カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ヨウネン ジダイ 3

2014-08-07 | ムロウ サイセイ
 8

 ワタシ の ジゾウドウ は ヒ を へる に したがって リッパ に なった。 ワタシ は どこ へ あそび に ゆく と いう こと も せず に、 いつも ニワ へ でて いた。
 カキゴシ に トナリ の テラ に、 としとった オショウ さん が ニワソウジ を して いられる の が みえた。 ワタシ は テイネイ に アイサツ を した。 オショウ さん は カキ の ソバ へ やって きて いった。
「なかなか リッパ な オドウ が できました ね」
 ワタシ は ウラキド を あけて、
「はいって ゴラン なすって くださいまし」
「では ハイケン いたしましょう か」
 オショウ さん が はいって きた。 そして ドウ の ところ を みまわして、
「なかなか オジョウズ だ」 と いった。
 それから オショウ さん は タモト から ジュズ を だして、 ガッショウ しながら コゴエ で、 ジゾウキョウ を よみはじめた。 まるで かれきった しぶい コエ で うっとり する よう な うつくしい リズム を もった コエ で あった。 ワタシ は アト で、 この ジゾウサン を カワ から ひろいあげて きた こと など を はなした。
 オショウ さん は、 ジゾウサン の エンギ に ついて いろいろ はなして くれた。 ドウ の ところ に、 この コガラ な ボウサン は しゃがんで、 イロイロ な ハナシ を して くれた。
「ニンゲン は なんでも ジブン で よい と おもった こと は した ほう が よい。 よい と おもった こと に けっして わるい こと は ない」
 オショウ さん が かえる と、 ワタシ は ふと この ジゾウサン を テラ の ほう へ あげたい と おもった。 ワタシ は アネ に ソウダン した。
 アネ は すぐ サンセイ した。
「そりゃ いい わ。 あの オショウ さん は きっと およろこび に なる わ」
「じゃ ネエサン から オカアサン に いって ください」
「え。 イマ から いって あげる」
 アネ は ハハ に ソウダン した。 ハハ も それ が よい と いって くれた。 かえって、 ゾッカ に おく より も、 モト は カワ の ナカ に あった の だ から、 オテラ へ あげた ほう が よい と いう こと に なった。
 オショウ さん も よろこんで くれた。
 オテラ では キチジツ を えらんで クヨウ を して くれた。 ワタシ が セシュ で あった。 カワ の ナカ に すてられて あった ジゾウサン は、 イマ は リッパ な ミドウ の ナカ に、 しかも タクレイ まで そえられて まつりこまれた。 ワタシ は うれしかった。
 ワタシ は それ を キカイ と して オテラ へ あそび に ゆく よう に なった。 オショウ さん は コドモ が なかった ので、 ワタシ を むやみ に かわいがって くれた。 ワタシ が ガッコウ から の カエリ が おそい と、 よく ワタシ の イエ へ こられた。
「まだ かえりません かね」
 など と アネ に たずねて いた。
 そういう とき、 ワタシ は すぐに オテラ へ、 ガッコウ の ドウグ を なげだす と とんで いった。
「オショウ さん ただいま」
 ワタシ は オショウ さん の ロ の ヨコ へ すわった。
「よく きた の。 イマ ちょいと むかえ に いった ところ だった」
 オショウ さん は、 いろいろ カシ など を くれた。 それから ふるい カナ の ついた コウボウ ダイシ の シュイロ の ヒョウシ を した デンキ など を もらった。
 オショウ さん は やさしい ヒト で あった。 いつも ゼンリョウ な ビショウ を うかべて オチャ を のんだり、 コヨミ を くったり して いた。
 ワタシ は だんだん なれる と、 オク ノ イン の すずしい ショイン へ いって、 ガッコウ の ショモツ を よんだり、 または、 つい すずしい マギレ に うとうと と ショウネン-らしい みじかい イビキ を たてたり して いた。 オショウ さん は ワタシ の ワガママ を ゆるす ばかり で なく、 ココロ から ワタシ を あいして いる らしかった。
 ある ヒ の こと で あった。
「アンタ は ここ の オテラ の モノ に なる の は いや か」 と いった。
