カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ヨウネン ジダイ 1

2014-09-08 | ムロウ サイセイ
 ヨウネン ジダイ

 ムロウ サイセイ

 1

 ワタシ は よく ジッカ へ あそび に いった。 ジッカ は すぐ ウラマチ の おくまった ひろい カジュエン に とりかこまれた こぢんまり した イエ で あった。 そこ は ゲンカン に ヤリ が かけて あって ヒノキ の おもい 4 マイ の ト が あった。 チチ は もう 60 を こえて いた が、 ハハ は マユ の アト の あおあお した 40 ダイ の イロ の しろい ヒト で あった。 ワタシ は チャノマ へ とびこむ と、
「ナニ か ください な」
 すぐ オカシ を ねだった。 その チャノマ は、 いつも トケイ の オト ばかり が きこえる ほど しずか で、 ヒジョウ に きれい に セイトン された セイケツ な ヘヤ で あった。
「また オマエ きた の かえ。 たったいま かえった ばかり なのに」
 チャダナ から カシザラ を だして、 キャク に でも する よう に、 よく ヨウカン や モナカ を もって だして くれる の で あった。 ハハ は、 どういう とき も カシ は ウツワモノ に いれて、 いつも トクベツ な キャク に でも する よう に、 オチャ を そえて くれる の で あった。 チャダナ や トショウジ は みな よく ふかれて いた。 ワタシ は ナガヒバチ を へだって すわって、 ハハ と ムカイアワセ に はなす こと が すき で あった。
 ハハ は コガラ な きりっと した、 イロジロ な と いう より いくぶん あおじろい カオ を して いた。 ワタシ は もらわれて いった イエ の ハハ より、 じつの ハハ が やはり きびしかった けれど、 ラク な キ が して はなされる の で あった。
「オマエ おとなしく して おいで かね。 そんな 1 ニチ に 2 ド も きちゃ いけません よ」
「だって きたけりゃ シヨウ が ない じゃ ない の」
「フツカ に イッペン ぐらい に おし よ。 そう しない と アタシ が オマエ を かわいがりすぎる よう に おもわれる し、 オマエ の ウチ の オカアサン に すまない じゃ ない かね。 え。 わかって――」
「そりゃ わかって いる。 じゃ、 1 ニチ に イッペン ずつ きちゃ わるい の」
「フツカ に イッペン よ」
 ワタシ は ハハ と あう ごと に、 こんな ハナシ を して いた が、 ジッカ と 1 チョウ と はなれて いなかった せい も ある が、 ヤクソク は いつも やぶられる の で あった。
 ワタシ は ハハ の カオ を みる と、 すぐに ハラ の ナカ で 「これ が ホントウ の オカアサン。 ジブン を うんだ オッカサン」 と ココロ の ソコ で いつも つぶやいた。
「オッカサン は なぜ ボク を イマ の オウチ に やった の」
「オヤクソク した から さ。 まだ そんな こと を わからなくて も いい の」
 ハハ は いつも こう こたえて いた が、 ワタシ は、 なぜ ワタシ を ハハ が あれほど あいして いる に かかわらず タケ へ やった の か、 なぜ ジブン で そだてなかった か と いう こと を うたがって いた。 それに ワタシ が たった ヒトツブダネ だった こと も ワタシ には ハハ の ココロ が わからなかった。
 チチ は、 すぐ トナリ の マ に いた。 しかし ヒルマ は たいがい ハタケ に でて いた。 ワタシ は よく そこ へ いって みた。
 チチ は、 ブドウダナ や ナシバタケ の テイレ を いつも ヒトリ で、 だまって やって いた。 ナリ の たかい ブシ-らしい ヒト で あった。
「ボウヤ かい。 ちょいと そこ を もって くれ。 うん。 そう だ。 なかなか オマエ は リコウ だ」 と、 チチ は ときどき てつだわせた。
 ハタケ は ひろかった が、 リンゴ、 カキ、 スモモ など が、 あちこち に つくって あった。 ことに、 アンズ の ワカギ が おおかった。 ワカバ の カゲ に よく うれた うつくしい アカネ と ベニ と を まぜた この カジツ が、 ハモレ の ヒカリ に やわらかく おいしそう に かがやいて いた。 あまり に うれすぎた の は、 ヒトリ で あたたかい オト を たてて チジョウ に おちる の で あった。
「オトウサン。 ボク アンズ が ほしい の。 とって も いい の」
「あ。 いい とも」
 ワタシ は、 まるで サル の よう に たかい キ に のぼった。 ワカバ は たえず カゼ に さらさら なって、 あの うつくしい コガネイロ の カジツ は ワタシ の フトコロ にも テ にも いっぱい に にぎられた。 それに、 キ に のぼって いる と、 キ が せいせい して チジョウ に いる より も、 なんとも いえない トクベツ な たかい よう な、 ジユウ で えらく なった よう な キ が する の で あった。 たとえば、 そういう とき、 ドウロ の ほう に ワタシ と おなじい ネンパイ の トモダチ の スガタ を みたり する と、 ワタシ は、 その トモダチ に なにかしら コエ を かけず には いられない の で あった。 ジブン の イマ あじわって いる コウフク を ヒト に しらさず に いられない うつくしい コドモゴコロ は、 いつも ワタシ を して コズエ に もたれながら かるい コオドリ を させる の で あった。
