カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

シャヨウ 6

2019-10-08 | ダザイ オサム
 6

 セントウ、 カイシ。
 いつまでも、 カナシミ に しずんで も おられなかった。 ワタシ には、 ぜひとも、 たたかいとらなければ ならぬ もの が あった。 あたらしい リンリ。 いいえ、 そう いって も ギゼン-めく。 コイ。 それ だけ だ。 ローザ が あたらしい ケイザイガク に たよらなければ いきて おられなかった よう に、 ワタシ は イマ、 コイ ヒトツ に すがらなければ、 いきて ゆけない の だ。 イエス が、 コノヨ の シュウキョウカ、 ドウトクカ、 ガクシャ、 ケンイシャ の ギゼン を あばき、 カミ の シン の アイジョウ と いう もの を すこしも チュウチョ する ところ なく アリノママ に ヒトビト に つげあらわさん が ため に、 その ジュウニ デシ をも ショホウ に ハケン なさろう と する に あたって、 デシ たち に おしえきかせた オコトバ は、 ワタシ の この バアイ にも ぜんぜん、 ムカンケイ で ない よう に おもわれた。
「オビ の ナカ に キン、 ギン または ゼニ を もつな。 タビ の フクロ も、 2 マイ の シタギ も、 クツ も、 ツエ も もつな。 みよ、 ワレ ナンジラ を つかわす は、 ヒツジ を オオカミ の ナカ に いるる が ごとし。 この ゆえ に ヘビ の ごとく さとく、 ハト の ごとく すなお なれ。 ヒトビト に こころせよ、 それ は ナンジラ を シュウギショ に わたし、 カイドウ にて むちうたん。 また ナンジラ わが ゆえ に よりて、 ツカサ たち オウ たち の マエ に ひかれん。 カレラ ナンジラ を わたさば、 いかに ナニ を いわん と おもいわずらうな、 いう べき こと は、 その とき さずけらる べし。 これ いう モノ は ナンジラ に あらず、 その ウチ に ありて いいたまう ナンジラ の チチ の レイ なり。 また ナンジラ わが ナ の ため に スベテ の ヒト に にくまれん。 されど オワリ まで たえしのぶ モノ は すくわる べし。 この マチ にて、 せめらるる とき は、 かの マチ に のがれよ。 まことに ナンジラ に つぐ、 ナンジラ イスラエル の マチマチ を めぐりつくさぬ うち に ヒト の コ は きたる べし。
 ミ を ころして タマシイ を ころしえぬ モノドモ を おそるな、 ミ と タマシイ と を ゲヘナ にて ほろぼしうる モノ を おそれよ。 ワレ チ に ヘイワ を とうぜん ため に きたれり と おもうな、 ヘイワ に あらず、 かえって ツルギ を とうぜん ため に きたれり。 それ わが きたれる は ヒト を その チチ より、 ムスメ を その ハハ より、 ヨメ を その シュウトメ より わかたん ため なり。 ヒト の アダ は、 その イエ の モノ なる べし。 ワレ より も チチ または ハハ を あいする モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 ワレ より も ムスコ または ムスメ を あいする モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 また オノ が ジュウジカ を とりて ワレ に したがわぬ モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 イノチ を うる モノ は、 これ を うしない、 わが ため に イノチ を うしなう モノ は、 これ を う べし」
 セントウ、 カイシ。
 もし、 ワタシ が コイ ゆえ に、 イエス の この オシエ を そっくり そのまま かならず まもる こと を ちかったら、 イエス サマ は おしかり に なる かしら。 なぜ、 「コイ」 が わるくて、 「アイ」 が いい の か、 ワタシ には わからない。 おなじ もの の よう な キ が して ならない。 なんだか わからぬ アイ の ため に、 コイ の ため に、 その カナシサ の ため に、 ミ と タマシイ と を ゲヘナ にて ほろぼしうる モノ、 ああ、 ワタシ は ジブン こそ、 それ だ と いいはりたい の だ。
 オジサマ たち の オセワ で、 オカアサマ の ミッソウ を イズ で おこない、 ホンソウ は トウキョウ で すまして、 それから また ナオジ と ワタシ は、 イズ の サンソウ で、 おたがい カオ を あわせて も クチ を きかぬ よう な、 リユウ の わからぬ きまずい セイカツ を して、 ナオジ は シュッパンギョウ の シホンキン と しょうして、 オカアサマ の ホウセキルイ を ゼンブ もちだし、 トウキョウ で のみつかれる と、 イズ の サンソウ へ ダイビョウニン の よう な マッサオ な カオ を して ふらふら かえって きて、 ねて、 ある とき、 わかい ダンサー-フウ の ヒト を つれて きて、 さすが に ナオジ も すこし マ が わるそう に して いる ので、
