日本庭園こぼれ話

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七里の渡し跡---桑名

2011-07-02 | 番外編

六華苑、諸戸氏庭園と、桑名の豪商の庭園を訪ねた後、改めて広重の『東海道五十三次』図集を眺めて見ました。

保永堂版・桑名の図は、図集中の名画の一つに数えられるもので、群青の海に、まさに白い帆をあげようとしている船と、その背景として、海に面して優美な姿を見せる桑名城が描かれています。

(上: 桑名 保永堂版部分)

もはやその光景を見ることはできませんが、今日、港の名残としてあるのが、揖斐川河口の「七里の渡し」跡です。

江戸時代の東海道の往来では、尾張熱田の「宮宿」から「桑名」までは、渡船と定められていたそうで、海路で七里あったところから、その名が付いたとか。

目印はヒノキ造りの大鳥居。ここは伊勢国の東の入口に当たるため、18世紀後半の天明年間に、伊勢神宮の「一の鳥居」が建てられて以来、神宮の遷宮ごとに、宇治橋前の大鳥居が移されて、現在に至っています。

(上: 大いに賑わった旧東海道・桑名宿の名残をとどめる「七里の渡し」跡)

下の『東海道五十三次』行書版・桑名の図には、その鳥居が描かれています。

(上: 桑名 行書版)

昭和34年の伊勢湾台風以後、高潮対策のための防波堤が築かれ、「七里の渡し」は、ますます旧観からは遠ざかってしまったのですが、付近の旧東海道や、九華公園となった桑名城跡周辺とともに、往時の偲ぶ貴重な史跡です。

※挿絵の写真は、平凡社刊『世界名画全集・別巻・広重 東海道五十三次』から引用しました。


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