 ハタケ は、 イチヨウ に キソク ただしい ウネ や カコイ に よって、 たとえば タマナ の ツギ に エンドウ が あり、 その ウシロ に キュウリ の ツルダケ が ヒトカコイ、 と いう ジュンジョ に スベテ が せいぜん と した チチ の ケッペキ な セイカク と、 ムカシ 2 ホン の ダイショウ を コシ に した ゲンカクサ の アラワレ で ない もの は なかった。 チチ の ノライヌ を おう とき、 コヅカ でも なげる よう に、 コイシ は イヌ に あたった。 または カラス など を おう テツキ が、 やはり イッシュ の ケイシキテキ な ドウジョウグセ を もって いて、 ミョウ に ワタシ を して カンシン させる よう な ケンジュツ を おもわせる の で あった。
 チチ の イマ には、 その フスマ の オク や トダナ には、 おどろく べき タクサン の トウケン が おさめられて あった。 ワタシ は めった に みた こと が なかった が、 ぴかぴか と ウルシヌリ の ひかった サヤ や、 ツカ の サメ の ぽつぽつ した ヒョウメン や、 カケジルシ に むすんだ ツカイト の つよい コン の タカマリ など を、 よく チチ の カオ を みて いる と、 なにかしら カンレン されて おもいうかぶ の で あった。
 それに チチ は ヒジョウ に ケンコウ で あった。 ヘイゼイ は ハイク を かいて いた。 チチ は ブドウダナ から さす あおい コウセン の はいる マドサキ に、 シュウジヅクエ を もちだして、 よく タンザク を かいて いた。 イクマイ も イクマイ も かきそこなって、
「どうも よく かけん」
 など と いって、 うっちゃる こと が あった。 ハハ は そういう ヒ は、 ツギノマ で ヌイシゴト を して いた。 レイ の オト ヒトツ ない イエ の ナカ には ハッカク-ドケイ が、 かたこと と なって いる ばかり で あった。 チチ も ハハ も チャ が すき で あった。 フタリ で チャ を のんで いる とき、 ワタシ も アソビ トモダチ に あきて しまって、 よく そこ へ たずねて ゆく こと が あった。
 ワタシ は よく ハハ の ヒザ に もたれて ねむる こと が あった。
「オマエ ねむって は いかん。 オウチ で シンパイ する から はやく おかえり」 と チチ が よく いった。
「しばらく ねむらせましょう ね。 かあいそう に ねむい ん です よ」
 ハハ の いう コトバ を ワタシ は ユメウツツ に、 うっとり と とおい ところ に きいて、 イク-ジカン か を ぐっすり と ねむりこむ こと が あった。 そういう とき、 ふと メ を さます と、 わずか しばらく ねむって いた アイダ に、 トオカ も ハツカ も たって しまう よう な キ が する の で あった。 なにもかも わすれ あらいざらした カンビ な イッシュン の タノシサ。 その ユウエンサ は、 あたかも ゴゼン に あそんだ トモダチ が、 トオカ も サキ の こと の よう に おもわれる の で あった。
 ハハ は ワタシ の かえる とき は、 いつも ヨウカ の ハハ の オモワク を キ に して、 エリモト や オビ を しめなおしたり、 カオ の ヨゴレ や テアシ の ドロ など を きれい に ふきとって、
「さあ、 ミチクサ を しない で おかえり。 そして ここ へ きた って いう ん じゃ ありません よ」
「え」
「おとなしく して ね」
「え。 オッカサン。 さよなら」
 ワタシ は いつも かんじる よう な イッシュ の ムネ の せまる よう な オモイ で、 わざと それ を ココロ で まぎらす ため に ゲンカン を かけだす の で あった。 ハハ は、 いつも ながく モン の ところ に たって みおくって いた。

 2

 ワタシ は ヨウカ へ かえる と、 ハハ が いつも、
「また オッカサン の ところ へ いった の か」 と たずねる ごと に、 ワタシ は そしらぬ フリ を して、
「いえ。 オモテ で あそんで いました」
 ハハ は、 ワタシ の カオ を みつめて いて、 ワタシ の いった こと が ウソ だ と いう こと を よみわける と、 きびしい カオ を した。 ワタシ は ワタシ で、 しれた と いう こと が チョッカク される と ヒジョウ な ハンカンテキ な むらむら した キ が おこった。 そして 「どこまでも いかなかった と いわなければ ならない」 と いう ケッシン に、 しらずしらず カラダ が ふるう の で あった。
「だって オマエ が サト へ いって いた って、 オトモダチ が ミナ そう いって いました よ。 それに オマエ は いかない なんて、 ウソ を つく もん じゃ ありません よ」
「でも ボク は ウラマチ で あそんで いた ん です。 ミンナ と あそんで いた ん です」
 ワタシ は ゴウジョウ を はった。 「ダレ が いいつけた ん だろう」 「もし いいつけた ヤツ が わかったら ひどい メ に あわして やらなければ ならない」 と おもって、 あれ か これ か と トモダチ を ココロ で ブッショク して いた。
「オマエ が いかない って いう なら いい と して ね。 オマエ も すこし かんがえて ごらん。 ここ ん チ へ きたら ここ の イエ の モノ です よ。 そんな に しげしげ サト へ ゆく と セケン の ヒト が ヘン に おもいます から ね」
 コンド は やさしく いった。 やさしく いわれる と、 あんな に ゴウジョウ を いう ん じゃ なかった と、 すまない キ が した。
「え。 もう いきません」
「ときどき いく なら いい けれど ね。 なるべく は、 ちゃんと オウチ に おいで よ」
「え」
