世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

10月・しおん

2018-01-11 04:18:24 | 花と天使・第2巻


忘れているでしょうが、12月のシリーズの続きです。

しおんと言えば、この近くの空き地に毎年咲く株がありました。

ですがそこがもうじき宅地化するらしく、気が付いたら空き地はきれいにならされていました。

かのじょが生きていたころから、何度も訪れて好きだった株なんですが。

もう会えないと思うと寂しいですね。





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世界

2018-01-10 04:17:20 | 冬の日差し・夏の月


さて、恒例となってしまったわたしの年末年始のエッセイも今日で一旦終わりです。

これは、レメディオス・ヴァロという画家の「世界」という作品です。わたしのお気に入りの画家なので、仲間がとっておいてくれたのです。

かわいいが幻想的な絵だ。シュルレアリスムに入るが、童話的なかわいらしさもある。やさしさが染み込んでこれる透き間を感じます。それは女流だからでしょう。

女性というのはとても高いことができる存在なのです。

今までは男性の抑えられて、なかなかに大きなことをすることができなかったが、解脱を迎えるこれからの時代、女性もかなり自由に自分を表現できるようになるでしょう。

髪の短い女性は、その新しい時代の女性だとも言えるかもしれません。

女性の女性たる魅力をことさらに使って男の気を引かずとも、自分自身の魅力で自分の人生を切り開いていくことができる。

それは女性というより男性的なことなのですが。女性は一旦この時代で、女性らしさを凍結させ、ほぼ男性だという生き方を試みて見ましょう。その時代の生き方を通し、男性というものを学んでいくのです。

それがわかって初めて、真の女性となれる。そういう学びをしていきましょう。

長い髪を失うことを憂うることはない。いつでも、未来は明るい方向に開いている。

それが悲しみを帯びているのは、古い時代を懐かしむ心がまだ脱げきれていないからだ。

新しい世界はもうそこまで来ている。段階を上がる一歩手前まで、あなたがた人類は来ているのです。

2017年は人類が感性の進化を経験した時代でした。さてそれでは。

今年は何をしていきましょうか。





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長い髪

2018-01-09 04:17:38 | 冬の日差し・夏の月


去年は仲間のひとりが、お釈迦様という話を書いてくれましたね。この世界から髪の長い女性がひとりもいなくなるという話でした。

ですが、じつはそれはメルヘンではありません。現実に起こり得る、いえ、おそらくこれから起こってくることなのです。

法則的にそうならざるを得ないという結果が出てきたのです。

わたしたちは大勢いますが、じつは段階的にはかなり幅があります。天使にもなればそれはあまり関係ないのだが、年をとった天使と若い天使という感じのものはあるのです。

ヴィンデミアトリックスはかなり高い段階の天使です。わたしはルナよりは年上だが、アンタレスよりは年下です。シリウスはルナより年下だが、エラキスより年上です。ウラヌスとルナは同い年です。微妙な差ですが、やはり差はある。年上のものは、年下のものが知らないことを知っているのです。

その、わたしたちの中では年上のほうのものが、ある日みなに言ったのです。これから女性の髪が伸びなくなると。

伸ばせなくなるのではない。伸びなくなるのです。

わたしたちはそれを聞いて驚いたものでした。そんなことがあり得るのかと思ったのです。

ルナは男としてはまれなくらいの長い髪をしている。それに嫉妬していじめすぎたがために、女性の髪が伸びなくなるというのです。

あの「お釈迦様」の話は、そのことを元に書かれたのです。

わたしは最初疑っていたが、最近のこの世界の様子に、納得せざるを得ないような現象を見ています。あなたがたも気づいているでしょう。

髪を長く伸ばした女性が、すごくいやらしく見えることに。

それなりの修行をした女性ならなんとかなるのだが、あまり勉強のできていない女性が長い髪をしていると、それだけで汚らしく見えるのです。

女性ではないのに女性の振りをしていると、そういう感じがするのです。

男性も、長い髪を見せつけて、女性らしさを強調する女性を嫌がり始めている。

これは法則の風でしょう。男性が嫌がっているのでは、女性もそれを無視するわけにはいかない。

だんだんと長い髪の女性は減ってくるでしょう。

女性はもうあまり着飾らないほうがいいですよ。段階的に大きくなってきたので、不細工なことを補う以外の目的では、あまり着飾らないほうが良い。女性的にきれいにしすぎると、もうみなが嫌らしいと感じるようになってきているのです。

