日本庭園こぼれ話

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滝と『作庭記』(再録)---川俣東沢渓谷(山梨)

2018-04-25 | トレッキング

平安時代の造園秘伝書『作庭記』には、随所に「自然風景」から学ぶことの大切さが記されています。また、滝を立てるにあたっても、自然を観察した実に細かい記述があります。つまり自然は作庭の師匠なのです。そして現在でも、いい仕事をなさっている造園家で、自然を師とされている方は大勢いらっしゃいます。

そんなことを思い出させてくれたのが、川俣東沢渓谷ハイキングでした。

出発はJR小海線・清里駅。コースの最初の目印は、聖アンデレ教会という、清里開拓の歴史ともかかわる小さな教会です。この建物の裏手から雑木林の小径を進み、カラマツ林からの坂を下って行くと、東沢渓谷です。(ここに至るまでの道が、ちょっと分かりにくいかもしれません)

(上: 渓谷に入る前には、雄大な八ヶ岳連峰が眼前に広がる)

渓流に沿いにある遊歩道にも、渓流の中にも、大岩がコロゴロ。渓流に沿って少し行くと、まもなく滝めぐりの起点へ。最初にで出合う滝は、このコースのハイライトとも言うべき「吐竜の滝」です。

落差10メートル、幅15メートルというその滝は、「竜が水を吐く」という名前のイメージには合わない気がしましたが、緑に覆われ、山の花に彩られた岩盤を、幾筋にも分かれて落ちてくる、変化に富んだ美しい滝。八ヶ岳湧水群の一つにも数えられています。以前NHKの大河ドラマ『利家とまつ』のタイトルバックに映されていたそうです。

(上: 吐竜の滝)

ここから、上流へと、渓谷を遡るかたちで歩いて行くと、あたりの水が神秘的なブルーの光彩を放っている「磨光の瀬岩」。さらに進むと、階段状になった岩の上を滑るように、水がジグザグに落ちて来る「蘭庭曲水」。

東沢渓谷ハイキングコースでは、川岸に聳える巨岩、奇岩も見どころの一つ。ここから先は特に「獅子岩」「「天井岩」「黄金の砦」「天狗岩」「屏風岩」と、それぞれに特徴的な巨石が連続し、垂直に切り立つ一枚岩の巨大さと、表情の豊かさに圧倒されます。付けられた名前と見比べるのも、楽しいかも。

 

足下の清流は、ある時はリズミカルに、ある時は傍らの岩を穿ちながらダイナミックに、また時には鏡のように静かな水面を見せながら流れていきます。

渓流沿いの遊歩道は、決して楽な行程ではありませんが、それどころか、結構きつかったりもするのですが、次々に目の前に現れる滝や巨岩や流れの変化が新鮮で、疲れを忘れさせてくれます。

(上: 行者の滝)

やがて見えてくるのが「蘭庭・行者の滝」。「蘭庭」の名は、豪快な石組や、苔むした岩、水草などが庭園を思わせるからでしょうか。実際、眼前の光景は『作庭記』の記述を彷彿させるのでした。

谷川の様は、「水落の石は、右の脇に落としたならば、また左の脇に落とすべきである。打ち違えて、あちらこちらに水を白く見せるのがよい」(斎藤勝雄著『図解作庭記』技報堂刊参照)という指示に頷き、1000年も前の作者の観察力と描写力に、今さらながら感嘆。

『作庭記』流に言えば、「行者の滝」は「向かい落ち」でしょうか。「2つの滝が向き合って、同じほどに、うるわしく落ち」てきます。最初の「吐竜の滝」は、「重ね落ち」と「糸落ち」が組み合わさった滝と言えそうです。

木洩れ日の落ちる道を、清々しい水音をBGMに、渓谷ハイキングは続きます。

ミズナラやナツツバキ、各種カエデなどが鬱蒼と繁る樹林の中、木洩れ日を浴びながら、心地良い水音を聞きながらのハイキング。

しかし岩場を上ったり下ったり、時々、道が分からなくなっては、岩に書かれた赤丸や矢印を探しつつ歩き、聖アンドレ教会から約2時間。そろそろハイキングの終盤です。

最後の滝は「乙女の滝」。小さいながら、水の落ちる様と滝壺の姿が美しく、文字通り、清楚な乙女のイメージと重なる滝です。このまま、庭園の中に切り取って来たいような・・・。

(上: 乙女の滝)

「乙女の滝」からの道は、傾斜を増し、階段、ハシゴ、急坂の連続。それでも次第に周囲が明るくなり、赤いアーチ形の東沢大橋が視界に入ってくれば、あと一息。渓谷コース(約2.8キロ)の終点です。

東沢大橋から、雑木林の遊歩道を抜けると、約25分で清泉寮に到着。名物のソフトクリームが待っています。

帰路は、清泉寮の先の自然ふれあいセンターの脇から始まる「富士山とせせらぎの小径」という自然観察路に入ります。木道や間伐材のチップが敷き詰められて、足の感触が優しい林の中の小径です。

やがて到着する展望テラスからは、晴れていれば、広々した牧場の向こうに横たわる山並みの間から、にょっきり顔を覗かせた富士山が見えるでしょう。

(上: 充足感を覚えるハイキングの終景)

展望テラスから清里駅まで、あと少し。滝の水が発散するマイナスイオンと、森からのフィットンチッドの恩恵を受けたハイキングのゴールです。