カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

シャヨウ 1

2019-12-22 | ダザイ オサム
 シャヨウ

 ダザイ オサム

 1

 アサ、 ショクドウ で スープ を ヒトサジ、 すっと すって オカアサマ が、
「あ」
 と かすか な サケビゴエ を おあげ に なった。
「カミノケ?」
 スープ に ナニ か、 いや な もの でも はいって いた の かしら、 と おもった。
「いいえ」
 オカアサマ は、 ナニゴト も なかった よう に、 また ひらり と ヒトサジ、 スープ を オクチ に ながしこみ、 すまして オカオ を ヨコ に むけ、 オカッテ の マド の、 マンカイ の ヤマザクラ に シセン を おくり、 そうして オカオ を ヨコ に むけた まま、 また ひらり と ヒトサジ、 スープ を ちいさな オクチビル の アイダ に すべりこませた。 ひらり、 と いう ケイヨウ は、 オカアサマ の バアイ、 けっして コチョウ では ない。 フジン ザッシ など に でて いる オショクジ の イタダキカタ など とは、 てんで まるで、 ちがって いらっしゃる。 オトウト の ナオジ が いつか、 オサケ を のみながら、 アネ の ワタシ に むかって こう いった こと が ある。
「シャクイ が ある から、 キゾク だ と いう わけ には いかない ん だぜ。 シャクイ が なくて も、 テンシャク と いう もの を もって いる リッパ な キゾク の ヒト も ある し、 オレタチ の よう に シャクイ だけ は もって いて も、 キゾク どころ か、 センミン に ちかい の も いる。 イワシマ なんて の は (と ナオジ の ガクユウ の ハクシャク の オナマエ を あげて) あんな の は、 まったく、 シンジュク の ユウカク の キャクヒキ バントウ より も、 もっと げびてる カンジ じゃ ねえ か。 コナイダ も、 ヤナイ (と、 やはり オトウト の ガクユウ で、 シシャク の ゴジナン の カタ の オナマエ を あげて) の アニキ の ケッコンシキ に、 アンチキショウ、 タキシード なんか きて、 なんだって また、 タキシード なんか を きて くる ヒツヨウ が ある ん だ、 それ は まあ いい と して、 テーブル スピーチ の とき に、 あの ヤロウ、 ございまする と いう フカシギ な コトバ を つかった の には、 げっと なった。 きどる と いう こと は、 ジョウヒン と いう こと と、 ぜんぜん ムカンケイ な あさましい キョセイ だ。 コウトウ オンゲシュク と かいて ある カンバン が ホンゴウ アタリ に よく あった もの だ けれども、 じっさい カゾク なんて もの の ダイブブン は、 コウトウ オンコジキ と でも いった よう な もの なん だ。 シン の キゾク は、 あんな イワシマ みたい な ヘタ な キドリカタ なんか、 し や しない よ。 オレタチ の イチゾク でも、 ホンモノ の キゾク は、 まあ、 ママ くらい の もの だろう。 あれ は、 ホンモノ だよ。 かなわねえ ところ が ある」
 スープ の イタダキカタ に して も、 ワタシタチ なら、 オサラ の ウエ に すこし うつむき、 そうして スプーン を ヨコ に もって スープ を すくい、 スプーン を ヨコ に した まま クチモト に はこんで いただく の だ けれども、 オカアサマ は ヒダリテ の オユビ を かるく テーブル の フチ に かけて、 ジョウタイ を かがめる こと も なく、 オカオ を しゃんと あげて、 オサラ を ろくに み も せず スプーン を ヨコ に して さっと すくって、 それから、 ツバメ の よう に、 と でも ケイヨウ したい くらい に かるく あざやか に スプーン を オクチ と チョッカク に なる よう に もちはこんで、 スプーン の センタン から、 スープ を オクチビル の アイダ に ながしこむ の で ある。 そうして、 ムシン そう に あちこち ワキミ など なさりながら、 ひらり ひらり と、 まるで ちいさな ツバサ の よう に スプーン を あつかい、 スープ を イッテキ も おこぼし に なる こと も ない し、 すう オト も オサラ の オト も、 ちっとも おたて に ならぬ の だ。 それ は いわゆる セイシキ レイホウ に かなった イタダキカタ では ない かも しれない けれども、 ワタシ の メ には、 とても かわいらしく、 それこそ ホンモノ みたい に みえる。 また、 じじつ、 オノミモノ は、 うつむいて スプーン の ヨコ から すう より は、 ゆったり ジョウハンシン を おこして、 スプーン の センタン から オクチ に ながしこむ よう に して いただいた ほう が、 フシギ な くらい に おいしい もの だ。 けれども、 ワタシ は ナオジ の いう よう な コウトウ オンコジキ なの だ から、 オカアサマ の よう に あんな に かるく ムゾウサ に スプーン を あやつる こと が できず、 しかたなく、 あきらめて、 オサラ の ウエ に うつむき、 いわゆる セイシキ レイホウ-どおり の インキ な イタダキカタ を して いる の で ある。
 スープ に かぎらず、 オカアサマ の オショクジ の イタダキカタ は、 すこぶる レイホウ に はずれて いる。 オニク が でる と、 ナイフ と フオク で、 さっさと ゼンブ ちいさく きりわけて しまって、 それから ナイフ を すて、 フオク を ミギテ に もちかえ、 その ヒトキレ ヒトキレ を フオク に さして ゆっくり たのしそう に めしあがって いらっしゃる。 また、 ホネツキ の チキン など、 ワタシタチ が オサラ を ならさず に ホネ から ニク を きりはなす の に クシン して いる とき、 オカアサマ は、 ヘイキ で ひょいと ユビサキ で ホネ の ところ を つまんで もちあげ、 オクチ で ホネ と ニク を はなして すまして いらっしゃる。 そんな ヤバン な シグサ も、 オカアサマ が なさる と、 かわいらしい ばかり か、 へんに エロチック に さえ みえる の だ から、 さすが に ホンモノ は ちがった もの で ある。 ホネツキ の チキン の バアイ だけ で なく、 オカアサマ は、 ランチ の オサイ の ハム や ソセージ など も、 ひょいと ユビサキ で つまんで めしあがる こと さえ ときたま ある。
