世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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雪の女王の物語・4

2014-03-31 05:00:12 | 夢幻詩語
4 王子さまと王女さま

 移ろいゆく秋の風景の中を走っていたゲルダは、また疲れてきて、石の上にちょっと座りました。すると、空を飛んでいたカラスが、ゲルダを見かけて、ふと心惹かれました。
 ゲルダの目の光の強さを見て、これはいいことを一生懸命がんばっている人だと思い、カラスはゲルダに事情を聞いてみたくなったのです。
「かあかあ、おじょうさん、どうなされたのですか。こんなところにひとりぼっちで、どこにいくのですか」
 ゲルダは、勇気だけでここまできたものの、ひとりぼっちだということに、改めてきづいて、なんだか悲しくなりました。そこでカラスに、これまであったことを、残らず話しました。するとカラスは、はたと思い当たることがあるような顔をして、考えこみました。
「待ってください。あなたの探しているカイさんを、わたしは知っているかもしれませんよ」
「え? ほんとう? おしえて、どこにいるの?」
「お静かに。たしかに今、わたしは、あなたの探しているカイさんによく似た人を知っていますよ。でもその人は今、王女さまのところにいますよ」
「それはどういうこと?」
 カラスは、自分の知っていることを、ゲルダに話しました。
「これはわたしのいいなずけのカラスから聞いたことなのです。かのじょは王女さまの飼いガラスで、王女さまのことなら何でも知っているのですよ。あなたの住んでいるこの国の王女さまときたら、それは賢いお方で、毎朝の新聞は全部つるりと読んでしまうし、『ぐしんらいさん』や『ぱんたぐりゅえる』や『ディヴァインコメディ』なども、すらすら暗唱できるほどなのだそうですよ」
「まあ、なにも、わからないわ。でもすばらしい人なのね。わたしなら、イエスさまのやさしい行いを四つくらいしか言えないわ」
「まあ、それは聞きたいですね。あとで教えてください。ではまあ、わたしの話の続きをしましょう」
 そこでカラスは、すらすらと話をし始めました。
「王女さまはそれは勉強熱心な賢いお方なのですが、ある日、あまり自分の話し相手になれるような人がいないので、退屈に思われたのです。それで、お婿さんをとろうと、思われたのです。やさしく頭の良いお婿さんと暮らして、いろんな話ができる、楽しい暮らしを、思い描かれたのです。
 それで、国中にお触れを出したのです。王女さまは自分の話し相手になれるお婿殿をお望みだ。これと思わん若者は城に集まれと。それで、国中からたくさんの若者が集まって来たのです。それはもう、外国でこわい敵を倒してきた将軍や、おもしろい冗談を言って観客を沸かせられる芸人やら、大学で哲学や歴史や数学を勉強している頭の良い博士など、たくさんの若者が、王女さまと一口でもお話がしたいと、集まって来たのです。
 ところが、男どもときたら、意気地がない。城の門の前に、蟻の行列のような男の群れを見ると、それだけでげんなりして逃げていくやつがいます。城の門番の兵隊と話をするだけで、気後れして、逃げて行くやつがいます。門番の兵隊と話はできても、その奥の小間使いと話をするだけで、いやになって逃げて行くやつがいます。小間使いと話はできても、その奥にいる下男下女と話をすると、それだけで恥ずかしくなって、逃げて行くやつがいます。下男下女と話をすることができても、その奥にいる侍従や女官と話をすると、大急ぎで逃げて行くやつがいます。侍従や女官と話ができても、その奥にいる顧問官の前に出ると、もういけなくなって、逃げ出すやつがいます。顧問官と話ができて、ようやく王女さまの元に来られても、もう、息も絶え絶えで、王女さまの言う事にも何にも答えられない始末。だれも、王女さまと話ができる若者などいませんでした」
「まあまあ、それでどうなったの? カイはどこにいるの?」
「まあお待ちなさい。話はこれからなのです」