「キョウ、 ワタシ、 トウキョウ へ いって も いい? オトモダチ の ところ へ、 ヒサシブリ で あそび に いって みたい の。 フタバン か、 ミバン、 とまって きます から、 アナタ ルスバン して ね。 オスイジ は、 あの カタ に、 たのむ と いい わ」
 ナオジ の ヨワミ に すかさず つけこみ、 いわば ヘビ の ごとく さとく、 ワタシ は バッグ に オケショウヒン や パン など つめこんで、 きわめて シゼン に、 あの ヒト と あい に ジョウキョウ する こと が できた。
 トウキョウ コウガイ、 ショウセン オギクボ エキ の キタグチ に ゲシャ する と、 そこ から 20 プン くらい で、 あの ヒト の タイセン-ゴ の あたらしい オスマイ に ゆきつける らしい と いう こと は、 ナオジ から マエ に それとなく きいて いた の で ある。
 コガラシ の つよく ふいて いる ヒ だった。 オギクボ エキ に おりた コロ には、 もう アタリ が うすぐらく、 ワタシ は オウライ の ヒト を つかまえて は、 あの ヒト の トコロバンチ を つげて、 その ホウガク を おしえて もらって、 1 ジカン ちかく くらい コウガイ の ロジ を うろついて、 あまり こころぼそくて、 ナミダ が でて、 その うち に ジャリミチ の イシ に つまずいて ゲタ の ハナオ が ぷつん と きれて、 どう しよう か と たちすくんで、 ふと ミギテ の ニケン ナガヤ の ウチ の 1 ケン の イエ の ヒョウサツ が、 ヨメ にも しろく ぼんやり うかんで、 それ に ウエハラ と かかれて いる よう な キ が して、 カタアシ は タビハダシ の まま、 その イエ の ゲンカン に はしりよって、 なお よく ヒョウサツ を みる と、 たしか に ウエハラ ジロウ と したためられて いた が、 イエ の ナカ は くらかった。
 どう しよう か、 と また シュンジ たちすくみ、 それから、 ミ を なげる キモチ で、 ゲンカン の コウシド に たおれかかる よう に ひたと よりそい、
「ごめん くださいまし」
 と いい、 リョウテ の ユビサキ で コウシ を なでながら、
「ウエハラ さん」
 と コゴエ で ささやいて みた。
 ヘンジ は、 あった。 しかし、 それ は、 オンナ の ヒト の コエ で あった。
 ゲンカン の ト が ウチ から あいて、 ホソオモテ の コフウ な ニオイ の する、 ワタシ より ミッツ ヨッツ トシウエ の よう な オンナ の ヒト が、 ゲンカン の クラヤミ の ナカ で ちらと わらい、
「ドチラサマ でしょう か」
 と たずねる その コトバ の チョウシ には、 なんの アクイ も ケイカイ も なかった。
「いいえ、 あのう」
 けれども ワタシ は、 ジブン の ナ を いいそびれて しまった。 この ヒト に だけ は、 ワタシ の コイ も、 キミョウ に うしろめたく おもわれた。 おどおど と、 ほとんど ヒクツ に、
「センセイ は? いらっしゃいません?」
「はあ」
 と こたえて、 キノドク そう に ワタシ の カオ を みて、
「でも、 ユクサキ は、 たいてい、……」
「トオク へ?」
「いいえ」
 と、 おかしそう に カタテ を オクチ に あてられて、
「オギクボ です の。 エキ の マエ の、 シライシ と いう オデンヤ さん へ おいで に なれば、 たいてい、 ユクサキ が オワカリ か と おもいます」
 ワタシ は とびたつ オモイ で、
「あ、 そう です か」
「あら、 オハキモノ が」
 すすめられて ワタシ は、 ゲンカン の ウチ へ はいり、 シキダイ に すわらせて もらい、 オクサマ から、 ケイベン ハナオ と でも いう の かしら、 ハナオ の きれた とき に テガル に つくろう こと の できる カワ の シカケヒモ を いただいて、 ゲタ を なおして、 その アイダ に オクサマ は、 ロウソク を ともして ゲンカン に もって きて くださったり しながら、
「あいにく、 デンキュウ が フタツ とも きれて しまいまして、 コノゴロ の デンキュウ は ばかたかい うえ に きれやすくて いけません わね、 シュジン が いる と かって もらえる ん です けど、 ユウベ も、 オトトイ の バン も かえって まいりません ので、 ワタシドモ は、 これ で ミバン、 ムイチモン の ハヤネ です のよ」
 など と、 しんから ノンキ そう に わらって おっしゃる。 オクサマ の ウシロ には、 12~13 サイ の メ の おおきな、 めった に ヒト に なつかない よう な カンジ の ほっそり した オンナ の オコサン が たって いる。