「オムスビ が、 どうして おいしい の だ か、 しって います か。 あれ は ね、 ニンゲン の ユビ で にぎりしめて つくる から です よ」
 と おっしゃった こと も ある。
 ホントウ に、 テ で たべたら、 おいしい だろう な、 と ワタシ も おもう こと が ある けれど、 ワタシ の よう な コウトウ オンコジキ が、 ヘタ に マネ して それ を やったら、 それこそ ホンモノ の コジキ の ズ に なって しまいそう な キ も する ので ガマン して いる。
 オトウト の ナオジ で さえ、 ママ には かなわねえ、 と いって いる が、 つくづく ワタシ も、 オカアサマ の マネ は コンナン で、 ゼツボウ みたい な もの を さえ かんじる こと が ある。 いつか、 ニシカタマチ の オウチ の オクニワ で、 アキ の ハジメ の ツキ の いい ヨル で あった が、 ワタシ は オカアサマ と フタリ で オイケ の ハタ の アズマヤ で、 オツキミ を して、 キツネ の ヨメイリ と ネズミ の ヨメイリ とは、 オヨメ の オシタク が どう ちがう か、 など わらいながら はなしあって いる うち に、 オカアサマ は、 つと おたち に なって、 アズマヤ の ソバ の ハギ の シゲミ の オク へ おはいり に なり、 それから、 ハギ の しろい ハナ の アイダ から、 もっと あざやか に しろい オカオ を おだし に なって、 すこし わらって、
「カズコ や、 オカアサマ が イマ ナニ を なさって いる か、 あてて ごらん」
 と おっしゃった。
「オハナ を おって いらっしゃる」
 と もうしあげたら、 ちいさい コエ を あげて おわらい に なり、
「オシッコ よ」
 と おっしゃった。
 ちっとも しゃがんで いらっしゃらない の には おどろいた が、 けれども、 ワタシ など には とても まねられない、 しんから かわいらしい カンジ が あった。
 ケサ の スープ の こと から、 ずいぶん ダッセン しちゃった けれど、 こないだ ある ホン で よんで、 ルイ オウチョウ の コロ の キフジン たち は、 キュウデン の オニワ や、 それから ロウカ の スミ など で、 ヘイキ で オシッコ を して いた と いう こと を しり、 その ムシンサ が、 ホントウ に かわいらしく、 ワタシ の オカアサマ など も、 そのよう な ホンモノ の キフジン の サイゴ の ヒトリ なの では なかろう か と かんがえた。
 さて、 ケサ は、 スープ を ヒトサジ おすい に なって、 あ、 と ちいさい コエ を おあげ に なった ので、 カミノケ? と おたずね する と、 いいえ、 と おこたえ に なる。
「しおからかった かしら」
 ケサ の スープ は、 こないだ アメリカ から ハイキュウ に なった カンヅメ の グリン ピース を ウラゴシ して、 ワタシ が ポタージュ みたい に つくった もの で、 もともと オリョウリ には ジシン が ない ので、 オカアサマ に、 いいえ、 と いわれて も、 なおも、 はらはら して そう たずねた。
「オジョウズ に できました」
 オカアサマ は、 マジメ に そう いい、 スープ を すまして、 それから オノリ で つつんだ オムスビ を テ で つまんで おあがり に なった。
 ワタシ は ちいさい とき から、 アサゴハン が おいしく なく、 10 ジ-ゴロ に ならなければ、 オナカ が すかない ので、 その とき も、 スープ だけ は どうやら すました けれども、 たべる の が タイギ で、 オムスビ を オサラ に のせて、 それ に オハシ を つっこみ、 ぐしゃぐしゃ に こわして、 それから、 その ヒトカケラ を オハシ で つまみあげ、 オカアサマ が スープ を めしあがる とき の スプーン みたい に、 オハシ を オクチ と チョッカク に して、 まるで コトリ に エサ を やる よう な グアイ に オクチ に おしこみ、 のろのろ と いただいて いる うち に、 オカアサマ は もう オショクジ を ゼンブ すまして しまって、 そっと おたち に なり、 アサヒ の あたって いる カベ に オセナカ を もたせかけ、 しばらく だまって ワタシ の オショクジ の シカタ を みて いらして、
「カズコ は、 まだ、 ダメ なの ね。 アサゴハン が いちばん おいしく なる よう に ならなければ」
 と おっしゃった。
「オカアサマ は? おいしい の?」
「そりゃ もう。 ワタシ は もう ビョウニン じゃ ない もの」
「カズコ だって、 ビョウニン じゃ ない わ」
「ダメ、 ダメ」
 オカアサマ は、 さびしそう に わらって クビ を ふった。
 ワタシ は 5 ネン マエ に、 ハイビョウ と いう こと に なって、 ねこんだ こと が あった けれども、 あれ は、 ワガママビョウ だった と いう こと を ワタシ は しって いる。 けれども、 オカアサマ の コナイダ の ゴビョウキ は、 あれ こそ ホントウ に シンパイ な、 かなしい ゴビョウキ だった。 だのに、 オカアサマ は、 ワタシ の こと ばかり シンパイ して いらっしゃる。
「あ」
 と ワタシ が いった。
「ナニ?」
 と コンド は、 オカアサマ の ほう で たずねる。
 カオ を みあわせ、 ナニ か、 すっかり わかりあった もの を かんじて、 うふふ と ワタシ が わらう と、 オカアサマ も、 にっこり おわらい に なった。
 ナニ か、 たまらない はずかしい オモイ に おそわれた とき に、 あの キミョウ な、 あ、 と いう かすか な サケビゴエ が でる もの なの だ。 ワタシ の ムネ に、 イマ だしぬけ に ふうっと、 6 ネン マエ の ワタシ の リコン の とき の こと が いろあざやか に おもいうかんで きて、 たまらなく なり、 おもわず、 あ、 と いって しまった の だ が、 オカアサマ の バアイ は、 どう なの だろう。 まさか オカアサマ に、 ワタシ の よう な はずかしい カコ が ある わけ は なし、 いや、 それとも、 ナニ か。
