番目の色はこれ。


この色は、ロイヤル・プリンス・オブ・ウェールズやロイヤル・
アングリアン・レジメント等が制式採用しているオリジナル
カラーだ。
この色が他の色と違って特筆的なことは、光の加減によって
まるで光学迷彩のように色合いが違って見えるというような
色であることだ。これは肉眼でもカメラでも色合いが異なる
ように映る。状況に応じて、自然に色が違うように見える
いう不思議な色合いなのである。



(まるで映画製作会社の「衣装さん」。これはごく一部)


話は変わるが、テッポはこれが一番いいかな。
エアソフトガンでは売ってないけど。


この銃はマニアックなことに、望月三起也先生の名作劇画『ワイルド7』

の「地獄の神話」の中で出てきた。
悪役の政財界のドンである神話が雇った殺し屋兵が、怪我で入院した
主人
公飛葉の病室を揺れるクレーンから狙撃する時と、横浜にある植物
での直接対決の時だ。
その植物園での対決は、『ワイルド7』の中でもトップクラスの名シーンと
ワイルド7ファン
の間では評判のシーンである。
まるで映画のようなコマ割りと描写で、1970年代当時、タイムリーに
連載を読んだが、私もやはりこのシーンが一番印象的だった。
ただ、とても残念なのが、週刊誌での連載では、飛葉がバイクで植物園
のガラスをぶち破って突入して射撃しながらバイクでジャンプするシーン
がコミック版では削除されてしまっている。
これは週刊誌では、この突入シーンが見開き2ページで広がり、そこに
「ワイルド7」とタイトルが出ており、まるで往年の日活無国籍映画の
ような描写になっているのである。しかもその見開きはカラーページだ。
これは是非とも、コミックスの再販の際には復活させてほしいと願う。
この画像の銃は英国にも見放されて「反英国派」となったイスラエルが、
ソ連の
AKやベルギーのFALを自国銃とした際のイスラエル版FALである。

WW2の戦後、自国産業が未発達ゆえ各国の武器を流用していたイス
ラエルだったが、名銃サブマシンガンのUZIをはじめ、その後は自国産の
銘銃を数々創造した。


イスラエルは、最近ではこのような変態銃まで採用している。


「昔住んでいた土地だから」と2000年ぶりに現在人が住んでいるところ
に「ここは俺たちの土地だから」と集まってきて「侵略占領」して建国した
のが
イスラエル国家だが、2000年前の土地だからって、それは、ねえ・・・。
いろいろあるが、まあ、アラブとイスラエルの対立の図式は簡単にいえば
そういうこと。
一番いけないのがイギリスで、第二次大戦中にユダヤ人に建国を約した
のに、戦後は「かような約束など知らぬ。無礼を申すな」というようなことを
やったこと。
日本の支配者たちも、そういう英国気質を明治以降はよく真似している。
アラブ人としてみれば、いくら太古の大昔に住んでたからと、現住者がいる
国に勝手に入ってきて「建国」されてはたまったもんじゃない。だからパレス
チナではアラブ人は侵略者イスラエルに対して武装蜂起で抵抗した。
これが数次にわたる中東戦争なのだが、そこにまた「先進国」たちはメシの
タネとばかりに目をつけて、イスラエルにどんどん支援をした。裏と表で
支援をするが、すべて軍需産業のゼニ儲け(戦争産業は莫大な利益を生む)
が目的なので、世界情勢を見ながら適当に手を引いたり出したりする。
こうしたやり方は米国などが典型で、アルカイダやISの源流を育てて武器
と資金を供与していたのはほかならぬアメリカなのだし、アルカイダには対ソ
の代理戦争を担わせ、情勢が変化したら支援から撤退した。だが、その後
も米国国家はビンラディンの一族を手厚く保護し、貿易センタービル事件の
際には、ビンラディンの家族を護衛付で国外に退避する支援保護をしている。
9.11事件自体がアメリカ国家がやった事であるので、そうした保護措置は
当然だろう。あれは、中東に攻め入って石油権益を確保するための口実
作り
の仕掛けの事件だった。当時の政府首脳部はすべて石油メジャーの幹部
でもあった。正義の聖戦のように全世界キャンペーンを張ったが、「大量
破壊兵器」などはどこにも存在しなかったし、かつて米国の手先に利用した
ビンラディンには、今度は「世界最大の悪人」に仕立て上げる最後の「死体
となる」という役目を負わせた。ビンラディンの死でワンセンテンス終了した。
だが、その後も、作り上げた構造とキャンペーンを風化させないように、時々
ボストンマラソンでの爆弾テロのように米国は自作自演で「悪人」を作り上げ
ている。すべては軍需産業の次なるターゲットに向けての計画行動だ。
一方、イスラエルは、イスラエル当地だけでなく、米英に在住するユダヤ人
が軍事産業の資本を握ることでイスラエル当国の安寧を計る路線に転換し、
これに南アや全世界のユダヤ人が同調して、世界経済の実効支配を狙う
ように方針転換した。(これも現在継続中)

