「えっ、今晩は。よいお晩でございます。えっ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。ごめんなさい」
宮沢賢治「かしわばやしの夜」
美しい人というのは
神さまに似ている人のことを言うのよ
ジンジャー
彫刻のように
理想的に整っている人のことではないの
ルーシー・モードが美人だからって
あなたが傷つくことはないのよ
彼女が美人に見えるのは
きっと彼女がモナリザに似てるからよ
みなモナリザは好きよね
長い黒髪と
やさしげな瞳が魅力的
あたたかく抱きしめてくれそう
髪が赤っぽいからって
のっぽだからって
気にすることはないのよ
あなたはかわいいの
お料理が好きでしょ
指先の微妙な感覚で
塩加減をつくるのが得意
あれは絶妙な技よ
もう少し自信をもって
きれいな人というのはね
神さまに似ているの
神さまはみなのために
どんなこともしてくださっているから
みんな神さまのことが大好き
神さまを見ると思わず寄ってゆく
だから
神さまに似ている人を見ても
みんな寄っていく
大好きだって言って
何でもしてあげたくなる
だからきれいな人は
神さまに似たことをしなくてはならない
そうでないと
神さまを裏切ることになってしまうから
それがきれいな人ってもの
ジンジャー
あなたの指を見て
それは神さまに似ているのよ
絶妙な塩のひとつまみができる
美しい指
そんな指を持っているから
ウォルターはあなたが好きなのよ
ルーシー・モードよりも
さあ
明日のデートのために
サンドイッチの下準備をしましょう
小さなこどもは
河原にゆき
青い石と白い石を集めよう
神の庭に敷き詰めるため
花を育て木を植えて
神の家を囲もう
強い風から神を守るため
機を織り色に染め
幟を立てよう
神のしるしとするため
声のよいものは歌い
神をたたえよう
舞のよいものは舞い
神を喜ばそう
賢いものは学び
心を広げ
神の教えを語ろう
子を産み育て
飯を炊き菜を刻み
魚を煮て肉を焼き
畑を耕し
庭を掃き
衣を洗い
声をかけ
情けをかけ
みなのために生きよう
乙女たちよ
乙女たちよ
働こう
世界を美しくするため
モクレンを伐り
サクラをつぶし
スミレを踏み
レンギョウをちぎった
愛させようとするかのように
暴力的に美しい女は
ことごとく殺した
おれを支配するのはよせ
馬鹿なことをさせて
金を出させようとするのはよせ
引っかかるものか
花のように美しい容をして
女はおれをだまそうとするのだ
蚕のように
糸を吐き出させて
利用しつくした後
女は男を茹で殺すのだ
そうして
すべての女をつぶしてきて
最後に出会った
白いヒナゲシを
男は最も憎んだ
美しいのに
悪いことをしないというだけで
汚いものにしようと
必死で自分の糞を投げ続けた
いやらしい女にしなければ
自分たちが危ないからだ
だが糞は
ひとつもヒナゲシに届かなかった
馬鹿な男は
知らなかったのさ
あれが山のように巨大な
花だったことを
今にも散らんばかりに
はかなげに見えていたのは
あれが
ほとんど絶望的なほど
遠いところに咲いていたからなのだと
おまえなど
愛するのは嫌だと
男は言うくせに
女が男を愛さないと
男は烈火のように怒るのよ
みんなで
女を殺そうとするの
だからわたしたちは
やってあげるの
本当は嫌でも
黙って
愛しているふりをして
世話をしてあげるの
遊びの宴で
歌ったり
踊ったり
かわいい足を見せたりして
男を喜ばせるのよ
いいお酒を
グラスについであげて
ささやいてあげるの
あなたはいい人ね
でも
彼らは
知らないの
わたしたちがお酒に
いつも少しずつ
子どもの小便を
混ぜていることを
馬鹿よね
言うことを聞かない女は
殺す
だけど
言うことを聞いた女は
醜くなってしまうから
少しだけセックスをしたあと
嫌になって
捨てる
それが男のやり方なの
女は知ってるから
別のやり方で
男を殺すの
平気で人を殺せる女が
おとなしい淑女の顔を盗んで
男をだまして
男の人生をまるごと
馬鹿にするのよ
何やっても
おまえなんて
馬鹿なんだってことに
してやるの
金を儲けるために
痛い事業を拡げて
さんざんに人をだまして
働かせて
絶望的に大きな国をこしらえた
千人の女を後宮に集めて
毎日豪勢に遊び暮らした
そんな男が
こんな小さい女に騙されるのよ
いやなやつって
一番好きになった女に言われて
男は馬鹿になって死ぬの
それが復讐なのよ
すさまじい屈辱にも
子どものためだと思って
耐えたことがありました
体を売るのが
馬鹿だと言うのなら
それを買う男は
馬鹿ではないのですか
道端にひり捨てられる
糞のような扱いを受けました
それでもそれで
金を稼ぐために
必死の努力をしました
子どもを育てるために
屑になりきってやりました
本当に
どんな思いをして
こんなことをやってきたか
そろそろ旦那も
わかってください
わたしたちを馬鹿にするなら
けち臭い金を払って
わたしたちに何をやらせたのかを
神さまに言いますから