「オカアサマ も、 さっき、 ナニ か おおもいだし に なった の でしょう? どんな こと?」
「わすれた わ」
「ワタシ の こと?」
「いいえ」
「ナオジ の こと?」
「そう」
 と いいかけて、 クビ を かしげ、
「かも しれない わ」
 と おっしゃった。
 オトウト の ナオジ は ダイガク の チュウト で ショウシュウ され、 ナンポウ の シマ へ いった の だ が、 ショウソク が たえて しまって、 シュウセン に なって も ユクサキ が フメイ で、 オカアサマ は、 もう ナオジ には あえない と カクゴ して いる、 と おっしゃって いる けれども、 ワタシ は、 そんな、 「カクゴ」 なんか した こと は イチド も ない、 きっと あえる と ばかり おもって いる。
「あきらめて しまった つもり なん だ けど、 おいしい スープ を いただいて、 ナオジ を おもって、 たまらなく なった。 もっと、 ナオジ に、 よく して やれば よかった」
 ナオジ は コウトウ ガッコウ に はいった コロ から、 いやに ブンガク に こって、 ほとんど フリョウ ショウネン みたい な セイカツ を はじめて、 どれだけ オカアサマ に ゴクロウ を かけた か、 わからない の だ。 それだのに オカアサマ は、 スープ を ヒトサジ すって は ナオジ を おもい、 あ、 と おっしゃる。 ワタシ は ゴハン を クチ に おしこみ メ が あつく なった。
「だいじょうぶ よ。 ナオジ は、 だいじょうぶ よ。 ナオジ みたい な アッカン は、 なかなか しぬ もの じゃ ない わよ。 しぬ ヒト は、 きまって、 おとなしくて、 きれい で、 やさしい もの だわ。 ナオジ なんて、 ボウ で たたいたって、 しに や しない」
 オカアサマ は わらって、
「それじゃ、 カズコ さん は ハヤジニ の ほう かな」
 と ワタシ を からかう。
「あら、 どうして? ワタシ なんか、 アッカン の オデコサン です から、 80 サイ まで は だいじょうぶ よ」
「そう なの? そんなら、 オカアサマ は、 90 サイ まで は だいじょうぶ ね」
「ええ」
 と いいかけて、 すこし こまった。 アッカン は ナガイキ する。 きれい な ヒト は はやく しぬ。 オカアサマ は、 おきれい だ。 けれども、 ナガイキ して もらいたい。 ワタシ は すこぶる まごついた。
「イジワル ね!」
 と いったら、 シタクチビル が ぷるぷる ふるえて きて、 ナミダ が メ から あふれて おちた。

 ヘビ の ハナシ を しよう かしら。 その 4~5 ニチ マエ の ゴゴ に、 キンジョ の コドモ たち が、 オニワ の カキ の タケヤブ から、 ヘビ の タマゴ を トオ ばかり みつけて きた の で ある。
 コドモ たち は、
「マムシ の タマゴ だ」
 と いいはった。 ワタシ は あの タケヤブ に マムシ が 10 ピキ も うまれて は、 うっかり オニワ にも おりられない と おもった ので、
「やいちゃおう」
 と いう と、 コドモ たち は おどりあがって よろこび、 ワタシ の アト から ついて くる。
 タケヤブ の チカク に、 コノハ や シバ を つみあげて、 それ を もやし、 その ヒ の ナカ に タマゴ を ヒトツ ずつ なげいれた。 タマゴ は、 なかなか もえなかった。 コドモ たち が、 さらに コノハ や コエダ を ホノオ の ウエ に かぶせて カセイ を つよく して も、 タマゴ は もえそう も なかった。
 シタ の ノウカ の ムスメ さん が、 カキネ の ソト から、
「ナニ を して いらっしゃる の です か?」
 と わらいながら たずねた。
「マムシ の タマゴ を もやして いる の です。 マムシ が でる と、 こわい ん です もの」
「オオキサ は、 どれ くらい です か?」
「ウズラ の タマゴ くらい で、 マッシロ なん です」
「それ じゃ、 タダ の ヘビ の タマゴ です わ。 マムシ の タマゴ じゃ ない でしょう。 ナマ の タマゴ は、 なかなか もえません よ」
 ムスメ さん は、 さも おかしそう に わらって、 さった。
 30 プン ばかり ヒ を もやして いた の だ けれども、 どうしても タマゴ は もえない ので、 コドモ たち に タマゴ を ヒ の ナカ から ひろわせて、 ウメ の キ の シタ に うめさせ、 ワタシ は コイシ を あつめて ボヒョウ を つくって やった。
「さあ、 ミンナ、 おがむ のよ」
 ワタシ が しゃがんで ガッショウ する と、 コドモ たち も おとなしく ワタシ の ウシロ に しゃがんで ガッショウ した よう で あった。 そうして コドモ たち と わかれて、 ワタシ ヒトリ イシダン を ゆっくり のぼって くる と、 イシダン の ウエ の、 フジダナ の カゲ に オカアサマ が たって いらして、
「かわいそう な こと を する ヒト ね」
 と おっしゃった。
「マムシ か と おもったら、 タダ の ヘビ だった の。 だけど、 ちゃんと マイソウ して やった から、 だいじょうぶ」
 とは いった ものの、 こりゃ オカアサマ に みられて、 まずかった な と おもった。
 オカアサマ は けっして メイシンカ では ない けれども、 10 ネン マエ、 オチチウエ が ニシカタマチ の オウチ で なくなられて から、 ヘビ を とても おそれて いらっしゃる。 オチチウエ の ゴリンジュウ の チョクゼン に、 オカアサマ が、 オチチウエ の マクラモト に ほそい くろい ヒモ が おちて いる の を みて、 なにげなく ひろおう と なさったら、 それ が ヘビ だった。 するする と にげて、 ロウカ に でて それから どこ へ いった か わからなく なった が、 それ を みた の は、 オカアサマ と、 ワダ の オジサマ と オフタリ きり で、 オフタリ は カオ を みあわせ、 けれども ゴリンジュウ の オザシキ の サワギ に ならぬ よう、 こらえて だまって いらした と いう。 ワタシタチ も、 その バ に いあわせて いた の だ が、 その ヘビ の こと は、 だから、 ちっとも しらなかった。
