カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

シャヨウ 2

2019-12-07 | ダザイ オサム
 2

 ヘビ の タマゴ の こと が あって から、 トオカ ほど たち、 フキツ な こと が つづいて おこり、 いよいよ オカアサマ の カナシミ を ふかく させ、 その オイノチ を うすく させた。
 ワタシ が、 カジ を おこしかけた の だ。
 ワタシ が カジ を おこす。 ワタシ の ショウガイ に そんな おそろしい こと が あろう とは、 おさない とき から イマ まで、 イチド も ユメ に さえ かんがえた こと が なかった のに。
 オヒ を ソマツ に すれば カジ が おこる、 と いう きわめて トウゼン の こと にも、 きづかない ほど の ワタシ は あの いわゆる 「オヒメサマ」 だった の だろう か。
 ヨナカ に オテアライ に おきて、 オゲンカン の ツイタテ の ソバ まで ゆく と、 オフロバ の ほう が あかるい。 なにげなく のぞいて みる と、 オフロバ の ガラスド が マッカ で、 ぱちぱち と いう オト が きこえる。 コバシリ に はしって いって オフロバ の クグリド を あけ、 ハダシ で ソト に でて みたら、 オフロ の カマド の ソバ に つみあげて あった マキ の ヤマ が、 すごい カセイ で もえて いる。
 ニワツヅキ の シタ の ノウカ に とんで ゆき、 ちからいっぱい に ト を たたいて、
「ナカイ さん! おきて ください、 カジ です!」
 と さけんだ。
 ナカイ さん は、 もう、 ねて いらっしゃった らしかった が、
「はい、 すぐ いきます」
 と ヘンジ して、 ワタシ が、 おねがい します、 はやく おねがい します、 と いって いる うち に、 ユカタ の ネマキ の まま で オウチ から とびでて こられた。
 フタリ で ヒ の ソバ に かけもどり、 バケツ で オイケ の ミズ を くんで かけて いる と、 オザシキ の ロウカ の ほう から、 オカアサマ の、 ああっ、 と いう サケビ が きこえた。 ワタシ は バケツ を なげすて、 オニワ から ロウカ に あがって、
「オカアサマ、 シンパイ しないで、 だいじょうぶ、 やすんで いらして」
 と、 たおれかかる オカアサマ を だきとめ、 オネドコ に つれて いって ねかせ、 また ヒ の ところ に とんで かえって、 コンド は オフロ の ミズ を くんで は ナカイ さん に てわたし、 ナカイ さん は それ を マキ の ヤマ に かけた が カセイ は つよく、 とても そんな こと では きえそう も なかった。
「カジ だ。 カジ だ。 オベッソウ が カジ だ」
 と いう コエ が シタ の ほう から きこえて、 たちまち 4~5 ニン の ムラ の ヒトタチ が、 カキネ を こわして、 とびこんで いらした。 そうして、 カキネ の シタ の、 ヨウスイ の ミズ を、 リレー-シキ に バケツ で はこんで、 2~3 プン の アイダ に けしとめて くださった。 もうすこし で、 オフロバ の ヤネ に もえうつろう と する ところ で あった。
 よかった、 と おもった トタン に、 ワタシ は この カジ の ゲンイン に きづいて ぎょっと した。 ホントウ に、 ワタシ は その とき はじめて、 この カジ サワギ は、 ワタシ が ユウガタ、 オフロ の カマド の モエノコリ の マキ を、 カマド から ひきだして けした つもり で、 マキ の ヤマ の ソバ に おいた こと から おこった の だ、 と いう こと に きづいた の だ。 そう きづいて、 なきだしたく なって たちつくして いたら、 マエ の オウチ の ニシヤマ さん の オヨメサン が カキネ の ソト で、 オフロバ が マルヤケ だよ、 カマド の ヒ の フシマツ だよ、 と こわだか に はなす の が きこえた。
 ソンチョウ の フジタ さん、 ニノミヤ ジュンサ、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん など が、 やって こられて、 フジタ さん は、 イツモ の おやさしい エガオ で、
「おどろいた でしょう。 どうした の です か?」
 と おたずね に なる。
「ワタシ が、 いけなかった の です。 けした つもり の マキ を、……」
 と いいかけて、 ジブン が あんまり みじめ で、 ナミダ が わいて でて、 それっきり うつむいて だまった。 ケイサツ に つれて ゆかれて、 ザイニン に なる の かも しれない、 と その とき おもった。 ハダシ で、 オネマキ の まま の、 とりみだした ジブン の スガタ が キュウ に はずかしく なり、 つくづく、 おちぶれた と おもった。
「わかりました。 オカアサン は?」
 と フジタ さん は、 いたわる よう な クチョウ で、 しずか に おっしゃる。
「オザシキ に やすませて おります の。 ひどく おどろいて いらして、……」
「しかし、 まあ」
 と おわかい ニノミヤ ジュンサ も、
「イエ に ヒ が つかなくて、 よかった」
 と なぐさめる よう に おっしゃる。
 すると、 そこ へ シタ の ノウカ の ナカイ さん が、 フクソウ を あらためて でなおして こられて、
「なに ね、 マキ が ちょっと もえた だけ なん です。 ボヤ、 と まで も いきません」
 と イキ を はずませて いい、 ワタシ の おろか な カシツ を かばって くださる。
「そう です か。 よく わかりました」
 と ソンチョウ の フジタ さん は 2 ド も 3 ド も うなずいて、 それから ニノミヤ ジュンサ と ナニ か コゴエ で ソウダン を なさって いらした が、
「では、 かえります から、 どうぞ、 オカアサン に よろしく」
 と おっしゃって、 そのまま、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん や その ホカ の カタタチ と イッショ に おかえり に なる。
