中年親父的「奥の細道」

日本大好き!旅行大好き!な中年親父の旅行記。
おすすめグルメや温泉スポットを紹介します。今は週末農業で大忙しです。

いわき ふるさと体験プログラム

2009-02-28 22:16:30 | Weblog
平成21年2月27日(金)-28日(土) いわき ふるさと体験プログラムに参加した。
以前から”いわき”という場所には興味があった。夏涼しく、冬は割合暖かい。東北の湘南と自称している。ここで第2の人生を楽しもうという7人がこのプログラムに参加した。私は朝早く出発して特急スーパーひたち7号に飛び乗り湯本駅には10:16着。現地のスタッフが駅で出迎えてくれて早速出発。先ずはあんこう鍋で腹ごしらえ。これからの日程の説明を受ける。歓談の後、海沿いの地域の空き物件を見学する。四百万円程度の売り物件は有るが、余り興味を引くものは無し。途中に少し観光コースにも立ち寄り、塩屋崎灯台へ。美空ひばりの碑を見学(写真)。この日は湯本駅前の温泉宿に宿泊する。

ついでに湯本温泉について。ここは松山の道後温泉、神戸の有馬温泉と並んで日本の3大古湯と言うらしい。しかし、それが常磐炭鉱の発掘が始まると時を同じくして枯渇した。しかし温泉は炭鉱から湧き出て、採鉱作業の妨げに。この採鉱の時に出る温泉をプールして温泉街に配湯する事で、温泉街に再び温泉が戻る。現在は毎分5トンの温泉が湧き出し、そのうち3トンがハワイアンズへ。残り2トンが旧来の温泉宿に配られている。2トンと言ったら莫大な量で、4000人の宿泊者に十分な量である。お湯は60度近くあり、十分熱い。硫黄臭があり、Ph値は8なので弱アルカリ。色白を求める女性に優しいお湯といったところ。実に良いお湯だ。

翌日は朝8時に出発して、勿来から山の中に雪道を1時間程走り旅人町へ。ここには沢山の移住者が住んでいる。貝泊地区は全部で50戸のうち11戸が移住者。この人たちがお互い助け合い、地元の人たちとも交流しながら、楽しく里山くらしをエンジョイしている。地元の名産の凍み餅やしし鍋を御馳走になり、田舎生活の楽しさや苦労話などをお聞きした。
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”おおるり”で温泉旅行

2009-02-20 22:05:25 | Weblog
 平成21年2月19(木)-20日(金) 前々から一度あの”おおるり”の宿に泊まってみたいと思っていた。何しろ自宅近くの集合場所から各地温泉地までのバス往復と宿1泊2食込みで5,000円なのである。(ガソリンが高騰して以来、少し値上がりして5,300円) 行先は湯西川温泉。散歩の仲間5人で参加することにした。1室2名なら7,300円、3名なら6,300円、4名以上なら5,300円で、我々は最高8名まで入れるという2間続きの大きな部屋に5名入り、一人当たり5,300円という事になる。

 先ずは朝8時に西船橋駅近くのガード下に集合。おおるりのバスは2台で、我々のは奥日光・鬼怒川・湯西川へ。もう一台は塩原・那須に向かう。普通サイズのバスに3分の2程度の席が埋まる。更に松戸でピックアップ。これでほぼ満席。ラッキーな事に、我々は最後方で少し空きがあり、それぞれ2席分を確保。今までこの種のバス旅では出発後すぐに酒盛りが始まるが、このおおるりの送迎バスは喫煙・飲酒は禁止。しかたなく我慢する。松戸までは少しノロノロだったが、その後高速は快調に進行する。佐野SAでトイレ休憩の後、宇都宮ICでおおるりの横浜・東京・千葉各方面からのバスが集合し、ここで乗客の入れ替え。奥日光行きのグループが別のバスに移る。東武線の横を走ること1時間程で鬼怒川温泉に到着。今度は”ゆけむり館”の前で再びバスが集合。(写真) 我々湯西川温泉行きのグループは別のオンボロ・バスに移り、曲がりくねった道を走る。途中から雪がシャーベット状になっている。約1時間でようやく湯西川温泉に到着。

我々の宿は平家本陣。ここは素晴らしい設備の宿であったが、経営が上手くいかなかった様で、おおるりがここを購入した。設備自体はしっかりしているが、なにせ5,000円でやっている為か、温泉のサウナは動かしていない、電球が切れても交換はしていない、設備に追加資金は一切出さないようだ。食事は大広間で。そういえば部屋担当の仲居さんが見当たらない。居ないのだ。布団も自分で敷くのだろうか?と思っていたら、流石にこれはやってくれていた。

5000円という事で食事は期待していなかった。案の定というか、大した物は、出てこない。最初から覚悟していたので、5000円なのに、これだけ付いていれば良いか?と納得してしまった。それでも朝食は侘しかった。夕食は5:30-7:00の間に、朝食は8:00-8:30の間で食べ終わって欲しいと。そんな短い間で食べさせるなんて!と思ったが、シンプルな食事だけに、すぐ終わってしまい、この時間で十分だと納得してしまう。宿の人が簡単に挨拶をした後、カラオケ大会をするので、各グループから代表1名出てくださいということで、喉に自慢の人が5人程歌った所で、もう客は食事を終え三々五々自室に戻り、自然解散。