 けれども、 その オチチウエ の なくなられた ヒ の ユウガタ、 オニワ の イケ の ハタ の、 キ と いう キ に ヘビ が のぼって いた こと は、 ワタシ も ジッサイ に みて しって いる。 ワタシ は 29 の バアチャン だ から、 10 ネン マエ の オチチウエ の ゴセイキョ の とき は、 もう 19 にも なって いた の だ。 もう コドモ では なかった の だ から、 10 ネン たって も、 その とき の キオク は イマ でも はっきり して いて、 マチガイ は ない はず だ が、 ワタシ が オソナエ の ハナ を きり に、 オニワ の オイケ の ほう に あるいて いって、 イケ の キシ の ツツジ の ところ に たちどまって、 ふと みる と、 その ツツジ の エダサキ に、 ちいさい ヘビ が まきついて いた。 すこし おどろいて、 ツギ の ヤマブキ の ハナエダ を おろう と する と、 その エダ にも、 まきついて いた。 トナリ の モクセイ にも、 ワカカエデ にも、 エニシダ にも、 フジ にも、 サクラ にも、 どの キ にも、 どの キ にも、 ヘビ が まきついて いた の で ある。 けれども ワタシ には、 そんな に こわく おもわれなかった。 ヘビ も、 ワタシ と ドウヨウ に オチチウエ の セイキョ を かなしんで、 アナ から はいでて オチチウエ の レイ を おがんで いる の で あろう と いう よう な キ が した だけ で あった。 そうして ワタシ は、 その オニワ の ヘビ の こと を、 オカアサマ に そっと おしらせ したら、 オカアサマ は おちついて、 ちょっと クビ を かたむけて ナニ か かんがえる よう な ゴヨウス を なさった が、 べつに なにも おっしゃり は しなかった。
 けれども、 この フタツ の ヘビ の ジケン が、 それ イライ オカアサマ を、 ひどい ヘビギライ に させた の は ジジツ で あった。 ヘビギライ と いう より は、 ヘビ を あがめ、 おそれる、 つまり イフ の ジョウ を おもち に なって しまった よう だ。
 ヘビ の タマゴ を やいた の を、 オカアサマ に みつけられ、 オカアサマ は きっと ナニ か ひどく フキツ な もの を おかんじ に なった に ちがいない と おもったら、 ワタシ も キュウ に ヘビ の タマゴ を やいた の が タイヘン な おそろしい こと だった よう な キ が して きて、 この こと が オカアサマ に あるいは わるい タタリ を する の では あるまい か と、 シンパイ で シンパイ で、 あくる ヒ も、 また その あくる ヒ も わすれる こと が できず に いた のに、 ケサ は ショクドウ で、 うつくしい ヒト は はやく しぬ、 など メッソウ も ない こと を つい くちばしって、 アト で、 どうにも イイツクロイ が できず、 ないて しまった の だ が、 チョウショク の アトカタヅケ を しながら、 なんだか ジブン の ムネ の オク に、 オカアサマ の オイノチ を ちぢめる きみわるい コヘビ が 1 ピキ はいりこんで いる よう で、 いや で いや で シヨウ が なかった。
 そうして、 その ヒ、 ワタシ は オニワ で ヘビ を みた。 その ヒ は、 とても なごやか な いい オテンキ だった ので、 ワタシ は オダイドコロ の オシゴト を すませて、 それから オニワ の シバフ の ウエ に トウイス を はこび、 そこ で アミモノ を しよう と おもって、 トウイス を もって オニワ に おりたら、 ニワイシ の ササ の ところ に ヘビ が いた。 おお、 いや だ。 ワタシ は ただ そう おもった だけ で、 それ イジョウ ふかく かんがえる こと も せず、 トウイス を もって ひきかえして エンガワ に あがり、 エンガワ に イス を おいて それ に こしかけて アミモノ に とりかかった。 ゴゴ に なって、 ワタシ は オニワ の スミ の オドウ の オク に しまって ある ゾウショ の ナカ から、 ローランサン の ガシュウ を とりだして こよう と おもって、 オニワ へ おりたら、 シバフ の ウエ を、 ヘビ が、 ゆっくり ゆっくり はって いる。 アサ の ヘビ と おなじ だった。 ほっそり した、 ジョウヒン な ヘビ だった。 ワタシ は、 オンナ ヘビ だ、 と おもった。 カノジョ は、 シバフ を しずか に よこぎって、 ノバラ の カゲ まで ゆく と、 たちどまって クビ を あげ、 ほそい ホノオ の よう な シタ を ふるわせた。 そうして、 アタリ を ながめる よう な カッコウ を した が、 しばらく する と、 コウベ を たれ、 いかにも ものうげ に うずくまった。 ワタシ は その とき にも、 ただ うつくしい ヘビ だ、 と いう オモイ ばかり が つよく、 やがて オドウ に いって ガシュウ を もちだし、 カエリ に サッキ の ヘビ の いた ところ を そっと みた が、 もう いなかった。
 ユウガタ ちかく、 オカアサマ と シナマ で オチャ を いただきながら、 オニワ の ほう を みて いたら、 イシダン の 3 ダン-メ の イシ の ところ に、 ケサ の ヘビ が また ゆっくり と あらわれた。
 オカアサマ も それ を みつけ、
「あの ヘビ は?」
 と おっしゃる なり たちあがって ワタシ の ほう に はしりより、 ワタシ の テ を とった まま たちすくんで おしまい に なった。 そう いわれて、 ワタシ も、 はっと おもいあたり、
「タマゴ の ハハオヤ?」
 と クチ に だして いって しまった。
「そう、 そう よ」
 オカアサマ の オコエ は、 かすれて いた。
 ワタシタチ は テ を とりあって、 イキ を つめ、 だまって その ヘビ を みまもった。 イシ の ウエ に、 ものうげ に うずくまって いた ヘビ は、 よろめく よう に また うごきはじめ、 そうして ちからよわそう に イシダン を よこぎり、 カキツバタ の ほう に はいって いった。