「きたって いい けれど、 ボウサン に なる の は いや です。 オショウ さん の コ に なる の なら いい けれど」
「ボウサン に ならなく とも よろしい。 では いや では ない ん だね」
「え。 よろこんで きます。 オカアサン が どう いう か しりません が」
「ワシ から オカアサン には おはなし する」
 この ハナシ が あって から、 ワタシ は ハハ に よばれた。 そして オテラ に いく キ か と たずねられた。 ワタシ は ぜひ いきたい と おもって いる と いった。 オテラ に ゆけば なにもかも ワタシ は ココロ から きよい、 そして、 あの フコウ な ハハ の ため にも こころひそか に いのれる と おもった から で ある。 ワタシ が オテラ に キキョ する と いう こと だけ でも、 ワタシ は ハハ に コウ を つくして いる よう な キ が する の で あった。
 ボウサン には しない ジョウケン で ワタシ は いよいよ テラ の ほう へ ヨウシ に ゆく こと に なった。 アネ は かなしんだ が、 すぐ リンカ だった ので、 いつでも あえる と いって あきらめた。
 ワタシ の キモノ や ショモツ は オテラ に はこばれた。 シキ も すんだ。 そして ワタシ は すずしい オテラ の オク ノ イン で セイカツ を する よう に なった。 ワタシ は テラ から ガッコウ へ かよって いた。
 ワタシ の メ に ふれた イロイロ な ブツゾウ や ブツガ、 アサユウ に なる タクレイ の おごそか な ネイロ、 それから そこここ に ともされた オトウミョウ など に、 これまで とは ベツ な きよまった ココロ に なる こと を かんじる の で あった。 しずか に ワタシ は ときどき アネ にも あった。
「まあ おとなしく なった のね」 と アネ は いって いた。
「アタシ オジゾウサマ に オマイリ に きた の。 アナタ も ゆかない」
「いきましょう」
 ワタシタチ キョウダイ は、 ケイダイ の ワタシ の ジゾウサン に オマイリ を した。 いつも あたらしい クモツ が あがって いて、 セイケツ で すがすがしかった。
「どこ か ボウサン みたい ね。 だんだん そんな キ が する の」
 アネ は いって わらった。
「そう かなあ。 やっぱり オテラ に いる から なん だね」
 ワタシタチ は ショイン へ かえる と、 チチ が でて きた。 あたらしい チチ は、 チャ と カシ と を はこばせた。
 ショイン は すぐ ホンドウ の ウラ に なって いた。
「そうして フタリ そろって いる と、 ワシ も コドモ の とき を おもいだす。 コドモ の とき は ナニ を みて も たのしい もの じゃ」
 チチ は こう いいながら オカシ を とって、
「さあ ひとつ あがりなさい」 と、 アネ に すすめた。
 ワタシタチ 3 ニン は、 ウシロ の カワ の ウエ を わたる カゼ に ふかれながら オチャ を のんだ。
「オトウサン は オチャ が たいへん すき なの」
 ワタシ は アネ に いった。 チチ は にこにこ して いた。

 9

 ワタシ の オテラ の セイカツ が だんだん なれる に したがって、 ワタシ は ココロ から のびやか に コウフク に くらして いた。
 ワタシ は ホンドウ へ いって みたり、 ホンドウ を かこう ロウカ の エマ を みたり、 イロイロ な キショウモン を ふうじこんだ ガク を みあげたり して いた。 ワタシ の ヘヤ は、 ワタシ の シズカサ と セイケツ と を このむ セイヘキ に よく かなって いて、 ニワ には ハラン が タクサン に しげって いた。 クリ には おおきな くらい エノキ の タイジュ が あって、 アキ も ふかく なる と、 コツブ な ミ が ヤネ の ウエ を たたいて おちた。
 オテラ には たえず オキャク が あった。 キャク は たいがい シンジャ で あった。 ドウネンパイ の コドモ を つれて きた ヒト は、 いつも ワタシ に ショウカイ した。 チチ は、 ワタシ を ジマン して いた。 その シンジャ の ヒトリ で、 シタマチ の ほう に アキナイ して いる イエ の ムスメ で オコウ さん と いう の が あった。
 その コ は オバアサン に つれられて くる と、 いきなり チチ に とりすがって、
