世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

愛の卵

2015-06-30 04:43:25 | コカブの部屋

コカブです。今日も教育について語りましょう。

今の理数偏重の教育では、子供に人間の心というものを、教えることができません。もちろん理科や数学も大事で、それもおもしろいものですが、そればかり勉強していると、お金の計算ばかりしている馬鹿な大人に落ちてしまう恐れがあります。

人間の心を勉強するためには、国語を重視しなければなりません。それは言葉で心を表現することによって、人間の心の形を学ぶということなのです。良い詩や歌や小説を鑑賞し、感性を刺激し、自らも作品を創作する訓練を積んでいきましょう。そうしているうちに、人間の心というものがどういうものであるかが、だんだんとわかってきます。

道徳だけでは、人間の心を知ることはできません。それは社会のルールを教えるというだけのことだからです。思いやりと言う言葉一つでも、理屈で教えるだけでは、人を思いやる人間を育てることはできません。人の心を感じる感性を育てることが大事なのです。それにはまず、詩歌の鑑賞や創作などを通して、正直な自分の心を表現するという訓練を、子供の頃からさせていきましょう。

数学では、決して人間の心をつかむことはできません。数字の世界にもおもしろいことありますからね、計算力の高い人は理屈で人間の心をつかもうとする。だがE=mc2では、人間の心の姿を理解することはできません。愛を分析することも宇宙を理解することもできません。それは1を3で割ることのようなものです。永遠に同じことばかり繰り返す。

感性を育てるために、子供の頃から、詩歌の創作の訓練をさせなさい。言葉によって、自分の心に触り、人間の心の仕組みを考えていきましょう。作文もよいですが、俳句や短歌、詩などの方が心の勉強になります。美しい歌や詩を暗唱するだけでもよい刺激になります。子供の時だけでなく、大人になってからも続けましょう。心の勉強は、一生続けていくものです。子供の時に基礎をつかんでいれば、大人になってから味わう人生の試練の時などに、正しい心の選択をすることができるでしょう。

かのじょが言っていたことがありますね。人生の大事な選択をせねばならないときには、アンパンを二つに割って、大きな方を相手にあげなさいと。どちらが大きいかを理解するのに必要なのは数学ですが、大きい方を相手にあげるというのは、人間の心の感性が抱いている美しい愛の卵です。

たくさんの本を読み、たくさんの詩文を創作し、人を愛し、人に尽くしてゆくための、自分の心の訓練を積んでいきましょう。




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人知らずして

2015-06-29 05:55:33 | 言霊ノート

第三者の評価を意識した生き方はしたくありません。
自分が納得した生き方をしたいです。

(鈴木一朗)


  *

人知らずして慍みず、また君子ならずや。

(論語・学而)

自分が影でどんなに皆のためにがんばっているか、だれにも理解されなくても、べつにかまわない、そういうのが立派な大人というものだよ。


   *

国には不思議な王様、住んでいる。
誰も知らない王様が、ひとりで笛を吹いている。
こりすが踊って、歌ってる。
誰も知らない王様が、ひとりで笛を吹いている。
しろかねのお月さん、聴いている。
黙ってそれを、聴いている。
王様、ひとりで笛を吹いている。
カチカチ鳴るは、金時計。
こばとがきょとんと顔を出し、笛の調べに耳澄ます。
王様、笛を吹いている。
ひとりで笛を、吹いている。

(青城澄「薔薇のオルゴール」)





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義のために

2015-06-28 05:20:39 | 言霊ノート

義のために、迫害される人々は、幸いである。天の国は、その人たちのものである。

(マタイによる福音書)

正しいことをしなさい。それで人にいじめられても、それは苦しいことではない。ましてや喜びなのだ。なぜならわたしたちは、どんなに苦しい目に会おうとも、神の愛の真実を信じ、決してその道を踏み外すことはないのだから


   *

志士仁人は、生を求めてもって仁を害することなし。身を殺してもって仁を成すことあり。

(論語・衛霊公)

ただ愛によって行動をするものは、命を惜しんで愛を汚すことなどはしないものです。かえって、自分の命を捨ててでも、愛を達成することがあります。




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人魚姫のお話・7

2015-06-27 05:41:23 | 夢幻詩語

 そうしてひと月が過ぎたのです。その日は、王子様と子爵家の令嬢との結婚式の日でした。コクリコは、大きな教会の末席で、王子様と花嫁が幸せそうに愛を誓うのを見ていました。コクリコは大好きな王子様が幸せならそれでいいと、思うことにしたのです。結婚式が終わると、王子と花嫁は、王家の船で新婚旅行に行くことになっていました。そして王子は、コクリコも一緒に連れて行くことにしていました。
 きっと王子様は、あの大きな船の豪華な船室で、あの美しい花嫁と深い愛を交わすことでしょう。そしてそのときが、自分の死ぬ時なのだと、コクリコは覚悟していました。もう二度と、王子様にも、故郷のお父様やおばあ様やおねえ様たちにも会えないのです。
 船の中でも、結婚を祝うパーティが、花婿と花嫁を囲んで行われました。でもコクリコだけは、そっと船室を抜け出して、甲板に出て月を見ながら涼しい夜風に吹かれていました。そして、欄干にもたれて海の方を見ていると、だれかが姫様を呼ぶ声がしました。見ると、月光が照らす海の中に、なつかしい五人のおねえ様たちがいるではありませんか。でも、どうしたことなのか、おねえ様たちには、あの長く美しい髪がありませんでした。みな、子供のように短く髪を切っていたのです。
(お姉さまたち、どうなされたの。その髪は)
 姫様はものが言えないまま、ぱくぱくと口を閉じたり開けたりしました。それでも心は届いたらしく、おねえ様たちは言いました。
「おお、かわいいわたしたちの妹よ、ずいぶんとおまえを探していたのよ。魔女に聞いて、やっとおまえの居場所をつきとめたの。そしてね、おまえが死なずにすむ方法を教えてくれる代わりに、わたしたちは、美しい髪をみんな魔女にやってしまったのよ」
 それを聞いた姫様は、またびっくりして、自分の浅はかさを責めました。自分がいなくなったことが、これほどみなを苦しめるとは、思っていなかったのです。今更ながら、姫様は大変なことをしてしまったと、後悔の念におなかをしぼられ、涙をとめどなく流しました。
「ほら見て、妹よ。髪の代わりに、この短剣を魔女にもらってきたのよ。今夜のうちに、この短剣で王子の胸を刺して、その血を足に浴びせると、おまえは人魚に戻れるのよ」
 そういうと、一番上のおねえ様が、ほかの四人のおねえ様たちに抱えあげてもらって、船の甲板に届くところまで上げてもらいました。姫様も手を伸ばして、おねえ様の手から、短剣を受け取りました。
「いいこと、今夜のうちに、明日の朝日が昇る前までに、王子をその短剣で殺すのよ」
 それだけを、何度も何度も口々に言い重ねてから、おねえ様たちはまた海の中に消えていきました。
 姫様は、重い短剣を持ちながら、おねえ様たちが消えていった海をしばらくぼんやりと見ていました。