 カラスはえへんと咳払いをして、話をつづけました。
「わたしのいいなずけの話によりますと、ある日、小さいこどもが、王女さまをたずねてきたのです。それは金の髪に青い目をしたきれいな男の子で、背中に背嚢をしょっていました」
「ああ、それ、きっとカイだわ。きれいな金の髪をしているの。目は青いのよ。しょっているのは、きっと背嚢でなくて、そりなのよ」
「まあお待ちください。そのこどもは、門から中に入り、下男下女や侍従や女官や顧問官たちなども無視して、すぐに王女さまの前に進み出て、言ったものでした。
『かしこくも美しい王女さま。わたしは、わたしの広い心で、あなたを包んであげましょう。あなたを、わたしの広い心の庭に咲く、美しいばらの木にしてさしあげましょう。わたしの心の庭で、あなたは自由に枝を広げ、水を吸い光を浴び、根を土に広げ、それは美しく茂ることができるでしょう。小鳥と遊び、ちょうちょうやハナアブをからかい、甘い香りをふりまいて、みなを幸せにできる、大きなばらの木に、してさしあげましょう。わたしにはそれができるのです』
 と、こういう風に。それを聞いた王女さまは、たいそう驚いて、たいそう喜んで、この男の子を婿にとることにしたのです」
「ああ、それ、きっとカイだわ。なんて賢い子なのかしら。カイとわたしの心には、お庭があるの。花が咲いていたり、小鳥が来たりする、きれいな庭があるのよ。どうしましょう。会いたいわ。どうすれば、カイに会いにいくことができるかしら」
「ああ、それはできるかどうか。王女さまとカイさんがいるお城にいくのは、ちょっとむずかしい。でも、わたしのいいなずけに相談してみましょう。あなたは、ほんとうに、いいことを一生懸命がんばっている人みたいだから、助けてあげましょう」
「ああ、それはありがとう、カラスさん」
 そこでカラスは、つばさをひろげて、カアカアと鳴きながら飛んで行ってしまいました。
 カラスが帰って来るまで、ゲルダは同じ石の上に座って待っていました。カラスは日も沈んで大分暗くなってから帰ってきました。
「よいように運びましたよ! いいなずけのカラスが教えてくれたのです。門番の兵隊のいるお城の正門からは入れませんが、お城の裏手には、小さな裏庭があって、そこには梯子のような小さな階段があって、王女様の寝室につながっているのです。誰も入れはしないところですが、いいなずけは外からでも入れる入り口をひとつだけ知っているそうですよ。裏庭にコケモモとばらの茂みがあって、その下に、王女さまの犬が出入りする小さな穴があるそうです。そこから入って来いとのことですよ」
「まあまあ、ありがとう。これでカイにあえるのね」
「そうですよ。ほら、少しパンを持って来てあげました。いいなずけが分けてくれたのです。おなかが空いたでしょう。食べなさい」
「ありがとう、ほんとうにありがとう」
 ゲルダはカラスにもらったパンを食べました。すると今ようやく、しびれるようにおなかが空いていたことがわかって、おなかに食べ物が入って、体が温まってくるのがわかりました。そこでゲルダは早速、お城にいってカイに会いにいくことにしたのです。
「夜も遅いですから、足元には気を付けてくださいね」
 そう言いながら前を飛んでいくカラスのあとを、ゲルダは裸足でついていきました。
 カラスはゲルダをコケモモとばらの茂みの所までつれていきました。カラスの言った通り、茂みの下には、犬がようやく入れるくらいの穴があって、ゲルダはそこからお城の裏庭に入って行きました。穴をくぐると、ところどころにランプの明かりが点いた、それはきれいな庭があって、お城の建物の裏のかたちが、うっすらと見えていました。それは夜の中では、大きな鬼がそこに眠っているかのような、こわい様子でしたけれど、ゲルダは勇気を振り起して歩いて行きました。
「さあ、こちらが裏の階段ですよ」と、カラスが教えてくれた階段を、ゲルダはそっと登って行きました。