 テキ。 ワタシ は そう おもわない けれども、 しかし、 この オクサマ と オコサン は、 いつかは ワタシ を テキ と おもって にくむ こと が ある に ちがいない の だ。 それ を かんがえたら、 ワタシ の コイ も、 イチジ に さめはてた よう な キモチ に なって、 ゲタ の ハナオ を すげかえ、 たって はたはた と テ を うちあわせて リョウテ の ヨゴレ を はらいおとしながら、 ワビシサ が もうぜん と ミノマワリ に おしよせて くる ケハイ に たえかね、 オザシキ に かけあがって、 マックラヤミ の ナカ で オクサマ の オテ を つかんで なこう かしら と、 ぐらぐら はげしく ドウヨウ した けれども、 ふと、 その アト の ジブン の しらじらしい なんとも カタチ の つかぬ あじけない スガタ を かんがえ、 いや に なり、
「ありがとう ございました」
 と、 バカテイネイ な オジギ を して、 ソト へ でて、 コガラシ に ふかれ、 セントウ、 カイシ、 こいする、 すき、 こがれる、 ホントウ に こいする、 ホントウ に すき、 ホントウ に こがれる、 こいしい の だ から シヨウ が ない、 すき なの だ から シヨウ が ない、 こがれて いる の だ から シヨウ が ない、 あの オクサマ は たしか に めずらしく いい オカタ、 あの オジョウサン も おきれい だ、 けれども ワタシ は、 カミ の シンパン の ダイ に たたされたって、 すこしも ジブン を やましい とは おもわぬ、 ニンゲン は、 コイ と カクメイ の ため に うまれて きた の だ、 カミ も ばっしたまう はず が ない、 ワタシ は ミジン も わるく ない、 ホントウ に すき なの だ から オオイバリ、 あの ヒト に ヒトメ おあい する まで、 フタバン でも ミバン でも ノジュク して も、 かならず。
 エキマエ の シライシ と いう オデンヤ は、 すぐに みつかった。 けれども、 あの ヒト は いらっしゃらない。
「アサガヤ です よ、 きっと。 アサガヤ エキ の キタグチ を マッスグ に いらして、 そう です ね、 1 チョウ ハン かな? カナモノヤ さん が あります から ね、 そこ から ミギ へ はいって、 ハンチョウ かな? ヤナギヤ と いう コリョウリヤ が あります から ね、 センセイ、 コノゴロ は ヤナギヤ の オステ さん と おおあつあつ で、 イリビタリ だ、 かなわねえ」
 エキ へ ゆき、 キップ を かい、 トウキョウ-ユキ の ショウセン に のり、 アサガヤ で おりて、 キタグチ、 ヤク 1 チョウ ハン、 カナモノヤ さん の ところ から ミギ へ まがって ハンチョウ、 ヤナギヤ は、 ひっそり して いた。
「たったいま おかえり に なりました が、 オオゼイ さん で、 これから ニシオギ の チドリ の オバサン の ところ へ いって ヨアカシ で のむ ん だ、 とか おっしゃって いました よ」
 ワタシ より も トシ が わかくて、 おちついて、 ジョウヒン で、 シンセツ そう な、 これ が あの、 オステ さん とか いう あの ヒト と おおあつあつ の ヒト なの かしら。
「チドリ? ニシオギ の どの ヘン?」
 こころぼそくて、 ナミダ が でそう に なった。 ジブン が イマ、 キ が くるって いる の では ない かしら、 と ふと おもった。
「よく ぞんじません の です けど ね、 なんでも ニシオギ の エキ を おりて、 ミナミグチ の、 ヒダリ に はいった ところ だ とか、 とにかく、 コウバン で おきき に なったら、 わかる ん じゃ ない でしょう か。 なにせ、 1 ケン では おさまらない ヒト で、 チドリ に いく マエ に また どこ か に ひっかかって いる かも しれません です よ」
「チドリ へ いって みます。 さようなら」
 また、 ギャクモドリ。 アサガヤ から ショウセン で タチカワ-ユキ に のり、 オギクボ、 ニシ オギクボ、 エキ の ミナミグチ で おりて、 コガラシ に ふかれて うろつき、 コウバン を みつけて、 チドリ の ホウガク を たずねて、 それから、 おしえられた とおり の ヨミチ を はしる よう に して いって、 チドリ の あおい トウロウ を みつけて、 ためらわず コウシド を あけた。
 ドマ が あって、 それから すぐ 6 ジョウ マ くらい の ヘヤ が あって、 タバコ の ケムリ で もうもう と して、 10 ニン ばかり の ニンゲン が、 ヘヤ の おおきな タク を かこんで、 わあっわあっ と ひどく さわがしい オサカモリ を して いた。 ワタシ より わかい くらい の オジョウサン も 3 ニン まじって、 タバコ を すい、 オサケ を のんで いた。
 ワタシ は ドマ に たって、 みわたし、 みつけた。 そうして、 ゆめみる よう な キモチ に なった。 ちがう の だ。 6 ネン。 まるっきり、 もう、 ちがった ヒト に なって いる の だ。
 これ が、 あの、 ワタシ の ニジ、 M.C、 ワタシ の イキガイ の、 あの ヒト で あろう か。 6 ネン。 ホウハツ は ムカシ の まま だ けれども あわれ に あかちゃけて うすく なって おり、 カオ は きいろく むくんで、 メ の フチ が あかく ただれて、 マエバ が ぬけおち、 たえず クチ を もぐもぐ させて、 1 ピキ の ロウエン が セナカ を まるく して ヘヤ の カタスミ に すわって いる カンジ で あった。
