中年親父的「奥の細道」

日本大好き!旅行大好き!な中年親父の旅行記。
おすすめグルメや温泉スポットを紹介します。今は週末農業で大忙しです。

農作業シーズン入り

2008-03-31 09:15:05 | Weblog
 平成20年3月30日(日) 春はジャガイモの種まきだけは急ぐが、それ以外の野菜の作業にはまだ早い。今日は時間があるので、傾いていたパイプ小屋の修理を行った。きっちりと水平・垂直を取り直し、ねじを締めなおす。あと1月もすると、直射日光の暑さに耐えられなくなるので、天井と側面に簾をセットする。

 少し暖かくなってまだ間がないのに、もう雑草は凄い。女房はひたすら雑草を引いてくれている。雑草に埋もれていたラッキョウが現れる。一緒に植えたニンニク(写真)は元気に育っている。6月には収穫できるはず。エンドウ・ソラマメは先週の追肥が効きだすのは次回あたりからだろうか。でも心持ち大きくなっている。来週あたりはエンドウの支柱をしてあげないと。

 シイタケの天地替えをする。本当は毎月行わないといけないらしい。農家の方から立派なドンコ椎茸を頂く。我が家の椎茸が成りだすのは来年辺りからとのこと。今は全く変化がない。

 気の早い友人がサトイモの種を植えだした。農作業の目安はお彼岸頃だとか、桜の頃だとか色々と言われるが、私の目安はこの気の早い友人。彼が作業を開始してから、2週間後に準備にかかれば丁度良い。

 昨年は4月21日にサトイモを植えている。今年は少し暖かいので、もう少し早く植えても良いかも知れない。早速農家の方と相談して、半日陰になる畑の80米の畝を一本借りる事にした。ここに半分位サトイモを植えるとして、50センチ間隔で40米なら80本。残りの場所には日陰の好きな生姜を植え、それでも残った場所には何を植えようか?計画中。来週にも土中に保存してあるサトイモを掘り出さないといけない。
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ジャガイモの植え付け

2008-03-23 21:49:09 | Weblog
 平成20年3月23日 春の農作業はジャガイモから。昨年は3月25日に種を植え付けた。この地域では春分の日頃だとか。今日は朝から暖かいし、夕方には天気が崩れるとのこと、水やりには苦労している我が畑では、最高の天気まわり。女房と二人で畑に出かける。2週間前はまだ冬で、草もロクに生えていなかったが、今日は驚く程の雑草。ジャガイモ用のスペースは考えていたが、見てびっくりで草がボウボウ。2時間掛けて耕して短い畝を7本。ここに先日買ってきた「キタアカリ」を3キロ。大きめのイモが約30個。これを半分に切り、切り口に灰を塗って、間にチッソ控え目のジャガイモ用の有機肥料と化学肥料を少々。今年こそは昨年以上の成果を目指して。昨年は畑が離れていたので、芽掻きも追肥も土寄せもタイムリーにせず、結果は不本意だった。

昨年末から育ててきたエンドウは、寒さにやられ余り大きくは育っていない。しかしサヤエンドウの方は寒さに強いのか、よく育っている。ソラマメは寒さにやられながらも生き延びてきた。暖かくなった今こそと思い、化学肥料を追肥する。暖かい雨で、実を付けるまでにもう少し大きくなってくれれば良いが。

元気の良い草を引いていくと、段々と畑が姿を現わしてくる。昨年夏に植えたニンニクは元気。中国野菜の不安が言われる現在の価値は大きい。ラッキョウも順調に育っている。

昨年末に土中深く保存しておいたサトイモを掘ってみた。何と全く痛んでいない。埋めた時と全く同じ状態で出てきた。土中60センチで上に藁を乗せて保管してきたのが良かったのだろう。同じ時期に畑の小屋に置いておいた物は、室内にも関わらず完全にアウトだった。これはもう少し保管し、4月末に種としても使う予定。
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小江戸川越の散歩

2008-03-16 12:43:31 | Weblog
 平成20年3月14日(金) 最近めっきり春らしくなってきたので、以前から気になっていた川越の散歩に行った。川越観光の目玉は3つ。川越城と喜多院・仙波東照宮と蔵造りの町並み。

川越と江戸・徳川家との繋がりは強い。そもそも川越城は1457年に関東管領の上杉持朝が太田道真・道灌父子に命じて作らせたとのこと。その後幾多の変遷ののち、家康が関東に入るや江戸の北西の守りの要の川越には初代城主の酒井重忠や松平信綱など重臣を配した。明治政府に変わった時に、残念ながら川越城は解体された。現在では唯一本丸御殿が残っている。

だるま市で知られる喜多院は1638年の火災にあったが、そのあと江戸城内から書院造りの建物が移築されている。仙波東照宮は徳川家康を祭神とする神社で日光・久能山と共に三大東照宮と言われている。
大沢家住宅をはじめ蔵造りの町並みはよく保存されており、「蔵の町並み」通りは当時の雰囲気そのまま。写真は有名な時の鐘。

これら3つの観光の目玉をカバーするのに、川越駅から歩いて回るには1時間半くらい、昼食や建物の中に入り見学する時間を加えると4時間は欲しい。昼食には「百丈」の蕎麦がお勧め。お土産は勿論さつまいも商品。

川越から東武東上線で5駅行った若菜駅から徒歩15分の所に工場団地があり、その中に明治製菓がある。ここでカールの製造工程を見学させてもらい、お土産にカールとチョコレートを頂いて帰った。
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ようやく寒さは峠を越えたか?