「これ を もって オヘヤ へ いらっしゃい」
 ハハ は ワタシ に ヒトツツミ の カシ を くれた。 ワタシ は それ を もって ジブン と アネ との ヘヤ へ いった。
 ハハ は しかる とき は ヒジョウ に やかましい ヒト で あった が、 かわいがる とき も かわいがって くれて いた。 しかし ワタシ は なぜ だ か したしみにくい もの が、 ハハ と ワタシ との コトバ と コトバ との アイダ に、 フダン の コウイ の スミズミ に はさまれて いる よう な キ が する の で あった。
 アネ は ヨメイリサキ から もどって いた。 そして ヒトリ で いつも さびしそう に ハリシゴト を して いた。 ワタシ は ツクエ の マエ に すわって だまって オサライ を して いた。
「ネエサン。 これ を おあがり」
 ワタシ は フトコロ から アンズ を とりだした。 うつくしい カジツ は まだ あおい ハ を つけた まま そこら に イクツ も ころがって でた。
「まあ。 オサト から とって いらしった の」
「ええ。 たいへん あまい の」
「では オカアサン には ヒミツ ね」
「そう。 イマ オサト へ いった って しかられちゃった ところ さ」
 アネ は だまって ヒトツ たべた。 アネ は イチニチ なにも いわない で いた。 わずか 1 ネン も よめいって かえって きた カノジョ は、 うまれかわった よう に、 インキ な、 かんがえぶかい ヒト に なって いた。
「ネエサン は オヨメ に いって ひどい メ に あった ん でしょう。 きっと」
「なんでも ない のよ」
 アネ は アト は だまって いた。 ワタシタチ は アンズ の タネ を そっと マド から トナリ の テラ の ケイダイ に すてた。
 アネ は イロイロ な キレルイ や ちいさな うつくしい ハコ や、 メ の あおい ニンギョウ や、 キヌ で こしらえた サイフ や、 ヨメイリサキ が カイガン だった と いう ので そこ で あつめた サクラガイ ヒメガイ チョウチンガイ など を タクサン に もって いた。 それ は ちいさな テサゲ-ダンス の ナカ に しまって あった。 ワタシ は それ を すこし ずつ わけて もらって いた。
「これ も すこし あげよう」
 ヒトツヒトツ すこし ずつ わけて くれた。 ワタシ は ことに ビレイ な トウメイ な カイ など を ワタ に くるんで、 やはり もらった ハコ に しまって おいた。 アネ は、 ことに キレ が すき で あった。 サマザマ な イロ の キヌルイ を タイセツ に もって いた。 どうした ハズミ だった か、 アネ の ナアテ の テガミ の タバ を みた こと が あった。
「それ ナアニ。 オテガミ! みせて ください」
 ワタシ は なにごころなく うばう よう に して とろう と する と、 アネ は あわてて それ を ウシロ に かくして、 そして あかい カオ を した。
「なんでも ない もの です よ。 アナタ に みせて も よめ は しない もの よ」
 ワタシ は アネ が あかく なった ので、 みて は わるい もの だ と いう こと を かんじた。 きっと、 アネ の トモダチ から きた ので、 ワタシドモ に しらして は ならない こと を かいて ある の だ と おもって、 ワタシ は ふたたび それ を みよう とは しなかった。
「カアサン に ね。 ネエサン が テガミ を もって いる って いう こと を いわない でしょう ね」
 アネ は シンパイ そう に いった。
「いわない とも」
「きっと」
「きっと だ」
 ワタシ は ちいさな チカイ の ため に ユビキリ を した。 アネ は オヨメ マエ とは やせて いた が、 それでも よく こえて がっしり した テ を して いた。 ワタシ は そういう ふう に、 だんだん アネ と ふかい シタシミ を もって きた。
 バン は アネ と ならんで ねた。
「ネエサン。 はいって いい?」
 など と ワタシ は よく アネ と イッショ の トコ に はいって ねる の で あった。 アネ は イロイロ な ハナシ を した。 イオウゼン の ハナシ や、 ホリ ムサブロウ など と いう、 カガ ハン の カワシ の ハナシ など を した。
 カガ ハン では カワシ と いう もの が あって、 アユ の キセツ や、 マス の キセツ には、 メノシタ 1 シャク イジョウ ある もの を とる ため の、 トクベツ な カワ の リョウシ で あって、 タイトウ を ゆるされて いた。 ことに ホリ ムサブロウ と いう の は、 カガ では オオカワ で ある テドリガワ でも、 オジョウカ サキ を ながれる サイカワ でも、 いたる ところ の ユウメイ な フチ や セガシラ を およぎさぐる こと が ジョウズ で あった。
 ゼンブショク から カメイ が ある と ホリ は いつも 48 ジカン イナイ には、 リッパ な アユ や マス を いけどって くる の で あった。 カレ は、 このんで、 ヌシ の すんで いる と いう ウワサ の ある フチ を およぎいる の で あった。 その コロ、 サイカワ の ジョウリュウ の オオクワ の フチ に、 ヌシ が いて よく ウマ まで も とられる と いう こと が あった。