 オジョウサン の ヒトリ が ワタシ を みとがめ、 メ で ウエハラ さん に ワタシ の きて いる こと を しらせた。 あの ヒト は すわった まま ほそながい クビ を のばして ワタシ の ほう を みて、 なんの ヒョウジョウ も なく、 アゴ で あがれ と いう アイズ を した。 イチザ は、 ワタシ に なんの カンシン も なさそう に、 わいわい の オオサワギ を つづけ、 それでも すこし ずつ セキ を つめて、 ウエハラ さん の すぐ ミギドナリ に ワタシ の セキ を つくって くれた。
 ワタシ は だまって すわった。 ウエハラ さん は、 ワタシ の コップ に オサケ を なみなみ と いっぱい ついで くれて、 それから ゴジブン の コップ にも オサケ を つぎたして、
「カンパイ」
 と しゃがれた コエ で ひくく いった。
 フタツ の コップ が、 ちからよわく ふれあって、 かち と かなしい オト が した。
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と ダレ か が いって、 それ に おうじて また ヒトリ が、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と いい、 かちん と オト たかく コップ を うちあわせて ぐいと のむ。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と あちこち から、 その デタラメ みたい な ウタ が おこって、 さかん に コップ を うちあわせて カンパイ を して いる。 そんな ふざけきった リズム で もって ハズミ を つけて、 ムリ に オサケ を ノド に ながしこんで いる ヨウス で あった。
「じゃ、 シッケイ」
 と いって、 よろめきながら かえる ヒト が ある か と おもう と、 また、 シンキャク が のっそり はいって きて、 ウエハラ さん に ちょっと エシャク した だけ で、 イチザ に わりこむ。
「ウエハラ さん、 あそこ の ね、 ウエハラ さん、 あそこ の ね、 あああ、 と いう ところ です がね、 あれ は、 どんな グアイ に いったら いい ん です か? あ、 あ、 あ、 です か? ああ、 あ、 です か?」
 と のりだして たずねて いる ヒト は、 たしか に ワタシ も その ブタイガオ に ミオボエ の ある シンゲキ ハイユウ の フジタ で ある。
「ああ、 あ、 だ。 ああ、 あ、 チドリ の サケ は、 やすく ねえ、 と いった よう な アンバイ だね」
 と ウエハラ さん。
「オカネ の こと ばっかり」
 と オジョウサン。
「2 ワ の スズメ は 1 セン、 とは、 ありゃ たかい ん です か? やすい ん です か?」
 と わかい シンシ。
「1 リン も のこりなく つぐなわずば、 と いう コトバ も ある し、 ある モノ には 5 タラント、 ある モノ には 2 タラント、 ある モノ には 1 タラント なんて、 ひどく ややこしい タトエバナシ も ある し、 キリスト も カンジョウ は なかなか こまかい ん だ」
 と ベツ の シンシ。
「それに、 アイツ あ サケノミ だった よ。 ミョウ に バイブル には サケ の タトエバナシ が おおい と おもって いたら、 はたせるかな だ、 みよ、 サケ を このむ ヒト、 と ヒナン された と バイブル に しるされて ある。 サケ を のむ ヒト で なくて、 サケ を このむ ヒト と いう ん だ から、 ソウトウ な ノミテ だった に ちがいねえ のさ。 まず、 イッショウノミ かね」
 と もう ヒトリ の シンシ。
「よせ、 よせ。 ああ、 あ、 ナンジラ は ドウトク に おびえて、 イエス を ダシ に つかわん と す。 チエ ちゃん、 のもう。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ」
 と ウエハラ さん、 いちばん わかくて うつくしい オジョウサン と、 かちん と つよく コップ を うちあわせて、 ぐっと のんで、 オサケ が コウカク から したたりおちて、 アゴ が ぬれて、 それ を ヤケクソ みたい に ランボウ に テノヒラ で ぬぐって、 それから おおきい クシャミ を イツツ も ムッツ も つづけて なさった。
 ワタシ は そっと たって、 オトナリ の ヘヤ へ ゆき、 ビョウシン らしく あおじろく やせた オカミサン に、 オテアライ を たずね、 また カエリ に その ヘヤ を とおる と、 サッキ の いちばん きれい で わかい チエ ちゃん とか いう オジョウサン が、 ワタシ を まって いた よう な カッコウ で たって いて、
「オナカ が、 おすき に なりません?」
 と したしそう に わらいながら、 たずねた。
「ええ、 でも、 ワタシ、 パン を もって まいりました から」
「なにも ございません けど」
 と ビョウシン らしい オカミサン は、 だるそう に ヨコズワリ に すわって ナガヒバチ に よりかかった まま で いう。