 階段を上ってお城に入ると、そこにはまず広間があって、壁の近くに燃されたランプが、ばら模様の壁紙におおわれた美しい広間の様子を、浮かび上がらせていました。ゲルダはそのランプをとると、カラスに導かれるまま、ドアをとおって、次の広間に入って行きました。そして何度かドアをくぐると、ようやく王女さまの御寝室にたどりつきました。
 御寝室には、百合の花の形をしたベッドが二つあって、ひとつは白く、ひとつは赤いゆりの形をしていました。白いゆりのベッドには、王女さまが眠っていました。赤いゆりのベッドには、王子さまが眠っていました。ゲルダははやる心をおさえきれず、赤いゆりのベッドにそっと近寄りました。そしてランプを差し出して、眠っている王子さまの顔を見ようとしたのです。王子さまは向こうを向いていたので、金色の髪と、日焼けした首筋が見えました。それを見て、ゲルダは「ああ、カイだわ」と思って涙をほたりと落としました。すると、その音に気がついて、王子さまが目を覚まし、こちらを向きました。
 ああ、ふり向いたときのその顔を見て、ゲルダはまた涙を流しました。それはカイではなかったのです。美しい人ではありましたけれど、ただ髪の色と日焼けした首筋が似ているだけの、まったく違う人だったのです。
「なにごとですの」と、白いゆりのベッドの方から声がしました。そこでゲルダは、王女さまと王子さまにあらためてていねいに挨拶をしなおし、これまでも事情をすべて話しました。
 王女さまと王子さまは、不思議そうな顔を見合わせましたが、ゲルダのやさしい心から発することばと、真剣によいことをしようとしているような強いまっすぐなまなざしを見て、これはよい人だと思い、助けてあげることにしたのです。
「カラスや、もうすんだことはいいけれど、これからはこんなことはしないでね。さあその人を、隣の部屋の小姓部屋のベッドに連れて行っておあげ。そこに一つ寝床が空いているはずだわ。そして今日はもうゆっくりお休みなさい。明日になれば、あたたかな朝食を差し上げましょう。そして、旅に出るのに必要な、いろいろなものをさしあげましょう」
 そのようにして、ゲルダはカラスとともに、隣の部屋に連れて行かれ、そこであたたかなベッドを与えられ、その夜はもう、ゆっくりと眠ったのです。そして眠りの中で、大きなふたつのゆりの花の上で、カイと楽しそうに遊んでいる夢を見ました。
 あくる朝、ゲルダは王女さまに新しい服と新しい靴をもらいました。そしてふんわりとしたコートやマフまでもらいました。頭から足の先まで新しい着物に包まれて、ゲルダのようすはたいそう立派に見えました。
「これから寒くなりますから、暖かくしていきなさい」と王女さまが言いました。そして王女さまはゲルダに、王子さまと王女さまの紋章のついた、立派な馬車まで用意してくれました。御者まで一人、つけてくれました。
「ああ、ありがとうございます。こんなにまでしてくださって。わたしは何もいいことをしていないのに」
「いいのですよ。あなたの友達を思うきれいな心に、してあげたいことがあったのです」と、王子さまが言いました。ゲルダは、この人はカイに似ていないけれど、なんてよいお方なのだろうと思いました。
 そしてゲルダは、馬車に乗り、カラスや王女さまや王子さまに別れを告げました。本当になんとよい人たちなのだろうと、心の中が感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 馬車に揺られながら、ゲルダの心の庭には、また一つ、新しい花が咲いていました。


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雪の女王の物語・3

2014-03-30 03:39:39 | 夢幻詩語
3 花園の魔女

 カイがいなくなったので、家族の人や町の人は、カイを探し回りました。最後に見た人の話では、カイは大きな外国の人のそりに自分のそりをつなげて、そのそりとともに行ってしまったというのです。それで人々は、カイはさらわれて外国に連れていかれたのだと思い、警察にたのんでカイを探し回りました。でもカイは見つかりませんでした。
 しまいに、町の横にある川のところで、カイによく似た子どもを見かけたという人が出て来たので、カイは川におぼれてしまったのだということになりました。