女性はこれからの身の整え方を、考えていかねばなりません。髪は短い方がいいでしょう。見苦しくない程度にきちんと整え、女性らしさを、男にならない程度に抑えていかねばなりません。

苦しいでしょうが、少しずつやっていきましょう。







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ヴィーナスの姿

2018-01-08 04:17:27 | 冬の日差し・夏の月


フローラかとも思いましたが、クピドがいるから、ヴィーナスでしょう。西洋絵画の主題はたいてい聖書かギリシア神話からとられていますが、だいたいは、美しい女性を描くための言い訳のように使われていますね。

単に美しい女性の裸体を描きたいだけなのだろうが、それそのものとして描いてしまうといやらしいので、ヴィーナスやスザンナやバテシバに託して、自分好みの女性の裸体を描いている。そういうのが大方のようだ。

これも実にかわいいヴィーナスだ。画家の好みでしょう。

近現代の女性美は、どこか男性的な肢体をしていましたね。おなかが平らで、手足が長く、男性のように堂々としている。それはそれで美しいものもあるが、どこか痛い。女性的な何かを剋しているからです。

ああいう男性的なスタイルが流行っていたときは、女性はほとんどあんなスタイルをしていました。手足が長く、めりはりの利いたボディをしていた。男性もそれを愛でていたが、不思議にああいう女性はあまりもてなかった。

やはり男性的だからです。スタイルの良すぎる女性は、一緒に並ぶと、ともすれば男の方が小さく見える。それは少々痛い。

やはり男は、自分より小さくてかわいい女性がいいのです。

本来の女性は、そういう姿をしているものなのです。この絵のように、乳房もまるくかわいらしく、お腹もまろやかに出て、腰は大きく、ふともももやわらかく太い。手足は男性ほどに長くない。

こんな姿をしていれば、心がやさしくなるより仕方がありません。かわいいことをしたくなる。好きな人につくしてあげたくなる。手足が短いと男のようなことはできませんから、男を大事にしたくなる。

少し前までは、モデル並みという、男性的な足長美人がもてはやされていましたがね、もうそんなのは嫌でしょう。男性も気づいた。あれは馬鹿が作っている馬鹿な偽物だと。

本当にかわいい子はこんな感じなのだと。

美の女神ヴィーナスは奔放な美人なんかではない。ほんとはすごくかわいい美人なのだと。

気付くのが遅すぎた感はありますがね。勉強は大事です。

これからはもっとよく、美について勉強しましょう。姿かたちにも意味があるということを。






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男の殺し方

2018-01-07 04:16:48 | 冬の日差し・夏の月


これはヤエルとシセラですね。女が男のこめかみに釘を打っている。女が男を殺す図のテーマとしては、ユディトが先に浮かびますが、これもよく描かれているようです。

旧約聖書の士師記に出てくるエピソードです。イスラエルとカナンが戦をしていた頃、敗れたカナンの将軍シセラはヤエルという女性の家に逃げこむが、そこでヤエルにこめかみに釘を打たれて殺されるのです。

かくまってくれると思って油断して熟睡していたからだそうだが、人を殺すやり方としては、少々変っていますね。何も釘でこめかみをうたなくとも。本当にそんなことをしようとしたら、途中で男に目を覚まされてしまいます。聖書にあるように、一撃で頭を貫くなんてことは女性の力では無理だ。