「この ヘヤ で、 オショクジ を なさいまし。 あんな ノンベエ さん たち の アイテ を して いたら、 ヒトバンジュウ なにも たべられ や しません。 おすわりなさい、 ここ へ。 チエコ さん も イッショ に」
「おうい、 キヌ ちゃん、 オサケ が ない」
 と オトナリ で シンシ が さけぶ。
「はい、 はい」
 と ヘンジ して、 その キヌ ちゃん と いう 30 サイ ゼンゴ の イキ な シマ の キモノ を きた ジョチュウ さん が、 オチョウシ を オボン に 10 ポン ばかり のせて、 オカッテ から あらわれる。
「ちょっと」
 と オカミサン は よびとめて、
「ここ へも 2 ホン」
 と わらいながら いい、
「それから ね、 キヌ ちゃん、 すまない けど、 ウラ の スズヤ さん へ いって、 ウドン を フタツ オオイソギ で ね」
 ワタシ と チエ ちゃん は ナガヒバチ の ソバ に ならんで すわって、 テ を あぶって いた。
「オフトン を おあてなさい。 さむく なりました ね。 おのみ に なりません か」
 オカミサン は、 ゴジブン の オチャ の オチャワン に オチョウシ の オサケ を ついで、 それから ベツ の フタツ の オチャワン にも オサケ を ついだ。
 そうして ワタシタチ 3 ニン は だまって のんだ。
「ミナサン、 おつよい のね」
 と オカミサン は、 なぜ だ か、 しんみり した クチョウ で いった。
 がらがら と オモテ の ト の あく オト が きこえて、
「センセイ、 もって まいりました」
 と いう わかい オトコ の コエ が して、
「なんせ、 ウチ の シャチョウ ったら、 がっちり して います から ね、 2 マン エン と いって ねばった の です が、 やっと 1 マン エン」
「コギッテ か?」
 と ウエハラ さん の しゃがれた コエ。
「いいえ、 ゲンナマ です が。 すみません」
「まあ、 いい や、 ウケトリ を かこう」
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 の カンパイ の ウタ が、 その アイダ も イチザ に おいて たえる こと なく つづいて いる。
「ナオ さん は?」
 と、 オカミサン は マジメ な カオ を して チエ ちゃん に たずねる。 ワタシ は、 どきり と した。
「しらない わ。 ナオ さん の バンニン じゃ あるまい し」
 と、 チエ ちゃん は、 うろたえて、 カオ を カレン に あかく なさった。
「コノゴロ、 ナニ か ウエハラ さん と、 まずい こと でも あった ん じゃ ない の? いつも、 かならず、 イッショ だった のに」
 と オカミサン は、 おちついて いう。
「ダンス の ほう が、 すき に なった ん ですって。 ダンサー の コイビト でも できた ん でしょう よ」
「ナオ さん たら、 まあ、 オサケ の うえ に また オンナ だ から、 シマツ が わるい ね」
「センセイ の オシコミ です もの」
「でも、 ナオ さん の ほう が、 タチ が わるい よ。 あんな ボッチャン クズレ は、……」
「あの」
 ワタシ は ほほえんで クチ を はさんだ。 だまって いて は、 かえって この オフタリ に シツレイ な こと に なりそう だ と おもった の だ。
「ワタシ、 ナオジ の アネ なん です の」
 オカミサン は おどろいた らしく、 ワタシ の カオ を みなおした が、 チエ ちゃん は ヘイキ で、
「オカオ が よく にて いらっしゃいます もの。 あの ドマ の くらい ところ に おたち に なって いた の を みて、 ワタシ、 はっと おもった わ。 ナオ さん か と」
「さよう で ございます か」
 と オカミサン は ゴチョウ を あらためて、
「こんな むさくるしい ところ へ、 よく まあ。 それで? あの、 ウエハラ さん とは、 マエ から?」
「ええ、 6 ネン マエ に おあい して、……」
 いいよどみ、 うつむき、 ナミダ が でそう に なった。
「おまちどおさま」
 ジョチュウ さん が、 オウドン を もって きた。
「めしあがれ。 あつい うち に」
 と オカミサン は すすめる。
「いただきます」
 オウドン の ユゲ に カオ を つっこみ、 するする と オウドン を すすって、 ワタシ は、 イマ こそ いきて いる こと の ワビシサ の、 キョクゲン を あじわって いる よう な キ が した。
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と ひくく くちずさみながら、 ウエハラ さん が ワタシタチ の ヘヤ に はいって きて、 ワタシ の ソバ に どかり と アグラ を かき、 ムゴン で オカミサン に おおきい フウトウ を てわたした。
「これ だけ で、 アト を ごまかしちゃ ダメ です よ」
 オカミサン は、 フウトウ の ナカ を み も せず に、 それ を ナガヒバチ の ヒキダシ に しまいこんで わらいながら いう。
「もって くる よ。 アト の シハライ は、 ライネン だ」
「あんな こと を」