 みんな、かわいそうなカイのために泣きました。お父さんとお母さんは、目も溶けるかと思うくらい涙を流しました。ゲルダも泣きました。もう永遠にカイと遊べなくなったかと思うと、つらくてしょうがありませんでした。あんなに明るい色をした髪の、かわいい友達が、どんなに好きだったか、ゲルダはカイがいなくなって初めてわかったのです。
 その冬は、みなカイのために陰気な心で過ごしました。とても寒い冬でした。
 しかし冬も、いつかは終わります。季節は巡り、春が来ました。屋根の上の花園にばらが咲き始めたころ、ゲルダは屋根裏部屋の窓から花園に降りて、言いました。
「ああ、もうここで、カイとお話ごっこをして遊べないのね」
 すると、咲き始めた薔薇がほころんで、ゲルダに何かを言いました。ゲルダはびっくりしました。ばらの言うことが、わかったからです。
「カイちゃんは、死んではいませんよ」
「えっ、それはほんとう?」
「ええ、ほんとうですとも」
「では、カイはどこにいるの?」
 ゲルダがきくと、ばらはいやいやをするように首を振り、そのままだまってしまいました。そこでゲルダは、花園に来たスズメに、尋ねてみました。
「カイが死んでないって本当かしら?」
「本当ですとも」とスズメも言いました。
「では、どこに行ったか知っている?」
 ゲルダが聞くと、スズメも何か言いにくいことを隠しているかのようによそを向いて、ちょんちょんとそこらを歩いたかと思うと、すぐに飛び立っていってしまいました。
「カイはどこに行ったのかしら? 死んでいないって、本当かしら?」
 そう思うと、ゲルダはいてもたってもいられなくなりました。
「そうだ、川にいって、川にきいてみましょう。カイは川に乗って、どこかにさらわれてしまったのかもしれないわ」
 そこでゲルダは家に戻り、まだはいたことのない一番新しい赤い靴をはいて、外に出ました。そして、町の横の川の方に行きました。
 川は春の日差しを浴びてゆったりと流れていました。
「川さん、川さん、カイはどこにいるの? カイを返してちょうだい。この新しい赤い靴をあげるから」
 そういうとゲルダは、新しい靴をぬいで、川に放り投げたのです。でも、靴はすぐに流れに乗って、ゲルダのもとに戻ってきました。なぜなら、川はカイをさらっていなかったので、そんなものをもらうわけにはいかなかったのです。でもゲルダは、靴を遠くに投げられなかったのが原因だと考えました。そこでもっと遠くに投げようと、近くに結わいつけられてあった小さな木の小船に乗り、もう一度靴を投げました。
 その拍子に、岸につなげてあったもやい綱がふとはずれて、小船は川に流れだしてしまいました。ゲルダはびっくりしました。あわてて岸に戻ろうとしましたが、船は川に乗ってあれよあれよという間に流れ出してしまいました。助けを呼ぼうにも、岸には誰の姿もありません。ゲルダは途方にくれましたが、あまりあわてて泣き叫ぶのもみっともないと思い、しばらく船に乗って流されていることにしました。
 船から眺める川の眺めは素敵なものでした。川岸の野原に咲く花々は、青や赤や黄色や白やのとても素敵な色でゲルダに語りかけてきました。花々の香りに酔う虫たちの悦びも聞こえてきました。小鳥は空に溶けているかのように姿は見えないのに、美しい声だけは滴のように繰り返ししたたり落ちてきます。まるで熱い光が落ちて来ているようだとゲルダは思いました。船はどんどん流れていきます。ゲルダは、靴をはかないで、くつしたのまま、小舟に立って、風景を眺めていました。
 やがて岸には、きれいなさくらやばらやゆりやたくさんのあでやかな花が咲き乱れる花園になりました。岸辺には小さな庭のある風変わりな茅葺の家が建っていました。何だろうと思って、ゲルダが思わず身を乗り出した時、おばあさんの声が聞こえました。
「まあおまえ、なんでそんな船に乗ってこんなところまで流されてきたんだい」