 やがて、船上でのパーティも終わり、花嫁と花婿は、船の中の一番豪華な部屋に、二人で入って行きました。姫様はその様子を見て、まだ胸にちくりと刺すものを感じました。上着のふところに隠した短剣を、とても重く感じました。お姉さまが何度も叫ぶように言っていたことを思い出すと、胸が震えました。あんなに美しかった髪をやってまで、魔女からこの短剣をもらってきてくれたおねえ様たちのことを思うと、とてもその気持ちを無下にはできないと思いました。でも、王子様をこの短剣で手にかけるということも、とてもできないことのように思えました。こんなにも愛しているのに、どうしてその人を殺すことができるでしょう。でも、自分が死んで、悲しむおねえ様たちの心をも思うと、ここで死ぬわけにもいかないという思いも浮かんでくるのです。
 真夜中になりました。また甲板に出ると、海の音が懐かしく聞こえました。きっと生きながらえて海の国に帰れば、みんなが自分の無事を喜んでくれるでしょう。けれども、そのためには、最も愛している人を、殺さねばならないのです。
 姫様は、月の光が写った海を見下ろしました。もうそこにはおねえ様たちはいませんでしたが、不思議なことに、一匹の海ガメがふらふらとただよって、悲しげな目で姫様を見上げていました。
(ああ、おまえはいつか、王子様とわたしを助けてくれたカメなのね。きっとそうだわ。今回もわたしを助けてくれるの?)
 姫様は心の中で問いかけました。でもカメは何も答えず、そのまま海の中に消えていなくなりました。姫様は再び、独りぼっちになりました。姫様は長いこと眠りもせずに甲板の上に立っていました。やがて、空の星がだんだんと少なくなり、夜明けの気配が空に見えだしました。姫様は気持ちを静めて、短剣を握り、王子様と花嫁の眠っている船室に向かいました。そしてその扉に耳をつけて、中の様子を探ろうとしました。扉の向こうで、王子様が何かの寝言をむにゃむにゃと言っているのが聞こえました。そうするともう、姫様の胸は、王子様への愛でいっぱいになったのです。そして姫様は涙をほろほろと流されると、足音を立てずに走って行って、短剣を海に投げると、そのまま、自分も海に飛び込んでしまいました。
 そのとき、東の空に、お日さまの光が見えました。そうして、姫様の身体は、見る見るうちに、泡になって海に溶けていったのです。

 夜が明けて、船の上の皆が起き出してくると、間もなく、王子様がコクリコがいないと騒ぎ出しました。花嫁も驚いて、コクリコの部屋を見に来ました。あちこちの部屋も探してみましたが、コクリコは見つかりません。
「ああ、ぼくの大切なコクリコ、どこに行ってしまったんだい。君は、君だけは、ずっとぼくのそばにいて、ぼくの心をわかってくれると思っていたのに」
 王子様は顔を覆って泣き出しました。というのは、水夫の一人が、姫様が着ていた上着が海に浮かんでいるのを見つけたからです。
 きっと、夜中に甲板に出て、なんらかの事故で海に落ちたのだろうと、水夫の一人が言いました。船の上は悲しみに包まれました。そして、その様子を遠くから見ていたおねえ様たちも、あわれな妹の最期に、涙にくれていました。もう二度と、もう二度と、あの娘には会えないのだと思うと、それだけで皆の胸が冷たく凍るようでした。

王子様と花嫁は新婚旅行を取りやめ、御殿に戻りました。おねえ様たちも、海の御殿に帰りました。日に照らされた海は平らかにないで、何もなかったかのように静かでした。けれども、たったひとりの娘が消えていなくなった。それだけでもう、まるで太陽が半分になってしまったかのように、世界が寒くなったようでした。

ただ、一匹の海ガメが、姫様が泡になって溶けていった海の上に、静かに浮かんでいました。海ガメは、いつものように悲しそうな目で、空を見上げました。そして海ガメは知っていたのです。姫様の魂がどこに行ったのかを。そこは、遠い空の向こうにあって、人間も人魚も関係なく、仲良く一緒に住める美しい国でした。でもそれは、海ガメだけが知っていることで、永遠にだれにも言ってはいけないことなのでした。

(おわり)