 1 マン エン。 それだけ あれば、 デンキュウ が イクツ かえる だろう。 ワタシ だって、 それだけ あれば、 1 ネン ラク に くらせる の だ。
 ああ、 ナニ か この ヒトタチ は、 まちがって いる。 しかし、 この ヒトタチ も、 ワタシ の コイ の バアイ と おなじ よう に、 こう でも しなければ、 いきて ゆかれない の かも しれない。 ヒト は この ヨノナカ に うまれて きた イジョウ は、 どうしても いききらなければ いけない もの ならば、 この ヒトタチ の この いききる ため の スガタ も、 にくむ べき では ない かも しれぬ。 いきて いる こと。 いきて いる こと。 ああ、 それ は、 なんと いう やりきれない イキ も たえだえ の ダイジギョウ で あろう か。
「とにかく ね」
 と リンシツ の シンシ が おっしゃる。
「これから トウキョウ で セイカツ して いく には だね、 こんちわぁ、 と いう ケイハク きわまる アイサツ が ヘイキ で できる よう で なければ、 とても ダメ だね。 イマ の ワレラ に、 ジュウコウ だの、 セイジツ だの、 そんな ビトク を ヨウキュウ する の は、 クビククリ の アシ を ひっぱる よう な もの だ。 ジュウコウ? セイジツ? ぺっ、 ぷっ だ。 いきて いけ や しねえ じゃ ない か。 もしも だね、 こんちわぁ を かるく いえなかったら、 アト は、 ミチ が ミッツ しか ない ん だ、 ヒトツ は キノウ だ、 ヒトツ は ジサツ、 もう ヒトツ は オンナ の ヒモ さ」
「その ヒトツ も でき や しねえ かわいそう な ヤロウ には、 せめて サイゴ の ユイイツ の シュダン」
 と ベツ な シンシ が、
「ウエハラ ジロウ に たかって、 ツウイン」
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ。
「とまる ところ が、 ねえ ん だろ」
 と、 ウエハラ さん は、 ひくい コエ で ヒトリゴト の よう に おっしゃった。
「ワタシ?」
 ワタシ は ジシン に カマクビ を もたげた ヘビ を イシキ した。 テキイ。 それ に ちかい カンジョウ で、 ワタシ は ジブン の カラダ を かたく した の で ある。
「ザコネ が できる か。 さむい ぜ」
 ウエハラ さん は、 ワタシ の イカリ に トンチャク なく つぶやく。
「ムリ でしょう」
 と オカミサン は、 クチ を はさみ、
「おかわいそう よ」
 ちぇっ、 と ウエハラ さん は シタウチ して、
「そんなら、 こんな ところ へ こなけりゃ いい ん だ」
 ワタシ は だまって いた。 この ヒト は、 たしか に、 ワタシ の あの テガミ を よんだ。 そうして、 ダレ より も ワタシ を あいして いる、 と、 ワタシ は その ヒト の コトバ の フンイキ から すばやく さっした。
「しょうがねえ な。 フクイ さん の とこ へ でも、 たのんで みよう かな。 チエ ちゃん、 つれて いって くれない か。 いや、 オンナ だけ だ と、 トチュウ が キケン か。 ヤッカイ だな。 カアサン、 この ヒト の ハキモノ を、 こっそり オカッテ の ほう に まわして おいて くれ。 ボク が おくりとどけて くる から」
 ソト は シンヤ の ケハイ だった。 カゼ は いくぶん おさまり、 ソラ に いっぱい ホシ が ひかって いた。 ワタシタチ は、 ならんで あるきながら、
「ワタシ、 ザコネ でも なんでも、 できます のに」
 ウエハラ さん は、 ねむそう な コエ で、
「うん」
 と だけ いった。
「フタリ っきり に、 なりたかった の でしょう。 そう でしょう」
 ワタシ が そう いって わらったら、 ウエハラ さん は、
「これ だ から、 いや さ」
 と クチ を まげて、 ニガワライ なさった。 ワタシ は ジブン が とても かわいがられて いる こと を、 ミ に しみて イシキ した。
「ずいぶん、 オサケ を めしあがります のね。 マイバン です の?」
「そう、 マイニチ。 アサ から だ」
「おいしい の? オサケ が」
「まずい よ」
 そう いう ウエハラ さん の コエ に、 ワタシ は なぜ だ か、 ぞっと した。
「オシゴト は?」
「ダメ です。 ナニ を かいて も、 ばかばかしくって、 そうして、 ただ もう、 かなしくって しょうがない ん だ。 イノチ の タソガレ。 ゲイジュツ の タソガレ。 ジンルイ の タソガレ。 それ も、 キザ だね」
「ユトリロ」
 ワタシ は、 ほとんど ムイシキ に それ を いった。
「ああ、 ユトリロ。 まだ いきて いやがる らしい ね。 アルコール の モウジャ。 シガイ だね。 サイキン 10 ネン-カン の アイツ の エ は、 へんに ぞくっぽくて、 みな ダメ」
「ユトリロ だけ じゃ ない ん でしょう? ホカ の マイスター たち も ゼンブ、……」
「そう、 スイジャク。 しかし、 あたらしい メ も、 メ の まま で スイジャク して いる の です。 シモ。 フロスト。 セカイジュウ に ときならぬ シモ が おりた みたい なの です」
