日本庭園こぼれ話

日本の歴史的庭園、街道、町並み。思いつくままに
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七福神めぐり・・・川越七福神(埼玉県川越市)(改編)

2022-12-29 | 七福神めぐり

埼玉県川越市は「小江戸」と呼ばれているように、江戸幕府との関わりが深く、その歴史を窺わせる寺社や街並みが魅力です。

七福神めぐりは、川越駅北口から出発。(他に最寄りの駅として、西部新宿線・本川越駅があります。)

地図によれば、最初の寺院は「妙善寺」。駅から400mとありますが、これがなかなか見つからない。(これは毎度のことながら、駅から1番寺までの道は、何の目印もなく、分かりにくいことが多いです)

(上:何度が道に迷いながら辿り着いた「妙善寺」)

妙善寺には「毘沙門天」が祀られています。毘沙門天は、仏教の守護神で「多聞天」とも呼ばれているそうで、鎧甲に身を包んでいるのが特徴。「邪を払い、福をもたらす神」です。

次は「寿老人」の「天然寺」。妙善寺から約1km。妙善寺からは、同じように御朱印の色紙を持った人たちの後ろについて行きました。

「寿老人」は、中国の神様で、老人星の化身とか。その名のごとく、長寿の神様です。

川越七福神寺の特徴の1つが、「小江戸川越七つの音風景」として、七福神の寺の境内に「水琴窟」が据えられていることです。(中には水琴窟の機能を果たしていない蹲踞もありましたが・・・)

(上:天然寺の水琴窟。竹筒に耳をあてると、チーンと澄んだ水音が・・)

3番寺は「喜多院」。天然寺から約1、5kmです。

七福神とは関係ありませんが、途中に、日本三大東照宮の1つといわれる「仙波東照宮」があります。

ここでは、由緒については省きますが、江戸幕府と川越との深い繋がりを示すものです。

(上:荘厳な空気に包まれた神域)

そして、仙波東照宮に隣接してあるのが「喜多院」です。

七福神としては「大黒天」が祀られていますが、もともとが、創建830年、天台宗の名刹で、江戸初期には名僧・天海大僧正が住職を務めたという有名な大寺院なので、境内は初詣での人々で大混雑。

幸い、大黒天は別のところに祀られていたので、お参りして早々に引き上げました。

因みに、川越七福神の解説によれば、大黒天は「古代インドの闇黒の神で、仏教での戦闘神」とか。台所の神として崇められたのは平安時代以降のこと。「くろ(黒)く、なって、まめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと大福利益が得られる」そうです。

喜多院には、その由緒を物語るかのように、江戸城の客殿や書院を移築した建造物や日本三大羅漢像の1つと言われる表情豊かな五百羅漢像など、文化財が多数あるのですが、残念ながら、それらは、年末年始には拝観できません。(下の写真は、別の日に撮影したものです)

(上:書院庭園・下:表情豊かな羅漢像)

 

4番寺の「成田山川越別院」は、喜多院のすぐ近く。喜多院の人混みを抜け出して、ほっとしたのも束の間、こちらも大混雑でしたが、この寺院が大本山成田山新勝寺の別院と聞けば、それも頷けます。

祀られている七福神は、鯛を抱いたお姿で知られる「恵比寿天」。

恵比寿(エビス)というのは、外国人を意味し、「本来は異郷から来臨して人々に幸福をもたらすと信じられた神」なのだとか。

ここから次の「連馨(れんけい)寺」までは約700m。街の東から西へと横切って行きます。

連馨寺の七福神は「福禄寿神」。一般的には「幸福、高禄(財産)、長寿の三徳を人々に与える」神とされていますが、こちらの福禄寿神は「右手に霊芝、左手に神亀を持ち、癌や脳卒中を早く治しなさい。そうすれば福禄寿が得られる」と教えているそうです。

(上:連馨寺の水琴窟)

連馨寺を出て、次の見立寺に向かう途中、街の中心を北上すると、そこはいわゆる「蔵造りの街並み」地区。重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

しかし、ここもやはり、人、人、人・・・

下の写真の、ひときわ高い建造物は、川越のシンボル「時の鐘」。

江戸時代から、町の人々に時を告げている時計台です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「時の鐘」を過ぎた辺りから左側の路地に入って行くと、そこは「菓子屋横丁」。