 見ると、撞木杖をもって、あざやかな花模様の夏帽子をかぶったおばあさんが岸辺に立って、驚いた眼でゲルダを見ているのです。おばあさんは、川にざぶざぶと入ってきて、撞木杖で船をひきよせてくれました。そして、ゲルダを船から下ろして、ゲルダに「なんでそんなことになったのだい」とききました。そこでゲルダはカイがいなくなってからこれまでのことを、すっかりおばあさんに話したのです。
「ああ、そうだったのかい。だが、この川でこの冬に子供が溺れたなどという話は聞かないよ。まあ、カイがどこにいるかわかったら、教えてあげよう」そう言っておばあさんは、ゲルダを家の中に入れてくれたのです。
 おばあさんの家には、不思議な色ガラスをはめ込んだ窓がありました。光はそこから差しこんで、家の中を不思議な光で照らしました。部屋の真ん中のテーブルには、サクランボの実を山ほど載せた皿がおいてあって、おばあさんがそれは好きなだけ食べていいと言ったので、ゲルダは喜んでそれを食べました。
 おばあさんは、家の戸に鍵をかけると、ふところからきれいな金の櫛をとりだして、うっとりとしながら、ゲルダの髪を梳きだしました。
「なんてかわいい娘なんだろう」とおばあさんがいうので、ゲルダは少し恥ずかしくなって言いました。
「こげ茶色の髪はいけないの。みっともなくて、ちんくしゃだから。金の髪のほうがいいの」
「何を言うんだろう。こんなきれいな髪があるものか。だれがみっともないなんていったのだい。おまえはこんな髪だからきれいなんだよ。なぜならおまえは、日陰でりんと咲いているすみれのような心をしているからさ」
 おばあさんにそんなことを言われると、ゲルダはもっと恥ずかしくなって、サクランボを食べているのが恥ずかしくなって、うつむいてしまいました。
「なんてかわいいんだろう。いいものをもらったよ」とおばあさんは言いました。
 おばあさんに髪を櫛とかれているうちに、ゲルダはだんだんとカイのことを忘れてしまいました。というのも、このおばあさんは魔女で、ゲルダに魔法をかけたのです。でも悪いことをする魔女なのではなくて、ただ、ゲルダのようなかわいい娘が欲しくて、手元に置きたかっただけなのでした。
 そこで魔女は庭に出ると、花園の中に咲いているばらというばらに、杖をふれて、それらを消してしまいました。ばらは魔法の杖に触れられると、びっくりしたように震えて、いっぺんに土にとけて消えてしまいました。おばあさんは、ゲルダがばらを見て、家の花園のことを思い出し、カイのことを思い出すといけないと思ったのです。
 それから、ゲルダは庭の花園に案内されました。そこはまた、すばらしいところでした。つゆくさやあさがおやひなぎきょうやまつゆきそうやさくら、れんぎょう、ゆきやなぎ、花という花が、季節を問わず咲いていました。あんまりにみごとなので、ゲルダはしばらく声を飲んで花園を眺めていました。
「ここで好きなだけ遊んでいいんだよ」と魔女のおばあさんは言いました。するとゲルダは大喜びで、花園に飛び込んで行きました。花々に囲まれて、ゲルダはお日さまが隠れてしまうまで、ひとりで遊びました。遊び疲れて家に帰ると、おばあさんは不思議な蘭の香りのするお茶と、美しいひときれのすみれパンを食べさしてくれました。そして、お姫さまが眠るような、宝石のような赤いクッションのある寝床で、暖かくして眠らせてくれました。
 このようにして、何日も何日もが、過ぎました。ゲルダは毎日が楽しくてしょうがありませんでした。花園の花たちは賑やかに歌ってくれて、ゲルダと一緒に遊んでくれました。でも、こんなにもたくさん花が咲いているのに、ゲルダは何かが足りないと感じていました。
「なにかしら?」とゲルダは首をかしげました。そしてある日ゲルダは、おばあさんが何げなく庭においてあった夏帽子を何げなく眺めていました。それはたくさんの花々を描いたそれは素敵な帽子でしたが、中でもいちばん美しいのは、ばらの花でした。ゲルダはやっと気づきました。
「ああ、この庭には、ばらの花がないんだわ」
