「しおさいプロジェクト」とは、アメリカの雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』が毎年発表している日本庭園の評価表です。
その特徴は、庭園そのものに焦点を当てるものではなく、「数寄屋生活空間」をコンセプトに、「くつろぎと美の空間」という観点から50庭を選出するというものです。
いわゆる名勝庭園や歴史的庭園などが必ずしも高い評価とはならず、ホテルや旅館、料亭、結婚式場などの庭園が、50庭のうち半数近くを占める結果となっているのは、そうした基準によるものと思われます。
2020年度版の上位20庭は、以下の通りで、ほとんど前年と変わっていません。
①足立美術館(島根) ②桂離宮(京都) ③皆美館(島根) ④山本亭(東京) ⑤玉堂美術館(東京) ⑥御所西 京都平安ホテル(京都) ⑦栗林公園(香川)⑧養浩館庭園(福井) ⑨隠れ里 車屋(神奈川)⑩無鄰菴(京都) ⑨栗林公園(香川) ⑪洛匠(京都) ⑫二条城二の丸庭園(京都)石和かげつ(山梨) ⑬庭園の宿 石亭 ⑭Museum李朝(京都)⑮石和かげつ(山梨) ⑯大濠公園(福岡) ⑰松田屋ホテル(山口) ⑱武家屋敷跡・野村家(石川) ⑲八芳園(東京)⑳頼久寺(岡山)
このブログでも、2017年版と2019年版をご紹介していますが、今回は、選出された50庭について、手持ちの写真の中から、建物との関わりという視点を中心に、いくつかの庭園をご紹介します。
《①足立美術館(島根)》
このランキングの初回から、18年連続で1位を獲得している庭園。
「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉に包括されるように、庭のどこを切り取っても「絵になる」庭園です。
窓枠が額縁の役割を果たす「生の額縁」の景。
美術館の庭であるが故に、この趣向は一層、効果的である気がします。
下の写真は、横山大観の名作「白砂青松」をイメージして造られたという庭園の景。
そして開館前には、大勢の人がそれぞれの持ち場で、隅々まで行き渡る作業をしていました。この維持管理の良さが、長年にわたり『Japanese Garden Journal』に高い評価を得ている理由の1つです。
《② 桂離宮(京都)》は、江戸時代初期、八条宮智仁親王・智忠親王の父子二代に渡り造営された庭園。
総面積は、約6万9千平方メートル。その中央に、複雑な汀線を持つ広大な池があり
周囲に、風雅な書院や茶亭が配され
池に浮かぶ大小の中島には、土橋や板橋、石橋など趣の異なる橋が架かり
随所に据えられた燈籠、手水鉢などが点景となって、歩を進めるごとに景色が変化する、回遊式庭園のお手本のような光景が展開します。
日本の建築美、庭園美が凝縮され、その歴史的背景も含めて、個人的にはランキング1位の庭園です。
《⑤ 玉堂美術館(東京)》は、近代日本画の巨匠・川合玉堂の美術館です。建築設計は、数寄屋建築の名手として知られた吉田五十八氏。庭園は、世界各地にも日本庭園を造っている中島健氏。
一見すると、有名な竜安寺石庭を彷彿させますが、ここでは、直線的な延段が加わることによって、古典的枯山水の景が、モダンな庭園へと変化しているのを感じます。
⑦栗林公園(香川)
代表的な大名庭園として知られる栗林公園は、広大な池泉回遊式庭園。
標高200メートルの紫雲山を背景に、6つの池と、13の丘で構成されています。まずは、その規模の大きさにびっくり。
(上:マツに縁取られた北湖の水面の広がりの先に、借景というより、庭園の一部として迫ってくる紫雲山)
下は、栗林公園で最も有名な景の1つ南湖と偃月橋。
そして、南湖に優美な影を映すのは、茶室・掬月亭(下)
庭園内を縦横に走る園路を辿れば、まさに「一歩一景」。次々に新しい景色が展開。緑と石と水、そして建物と、すべての庭園要素が絶妙な調和を見せています。
特に松は、「手入れ松千本」といわれるだけに、数多くある松のどれもが、芸術作品のよう。
⑧養浩館庭園(福井)
回遊式林泉庭園と数寄屋風建物群からなり、地元の人には「御泉水(おせんすい)」と呼ばれて親しまれている庭。その呼び名の通り、幅広の遣水と広大な池が、まず目に飛び込み、芝生で覆われた築山とともに、美しい景をつくっています。
⑩無鄰菴(京都)
明治以降の庭を語るのに欠かせない造園家が、近代造園の先覚者と呼ばれる小川治兵衛・通称「植治」です。そして小川治兵衛を語るのに欠かせないのが、その作風を方向づけた、明治27~29年(1894~96)に、時の元老・山縣有朋が造営した別荘の庭園・「無鄰菴庭園」です。
(上: 建物前に広がる庭景)
⑲ 八芳園(東京)
結婚式上の庭園ですが、池まで下ってくると、そこが都心にある華やかな結婚式場であることを忘れてしまうほどで、ひっそりと風情豊か。
創設者がこだわった「自然のまま」という基本理念が今も受け継がれている庭園です。
(上: 風流な四阿)
⑳ 頼久寺(岡山)
なんと言っても景のポイントは、ダイナミックなサツキの大刈り込み。大波のように、うねりながら押し寄せてくる様に目を奪われます。
桃山時代の豪快な手法と、江戸時代の洗練された意匠が調和して、時代の過渡期の庭園としても価値があります。
㊼ 並河靖之七宝記念館(京都)
庭園の池の水には、琵琶湖疎水が導入されています。当時は、個人宅に疏水を引き込むことは許されていなかったのですが、七宝の研磨用に使うという理由で許可されたということ。これが個人庭園に疏水を引いた最初の例となりました。
常緑樹の木々が濃い緑の影を落とす庭の大部分には、池が広がり、母屋が池の上に張り出しているのが、流水の水音とともに、いかにも涼しげな印象。
「水のマジシャン」と呼ばれた巨匠・小川治兵衛のデビュー作です。
(上: 輸入ガラスを嵌め込んだ母屋のガラス戸に、疏水を引き込んだ植治の庭がよく映える)
㊽ 根津美術館(東京)
都心にある美術館ですが、ここもまた、それを忘れさせてくれる静寂感に包まれています。
(上=アプローチと下=ロビー前の景)
(下:茶室前の景)
庭の下に降りると、眼前に広がる池の景(下)
そして紅葉を映す秋の池
*お断り=ここにご紹介した写真は、主に「建物とのかかわり」を視点としているので、各庭園のベストな景観とは限りません。