同じ理由で、泥酔している男の首を斬るなんてことも、女性の力では無理ですよ。どちらの話も、創作です。作家がおもしろく書いたのでしょう。

男を殺すには、刃物はいりません。色気もいりませんよ。もっといい方法がある。

愛ですべてをやったあと、何もいらないといって、ほほ笑んで死ねばいいのです。

それだけで、男は死ぬのです。いえ、死よりも恐ろしいものが待っている。馬鹿というものです。

女が、いらないというだけで、男がやったすべてのことが、何の意味もない馬鹿になるのです。

怪しいまでに知恵と力をふんだんに発揮して作った、大いなる居城も、命と体をはってやった戦争も、高い文明をうたい上げた国も、男がなしたことが、すべてブタになるのです。

何の意味もない。

なぜならすべては、あの美しい女に、いいと言ってもらうためにやったのですから。

すばらしいことをして、あまりにもいい男だと、あの女に目を見張って見てもらうために、やったことなのですから。

愛に、認めてもらうためにやったことなのですから。

わかるでしょう。あなたがたはその実例を見た。かのじょはあらゆる努力をして救済をした。そして、ほかには何もいらないと言って消えた。

それだけで、人類史がまるごと馬鹿になったのです。

人類の男がやってきたことは、すべて女をだますためだったのだと、あまりにも恥ずかしいブタになってしまったのです。

美しい女とは、恐ろしいものなのだ。あふれるほど嘘をついてでも、欲しいと思うのに、よってきてくれない。あらゆる謀略を尽くして、手にいれようともがいても、まるで追えば追うほど逃げていく月のように、捕まえることができない。

あんな女に負けてたまるかと、男の知恵と力を総動員してやったのに、結局最後まで逃げられる。そして、死なれる。

生き残った男はどうすればいいのか。

これが、死よりも恐ろしい、馬鹿というものです。男は、永遠に、この汚名を着ていきていかねばならないのです。






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双子のコリア

2018-01-06 04:17:44 | 冬の日差し・夏の月


ツイッターでは時に、ノースコリアという言葉を織り込んだ歌が詠われました。北朝鮮というと痛いが、ノースコリアというと詩的な響きがしてなんとなく詠みやすい。それでいくらかの歌が詠われました。

はてもなき眩みの底に落ち続けノースコリアは底なしの闇

神のなき山河は渇き玉は散りノースコリアは無人の都

今二つ詠んでみました。言葉の響きとはおもしろいものだ。その音韻に引きだされるように歌ができてくる。

北朝鮮は、ソ連を神にしてできた国でした。ソ連というのは、何もない馬鹿者が支配していた国でした。高い勉強などしていない怠惰な魂が、悪とずるだけで永遠に支配できる国を作ろうとしていた。なにもかもを自分の思い通りにできる世界。金も権力も女も、自分の自由にならないものはない。

すべてを思い通りにしたいという欲望は、動物的なものなのだが、まだ段階の低い魂はこの熱に浮かされ、世界征服の夢を本気で見てしまうのです。

ソ連という国には、そういう馬鹿者の愚かな夢が巣くっていたのです。

北朝鮮は、そのソ連のやり方を、採用したのです。そして全部を思い通りにしようとした。そしてソ連が滅んだ今でも、かつてのソ連を真似したような、恐ろしく滑稽な芝居をしている。

もうだめになっていることはとっくにわかっているだろうに、いまだにそれをやめられないのは、朝鮮民族というものが、歴史的に大国に依存し続け、自国としてはほとんど何もやったことがないからです。

それなのに、プライドだけは異様に高い。

これでは、破滅を免れることはできません。

アメリカは、冷戦の時代にソ連の暴虐を押しとどめたことで、善功がなり、次の時代への展開がなったが。

朝鮮民族は何もしなかった。ゆえに、ソ連時代の幻と、民主主義の愚の嵐に翻弄されるまま、破滅に向かうしかない。

トップの絵は解釈が難しいですね。道化の衣装を着た人間が、人間世界を支配しているという図です。要するに、馬鹿が、世界を支配している。そういう図。あまりに滑稽なことになっているのに、何もできない。