「テル さん が いらしって――」 と いう の で あった。
「います。 さあ いって いらっしゃい」
 その オコウ さん は いつも ワタシ の ヘヤ へ とびこむ よう に はいって きた。 ココノツ に なった ばかり の ムスメ で あった。
 ワタシ は いつも エ を かかされて いた。
「もう 1 マイ かいて ください な」
 せがまれる と、 ワタシ は いつも まずい エ を かかなければ ならなかった。
「ネエサン を よんで いらっしゃい な。 イッショ に いきましょう か」
「そう しよう」
 ワタシタチ は ニワ の キド から、 ミツバ や ユキノシタ の はえて いる シキイシヅタイ に、 よく トナリ の ネエサン を よび に いった。 ネエサン と 3 ニン で いつも ニワ で あそぶ の で あった。
 カキ の ワカバ の カゲ は すずしい カゼ を とおして いて、 その ネモト へ しゃがんで はなす の で あった。 ワタシ は アネ と オコウ さん と に はさまれて いた。 アネ は いつも ワタシ の テ を いじくる クセ が あった。
「オテラ が いい? オウチ が いい?」
 など と アネ が たずねた。
「オテラ も オウチ も どっち も いい の。 でも リョウホウ に いる よう な キ が する の」
 ワタシ は じっさい そんな キ が して いた。 1 ニチ に イクド も いったり きたり して いた から。
「そう でしょう ね」
 アネ も ドウカン した。
「でも ね ネエサン。 バン は こわくて こまる の。 ダレ も おきて いない のに ホンドウ で スズ が なる ん だ もの。 オトウサン に きく と、 ネズミ が ふざけて シッポ で スズ を たたく ん だって――」
「まあ。 そう」
 オコウ さん が こわそう に いう。
 オコウ さん は、 ときどき おもしろい こと を いった。
「あのね、 ネエサン が おすき。 アタシ を おすき。 どっち なの」
 など と アネ を わらわせる こと が あった。
「ミンナ すき」
 など と 3 ニン は、 ホンドウ ウラ の ほう へ あそび に いった。 そこ は すぐ イシガキ の シタ が サイカワ に なって いて、 カエデ の ロウボク や イバラ が しげって いた。 ネエサン は、 おおきかった ので、 その ほそい あぶない ホンドウ ウラ へは ゆけなかった。
「あぶない から およしなさい」 と アネ は いった。 けれども ワタシ は そこ へは ゆかれる ジシン が あった。
「ワタシ も いく わ。 いかれて よ」
 オコウ さん が イバラ を わけて ゆこう と した。 アネ は びっくり した。
「いけません よ。 おちたら タイヘン だ から およしなさい」
 カチキ な オコウ さん は きかなかった。
「だいじょうぶ なの よ ネエサン」
 イシガキ の シタ は あおい フチ に なって、 その うずまいた スイメン は ながく みて いる と、 メマイ を かんじる ほど きみわるく どんより と、 まるで ソコ から ナニモノ か が いて ひきいれそう で あった。
 ワタシ も あぶない と おもった。
「いけない。 ここ へ きちゃ」
 カノジョ は カエデ の ネモト を つたって、 とうとう ホンドウ の ソクメン の ウラ へ でた。
「アタシ ヘイキ だわ。 あんな ところ は」
 ワタシ は カラダ が つめたく なる ほど おどろいた が、 アンガイ なので アンシン を した。
 ここ から アネ の いる ところ は みえなかった。 この ドウウラ には イロイロ な エマガク の こわれた の や、 チョウチン の やぶれた の や、 ツチセイ の テング の メン や、 オハナ の タバ や、 ふるい ホコリ で しろく なった ザイモク など が つまれて あった。
 つめたい くさった よう な オチバ の ニオイ が こもって いた。
「あのね。 サッキ の ね。 アタシ が すき か、 オネエサン が すき か どっち が すき か、 はっきり いって ちょうだい。 どっち も すき じゃ いや よ」
 ワタシ は びっくり して オコウ さん の カオ を みた。 オコウ さん は なきだしそう な ほど マジメ な カオ を して いた。 ちいさい ヒタイ に こまちゃくれた シワ を よせて、 ワタシ の カオ を あおぎみて いた。
「オコウ さん が すき だ。 ネエサン には ナイショ だよ」
「ホントウ」
