日本庭園こぼれ話

日本の歴史的庭園、街道、町並み。思いつくままに
Random Talks about Japanese Gardens

日本庭園の中の「石景の妙」

2017-08-14 | 日本庭園

千年も前に書かれた造庭の秘伝書『作庭記』。その冒頭には「石をたてん事、まつ大旨をこころふべき」と書かれています。ここにある「石をたてる」こととは、つまり「庭をつくる」ことを意味しているのですが、ここからも分かるように、日本庭園の中で、石は非常に重要な役割を果たしています。

庭の中の石は、実に象徴的であり、暗示的です。『作庭記』が書かれてまもなくの、平安時代末期につくられた「毛越寺庭園」(岩手県平泉)では、『作庭記』の記述に沿った石組が随所に見られます。

たとえば、リアス式海岸を象徴した「荒磯の石組」(上の写真)や海岸の断崖を表した石組(下の写真)など。

自然風景を思い描きながらも、単なるミニチュアではなく、その風景のポイントを押さえて石が組まれています。

戦国時代の「一乗谷朝倉氏遺跡」の庭園(福井県)の滝石組を見ても、こうした石組手法が印象的です。下の写真は、その1つ「諏訪館跡庭園」の滝石組。

 

大石武学流の「清藤氏書院庭園」(青森県)の滝石組には、ちょっと変わった趣向が・・・。2つの滝石の間から、もう1つ、後方に配された石が垣間見えます。

これは「遠山石」と呼ばれるもので、借景として遠くの山を取り込み、庭に奥行きを持たせる手法と同様の役割を、ここでは1個の石が果たしているのです。(これは前に書いた「見立て」手法の1つです)

下の写真の「北畠氏庭園」(三重県)の築山には、高さ約2メートルの「孔子石」を中心に、10数個の石が、「ひれ伏すように、あるいは蹲って教えを聴くように」バランス良く配されています。まさしく『作庭記』が説く、石同士が互いに呼応し合う「気」が感じられる石組の姿です。

庭の中にはまた、石1つが、景色の中で大切な役割を持つものもあります。「諸戸氏庭園」(三重県)の池は、琵琶湖を模したということですが、竹生島に見立てて池の中に配された岩(右手)が暗示的です。(下の写真)

京都・天龍寺塔頭の「宝厳院庭園」(下の写真)は、「仏が説法する」という意味がこめられた「獅子吼の庭」という別名があるそうで、庭の一画に「獅子岩」と名付けられた巨石が据えられています。

 下の写真は、典型的な京町家を今に残す「吉田家」の座敷庭の足元の構成。左手前に据えられた「鶴石」が、なにげない飛び石の構成を引き締めています。

山口県にある「月の桂の庭」(下の写真)の景色の要となっているのは、L字型の巨石。

「兎子懐胎」の象徴として置かれたもので、この庭で行われる「月待行事」の主役です。

滝を登り切った鯉は龍になるという中国の故事に因んで滝石組に配されるのが「鯉魚石」。(写真は、金閣寺庭園のもの)

龍と言えば京都・東福寺塔頭の「龍吟庵」では、塔頭の名である龍を主題に、石が有機的につながり、ドラマチックな景色が創出されています。(下の写真)

中央に組まれた2つの立石が龍の頭を象徴。その周囲に渦巻き状に配された石は龍の胴体。雲紋を描く白砂は海、黒砂は雲を表したもの。龍が海中から黒雲を得て昇天する姿を表現した、躍動感あふれる構成です。(重森三玲作)

1000年以上の歴史を持つ日本庭園なので、素晴らしい石景の例をあげれば、枚挙にいとまが無いのですが、このように石に様々な意味が込められているのは、日本庭園の特徴ではないでしょうか。

 

 


日本庭園の中の「借景」

2017-08-05 | 日本庭園

「借景」とは、文字通り「景を借りる」こと。庭園の外にある山や樹林などの風景を、庭園内の風景として取り込むことにより、庭園の内と外の景色が一体化し、庭園の景に、大きな広がりを持たせることができるという造園手法です。

(上: 京都・天龍寺庭園)

下の写真は「養翠園」(和歌山市)。広々とした池泉回遊式庭園です。中国の西湖堤を縮景したという石橋が、湖面の景を引き締め、背後にある章魚頭姿山(たこずしやま)という、名前通りにタコに似た山が借景として、特徴的な景観を造っています。

 湾を隔てて聳える桜島の勇姿が、丸ごと借景となり、雄大な庭園風景が眼前に迫るのは、下の写真の「仙厳園」(鹿児島市)

下の「栗林公園」(高松市)の借景となっているのは紫雲山。借景というより、庭園の一部のような配置です。

借景として組み込まれるのは、主として、山が多いのですが、下の写真の「揚亀園」(弘前市)では、庭園の植栽の背後に、弘前城の老松の景が連続し、奥行きのある景観を創出しています。

また、「依水園」(奈良市)では、池の対岸に、こんもりとした築山、その向こうに、東大寺南大門の瓦屋根と参道の並木、さらにその先には若草山、春日山などのなだらかな稜線の連なりと、視線がリズミカルに導かれ、借景が実に効果的に取り入れられているのを実感します。

下の写真は、京都御苑内の一画にある「拾翠亭」からの眺め。縁高欄(えんこうらん)」と呼ばれる手摺りを巡らせた広縁の前に池が広がり、借景として、眺めの中景に、御所へのアプローチとなる石橋。その背後には鬱蒼をした森があります。これはこれとして、素晴らしい借景なのですが、樹木が茂る以前は、その先にある東山が借景となっていたそうで、その姿も眺めてみたかったと思います。

借景は、庭園外にある風景なので、時代の変遷とともに、その眺望を維持できないことも、しばしばあります。下の写真は、小石川後楽園。この庭園は借景庭園ではありませんが、このように、庭園の近くに大きな建物ができて、借景が隠された庭園は、近年、数が多くなっています。

桂離宮庭園では、宮内庁が私有地を買い取り、初期の庭園風景を維持している場所もあるとのことです。それはなかなか難しいこととは知りつつも、借景庭園の美が、出来るだけ保存されることを願うばかりです。

(上: 群馬県・楽山園=造庭中の写真です)

日本庭園は、中国大陸から朝鮮半島を経由して日本にもたらされたのが始まりですが、韓国人の著作の中で、日本の造園手法について、「日本人は山や海を狭い庭の中に引き込もうとしてきた」と、借景について書かれた一文を読んだことがあります。韓国では、そういうことはないそうで、ルーツは同じでも、風土や美意識、国民性の違いによって、庭園構成の手法が、大きく異なってきたのを感じます。

(上: 東山を借景に、風雅な景が展開する会津若松市の「御薬園」)