なつかしいお菓子や食べ物を売る店が軒を連ねて、あちこちから、良いにおいが漂ってきます。

ここを抜けると第6番の「見立(けんりゅう)寺」。

ようやくここで、落ち着いた雰囲気に戻りました。

七福神は見るからに福々しい「布袋尊」。元は中国唐代の禅僧で「小柄で太鼓腹、各地を放浪し、吉凶を占い、福を施して倦むことがなかった」とか。

(上:見立寺の水琴窟)

そして最後は「妙昌寺」。見立寺から900mです。

祀られているのは七福神の中で唯一の女神「弁財天」。芸術、財福のご利益で知られています。妙昌寺の弁財天は、由緒を室町時代に遡り、「のちに川越城築城に際し、城の裏鬼門にあたるところから、太田道灌公からも尊崇された」そうです。

ここで七福神めぐりは終了。歩行距離は川越駅発着で、7.7kmとありました。

寺院間の距離が短く、最長でも20分くらいなので、比較的巡拝しやすい七福神巡りです。

 

* 歩行距離は川越市公式ホームページの地図を、七福神の来歴や御利益などは「越戸川越七福神霊場会」の パンフレットを参照しました。(川越七福神の由緒やご利益も、ユニークで、新しい発見がありました)

* 本文は、最新の情報ではありません。お出かけの際は、公式HPなどをご確認ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


七福神めぐり・・・東京都多摩地区(7)原町田七福神(改編)

2022-12-28 | 七福神めぐり

「原町田七福神」は、市の観光ガイドによれば、町田市制50周年を記念して、たてられたとのこと。町田駅周辺の寺社や商店街にあり、すべて回っても3㎞という短い距離で、お正月だけでなく、1年を通して楽しむことができるというのが特徴です。

しかし、やはり初詣ということで、1月3日に出かけました。

まず最初に目指したのが「大黒天」。地図によれば、駅前の「カリヨン広場」にあるので、すぐ分かると思ったのが、大間違い。駅からの通路が複雑なので、ようやく辿りつきました。しかし、「カリヨン広場」に着いたのに、大黒天が見当たりません。

広場を隅から隅まで見渡して・・・ありました!思っていたより小さな像だったので、目に入らなかったのでした。

      

解説によれば、「大黒天は、五穀豊穣の神。インドの民族宗教では”シバ神”の異名で、万物創造の最高神。中国で”大黒天”となり、日本では、”大国主命”と習合し、民間信仰に浸透して”恵比寿神”と共に祀られるようになった」ということ。

次に向かったのは、「弁財天」の母智丘(もちお)神社。

「茅の輪くぐり」を体験できました。「一礼し、くぐって左回り。次はくぐって右回り・・・」と作法があるんですね。

 

「弁財天は、芸術財福の神。元来は、河川を神格化したものですが、音楽・弁舌・福智・延寿・除災・戦勝の女神として”弁才天”と記され、インドでは”吉祥天”と共に最も崇拝される女神でした。後世になり、”吉祥天”と混同し”弁財天”と記され、弁才を有して琵琶を奏でて仏徳を流布・・・」とのこと。

ところで、七福神巡りでは、各寺社で七福神色紙にスタンプを押しいただくのが定番ですが、この「原町田七福神」巡りでは、境内にスタンプが置いてあり、自分で押すのでした。

そして、先ほどの「大黒天」と、これから向かう「福禄寿」の2神は、寺社ではなく、広場と街路に安置されているので、スタンプは通常、駅に近い商店街・中央通りにある「ツーリストギャラリー」に置いてあるそうです。ただ、年末年始はそこが休業なので、その代わりとして、ここ「母智丘神社」に、2神のスタンプが置いてあります。(色紙もここで購入しました)

次は、浄運寺の「毘沙門天」。

「毘沙門天は、仏教守護神四天王の一人で、常に仏の道を護り説法を聞く故に、”多聞天”とも言われます。なお、”戦の神”として、武将に崇拝されました」

 

 

 

拝殿の前に置かれた石は、一心に願いながら、この石に触れると、縁結び、子宝、子守護にご加護あるとのこと。

しかし、肝心の毘沙門天像が、境内に見当たらず「???」。スタンプはあるのに?不思議に思いながら、もう一度、門の外まで逆戻り。

毘沙門天は門と合体していました!

”戦の神”の名にふさわしく、外敵とコロナからお寺を守るかのように・・・。

2023年には、マスクがはずされているでしょうか?