 ニノミヤ ジュンサ だけ、 おのこり に なって、 そうして ワタシ の すぐ マエ まで あゆみよって こられて、 コキュウ だけ の よう な ひくい コエ で、
「それでは ね、 コンヤ の こと は、 べつに、 とどけない こと に します から」
 と おっしゃった。
 ニノミヤ ジュンサ が おかえり に なったら、 シタ の ノウカ の ナカイ さん が、
「ニノミヤ さん は、 どう いわれました?」
 と、 じつに シンパイ そう な、 キンチョウ の オコエ で たずねる。
「とどけない って、 おっしゃいました」
 と ワタシ が こたえる と、 カキネ の ほう に まだ キンジョ の オカタ が いらして、 その ワタシ の ヘンジ を ききとった ヨウス で、 そう か、 よかった、 よかった、 と いいながら、 そろそろ ひきあげて ゆかれた。
 ナカイ さん も、 おやすみなさい、 を いって おかえり に なり、 アト には ワタシ ヒトリ、 ぼんやり やけた マキ の ヤマ の ソバ に たち、 なみだぐんで ソラ を みあげたら、 もう それ は ヨアケ ちかい ソラ の ケハイ で あった。
 フロバ で、 テ と アシ と カオ を あらい、 オカアサマ に あう の が なんだか おっかなくって、 オフロバ の 3 ジョウ マ で カミ を なおしたり して ぐずぐず して、 それから オカッテ に ゆき、 ヨ の まったく あけはなれる まで、 オカッテ の ショッキ の ヨウ も ない セイリ など して いた。
 ヨ が あけて、 オザシキ の ほう に、 そっと アシオト を しのばせて いって みる と、 オカアサマ は、 もう ちゃんと オキガエ を すまして おられて、 そうして シナマ の オイス に、 つかれきった よう に して こしかけて いらした。 ワタシ を みて、 にっこり おわらい に なった が、 その オカオ は、 びっくり する ほど あおかった。
 ワタシ は わらわず、 だまって、 オカアサマ の オイス の ウシロ に たった。
 しばらく して オカアサマ が、
「なんでも ない こと だった のね。 もやす ため の マキ だ もの」
 と おっしゃった。
 ワタシ は キュウ に たのしく なって、 ふふん と わらった。 オリ に かないて かたる コトバ は ギン の ホリモノ に キン の リンゴ を はめたる が ごとし、 と いう セイショ の シンゲン を おもいだし、 こんな やさしい オカアサマ を もって いる ジブン の コウフク を、 つくづく カミサマ に カンシャ した。 ユウベ の こと は、 ユウベ の こと。 もう くよくよ すまい、 と おもって、 ワタシ は シナマ の ガラスド-ゴシ に、 アサ の イズ の ウミ を ながめ、 いつまでも オカアサマ の ウシロ に たって いて、 オシマイ には オカアサマ の しずか な コキュウ と ワタシ の コキュウ が ぴったり あって しまった。
 アサ の オショクジ を かるく すまして から、 ワタシ は、 やけた マキ の ヤマ の セイリ に とりかかって いる と、 この ムラ で たった 1 ケン の ヤドヤ の オカミサン で ある オサキ さん が、
「どうした のよ? どうした のよ? イマ、 ワタシ、 はじめて きいて、 まあ、 ユウベ は、 いったい、 どうした のよ?」
 と いいながら ニワ の シオリド から コバシリ に はしって やって こられて、 そうして その メ には、 ナミダ が ひかって いた。
「すみません」
 と ワタシ は コゴエ で わびた。
「すみません も なにも。 それ より も、 オジョウサン、 ケイサツ の ほう は?」
「いい ん ですって」
「まあ よかった」
 と、 しんから うれしそう な カオ を して くださった。
 ワタシ は オサキ さん に、 ムラ の ミナサン へ どんな カタチ で、 オレイ と オワビ を したら いい か、 ソウダン した。 オサキ さん は、 やはり オカネ が いい でしょう、 と いい、 それ を もって オワビマワリ を す べき イエイエ を おしえて くださった。
「でも、 オジョウサン が オヒトリ で まわる の が おいや だったら、 ワタシ も イッショ に ついて いって あげます よ」
「ヒトリ で いった ほう が、 いい の でしょう?」
「ヒトリ で いける? そりゃ、 ヒトリ で いった ほう が いい の」
「ヒトリ で いく わ」
 それから オサキ さん は、 ヤケアト の セイリ を すこし てつだって くださった。
 セイリ が すんで から、 ワタシ は オカアサマ から オカネ を いただき、 100 エン シヘイ を 1 マイ ずつ ミノガミ に つつんで、 ソレゾレ の ツツミ に、 オワビ、 と かいた。
 まず イチバン に ヤクバ へ いった。 ソンチョウ の フジタ さん は オルス だった ので、 ウケツケ の ムスメ さん に カミヅツミ を さしだし、
「サクヤ は、 もうしわけない こと を いたしました。 これから、 キ を つけます から、 どうぞ おゆるし くださいまし。 ソンチョウ さん に、 よろしく」
 と オワビ を もうしあげた。
 それから、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん の オウチ へ ゆき、 オオウチ さん が オゲンカン に でて こられて、 ワタシ を みて だまって かなしそう に ほほえんで いらして、 ワタシ は、 どうして だ か、 キュウ に なきたく なり、
「ユウベ は、 ごめんなさい」
 と いう の が、 やっと で、 いそいで オイトマ して、 みちみち、 ナミダ が あふれて きて、 カオ が ダメ に なった ので、 いったん オウチ へ かえって、 センメンジョ で カオ を あらい、 オケショウ を しなおして、 また でかけよう と して ゲンカン で クツ を はいて いる と、 オカアサマ が、 でて いらして、
「まだ、 どこ か へ いく の?」