「ホントウ なの」
「まあ うれしい。 アタシ キ に かかって シヨウ が なかった の」 と シンケイテキ に いう。
 ワタシ は オコウ さん と アネ とは ベツベツ に かんがえて いた。 オコウ さん には、 ネエサン と ことなった もの が あった。 つまり 「カワイサ」 が あって ネエサン には かえって 「カワイガラレタサ」 が あった。
「アタシ ね。 もう ずっと サキ から とおう と おもって いた の」
「そう。 じゃ オコウ さん は ボク の いちばん ナカヨシ に なって もらう ん だ。 いい の」
「いい わ。 いちばん ナカヨシ よ」
 その とき アネ の たかい コエ が して いた。 よんで いる らしかった。 ワタシ も オオゴエ で こたえた。
 ワタシタチ は たすけあって、 アネ の いる ところ へ いった。
「まあ ワタシ ホント に シンパイ した よ。 ナニ して いた の」
「エマ の ふるい の や、 テング の メン など どっさり あった の。 おもしろかった わ」 と、 オコウ さん が いった。
 ワタシ は すこし キマリ が わるかった。 アネ が なにもかも しって い は すまい か と いう フアン が、 ともすれば ワタシ の カオ を あからめよう と した。 けれども アネ は なにも しらなかった。
「ワタシ どう しよう か と おもって いた の。 これから あんな こわい とこ へ いかない で いて ちょうだい」 と アネ は ワタシ に いった。
「これから は いかない」 と ちかった。
「オコウ さん も よ」 と アネ は チュウイ した。
「ワタシ も いきません わ」 と ちかった。
 ワタシタチ は それから ミツバ を つみはじめた。 あの かんばしい ハル から ニバンメ の ミツバ は、 ニワ イチメン に はえて いた。
 アネ が カゴ を もって きた。
 ニワ は ひろく イロイロ な ウエコミ の ヒナタ の やわらかい チ には、 こんもり と ふとく こえた ミツバ が しげって いた。
「これ を テル さん の トウサン に あげましょう ね」 と アネ は オコウ さん に ソウダン した。
「そりゃ いい わ。 きっと およろこび なさる わ」
 3 ニン は 1 ジカン ばかり して、 おおきな カゴ に いっぱい ミツバ を つんだ。
 テラ の エンガワ では、 オコウ さん の オバアサン と チチ と が オチャ を のんで いた。
「こんにちわ」
 ワタシ は アイサツ を した。 オバアサン も アイサツ を した。
「これ を ね。 ミンナ して つみました の。 で もって きました」
「どうも ありがとう。 たいへん よい ミツバ です ね」 と チチ が いった。 オバアサン も ほめた。
 ワタシタチ は エンガワ で やすんだ。
 オバアサン が、
「ゴキョウダイ です ね。 たいへん よく にて いらっしゃる」 と いった。 チチ は、
「そう です」 と いった。
 ワタシ は アネ と カオ を みあわせて ビショウ した。 ジッサイ は ワタシ は アネ とは にて いなかった。 ベツベツ な ハハ を もって いる フタリ は、 にて いる ドウリ は なかった。 ワタシ は こんな とき、 いつも ひとしれず さびしい ココロ に なる の で あった。 フツウ の キョウダイ より も ナカ の むつまじい ワタシドモ に ことなった チ が ながれて いる か と おもう と、 アネ との アイダ を たちきられた よう な キ が する の で あった。
 オバアサン ら も かえった アト で、 ワタシ は ヒトリ で ヘヤ に こもって、 ひどく インキ に なって いた。 チチ は、
「カオ の イロ が よく ない が、 どうか した の かな」
「いえ。 なんでも ない ん です」
 と、 ワタシ は やはり 「ホント の キョウダイ で ない」 こと を かんがえこんで いた。 ヒトツヒトツ の ハナシ の ハシ にも、 ワタシ は いつも ココロ を さされる もの を かんじる ヨワサ を もって いた ため に、 ときどき ひどく めいりこむ の で あった。 ココロ は また あの ユクエ フメイ に なった ハハ を さぐりはじめた。 「いつ あえる だろう か」 「とても あえない だろう か」 と いう ココロ は、 いつも 「きっと あう とき が ある に ちがいない」 と いう はかない ノゾミ を もつ よう に なる の で あった。