 ウエハラ さん は ワタシ の カタ を かるく だいて、 ワタシ の カラダ は ウエハラ さん の ニジュウマワシ の ソデ で つつまれた よう な カタチ に なった が、 ワタシ は キョヒ せず、 かえって ぴったり よりそって ゆっくり あるいた。
 ロボウ の ジュモク の エダ。 ハ の 1 マイ も ついて いない エダ、 ほそく するどく ヨゾラ を つきさして いて、
「キ の エダ って、 うつくしい もの です わねえ」
 と おもわず ヒトリゴト の よう に いったら、
「うん、 ハナ と まっくろい エダ の チョウワ が」
 と すこし うろたえた よう に して おっしゃった。
「いいえ、 ワタシ、 ハナ も ハ も メ も、 なにも ついて いない、 こんな エダ が すき。 これ でも、 ちゃんと いきて いる の でしょう。 カレエダ と ちがいます わ」
「シゼン だけ は、 スイジャク せず か」
 そう いって、 また はげしい クシャミ を イクツ も イクツ も つづけて なさった。
「オカゼ じゃ ございません の?」
「いや、 いや、 さに あらず。 じつは ね、 これ は ボク の キヘキ で ね、 オサケ の ヨイ が ホウワテン に たっする と、 たちまち こんな グアイ の クシャミ が でる ん です。 ヨイ の バロメーター みたい な もの だね」
「コイ は?」
「え?」
「ドナタ か ございます の? ホウワテン くらい に すすんで いる オカタ が」
「ナン だ、 ひやかしちゃ いけない。 オンナ は、 ミナ おなじ さ。 ややこしくて いけねえ。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 じつは、 ヒトリ、 いや、 ハンニン くらい ある」
「ワタシ の テガミ、 ゴラン に なって?」
「みた」
「ゴヘンジ は?」
「ボク は キゾク は、 きらい なん だ。 どうしても、 どこ か に、 ハナモチ ならない ゴウマン な ところ が ある。 アナタ の オトウト の ナオ さん も、 キゾク と して は、 オオデキ の オトコ なん だ が、 ときどき、 ふっと、 とても つきあいきれない コナマイキ な ところ を みせる。 ボク は イナカ の ヒャクショウ の ムスコ で ね、 こんな オガワ の ソバ を とおる と かならず、 コドモ の コロ、 コキョウ の オガワ で フナ を つった こと や、 メダカ を すくった こと を おもいだして たまらない キモチ に なる」
 クラヤミ の ソコ で かすか に オト たてて ながれて いる オガワ に、 そった ミチ を ワタシタチ は あるいて いた。
「けれども、 キミタチ キゾク は、 そんな ボクタチ の カンショウ を ゼッタイ に リカイ できない ばかり か、 ケイベツ して いる」
「ツルゲーネフ は?」
「アイツ は キゾク だ。 だから、 いや なん だ」
「でも、 リョウジン ニッキ、……」
「うん、 あれ だけ は、 ちょっと うまい ね」
「あれ は、 ノウソン セイカツ の カンショウ、……」
「あの ヤロウ は イナカ キゾク、 と いう ところ で ダキョウ しよう か」
「ワタシ も イマ では イナカモノ です わ。 ハタケ を つくって います のよ。 イナカ の ビンボウニン」
「イマ でも、 ボク を すき なの かい」
 ランボウ な クチョウ で あった。
「ボク の アカチャン が ほしい の かい」
 ワタシ は こたえなかった。
 イワ が おちて くる よう な イキオイ で その ヒト の カオ が ちかづき、 しゃにむに ワタシ は キス された。 セイヨク の ニオイ の する キス だった。 ワタシ は それ を うけながら、 ナミダ を ながした。 クツジョク の、 クヤシナミダ に にて いる にがい ナミダ で あった。 ナミダ は いくらでも メ から あふれでて、 ながれた。
 また、 フタリ ならんで あるきながら、
「しくじった。 ほれちゃった」
 と その ヒト は いって、 わらった。
 けれども、 ワタシ は わらう こと が できなかった。 マユ を ひそめて、 クチ を すぼめた。
 シカタ が ない。
 コトバ で いいあらわす なら、 そんな カンジ の もの だった。 ワタシ は ジブン が ゲタ を ひきずって すさんだ アルキカタ を して いる の に キ が ついた。
「しくじった」
 と その オトコ は、 また いった。
「いく ところ まで いく か」
「キザ です わ」
「この ヤロウ」
 ウエハラ さん は ワタシ の カタ を とん と コブシ で たたいて、 また おおきい クシャミ を なさった。
 フクイ さん とか いう オカタ の オタク では、 ミナサン が もう おやすみ に なって いらっしゃる ヨウス で あった。
「デンポウ、 デンポウ。 フクイ さん、 デンポウ です よ」
 と オオゴエ で いって、 ウエハラ さん は ゲンカン の ト を たたいた。
「ウエハラ か?」
 と イエ の ナカ で オトコ の ヒト の コエ が した。