 と おっしゃる。
「ええ、 これから よ」
 ワタシ は カオ を あげない で こたえた。
「ごくろうさま ね」
 しんみり おっしゃった。
 オカアサマ の アイジョウ に チカラ を えて、 コンド は イチド も なかず に、 ゼンブ を まわる こと が できた。
 クチョウ さん の オウチ に いったら、 クチョウ さん は オルス で、 ムスコ さん の オヨメサン が でて いらした が、 ワタシ を みる なり かえって ムコウ で なみだぐんで おしまい に なり、 また、 ジュンサ の ところ では、 ニノミヤ ジュンサ が、 よかった、 よかった、 と おっしゃって くれる し、 ミンナ おやさしい オカタタチ ばかり で、 それから ゴキンジョ の オウチ を まわって、 やはり ミナサマ から、 ドウジョウ され、 なぐさめられた。 ただ、 マエ の オウチ の ニシヤマ さん の オヨメサン、 と いって も、 もう 40 くらい の オバサン だ が、 その ヒト に だけ は、 びしびし しかられた。
「これから も キ を つけて ください よ。 ミヤサマ だ か ナニサマ だ か しらない けれども、 ワタシ は マエ から、 アンタタチ の ママゴト アソビ みたい な クラシカタ を、 はらはら しながら みて いた ん です。 コドモ が フタリ で くらして いる みたい なん だ から、 イマ まで カジ を おこさなかった の が フシギ な くらい の もの だ。 ホントウ に これから は、 キ を つけて ください よ。 ユウベ だって、 アンタ、 あれ で カゼ が つよかったら、 この ムラ ゼンブ が もえた の です よ」
 この ニシヤマ さん の オヨメサン は、 シタ の ノウカ の ナカイ さん など は ソンチョウ さん や ニノミヤ ジュンサ の マエ に とんで でて、 ボヤ と まで も いきません、 と いって かばって くださった のに、 カキネ の ソト で、 フロバ が マルヤケ だよ、 カマド の ヒ の フシマツ だよ、 と おおきい コエ で いって いらした ヒト で ある。 けれども、 ワタシ は ニシヤマ さん の オヨメサン の オコゴト にも、 シンジツ を かんじた。 ホントウ に その とおり だ と おもった。 すこしも、 ニシヤマ さん の オヨメサン を うらむ こと は ない。 オカアサマ は、 もやす ため の マキ だ もの、 と ジョウダン を おっしゃって ワタシ を なぐさめて くださった が、 しかし、 あの とき に カゼ が つよかったら、 ニシヤマ さん の オヨメサン の おっしゃる とおり、 この ムラ ゼンタイ が やけた の かも しれない。 そう なったら ワタシ は、 しんで おわび したって おっつかない。 ワタシ が しんだら、 オカアサマ も いきて は、 いらっしゃらない だろう し、 また なくなった オチチウエ の オナマエ を けがして しまう こと にも なる。 イマ は もう、 ミヤサマ も カゾク も あった もの では ない けれども、 しかし、 どうせ ほろびる もの なら、 おもいきって カレイ に ほろびたい。 カジ を だして その オワビ に しぬ なんて、 そんな みじめ な シニカタ では、 しんで も しにきれまい。 とにかく、 もっと、 しっかり しなければ ならぬ。
 ワタシ は ヨクジツ から、 ハタケシゴト に セイ を だした。 シタ の ノウカ の ナカイ さん の ムスメ さん が、 ときどき おてつだい して くださった。 カジ を だす など と いう シュウタイ を えんじて から は、 ワタシ の カラダ の チ が なんだか すこし あかぐろく なった よう な キ が して、 その マエ には、 ワタシ の ムネ に イジワル の マムシ が すみ、 コンド は チ の イロ まで すこし かわった の だ から、 いよいよ ヤセイ の イナカムスメ に なって ゆく よう な キブン で、 オカアサマ と オエンガワ で アミモノ など を して いて も、 へんに キュウクツ で いきぐるしく、 かえって ハタケ へ でて、 ツチ を ほりおこしたり して いる ほう が キラク な くらい で あった。
 キンニク ロウドウ、 と いう の かしら。 このよう な チカラシゴト は、 ワタシ に とって イマ が はじめて では ない。 ワタシ は センソウ の とき に チョウヨウ されて、 ヨイトマケ まで させられた。 イマ ハタケ に はいて でて いる ジカタビ も、 その とき、 グン の ほう から ハイキュウ に なった もの で ある。 ジカタビ と いう もの を、 その とき、 それこそ うまれて はじめて はいて みた の で ある が、 びっくり する ほど、 ハキゴコチ が よく、 それ を はいて オニワ を あるいて みたら、 トリ や ケモノ が、 ハダシ で ジベタ を あるいて いる キガルサ が、 ジブン にも よく わかった よう な キ が して、 とても、 ムネ が うずく ほど、 うれしかった。 センソウチュウ の、 たのしい キオク は、 たった それ ヒトツ きり。 おもえば、 センソウ なんて、 つまらない もの だった。
  サクネン は、 なにも なかった。
  イッサクネン は、 なにも なかった。
  その マエ の トシ も、 なにも なかった。
 そんな おもしろい シ が、 シュウセン チョクゴ の ある シンブン に のって いた が、 ホントウ に、 イマ おもいだして みて も、 サマザマ の こと が あった よう な キ が しながら、 やはり、 なにも なかった と おなじ よう な キ も する。 ワタシ は、 センソウ の ツイオク は かたる の も、 きく の も、 いや だ。 ヒト が たくさん しんだ のに、 それでも チンプ で タイクツ だ。 けれども、 ワタシ は、 やはり ジブン カッテ なの で あろう か。 ワタシ が チョウヨウ されて ジカタビ を はき、 ヨイトマケ を やらされた とき の こと だけ は、 そんな に チンプ だ とも おもえない。 ずいぶん いや な オモイ も した が、 しかし、 ワタシ は あの ヨイトマケ の おかげ で、 すっかり カラダ が ジョウブ に なり、 イマ でも ワタシ は、 いよいよ セイカツ に こまったら、 ヨイトマケ を やって いきて ゆこう と おもう こと が ある くらい なの だ。