 ああ、なんてことでしょう。おばあさんは、庭のばらの花はみんな消したのに、自分の帽子のばらは、消し忘れていたのです。ゲルダは、帽子のばらをみて、花園の中をめぐりましたが、一本もばらの花をみつけることはできません。ゲルダはなんだか胸が痛くなって、大事なことを忘れているような気がしてきて、とても悲しくなって、涙を落としました。すると、涙の落ちた地面から、土の中に抑え込まれていたばらがいっぺんにもりあがってきて、大きなばらの木になって、それはすてきなばらの花をいっぱいつけて、咲いたのです。ゲルダはびっくりしました。そして、自分のうちの庭のばらのことを思い出し、カイのことも思い出しました。
「なんてことでしょう。わたし、カイをさがしにいかなくちゃならないんだったわ。カイ、どこにいるんでしょう。あなたは何も知らない?」
 ゲルダはほろほろ泣きながら、ばらに尋ねました。するとばらはいいました。
「どこにいるかはしりません。でも死んではいませんよ。わたしは土の中に溶けている間、死んでいる人がいる国にいましたけれど、そこでカイは見かけませんでしたよ」
「そうなの? ありがとう」とゲルダは言いました。ゲルダは、ほかの花にも、カイがどこにいるか知らないかと聞いてみました。けれども、おにゆりもあさがおもまつゆきそうもひなぎきょうも、みんな知らないと言いました。ただ、たんぽぽは言いました。
「わたしは、カイがどこにいるかはわからないけれど、あなたのこころが、金色で暖かくて、美しいことはわかりますわ。わたしは、その、あなたのあたたかい金の心を、わたしの光で強めてあげましょう。そうすれば、あなたは、どんなことがあっても、やさしい心で耐え抜いて、カイを見つけることができるでしょう」
 すると、たんぽぽの金色の光が胸に飛び込んできて、ゲルダは胸の中に熱い光が満ちてくるように感じました。次に、きずいせんが言いました。
「わたしは、カイがどこにいるかは知らないけれど、あなたの心の中にいる、自分の強さはわかりますよ。だからわたしは、わたしの色と光で、あなたの中の、真実の自分の光を、強めてあげましょう。そうすれば、あなたの美しいまことの光を見て、だれもがあなたを助けたくなってしまうでしょう」
 すると、きずいせんの光が目に染みてきて、ゲルダは自分がずっと大きくなってきたような気がしました。どんなことでもがんばって、やりぬいて、カイを見つけ出そうという心が、胸の真ん中で動かなくなりました。
「わたしたちはみな、カイの行方は知らないけれど、わたしたちのできることで、あなたをたすけてあげますよ」
 花々はみんな、言いました。ゲルダはただただ、ありがとうと言うしかできませんでした。なぜみんな、そんなに自分にやさしくしてくれるんだろう。わたしは花に何にもいいことはしていないのに。そんなことを尋ねたくなりましたが、その心は、小さな白いりんごの花が、そっと吹き消して、忘れさせてしまいました。
 そしてゲルダは、庭のはしっこまでかけていって、門の掛け金をあけました。その門の掛け金はさびていましたが、力を入れると、簡単に外れました。ゲルダは外に裸足のまま飛び出しました。だれも追いかけてはきませんでした。ゲルダはどんどん走って行きました。そしていつしか、周りを見ると、風景は、夏を過ぎて、秋になっていました。
「なんてことでしょう。どれだけ道草をくってしまったのかしら。はやくカイを探しにいかなくては」
 そしてゲルダは、薄寒い灰色の冬の気配を帯び始めた秋の風景の中に、飛び込んで行ったのです。


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雪の女王の物語・2

2014-03-29 04:06:04 | 夢幻詩語
2 男の子と女の子

 庭も持てない、小さな家のひしめき合う、にぎやかで小さな町に、兄弟のように仲のいい男の子と女の子が住んでいました。男の子の名前はカイといい、女の子の名前はゲルダと言いました。
 カイとゲルダの家は、お隣さんでした。細いといをはさんで、屋根がくっついていて、屋根裏部屋の窓が向かい合っていました。ふたりの両親は、家に庭がないので、くっつきあった屋根の上に、ばらの鉢をたくさんおいて、小さな花園をこしらえました。それは、春や夏になると、とてもきれいなばらが咲いて、甘い香りをふりまいて、チョウチョや小さなハナバチがにぎやかに集まってきました。