「ケサ から、 オニワ を あるきまわって いた のよ」
 と ワタシ が コゴエ で もうしあげたら、 オカアサマ は、 タメイキ を ついて くたり と イス に すわりこんで おしまい に なって、
「そう でしょう? タマゴ を さがして いる の です よ。 かわいそう に」
 と しずんだ コエ で おっしゃった。
 ワタシ は しかたなく、 ふふ と わらった。
 ユウヒ が オカアサマ の オカオ に あたって、 オカアサマ の オメ が あおい くらい に ひかって みえて、 その かすか に イカリ を おびた よう な オカオ は、 とびつきたい ほど に うつくしかった。 そうして、 ワタシ は、 ああ、 オカアサマ の オカオ は、 サッキ の あの かなしい ヘビ に、 どこ か にて いらっしゃる、 と おもった。 そうして ワタシ の ムネ の ナカ に すむ マムシ みたい に ごろごろ して みにくい ヘビ が、 この カナシミ が ふかくて うつくしい うつくしい ハハヘビ を、 いつか、 くいころして しまう の では なかろう か と、 なぜ だ か、 なぜ だ か、 そんな キ が した。
 ワタシ は オカアサマ の やわらか な きゃしゃ な オカタ に テ を おいて、 リユウ の わからない ミモダエ を した。

 ワタシタチ が、 トウキョウ の ニシカタマチ の オウチ を すて、 イズ の この、 ちょっと シナフウ の サンソウ に ひっこして きた の は、 ニホン が ムジョウケン コウフク を した トシ の、 12 ガツ の ハジメ で あった。 オチチウエ が おなくなり に なって から、 ワタシタチ の イエ の ケイザイ は、 オカアサマ の オトウト で、 そうして イマ では オカアサマ の たった ヒトリ の ニクシン で いらっしゃる ワダ の オジサマ が、 ゼンブ オセワ して くださって いた の だ が、 センソウ が おわって ヨノナカ が かわり、 ワダ の オジサマ が、 もう ダメ だ、 イエ を うる より ホカ は ない、 ジョチュウ にも ミナ ヒマ を だして、 オヤコ フタリ で、 どこ か イナカ の こぎれい な イエ を かい、 キママ に くらした ほう が いい、 と オカアサマ に おいいわたし に なった ヨウス で、 オカアサマ は、 オカネ の こと は コドモ より も、 もっと なにも わからない オカタ だし、 ワダ の オジサマ から そう いわれて、 それでは どうか よろしく、 と おねがい して しまった よう で ある。
 11 ガツ の スエ に オジサマ から ソクタツ が きて、 スンズ テツドウ の エンセン に カワダ シシャク の ベッソウ が ウリモノ に でて いる、 イエ は タカダイ で ミハラシ が よく、 ハタケ も 100 ツボ ばかり ある、 あの アタリ は ウメ の メイショ で、 フユ あたたかく ナツ すずしく、 すめば きっと、 オキ に めす ところ と おもう、 センポウ と ちょくせつ おあい に なって オハナシ を する ヒツヨウ も ある と おもわれる から、 アス、 とにかく ギンザ の ワタシ の ジムショ まで オイデ を こう、 と いう ブンメン で、
「オカアサマ、 おいで なさる?」
 と ワタシ が たずねる と、
「だって、 おねがい して いた の だ もの」
 と、 とても たまらなく さびしそう に わらって おっしゃった。
 あくる ヒ、 モト の ウンテンシュ の マツヤマ さん に オトモ を たのんで、 オカアサマ は、 オヒル すこし-スギ に おでかけ に なり、 ヨル の 8 ジ-ゴロ、 マツヤマ さん に おくられて おかえり に なった。
「きめました よ」
 カズコ の オヘヤ へ はいって きて、 カズコ の ツクエ に テ を ついて そのまま くずれる よう に おすわり に なり、 そう ヒトコト おっしゃった。
「きめた って、 ナニ を?」
「ゼンブ」
「だって」
 と ワタシ は おどろき、
「どんな オウチ だ か、 み も しない うち に、……」
 オカアサマ は ツクエ の ウエ に カタヒジ を たて、 ヒタイ に かるく オテ を あて、 ちいさい タメイキ を おつき に なり、
「ワダ の オジサマ が、 いい ところ だ と おっしゃる の だ もの。 ワタシ は、 このまま、 メ を つぶって その オウチ へ うつって いって も、 いい よう な キ が する」
 と おっしゃって オカオ を あげて、 かすか に おわらい に なった。 その カオ は、 すこし やつれて、 うつくしかった。
「そう ね」
 と ワタシ も、 オカアサマ の ワダ の オジサマ に たいする シンライシン の ウツクシサ に まけて、 アイヅチ を うち、
「それでは、 カズコ も メ を つぶる わ」
 フタリ で コエ を たてて わらった けれども、 わらった アト が、 すごく さびしく なった。
 それから マイニチ、 オウチ へ ニンプ が きて、 ヒッコシ の ニゴシラエ が はじまった。 ワダ の オジサマ も、 やって こられて、 うりはらう もの は うりはらう よう に それぞれ テハイ を して くださった。 ワタシ は ジョチュウ の オキミ と フタリ で、 イルイ の セイリ を したり、 ガラクタ を ニワサキ で もやしたり して いそがしい オモイ を して いた が、 オカアサマ は、 すこしも セイリ の オテツダイ も、 オサシズ も なさらず、 マイニチ オヘヤ で、 なんとなく、 ぐずぐず して いらっしゃる の で ある。
「どう なさった の? イズ へ いきたく なくなった の?」
 と おもいきって、 すこし きつく おたずね して も、
「いいえ」
 と ぼんやり した オカオ で おこたえ に なる だけ で あった。
 トオカ ばかり して、 セイリ が できあがった。 ワタシ は、 ユウガタ オキミ と フタリ で、 カミクズ や ワラ を ニワサキ で もやして いる と、 オカアサマ も、 オヘヤ から でて いらして、 エンガワ に おたち に なって だまって ワタシタチ の タキビ を みて いらした。 ハイイロ みたい な さむい ニシカゼ が ふいて、 ケムリ が ひくく チ を はって いて、 ワタシ は、 ふと オカアサマ の カオ を みあげ、 オカアサマ の オカオイロ が、 イマ まで みた こと も なかった くらい に わるい の に びっくり して、