 センキョク が そろそろ ゼツボウ に なって きた コロ、 グンプク みたい な もの を きた オトコ が、 ニシカタマチ の オウチ へ やって きて、 ワタシ に チョウヨウ の カミ と、 それから ロウドウ の ヒワリ を かいた カミ を わたした。 ヒワリ の カミ を みる と、 ワタシ は その ヨクジツ から 1 ニチ-オキ に タチカワ の オク の ヤマ へ かよわなければ ならなく なって いた ので、 おもわず ワタシ の メ から ナミダ が あふれた。
「ダイニン では、 いけない の でしょう か」
 ナミダ が とまらず、 ススリナキ に なって しまった。
「グン から、 アナタ に チョウヨウ が きた の だ から、 かならず、 ホンニン で なければ いけない」
 と その オトコ は、 つよく こたえた。
 ワタシ は ゆく ケッシン を した。
 その ヨクジツ は アメ で、 ワタシタチ は タチカワ の ヤマ の フモト に セイレツ させられ、 まず ショウコウ の オセッキョウ が あった。
「センソウ には、 かならず かつ」
 と ボウトウ して、
「センソウ には かならず かつ が、 しかし、 ミナサン が グン の メイレイドオリ に シゴト しなければ、 サクセン に シショウ を きたし、 オキナワ の よう な ケッカ に なる。 かならず、 いわれた だけ の シゴト は、 やって ほしい。 それから、 この ヤマ にも、 スパイ が はいって いる かも しれない から、 おたがいに チュウイ する こと。 ミナサン も これから は、 ヘイタイ と おなじ に、 ジンチ の ナカ へ はいって シゴト を する の で ある から、 ジンチ の ヨウス は、 ゼッタイ に、 タゴン しない よう に、 ジュウブン に チュウイ して ほしい」
 と いった。
 ヤマ には アメ が けむり、 ダンジョ とりまぜて 500 ちかい タイイン が、 アメ に ぬれながら たって その ハナシ を ハイチョウ して いる の だ。 タイイン の ナカ には、 コクミン ガッコウ の ダンセイト ジョセイト も まじって いて、 ミナ さむそう な ナキベソ の カオ を して いた。 アメ は ワタシ の レンコート を とおして、 ウワギ に しみて きて、 やがて ハダギ まで ぬらした ほど で あった。
 その ヒ は イチニチ、 モッコカツギ を して、 カエリ の デンシャ の ナカ で、 ナミダ が でて きて シヨウ が なかった が、 その ツギ の とき には、 ヨイトマケ の ツナヒキ だった。 そうして、 ワタシ には その シゴト が いちばん おもしろかった。
 2 ド、 3 ド、 ヤマ へ ゆく うち に、 コクミン ガッコウ の ダンセイト たち が ワタシ の スガタ を、 いやに じろじろ みる よう に なった。 ある ヒ、 ワタシ が モッコカツギ を して いる と、 ダンセイト が 2~3 ニン、 ワタシ と すれちがって、 それから、 その ウチ の ヒトリ が、
「アイツ が、 スパイ か」
 と コゴエ で いった の を きき、 ワタシ は びっくり して しまった。
「なぜ、 あんな こと を いう の かしら」
 と ワタシ は、 ワタシ と ならんで モッコ を かついで あるいて いる わかい ムスメ さん に たずねた。
「ガイジン みたい だ から」
 わかい ムスメ さん は、 マジメ に こたえた。
「アナタ も、 アタシ を スパイ だ と おもって いらっしゃる?」
「いいえ」
 コンド は すこし わらって こたえた。
「ワタシ、 ニホンジン です わ」
 と いって、 その ジブン の コトバ が、 われながら ばからしい ナンセンス の よう に おもわれて、 ヒトリ で くすくす わらった。
 ある オテンキ の いい ヒ に、 ワタシ は アサ から オトコ の ヒトタチ と イッショ に マルタ ハコビ を して いる と、 カンシ トウバン の わかい ショウコウ が カオ を しかめて、 ワタシ を ゆびさし、
「おい、 キミ。 キミ は、 こっち へ きたまえ」
 と いって、 さっさと マツバヤシ の ほう へ あるいて ゆき、 ワタシ が フアン と キョウフ で ムネ を どきどき させながら、 その アト に ついて ゆく と、 ハヤシ の オク に セイザイショ から きた ばかり の イタ が つんで あって、 ショウコウ は その マエ まで いって たちどまり、 くるり と ワタシ の ほう に むきなおって、
「マイニチ、 つらい でしょう。 キョウ は ひとつ、 この ザイモク の ミハリバン を して いて ください」
 と しろい ハ を だして わらった。
「ここ に、 たって いる の です か?」
「ここ は、 すずしくて しずか だ から、 この イタ の ウエ で オヒルネ でも して いて ください。 もし、 タイクツ だったら、 これ は、 オヨミ かも しれない けど」
 と いって、 ウワギ の ポケット から ちいさい ブンコボン を とりだし、 てれた よう に、 イタ の ウエ に ほうり、
「こんな もの でも、 よんで いて ください」
 ブンコボン には、 「トロイカ」 と しるされて いた。
 ワタシ は その ブンコボン を とりあげ、
「ありがとう ございます。 ウチ にも、 ホン の すき なの が いまして、 イマ、 ナンポウ に いって います けど」
 と もうしあげたら、 キキチガイ した らしく、
「ああ、 そう。 アナタ の ゴシュジン なの です ね。 ナンポウ じゃあ、 タイヘン だ」
 と クビ を ふって しんみり いい、
「とにかく、 キョウ は ここ で ミハリバン と いう こと に して、 アナタ の オベントウ は、 アト で ジブン が もって きて あげます から、 ゆっくり、 やすんで いらっしゃい」