 といの上に、丈夫な板を敷くと、そこはちょっとした庭にもなりましたので、カイとゲルダはよく、その屋根の上の薔薇の花園で、一緒に遊びました。ままごとをしたり、お姫様や兵隊の人形を使って、お話ごっこをしたりしました。ときには、おばあさんが教えてくれる、神さまやイエスさまをたたえる歌を、一緒に、きれいな声で歌ったりしました。
 冬になると、ばらも枯れて、庭で遊べなくなりましたから、ふたりは家の中で遊びました。家の中では、だんろのそばで、おばあさんが本を読んでくれたり、お話をしてくれたりしました。おばあさんのお話は、むかし、イエス様がおこなったやさしいことの話とか、女の子が賢い知恵で悪い小人をやっつける話だとか、ターバンをまいた異国の王子が魔法の絨毯にのってお姫様を助けたりする話で、ふたりはいつも、目をきらきらさせて耳を傾けていました。
 お話は、ふたりの胸に染み込んで、心臓の奥に、やさしい心の庭を作っていきます。ふたりの心には、イエスさまのやさしい心とか、女の子の賢い知恵だとか、王子様の勇敢さだとかが、花の種のように植えられていって、まるで、屋根の上の花園のように、すてきな美しい庭が作られていくのでした。
 外には雪が降っていました。おばあさんのお話が終わったので、二人は、暖炉で温めた銅貨を窓にくっつけて、雪で凍った窓に小さなのぞき窓をつくり、外を見ました。白い雪が、小さな蜂の群れのように待っていました。
「寒いねえ。雪ばっかり降るね」
「雪って、白い蜂みたいに、とびまわっているのね」
 ふたりが話をしていると、後ろからおばあさんが言いました。
「蜂にも女王がいるように、雪にも女王がいるんだよ」
 それを聞いたカイとゲルダは、また楽しいお話が始まると思って、おばあさんの前に戻ってきました。おばあさんは、ちょっと声を低くして、怖い顔を作って、言いました。
「それはそれは、見れば心が解けるように美しい女なのだが、心は氷のように冷たいのだよ。心臓は雪で出来ていて、氷の玉座に座って、遠い北の国にひとりで住んでいるそうだよ」
「雪の女王って、こわいの?」とゲルダがききました。
「こわいもんか」とカイがちょっと震えながら言いました。
「こわいともさ」とおばあさんは言いました。「心の冷たい子供は、雪の女王にさらわれてしまうのさ。そして、永遠に、氷の城で、こき使われるんだよ」
「ああ、なら、ぼくはだいじょうぶだ。冷たい心じゃないもの」
「わたしは? わたしはだいじょうぶ?」
「うん、ゲルダもだいじょうぶだよ。だってゲルダは、ばらの庭で、真心の歌をぼくのために歌ってくれるもの」
「ああ、よかった」
 ふたりは、手をとりあって、安心しました。
 それはある夏の日のことです。カイとゲルダは、屋根の上のばらの庭で、おはなしごっこをして遊んでいました。兵隊の人形とお姫様の人形を使って、ターバンの王子さまが、鬼につかまったお姫さまを助けにいくお話ごっこをするのです。ゲルダがお姫さまの人形を薔薇の根元に隠し、カイは魔法の絨毯のかわりに、古い花瓶敷きの上に、兵隊の人形をおきました。
 そのときです。急にカイがうずくまって、目と胸をおさえてうめきました。
「あっ、なにか冷たいものが目に入ったよ。あっ、心臓にも何か痛いものが入ったみたいだよ」
「だいじょうぶ? カイ」
 カイがうずくまったまま、ふるえて痛そうにしているので、ゲルダは心配そうに、カイに近寄りました。
 カイの目と胸に入ったもの、それこそは、最初のお話に語った、悪魔の鏡のかけらでした。それが目にはいると、どんなすてきなものでもつまらないものに見え、いけないものはいっそう悪く見え、ものごとのあらばっかり目立って見えてしまうという、災いの種だったのです。
 災いのかけらは、しばし痛く暴れていましたが、そのうち、雪がとけていくように、カイの目と胸の中に溶けていきました。すると、カイの心は氷のように冷たくなりました。目を開けて外を見ると、夏の明るい日差しの風景が、何とも暗くてすさんでいて、とてもつまらないものに見えました。カイはゲルダを見て言いました。