 ホリ は その フチ の ソコ を さぐって みた。 ヨル の よう な ふかい セイジャク な ソコ は、 カラダ も しびれる ほど ひえきった シミズ が わいて いて、 まるで コオリ が はって いる よう な ツメタサ で あった。 その ソコ に ヒトツ の ヒトトリガメ が ぴったり と はらぼうて いた。 で、 ホリ は カメ の アシ の ワキノシタ を くすぐる と、 カメ は 2~3 ジャク うごいた。 まるで フシギ な おおきな イシ が うごく よう に。 ――その カメ の うごいた シタ に くらい アナ が あった。 カレ は そこ を くぐった。 ナカ は、 3~4 ケン も あろう と おもわれる ヒロサ で、 ヒジョウ に タクサン の マス が こもって いた。 ホリ は それ を テドリ に ヒツヨウ な だけ (カレ は ヒツヨウ イガイ の サカナ は とらなかった。) つかまえて、 アナ を はいでよう と する と、 レイ の ヒトトリガメ が ぴったり と イリグチ を ふたして いた。
 ホリ は また ワキバラ を くすぐって、 うごきだした スキ に アナ を はいでた。 ホリ は、 この ハナシ を した が ダレ も そこ へ はいって みる モノ が なかった。 それから と いう もの は ホリ は そこ を ユイイツ の 「マス の ゴリョウバ」 と して いた。
 その ホリ が ショウガイ で いちばん おそろしかった と いう ハナシ は、 クラガタケ の イケ を もぐった とき で あった。 この クラガタケ は、 カガ の ハクサン サンミャク も やがて トウホウ に つきよう と した ところ に、 こんもり と もりあがった ヤマ が あって、 そこ は ムカシ サッサ ナリマサ に せめたてられて ニゲバ を うしなった トガシ マサチカ が バジョウ から ジョウサイ の イケ に とびこんだ コセンジョウ で あった。 マイトシ カレ が ウマ と ともに とびこんだ と いう ウラボン の 7 ガツ 15 ニチ に、 いつも その ジョウモン の ついた クラ が うきあがった。 ナカ には クラ の うきあがった の を みた と いう ムラ の ヒト も あり、 その ヒ は べつに カワリ は ない けれど、 なんとも いえぬ イケ の ソコナリ が する と いう ヒト も あった。 フシギ な こと には、 ウマ と イッショ に とびこんだ トガシ マサチカ の スガタ が、 その オリ とうとう ういて こなかった こと で あった。
 その イケ は ふかく セイランショク の しずんだ イロ を みせて、 サザナミ ヒトツ たたない ヒ は、 いかにも その ソコ に ふかい エンコン に もえしずんだ ノブシ の レイコン が チンセン して いそう に おもわれる ほど、 セイジャク な、 シンピテキ な すごい シハイリョク を もって ヒトビト の シンケイ を ふるわせて くる と いう こと で あった。 ホリ は この デンセツ を きいて わらった。 そして、 カレ が この イケ の ソコ を タンケン する と いう こと が、 オジョウカマチ に なりひびいて ウワサ された の で あった。
 その ヒ、 ホリ は エモノ ヒトツ もたず に イケ に もぐりこんだ。 しずか な ゴゴ で あった。 カレ は かなり ながい アイダ スイメン に うかなかった が、 しばらく して うきあがって きた カレ は、 ヒジョウ な ソウハク な、 キョウフ の ため に たえず キンニク を ぴくぴく させて いた。 そして ナンピト にも その ソコ の ヒミツ を はなさなかった。 ナニモノ が いた か と いう こと や、 どういう ヌシ が すんで いた か と いう こと など、 ヒトツ も かたらなかった。 ただ カレ は カワシ と して の ショウガイ に、 いちばん おそろしい オドロキ を した と いう こと のみ を、 アト で ヒトビト に はなして いた。 それ と ドウジ に カレ は カワシ の ショク を やめて しまった。
 アネ は ハナシジョウズ で あった。 これ を はなしおえて も ワタシ は まだ ねむれなかった。 そして イロイロ な シツモン して アネ を こまらした。
「いったい イケ の ソコ に ナニ が いた ん でしょう」
「そりゃ わからない けれど、 やっぱり ナニ か おそろしい もの が いた ん でしょう ね」
「では イマ でも クラ が うく ん でしょう か」
「ヒト が そう いいつたえて いる けれど、 どう だ か わからない わ。 しかし こわい イケ だって」
 ワタシ は ハナシ サイチュウ に その クラガタケ を メ に うかべた。 それ は ツルギ カイドウ を だきこんだ ヒジョウ に ゆるやか な コウホウ で、 この ミネツヅキ では いちばん サキ に、 フユ は、 ユキ が きた。
「トガシ って サムライ は まだ イケ の ナカ に いきて いる の。 それとも しんで しまった の」
「それ が わからない の。 いきて いる かも しれない わ」
 アネ は おどかす よう に いって、
「もう おやすみ」 と いった。
 ワタシ は かるい キョウフ を かんじて アネ に ぴったり と だかれて いた。 アネ の ムネ は ひろく あたたかかった。 やがて ワタシ は アネ の あたたかい コキュウ を ジブン の ホオ に やさしく かんじながら ねむった

 3

 ワタシドモ の マチ の ウラマチ の どんな ちいさな イエイエ の ニワ にも、 カジツ の ならない キ とて は なかった。 アオウメ の コロ に なる と タマゴイロ した まるい やつ が、 コズエ いっぱい に たわみこぼれる ほど みのったり、 うつくしい マッカ な グミ の タマ が ヘイ の ソト へ しだれだした の や、 あおい けれど アマミ の ある リンゴ、 アンズ、 ユキグニ トクユウ の スモモ、 ケモモ など が みのった。