 この テラ に きて から、 ワタシ は ジブン の ココロ が しだいに チチ の アイ や、 ジイン と いう ゼンセイシン の セイジョウサ に よって、 さびしかった けれど、 ワタシ の ホントウ の ココロ に ふれ なぐさめて くれる もの が あった。
 ワタシ は よく ふかく かんがえこんだ アゲク、 ヒト の みない とき、 チチ に かくれて ホンドウ に あがって ゆく の で あった。 くらい ナイジン は キン や ギン を ちりばめた ブツゾウ が くらい ナイブ の アカリ に、 または、 かすか な オトウミョウ の ヒカリ に おごそか に てらされて ある の を みた。 そして ワタシ は ながい アイダ ガッショウ して キガン して いた。 「もし ハハ が いきて いる ならば コウフク で いる よう に」 と いのって いた。 がらん と して おおきな おしつけて くる よう な ホンドウ の イチグウ に、 ワタシ は まるで 1 ピキ の アリ の よう に ちいさく すわって ガッショウ して いた。 ワタシ は ヒトビト の アソビザカリ の ショウネンキ を こうした カナシミ に とざされながら、 イチニチ イチニチ と おくって いた。

 10

 アキ に なる と ツガ の ミ が、 まるで マツカサ の よう に エダ の アイダ に はさまれて できた。 だんだん うれる と ちょうど トンビ の たって いる よう に なって、 1 マイ 1 マイ カゼ に ふかれる の で あった。 トオク は 4~5 チョウ も とびふかれた。
 それ を ひろう と まるで トンビ の カタチ した、 かわいた アカネイロ した おもしろい もの で あった。 ワタシ も よく ニワ へ でて ひろった もの だ。 アキ に なる と すぐに わかる の は、 ジョウリュウ の カワラ の クサムラ が アカネ に こげだして、 ホッポウ の ハクサン サンミャク が すぐに しろく なって みえた。
 テラ の ニワ には わく よう な コオロギ が、 どうか する と ゴゴ に でも ないて いた。 ある ヒ、 ワタシ は ホンドウ の カイダン に こしかけて ぼんやり ムシ を きいて いた。 モン から アネ が はいって きた。
「ナニ して いる の。 ぼんやり して」
 アネ は いそいそ して いた。 ナニ か コウフン して いる らしかった。
「なんだか さびしく なって ぼんやり して いる ん だ。 ほら、 ひいひい と ムシ が ないて いる だろう」
「そう ね。 ムシ は オヒル まで も なく ん だね」
 アネ も カイダン に コシ を かけた。
 ふいと オシロイ の ニオイ が した。 いつも、 オシロイ など つけない アネ には めずらしい こと だ と おもった。
「アタシ ね。 また オヨメ に ゆく かも しれない の」
 ワタシ は びっくり した。
「どこ へ ゆく ん です」
「よく わからない ん だ けれど、 オカアサン が きめて しまった ん だ から、 ゆかなければ ならない わ」
「その ヒト を しって いる の」
「しらない――」
「しらない ヒト の とこ へ ゆく なんて おかしい なあ。 いつか ネエサン が もって いた テガミ の ヒト だろう」
「いいえ」
 アネ は あかい カオ を した。 そして キュウ に コエ まで が かわった。
「アタシ ゆきたく ない ん だ けれど……」
 アネ は だまって なみだぐんだ。 キ の よわい ユウジュウ な アネ の こと だ から、 きっと、 ハハ の いう ところ なら どういう ところ へ でも ゆく に ちがいない。 そして ワタシ ヒトリ に なって しまう の は なんと いう さびしい こと だろう。
「いや だったら オカアサン に ことわったら いい でしょう。 いや だ って――」
「そんな こと アタシ には いえない の。 どうでも いい わ」
 アネ は なげる よう に いう。
 ワタシ は アネ が かわいそう に なった。
「ボク が いって あげよう か。 ネエサン は ゆく こと が いや だ って――」
「そんな こと いっちゃ いや よ。 ホントウ に いわない で ください。 アタシ かえって しかられる から」
「じゃ やっぱり ゆきたい ん だろう」
 ワタシ は ねたましい よう な、 はらだたしく キミジカ に こう いう と、 ネエサン は いや な カオ を した。
「アナタ まで いじめる のね。 アタシ、 ゆきたく ない って あんな に いって いる じゃ ない の」
