月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

糸を編む

2012-02-15 | 生活
NHKの朝ドラ「カーネーション」を毎日見ている。

なんの感傷だかわからないが、とにかく心に響く。
泣かなくていい場面でも、毎日涙をにじませる。
悲しい、辛い、じゃなく、「愛おしい」。そんな想いで。

女性の生き様だからか、昭和のノスタルジーがしみるのか、戦後の高度成長期の日本の勢いに想いを馳せてしまうのか。
なぜなんだろう。

皆が想う共通した気持ちに加え、私個人としては子供の頃の風景と重なる部分が多々あって。

ミシンを踏む母
生地にしるしをつける三角チャコ
鋏のジャキジャキいう音

私の母も昔から洋裁が好きだった。
いや、私の世代の母親(昭和20年生まれ前後)というのは、家で裁縫をするのは当たり前だったかもしれない。
小学生くらいまでの自分の写真を見ると、いつも姉とお揃いの母の手作り服を着ている。
そのデザインが、「カーネーション」の昭和レトロな雰囲気とかぶる。

家の中はいつも布や糸、ボタンなどがあふれていた。
隣のおばちゃんが、余った刺繍糸をビニール袋に山盛り入れていて、その絡み合った糸をほどくのが好きだった。
ボタンもハンパものが空き缶に入っていて、暇さえあれば私はそのボタンを触っていた。
色、大きさ、形、手触り・・・みんな異なっていて、毎日触っていても飽きなかった。
黒っぽい色、白系統、赤系統・・・など、色ごとに選り分けてみたり、自分のベストを探したり。
同年代のお友達が、外で元気に遊ぶのが大好きな時代、私はそうやって一人で遊ぶのが心地よかった。

母の影響で、小学2年でミシンを踏み始める。
モンチッチの洋服をいろいろ作った。

小学3年で編み針を持つ。
かぎ針編みでできる小物の本(初級者用)を買ってもらい、ひたすら編み図を解読して編み続けた。
高学年になって棒針にも挑戦し、マフラーやセーターを編んだ。

フェルトでマスコットを作るのも流行っていて、それにもハマッたし、
小学6年のときはクロスステッチ(刺繍)に凝りだして、
夏休みの工作ではクッションの前面にネコを2匹刺繍した大作を仕上げてもっていった。
小学5年のときは、カバのぬいぐるみになった枕を縫った記憶がある。

そんな感じで、いつも何か作り続けていた。
材料は家の中に山ほどあったから、環境がそうさせていたのかもしれない。
でも、姉は見向きもしなかったことを考えると、やはり性格的なものか?

「カーネーション」を見ていると、そういう自分の子供時代とかぶる場面もあり、
(「ピアノ買って!」と訴え続け、ついには子供たちが自分で鞄などを縫って売ろうとするシーンとか)
なんだかわからない胸の痛みを感じるのである。
(この痛みは、せつないが心地よい)

その影響だか、仕事が暇すぎるからか、この間からちょいちょい書いているが、最近また編み物を始めた。


これはコースター
ナチュラルな感じで仕上げてみた。
手前は、ちょっと古い布を集めていたので、それと合わせてみた。


ティーコゼ&マット
帽子じゃないよ(笑)

こんなふうに使う。

冬でも紅茶が冷めにくい。
ちゃんと裏地も付けた。


スヌード
毛足の長い毛糸をセールで購入。
(本当は1玉700円以上するのだが、200円で買えた!2~3玉でできる)
3時間くらいで編める。
もう、ふわふわ!

今もパソコンやりながら首に巻いている。
外にもしていくが、これはむしろ家向きだと思う。
巻いているのかわからないくらい軽いし暖かいので、家事をするときなど重宝している。

あまりに使い心地がいいので、毛糸を追加でバンバン買って(あーあ・・・
母にももう少し小さめのものを編んであげた。
今日、持って行った。

調子に乗って、昨日は夫のお母さんに編んだ。

写真だとわかりにくいけど、スモーキーなピンクで可愛らしい。
スヌードは逆に使いにくいかと思い、つなげずマフラーにした。
明日送ろうと思う。

リビングはすっかり編み物工房。

なんやろね、安心する。

交友関係がいろいろあって、仕事もバリバリやって、おっさんみたいに酒飲みで・・・
そうやって、「外に出て行く」威勢の良い自分って、本当の自分だったのかな?なんて考える事が最近ある。

本来の私は、たぶんやけど、もっと「内にこもる」おとなしい人間だった。
それとも、あの頃の自分がまだ未完成だっただけ?

わからないけれど、こうやって家にこもって何時間も編み物をしていると、情緒が安定するのがわかる。
外に出るのが怖くならないようにと、願うばかりだ。

男3人兄弟で育った夫は、「何これ?こんなん作れるの?!」と毎回、驚愕している(笑)
この程度のものであれば、技術よりも根気なんやけどね・・・

とりあえず、ものを作る、ということが昔から好きだ。
それはこれからもきっと変わらない。