宿泊者を見て唖然とする。宿泊者の85%は女性。更に平均年齢は70歳弱といったところか。でも皆さんは元気。我々の様におおるりが始めてという人は少なく、3回、5回といったリピーターが多い。16回来れば1回タダになるそうで、ポイント・カードまで有る。立派なダンスホールが有り、どこかのダンス・グループがきていた。メンバーは70歳前後の男女。他にカメラと三脚を抱えた写真愛好会のグループなど。15人以上のグループになると、マイクロバスを出してくれるそうで、送迎のバスに1から100までの番号が振ってあるのも納得がいく。

温泉はまずまずか。今回は雪で足元も悪く、我々は温泉街を少し歩いた程度で、ほとんど宿の中で過ごした。散歩の会の行事の打ち合わせと、持参した酒と肴での宴会が目的となったが、この様に何かの仲間の集まりには、安いし丁度良いのではないだろうか。コスト・パフォーマンスは素晴らしい。今の経済状況に打ってつけ。でもバスの乗り換えや、帰り道に立ち寄る、おおるり系列の饅頭土産物店や食堂にも時間がとられてしまうのが気になる。
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久しぶりに畑に行く

2009-02-15 18:01:19 | Weblog
 平成21年2月15日(日) 今日は4月初めの陽気だとか。1か月以上ご無沙汰なので、様子を見がてら畑に行く事にした。最近は道が空いている。今日も1時間半で畑に到着。年初に車が駄目になったので買い換えた。前のはターボ付きで260馬力。今回の車はCO2を少しでも削減と思い、ターボ無しで180馬力。力不足は否めないが、この御時世なので経済走行に努める。そのせいかガソリンの減り方が違う。

先ずはシイタケ。先月小さいのが沢山出来ていたが、小さ過ぎたので収穫せずにおいたら、そこからは成長せずそのまま干しシイタケになっていた。その後にもどんどん新しいのが出来ていた様で、今回も鈴成りになっている。100個位収穫する。小さいのは取らずに、次回の為に残してある。少し雨が降ってくれた方が、柔らかい美味しいシイタケになるのだが。

ダイコンも何とか生きている。ブロッコリー・芽キャベツも収穫。でも収穫はこの程度。あとはひたすら畑の片付け。カラカラに乾いた野菜の残滓で焚き火をする。
昨年お世話になったインゲンやハヤトウリや落花生を片付けると、畑が大分片付いた。(写真) マルチもまとめて持ち帰る。これを畑に残しておくと、来月に機械で耕す時に、絡みついて大変な事になるらしい。

1月初めには堅かった梅の蕾は、今は満開に咲いている。まだ若い苗木なのに、昨年は500グラムの小梅を収穫した。今年はこの分だと2倍位は有りそうだ。

暖かさに釣られて、多くの仲間が畑に来ていた。気の早い人は、もう畑を耕している。よく見ると林の入口に蕗の薹を発見。明日からは又寒くなるらしいが、ここにも慌て者がいるようだ。

 
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にいがた新現役プロジェクト

2009-02-07 22:13:29 | Weblog
 平成21年2月6(金)-7日(土) 新現役という言葉がある。もうすぐ定年の人、或いは定年退職した人で、今までの経験を生かしてもう少し企業・社会のお手伝いをしたい、という意欲の有る人たちの事を言うらしい。そんな人たちに地方に来てもらい、地場の企業を盛り上げ、また人口の減少対策の一助にしようと、新現役に熱い視線を送る地方自治体もある。新潟県の長岡市もそんな一つで、意識の高い民間企業も一緒になって積極的にこの運動を推進している。この新現役の人たちに長岡を見て貰い、お互いの認識を深めようという企画に参加してきた。

一体どんな人たちが参加するのか?非常に興味深々で東京駅に集合した。年齢的には殆どが60歳をどんどん過ぎたおじさん達であったが、企業訪問時にはかなり突っ込んだやり取りに成るほど実務に詳しい人や、名刺交換して、その仰々しい肩書に恐れをなしてしまう様な人たちばかり。参加者13名の殆どが真面目に考えて参加してきた人で、冷やかしや観光気分の人は殆どいない。

主催者も今回が初めての開催で、少し戸惑った様子も有ったが、活発な質疑応答があり、その後の酒の席でも盛り上がり、第1回目としては成功であったと思う。
今回は長岡の成功例の様な企業を見せてもらったが、本当は新現役の助けを求めている企業の声を聞いてみたかった様な気もする。

簡単に行動を記述すると、朝7:20に東京駅に集合後、新幹線で長岡へ。9時半に現地で出迎えを受け、最初の企業訪問。昼食後2番目の企業訪問。工業団地を車窓から眺めた後、3番目の訪問先は”吉乃川酒造”ここで酒のでき具合を確かめ、少しエンジンが掛った状態で夕食に突入。引き続き酒のでき具合の確認となる。
この時、新現役の人たちとの意見交換となるが、見学した工場の社長も参加し、熱い意見交換が行われた。

翌日は長岡技術科学大学、長岡ニュータウンなどを周り、与板城跡近くの”兼続お船ミュージアム”を見学。ここの隅に了寛和尚の展示も有ったが、以前は了寛和尚がメインであったが、NHKのドラマが始まって以来、直江兼続を前面に出したとのこと。ボランティアの方の説明を受けたが、いかにも急ごしらえで、まだ本調子ではない。直江兼続の活躍の舞台は、幼少時代は魚沼近くの坂戸城、そしてその後はここの長岡の与板城に移る。1581年(兼続21歳)に与板城主の直江信綱が急死。景勝の命により兼続が与板城主となり、お船と結婚。上杉景勝の執政(家老)として活躍したとある。その後、海岸まで走り、寺泊(写真)見学・買い物をして長岡から帰途についた。
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