「その とおり。 プリンス と プリンセス と イチヤ の ヤド を たのみ に きた の だ。 どうも こう さむい と、 クシャミ ばかり でて、 せっかく の コイ の ミチユキ も コメディ に なって しまう」
 ゲンカン の ト が ウチ から ひらかれた。 もう かなり の、 50 サイ を こした くらい の、 アタマ の はげた コガラ な オジサン が、 ハデ な パジャマ を きて、 ヘン な、 はにかむ よう な エガオ で ワタシタチ を むかえた。
「たのむ」
 と ウエハラ さん は ヒトコト いって、 マント も ぬがず に さっさと イエ の ナカ へ はいって、
「アトリエ は、 さむくて いけねえ。 2 カイ を かりる ぜ。 おいで」
 ワタシ の テ を とって、 ロウカ を とおり ツキアタリ の カイダン を のぼって、 くらい オザシキ に はいり、 ヘヤ の スミ の スイッチ を ぱちと ひねった。
「オリョウリヤ の オヘヤ みたい ね」
「うん、 ナリキン シュミ さ。 でも、 あんな ヘボ エカキ には もったいない。 アクウン が つよくて リサイ も、 しやがらねえ。 リヨウ せざる べからず さ。 さあ、 ねよう、 ねよう」
 ゴジブン の オウチ みたい に、 カッテ に オシイレ を あけて オフトン を だして しいて、
「ここ へ ねたまえ。 ボク は かえる。 アシタ の アサ、 むかえ に きます。 ベンジョ は、 カイダン を おりて、 すぐ ミギ だ」
 だだだだ と カイダン から ころげおちる よう に そうぞうしく シタ へ おりて いって、 それっきり、 しんと なった。
 ワタシ は また スイッチ を ひねって、 デントウ を けし、 オチチウエ の ガイコク ミヤゲ の キジ で つくった ビロード の コート を ぬぎ、 オビ だけ ほどいて キモノ の まま で オトコ へ はいった。 つかれて いる うえ に、 オサケ を のんだ せい か、 カラダ が だるく、 すぐに うとうと まどろんだ。
 いつのまにか、 あの ヒト が ワタシ の ソバ に ねて いらして、 ……ワタシ は 1 ジカン ちかく、 ヒッシ の ムゴン の テイコウ を した。
 ふと かわいそう に なって、 ホウキ した。
「こう しなければ、 ゴアンシン が できない の でしょう?」
「まあ、 そんな ところ だ」
「アナタ、 オカラダ を わるく して いらっしゃる ん じゃ ない? カッケツ なさった でしょう」
「どうして わかる の? じつは こないだ、 かなり ひどい の を やった の だ けど、 ダレ にも しらせて いない ん だ」
「オカアサマ の おなくなり に なる マエ と、 おんなじ ニオイ が する ん です もの」
「しぬ キ で のんで いる ん だ。 いきて いる の が、 かなしくて しょうがない ん だよ。 ワビシサ だの、 サビシサ だの、 そんな ユトリ の ある もの で なくて、 かなしい ん だ。 いんきくさい、 ナゲキ の タメイキ が シホウ の カベ から きこえて いる とき、 ジブン たち だけ の コウフク なんて ある はず は ない じゃ ない か。 ジブン の コウフク も コウエイ も、 いきて いる うち には けっして ない と わかった とき、 ヒト は、 どんな キモチ に なる もの かね。 ドリョク。 そんな もの は、 ただ、 キガ の ヤジュウ の エジキ に なる だけ だ。 みじめ な ヒト が おおすぎる よ。 キザ かね」
「いいえ」
「コイ だけ だね。 オメエ の テガミ の オセツ の とおり だよ」
「そう」
 ワタシ の その コイ は、 きえて いた。
 ヨ が あけた。
 ヘヤ が うすあかるく なって、 ワタシ は、 ソバ で ねむって いる その ヒト の ネガオ を つくづく ながめた。 ちかく しぬ ヒト の よう な カオ を して いた。 つかれはてて いる オカオ だった。
 ギセイシャ の カオ。 とうとい ギセイシャ。
 ワタシ の ヒト。 ワタシ の ニジ。 マイ、 チャイルド。 にくい ヒト。 ずるい ヒト。
 コノヨ に またと ない くらい に、 とても、 とても うつくしい カオ の よう に おもわれ、 コイ が あらた に よみがえって きた よう で ムネ が ときめき、 その ヒト の カミ を なでながら、 ワタシ の ほう から キス を した。
 かなしい、 かなしい コイ の ジョウジュ。
 ウエハラ さん は、 メ を つぶりながら ワタシ を おだき に なって、
「ひがんで いた のさ。 ボク は ヒャクショウ の コ だ から」
 もう この ヒト から はなれまい。
「ワタシ、 イマ コウフク よ。 シホウ の カベ から ナゲキ の コエ が きこえて きて も、 ワタシ の イマ の コウフクカン は、 ホウワテン よ。 クシャミ が でる くらい コウフク だわ」
 ウエハラ さん は、 ふふ、 と おわらい に なって、
「でも、 もう、 おそい なあ。 タソガレ だ」
「アサ です わ」
 オトウト の ナオジ は、 その アサ に ジサツ して いた。


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