 ワタシドモ は ほとんど こうぜん と それら の カジツ を イシ を もって たたきおとしたり、 ヘイ に のぼって とったり した。 ちょうど ナナツ ぐらい の コドモ で あった ワタシドモ は、 そうした やさしい カジツ を リャクダツ して あるく ため には、 7~8 ニン ずつ タイ を くんで ウラマチ へ でかける の で あった。 それ を 「ガリマ」 と いって いた。
「ガリマ を しよう じゃ ない か」
 こう ハツゲン する モノ が ある と、 ミナ 1 タイ に なって カジュエン マチ へ でかけた。 しかし、 それ は ぜんぜん ドウロ の ほう へ キ の エダ が はみでた ブン の カジツ に かぎられて いた。 まるで ナンヨウ の ドジン の よう な、 あらい しかし ムジャキ な リャクダツタイ で あった。
 だから カジツ の キ を もつ イエイエ の ヒト は、 コドモ ら が ドウロ の ほう へ でた ブン の カジツ を とって いて も、 べつに とがめ も しかり も しなかった。 かえって、 ヒト の よい チュウネン の ハハ らしい ヒト が にこにこ わらって みて いる の も あったり した。
「ガリマ タイ の こない うち に」 と いって、 カジツ を キュウ に とりはじめる ウチ も あった。
 ワタシ も よく その 「ガリマ タイ」 に くわわった もの で あった。 「ガリマ タイ」 の すすんで いった アト の ドウロ は、 ちぎられた アオバ ワカバ が かわいた ミチ の ウエ に、 はげしい コドモ の イタズラ の アト を のこして ちらばって いた。
 ワタシタチ は アキチ の クサバ に ワ を つくって、 「ガリマ」 に よって えた カジツ を ミナ に ワケッコ を する の で あった。 そして、 ミナ こどもらしい しろい アシ を なげだして、 わいわい いいながら、 きわめて シゼン-らしい アソビ に ふける の だ。 イロイロ な ウチ の カジツ が それぞれ ことなった ミカク を もって いて、 コドモ ら は それ を あじわいわける こと が ジョウズ で あった。
 ワタシ も やはり ウラマチ を あるく と、 どこ の アンズ が うまくて、 あそこ の リンゴ が まずい と いう こと を よく しって いた。 「ガリマ タイ」 が じんどって いる と、 そこら に あそんで いた オンナ の コドモ ら も、 ミナ いいあわした よう に あつまって くる の で あった。
「キミラ にも わける よ。 ミナ フタツ ずつ だよ」
 など と いって、 にこにこ して いる ショウジョ たち に ミナ ビョウドウ に わけあたえる こと も、 イツモ の レイ に なって いた。 オンナ の コ ら は やや はにかみながら も、 「ガリマ タイ」 の ナカ に ニイサン など も いる ので、 ミナ したしく わけて もらって、 タイ を はなれて あそぶ の で あった。
 イツゴロ から そういう フウシュウ が あった の か しらない が、 それ が けっして フシゼン な ところ が なく、 また ヒジョウ に わるびれた ところ が、 みえなかった。
「すこし のこして いって おくれ、 みな とられる と オジサン の ブン が なくなる じゃ ない か」 と いう ウチ も あった。
 そんな ウチ は イイカゲン に して ひきあげた。 どちら も にこにこ して いる アイダ に、 しぜん と とりかわされた レイセツ が、 コドモ ら の ビンカン な ココロ を やわらげる の で あった。
 ワタシ は ツブテ を うつ こと が すき で あった。 ヒジョウ に たかい キ の テッペン には、 ことに アンズ など は、 リッパ な おおきな やつ が ある カギリ の ヒカリ に おごりふとって、 コガネイロ に よく かがやいて いた。 そんな とき は、 ツブテ を うって、 フイ に コズエ に ヒジョウ な シンドウ を あたえた ハズミ に その アンズ を おとす より ホカ に ホウホウ は なかった。
 ワタシ は テゴロ な コイシ を もつ と、 ぴゅう と カゼ を きって コズエ を めがけて なげる の で あった。 ツブテ は アオバ の アイダ を くぐったり、 ふれた アオバ を きったり して、 はっし と コズエ に あたる の で あった。 たいがい よく うれきった アンズ の ガク は よわく なって いて、 うつくしい エンケイ を えがいて ハナビ の よう に おちて くる の で あった。 そういう とき は、 コドモ ら は イッセイ に カンキ に もえた コエ を あげた。
 ワタシ は また よく カワギシ へ でて、 ツブテ を うったり した もの で あった。 ともかく、 ワタシ の ツブテ は、 アソビ トモダチ の ナカ でも ヒジョウ な ウデキキ と して ソウオウ な ソンケイ を はらわれて いた。 たとえば、 A の マチ の 「ガリマ タイ」 と、 B の マチ の 「ガリマ タイ」 と が、 よく しずか な ウラマチ で でっくわす こと が あった。 そんな とき は、 すぐに ケンカ に なった。 そんな とき は、 たいがい イシ を なげあう ので、 ワタシ が いちばん ヤク に たった。
 ワタシ は いつも テキ の アタマ を こす くらい に うった。 ヒトツ から フタツ、 ミッツ と いう ジュンジョ に、 ヤツギバヤ に うつ の が トクイ で それ が テキ を して いちばん こわがらせる の で あった。 ワタシ は たいがい オドカシ に やって いた が、 ツブテウチ の メイジン と して、 ワタシ が タイ に いる と テキ は イイカゲン に して ひきあげる の で あった。