「オカアサマ! オカオイロ が おわるい わ」
 と さけぶ と、 オカアサマ は うすく おわらい に なり、
「なんでも ない の」
 と おっしゃって、 そっと また オヘヤ に おはいり に なった。
 その ヨル、 オフトン は もう ニヅクリ を すまして しまった ので、 オキミ は 2 カイ の ヨウマ の ソファ に、 オカアサマ と ワタシ は、 オカアサマ の オヘヤ に、 オトナリ から おかり した ヒトクミ の オフトン を ひいて、 フタリ イッショ に やすんだ。
 オカアサマ は、 おや? と おもった くらい に ふけた よわよわしい オコエ で、
「カズコ が いる から、 カズコ が いて くれる から、 ワタシ は イズ へ いく の です よ。 カズコ が いて くれる から」
 と イガイ な こと を おっしゃった。
 ワタシ は、 どきん と して、
「カズコ が いなかったら?」
 と おもわず たずねた。
 オカアサマ は、 キュウ に おなき に なって、
「しんだ ほう が よい の です。 オトウサマ の なくなった この イエ で、 オカアサマ も、 しんで しまいたい のよ」
 と、 とぎれとぎれ に おっしゃって、 いよいよ はげしく おなき に なった。
 オカアサマ は、 イマ まで ワタシ に むかって イチド だって こんな ヨワネ を おっしゃった こと が なかった し、 また、 こんな に はげしく おなき に なって いる ところ を ワタシ に みせた こと も なかった。 オチチウエ が おなくなり に なった とき も、 また ワタシ が オヨメ に ゆく とき も、 そして アカチャン を オナカ に いれて オカアサマ の モト へ かえって きた とき も、 そして、 アカチャン が ビョウイン で しんで うまれた とき も、 それから ワタシ が ビョウキ に なって ねこんで しまった とき も、 また、 ナオジ が わるい こと を した とき も、 オカアサマ は、 けっして こんな およわい タイド を おみせ に なり は しなかった。 オチチウエ が おなくなり に なって 10 ネン-カン、 オカアサマ は、 オチチウエ の ザイセイチュウ と すこしも かわらない、 ノンキ な、 やさしい オカアサマ だった。 そうして、 ワタシタチ も、 イイキ に なって あまえて そだって きた の だ。 けれども、 オカアサマ には、 もう オカネ が なくなって しまった。 みんな ワタシタチ の ため に、 ワタシ と ナオジ の ため に、 ミジン も おしまず に おつかい に なって しまった の だ。 そうして もう、 この ナガネン すみなれた オウチ から でて いって、 イズ の ちいさい サンソウ で ワタシ と たった フタリ きり で、 わびしい セイカツ を はじめなければ ならなく なった。 もし オカアサマ が イジワル で けちけち して、 ワタシタチ を しかって、 そうして、 こっそり ゴジブン だけ の オカネ を ふやす こと を クフウ なさる よう な オカタ で あったら、 どんな に ヨノナカ が かわって も、 こんな、 しにたく なる よう な オキモチ に おなり に なる こと は なかったろう に、 ああ、 オカネ が なくなる と いう こと は、 なんと いう おそろしい、 みじめ な、 スクイ の ない ジゴク だろう、 と うまれて はじめて キ が ついた オモイ で、 ムネ が いっぱい に なり、 あまり くるしくて なきたくて も なけず、 ジンセイ の ゲンシュク とは、 こんな とき の カンジ を いう の で あろう か、 ミウゴキ ヒトツ できない キモチ で、 アオムケ に ねた まま、 ワタシ は イシ の よう に じっと して いた。
 あくる ヒ、 オカアサマ は、 やはり オカオイロ が わるく、 なお なにやら ぐずぐず して、 すこし でも ながく この オウチ に いらっしゃりたい ヨウス で あった が、 ワダ の オジサマ が みえられて、 もう ニモツ は ほとんど ハッソウ して しまった し、 キョウ イズ に シュッパツ、 と おいいつけ に なった ので、 オカアサマ は、 しぶしぶ コート を きて、 オワカレ の アイサツ を もうしあげる オキミ や、 デイリ の ヒトタチ に ムゴン で オエシャク なさって、 オジサマ と ワタシ と 3 ニン、 ニシカタマチ の オウチ を でた。
 キシャ は わりに すいて いて、 3 ニン とも こしかけられた。 キシャ の ナカ では、 オジサマ は ヒジョウ な ジョウキゲン で、 ウタイ など うなって いらっしゃった が、 オカアサマ は オカオイロ が わるく、 うつむいて、 とても さむそう に して いらした。 ミシマ で スンズ テツドウ に のりかえ、 イズ ナガオカ で ゲシャ して、 それから バス で 15 フン くらい で おりて から ヤマ の ほう に むかって、 ゆるやか な サカミチ を のぼって ゆく と、 ちいさい ブラク が あって、 その ブラク の ハズレ に、 シナフウ の、 ちょっと こった サンソウ が あった。
「オカアサマ、 おもった より も いい ところ ね」
 と ワタシ は イキ を はずませて いった。
「そう ね」
 と オカアサマ も、 サンソウ の ゲンカン の マエ に たって、 イッシュン うれしそう な メツキ を なさった。
「だいいち、 クウキ が いい。 セイジョウ な クウキ です」
 と オジサマ は、 ゴジマン なさった。
「ホントウ に」
 と オカアサマ は ほほえまれて、
「おいしい。 ここ の クウキ は、 おいしい」
 と おっしゃった。
 そうして、 3 ニン で わらった。
 ゲンカン に はいって みる と、 もう トウキョウ から の オニモツ が ついて いて、 ゲンカン から オヘヤ から オニモツ で いっぱい に なって いた。
「ツギ には、 オザシキ から の ナガメ が よい」
 オジサマ は うかれて、 ワタシタチ を オザシキ に ひっぱって いって すわらせた。