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人魚姫のお話・6

2015-06-26 04:40:55 | 夢幻詩語

★★★

 何だか、体の下の方が、痛がゆいような気持ちがして、姫様はふと目を覚ましました。目を上げると、まだ明けきっていない朝の空が見えます。東の空は明るんでいますが、西の方にはまだ夜の女神の裳裾が少し見えていました。星はもう見えず、どこからか、聞いたこともない美しい歌が聞こえてきました。それは、姫様が後で知ることになる、陸に住む魚のような、小鳥たちの声でした。
 姫様は、そっと身を起こしました。そして自分の身体を見ると、もうあの人魚の尻尾はなくなっていて、立派な二本の白い足ができていました。姫様は驚きつつも、喜びで胸がいっぱいになりました。
「おや? そこにいるのはだれだい?」
 ふと、後ろから声をかけてくる人がいました。振り向くと、なんと幸せなことでしょう。のぼってきた日の光に照らされて、あの眼差しの美しい王子が、美しい立派な服を着て、姫様を見ていたのです。姫様は、自分の姿をかえりみて、すっかり裸なのを見て、あわてて長い髪で体を隠しました。その間も、王子様は姫様に近づいてきて、声をかけてきました。
「かわいい子だね、どこからきたの? なんで服を着ていないんだい?」
 王子様は優しく言ってくれました。けれども、姫様は声を奪われているので、何も答えることができません。そこでお姫様は、何とか身振りで、口がきけないことや、どこから来たのかは言えないことなどを、王子様に伝えようとしました。すると王子様は何となくわかったようで、言いました。
「わかった、君は口がきけないんだね。そして、自分の家も、名前もわからなくなっているんだね。ぼくのかかりつけの医者の先生に聞いたことがあるんだよ。辛いことや悲しいことを味わい過ぎると、人間は魂を失いそうになって、口がきけなくなったり、昔のことをすっかり忘れてしまったりするんだと。君はきっと、そんなことになってしまったんだね」
 王子様は、そういうと、召し使いを呼んで、このあわれな娘に服を着せてやって、朝ご飯を食べさせてあげるようにと命じました。それで姫様は早速、召し使いに導かれ、着せ替えの部屋でちょうどいい服を着せられました。姫様は、足で歩くのは初めてでしたから、最初はどうにも勝手がわからなくなって、まるで踊っているようなふらふらした歩き方しかできませんでしたが、それがどうやら、召し使いたちにはかえってかわいらしく見えるらしく、姫様は、いっぺんでみんなに気に入られました。姫様の緑がかった金の髪や青い真珠の目もそれは美しく、無作法なことは一切しないので、口がきけなくても、心が美しいことは、一目でわかったのです。
 王子様の命で、姫様の朝食は、小さな食堂で、二人で食べることになりました。朝食は、ふかふかのパンと、野菜とお肉のスープ、そしてチーズが一切れにミルクが一杯と言う、簡単なものでした。姫様は陸の食べ物を食べるのは初めてだったので、最初は勝手がわからなくて、ついスープに指を入れたりしてしまいました。そんな様子を見ても、召し使いたちは冷たく笑ったりせず、かわいそうに、相当に深い病気なのだと、理解してくれました。きっと食事の作法さえ忘れてしまったのだと。
 姫様は、真向いの席で器用にパンをちぎって食べている王子様の真似をして、自分もパンをちぎって食べました。するとそれは、今まで味わったこともないような、とても暖かな食べ物でした。何せ海の底では火が焚けませんから、食べ物はいつもほとんど生のままで食べていたのです。
 王子様は、まるでたったさっきまで赤ちゃんだったような、姫様の清らかな瞳を見て、とても気に入りました。口がきけないけれど、心がかわいいとわかると、姫様をこのままお医者のいる病院に渡したりすることができなくなりました。ずっと自分のそばにおいて、小鳥のように、自分専用のかわいい友達にしてしまいたいと思ったのです。
 王子様は、そのことを陸の国の王様と王妃様に相談して、許してもらいました。もちろん、娘の記憶が戻って実家がわかるまでの間だけだという、条件も付けられました。
 それからというもの、王子様は、どこへゆくにも、姫様を伴いました。ある伯爵家の友人の家を訪ねた時、姫様を紹介しようとして、ふと姫様を呼ぶための名前がわからないことに気がつきました。今までは、ただ「瞳のきれいなかわいいともだち」と呼んでいたのですが、それでは他人に紹介するときに困ります。そこで王子様は、姫様に名前をつけることにしました。王子様はいろいろと考えた挙句、ふと、自分の上着の袖に縫い付けてある、王家のしるしに目が行きました。
「そうだ、君をコクリコと呼ぼう。どうだい、かわいい響きだろう。ヒナゲシの花と言う意味なのだよ。コクリコ、気にいったかい?」
 姫様は、ちょっとびっくりしましたが、とてもかわいい名前だし、王子様がつけてくださったので、うれしそうにうなずきました。そこで、姫様は陸の国では、コクリコと呼ばれることになりました。
 召し使いたちも、その名を非常に気に入りました。姫様は、本当に、ヒナゲシのようにかわいらしかったからです。人に威張ったりせず、きれいなことばかりしてくれて、コクリコがいるだけで、心が安らいで、王様の御殿が花畑のように明るく美しく思われると、言うほどでした。まるで妖精のようだと言う召し使いもいましたが、まだ人間でも人魚でもない姫様は、ほんとうに妖精のようなものでした。
 人魚と言うのは、人間よりもずっと心がやわらかいのです。そのせいで、意地悪をするということをあまり考えることができず、人にやさしいことばかりしてしまうのです。こんな人魚が、海の中にうようよといるということが、人間にばれてしまったら、それは大変なことになるのです。やさしい人魚が海の底にいるとわかったら、人間はどうにかして人魚をつかまえてきたいと思うことでしょう。それからどんなことになるかは、まだわかりません。でもきっと、良くないことが起こるに決まっているのです。人間の心は硬くて、時々とても意地悪な人がいるからです。

 王子様は、コクリコをとても大事にしました。きれいな服を買ってやったり、おいしいものを食べさせてやったり、美しい花の咲く森へ連れていってやったり、珍しい本を読んで聞かせてやったりしました。そのたびに、コクリコは赤ん坊のようにきらきら目を光らせて、本当に幸せそうにするのでした。そんなコクリコを見ると、王子様は、苦しい人間の世界が天国になったのかとさえ、錯覚するのでした。
「ぼくは幸福だな。なんてかわいい子なんだろう。君になら、ぼくは正直な自分の気持ちを、何でも言ってしまいそうになるよ。君は意地悪なんてしないし、春風のように心が気持ちがいいし、ヒナゲシのようにかわいい。ぼくのコクリコ、秘密を一つ、聞いてくれないかい。胸の中にある、本当の気持ちを聞いてくれるかい?」
 もちろん、王子様のお願いを無下に断るような姫様ではありません。姫様はこくりとうなずいて、王子様の部屋で、王子様の秘密の話を聞きました。
「実はね、ぼくには好きな娘がいるんだよ」
 それを聞いて、姫様はどきりとしました。もしかしたらそれは自分のことか、と思うと、知らずほおが熱くなりました。でも王子様の目は姫様の方を見ず、夢を見るように、天井を見上げていました。
「ちょっと君に似ているんだ。肌は透き通るように白くて、長い金髪をしていて、とても優しい目をしているんだよ。ある子爵家の娘なんだが、今は修道院で勉強をしているんだ。ぼくが以前海でおぼれて、砂浜に流れ着いた時、一番初めに駆け付けてくれて、ぼくの命を救ってくれたひとなんだ」
 姫様はびっくりして、まるまると目を見開きました。お助けしたのは私です、と言おうとしましたが、もちろん姫様には何も言うことができません。王子様は目を閉じて思いにふけるように続けました。
「こうして目を閉じると、かのじょの面影が目に浮かんでくるようだ。ぼくはかのじょのことをとてもとても愛しているんだ。だから、父上の王様に頼んで、結婚を申し込むのを許してもらったんだよ」
 姫様は、びくびくと震えて、涙を流しました。王子様が自分を大事にしてくれるのは、自分を愛してくれて、やがて結婚してくれるからだと、てっきり思っていたからです。
「おや、泣いているの? 何か気に障ったことでも言ったかな?」
 王子様が姫様を見て、心配そうに言いました。でも姫様は気丈な人でしたから、ゆっくりと首を振って、涙をふき、笑いました。
「そうか、涙が出るほど、ぼくのためによろこんでくれるんだね、コクリコ。君がいてぼくは幸せだ。君いつも、ぼくの幸せを、自分のことのようによろこんでくれるのだから」
 姫様は悲しみをがまんして、青い真珠のような瞳を王子様に向けて、にっこりと笑いながら、うなずきました。

(つづく)