「だって いや じゃ ない ん でしょう」 と、 きりこむ と、
「シカタ が ない わ。 みな ウン だわ」
 ワタシ は だまった。 いや だ けれど ゆく と いう、 はっきり しない アネ の ココロ を どう する こと も できなかった。
「じゃ ゆく のね」
「たいがい ね」
 ワタシ は テラ の ロウカ ヤネゴシ に オシンメイサン の ケヤキ の モリ を ながめて いた。 アネ が いって しまって は、 トモダチ の ない ワタシ は どんな に ハナシアイテ に フジユウ する のみ では なく、 どんな に がっかり して マイニチ ふさぎこんだ さびしい ヒ を おくらなければ ならない だろう。 アネ は ワタシ に とって ハハ で あり チチ でも あった。 ワタシ の タマシイ を なぐさめて くれる ヒトリ の ニクシン でも あった の だ。
 ワタシ は そっと アネ の ヨコガオ を みた。 ホツレゲ の なびいた しろい クビ―― ワタシ が ナナツ の コロ から マイニチ じつの オトウト の よう に あいして くれた ん だ。
「でも ね。 ときどき アナタ には あい に きて よ」
「ボク の ほう から だ と いけない かしら」
「きたって いい わ。 あえれば いい でしょう。 きっと あえる わね」
 ワタシ は カイダン を おりて、 ニワ へ でた。 アネ は トナリ へ かえった。
 ワタシ は ショイン へ かえる と、 チチ には だまって おいた。 ワタシ は ショウネン セカイ を ひらいたり よんだり して いた が、 アネ が いまにも ゆきそう な キ が して ならなかった。 ワタシ は ニワ へ でた。 みる もの が みな かなしく、 ウラガレ の シタバ を そよがせて いた ばかり で なく、 カワ から ふく カゼ が しみて さむかった。
 ザシキ から チチ が、
「キョウ は さむい から カゼ を ひく と いけない から ウチ へ はいって おいで」 と いった。
 シンセツ な チチ の コトバドオリ に ウチ へ はいった。
 ワタシ は だんだん ジブン の したしい もの が、 この セカイ から とられて ゆく の を かんじた。 シマイ に タマシイ まで が ハダカ に される よう な サムサ を イマ は ジブン の スベテ の カンカク に さえ かんじて いた。
 4~5 ニチ して アネ の ゆく こと が ケッテイ した。
 その ヒ の ゴゴ、 アネ は ハレギ を きて ハハ と ともに 2 ダイ の クルマ に のった。
 ワタシ は ゲンカン で じっと アネ の カオ を みた。 アネ は こい ケショウ の ため に みちがえる ほど うつくしかった。 そわそわ と ココロ も チュウ に ある よう に コウフン して いた。
「ちょいと きて――」 と アネ は よんだ。
 ワタシ は クルマ チカク へ いった。
「その うち に あい に きます から まって いて ください な。 それから おとなしく して ね」
 アネ は なみだぐんだ。
「では いって いらっしゃい」
 ワタシ は やっと これ だけ の こと が いえた。 ムネ も ココロ も なにかしら おしつけられた よう な いっぱい な カナシミ に せまられて いた。
「では さよなら」
 いいかわす と、 クルマ が うごいた。 ハジメ は しずか に うごいて、 コンド は クルマ の ワ が はげしく まわりだした。 アネ は ふりかえった。 クルマ が だんだん ちいさく なって、 ふいと ヨコチョウ へ まがった。 ワタシ は それ を ながく ながく みつめて いた。 ヨコチョウ へ まがって しまった のに、 まだ クルマ が はしって いる よう な ゲンエイ が、 ワタシ を して ながく たたせた。 ワタシ は なみだぐんだ。 あの やさしい アネ も とうとう ワタシ から はなれて いって しまった か と、 ワタシ は すごすご と さびしい テラ の ショイン へ かえりかかった。

 11

 ワタシ は アネ が いなく なって から、 みじかい フユ の ヒ の マイニチ ユキ に ふりこめられた ショイン で、 チチ の ソバ へ いったり エンガワ に あげて やった シロ を アイテ に さびしく くらして いた。 2 シュウカン も たった アト にも アネ は たずねて きて くれなかった。 みじかい ハガキ が 1 マイ きた きり で あった。