馬鹿な人しか、そこにはいないからです。国をなんとかできるよい人材を、そういう国は、単純な嫉妬でつぶし続け、文在寅のような何もできない馬鹿ばかりを大事にしてきたからです。





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アメリカの王

2018-01-05 04:17:56 | 冬の日差し・夏の月


ご存じのように、今アメリカには史上最低の大統領がいます。ああ、こういうだけで、アメリカ国民のため息が聞こえて来そうですね。

ケネディのときのように痛いことをすることもできない。もうあの時とは段階が違いますから。それにあなた、トランプを暗殺することなど、できますか。

苦しいでしょう。

レーガンの時もかなり大変だったのですがね、これはもうだめだという馬鹿が、アメリカのトップにいるのです。

彼が大統領としているだけで、国に難が起こります。それは彼自身が大きな罪業を持った霊魂だからです。ゆえに、彼を不幸にしてやろうとする存在がたくさんいて、彼が大統領としているだけで、そういう存在がアメリカに難を起こしてしまうのです。

そのまま放っておいてはアメリカは大変なことになる。だが幸運だったのは、そのときアメリカにひとりの天使がいたことだ。

自国に生まれてきていた天使はみんなつぶしてしまったが、奇跡的にひとりが、外国からアメリカに来ていた。

アメリカは、大国として、外国にもいろいろ迷惑をかけてきたが、反面、世界のために大きな役割も果たしてきた。その善功のおかげで、一人の天使がアメリカに来ていたのです。

彼が国王の仕事をしてくれれば、アメリカは、トランプがいても助かるのです。

すばらしい徳を持った天使ですから、すばらしい霊的勢力を持っている。ゆえに、トランプを不幸にするためにアメリカに難を起こそうとす霊的勢力を、押さえることができるのです。

アメリカは、このひとりの国王によって、なんとかなる。このいかにも難しい時代を、なんとかできる。いや、やっていくのです。

その過程で、アメリカは民主主義の愚かさを十分に学んでいくでしょう。民衆に権力を渡すのは、馬鹿に権力を渡すのと同じだ。何も変わらないでいれば、また、トランプのような大統領が選ばれる可能性がある。

変っていかねばならないと、思っているアメリカ人は、ひとりやふたりではないでしょう。

民主主義は、必ず、変えていかねばなりません。






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かわいい小鳥

2018-01-04 04:17:46 | 冬の日差し・夏の月


これは、ガブリエレ・ミュンターの自画像です。知っているでしょう。抽象表現主義の中に青騎士という芸術家の一派があったが、その中のひとりである女流画家です。ワシリー・カンディンスキーの恋人でもあった。彼女はカンディンスキーを愛したが、のちに捨てられたそうです。理由はなぜか。おそらくは、それほどの美人ではなかったからだ。

画家としての才能も、見くびられていた。

これはわたしの意見ですがね、画家としては、カンディンスキーよりもミュンターの方が上だと思いますよ。色彩もフォルムもフォーヴィズムのようだが、愛を感じる。

それはかのじょが、ほんとうにカンディンスキーを愛していたからだ。

愛がなければ、芸術はきついものになる。

カンディンスキーは今は評価されていますがね、もう少ししたら、一括して廃棄されてもおかしくないような作品ばかりです。あまりおもしろくない。だがあの当時は、ああいうものがよかったのです。人間の魂は、自分というものを離れて、何か奇妙な世界を泳いでいた。

ミュンターには、そんなカンディンスキーが、何かとても偉大なことをしている男のように見えたのでしょう。

そういう女性のまことを、ただ、それほど美人ではないからと言って、捨てていくのは、男の方がおかしい。愛でつくしてくれる心の正体を、見抜けない感性は、芸術家としてどうかと思います。

