渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画『嘘八百』(2018)

2022年01月14日 | open

『嘘八百』(2018年)

こういう作品を映画館で観たら楽し
い時間が過ぎるのではなかろうか。
この作品、近藤正臣がいい味出して
いるが、友近もかなり良い。
楽しめる作品。



中川家の寄席2021「闇社会を知る男 元〇〇に直撃インタビュー」

2022年01月14日 | open

中川家の寄席2021
「闇社会を知る男 元〇〇に直撃インタビュー」


延々と20分以上闇社会ではない
しょーもない世間話をする技(笑)。
とても高度な芸。
めちゃくちゃ面白い。
会話の一言一言が芸として完成
されている。




映画『アルキメデスの大戦』(2019)

2022年01月14日 | open

『アルキメデスの大戦』(2019)

これは良い。
かなり良い。
良作。見えすいた奥ではあるが、
映像としての作り込みが秀作。
ただし、「作品」として。
しかし、この作品に流れる非戦
の思いに不快感を持つ者たちに
とっては、この映画は酷評に向
かう事だろう。
これは映画作品であるのに。
だが、現代は「戦後」ではなく
「戦前」の時代に突入している。
この作品の持つ基調を嫌悪する
向きも最近の若者たちには多い
のではなかろうか。
一度目を覚ましたこの国の国民
だが、それはすでに風化して、
90年前の前回よりも巧妙に洗脳
され、それを「正義」と信じて
いるかのように。
先の戦争も、国民が支持したの
だ。軍部の独走ではない。
国民が全面的に支えたのである。
戦争には命をかけるが、戦争を
防ぐために命をかけた日本人は
いなかった。

不条理を不条理として認識が
出来なくなった時、国は破滅
に向かう。
そして、それを遂行するのは
その国の人間だ。
この作品の中核部分だ。

但し、現実の歴史上は、山本
五十六はこの作品で描かれた
嶋田繁太郎が山本の性格であっ
た。精神主義者であり、肉迫
攻撃こそ海軍精神と頑なに自論
を曲げず、雷撃の有用性や射程
延長の物理的な必要性を認めな
かった。山本のようなものをわ
らない者が上にいると日本は
破滅する、とまで軍内の理知的
部分たちには言われていた。
この作品での嶋田繁太郎の情念
のみで海軍精神を主張する愚か
な軍人のキャラクターは、現実
世界の歴史では山本五十六が実
行していた。
だが、山本は海外の実情をよく
知る理知の人ではあったのだが、
近代軍人としては否定すべき自死
を武士になぞらえて賛辞する等、
時代感覚の錯誤も著しかった。
それは、成人後に長岡藩家老の
山本家の養子になったがゆえの
彼の気負いであったかは不知。
知性ある君子が偏頗な精神主義的
一辺倒に拘泥する様を見せていた
のが現実の山本五十六だった。

本映画作品は嶋田を悪く描きすぎ、
また山本を美化しすぎであり、
現実の歴史を無視している。
だが、映画は創作劇だ。
ただ、本作のように誰かを悪者
悪人に仕立て上げて、それと対決
する「正義」という構図は幼稚
だ。
しかし、その幼稚な策はナチス
ドイツやソ連や大日本帝国が
行なって来た常套手段だ。
否、支配者たちの古今東西の
手口だった。
そして、民衆はその幼稚で卑劣
な権力者の手口を賛美し、支持
した。
本作でも、戦後ハリウッド映画
に代表的に見られるその勧善懲
悪の幼稚さの上に立った作りで
あるのは、これは原作の幼稚な
視点ゆえか。
それゆえ、いくら現実歴史で東條
の腰巾着といわれた嶋田であって
も、本作では狡猾なただの愚人の
ように悪く描きすぎだ。
逆に山本五十六の事は男の中の
男のようにステレオ的に描いて
いる。
原作のこうした発想は極めて稚拙
である。
現実には、国外体験を積んで
機知と知性に富んだ山本五十六
でさえも、偏狭な自己脳内世界か
らは抜け出せない熱血主義の頭
のおかしい徒党の独裁者である
ドイツの伍長が創り上げた狂った
国と手を結ばざるを得なかった
時代性があった。それを本作は
抉り出してはいないという拙劣
さが本映画作品には顕著なので
ある。
山本を美しく描き、嶋田を醜悪に
描く。
そして、戦艦大和を日本人の己
を知れという覚醒のために、換言
すれば、最初から沈める為の船と
して設計者は設計する、という
構図。日本の為に。
ある種の「美化」である。
創作劇とはいえ、この脈絡は、
かつて日本の支配者のみならず、
世界の権力者が使って来た手口
であり、この作品を観て無思慮
に感動するのは、極めて人間的に
危険な事であるのだ。
悪者を作り上げ、ヒーローを作り
登場させ、そしてそれを「正義」
とする。
これは人類の歴史の中で、これ
こそが人類を滅亡に導く悪なの
だ。
そして、そのミニチュア版は
間たちの日常的生活の中で集団
社会の人間模様として展開されて
いる。悪人を作り上げ、それを
叩く事に酔いしれようとする民衆。
悪なのだ、それこそが真の。

だが、映画作品は記録映像では
ない。「作品」として観ないと
識別不能者の暗愚な時間を過ご
だけになるのも事実だ。
それこそ「ものがわからない」
であり、物について論ずること
さえ不能になる。

現在、NETFLIXで配信中。

映画『アルキメデスの大戦』予告