月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

暇な時期の過ごし方

2012-07-25 | 生活
今月下旬はほとんど仕事がない。
やりかけのチラシや冊子、簡単な単発の仕事がしょぼしょぼっとあるだけ。
3月からずーっと仕事があったけど、久しぶりに谷間に入ったなぁ。
今年はこのままいけるんじゃないかと期待していたのだが、そうそううまくはいかないか・・・

また健康保険の料金が上がって(!!)保険・年金・住民税などで毎月5万円ほどかかる。
それに、自分の分担の家計が10万円。
さらに、飲み代、交際費、化粧品代、本代、携帯代がかかるし、たまには服も買いたいし・・・
どこも節約する部分がないので、稼ぐしかない。
あー、今の3倍働くから、3倍稼ぎが欲しい・・・
と言っていても、仕事は降ってこない。

はぁ。
そんなことを考えていると、頭が痛い

仕事で忙しいときはお金のことをまったく考えていないのに、仕事が減ると急に収支を確認し始める
いつ、どこから、いくらお金が入ってくるか、普段はあまり確認していない。
たぶん先方のミスで振り込まれていなくても気づかないくらいだ。
10箇所くらいから振り込まれるのに、いちいち確認できるかいなー・・・(と思ってしまうダメ人間)
カードで使った分もよくわからないので、今月もカードの明細書を見て「ええっ?」となった。
結論から言えば、東京に3回出張に行ったときの新幹線代の立替がかなり入っていたのだが、明細書を見て「あれ?何に使った?」と焦るくらい、何も把握していない。

で、暇になってくると急に「最悪、このまま仕事がなくなったとして、いつまで飲みに行く分あるかな・・・」とか気になってしまい、あれこれ計算を始めてしまう。
さっき見たら、まだ7月末に結構な額が振り込まれるみたいだったので、ひと安心

最近ちょっと思ったことだけど・・・
もしかして、私がお金の管理ができないのって、サラリーマンのように振込みが一定じゃないからでは・・・
サラリーマンだと給料は一箇所からで、請求書など作らなくても、月の決まった日に決まった額が振り込まれる。
これだと1ケ月にどれくらいお金を遣うかといった計画も立てやすい。

いや、それ以前に性格的な問題があるのは十分に承知しているが、こういう性格にプラスして、ややこしい振込みになっているのがよけいにダメなのでは?と思ったのだ。
会社によって締め日が違うし、金額もその月によって違う。振込みも翌月末、翌月15日、翌々月10日、翌々月末とマチマチ。
いつ、どこから、いくらお金が入るのかわからないので、1ヵ月の計画が立てにくいのだ。
だから、とりあえず「ある分」を使っていくしかない。

・・・どこかおかしい?

そういうお金の管理に関するダメっぷりを見せていると、倹約派の夫がいつも
「俺がかおりのお金を管理してやろう。入ったお金をいったんこちらに預けなさい
と言うのだが、死んでも渡さない!

夫に渡したら、いちいち「すみません、飲みに行くので5千円ください」とか「服を買っていいですか?」とか言わないといけないっていうことやんね。
それが嫌で財布を別にしているのに、意味ないやん・・・

いい仕事して、報酬もらって、それで美味しいものを食べて酒を飲み、友と楽しい時間を過ごす。
自分が書いたもので、今こうやって美味しい酒飲んでるんだなぁ・・・と思う時間が至福の時だ。

とはいえ。

時々、「はぁ・・・私ってこんな人生でいいのかなぁ」と考える事もある。
いつまで稼げるんだろう?
いつまで自分の財布だけで生活できるんだろう?
夫より10歳も上なわけだから、もうあっと言う間に60歳が来てしまうわけで・・・
というか、50歳で今と同じくらいの稼ぎがあるだろうか?
もしなかったら、夫の扶養に入ったり、夫におこづかいをもらって飲みに行くような生活になるんやろか?
そうなったら、もう飲みに行くのは月1くらいで、友達を呼んで家で飲むしかないなぁ・・・
美味しいものを食べに行けなくなるのは淋しいなぁ・・・