 ケンカ が ハクヘイセン に なる と、 ずいぶん ひどい ナグリアイ に なる の で あった。 サオ や ステッキ で テキ も ミカタ も めちゃくちゃ に なる まで、 やりつづける の で あった。 ワタシ は クミウチ が うまかった。 そのかわり 4~5 ニン に くみしかれて アタマ を がんがん はられる こと も すくなく なかった。 ワタシ は どういう とき にも かつて なかなかった ため に、 ナカマ から ユウカン な モノ の よう に おもわれて いた が、 ココロ では いつも ないて いた の だ。

 4

 ショウガッコウ では いちばん ショウカ が うまかった。 サクブン も ズガ も まずかった。 ワタシ は いつのまにか イエ で おとなしかった が ガッコウ では アバレモノ に なって いた。 ワタシ は よく ケンカ を した。 ケンカ を する たび ごと に ワタシ が くわわって いて も いなくて も、 ワタシ が ホットウニン に させられた。 そして 「オノコリ」 に よく あった。
 ワタシ は たえず フアン な、 ムネ の すく なる よう な キ で ガッカ の はてる の を まった。 それ は センセイ が ワタシ の ヨミカタ ヒトツ が ちがって いて も、 ホカ の モノ が まちがって いて は そう では なかった が、 ワタシ だけ は いつも イノコリ を めいぜられた から で あった。 「キョウ も やられる かなあ」 と かんがえて いる と、 きっと、
「ムロウ、 かえって は いけない」 と イノコリ の メイレイ に あった。
 ワタシ の ちょいと した ヨミチガイ でも そう だ。 ことに ケンカ から うたがわれて 1 シュウカン も キョウシツ に のこされた こと は、 ほとんど イツモ の こと で あった。 ワタシ の おかさない ツミ は いつも ワタシ の ベンカイ する イトマ なく ワタシ の ウエ に くわわって いた。 ワタシ は ダレ にも いいたい だけ の ベンカイ が できなんだ。
 ワタシ は キョウシツ の さびしい がらん と した シツナイ に、 1 ジカン も 2 ジカン も センセイ が やって きて 「かえれ」 と いう まで たって いなければ ならなかった。 ガクユウ の かえって ゆく いさましい ムレ が、 そこ の マド から マチ の イッカク まで ながめられた。 ミナ ユカイ な、 よろこばしげ な、 あたたかい カテイ を さして いった。 カレラ の かえって ゆく ところ に カレラ の イチニチ の ベンガク を むくゆる ため の うつくしい コウフク と イシャ と が、 その ひろい あたたかい ツバサ を ひろげて いる よう に さえ おもわれた。 ワタシ は ソト の リョクジュ や、 ウチ に いる アネ の やさしい ハリシゴト の ソバ で ハナシ する ユカイ を かんがえて、 たえず ウサギ の よう に ミミ を たて、 いまにも センセイ が きて かえして くれる か と、 それ を イッシン に まって いた。
 ワタシ は キョウシツ の ガラス が ナンマイ ある か と いう こと、 いつも ワタシ の たたされる ハシラ の モクメ が イクツ ある か と いう こと、 ボールド に イクツ の フシアナ が ある か と いう こと を しって いた。 ワタシ は シマイ には マド から みえる ジンカ の ヤネガワラ が ナンジュウマイ あって、 ハスカイ に ナンマイ ならんで いる か と いう こと、 ハスカイ の キテン から シタ の ほう の キテン が けっして マイスウ を おなじく しない テン から して、 ほとんど シカク な ヤネ が、 けっして シカク で ない こと など を そらんじて いた。
 タクサン の セイト の マエ で、
「オマエ は イノコリ だ」
 こう センセイ から センゲン される と、 タクサン の セイト ら に たいして ワタシ は わざと 「イノコリ なんぞ は けっして こわく ない」 と いう こと を しめす ため に、 いつも さびしく ビショウ した。 ココロ は あの キンソクテキ な ゼツボウ に ふたせられて いる に かかわらず、 ワタシ は いつも ビショウ せず には いられなかった。
「ナニ が おかしい の だ。 バカ」
 ワタシ は よく どなられた。 そんな とき、 ワタシ は ワタシ ミズカラ の ココロ が どれだけ ひどく ゆれ かなしんだ か と いう こと を しって いた。 おさない ワタシ の ココロ に あの ひどい アレヨウ が、 ヒビ の はいった カメ の よう に ふかく きざまれて いた。 ワタシ は ときどき、 あの センセイ は ワタシ の よう に コドモ の とき が なかった の か、 あの センセイ の イマ の ココロ と、 ワタシ の オサナゴコロ と が どうして あう もの か と さえ おもった。
 しかし ワタシ は センセイ に にくまれて いる と いう、 シンリジョウ の コンポン を みる ほど ワタシ は オトナ では なかった。 ワタシ は にくまれて いた。 ――ワタシ は、 センセイ の ため ならば なんでも して あげたい と おもって いた。 ワタシ の ショユウヒン、 ワタシ の スベテ の もの を ささげて いい から、 この くるしい イノコリ から のがれたい と おもって いた。 その ハンメン に ワタシ は ときどき、 とても コドモ が かんじられない ふかい ザンコクサ の シッペガエシ と して、 あの センセイ が この ガッコウ へ でられない よう に する ホウホウ が ない もの か とも かんがえて いた。 そういう カンガエ は とうてい ジツゲン できなかった し、 また、 そういう カンガエ を もつ こと も おそろしい こと に おもって いた。