 と いいすて、 イソギアシ で かえって ゆかれた。
 ワタシ は、 ザイモク に こしかけて、 ブンコボン を よみ、 ハンブン ほど よんだ コロ、 あの ショウコウ が、 こつこつ と クツ の オト を させて やって きて、
「オベントウ を もって きました。 オヒトリ で、 つまらない でしょう」
 と いって、 オベントウ を クサハラ の ウエ に おいて、 また オオイソギ で ひきかえして ゆかれた。
 ワタシ は、 オベントウ を すまして から、 コンド は、 ザイモク の ウエ に はいあがって、 ヨコ に なって ホン を よみ、 ゼンブ よみおえて から、 うとうと オヒルネ を はじめた。
 メ が さめた の は、 ゴゴ の 3 ジ-スギ だった。 ワタシ は、 ふと あの わかい ショウコウ を、 マエ に どこ か で みかけた こと が ある よう な キ が して きて、 かんがえて みた が、 おもいだせなかった。 ザイモク から おりて、 カミ を なでつけて いたら、 また、 こつこつ と クツ の オト が きこえて きて、
「やあ、 キョウ は ごくろうさま でした。 もう、 おかえり に なって よろしい」
 ワタシ は ショウコウ の ほう に はしりよって、 そうして ブンコボン を さしだし、 オレイ を いおう と おもった が、 コトバ が でず、 だまって ショウコウ の カオ を みあげ、 フタリ の メ が あった とき、 ワタシ の メ から ぽろぽろ ナミダ が でた。 すると、 その ショウコウ の メ にも、 きらり と ナミダ が ひかった。
 そのまま だまって おわかれ した が、 その わかい ショウコウ は、 それっきり イチド も、 ワタシタチ の はたらいて いる ところ に カオ を みせず、 ワタシ は、 あの ヒ に、 たった 1 ニチ あそぶ こと が できた だけ で、 それから は、 やはり 1 ニチ-オキ に タチカワ の ヤマ で、 くるしい サギョウ を した。 オカアサマ は、 ワタシ の カラダ を、 しきり に シンパイ して くださった が、 ワタシ は かえって ジョウブ に なり、 イマ では ヨイトマケ ショウバイ にも ひそか に ジシン を もって いる し、 また、 ハタケシゴト にも、 べつに クツウ を かんじない オンナ に なった。
 センソウ の こと は、 かたる の も きく の も いや、 など と いいながら、 つい ジブン の 「キチョウ なる タイケンダン」 など かたって しまった が、 しかし、 ワタシ の センソウ の ツイオク の ナカ で、 すこし でも かたりたい と おもう の は、 ざっと これ くらい の こと で、 アト は もう、 いつか の あの シ の よう に、
  サクネン は、 なにも なかった。
  イッサクネン は、 なにも なかった。
  その マエ の トシ も、 なにも なかった。
 と でも いいたい くらい で、 ただ、 ばかばかしく、 ワガミ に のこって いる もの は、 この ジカタビ 1 ソク、 と いう ハカナサ で ある。
 ジカタビ の こと から、 つい ムダバナシ を はじめて ダッセン しちゃった けれど、 ワタシ は、 この、 センソウ の ユイイツ の キネンヒン と でも いう べき ジカタビ を はいて、 マイニチ の よう に ハタケ に でて、 ムネ の オク の ひそか な フアン や ショウソウ を まぎらして いる の だ けれども、 オカアサマ は、 コノゴロ、 めだって ひにひに およわり に なって いらっしゃる よう に みえる。
 ヘビ の タマゴ。
 カジ。
 あの コロ から、 どうも オカアサマ は、 めっきり ゴビョウニン-くさく おなり に なった。 そうして ワタシ の ほう では、 その ハンタイ に、 だんだん ソヤ な ゲヒン な オンナ に なって ゆく よう な キ も する。 なんだか どうも ワタシ が、 オカアサマ から どんどん セイキ を すいとって ふとって ゆく よう な ココチ が して ならない。
 カジ の とき だって、 オカアサマ は、 もやす ため の マキ だ もの、 と ゴジョウダン を いって、 それっきり カジ の こと に ついて は ヒトコト も おっしゃらず、 かえって ワタシ を いたわる よう に して いらした が、 しかし、 ナイシン オカアサマ の うけられた ショック は、 ワタシ の 10 バイ も つよかった の に ちがいない。 あの カジ が あって から、 オカアサマ は、 ヨナカ に ときたま うめかれる こと が ある し、 また、 カゼ の つよい ヨル など は、 オテアライ に おいで に なる フリ を して、 シンヤ イクド も オトコ から ぬけて ウチジュウ を おみまわり に なる の で ある。 そうして オカオイロ は いつも さえず、 おあるき に なる の さえ やっと の よう に みえる ヒ も ある。 ハタケ も てつだいたい と、 マエ には おっしゃって いた が、 イチド ワタシ が、 およしなさい と もうしあげた のに、 イド から おおきい テオケ で ハタケ に ミズ を 5~6 パイ おはこび に なり、 ヨクジツ、 イキ の できない くらい に カタ が こる、 と おっしゃって イチニチ、 ネタキリ で、 そんな こと が あって から は さすが に ハタケシゴト は あきらめた ゴヨウス で、 ときたま ハタケ へ でて こられて も、 ワタシ の ハタラキブリ を、 ただ、 じっと みて いらっしゃる だけ で ある。
「ナツ の ハナ が すき な ヒト は、 ナツ に しぬ って いう けれども、 ホントウ かしら」
 キョウ も オカアサマ は、 ワタシ の ハタケシゴト を じっと みて いらして、 ふいと そんな こと を おっしゃった。 ワタシ は だまって オナス に ミズ を やって いた。 ああ、 そう いえば、 もう ショカ だ。
「ワタシ は、 ネム の ハナ が すき なん だ けれども、 ここ の オニワ には、 1 ポン も ない のね」