 ゴゴ の 3 ジ-ゴロ で、 フユ の ヒ が、 オニワ の シバフ に やわらかく あたって いて、 シバフ から イシダン を おりつくした アタリ に ちいさい オイケ が あり、 ウメ の キ が たくさん あって、 オニワ の シタ には ミカンバタケ が ひろがり、 それから ソンドウ が あって、 その ムコウ は スイデン で、 それから ずっと ムコウ に マツバヤシ が あって、 その マツバヤシ の ムコウ に ウミ が みえる。 ウミ は、 こうして オザシキ に すわって いる と、 ちょうど ワタシ の オチチ の サキ に スイヘイセン が さわる くらい の タカサ に みえた。
「やわらか な ケシキ ねえ」
 と オカアサマ は、 ものうそう に おっしゃった。
「クウキ の せい かしら。 ヒ の ヒカリ が、 まるで トウキョウ と ちがう じゃ ない の。 コウセン が キヌゴシ されて いる みたい」
 と ワタシ は、 はしゃいで いった。
 10 ジョウ マ と 6 ジョウ マ と、 それから シナ-シキ の オウセツマ と、 それから オゲンカン が 3 ジョウ、 オフロバ の ところ にも 3 ジョウ が ついて いて、 それから ショクドウ と オカッテ と、 それから オニカイ に おおきい ベッド の ついた ライキャクヨウ の ヨウマ が ヒトマ、 それ だけ の マカズ だ けれども、 ワタシタチ フタリ、 いや、 ナオジ が かえって 3 ニン に なって も、 べつに キュウクツ で ない と おもった。
 オジサマ は、 この ブラク で たった 1 ケン だ と いう ヤドヤ へ、 オショクジ を コウショウ に でかけ、 やがて とどけられた オベントウ を、 オザシキ に ひろげて ゴジサン の ウイスキー を おのみ に なり、 この サンソウ の イゼン の モチヌシ で いらした カワダ シシャク と シナ で あそんだ コロ の シッパイダン など かたって、 ダイヨウキ で あった が、 オカアサマ は、 オベントウ にも ほんの ちょっと オハシ を おつけ に なった だけ で、 やがて、 アタリ が うすぐらく なって きた コロ、
「すこし、 このまま ねかして」
 と ちいさい コエ で おっしゃった。
 ワタシ が オニモツ の ナカ から オフトン を だして、 ねかせて あげ、 なんだか ひどく キガカリ に なって きた ので、 オニモツ から タイオンケイ を さがしだして、 オネツ を はかって みたら、 39 ド あった。
 オジサマ も おどろいた ゴヨウス で、 とにかく シタ の ムラ まで、 オイシャ を さがし に でかけられた。
「オカアサマ!」
 と および して も、 ただ、 うとうと して いらっしゃる。
 ワタシ は オカアサマ の ちいさい オテ を にぎりしめて、 すすりないた。 オカアサマ が、 おかわいそう で おかわいそう で、 いいえ、 ワタシタチ フタリ が かわいそう で かわいそう で、 いくら ないて も、 とまらなかった。 なきながら、 ホント に このまま オカアサマ と イッショ に しにたい と おもった。 もう ワタシタチ は、 なにも いらない。 ワタシタチ の ジンセイ は、 ニシカタマチ の オウチ を でた とき に、 もう おわった の だ と おもった。
 2 ジカン ほど して オジサマ が、 ムラ の センセイ を つれて こられた。 ムラ の センセイ は、 もう だいぶ オトシヨリ の よう で、 そうして センダイヒラ の ハカマ を つけ、 シロタビ を はいて おられた。
 ゴシンサツ が おわって、
「ハイエン に なる かも しれません で ございます。 けれども、 ハイエン に なりまして も、 ゴシンパイ は ございません」
 と、 なんだか たよりない こと を おっしゃって、 チュウシャ を して くださって かえられた。
 あくる ヒ に なって も、 オカアサマ の オネツ は、 さがらなかった。 ワダ の オジサマ は、 ワタシ に 2000 エン おてわたし に なって、 もし まんいち、 ニュウイン など しなければ ならぬ よう に なったら、 トウキョウ へ デンポウ を うつ よう に、 と いいのこして、 ひとまず その ヒ に キキョウ なされた。
 ワタシ は オニモツ の ナカ から サイショウゲン の ヒツヨウ な スイジ ドウグ を とりだし、 オカユ を つくって オカアサマ に すすめた。 オカアサマ は、 オヤスミ の まま、 ミサジ おあがり に なって、 それから、 クビ を ふった。
 オヒル すこし マエ に、 シタ の ムラ の センセイ が また みえられた。 コンド は オハカマ は つけて いなかった が、 シロタビ は、 やはり はいて おられた。
「ニュウイン した ほう が、……」
 と ワタシ が もうしあげたら、
「いや、 その ヒツヨウ は、 ございません でしょう。 キョウ は ひとつ、 つよい オチュウシャ を して さしあげます から、 オネツ も さがる こと でしょう」
 と、 あいかわらず たよりない よう な オヘンジ で、 そうして、 いわゆる その つよい チュウシャ を して おかえり に なられた。
 けれども、 その つよい チュウシャ が キコウ を そうした の か、 その ヒ の オヒルスギ に、 オカアサマ の オカオ が マッカ に なって、 そうして オアセ が ひどく でて、 オネマキ を きかえる とき、 オカアサマ は わらって、
「メイイ かも しれない わ」
 と おっしゃった。
 ネツ は 7 ド に さがって いた。 ワタシ は うれしく、 この ムラ に たった 1 ケン の ヤドヤ に はしって ゆき、 そこ の オカミサン に たのんで、 ケイラン を トオ ばかり わけて もらい、 さっそく ハンジュク に して オカアサマ に さしあげた。 オカアサマ は ハンジュク を ミッツ と、 それから オカユ を オチャワン に ハンブン ほど いただいた。
 あくる ヒ、 ムラ の メイイ が、 また シロタビ を はいて おみえ に なり、 ワタシ が キノウ の つよい チュウシャ の オレイ を もうしあげたら、 きく の は トウゼン、 と いう よう な オカオ で ふかく うなずき、 テイネイ に ゴシンサツ なさって、 そうして ワタシ の ほう に むきなおり、