2008-03-12 08:59:16 | Weblog
 3月9日(日) 数日前からようやく暖かくなってきて、最高気温も15度を越えてきたし、風も弱まってきたので久しぶりに畑に来てみた。

 冬の間は他の仲間も活動をスローダウンしていた様子で、他の畑にも大きな変化はなかったが、秋野菜を片付け早速畑を耕して、次の準備をしている人もいる。
冬の間に縄文式家屋を建てて、藍染の展示館(?)を作るんだと、夢を語っていた友人は、桧の皮を剥ぎ柱の準備完了で、地面に穴を掘りかけている。でもまだ実現は遠い様子。

 私の畑は、心配していたエンドウ(写真)は生きてはいたが全く成長なし。ソラマメも一旦は寒さにやられ、その後何とか再度芽を出し、生きてはいるが成長は完全にストップ。これから暖かくなれば回復できるだろうか?
他の葉もの野菜も何とか生きてはいたが、2か月前と全く変化なし。冬といえども千葉なら或る程度は成長するが、さすがに茨城は寒いと実感。
反省点としては、ソラマメとエンドウだけでもビニールを掛けておいてあげれば、雪や寒さの被害は少しはましであったのにということ。

 畑の風景は冬そのものだが、太陽が照っている分、春の兆しも何となく感じられる。私の農作業もこれから2年目に入る。そろそろ新年の作付のプランも考え出している。春の作業のスタートは、先ずはジャガイモ。先輩に確認したが、茨木ではお彼岸の頃に植えるのが良いとのこと。昨年は3月24日に植え付けた。昨年は最初から少し欲張って沢山作ってしまい、暑い中の収穫に苦労したが、今年は作付を昨年の3分の1程度に抑え、自家での消費量程度に抑えておこうと思っている。

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天然記念物 石割桜

2008-03-08 22:36:01 | Weblog
 平成20日3月5日(水) -東北温泉旅行の続きー
 5日の朝に繋温泉から送迎バスで盛岡に戻ってきた。午後の新幹線まで少し時間があったので、盛岡の市内見物。最近はどこの地方都市にもある市内循環バス。ここは「でんでんむし」という名前で、右回り・左回りとも1時間に4本が運営されている。どこで降りても一回100円。まずはこのバスで、中三百貨店まで行き、そこから歩いて戻る事にした。啄木・賢治青春館、新渡戸稲造誕生の地、盛岡城跡公園、啄木新婚の家と見て回った。文学散歩としてはこれで一応カバーしているはず。

一番の感動は天然記念物の石割桜。説明によると、この場所は盛岡藩の家老であった北家の屋敷跡であり、庭石の割れ目に桜の種が飛んできて芽を出し、成長とともに石の割れ目を押し広げていったもの。石は花崗岩で周囲が21米、桜はエドヒガンで樹齢は350-400年と推定。現在幹の周囲は4.6米、樹高11米。大正12年に国の天然記念物に指定されたとのこと。それにしてもこの大きな硬い花崗岩を桜の根が突き破り、これだけに成長している事、ただただ驚き。力強く感動的。5月に桜が咲けばさぞ素晴らしいことだろう。
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東北の温泉の旅

2008-03-05 21:11:40 | Weblog
 平成20年3月3日(月)-5日(水) 「大人の休日」の会員だけがJR東日本の新幹線を3日間乗り放題で12,000円、という割引の切符が使える期間だったので、友人と共に肘折温泉、鳴子温泉、つなぎ温泉に浸かってきた。

初日は朝ゆっくり起きてから、通勤時間帯が過ぎた頃に東京駅着。山形新幹線は福島からトロトロと走り、東京から3時間40分でようやく新庄に到着。待ち構えていた送迎バスで肘折温泉へ。途中雪は深くなり2-3米にも。そこをひた走る事50分、ようやく宿に到着。この温泉には外湯が3-4湯有る。透明で熱い湯だ。20軒余りの温泉宿のうち過半は長期の湯治客用の宿で、この湯が各戸に配湯されているとのこと。この湯治客を狙い春から秋は朝市が出るとのこと。我々が泊まった旅館はこの源泉以外にもう一つ、湯温の低い鉄分を含む河原湯源泉を持つ。温度を下げるためこの二つの源泉を混合しているとの事で、外湯とは違うコクのあるお湯だった。

翌日は新庄に戻り、陸羽東線で瀬美温泉駅、赤倉温泉駅と来て中山平温泉駅の次の
鳴子温泉駅に到着。友人が早稲田のOBなので、今回は早稲田桟敷湯に浸かる。この路線は実に温泉が多い。更に古川までの間に鳴子御殿湯駅、川渡温泉駅がある。

古川からは新幹線で盛岡へ。送迎バスにて盛岡から約30分で繋温泉へ。ここは昔、源義家が安部貞任を攻めた時、温泉が湧いているのを発見、愛馬の傷を温泉で洗うと快癒したとのこと。当時義家の愛馬を穴のあいた石に繋いだので繋温泉の名が起こったとのこと。その時の穴のあいた石が保存されていた(写真)が、本物???
私が泊まったのは愛真館といって、大型の旅館。ハード面では充実していた。NHKの朝の連続ドラマ「どんと晴れ」の愛美の両親が、娘が修行中の宿に泊まりに来た時の撮影を、この宿の縄文建築風の縄文の湯で撮影したとのこと。私もこの湯に浸かったが、広いスペースなのに平日で客が少なくゆったりと楽しませてもらった。この連ドラの俳優とここの旅館の女将と一緒の写真が飾ってあった。しかし残念ながら、女将は遂に朝の送迎バスのお送りにも顔を見せず。
盛岡で少し市内観光をして、午後早い内に東京に戻ってきた。
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