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人魚姫のお話・5

2015-06-25 05:06:53 | 夢幻詩語

「わかったわ。美しいものを、ひとつでいいのね。何がいいかしら」
「その金色の髪も、青い真珠のような瞳の色も、乳のように白い肌も美しいが、あたしが一番欲しいのは、おまえのその美しい声だよ」
「声?」
「ああ、そうとも。美しい声ほど、人の心に染みいるものはない。その声と引き換えに、おまえの人魚のしっぽを人間の足に変える、魔法の薬をやろう」
「わかった。声でいいのね」
「ああ、そうとも」
 そう言うと魔女は、洞窟の奥に引っ込んで、何やらガチャガチャとやり始めました。姫様は洞窟の入り口の庭に出て、しばしぼんやりしていました。魔女の洞窟の庭には、小さな緑のサンゴや、赤い小さな実をつける珍しい海藻が植えてありました。ところどころに青く光るヒトデがいて、それは星のように並んで美しい星座を作っていました。少し足をずらして洞窟に入りこむと、洞窟の隅の方で、一重の薔薇のような飾りをつけた珍しい金色のホヤが何匹も壁にくっついていました。
「美しいものが、とても好きなのね」
 姫様はゆっくりと言いましたが、その声は幾分かすれて聞こえました。
「できたよ、馬鹿娘よ」
 魔女は洞窟の奥から、青い壜に入った薬を持って、出てきました。姫様は言いました。
「わたしは馬鹿ではないわ」
「今はわからないだけさ。いいかね、教えてあげるよ。この薬を、陸の国の王様の御殿の、大理石の階段の上で飲むがいい。おまえはしばらく眠るだろうが、目が覚めた時には、その人魚の尾の代わりに、それはきれいな二本の足ができているだろうよ。だが注意しておくよ、薬を飲んだら、もう二度と人魚には戻れない。けれども足ができたって、おまえは全く人間になれたわけじゃない。おまえが好きなその男が、おまえを愛して、おまえと結婚したら、その時になって初めて、おまえは人間になれるんだよ。けれどもそいつがおまえを愛さずに、ほかの女と結婚したら、おまえはすぐに命が縮まって、海の泡になって消えてしまうのさ。それでもいいかい?」
「いいわ。だってわたし、あの人のいない暮らしなんてもういやなのだもの」
「わかった。これで契約は成立だね」
 そう言って魔女は薬のビンを姫様に渡しました。姫様は、お礼を言おうとしましたが、そのときにはもう、ひとこともしゃべれなくなっていました。魔女は、ふふふ、と笑いながら洞窟の奥に消えてゆきました。その声は、さっきまで姫様のものだった声でした。
 魔女のところから去ると、姫様は薬のビンを大事に胸に抱いて、海面に向かって上ってゆきました。ふと、御殿にいるお父様の王様や、おばあ様や、おねえ様たちのことを、思い出しました。これでもう二度と会えなくなると思うと、胸が張り裂けそうになりました。でも、もう自分で人間になることを決めていたので、今さら引き返す気にはなれませんでした。せめて、わかれのことばくらい言いたいと思いましたが、もうその声も出ないのでした。姫様は、御殿の方に向かって、人魚の心で愛を送りました。みな、幸せでねと、心から願いました。
 姫様が海面に顔を出すと、空は月夜でした。その白い月の光に照らされて、海面は闇の中に白い貝を散らしたように光って揺れていました。遠くに目をやると、人間の国の町の明かりが見えます。王様の御殿の明りも見えます。姫様は薬を胸に抱き、心勇んで御殿の方に向かいました。
 そして、広間から海に下る例の大理石の階段まで来ると、姫様は階段の一番下の段に体を置き、そっと薬のビンのふたを開けました。すると、何だか白い煙のようなものが出てきて、目がしばしばとしました。涙も流れてきました。妙な匂いがして、少し吐き気も感じましたが、姫様は目を閉じてそのビンに口をつけ、一息に飲み干してしまいました。そしてその薬が全て姫様のおなかのなかに入ったとたん、姫様は急に眠くなって、大理石の階段の上で、ことんと気を失ってしまったのです。暗い夢のとばりが落ちて来て、姫様は深い眠りに落ちました。夢の中では、悲しそうな海ガメの瞳が、月といっしょに星のように空にかかっていました。

(つづく)





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人魚姫のお話・4

2015-06-24 04:36:54 | 夢幻詩語

★★

 御殿に帰ると、姫様はやっぱり、王様とおばあ様に強くお叱りを受けました。姫様は素直に謝り、どんなお仕置きでも受けますと言いました。王様は、海に沈んだ船に出会って、見捨てておけず、人を一人助けてきたという、姫様の行いもよいことだと思い、お仕置きなどはやめようと思っていましたが、おばあ様はやはり、言い付けを守らなかったことは厳しくお仕置きをせねばならないと思って、長いため息をつきながら、姫様に謹慎を言いつけました。
 そこで姫様は、三日の間、自分の部屋から出てはならないことになりました。姫様は三日の間を、おとなしく部屋に閉じこもって、貝殻を集めて、小さな石の上でひっくり返したり戻したりする、トランプのような一人遊びをしたり、お姉さまが慰めのために持って来てくれた珊瑚の人形やイザリウオと遊んだりして過ごしました。その間も、胸の中には王子様の面影が漂っていました。もう一度お会いしたい。でも、人魚は人間に姿を見られてはならないのです。その理由は、教えてもらえませんでしたが、言いつけはまもらねばなりません。
 三日が過ぎて、やっと外に出るのを許してもらえると、姫様はまず、あの難破船の小屋にある少年の像のところにいきました。そこには、あの大理石の彫像が変わらず立っていました。その強いまなざしと、引き締まった口元が、あの人に似ています。見ているうちに、涙が出てきて、姫様はいつしか大理石の彫像を抱きしめていました。
 ああ、もう一度会いたい。でもどうしたらいいでしょう。人魚は絶対に人間に姿を見られてはならないのです。でも、この苦しい胸の思いは、どうしたらいいでしょう。
 何日も何日も、姫様は毎日のように彫像に会いにゆきました。そして叶わぬ思いの悲しみのまま、彫像にそっとキスをしたり、美しい貝殻の首飾りをかけてあげたりしました。あの人は今頃どうしているのかしら? 何を思っているのかしら? 姫様はそんなことばかり考えて、ほかの姫様たちともあまり話をしなくなり、いつも一人でいるようになりました。
 人間になることができたら。淋しさの中で、ふと、姫様は思いました。人間になることができたら、あのお方にお会いすることができるのに。そんな姫様の頭の中に浮かんだのは、ある、魔女のことでした。姫様は前に、御殿の召し使いの人魚に、聞いたことがあるのです。
 明るい海の国の一隅に、恐ろしい谷があって、そこには一人の不気味な魔女が住んでいるのです。その魔女は昔、魔法と毒薬で恐ろしいことをしたことがあり、王様からお恵みを取られて、都から追放されてしまい、そんな所にずっと住んでいなければならないのだということでした。そこがどこか、だれもが知っていますが、だれも行ってはならないという、とても悲しいところに、魔女はずっと住んでいるのです。魔女は昔、それは美しい女の人魚だったのですが、魔法で悪さをしてから、とても醜い老婆のような姿になってしまったのだそうです。
 恐ろしいことをしたというのが、どういうことなのかは知らないのですが、そのせいで、人魚の国がとても困ったことになり、王様とお妃さまが大変なご苦労をなさってなんとか元にもどしたのですが、その時のことがもとでお妃さまがご病気になり、泡になって亡くなってしまったのだそうです。
 それならば、姫様たちを母なし子にしてしまったのはその魔女だということになりますが、王妃様が亡くなられたのは、この姫様がまだ赤子のときのことでしたので、それほど辛いこととも思われず、姫様は、王子様に会いたい一心で、魔女のところに相談にゆくことに決めてしまいました。
 そして、思い立ったら一秒も待てない姫様は、すぐに御殿を出ていって、国の外れの谷までまっすぐに泳いで行ったのです。途中で、イワシの群れが泡を吐きながら姫様を巻き込もうとしましたが、姫様は瞬時に避けてやり過ごしました。また次には、大きなサメが何匹も出てきて姫様の行く手を遮りましたが、姫様は美しい歌を美しい声で歌って、サメをすべて眠らせ、また泳いで行きました。最後に、もうすぐでその谷につくというところで、海ガメに会いましたが、海ガメはただ、悲しそうな目で姫様を見つめるだけでした。

