世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

青いりんご

2022-05-27 05:01:49 | 花詩集

くるしみもかなしみも
ふるい衣のように
さらりと脱げるものだとは
ついぞ知らぬことでした

重い器を
おのれをまもろうとして
頑なにかぶっていたものが
それが苦しみであったとは
脱いでみてはじめて
わかったことでした

空はひろくかろく
いちまいの大きな
りんごの香りでできていました
青々と澄んだ甘やかな香りの
風の上をころがりながら
せかいの指はこうもやわらかく
ここちよいものだったのかと

さあ
わたしはもうゆかねばならない
つねに新しいあの故郷へと

ゆっくりと閉じてゆく
空のほほえみの中に
みるくのようにとけてゆく
ただひとすじのその光を
追いかけてゆかねばならない

青いりんごの奥にかくした
かすかに痛む追憶のあえぎを
ひそやかな約束の
形見にして




(花詩集・38、2006年7月)




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レンギョウ

2022-05-26 05:16:47 | 花詩集

心配しないで
いつもそばにいる

あなたが
思いの丈を書きなぐるとき
あなたの肩の上に
わたしの手がある

あなたが
間に合わないと叫びながら走るとき
わたしは行く手の
閉まりかけたドアを
押さえている

あなたが
絶望の前で立ちすくむとき
わたしはあなたの耳元で
声を砕いて叫んでいる

そしてあなたが
かすかな光を見いだして
立ち上がるとき
わたしの瞳は
愛にぬれて歌っている

いつもそばにいる

見えなくても
聞こえなくても

わたしはいつも
あなたとともに生きている




(花詩集・37、2006年6月)




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コノテガシワ

2022-05-25 05:18:10 | 花詩集

絹の目の やさしい風が
こおひい色の きみのひとみに
やわらかな 星の香りを
とかします

つたえたいこころを
みるくのような光に変えて
うたう星のことばを
きみのこころに
たしかに とどけたくて

うぶげのように
きみのこころから
毛羽だつ 金のいらだちが
風のいたみにこたえる
かすかなあえぎを
そっとぬぐいとり

絹の目の やさしい風よ
どうか星に 伝えて



(花詩集・36、2006年5月)




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ヤマルリソウ

2022-05-24 05:05:22 | 花詩集

湿りついた塩のような心を
胸に重くまさぐりながら
森の中を歩いていました
木漏れ日の明るい山道のすみには
端正な形をした青いその花が
小さな星のように散らばっていました

わたしは地に手をついて
花の上に顔をかぶせながら
思わず声をあげて泣いていました
感情に素直になることが
なかなかできない年になりましたから
子供のように泣いてしまったのは
ずいぶんと久しぶりでした

悲しみは どんな悲しみも
たいていは自己の付属物ですから
それを誰かと分かち合うことが
いかに難しいことかを
もう
知っているはずなのですが

涙が とまりません
どうしても とまりません
ああ 神様
私はなんて弱いんでしょう

風がおろおろと
木の葉を散らしました
春を過ぎて
初夏にさしかかる光が
森の上に満ちようとしていました




(花詩集・35、2006年4月)





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ゆり

2022-05-23 05:08:09 | 花詩集

真鍮の空気の奥で
眠っていた青い百合が
小さなつりがねそうのため息で
目を覚ます

樹脂を塗った海
動くことのない青磁の空
百合はそっと歩きだす
風の残した気配をたどり
死んだ船のそばを通り過ぎ
かすかな波の寝言をやりすごし
はたはたとひらめく
海の果てのほころびを抜けて
百合は世界の外へ
そっと抜け出していく

星々の夢の中で
燃えているガラス器の中の
金のネジにさわれるのは
ただその百合だけだったから

燃え尽きぬ明かりのような
金のネジを
水晶の布で磨いて
ちりちりとまきはじめる
するとおるごおるのように
空がまわりだし
太陽は小鳥のように
歌いながら舞い戻った

あくびをしながら
野を歩く少年のかたわらの
何げない草むらの奥に安らいで
百合はまた明日の朝のために
夢の中で水晶の布を織る




(花詩集・34、2006年3月)