 と オカアサマ は、 また、 しずか に おっしゃる。
「キョウチクトウ が たくさん ある じゃ ない の」
 ワタシ は、 わざと、 つっけんどん な クチョウ で いった。
「あれ は、 きらい なの。 ナツ の ハナ は、 たいてい すき だ けど、 あれ は、 オキャン-すぎて」
「ワタシ なら バラ が いい な。 だけど、 あれ は シキザキ だ から、 バラ の すき な ヒト は、 ハル に しんで、 ナツ に しんで、 アキ に しんで、 フユ に しんで、 4 ド も しになおさなければ いけない の?」
 フタリ、 わらった。
「すこし、 やすまない?」
 と オカアサマ は、 なお おわらい に なりながら、
「キョウ は、 ちょっと カズコ さん と ソウダン したい こと が ある の」
「ナアニ? しぬ オハナシ なんか は、 まっぴら よ」
 ワタシ は オカアサマ の アト に ついて いって、 フジダナ の シタ の ベンチ に ならんで コシ を おろした。 フジ の ハナ は もう おわって、 やわらか な ゴゴ の ヒザシ が、 その ハ を とおして ワタシタチ の ヒザ の ウエ に おち、 ワタシタチ の ヒザ を ミドリイロ に そめた。
「マエ から きいて いただきたい と おもって いた こと です けど ね、 おたがいに キブン の いい とき に はなそう と おもって、 キョウ まで キカイ を まって いた の。 どうせ、 いい ハナシ じゃあ ない のよ。 でも、 キョウ は なんだか ワタシ も すらすら はなせる よう な キ が する もの だ から、 まあ、 アナタ も、 ガマン して オシマイ まで きいて ください ね。 じつは ね、 ナオジ は、 いきて いる の です」
 ワタシ は、 カラダ を かたく した。
「5~6 ニチ マエ に、 ワダ の オジサマ から オタヨリ が あって ね、 オジサマ の カイシャ に イゼン つとめて いらした オカタ で、 サイキン ナンポウ から キカン して、 オジサマ の ところ に アイサツ に いらして、 その とき、 ヨモヤマ の ハナシ の スエ に、 その オカタ が グウゼン にも ナオジ と おなじ ブタイ で、 そうして ナオジ は ブジ で、 もう すぐ キカン する だろう と いう こと が わかった の。 でも、 ね、 ヒトツ いや な こと が ある の。 その オカタ の ハナシ では、 ナオジ は かなり ひどい アヘン チュウドク に なって いる らしい、 と……」
「また!」
 ワタシ は にがい もの を たべた みたい に、 クチ を ゆがめた。 ナオジ は、 コウトウ ガッコウ の コロ に、 ある ショウセツカ の マネ を して、 マヤク チュウドク に かかり、 その ため に、 クスリヤ から おそろしい キンガク の カリ を つくって、 オカアサマ は、 その カリ を クスリヤ に ゼンブ しはらう の に 2 ネン も かかった の で ある。
「そう。 また、 はじめた らしい の。 けれども、 それ の なおらない うち は、 キカン も ゆるされない だろう から、 きっと なおして くる だろう と、 その オカタ も いって いらした そう です。 オジサマ の オテガミ では、 なおして かえって きた と して も、 そんな ココロガケ の モノ では、 すぐ どこ か へ つとめさせる と いう わけ には いかぬ、 イマ の この コンラン の トウキョウ で はたらいて は、 マトモ の ニンゲン で さえ すこし くるった よう な キブン に なる、 チュウドク の なおった ばかり の ハンビョウニン なら、 すぐ ハッキョウ-ギミ に なって、 ナニ を しでかす か、 わかった もの で ない、 それで、 ナオジ が かえって きたら、 すぐ この イズ の サンソウ に ひきとって、 どこ へも ださず に、 とうぶん ここ で セイヨウ させた ほう が よい、 それ が ヒトツ。 それから、 ねえ、 カズコ、 オジサマ が ねえ、 もう ヒトツ おいいつけ に なって いる の だよ。 オジサマ の オハナシ では、 もう ワタシタチ の オカネ が、 なんにも なくなって しまった ん だって。 チョキン の フウサ だの、 ザイサンゼイ だの で、 もう オジサマ も、 これまで の よう に ワタシタチ に オカネ を おくって よこす こと が メンドウ に なった の だ そう です。 それで ね、 ナオジ が かえって きて、 オカアサマ と、 ナオジ と、 カズコ と 3 ニン あそんで くらして いて は、 オジサマ も その セイカツヒ を ツゴウ なさる の に タイヘン な クロウ を しなければ ならぬ から、 イマ の うち に、 カズコ の オヨメイリサキ を さがす か、 または、 ゴホウコウ の オウチ を さがす か、 どちら か に なさい、 と いう、 まあ、 オイイツケ なの」
「ゴホウコウ って、 ジョチュウ の こと?」
「いいえ、 オジサマ が ね、 ほら、 あの、 コマバ の」
 と ある ミヤサマ の オナマエ を あげて、
「あの ミヤサマ なら、 ワタシタチ とも ケツエン ツヅキ だし、 ヒメミヤ の カテイ キョウシ を かねて、 ゴホウコウ に あがって も、 カズコ が、 そんな に さびしく キュウクツ な オモイ を せず に すむ だろう、 と おっしゃって いる の です」
「ホカ に、 ツトメグチ が ない もの かしら」
「ホカ の ショクギョウ は、 カズコ には、 とても ムリ だろう、 と おっしゃって いました」
「なぜ ムリ なの? ね、 なぜ ムリ なの?」
 オカアサマ は、 さびしそう に ほほえんで いらっしゃる だけ で、 なんとも おこたえ に ならなかった。
「いや だわ! ワタシ、 そんな ハナシ」
 ジブン でも、 あらぬ こと を くちばしった、 と おもった。 が、 とまらなかった。
「ワタシ が、 こんな ジカタビ を、 こんな ジカタビ を」