劇画『ワイルド7』では、主人公飛葉はノンポリである(警察官だが義理と
人情で動く)のだが、アラブゲリラに助力してイスラエル軍と戦う短編も
ある。望月劇画は、イデオロギーに左右されるのではなく、行動原理が
唐獅子牡丹の健さんだった。
なので、学生運動の全学連たちと共に蜂起して民間軍事監獄である「緑
の墓」を攻め落としたりした。
だが、「谷間の百合は鐘に散る」では、過激派テロリストが立てこもる山荘
を襲撃して全滅させたりもしている。
主人公飛葉や警察暗殺組織のワイルド7のメンバーはイデオロギーでは
動かない。時には司令官草波検事の命令にも反抗する。
こうしたところが、『ワイルド7』が幅広い層に人気を博した理由だったの
ではなかったろうか。
『ワイルド7』は、反骨が男の美学と成り得た時代の名作劇画だった。

飛葉ちゃんが一番嫌ったのは、今多くはびこるネトウヨのような存在だった
ように思える。

マニアックな話をすると、『ワイルド7』の「地獄の神話」では、敵の口に
拳銃をつきつけて主人公飛葉が撃つ時に、映画『ワイルドギース』で
傭兵部隊の隊長アレン・フォークナーが契約時の最後の呼びとめられ
た時に見せる表情と全く同じ表情をするシーンがある。
いや、逆だ。『ワイルド7』のほうが時代が早いので、『ワイルドギース』
が後だ。
それほど、劇画『ワイルド7』は映画のような表現描写をしていた名作
だった。絵の不整合がみられる錯誤も多いが、表現描写は細かく、伏線
や布石などが多用されるので一コマ一コマが見逃せない。まるで狙撃手
訓練の「キムのゲーム」のような観察力を以て読むと、さらに面白さが
倍増するのが劇画『ワイルド7』だ。
映画『ワイルドギース』は日本の名作映画『七人の侍』の傭兵募集の
シーンをオマージュしている場面があるのだが、まさか日本劇画から
あの契約時の表情を採ったということはないだろう。
だが、『ブレードランナー』やその他多くの海外映画では日本の劇画
を参考にシーンが構成されていることも多い。
日本は、劇画(漫画は日本固有の文化で世界の中で稀有)と映像表現
において世界から注目されている。
ただし、「表現者」たちから限定で。
「萌え」文化もその一つである。映画監督タランティーノなんて、アキバ
オタクだし(笑)。

ちなみに、私が望月三起也作品で一番好きな作は『夜明けのマッキー』
である。











(オープニング別原画/連載タイトル・巻数なし)


この『夜明けのマッキー』で私はベレーとFALに目覚めた。
時に1970年。10歳の時である。

そして、アフリカの哀しみを知るのは8年後の18歳の時で
あった。


The Wild Geese (1978) Opening Titles


映画『ワイルドギース』ではオープニングで歌う。
 
What more
What more
Can we do ?

そうだと思う。

" DO FOR OTHERS " の精神を知るのは、この『ワイルドギース』
を知った
翌年のことだった。


制服いろいろ

2016年10月13日 | 文学・歴史・文化・科学

先の新型パジャマを各界の方々に知らせたら、反応は男性陣は
一様にイイ!と賛同していた(笑)。

一番ウケたのは居合仲間で、「これ、お揃いで買いますか?」
と言ってたけど、そっちか!(^^;

ま。野郎が着るとホントのあれ系か水兵になってしまうので、
やはりこういうのがいいかと。




おれ、セーラー服よりジャンパースカート派なんだよなぁ(笑
あるいはネクタイ系。


こいうのもオッケーす。


オッケオッケェー(高田純次風)