 魔女が住んでいるという谷は、それは深い奈落でした。といってもこの奈落の底に住んでいるというわけではなく、その崖の途中にある、小さな洞窟に、魔女は住んでいるのです。谷の周りには、腐ったようなにおいを放つ、リンゴのような実をつけた不思議な海藻が揺れていました。その海藻は揺れながら、ひそひそと何かを呟いているような気がしました。それは、姫様の耳に、「悪いことをしたら、こんなことになるんだよ」と言っているように聞こえました。
 わたしは悪いことをしようとしているのかしら? そんなことはないわ。ただあの人に会いたいだけなのに。どうしたらあの人に会えるか、相談したいだけなのに。
 姫様は海の底に割れた谷の裂け目のふちに座り込み、谷の中をのぞき込みました。谷の中には銀色をした深海魚がてかてか光りながら群れ泳いでいて、谷の中をゆらゆら照らしていました。魔女の住んでいる洞窟の前には、青い岩が突き出していて、そこはちょっとした庭のようになっていて、いろいろな海藻や珊瑚が植えてありました。姫様はなんだかお腹がきゅんと痛むような思いがしましたが、思い切って谷の底を目指して泳いで行きました。
 洞窟の前まで来ると、洞窟の奥から、からからという貝の鈴の音が聞こえました。身分の高いものでなければつけてはいけないはずの、貝の鈴の音です。だけど魔女はおかまいなしに、そんなものをたくさんつけて、自分の身に飾っているのでした。
「おはいり、挨拶はしなくていいよ。なにもかもわかっているから」
 洞窟の奥から、不気味な声が聞こえてきました。姫様は驚いて、そのまましばし凍りついたように動けなくなりました。
「あの馬鹿馬鹿しい人間の二本の足が欲しいのだろう」
 その声に吸い込まれるように、姫様は洞窟の中に入って行きました。
「あ、あの人に会いたいの。ただ、それだけなの」
 洞窟の中には一匹の深海魚が、ヒレに鉤を引っかけられて灯り代わりにつるされていました。そのぼんやりとした光の中で、海藻を織って作った毛布のようなヴェールをかぶって、魔女は醜い顔を隠しながら、姫様を指さして言いました。
「いやらしいこと。だから女はきらいなのさ。男を好きになって、すぐに馬鹿なことをするんだもの。おまえさん、かわいい子だねえ。男がおまえをみたら、さぞ、びっくりするだろうねえ」
 姫様は、魔女が何を言っているのか、まるでわかりませんでした。ただ、震えながらもう一度繰り返しました。
「あの人に、会いたいだけなの」
「いいともさ。会わせてやろうとも。だがただじゃないよ。おまえさんに、二本の人間の足をやる代わりに、わたしに、おまえさんの一番美しいところを、ひとつおくれ」
「え? うつくしいところ?」
「そうとも、おまえはそんなにもかわいくて、きれいなんだもの。いいものをいっぱいもっているんだもの。美しいもののひとつくらい、あたしにくれたっていいだろうさ」
 姫様は、よくわかりませんでした。けれど、確かに魔女の言うように、姫様はいつも、みなにとてもかわいらしいと言われていました。特に歌を歌う時の声は、人魚の国の誰よりも美しいと言われていました。

(つづく)





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人魚姫のお話・3

2015-06-23 05:02:16 | 夢幻詩語

「どういうお方なのかしら。りっぱな服を着ていらしたから、きっと身分の高い方なのね。人間て、みんな、あんなに強い目をしているのかしら。人魚と人間の心が違うのって、わかるような気がするわ。あの目と比べたら、人魚の目は、まるでやわらかな真珠のよう」
 もっと人間のことが知りたい。そう思った末の姫様は、迷ったあげく、もう一度人間の国に行ってみようと、決意しました。
 一度決意すると、一秒も待っていられなかったので、末の姫様はすぐに部屋を出て、海面を目指して泳ぎ始めました。まっすぐに上を目指して泳いで行く姫様を、引き戻そうとするかのように、魚が二、三匹、まとわりついてきましたが、姫様にはもうそんなこともわかりませんでした。ただ一心に上を目指して泳ぎました。そして海面に顔を出すと、周りをきょろきょろと見回して、陸を探しました。でも、陸は見えませでした。そこで姫様は、自分の愚かさがわかりました。海は考えているよりもずっと広いのです。この前はおばあ様が道を知っていたから、すぐに陸が見えたのであって、ただ上に向かって泳げばよいというわけではなかったのです。姫様はしばらくぼんやりとしてしまいました。上を見ると、空が広がっていました。まあ、なんてきれいなんでしょう、と姫様は思わず言いました。この前は陸しか見えなかったけれど、これは何かしら、海面のようなものかしら。泳いでいけば、あの向こうに行けるのかしら。するとそこにはまた、不思議な陸があるのかしら。
 姫様がいろいろと考えていると、いつしか、大きな船が、近づいてきていました。その船に、あのヒナゲシと一角獣のしるしの旗がついているのを見て、姫様は驚いて、その船の方に泳いでいきました。日は暮れようとしていて、西の空が赤く染まり、明星がなにかのしるしのように燃えるように光り出しました。すると船についていたランプが一斉に灯され、船の船室の窓ガラスがみな、明るい月のように輝き出しました。姫様は船に近づき、波の上に自分の身をできるだけ持ち上げて、船室の中をのぞき込みました。すると一番に目に入ったのは、あの肖像画にそっくりの少年でした。きりりとまっすぐな強いまなざしの、美しい少年です。姫様は、立派な衣装を着たその少年の胸に、王家のしるしが縫い取られているのを見ました。とするとこの人は、陸の国の王子様なのだわ。姫様の胸は熱く高鳴りました。船室の中には王子様のほかにもたくさん人がいて、飲み物や食べ物が振る舞われ、何かのお祝いをしているようでした。多分王子様のお誕生日のお祝いでしょう。王子様は美しく男らしい物腰で、たくさんの人と握手したり、会話したりして、とても楽しそうでした。姫様はただ、その王子様の美しいまなざしばかり見ていました。ほかにもたくさん人間はいたけれど、あんな目をした人間は、王子様だけでした。
 いつの間にか夜が落ちてきました。姫様はふと、家に帰らなければおばあ様の言い付けを守らない事になると思い、海の国に急いで帰ろうと思いました。おばあ様はいつも、日が暮れたら必ず自分の部屋にいなければいけないよと、口を酸っぱくして姫様たちをしつけているのです。でも、姫様は王子さまの美しい目をもう一度見てみたいと思って、船の方に戻りました。帰るのはそれからにしましょう。きっとおばあ様に叱られるけど、素直に謝って罰を受けましょう。こんな方にお会いできるなんて、二度とないかもしれないのだもの。
 そうして姫様がもう一度海の上に顔を出したその時です。海の上を、不穏な風が吹きわたっていました。いつの間にか空の星は消え、月もありませんでした。空の遠くから、おおう、とお化けのような声が聞こえました。船は帆をあげ、海上を走りはじめました。姫様は何か悪いことが起こりそうな気がして、一生懸命に泳いで、船を追いかけました。もう船室のランプはほとんど消され、王子様の顔を見ることはできません。でも姫様は追いかけずにいられませんでした。もうおばあ様のお叱りのことも、王様のご心配のことも、全て忘れて、姫様は船を追いかけ続けたのです。