と、こういうことばかり考えてしまうのは、結局、ヒマだからだ
毎日忙しく働いて、「あー、休みたい!休みになったらあれして、これして・・・」と考えているときが一番幸せだとつくづく思う。

もちろん、フリーランスだから、だけど。
(サラリーマンは、同じ給料なら休みはあるほうがいいだろう。)

私は、たぶん8月上旬もたいして大きな仕事はなく、長いお盆休みがあり、お盆明けにようやく東京での取材。
ということは、これから1ヶ月間くらいゆっくりできる。
(旅行も行くぞ!)

もちろん仕事は忙しいほうがいいし、仕事をしている時間が一番楽しい。
でも、これまではヒマになるとびくびくして、やりたかったこともやれずに日々が過ぎ去っていく・・・ということが多かったが、そういうのはやめようと思っている。
実際、鬱状態に入ってもひどく落ちることもなく、すぐに這い上がって来られるようになった。

この暇な時間を生かして、なんとかして死ぬまで稼ぎ続けられる方法を考えなければ・・・と思う。
そのきっかけとして、書籍の執筆をボランティアで引き受けたわけだし。
ボヤボヤしていたらすぐ50歳になってしまうぞ、今動かないと!と自分を叱咤する。

夫もさすがプロやなーと思ったけれど、私がやりたい事業のことを、自分の仕事でやってるみたいにリサーチして競合との比較して、どういう訴求をしたら成功するかということをパワポにまとめて見せてくれたことがあった。
こういう心強い協力者もいるし、ちゃんと自分が思い描いた軌道には乗っている。
そう思える偶然が数々あった。

才能もないし、大きな成功も望んでいない。
ただ、「死ぬまで稼げる環境」を自分で作って、毎日コツコツ一生懸命働いて、1日の終わりに美味しいお酒を飲めたらそれで幸せ。
これくらいの控えめな野心なら、凡人だって実現するのは難しいことじゃないと思う。
(控えめなら「野心」とは言わないか・・・)

20代の頃は頂上の見えない高い山を登ることしか考えていなかったし、そういう無謀な挑戦もカッコイイと思っていた。
30代で失望して山を降り、あたふたと麓を走り回る時を過ごした。
35歳で夫と結婚し、まずは山を登れる強い体と精神を作ることを考えた。もう一度自分を見つめなおした。
40代はしっかりと自分の能力に合った頂上の見える山を、一歩一歩登っていこうと思う。

「何者かになりたかった自分」は、「何者にもなれない」ことを知り、そして、ようやく自分自身と対峙した。
気づくのは遅かったけれど、まだ20年残っている。
この間に、自分がやりたかった面白い仕事ができたらいいなぁ

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2 コメント

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翼の折れたエンジェル (tacaQ)
2012-07-26 05:19:25
を歌いたくなるエントリーですね。

特別な才能にあこがれる十代
特別な人間でないことに気づく二十代
特別より普通が良いと思う三十代
そして普通が一番難しいと知る四十代

この歳になると物覚えは悪くなるわ、細かいところに頭を動かさなくなるわで、若い時のように物事にのめり込むことができなくなりました。

でも、できなくなってこそ見えてくるものって何かあるんですよね。
結構この歳になって知らなかった自分を発見したりします。

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年代 (かおり)
2012-07-26 11:01:14
tacaQさん

本当にそんな感じです!

あと、私も最近は次の動作に移りにくくなっている、というか・・・
いろんなことをテキパキできなくなりました。

大昔の寿命から考えれば、
肉体的には、40代なんてもうゆっくりと余生を楽しむくらいでいいのかな、なんて思ったり。

まだまだ発見は続きます!
お互い頑張りましょう。
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