 

下の写真は、浄運寺境内に据えられた「昭和大鬼」と題する大きな鬼瓦です。

 

浄運寺の門が面する、中央通りを進むと「ぽっぽ町田」。このビル内にツーリストギャラリーがあります。

(下: 建物前の広場から、商業施設が並ぶ中央通りを眺める)

 

 

 

中央通りをさらに行くと、商工会議所のとなりに、街路に面して「福禄寿」の像が、にこやかに微笑んでいます。

台座の説明には「福禄寿は、福(繁栄)・禄(財産)・寿(長寿)の三徳を備え、中国では”南極星”の化身で”南極老人”と言われます。七福神の”寿老人”と同体、異名の神とされることもあります」と書かれていました。

七福神めぐりも、残すところ、あと三神。次は、勝楽寺の「寿老人」です。

「寿老人は、不老長寿の神。中国・宋の人で、老子(ろうし)の化身と言われます。最初はインドの女神”吉祥天”で、中国における想像上の動物”猩々(しょうじょう)”が祀られた時もあると伝わる」と、ここでも、「へー!」という解説が・・・

 

 

 

次は陸橋を渡り、線路を超えて「町田天満宮」へ。ここに祀られているのは「恵比寿神」。ここまでの寺社では、ほとんど人がいなかったのですが、天満宮では参拝客が長蛇の列を作っていました。

幸い、恵比寿神は別のところに祀られていたので、並ばなくてすみましたが・・・。

「恵比寿神は、商売繁盛の神。イザギミノミコト・イザナミノミコトの第三子と言われるところから、”夷三郎(えびすさぶろう)”とも呼ばれます」とのこと。

最後の七福神は「宋保院」の「布袋尊」。

逆光で、写真がうまく撮れませんでしたが、山門の両側には、立派な仁王様がお寺を守っています。

それで「布袋尊」は?というと、その脇の築地塀の前で笑っていました

 

 

 

 

 

 

 

 

なんといっても、この大きなお腹と、豪快な笑い顔が、福を呼んでくれそう。

「布袋尊は、家庭円満の神。中国・唐代、無邪気で無欲な心の豊かさを諭す禅僧”布袋和尚(ほていおしょう)”を神格化したものと言われますが、”弥勒菩薩”の化身とも言われます」とのこと。

これで、今年の七福神めぐりは終了。と、帰ろうとして、「あ、スタンプ」と思い出し、像の回りを見ましたが、スタンプがありません。ここでも???改めて山門を入り見回すと、参道の途中に「受付」の札。スタンプはその先の建物の前にありました!

今回は、いつもと勝手の違う七福神めぐりで、とまどうこともありましたが、これで無事終了。

今年が少しでも、より良い年になりますように!

 

* 七福神のご利益、解説は、像の台座に書かれている説明と、「原町田七福神めぐり」のパンフレットの記述を転載させていただきました。各地の七福神めぐりをしてきましたが、七福神の背景、ご利益の奥が深いことを実感しています。

 


七福神めぐり・・・東京都多摩地区(6)武蔵五日市七福神(改編)

2022-12-26 | 七福神めぐり

武蔵五日市(むさしいつかいち)は、あきる野市(あきるのし)の中央に位置する地区です。東京都心から西へ1時間あまり。JR五日市線の終点「武蔵五日市駅」が今回の七福神めぐりの出発点です。

「武蔵五日市七福神」は、清流で知られる秋川流域の里山に点在しています。

駅前に七福神めぐりの案内所があり、そこで巡拝地図をもらって出発。(七福神記念色紙は各寺院の他、この案内所でも買うことができます)

 

最初に向かったのは「正光寺」。駅を背に、まっすぐ10分ほど歩くと到着。「弁財天」をお祀りしています。

境内では、柚子湯のサービスを受け、体が温まりました。そして、嬉しいことに、こうした「おもてなし」は、ここだけではなく、各所で受けることができたのでした。

 

次は「大黒天」を祀る「大悲願寺」へ。大通りから分かれて、のどかな風景の中を歩くこと約15分。

(上:見事な石垣が続く住宅街)

(上:上り坂。ふと振り返ると美しい山々の姿が)

上の写真のところから踏切を渡ると、目に入るのが、長く続く白漆喰の築地塀。いかにも由緒ある寺院の趣です。

豪壮な仁王門をくぐって中へ。

大悲願寺は、鎌倉時代の開山と伝わる古刹。観音堂を飾る極楽図の彫刻も見事です。

 