 と いったら、 ナミダ が でて きて、 おもわず わっと なきだした。 カオ を あげて、 ナミダ を テノコウ で はらいのけながら、 オカアサマ に むかって、 いけない、 いけない、 と おもいながら、 コトバ が ムイシキ みたい に、 ニクタイ と まるで ムカンケイ に、 つぎつぎ と つづいて でた。
「いつ だ か、 おっしゃった じゃ ない の。 カズコ が いる から、 カズコ が いて くれる から、 オカアサマ は イズ へ いく の です よ、 と おっしゃった じゃ ない の。 カズコ が いない と、 しんで しまう と おっしゃった じゃ ない の。 だから、 それだから、 カズコ は、 どこ へも いかず に、 オカアサマ の オソバ に いて、 こうして ジカタビ を はいて、 オカアサマ に おいしい オヤサイ を あげたい と、 それ ばっかり かんがえて いる のに、 ナオジ が かえって くる と おきき に なったら、 キュウ に ワタシ を ジャマ に して、 ミヤサマ の ジョチュウ に いけ なんて、 あんまり だわ、 あんまり だわ」
 ジブン でも、 ひどい こと を くちばしる と おもいながら、 コトバ が ベツ の イキモノ の よう に、 どうしても とまらない の だ。
「ビンボウ に なって、 オカネ が なくなったら、 ワタシタチ の キモノ を うったら いい じゃ ない の。 この オウチ も、 うって しまったら、 いい じゃ ない の。 ワタシ には、 なんだって できる わよ。 この ムラ の ヤクバ の オンナ ジムイン に だって ナン に だって なれる わよ。 ヤクバ で つかって くださらなかったら、 ヨイトマケ に だって なれる わよ。 ビンボウ なんて、 なんでも ない。 オカアサマ さえ、 ワタシ を かわいがって くださったら、 ワタシ は イッショウ オカアサマ の オソバ に いよう と ばかり かんがえて いた のに、 オカアサマ は、 ワタシ より も ナオジ の ほう が かわいい のね。 でて いく わ。 ワタシ は でて いく。 どうせ ワタシ は、 ナオジ とは ムカシ から セイカク が あわない の だ から、 3 ニン イッショ に くらして いたら、 おたがいに フコウ よ。 ワタシ は これまで ながい こと オカアサマ と フタリ きり で くらした の だ から、 もう おもいのこす こと は ない。 これから ナオジ が オカアサマ と オフタリ で ミズイラズ で くらして、 そうして ナオジ が たんと たんと オヤコウコウ を する と いい。 ワタシ は もう、 いや に なった。 これまで の セイカツ が、 いや に なった。 でて いきます。 キョウ これから、 すぐに でて いきます。 ワタシ には、 いく ところ が ある の」
 ワタシ は たった。
「カズコ!」
 オカアサマ は きびしく いい、 そうして かつて ワタシ に みせた こと の なかった ほど、 イゲン に みちた オカオツキ で、 すっと おたち に なり、 ワタシ と むかいあって、 そうして ワタシ より も すこし オセ が たかい くらい に みえた。
 ワタシ は、 ごめんなさい、 と すぐに いいたい と おもった が、 それ が クチ に どうしても でない で、 かえって ベツ の コトバ が でて しまった。
「だました のよ。 オカアサマ は、 ワタシ を おだまし に なった のよ。 ナオジ が くる まで、 ワタシ を リヨウ して いらっしゃった のよ。 ワタシ は、 オカアサマ の ジョチュウ さん。 ヨウ が すんだ から、 コンド は ミヤサマ の ところ に いけ って」
 わっ と コエ が でて、 ワタシ は たった まま、 おもいきり ないた。
「オマエ は、 バカ だねえ」
 と ひくく おっしゃった オカアサマ の オコエ は、 イカリ に ふるえて いた。
 ワタシ は カオ を あげ、
「そう よ、 バカ よ。 バカ だ から、 だまされる のよ。 バカ だ から、 ジャマ に される のよ。 いない ほう が いい の でしょう? ビンボウ って、 どんな こと? オカネ って、 なんの こと? ワタシ には、 わからない わ。 アイジョウ を、 オカアサマ の アイジョウ を、 それ だけ を ワタシ は しんじて いきて きた の です」
 と また、 バカ な、 あらぬ こと を くちばしった。
 オカアサマ は、 ふっと オカオ を そむけた。 ないて おられる の だ。 ワタシ は、 ごめんなさい、 と いい、 オカアサマ に だきつきたい と おもった が、 ハタケシゴト で テ が よごれて いる の が、 かすか に キ に なり、 へんに しらじらしく なって、
「ワタシ さえ、 いなかったら いい の でしょう? でて いきます。 ワタシ には、 いく ところ が ある の」
 と いいすて、 そのまま コバシリ に はしって、 オフロバ に ゆき、 なきじゃくりながら、 カオ と テアシ を あらい、 それから オヘヤ へ いって、 ヨウフク に きがえて いる うち に、 また わっ と おおきい コエ が でて なきくずれ、 オモイ の タケ もっと もっと ないて みたく なって 2 カイ の ヨウマ に かけあがり、 ベッド に カラダ を なげて、 モウフ を アタマ から かぶり、 やせる ほど ひどく ないて、 その うち に キ が とおく なる みたい に なって、 だんだん、 ある ヒト が こいしくて、 こいしくて、 オカオ を みて、 オコエ を ききたくて たまらなく なり、 リョウアシ の ウラ に あつい オキュウ を すえ、 じっと こらえて いる よう な、 トクシュ な キモチ に なって いった。
 ユウガタ ちかく、 オカアサマ は、 しずか に 2 カイ の ヨウマ に はいって いらして、 ぱちと デントウ に ヒ を いれて、 それから、 ベッド の ほう に ちかよって こられ、
「カズコ」
 と、 とても おやさしく および に なった。
「はい」
 ワタシ は おきて、 ベッド の ウエ に すわり、 リョウテ で カミ を かきあげ、 オカアサマ の オカオ を みて、 ふふ と わらった。