 ウチ では マイニチ イノコリ を くう ため に ハハ の キゲン が わるかった。 めずらしく イノコリ を されなかった ヒ は、 コンド は ハハ が やはり イノコリ に された ん だろう と いって せめた。 ワタシ は どう すれば よい か わからなかった。
 ワタシ は ヒトケ の ない しんと した キョウシツ で、 ヒトリ で ナミダ を ながして いた。
「ね。 はやく かえって いらっしゃい。 アナタ さえ おとなしく して いりゃ センセイ だって きっと イノコリ は しなく なって よ。 アナタ が わるい のよ。 みな ジブン が わるい と おもって ガマン する のよ。 えらい ヒト は ミナ そう なん だわ」
 こう いって くれた アネ の コトバ が しきり に おもいだされて いた。 ワタシ は しらずしらず キョウダン の ほう へ いって、 ボールド に ネエサン と いう ジ を かいて いた。 ワタシ は その ジ を イクツ も かいて は けし、 けして は かいて いた。
 その モジ が ふくむ ヤサシサ は せめても ワタシ の ナグサメ で あった。 アネ の ヘヤ の ナカ が メ に うかんだ。 アネ の さびしそう に すわって いる スガタ が メ に はいった。 ワタシ は ないた。
 その とき、 とつぜん キョウシツ の ト が ひらいた。 そして センセイ の アバタヅラ が でた。 ワタシ は メ が くらむ ほど びっくり して、 シテイ された ハシラ の ところ へ いって ボウダチ に なった。 ワタシ の クウソウ して いた ハナ の よう な テンゴクテキ な クウソウ が、 まるで カタチ も ない ほど こわされた の で あった。
「ナニ を して いる ん だ。 なぜ いいつけた ところ に たって いない ん だ」
 ワタシ は カタサキ を ひどく こづかれた。 ワタシ は よろよろ と した。 ワタシ は ヒジョウ な はげしい イカリ の ため に ヒザ が がたがた ふるえた。 ワタシ は だまって うつむいて いた。 ナニ を いって も ダメ だ。 なにも いうまい と ココロ で ちかった。 アネ も そう いって くれた の だ。
「なぜ センセイ の イイツケドオリ に しない の だ」
 この とき、 ワタシ は ヨコガオ を はられた。 ワタシ は ヒダリ の ホオ が しびれた よう な キ が した。 それでも ワタシ は だまって いた。 ワタシ は ここ で ころされて も モノ を いうまい と いう ふかい ケンメイ な ニンタイ と ドリョク との ため に、 ワタシ は ワタシ の クチビル を かんだ。 ワタシ は この ゼンセカイ の ウチ で いちばん フコウモノ で、 いちばん ひどい クルシミ を おって いる モノ の よう に かんじた。
「よし キサマ が だまって いる なら、 いつまでも そこ に たって おれ」
 こう センセイ は いって あらあらしく キョウシツ を でて いった。 ワタシ は やっと カオ を あげる と、 イマ まで こらえて いた もの が イチド に ムネ を かきのぼった。 カオ が ヒ の よう に ギャクジョウ した。 ワタシ は いたい ホオ に テ を やって みて、 そこ が はれて いる こと に キ が ついた。 ワタシ は はられた とき、 もうすこし で センセイ に くみつく ところ で あった。 けれども こらえた。
 ワタシ は もう ゴゴ 5 ジ-ゴロ の よう に おもった。 そして マド から みて いる と センセイ がた は ミナ かえって いった。 その ナカ に ワタシ の センセイ も いた。 そう だ。 センセイ が かえって は、 もう とても かえして くれる モノ が いない の だ。
 ワタシ は すぐに ジブン の セキ から カバン を とる と、 さっさと かえった。 ソト は たのしかった。 ウチ へ かえる と ハハ は コゴト を いった。
「また イノコリ でしょう」
 ワタシ は アネ の ヘヤ へ はいる と もう メ に いっぱい の ナミダ が たまった。 アネ は すぐに チョッカク した。 ワタシ は アネ に すがりついて こころゆく まで ないた。
「アナタ の センセイ も ひどい カタ ね。 ちょいと おみせ。 まあ かわいそう に ね」
 アネ は ワタシ の ホオ を なでて、 ナミダ を ためた メ で ワタシ を みつめた。 ワタシ は ムネ が いっぱい で モノ が いえなかった。 いいたい こと が たくさん あった。 しかし どうしても クチ へ でなかった。
「アタシ センセイ に あって あんまり ひどい って いって やろう かしら」
 アネ は コウフン して いった。
「いけない。 いけない。 そんな こと を いったら どんな メ に あう か しれない の」
 ワタシ は アネ を ゆかせまい と した。
 ヨクジツ おきる と ワタシ は しぶりながら トウコウ の ミチ を いった。 ワタシ は キノウ にげて かえった の を とがめられる フアン や、 また あの ながい イノコリ を おもう だけ でも キ が めいりこむ の で あった。 アメ は リョウガワ の ふかい ヒサシ から も ながれて いた。 ホカ の ドウキュウセイ は ミナ ゲンキ に あるいて いった。 ワタシ は ガッコウ の 「ノマチ ジンジョウ ショウガッコウ」 と ふとい スミ で かいた モン の ところ で、 キョクド の ケンオ の ため に ロウゴク より も いまわしく のろう べき ケンチク ゼンタイ を みた。 「ワタシ は なぜ こんな ところ で モノ を おそわらなければ ならない か」 と いう ココロ に さえ なった。 あの ショウカ の コゾウ さん の よう に なぜ ジユウ な セイカツ が できない の か と さえ おもった。