ここからは、また駅まで戻り、今度は駅を背に、右手の道を5分ほど行くと、「恵比寿天」の「下町地蔵堂」です。(下の写真)

そこからさらに直進し、約10分で「番場地蔵堂」。お祀りしているのは「毘沙門天」です。

(上:美しい眺めを背景にした番場地蔵堂)

お参りを済ませて、ふと下の方に目をやると、大きくて優美な屋根のラインが印象的な堂宇が目に飛び込んできました。

そこが次の目的地「玉林寺」。「福禄寿」のお寺です。写真左下の階段を下りて裏手から境内に入ります。

(上:屋根の曲線が美しい玉林寺本堂)

 

(上:境内の枯山水庭園)

(上:清浄な空気に満たされた境内)

(上:ここでは甘酒のおもてなし)

上の写真は、玉林寺の仁王門。門前には柚子がたくさん入った箱が置かれ、「境内になった柚子です。ご自由にお持ち帰りください」の貼り紙が・・・。「福だるま」のお守りもいただきました。

 

と、ここまでは、寺院間の距離も短く、道沿いや要所要所に「七福神」の幟がはためき、迷うこともなく、とんとん拍子に進んだ七福神巡りでしたが、これからが大変でした。

次に向かうのは「布袋尊」を祀る「光厳寺」。「玉林寺」から直進し、行程の半ばほどで、これまで辿ってきた檜原街道から脇道に入り、田園風景の中を歩いて30分ほどの道のりです。

このあたりは、湧き水の豊富な土地だそうで、小さな祠は、水の神様を祀っているのでしょうか。

脇道に入ると、七福神の幟が姿を消し、地図と小さな道しるべが頼り。のどかな風景を楽しみながらも、先行きが少々不安に・・・。前方に、七福神色紙の入った袋を下げた人を見つけ、なんとか辿り着きました。

光厳寺」は、室町幕府の初代・足利尊氏が開基と伝わる由緒ある禅寺です。

山門をくぐると、おおらかな笑顔の「布袋さま」が迎えてくれました。

光厳寺の寺域には、サクラの古木が多いのですが、特にヤマザクラの巨木に注目。

このヤマザクラは、幹周りが5.3m、枝張りは、東西25m、南北18m、樹齢400年以上というもので、都内のヤマザクラとしては一番大きな老巨樹だそうです。

「光厳寺」から最後の「徳雲院」への道は、さらに道標もなく、参拝の人も見当たらず、正しい道筋を辿っているのか不安になり、何度も道を尋ねて、ようやく到着。(皆さん、とても親切に対応してくださいました。ありがとうございました。)

上の写真が徳雲院の入口。道路から階段を下った川原にあるので、通り過ぎないように要注意です。

地図には25分と書かれた道のりでしたが、ずいぶん遠く感じられたことでした。巡拝用に用意された地図は、かなり詳しいものだったのですが、なにしろ町並みから離れると目印が無く、距離感もつかめないので、やはり要所には、道標や「七福神幟」が欲しいものです。

ともかくも、ここで最後の七福神「寿老人」に参拝(下の写真)。七つ目の御朱印を捺していただき、七福神詣では終わりとなりました。こちらでは「七福神あられ」をいただきました。

「徳雲院」は、戦国時代の開山と伝わる禅寺。明るい境内には、ウメの古木がたくさんあり、花の季節は、さぞ見事なことでしょう。

満足感に浸り、戻ろうとした時に、「川原に下りてみてください。きれいな水が流れていますよ」と、ご住職に勧められ、行ってみると、そこには清流が。澄んだ水の流れに、さらに心を洗われた気持ちになりました。

 

そして、おまけの話として・・・

「徳雲院」のすぐ近くに、「瀬音の湯」という温泉があります。そこで疲れた体を休めるのもいいかもしれません。温泉は有料ですが、足湯は無料です。(下の写真)

帰りは、「瀬音の湯」の裏手の遊歩道から、吊り橋を渡って、十里木バス停へ。(「瀬音の湯」発のバスもありますが、本数は少ないです)

 

武蔵五日市駅へは、バスで10分ほど。

所要時間約3時間半。温かいおもてなしムードが心に染みた七福神めぐりでした。

 

* 本文は、最新の情報ではありません。お出かけの際は、公式HPなどでご確認ください。

 