べつに オカワリ も ない こと と おもいます。 ネエサン は マイニチ いそがしくて ソト へ など まだ イチド も でた こと が ありません ので、 アナタ の ところ へも とうぶん ゆけそう に おもわれません。 ネエサン は やはり いつまでも、 オウチ に いれば よかった と マイニチ そう おもって、 テル さん の こと を かんがえます。 テル さん は オトコ で シアワセ です。 そのうち あった とき いろいろ おはなし します。

 と かいて あった。 ワタシ は この ハガキ を タイセツ に よごれない よう に、 ツクエ の ヒキダシ の オク に しまって おいた。 アネ の こと を かんがえたり あいたく なったり した とき、 ワタシ は これ を だして じっと アネ の やさしい カオ や コトバ に ふれる よう な オモイ を して たのしんで いた。
 ワタシ は ときどき トナリ の ハハ の イエ へ ゆく と、 きっと アネ の ヘヤ へ はいって みなければ キ が すまなかった。 いつも だまって、 しずか に オハリ を して いる ソバ に ねそべって いた ワタシ ジシン の スガタ をも、 そこ では アネ の スガタ と イッショ に おもいうかべる こと が できる の で あった。 その ヘヤ には、 いつも アネ の ソバ へ よる と イッシュ の ニオイ が した よう に、 なにかしら なつかしい あたたか な アネ の カラダ から しみでる よう な ニオイ が、 アネ の いなく なった コノゴロ でも、 ヘヤ の ナカ に ふわり と ハナ の カオリ の よう に ただようて いた。 ワタシ は ヘヤジュウ を みまわしたり、 ときには、 コダンス の ウエ に ある イロイロ な カシオリ の カラ に おさまって ある キレルイ や、 コウスイ の カラビン など を とりだして ながめて いた。 なぜか しれない フシギ な、 わるい こと を した とき の よう な ムナサワギ が、 アネ の ブンコ の ナカ を さぐったり する とき に、 どきどき と して くる の で あった。
 アネ は サンゴ の タマ や、 カンザシ、 ミミカキ、 こわれた ピン など を いれて おいた ハコ を わすれて いった の が、 これ だけ が ちゃんと おいて あった。 ワタシ は そういう アネ の シヨウブツ を みる ごと に、 アネ コイシサ を つのらせた。
 ワタシ は ある ヒ、 ユキバレ の した ドウロ を シロ を つれて、 いそいで いった。 ワタシ は ひそか に アネ の いった イエ の マエ を とおりたい ため でも あった。 カワベリ の センザイ に ウエコミ の ある、 ヤクイン の すみそう な イエ で あった。
 2 カイ は ショウジ が しまって あった。 イエジュウ が しずか で しんみり して いて、 アネ の コエ すら しなかった。 ワタシ は、 わざと イヌ に わんわん ほえさせたり した。 それでも アネ が ルス なの か、 いっこう ヒト の でて くる ケハイ が しなかった。 ワタシ は、 なお つよく イヌ を なかせた。 2 カイ の ショウジ が ひらいた。 そして アネ の カオ が あらわれた。
 アネ は 「まあ!」 と くちごもる よう に びっくり して、 テマネ で イマ そこ へ ゆく から と いった。 シロ は ながく みなかった アネ の カオ を みる と、 キュウ に ゲンキ-づいて マエアシ を おって ふざける よう に して たかく たかく ほえた。
 アネ は でて きた。
「まあ、 よく きた のね。 すっかり いそがしくて ね。 ごめんなさい よ」
 ワタシ は アネ の カオ を みる と、 もう なみだぐんで じっと みつめた。 アネ は すこし やせて あおざめた よう な、 かわいた カオ を して いた。
「ボク、 きて は わるかった かしら」
「いえ。 わるく は ない けど、 オカアサン から また つまらない こと を いわれる と いけない から、 コンド から くる ん じゃ ない のよ。 きっと そのうち ネエサン が いく から ね」
「きっと ね」
「え。 きっと いきます とも、 シロ は まあ うれしそう に して――」
 シロ は アネ の スソ を くわえて、 ひさしく みなかった シュジン に じゃれついて いた。
「じゃ ボク かえろう」