 オカアサマ も、 かすか に おわらい に なり、 それから、 オマド の シタ の ソファ に、 ふかく カラダ を しずめ、
「ワタシ は、 うまれて はじめて、 ワダ の オジサマ の オイイツケ に、 そむいた。 ……オカアサマ は ね、 イマ、 オジサマ に ゴヘンジ の オテガミ を かいた の。 ワタシ の コドモ たち の こと は、 ワタシ に おまかせ ください、 と かいた の。 カズコ、 キモノ を うりましょう よ。 フタリ の キモノ を どんどん うって、 おもいきり ムダヅカイ して、 ゼイタク な クラシ を しましょう よ。 ワタシ は もう、 アナタ に、 ハタケシゴト など させたく ない。 たかい オヤサイ を かったって、 いい じゃ ない の。 あんな に マイニチ の ハタケシゴト は、 アナタ には ムリ です」
 じつは ワタシ も、 マイニチ の ハタケシゴト が、 すこし つらく なりかけて いた の だ。 さっき あんな に、 くるった みたい に なきさわいだ の も、 ハタケシゴト の ツカレ と、 カナシミ が ごっちゃ に なって、 なにもかも、 うらめしく、 いや に なった から なの だ。
 ワタシ は ベッド の ウエ で、 うつむいて、 だまって いた。
「カズコ」
「はい」
「いく ところ が ある、 と いう の は、 どこ?」
 ワタシ は ジブン が、 クビスジ まで あかく なった の を イシキ した。
「ホソダ サマ?」
 ワタシ は だまって いた。
 オカアサマ は、 ふかい タメイキ を おつき に なり、
「ムカシ の こと を いって も いい?」
「どうぞ」
 と ワタシ は コゴエ で いった。
「アナタ が、 ヤマキ サマ の オウチ から でて、 ニシカタマチ の オウチ へ かえって きた とき、 オカアサマ は なにも アナタ を とがめる よう な こと は いわなかった つもり だ けど、 でも、 たった ヒトコト だけ、 (オカアサマ は アナタ に うらぎられました) って いった わね。 おぼえて いる? そしたら、 アナタ は なきだしちゃって、 ……ワタシ も うらぎった なんて ひどい コトバ を つかって わるかった と おもった けど、……」
 けれども、 ワタシ は あの とき、 オカアサマ に そう いわれて、 なんだか ありがたくて、 ウレシナキ に ないた の だ。
「オカアサマ が ね、 あの とき、 うらぎられた って いった の は、 アナタ が ヤマキ サマ の オウチ を でて きた こと じゃ なかった の。 ヤマキ サマ から、 カズコ は じつは、 ホソダ と コイナカ だった の です、 と いわれた とき なの。 そう いわれた とき には、 ホントウ に、 ワタシ は カオイロ が かわる オモイ でした。 だって、 ホソダ サマ には、 あの ずっと マエ から、 オクサマ も オコサマ も あって、 どんな に こちら が おしたい したって、 どうにも ならぬ こと だし、……」
「コイナカ だ なんて、 ひどい こと を。 ヤマキ サマ の ほう で、 ただ そう ジャスイ なさって いた だけ なの よ」
「そう かしら。 アナタ は、 まさか、 あの ホソダ サマ を、 まだ おもいつづけて いる の じゃ ない でしょう ね。 いく ところ って、 どこ?」
「ホソダ サマ の ところ なんか じゃ ない わ」
「そう? そんなら、 どこ?」
「オカアサマ、 ワタシ ね、 こないだ かんがえた こと だ けれども、 ニンゲン が ホカ の ドウブツ と、 まるっきり ちがって いる テン は、 ナン だろう、 コトバ も チエ も、 シコウ も、 シャカイ の チツジョ も、 それぞれ テイド の サ は あって も、 ホカ の ドウブツ だって みな もって いる でしょう? シンコウ も もって いる かも しれない わ。 ニンゲン は、 バンブツ の レイチョウ だ なんて いばって いる けど、 ちっとも ホカ の ドウブツ と ホンシツテキ な チガイ が ない みたい でしょう? ところが ね、 オカアサマ、 たった ヒトツ あった の。 おわかり に ならない でしょう。 ホカ の イキモノ には ゼッタイ に なくて、 ニンゲン に だけ ある もの。 それ は ね、 ヒメゴト、 と いう もの よ。 いかが?」
 オカアサマ は、 ほんのり オカオ を あかく なさって、 うつくしく おわらい に なり、
「ああ、 その カズコ の ヒメゴト が、 よい ミ を むすんで くれたら いい けど ねえ。 オカアサマ は、 マイアサ、 オトウサマ に カズコ を コウフク に して くださる よう に おいのり して いる の です よ」
 ワタシ の ムネ に ふうっと、 オチチウエ と ナスノ を ドライヴ して、 そうして トチュウ で おりて、 その とき の アキ の ノ の ケシキ が うかんで きた。 ハギ、 ナデシコ、 リンドウ、 オミナエシ など の アキ の クサバナ が さいて いた。 ノブドウ の ミ は、 まだ あおかった。
 それから、 オチチウエ と ビワコ で モーターボート に のり、 ワタシ が ミズ に とびこみ、 モ に すむ コザカナ が ワタシ の アシ に あたり、 ミズウミ の ソコ に、 ワタシ の アシ の カゲ が くっきり と うつって いて、 そうして うごいて いる、 その サマ が ゼンゴ と なんの レンカン も なく、 ふっと ムネ に うかんで、 きえた。
 ワタシ は ベッド から すべりおりて、 オカアサマ の オヒザ に だきつき、 はじめて、
「オカアサマ、 サッキ は ごめんなさい」
 と いう こと が できた。
 おもう と、 その ヒ アタリ が、 ワタシタチ の コウフク の サイゴ の ノコリビ の ヒカリ が かがやいた コロ で、 それから、 ナオジ が ナンポウ から かえって きて、 ワタシタチ の ホントウ の ジゴク が はじまった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« シャヨウ 3 | トップ | シャヨウ 1 »

コメントを投稿

ダザイ オサム 」カテゴリの最新記事