 そうして、嵐は瞬く間にやってきたのです。水夫たちは急いで帆を巻き上げました。大きな黒い波が船を翻弄し、船はぐらぐらと揺れました。姫様は船の方から、木がぎしぎしがらがら鳴る音を聞きました。何かがぼきりと折れるような音も聞きました。人間の甲高い悲鳴も聞こえました。
 これは大変なことになると思った姫様は、嵐の波に邪魔されながらも、懸命に船についていきました。姫様の胸には、あの美しい王子様のお顔が焼き付けられたかのように光っていました。
 風はすさまじく、波は恐ろしく、王家の立派な船もさすがにかないませんでした。水夫たちの努力もむなしく、船は真っ二つに割れ、沈みだしました。姫様は悲鳴をあげ、夢中で王子様の姿を探しました。そこらじゅうに、樽や太いマストの棒や板っきれが浮いていました。姫様は思い切り呼びました。
「王子様! どこですの?」
 すると、弱い声が返ってきたような気がしたのです。姫様がその声に振り向きますと、暗がりの中に、だれかがいるのがわかりました。途端に、空に稲光が走り、そこに一瞬、板っきれに捕まって今にも溺れそうな王子様の姿が見えたのです。姫様はすばやく王子様の所まで泳ぎ走り、気を失った王子様の冷たいお体をがっしりとつかまえました。
 また稲光が走り、王子様の白い顔が見えました。姫様は思わず知らずそのお顔にみとれ、美しいまなざしを隠したまぶたにかすかにキスをしました。胸がじんじんと熱くなり、涙さえ流れてきました。でも、これからどうしたらいいでしょう。人間は人魚のように海の中では生きて行けません。溺れてすぐに死んでしまいます。でも、陸がどっちの方向にあるのかも、今の姫様にはわかりません。
 そのときでした。一匹の大きな海ガメが、目の前に現れたのです。海ガメは相変わらず悲しそうな顔をしながら、姫様を見、まるでついてきなさいとでもいうように、頭を水面に出して泳いで行くのです。姫様は、ほかに頼るものなど何一つないので、一縷の希望と思って、その両手にしっかりと王子様を抱いて、海ガメの後を追って泳ぎだしました。
 そしてどれだけの間泳いだことでしょう。姫様は気を失っている王子の頬に何度もキスをしながら、どうか死なないでと祈り続けました。海ガメはときどき、ついてきているかどうかを確かめるように、二人の方を振り向きました。そして、本当に不思議なことに、海ガメはちゃんと陸を目指して泳いでいたのです。新しいお日さまの気配が東の空に見えてきました。もうその頃には、嵐はもうとっくに向こうに行っていました。静かな海の向こうに陸の影が見えたとき、姫様は喜びのあまり、海ガメに向かってお礼を叫びました。でもその時にはもう、カメの姿はどこにもなかったのです。
 姫様は、一生懸命に泳いで、とうとう、王子様の身体を砂浜の上まで連れて行きました。姫様は陸の上を歩けないので、もうここまでしか来ることはできません。後は、陸の人間のだれかに見つけてもらうしかありません。姫様は砂浜に王子の身を横たえると、海の少し離れたところから目から上だけを出して、王子様の様子を見守りました。
 間もなく、朝を告げる鐘がどこからか聞こえてきました。それから少しして、海の近くにある小さな修道院から、白い制服をきた少女たちが群れをなして出てきました。姫様は、その中のだれかが悲鳴をあげて、王子様の方に走り寄って来るのを見ました。そして少女が王子様に何か声をかけたとき、王子様の顔が少し動いたことに気づきました。王子様は目を覚まされたらしく、首をあげ、ゆっくりと体を起こして、周りを見回していました。
(ああ、よかった。これできっと、あの人は助かるわ)
 そう思って、姫様はようやく安堵して、海に沈んで帰っていきました。

(つづく)




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人魚姫のお話・2

2015-06-22 05:26:51 | 夢幻詩語

 おばあ様は、部屋の前にある少し広く作った海の庭に姫様たちを座らせ、話をしました。
「人間と人魚と言うのは、心も体も違うものでできているのだよ。神様がわたしたちをお創りになったとき、人間の体は土から創られ、わたしたち人魚の体は水から創られたのだ。だから、人間は死ぬと土に帰り、人魚は死ぬと水の泡になって消えてしまうのだよ」
 姫様たちはただただびっくりして、話を聞いていました。
「では、心と言うものは、何でできているの?」
 末の姫様が聞きました。するとおばあ様はうれしそうな顔で末の姫様の顔を見つめました。
「おおや、賢い子だね。よくおきき、心と言うものは、不思議な光でできているんだよ。でもね、光にもいろいろな光があって、人間の心を作っている光と、人魚の心を作っている光とには、違いがあるんだよ。とても難しい話だから、これ以上のことは、もっと大人になってから教えてあげよう」
「どんなふうに違うの?」
 末の姫様はもっと話が聞きたくて、おばあ様に詰め寄りました。
「おやおや、熱心だね。そうだね、ひとつだけ教えてあげよう。人魚の心のほうが、人間の心よりちょっとやわらかいんだよ。さあ、今日のお話はこれまでだ。次のお勉強の時には、人間のことをもっと勉強するために、海の上まで連れて行ってあげよう。そして、人間の世界というものを、見せてあげようね」
 姫様たちがうれしそうに歓声を挙げました。末の姫様はあんまりにうれしくて手をたたきました。そして姫様たちは、おばあ様について、また御殿へと帰って行ったのです。