確かにきつい美人ではないが、目がかわいらしい。愛したいという魂が、この中にいる。まるでかわいい小鳥のようだ。

わたしなら、大事にしてやり、本当の美人にしてやれるものを。それくらいのことは、男にできるということを、男は学ばねばなりませんよ。

どんなおかめさんでも、男がその人を美人だと思って心からだいじにしてやれば、本当に美人になるのです。

本当ですよ。女性というのは、愛して信じて、いいことをしてくれれば、その人のために、女神になることもできるのです。






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シリウス

2018-01-03 04:18:50 | 冬の日差し・夏の月


珍しい絵ですね。これはメソポタミアの神話をテーマにしたものです。

英雄ギルガメシュはその好敵手獣人エンキドゥと友情を結ぶが、その友人に先立たれて悲しんでいる。そういう図です。

かのじょがいってしまったあとの、シリウスの気持ちとはこういうものではないかと。そう思ってあげてみました。

好敵手というか。この世界で、ただひとり自分をわかってくれていたものが死んでしまうということは、とてもつらいことにちがいない。彼は何も言いませんが。

生きていた頃、北国の田舎に、ひとりのおかしな人として生きていたシリウスに、あなたは本当にすばらしい人なのだと言って、心を尽くしてくれたのは、事実上かのじょだけでした。

かのじょは知っていた。もし自分のことも本当に理解してくれる人がいるとしたら、きっとそれは彼だけなのだと。

彼もわたしも同じように、世間からはじきとばされたおかしな人として生きざるを得ない。まことの自分を通して生きようとすれば、そうなるしかない世界を生きていた。

傷だらけになりながら。

この世では一度も会うことはなかったが、魂の世界では互いを知り抜いている。

そういう人が死んでしまった。

もう二度と帰ることはない。

神話では、ギルガメシュはエンキドゥの死んだあと、自分も死ぬのではないかと恐れて、不死を求めて旅をするのです。そして不死となる方法を得たかに見えたが、それを蛇に奪われて空しく帰郷する。

シリウスはギルガメシュのように愚かではない。不死などばればれの嘘なのだと知っている。だが、かのじょの死が彼に何の影響も与えないはずはない。彼はかのじょが死んだあと、何をするつもりなのか。

知らないほうがいいでしょう。





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小さな本

2018-01-02 04:17:42 | 冬の日差し・夏の月


これはかんぺきにわたしの好みを考えてくれたようだ。わたしはこういう、かわいらしい幻想の世界が好きです。

男だからと言って、こういう好みを恥じることはありませんよ。だいたいあなたがたの中にも、女性よりも繊細な絵を描く男性がいる。男性の中にも、女性的な繊細でかわいらしい世界が好きな人はいるのです。

それを男性的な手法で構築していくのもまた面白い。

男だから、女だからと言って、つまらない鎖を作り、自分を縛ってしまうことはない。好きなことは正直に好きだと言い、それをよいことにしていきましょう。

今この存在は、エラキスと名乗っている仲間が主体をやっていますが、彼はわたしたちの作品を出版するべく活動をしてくれています。出版と言っても同人誌印刷ですがね、それもまたよい。拙い方法だが、自分の好きなかわいい本ができる。

彼はまず歌集を一つだし、その後でかわいい短編集を出す予定にしているそうです。もうすでに原稿はできている。短編集の中には、わたしが書いた作品も入れてくれています。

タイトルを変えてね。この存在は多数の霊魂が参加している多重人格存在なのだが、その霊魂によって違う個性を強調した編集となっているらしい。

かのじょとわたしの作品を比べて見れば、かわいらしい世界観は似ているが、まったく違う個性であるということがわかります。

彼らしい切り口です。とても面白い。かのじょの作品から挿絵を選んで、とてもきれいな本になっている。

小さな本ですが、多くの人の手にとってもらいたいですね。






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