こういうのも萌えだったりする。


特にですね、このロシアの空挺の子なんてのは、めたよい。
 
かわいすな~。


それにしても、セーラー話からはずれるが、万国の軍隊で
今のロシアほど多くの迷彩柄を採用している国はない。
覚えられないほどなのよ(笑
でもですね・・・。
すべてどこかの国のパク~リなの、ロシアの迷彩服(^^;
ただ、緑系は非常にいい色を使っているのが特徴。
原色ではない中間色のような緑を使う。
これって、カモフラにおいては結構大切なのよ。
柄物だろうと単色だろうと、迷彩服は色合いが命となる。

一方、礼装においても戦闘装備においてもベレーを着用して
いるのが英軍の特徴だが、礼装でのベレーは礼装用の物を
用意したりしている。ベレーバッジやクレストにしても、
金ぴかだと戦闘では目立ってしまうことがあるからだ。
だから英軍ではパラトルーパー(空挺部隊)などは、バッジ
を光らないタイプにしていたりする。

礼装ベレー。さすがに未来の王様は流行ブームのかぶり方
などはせず、伝統的な着装法を厳守している。まさに王道。
王族であろうとも、一兵士として一般部隊に配属され、
通常の訓練を受ける。これは英国の伝統でもある。


一方、こちらは出撃前の英軍空挺部隊。迷彩服が旧分裂迷彩であるので、
かなり前の画像であることが判るが、すでにハンチングのようなトム
かぶりが広がっている。画像原題には soldiers-of-the-5th-airborne-
brigade-in-traditional-berets- とあるが、全然トラディショナルな
かぶり方をしていない。(徽章が光らないタイプの物になっている)


典型的なトムスタイル。もはやベレーではなくハンチングと化している。


ミリタリーベレーの伝統的なかぶり方というものはこれである。


これは忠実に再現された第二次世界大戦時の英軍空挺部隊の
いでたち。ただし、甘い。ベレーは当時はデコ出しかぶりが
一般的なのである。


こちらは、超ウルトラリアルに再現された大作映画『遠すぎた橋』
での英軍幹部。まだ残存軍用機体があったから撮影できた超大作
である。


実際の第二次世界大戦時の英軍空挺部隊。
世紀の「壮大なるゼロ」となったマーケットガーデン作戦
の頃である。ベレーの径は大きく、かぶり方は戦後の規定
とは異なるデコ出しだが、着帽造形はスタンダードといえる。





軍装の着装も時代と共に変化するが、英軍に現在流行している
「伝統崩し」ともいえるベレーのかぶり方は、どうやら軍規定
とは別に個人的にやりはじめたのが流行しているようだ。
一時期日本国内を席巻したルーズソックスみたいなものか(笑
私はあれが不思議で仕方無かった。このダサさといったらないね、

というように思っていた。なんだかだらしないし汚いし。
そのルーズが流行っている時に、豊島岡女子や大妻女子の白い
三つ折りソックスなんて光り輝いているように見えたもの。
制服におけるトラディショナルというものはトレンディではない。
何でも流行を追えばよいというものではない。そういうのは軽い。
そして、国内女子はルーズの時代から汚ギャルが出てガングロ
ヤマンバの90年代末期の世紀末へと繋がって行った。
制服女子が輝いて見えないスタイルというのは、どうにも私には
首肯し難いものがあったのである。

と、『女子高制服図鑑』を世に出して印税生活を目論んでいたが、
まったく同じ規格を考えていたS大のMというライバルに一歩の
ところで先をこされて出版され、千載一遇の機を逃した俺が言って
みる。(変態扱いされながらも、制服の取材とデータ蓄積がだいぶ
進んでたのによ~)。
やつにしてやられたのは、彼の出版物は中学生や小学生の女子読者
層をがっちり掴み、女子校の制服大改編ブームを歴史上生みだした
ことだ。彼の出版物により、世の中の女子高は生徒獲得のために
デザイナーズ制服を採用し始めた。
これまでに全国展開ではなかった「制服で学校を選ぶ」という女子
が爆発的に増えたからだ。皆が彼の書を読んでいた。
彼は世の中の歴史を変えた。1980年代初頭のことである。
印税生活よりもこちらが悔しかった。
私が世の中の歴史を変えたのは、高速道路料金にバイク料金を設定
設置させたくらいだ。
ただ、ベレーの着用法に関しては、私の解説公開がかなりの波紋を
日本国内に投げかけたことは確かなようで、ファッション業界関係
のみならず、本物の国営軍事組織のベレー着用法テキストにまで
採用されるに至っている。これは一つの歴史を変えたといえるかも
しれない。
でも、おいらの今までの人生の中で一番嘘みたいな話は、ヤマハから
おいらをイメージして開発されたというバイクが作られて販売された
ことかと。ホントに嘘みたいな話だ(^^;