 それから七日ほどたった日、おばあ様は姫様たちを連れて、海の上へと行きました。姫様たちは、おばあ様について上に泳いで行くにつれ、お日さまの光がだんだんと明るくなり、水も軽くなってくるのを感じていました。そうして海面近くまで来ると、おばあ様は貝の鈴を鳴らしながら姫様たちを振り返り、言いました。
「さあ、いよいよ、海の上に出るよ。だいじょうぶ、人魚は海の中でも海の上でも息ができるからね。怖くはない。あまり危ない所にはいかないからね」
 そう言っておばあ様は、最初に海面から首を出しました。姫様たちも、つぎつぎに、おばあ様に従いました。みんなが海の上に顔を出すと、おばあ様が指を差しながら言いました。
「さあごらん、あそこが陸というものだ。人間が住んでいる国だよ」
 姫様たちは、お日さまの光のまぶしさにびっくりしながらも、おばあ様が指さす方向に目を凝らしました。するとそこには、クジラよりもずっと大きな陸があって、その上には、人魚たちの町とは全然違う、不思議な町がありました。耳を澄ますと、人間たちのざわめきや、聞いたこともないような不思議な歌が聞こえてきます。
「さあ、ここから泳いで、近くまで寄ってみよう。人間に見つからないように、用心していこうね」
 そういうとおばあ様は、貝の鈴を鳴らしながら、静かに陸に向かって泳ぎだしました。姫様たちはどきどきしながらついていきました。
 港は人がいっぱいいてあぶないので、おばあ様は、港を少し過ぎた所にある、海ぎわに建てられた人間の家々のところに連れて行きました。そこは海から切り立った低い崖のようなところで、崖の上には変わった形の家が並んでいて、なんと家の上におおいがついていました。姫様たちはもちろん、どうして家におおいがついているのか、おばあ様に質問しました。
「それはね、人間は水が苦手だからだよ。陸の世界では時々、神様が天から水を降らすので、それを避けるために、家々におおいをかけるのだ。そのおおいを、屋根というのだよ」
 姫様たちは崖から少し離れたところから、しばらく人間の町の様子を眺めていました。姫様たちのいるところから、人間の姿が見えました。おばあ様の言っていたとおり、二本の足を動かして、器用に地面を歩いています。姫様たちはそれに何よりびっくりしました。海を泳いで行く人魚もすばらしいが、ああして二本の足を器用に動かして歩いていく人間も、なんとすばらしいものに見えることでしょう。姫様たちは、少し人間がうらやましくなりました。
「よく見たかい。おもしろいものだろう。では次に、王様の御殿に行ってみよう」
「え? もう帰ってしまうの?」
「いや、海の底の王様の御殿ではないよ。この人間の国にもちゃんと王様がいて、王様の御殿があるのだよ。そこは海ぎわに建っていてね、広間から海に降りていく大理石の階段があるのだよ。広間の壁にはたくさんの絵やタペストリなどが飾ってあって、あまりに美しいので、人魚も時々そこを見にいくのだよ」
 そう言いながら泳いで行くおばあ様の後を、姫様たちはわくわくしながらついていきました。陸の国の王様の御殿につくまでには、半時もかかりませんでした。遠くから見ると、それは大きな丸い屋根が五つほどもあるとても大きな建物でした。ひなげしと一角獣を図案化した王家のしるしを染め上げた、美しい旗が一番大きな屋根のてっぺんでひるがえっていました。そしてそれよりは小さいが同じしるしを染め上げた旗のついた大きな船が、海にせり出した御殿のそばの海に浮いていました。
おばあ様が、人間に見つからないように頭だけ出して泳ぐのだよと注意しながら、姫様たちを、王様の広間の前に案内しました。ちょうど、広間には人間はひとりもいなかったので、姫様たちは、かなり間近から、広間の中を見渡すことができました。おばあ様の言った通り、広間は美しく飾り立ててあり、不思議な花の模様がびっしり描かれた美しい壁紙が貼られていて、ひなげしと一角獣の絵を織り上げた大きなタペストリが壁の真ん中に飾られていました。花や美しい女の人を描いた絵などもたくさん飾られていました。天井にはガラスを組み立てた美しい灯りがあり、広間の隅には金銀や宝石で飾られた化粧箪笥のような不思議な箱などもありました。
 もっと近くから見ようと、末の姫様は思い切って広間に近寄り、海に降りていく大理石の階段に触りました。見ると、壁に飾られた絵の中に、一人の少年を描いた絵があります。青い立派な服を着たその少年は、どことなく、前に見た大理石の彫刻の少年に似ていました。もっとよく見ようと大理石の階段を上ろうとすると、おばあ様が声を殺して姫様をしかりました。
「それ以上近寄ってはだめだよ。人魚は人間に姿を見られてはならないのだよ。人間が人魚のことを知ったら大変なことになるのだ。なぜなら、彼らの心は、人魚よりずっと硬いからなのだよ。さあ、今日はこれまでにして、日の暗くならないうちに帰ろう」
 そう言っておばあ様は海の中に沈んでいきました。姫様たちは、もっと陸の世界を見たいと名残惜しそうでしたが、すぐに心を変えて、おばあ様の後についていきました。ただ、末のお姫様だけは、あの絵をもっとよく見たくて、本当に残念そうに、何度も後ろを振り向いていました。

 それからまた何日かが過ぎました。おばあ様がお城のお仕事で忙しくて、あまりかまってくれないので、姫様たちは、それぞれに与えられた小さな庭や部屋の中で、歌を歌ったり、本を読んだり、サンゴを削って人形をこさえたり、飼っている小さなイザリウオの世話をしたり、海藻をほぐした糸を編んで小さな上着をこしらえたりしていました。ただ、末の姫様だけは、あの肖像画に描かれていた少年の顔が忘れられず、部屋の中でぼんやりと座ったまま、物思いにふけっていました。

(つづく)





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人魚姫のお話・1

2015-06-21 06:02:31 | 夢幻詩語


 遙か遠い沖合の海は、青菫の花を一面に敷き詰めたように深い青色をしていました。風のない穏やかに晴れた日などには、透き通った藍晶石の板がはるか向こうまで続いているようにも見えました。星月のない闇夜などには黒々とした墨のようにも見えましたが、本当は、海の水は、まるで神様の眼差しのように、澄んで透きとおっているのです。
 水面の帳を、カーテンをくぐるようにして、海の中に入って行くと、そこにはそれはたくさんの魚が生きていました。深いところの海底には、いろいろな珊瑚や海藻も生きていて、深い森を作っていました。海の底から見るお日さまは、薄紫色の花のようでした。その柔らかな光は海の底に透き通った菫の花びらを静かに落としていくように、海の底を照らしていました。時々、クジラや、人間の船が、大きな黒い影を、海底に落として過ぎていきました。
 人魚たちの住む、海の国は、そんな沖合の、深い海の底にあるのです。海の国の人魚たちは、みな健康で、幸せそうで、真珠のような明るい目をしていました。海の底の清い水が、人魚たちの心をいつもきれいに洗っていたからです。
 もちろん、海の国には、立派な王様がいらっしゃり、大きな海の御殿に住んでいました。御殿は美しいサンゴや貝がらや海の石でできていて、たくさんの広間や中庭がありましたが、屋根はありませんでした。なぜというに、海の中では雨を防ぐ必要などなかったからです。ですから、広間と広間をつなぐ扉などはなく、隣の部屋に行きたいと思ったら、壁の上を泳いで越えていけばいいだけなのでした。
 広間の壁には、深海の真珠の明りを貝殻の上に乗せて、たくさん燭台にしてとりつけてありました。深海の真珠は月のような光をゆらゆらと燃やして、昼も夜も、海の国の御殿のあちこちを照らしてくれました。