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ハナミズキ

2022-05-22 04:52:53 | 花詩集

だれもあなたを奪うことはできない
だれもあなたを加工することはできない

あなたの魂を引き裂いて
糸をより機にかけ
ほかの誰かのローブを織ることはできない
あなたの頭蓋を抜き
みじんに砕き粉に挽いて
だれかのおしろいをつくることはできない

あなたですらあなたを
無理に加工することはできない
神様ですら
かつてない貴い銀を扱うように
おそれおののいて
あなたのほおにふれてゆく

あなたがあなた自身であることを
はばむことは
あなたですらできない
まだ幼い翼の芽を
みずから痛めて
あなたがあなたをさげすむことほど
この世で愚かなことはない

あなたはすばらしい人ではないのか
生きることは珠玉の幸福ではないのか
神様はだれとともにいるというのか
諦観を装って物欲しげな目で空を見てはいけない
飛ばないものの翼は萎えてゆく

飛べ




(花詩集・33、2006年2月)





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冬至梅

2022-05-21 05:14:08 | 花詩集

おそれずに行きなさい

たとえ目の前に
泥のような闇夜が
果てしもなく広がっていても

獣の匂いの息が
湿りつく風のように
あなたにまといついても

あるいは
さびた鉄の矢の一群が
荒れ狂う川のように
あなたの命をもてあそんでも

信じていきなさい

夜を超えた向こうに
再び出会える光があることを

どんな闇夜にも
けして溶け尽くさぬ
鋼の真実が
常にあなたの中にあることを

あなたの本当の強さを

信じていきなさい




(花詩集・32、2006年1月)





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センダン

2022-05-20 05:14:01 | 花詩集

わたしたちの生き方は
忍耐なしではやっていけません
だからわたしたちは
時に死にすらも耐えるのです

わたしたちの心は
あなたたちよりもずっと
神さまのおすまいに
近いところに住んでいます

半分は天に
半分は地に
わたしたちは自らをさしあげ
虚空にふらふらと浮遊する
あなたたちの魂をからめとり
貴い安らぎへと導きます

 わたしたちは 道
 あなたたちの心が
 天と地の歌にながれてゆくための
 やわらかな 道

風が弾き語りたいと願う
たましいの琵琶をつくるために
静かな時のゆりかごの中で
少しずつ 少しずつ
目に見えぬ水晶を積む

わたしたちの生き方は
愛なしにはやっていけません




(花詩集・31、2005年12月)





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ツゲ

2022-05-19 05:03:50 | 花詩集

気をつけないといけません
愛は優しく 美しく
魂を甘くゆさぶるものですが
時にその光の中で 黒黴のように
魔が繁殖することがあるのです

甘すぎる愛には
用心せねばなりません
霧にけぶる湖面のように
見つめるその瞳の後ろで
目に見えぬ影が 妖しい香を
焚いていることもあるのです

裏表を間違えてはいけません
愛はあなたを脅したり
不安がらせたり
言うことをきかそうとしたりは
しません

それはこまやかな風のため息で
知らず知らずのうちに
胸を暖かに包んでくれるもの

痛みを乗り越えた瞳の奥で
春の光のように
美しく盛り上がってくるもの

移ろいやすい心にばかり
捕らわれて
光と影を
勘違いしてはいけません




(花詩集・30、2005年11月)





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ルリマツリ

2022-05-18 05:14:38 | 花詩集

宵の方 天空にクギ打たれた
銀のヴェガを見つめていた
あらゆる雲と風と虚無を乗り越えて
今私たちは一本の光でつながっていた

沈黙の中で眼差しをかわす
見つめ合うだけですべてがわかるひとが
ほら あそこにいる

いつか
すべてのことを語り終えて
青い風の結び目がほどけたら
私はあのなつかしいひとの元へと
帰ることだろう

野の香り山の光を染め上げて
空に語る人々の愛の歌を織り込んだ
広い翼をひるがえし

差し伸べられたあなたの
ただ一本の指をたぐり
風を越え空を越え
魂の岸辺を抜け

いつか帰ることだろう

なつかしいあの故郷へと




(花詩集・29、2005年10月)





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