軍装被服についての考察 ~「見る」ことは識別するための一歩~

2016年10月13日 | 文学・歴史・文化・科学

日本の甲冑等は、世界の軍隊の軍服や防護服と同じく、
「目立つことにより自軍を知らしめ、他者と区別する
ためのもの」という前時代的発想によるものだ。
こうした用兵思想は第一次世界大戦の近代戦が始まる
まで全世界の軍隊で続いた。

さて、バスク人の民族衣装であったベレー帽を軍装として
世界で初めて採用したのは英軍(王室海兵隊)だが、英国
では全軍にわたり「大英帝国の象徴的軍装」として波及
した。これは後に米軍の特殊部隊にも、英軍海兵隊を模した
グリーン色のベレーが採用されるに至った。

各国各部隊でベレーの色は異なる。とりわけ、英軍は部隊
ごとにベレーの色や徽章が事なり、実に多彩を極める。
面白い現象としては、各国でも多彩を極める部隊色にあって、
空挺部隊のみはどの国も赤系のベレーにしていることだ。
(英軍は赤ではなくマルーン=栗色と称している)

この赤系は、緑地帯においては目立ちそうに思えるが、
実は、日陰に入ると他の色よりも目立たないということ
は意外と知られていないようだ。

マルーンベレーの影部分に注目してほしい。他の色より影が
深くなり色が目立たない。日本の忍びが黒ではなく柿渋染め
の装束にしていたことの意味は、こうしたところにある。


ベテランたちなので、今流行りのハンチングのように型を
つけるいわゆる「トムかぶり」はしていない。世界の軍隊
にさきがけた英軍のお手本となるベレーのかぶり方をして
いる。


こちらは世界初のベレー採用部隊の王室海兵隊、通称コマンドゥ。
世界最強の練度を誇るとされている。

一番左の者は海兵隊ベレーをトムかぶりしている。伝統の王室
海兵隊も
最新流行の波にさらされているということか。


なんだか、ブーツが変わったね。
日本の自衛隊の昔のブーツのような茶色に変更されている。
しかも、紐はかなり前方まで編み上げるようなタイプだ。
登山靴みたい(笑
また、中上部で一端外側にかけてテンションを得るような
方式になっている物も見られる。
これは他国とも異なる変わったブーツだ。
新採用なのだろうか。


こうした軍装品に限らず、着装や状態をよく見るということは
日本の甲冑や日本刀を見ることにもつながる。
日本人でベレーがまともにかぶれる人間が全国でほんの数える
ほどしかいなかったという四半世紀前においては、そのことは
実は「日本刀が見えない日本人」の数と比率的には比例したの
ではなかろうか。
現在においても、居合を競技スポーツとして行なっている人たち
のほぼ全員が「刀が見えない」という種別に属している。
それは、本物の軍人たちが部隊や己の武器武具を己と一体の物
であるとして身に引き寄せているのとは別次元のこととしてある。
つまり、試合居合人たちが興味があるのは試合での旗の揚がり
の有無だけであって、武具たる日本刀などには興味がないのだ。
運動用具としてのみ捉えているのだから、真剣の刀剣などには
興味がない。だから真剣を持っても、刀も見えないし、手入れ
さえまともにやろうとしない。
いっそ、すべて居合は模擬刀を使用すべしとでもしたほうが
正解のような気がする。乗りっ放しのノーメンテの自動車の
ような感覚で運動用具としてしか真剣日本刀に接することしか
しない人たちばかり
なのだから。
真剣新作刀の八割以上は居合人口による需要といわれている。
確かに、現代刀工のためにはなっている。
しかし、ネルに古い汚れて酸化した油をしみこませたまま、刀身
に着いた手脂
と一緒にこねくり拭いて、それが「清拭」だとか
思いこんでいる連中
ばかりが居合の世界なのだ。高段者でもそう
した大チョンボを
やっていながら何の疑問も持たない。