 


七福神めぐり・・・東京都多摩地区(5)東久留米七福神(改編)

2022-12-24 | 七福神めぐり

今回の七福神めぐりの出発点は、西武池袋線・東久留米駅。七福神を祀る寺院は、市街地を流れる二筋の清流、「落合川」と「黒目川」に沿って点在しています。

(上:多摩北部都市広域行政協議会HPより)

まず向かったのは、「多聞寺(たもんじ)」です。しかし、駅舎を出る前に見ておきたいのが、駅の2階にある「富士見テラス」からの富士山の眺め。

改札を出て、西口方面に進み、エレベーターの脇のドアからテラスに出ます。ビルの谷間の先に、予想外に大きな富士山が・・・。写真では、分かりにくいのですが・・・。

 

(上:富士見テラスからの富士山の眺め)

 

多聞寺へは、まず西口を出て、途中、西口中央公園を左に見て、落合川の水辺に出ます。落合川は、豊富な湧水で知られ、「落合川と南沢湧水群」として平成の名水百選に選ばれています。

 

心地良い水辺の道が続く落合川のほとり

 

清流沿いの散歩道は気持ちよく、今日の本来の目的を忘れそうに・・・。

 

そして、駅から約15分程で、多聞寺到着。

多聞寺に祀られている七福神は「毘沙門天」。「七難を避け、七福を与える守護神」とか。

多聞寺を出て、なおしばらく落合川に沿って歩を進めます。湧水群に近いこの辺りは、市街地とは思えない幽玄の雰囲気。

少し歩いて、 川から離れ、次に向かったのは「米津寺(べいしんじ)」。多聞寺から15分程です。

入口に枯山水の庭が・・・。

米津寺の七福神は「布袋尊」。「寛容と福寿」の神とのこと。

ここまで来て、気がついたのですが、道すがらにも、寺院にも、七福神めぐりには目印となる「七福神」の幟が見当たらないのでした。(結局、最後までその幟を見ることはありませんでした。)

というわけで、当時スマホを持っていなかった私は、毎度のことながら、度々迷い、何度も道を尋ねることに・・・。ご親切に道を教えて下さった皆様、ありがとうございました。

 

米津寺から、今度は、もう一つの清流・黒目川に向かって歩きます。

市名の久留米(くるめ)は、この黒目(くろめ)川から来ているとか。

 

黒目川に出たら、川沿いの遊歩道を歩いて「大圓寺(だいえんじ)」へ。米津寺から20分ほどです。

到着すると、まず立派な山門(仁王門?)が目に飛び込んできます。

実は「大圓寺」では七福神のうち「寿老尊」「福禄寿」「恵比寿天」の三神が祀られています。それぞれのご利益は「無病息災」「福智無量」「商売繁盛」。

というわけで、東久留米七福神めぐりは、全部で五ヶ寺を巡拝すればよいのです。

そしてさらに、大圓寺の山門には「七福神」の全神も祀られています。

お時間のない方は、この一寺にお参りすれば、七福神のご利益を得られるというわけです。

 

大圓寺から、また少し黒目川に沿って歩き、その後街の中に入り、15分程で「浄牧院(じょうぼくいん)」到着。

ここでもまた、豪壮な山門(仁王門?)が出迎えてくれます。

 

仁王像、風神・雷神像も迫力満点

         

 

(上:風神、下:雷神)

     

 

そして、浄牧院の七福神は「大黒天」。「福徳開運・五穀豊穣」を司る神です。

この寺院の大黒天は、三面を持つ崇高な面立ちです。

 

浄牧院の本堂裏手には、五百羅漢像があり、この日は無料公開されていました。

知人の顔に似ている仏が必ず見つかるとい五百羅漢。様々な表情の像が、ずらりと並んでいます。

 

 

今回の最後の目的地は「宝泉寺(ほうせんじ)」。浄牧院から10分ほどです。

七福神は「弁財天」。「学芸成就・福財招来」のご利益があるそうです。

これまでのお正月七福神めぐりでは、どこも参拝の人々で、ごった返しているのが普通でしたが、ここ東久留米七福神めぐりでは、水辺の散歩道同様、どこの寺院も清浄な空気に包まれ、落ち着いた雰囲気の中でお参りができました。

 