 ワタシ は こんな ところ で アネ と はなして いる の を イエ の ヒト に みられる と、 アネ が アト で こまる だろう と おもって、 かえりかかった。
「そう オカエリ? また コンド ネエサン が いきます から ね。 それまで おとなしく して まって いて ください な」
「イツゴロ きて くれる の」
「そりゃ まだ わからない けれども きっと いきます わ。 ちかって よ。 ユビキリ を しましょう ね」
 アネ は ワタシ の テ を とった。
 ワタシ は にっこり して アタリ を みまわした。 ダレ か みて は い は しない だろう か と、 しきり に ケネン された。
 アネ は、 ずっと ムカシ コドモ の とき に やった よう に、 コユビ と コユビ と を おたがいに ワ に つくって、 リョウホウ で ひきあう の で あった。
 この こどもらしい ジョウダン の よう な サジ では あった が、 なにかしら ワタシラ キョウダイ に とって シンセイ な しんず べき チカイ の よう に おもわれて いた。
「じゃ、 さよなら」
 と ワタシ は アネ の ソバ を はなれた。
「ミチクサ を しない で おかえりなさい な」
「ええ」
 ワタシ は カワギシ の ハダラ に きえかかった ミチ を いった。 カタガワマチ なので ダレ も とおらなかった。 ワタシ は 「イマ から アネ は どうして バン まで くらす の だろう。 ナニ か おもしろい こと でも ある の だろう か」 など と かんがえて いた。 ウチ に いる とき より いくらか やせた の も ワタシ には よく かんじられた。 ワタシ は ヨメ と いう もの は たんに セイカツ を ショクジ の ほう に のみ つとむ べき もの で あろう か など と、 なやましく かんがえあるいて いた。
 キタグニ の フユ の ニチボツ-ゴロ は、 アブラウリ の スズ や、 ユキ が ドロマミレ に ぬかった ミチ や、 いそがしげ に ゆきかう ヒトビト の アイダ に、 いつも モノ の ソコ まで とおる ツメタサ サムサ を もった カゼ が ふいて、 ヒトツ と して アタタカミ の ない うち に くれて ゆく の で あった。
 ワタシ は テラ へ かえる と、 ヨル は チチ と、 チャノユ の ロ に つよい ヒ を おこして むかいあって すわって いた。 チチ は ナニ を する と いう こと なし に、 チャ を のんだり コヨミ を くったり して ヒトバン を おくる の で あった。
 チチ は よく ユズミソ を つくったり した。 ユズガマ の ナカ を ふつふつ と にえる ミソ の ニオイ を なつかしがりながら、 ワタシ は いつも チチ の テツダイ を して いた。 ケイダイ の おおきな ツガ に さむい カゼ が ごうごう と なる よう な バン や、 さらさら と ショウジ を なでて ゆく ササユキ の ふる ヨル など、 ことに チチ と フタリ で しずか に イロイロ な ハナシ を して もらう こと が すき で あった。
 もはや アネ に したしもう と して も、 トオク へ いって しまった アト は、 チチ と さびしい ハナシ など を きく より ホカ は シカタ が なかった。
 チチ が はじめて この テラ へ きた とき は、 この テラ が ちいさな ツジドウ に すぎなかった こと や、 ヨル、 よく カワウソ が ウシロ の カワ で サケ を とりそこなったり して ヨナカ に ミズオト を たてた と いう こと など を きいた。
 チチ は よく いった。
「ネエサン が いなく なって から、 オマエ は たいへん さびしそう に して いる ね」
「ええ」
 チチ は よく ワタシ の ココロ を みぬいた よう に、 そんな とき は いっそう やさしく なでる よう に なぐさめて くれる の で あった。
「さあ、 やすみなさい。 かなり おそい から」 と、 いつも トコ へ つかす の で あった。
 ワタシ は わびしい アンドン の シタ で、 アネ の こと を かんがえたり、 ハハ の こと を おもいだしたり しながら、 いつまでも おおきな メ を あけて いる こと が あった。 ウシロ の カワ の セ の オト と ヨカゼ と が、 しずか に ワタシ の マクラ の ソバ まで きこえた。
 ワタシ の 13 の フユ は もう くれかかって いた。

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