こうしたことは、今回ここで記事にしたように、「何がどうな
のかを見る、考える」という行為を停止しているから起こるの
だろう。つまり、思考停止。
思考停止が生むのは、自分を振り返らずに盲目的に人に追従する
自立心のない心と行動だけだ。
とても非生産的であり、そのことは伝統の墨守や文化の継承とは
無縁どころか害悪としての位置しか持たない。
まず、物事をきちんと見よ。
始まりはそこからだろう。


刀の差し方

2016年10月12日 | 文学・歴史・文化・科学


大小差違の落とし差し。
袴紐の下段の下に通すのは殿中では禁止された。
それは鞘を引いて刀身を出せばすぐに袴紐を切ることができて
長裃を着用させる意味がなくなるからだという。
やがて袴紐下段の外に鞘を出す帯刀法は一般末端武士まで普及
した。
長裃に代表されるように、幕府は元和偃武(げんなえんぶ)以降
さまざまな「武士の牙を抜く」規制を敷いた。
その一つに「正座」という座礼がある。
あれは、足を痺れさせるのと、すぐに起ち上がれないようにする
ためのものだ。
そのため、居て合わせる居合武技においては、正座導入後は
正式正座ではなく、「足を盗む」技法が開発された。
それは、指や足を左右合せることなく、両足の指を重ねない方法
だ。だが、これは正式座礼ではない。武家の登城においては、
さらに足首までも重ねてすぐに動けないような礼法まで規制導入
されている。完璧に長裃の発想と同じ「武装解除」に近似の規制
である。
だが、完全武装解除を強制すると各武士の叛乱が起こることは
必至であるので、幕府は「飴と鞭」の政策を多く普及させた。
こうしたカラクリは武家統治の為にひねり出された工夫だったこと
だろう。
直参旗本などは、大名よりも家格が高いのに扶持米を低く抑え
たり、そうした身分と収入が合致しないような政策をいくつも幕府
は考案して実施した。

鶺鴒差し。一般的な武士の通常差しである。45度の落としでは
ないことに注目。鶺鴒が着地した時の尾の角度である。45度で
あるならば、それの呼称は鷹でもヤマドリでもよい。セキレイで
あるにはセキレイの独特の特徴を指しているからなのである。




膝に死者が額に当てるような三角の膝当てを当てていない。
その理由は、今のところ私には不明。


答え

2016年10月11日 | 文学・歴史・文化・科学



私のこのいでたちが江戸期の様式と違う点の答え。

 ・筒袖(つっぽ)なのに羽織を着ている。
 ・剣道連盟居合試合用道着のため名札を着けている。
 ・上下白を着ている。
 ・脇差の下げ緒を浪人結びにしたまま。
 ・大刀下げ緒は居合試合用の超長尺物を着けている。

※羽織の羽織紐の位置が江戸期よりかなり下にあるのは現代和服の
  常態なのでいたしかたなし。江戸期と同じく羽織紐の環を家紋あたり
  にするには仕立て直さないとならない。


なお、大刀の下げ緒の取り回しは私の方式で間違いではありません。
ただし、この鞘掛けは、登城礼法と同じ鞘掛け方式ですが、動くとだん
だんと載せ掛け部分が栗形方向に寄ってきてしまいます。そのような
図は江戸期の風俗図に多く見られます。
礼式行進などの場合には、都度襟元を正すように鞘の中央部付近に
掛け直したことで
しょう。
 
<江戸期の将軍警護の幕臣のいでたち>

<実際の幕臣たち>


刀のコジリを履物を脱いで上がった場所の床に着けることに
ついて、私を「師匠が恥をかくからやめなさい」と批判した人が
いましたが、さて、如何なる本物の武家の所作ゆえか、皆目
不明です。
事実としては、私の師匠もコジリを床に着けることがあるから
です。


大刀の下げ緒について

2016年10月11日 | 文学・歴史・文化・科学



大刀の下げ緒の取り回しについては、これが江戸期の常識的
武家様式、武士の方式
だと思いますよ(笑)。

この画像には何点か江戸期の武士の歴史事項と違うことが
あります。
お気づきでしょうか。
「中身が江戸人やないやろが」というのは、なしで(笑)。

差し副えは短刀ではなく脇差を差しております。
さて、画像を一見しただけですぐに読み解けるか。
ぱっと気付くならば、江戸期の武家様式に精通している方と
いえるのではないでしょうか。