* 七福神のご利益は、ご朱印に添えられたものを参考にさせていただきました。

 各寺院間の所要時間は、おおよその時間です。公式HPによれば、全行程は約8㎞とのことです。

* 本文は、最新の情報ではありません。お出かけの際は、公式HPなどでご確認ください。     

 

 

 


七福神めぐり・・・東京都多摩地区 (4)武蔵野吉祥七福神(改編)

2022-12-23 | 七福神めぐり

「武蔵野吉祥七福神」は、文字通り、JR中央線の武蔵境駅と吉祥寺駅の間に、寺社が点在しています。

途中、寺社間の距離が長いところがあるので、利用したのが「七福神めぐり」特別バス。

吉祥寺駅北口前に商工会議所のテントが出ていて、そこで「七福神めぐり色紙セット」を購入しました。御朱印代込みの2,000円で、色紙、バス1日フリー参加券、順路図に加えて、武蔵野名物うどん、携帯クリーナーのお土産が入っていました。

 

参拝の最初は「井の頭弁財天」(大盛寺)。井の頭公園内の島の中にあります。

言うまでもなく、祀られているのは「弁財天」。(ただし、こちらのご本尊の弁財天は秘仏なので、12年に一度、巳年の年にだけ、ご開帳があるそうです。)

弁財天は、「音楽・芸能の神」として知られていますが、もともとは、インドの水の神様。水辺に祀られていることが多いのも納得です。

それにしても、参拝客の多いこと!

裏手には「銭洗い弁天」。石像の龍の口から水が吹き出ていて、その水でお金を洗うと、金運アップのご利益が・・・。

 

井の頭弁財天を後にして、次に向かったのは「杵築(きづき)大社」。祀られているのは「恵比寿神」。インドや中国の神々に混じって、七福神の中で唯一の日本の神様で、商売繁盛のご利益があります。

境内に入ると、一番に目に入るのが、本殿前のイチョウの巨樹。

武蔵野市の天然記念物に指定されているこのイチョウは、「千本イチョウ」という名の通り、主幹が5本、支幹が40数本もあり、このような株立ちのイチョウの巨樹は珍しいとか。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

これも七福神とは関係ないのですが、杵築大社の境内には、「富士塚」があります。

 

 

富士塚は富士山信仰に基づくもので、富士山には簡単に行けない人々のために、身近な場所に、富士山を模して人工の小山を造り、頂上の社にお参りするという発想です。

江戸時代に盛んに造営されたそうですが、現在は、どれほど残っているのでしょうか。

 

次は「延命寺」。「毘沙門天」と「寿老人」が祀られています。

寿老人(上の写真)は、寺院の名前通り「延命長寿の神」。毘沙門天(下の写真)は、「武運の神」。最近は「武道の神」でもあるとか。

延命寺のこの見慣れない寺院建築は、密教寺院だからでしょうか。

境内で、熱々の甘酒のサービスを受け、ホッと一息。

延命寺の次は、バスで15分ほどの「大法禅寺」へ。閑静な住宅地の中にあります。

ここに祀られているのは「福禄寿」。「子孫繁栄・長寿の神」です。

七福神めぐりのバスは、ここが終点。この先、歩いて6分くらいのところに、「武蔵野八幡宮」と「安養寺」が並んでいます。

武蔵野八幡宮には「大國様」(一般的には「大黒様」ですが・・・)が祀られています。大きな袋をかついで、手には打出の小槌。「五穀豊穣」あるいは「台所の神」としても知られていますね。

武蔵野八幡宮の歴史は、8世紀末、坂上田村麻呂の奥州征伐の時まで遡るという古社。

それにしても、初詣の長蛇の列には、驚かされました。

結局、本殿参拝は断念して、末社に祀られている大國様のみ参拝。最後の「安養寺」へ。

安養寺に祀られているのは「布袋尊」。ご利益は「福財、慈悲」。

 

 

 

 

 

 

 

 

この包容力のありそうなお姿に癒やされて、七福神めぐりは終了しました。

 

安養寺からは、徒歩6~7分で吉祥寺駅です。

 

*「途中、寺社間の距離が長いところがある・・・」と、書きましたが、マップのモデルコースによれば、全行程で「約8㎞」とのことです。

*「七福神」の呼び名は、各寺社の命名に従いました。また、七福神の神々は、それぞれ複数の御利益を兼ね備えていますが、ここでは比較的よく知られているご利益の中から選んで記しました。

* 本文は、最新の情報ではありません。お出かけの際は、公式HPなどでご確認ください。