「オオオクサマ は、 もはや ゴビョウキ では ございません。 で ございます から、 これから は、 ナニ を おあがり に なって も、 ナニ を なさって も よろしゅう ございます」
 と、 やはり、 ヘン な イイカタ を なさる ので、 ワタシ は ふきだしたい の を こらえる の に ホネ が おれた。
 センセイ を ゲンカン まで おおくり して、 オザシキ に ひきかえして きて みる と、 オカアサマ は、 オトコ の ウエ に おすわり に なって いらして、
「ホントウ に メイイ だわ。 ワタシ は、 もう、 ビョウキ じゃ ない」
 と、 とても たのしそう な オカオ を して、 うっとり と ヒトリゴト の よう に おっしゃった。
「オカアサマ、 ショウジ を あけましょう か。 ユキ が ふって いる のよ」
 ハナビラ の よう な おおきい ボタンユキ が、 ふわり ふわり ふりはじめて いた の だ。 ワタシ は、 ショウジ を あけ、 オカアサマ と ならんで すわり、 ガラスド-ゴシ に イズ の ユキ を ながめた。
「もう ビョウキ じゃ ない」
 と、 オカアサマ は、 また ヒトリゴト の よう に おっしゃって、
「こうして すわって いる と、 イゼン の こと が、 みな ユメ だった よう な キ が する。 ワタシ は ホントウ は、 ヒッコシ マギワ に なって、 イズ へ くる の が、 どうしても、 なんと して も、 いや に なって しまった の。 ニシカタマチ の あの オウチ に、 1 ニチ でも ハンニチ でも ながく いたかった の。 キシャ に のった とき には、 ハンブン しんで いる よう な キモチ で、 ここ に ついた とき も、 はじめ ちょっと たのしい よう な キブン が した けど、 うすぐらく なったら、 もう トウキョウ が こいしくて、 ムネ が こげる よう で、 キ が とおく なって しまった の。 フツウ の ビョウキ じゃ ない ん です。 カミサマ が ワタシ を イチド おころし に なって、 それから キノウ まで の ワタシ と ちがう ワタシ に して、 よみがえらせて くださった の だわ」
 それから、 キョウ まで、 ワタシタチ フタリ きり の サンソウ セイカツ が、 まあ、 どうやら コト も なく、 アンノン に つづいて きた の だ。 ブラク の ヒトタチ も ワタシタチ に シンセツ に して くれた。 ここ へ ひっこして きた の は、 キョネン の 12 ガツ、 それから、 1 ガツ、 2 ガツ、 3 ガツ、 4 ガツ の キョウ まで、 ワタシタチ は オショクジ の オシタク の ホカ は、 たいてい オエンガワ で アミモノ を したり、 シナマ で ホン を よんだり、 オチャ を いただいたり、 ほとんど ヨノナカ と はなれて しまった よう な セイカツ を して いた の で ある。 2 ガツ には ウメ が さき、 この ブラク ゼンタイ が ウメ の ハナ で うまった。 そうして 3 ガツ に なって も、 カゼ の ない おだやか な ヒ が おおかった ので、 マンカイ の ウメ は すこしも おとろえず、 3 ガツ の スエ まで うつくしく さきつづけた。 アサ も ヒル も、 ユウガタ も、 ヨル も、 ウメ の ハナ は、 タメイキ の でる ほど うつくしかった。 そうして オエンガワ の ガラスド を あける と、 いつでも ハナ の ニオイ が オヘヤ に すっと ながれて きた。 3 ガツ の オワリ には、 ユウガタ に なる と、 きっと カゼ が でて、 ワタシ が ユウグレ の ショクドウ で オチャワン を ならべて いる と、 マド から ウメ の ハナビラ が ふきこんで きて、 オチャワン の ナカ に はいって ぬれた。 4 ガツ に なって、 ワタシ と オカアサマ が オエンガワ で アミモノ を しながら、 フタリ の ワダイ は、 たいてい ハタケヅクリ の ケイカク で あった。 オカアサマ も おてつだい したい と おっしゃる。 ああ、 こうして かいて みる と、 いかにも ワタシタチ は、 いつか オカアサマ の おっしゃった よう に、 イチド しんで、 ちがう ワタシタチ に なって よみがえった よう でも ある が、 しかし、 イエス サマ の よう な フッカツ は、 しょせん、 ニンゲン には できない の では なかろう か。 オカアサマ は、 あんな ふう に おっしゃった けれども、 それでも やはり、 スープ を ヒトサジ すって は、 ナオジ を おもい、 あ、 と おさけび に なる。 そうして ワタシ の カコ の キズアト も、 じつは、 ちっとも なおって い は しない の で ある。
 ああ、 なにも ヒトツ も つつみかくさず、 はっきり かきたい。 この サンソウ の アンノン は、 ゼンブ イツワリ の、 ミセカケ に すぎない と、 ワタシ は ひそか に おもう とき さえ ある の だ。 これ が ワタシタチ オヤコ が カミサマ から いただいた みじかい キュウソク の キカン で あった と して も、 もう すでに この ヘイワ には、 ナニ か フキツ な、 くらい カゲ が しのびよって きて いる よう な キ が して ならない。 オカアサマ は、 コウフク を およそおい に なりながら も、 ひにひに おとろえ、 そうして ワタシ の ムネ には マムシ が やどり、 オカアサマ を ギセイ に して まで ふとり、 ジブン で おさえて も おさえて も ふとり、 ああ、 これ が ただ キセツ の せい だけ の もの で あって くれたら よい、 ワタシ には コノゴロ、 こんな セイカツ が、 とても たまらなく なる こと が ある の だ。 ヘビ の タマゴ を やく など と いう はしたない こと を した の も、 そのよう な ワタシ の いらいら した オモイ の アラワレ の ヒトツ だった の に ちがいない の だ。 そうして ただ、 オカアサマ の カナシミ を ふかく させ、 スイジャク させる ばかり なの だ。
 コイ、 と かいたら、 アト、 かけなく なった。

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