 センセイ は そしらぬ フリ して いた。 ワタシ は よろこんだ。 ワタシ が いつまでも キノウ のこって いた もの だ と おもって いる の だ と、 ココロ を やすんじて いた。 5 ゲン が すむ と セイト が ギョウレツ を つくって ゲタバコ の ほう へ ゆく の で あった。 ワタシ も 「キョウ こそ はやく かえれる の だ」 と ひそか に ココロ を おどらせた。 そして、 センセイ の マエ を とおろう と する と、
「オマエ は いのこる ん だ」
 いきなり エリクビ を つかんで、 ギョウレツ から ひきずりだされた。 まるで スズメ の よう に だ。 ワタシ は かっと した。 ハラワタ が しぼられた よう に ちぢみあがった。 マッカ に なった。 ものの 2 フン も たつ と ワタシ は よく ならされた コウガンサ に、 その ずうずうしい キモチ が すっかり ジブン の ココロ を シハイ しだした こと を かんじた。 「どう に でも なれ」 と いう キ に なった。 ワタシ の メ は イツモ の よう に じっと うごかなく なった。 アタマ から アシ まで 1 ポン の ボウ を さしとおされた よう な、 しっかり した ココロ に たちかえって いた。
 ワタシ は キノウ の よう に キョウシツ に たって いた。
「1 マイ 2 マイ 3 マイ……」
 と、 ジンカ の ヤネガワラ を よみはじめた。 ナンド も ナンド も よみはじめた。 キ が おちつく と、 だんだん カワラ の カズ が わからなく なった。 メ が いっぱい な ナミダ を ためて いた。
 ワタシ は、 センセイ の みにくい ぽつぽつ に アナ の あいた テンネントウ の アト の ある ホオ を おもいうかべた。 それ が おこりだす と、 ヒトツヒトツ の アナ が ヒトツヒトツ に あかく そまって いった。 そんな とき、 ワタシ は いつも なぐられた。 チョーク の コナ の ついた おおきな テ が、 いつも うつむいて シュクメイテキ な カシャク に ふるえて いる ワタシ の メ から は、 いつも それ が ニンゲン の テ で なくて 1 ポン の コンボウ で あった。 その コンボウ が うごく たび ごと に、 ワタシ の ゼンシン の チュウイリョク と ケイカイ と フンヌ と が どっと アタマ に あつまる の で あった。 ワタシ の イカリ は まるで ワタシ の ハラ の ソコ を ぐらぐら させた。
 その ヒ は ワタシ の ホカ に、 まずしい ボロ を きた ヒンミンマチ の ドウキュウセイ が ワタシ と おなじ よう に のこされて いた。 カレ は だまって いた。 カレ は おもしろそう に ソト を みて いた。 ワタシ は カレ が たって いる と、 さぞ ワタシ の よう に アシ が だるい だろう と おもって いった。
「キミ は コシカケ に いたまえ。 センセイ が きたら いって やる から」
「そう か」
 と、 いって カレ は コシカケ に すわった。 カレ は ヘヤ の オク の ほう に いた の だ。 ワタシ は イリグチ に いた ので、 センセイ が くれば みえる の で あった。
 センセイ が きた。 ワタシ は すぐ カレ に チュウイ した。
 センセイ は、 ワタシ の ほう へ こない で カレ の ほう へ いって ナニ か コゴエ で しかって いた。 カレ は ないて あやまって いた。 きたない カオジュウ を ナミダ で あらう に まかせた フタメ と みられない カオ で あった。
「では かえんなさい」
 カレ は ゆるされて でて いった。 コンド は ワタシ の ほう へ きた。
「なぜ キノウ ゆるし も しない のに かえった の だ。 キサマ ぐらい ゴウジョウ な ヤツ は ない」 と いった。
 ワタシ は 「また なぜ が はじまった」 と ココロ で つぶやいた。
「なんとか いわない か。 いわん か」
 ワタシ は その コエ の おおきな の に びっくり して メ を あげた。 ワタシ は キョクド の エンコン と クツジョク と に ならされた メ を して いた に ちがいない。
「なぜ センセイ を にらむ の だ」
 ワタシ は イカリ の ヤリバ が なくなって いた。 ワタシ は カバン の ソコ に しまって ある ナイフ が ちらと アタマ の ナカ に うかんだ。 とつぜん テンジョウ が ツイラク した よう な、 メ を ふさがれた よう な キ が して、 ワタシ は ソットウ した。 とても コドモ の ワタシ には しょいきれない ニモツ を おった よう に だ。
 ワタシ は まもなく センセイ に おこされた。 ワタシ は キゼツ した の で あった。 ワタシ は ユメ から さめた よう に、 ぼんやり アタマ の ナカ の かんがえる キカイ を そっくり もって ゆかれた よう な キ が して いた。
 センセイ は キュウ に やさしく、
「おかえりなさい。 キョウ は これ で いい から」
 と、 ワタシ は オモテ へ でる こと が できた。 ワタシ は 「おおきく なったら……」 と ふかい ケッシン を して いた。 「もっと おおきく なったら……」 と ジベタ を ふんだ。 ワタシ の ココロ は まるで ぎちぎち な イシコロ が いっぱい つまって いる よう で あった。 ワタシ は この ヒ の こと を ハハ にも アネ にも いわなかった。 ただ ココロ の そこふかく ワタシ が ただしい か ただしく ない か と いう こと を ケッテイ する ジキ を まって いた。


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