 さて、海の国の王様には、六人の美しい姫様がいました。ですが、お母様でいらっしゃるお妃様は、ずいぶんと前にお亡くなりになり、姫様たちを今育てているのは、王様のお母様でいらっしゃる、おばあ様でした。おばあ様は、それは美しく端整なお姿をなさった人魚で、腰から下の魚の尾の部分には、身分の高い者のしるしとして、カキの貝殻を細工して作った美しい鈴をつけていました。ですからおばあ様が泳ぐたびに、貝の鈴がからからと鳴って、その音を聞いたものはあわてて礼儀をただし、深く頭を下げて、おばあ様に感謝の気持ちを表すのです。なぜなら、このおばあ様はとても深い知恵をお持ちの方でいらして、人魚の国をよい国にするために、それはよいことをたくさん、みんなのためにやってくれるからです。
 おばあ様は、六人の姫様を心より愛して、その教育を、それは熱心におやりになりました。おばあ様は、御殿の中の一番大きな中庭に、人魚の姫様たちを集められ、不思議な昔話や、大昔に立派なことをされて国の人を助けた偉い人魚の伝説や、人魚としてやってはいけないことと、やらなければいけないことなどを、細やかに教えてやりました。姫様たちは、おばあ様をとても尊敬していて、一生懸命に勉強しました。そして大きくなっていくほどに、姫様たちは賢く、美しく成長していったのです。
中でも、一番末の姫様は、それはかわいらしく、青い真珠のような瞳と、緑がかった長い金の髪をしていて、鈴のような美しい声をしていました。それは陸の上の世界に飛んでいるという、さよなきどりよりももっと美しい声でした。その美しい声で美しい歌を歌うと、近くにいた人魚はふと自分の仕事の手を止めて、心の澄むようなその歌をしばし我を忘れて聞き入っていました。
そして海の国の人魚たちは、美しい姫様たちが、心も体も健やかに育っていくのを感じて、心から嬉しいと思うのでした。

 海の国の人魚たちにも、いろいろな仕事をして暮らしていました。その仕事の中でも一番大事なのは、海の底を浄めるということでした。なぜなら、海の底には、いろいろなものが落ちて来るからです。人間が捨てたがらくたやごみや、時々船がまるごと沈んでくることがありました。人間の体と言うのは、死ぬとだんだん腐ってきて、とてもひどいものになるものですから、人魚たちは海底で死んだ人間たちに、海の砂をかぶせて清めてあげました。
時には、海の上で人間が戦争をする時もあり、そんなときは次々と人間の体や船などがたくさん落ちて来て、人魚たちは海の底を浄めるために大変な思いをせねばならないことがありました。そういうときは、人魚たちは多少の皮肉を込めて、言うのでした。
「しかたないね。人間と、人魚では、作りが違うからね」
「神さまは、人間をお創りになったときと、人魚をお創りになったときは、違うことをなさったそうだよ」
 このようにして、人魚たちは毎日を一生懸命に働いて、海の国を良い国にしようとがんばっているのでした。

 さて、ある日のことです。おばあ様は、六人の姫様たちを連れて、遠足をしました。姫様たちに、人間と言うもののことを、教えてあげようと思ったのです。もちろん姫様たちは、海の上には陸というものがあって、そこには人間というものがたくさんいるということは、知っていました。でも今日は、おばあ様がとても大事なことを教えて下さるというので、それはいったいどんな秘密なのだろうと、胸をわくわくさせながら、姫様たちは貝の鈴を鳴らして泳いでいくおばあ様の後についていったのです。
 海の国の大通りを通っていくと、柳のような海藻や、サンゴで作った家などがたくさん並んでいて、海の国の町はたいそうにぎやかでした。色とりどりの魚たちが小鳥のようにあちこちで泳いでいました。時々、深海の烏賊が真珠色に光りながらゆったりと泳いでいたり、青い海ガメが、通り過ぎていく姫様たちをふとふり向いたりしました。海ガメというのは、いつもものがなしそうな顔をしています。それは、カメがとても知恵の深い生き物で、人間も人魚も知らないような大切なことを知っているからだと、姫様たちはおばあ様に習って知っていました。でも何をカメが知っているのかは、誰も知らないそうでした。
 さて、おばあ様は、姫様たちをある古い難破船のところに連れて行きました。それはとても古い時代の難破船で、船といっしょに沈んだ人間の骨はもう塵になっていて、船もほとんど船の形をしておらず、さび付いた何かの金具のようなものがあちこちに落ちていて、それが辛うじて昔の船の形を残していました。ただ、船の一番端のあたりに、人魚たちが作ったらしいサンゴの小屋があり、おばあ様はその中に、姫様たちを連れていったのです。
 壁の上を越えて中に入っていくと、そこは思ったよりも深く広い部屋で、おばあ様たちが入って来ると、壁につけられた真珠の灯りがあわててぴかりと光りました。そしてその光が照らしだしたものを見て、姫様たちはびっくりしました。
「これが、人間の姿というものだよ」
 おばあ様が指差しながら言いました。そこには、古い時代に作られたらしい、大理石の彫刻があったのです。立派な姿をした美しい少年の像で、だれかが手入れをしているらしく、頑固なフジツボや貝などは一切ついておらず、ゴミで汚れてもいませんでした。
 姫様たちは、その少年の姿を見て、びっくりしました。人間と言うものは、腰から上は人魚とほとんど同じですが、腰から下は、魚の尾のようなものではなく、二つに割れていて、それぞれがとても美しい形をしていたのです。末の姫様が、びっくりして言いました。
「これはなんですの? おばあ様。なんで人魚のように、魚の尾がないの?」
 するとおばあ様はこたえました。
「これは足というものだよ。人魚は魚の尾を振って、海の中を泳いでいるものだが、人間と言うものは、この二本の足を交互に動かして、陸の上を歩いているのだよ」
 末の姫様は、すいと前に出て、少年の像に顔を近づけました。近くから見ると、その少年はまことに美しく、見たこともないような不思議な服を着ていて、素直な瞳は真っ直ぐに前を見ていて、かすかに笑っていました。その表情を見て、末の姫様は、胸に痛みのようなものが走るのを感じました。青い真珠のような瞳が、少年の賢そうな額や瞳に吸いつけられて、姫様はしばらくぼんやりと見とれていました。
「人間はみんな、こんなに美しいものなの?」
 姫様が言うと、おばあ様がまた言いました。
「いいや、この像は特別なのだよ。海にはいろんなものが落ちてくるが、これはその中でもとても美しかったので、代々の人魚が大事にしてきたのだよ。人間というものを教えるのにも、とても便利ないいものだからね。さあ部屋を出てこちらにおいで。大切なことを教えてあげよう」
 おばあさまは、姫様たちを部屋の外にいざないました。末の姫様は、少し名残惜しそうに、大理石の像から離れ、おばあ様たちについて部屋を出て行きました。

(つづく)




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