俳句日記/高橋正子

俳句雑誌「花冠」代表

3月30日(金)

2012-03-30 13:34:46 | Weblog
★春雷のいなづま明かりを胸に受く  正子
夏の雷には即物的な力を感じますが、春雷となると少し感情に響くところがあるようにも思います。「いなづま明かり」にはいささか艶めかしささえ感じられます。どんな思いを胸に受けられたのか、それは読者の読みに任されていますけれど。 (小西 宏)

○今日の俳句
水色のそらに連翹の明るい岸/小西 宏
元の句は、「水色のそら」で切れ過ぎ。感動のありどころを、論理的に詰めて表現するとリアルな句になる。水色の空であるから、真っ黄色い連翹の咲く岸がくっきりと眼前に見える。そのコントラストが美しい。(高橋正子)

○横浜都筑・ふじやとの道緑道
きのう、3月29日、都築区にある「ふじやとのみち」を歩いた。横浜市営地下鉄グリーンラインの北山田(きたやまた)で降りてそこから始まる緑道を歩いたのだが、空は青く晴れて、小さな雲が浮かび、春の陽気となった。新緑のころは、木々の緑の枝が差し交わし、せせらぎがさらさらと流れ、さわやかな道となる。きのうは、春の日差しが溢れ、新設された外灯が工事現場の柵を残したまま、道沿いに突っ立っている。黄水仙がやっと。葵葉すみれを見つけたが、歩けど歩けど春の日差しが行き届いているが木の花草の花はまだ。緑道が尽きる手前に一本だけ辛夷の花。。辛夷を写真に撮ろうとするが、剪定がまずいのか、樹形が壊れてしまっている。首が痛くなるほど見あげて、結論を出した。辛夷を画に描くとしたら、どう描くかなど思いながら、つまり、画を描くつもりで写真を撮った。紙くずのような感じでほどけた花びら、中心にうすい赤みがあるところ、背景は空の青。枝があること。

緑道の終わりは、徳生公園で鴨が泳ぐ池がある。残った鴨は羽が白と黒の鴨がほとんど。水輪をつくりのどかに泳いでいる。鵜の番も杭に止まりひなたぼっこ。ベンチに座り、水筒からコーヒーを飲むと、老人となったような、ならないような心持である。緑道は、保育園児と、犬の散歩をさせる人、たまに自転車の主婦が通るくらい。「散歩」は、外国からの輸入らしいので、散歩が日本の文化になじむにはまだ時間がかかるのかもしれない。都筑阪急で、讃岐うどんの昼食を済ませて、センター北駅から帰宅。

○生活する花たち「梅・ヒイラギ南天・山茱萸(さんしゅゆ)」(東京関口・江戸川公園)

コメント (2)
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