「なんだ、ぼくもうつらくないよ。君ってちんくしゃだなあ。こげ茶色の髪に、こげ茶色の目なんて。鼻だって丸すぎるよ。ぼくを見てごらん。きれいな金髪だろう。青い目だろう」
 カイが、突然言い出したので、ゲルダはびっくりして、涙が出てしまいました。カイは次に、花園のばらたちを見て、言いました。
「やあ、なんていやなばらなんだ。虫が食っているよ。薄っぽくて変な色だ。形だってみっともない。こんなのはちぎって捨ててやろう」
 言うがはやいか、カイは本当に、ばらの花を次々にひねりちぎっていくのです。ゲルダはまたびっくりして、言いました。
「やめて、カイ、ばらがかわいそうよ」
「こんなとこにへんな人形が隠してあるよ。やあ、髪がひとふさ焼けて縮んでいるよ。知ってるぞ、君が失敗して、一度暖炉に落としてしまったんだ。こんなのがお姫さまだなんて、ばかみたいだ」
 そういうとカイは、お姫さまの人形をつかみ、屋根の下に投げ捨ててしまいました。するともう、ゲルダは耐えきれずに、大声をあげて泣き出してしまいました。すると、カイも少しびっくりして、言いました。
「お話ごっこなんてつまらないや。馬鹿みたいなお話のまねするだけだろう。何のためにもなりゃしないよ。そうだ、ぼくは算数の勉強をしよう。そうすれば、頭がよくて、立派な人になれる」
 そうしてカイは、泣いているゲルダを放っておいて、屋根裏部屋の窓から、自分の家に帰って行ったのです。
 その日から、カイは人が変わったようになりました。ゲルダがいっしょに遊ぼうといっても、算数の勉強をするからと、相手にもしてくれません。両親にも、ほかの人にも、なにかにつけ尊大で、偉そうなものの言い方をするようになりました。いつもお話しをしてくれるおばあさんのことなんか、ひどく馬鹿にして、そのメガネを取って、猿みたいにふざけて、おばあさんのものまねをしたりするのです。そうしたら、ほかの大人の人は、カイのものまねがとてもうまいので、おもしろがってはやし立てたりするのでした。
 カイは、他の人のものまねもとてもうまくしました。小間物屋の親父さんの、少し足を引きずったような歩き方を大げさにまねして、からかいました。学校の先生が、しきりに頭をかく癖をまねして、勉強の邪魔をしたりしました。でも人は、そんなカイを見て、ずいぶんと頭のいいやつだと、感心したりもしたのです。実際、カイはとても勉強がよくできました。特に算数と理科は得意でした。
「やあ、ゲルダ。まだ二けたの引き算で苦労しているのかい。ぼくときたら、分数の暗算はできるし、三角形の面積だって計算できるんだよ」
 ゲルダが宿題に苦労をしている時など、カイはからかいました。またカイは、ある冬の日、大きな虫めがねを持って来て、ゲルダに雪の結晶を見せたことがありました。
 虫メガネの大きな丸いレンズのむこうには、それはきれいな、六角形の、宝石のように透き通った結晶が見えました。カイは言いました。
「ごらん。きれいだろう。これはね、立派な算数の計算が支配しているから、こうなるのさ。完璧だろう。どこにも欠点なんてない。これにくらべたら、ばらの花なんて、形も色もばらばらに崩れていて、てんでだめなものだよ」
 カイにそんなことを言われると、ゲルダはばらの花が好きな自分が恥ずかしくなって、こげ茶色の髪や目も恥ずかしくなって、カイの目の前から消えてしまいたいと思うくらい、つらくなるのでした。
 さて、その日からしばらくたった、雪の降る日、カイは厚い手袋をして、綱とそりをもって、広場に行きました。広場には、たくさんの子供たちがそりを持って集まっていました。そり遊びは、子供たちの冬の楽しい遊びだったのです。
「ぼくはかしこいから、広場の方に出て遊んでもいいって、おかあさんが言ったんだ」
 広場では、子供たちの中でも、いたずらっ気のおっきなやつが、通り過ぎるお百姓さんの馬車の後ろに綱をひっかけて、上手に馬車と一緒にそりをすべらせて、はやしたてていました。カイも、おんなじことをやってやろうと、通り過ぎる馬車や大そりを眺めていました。
「あっ、あれなどおもしろいぞ。毛皮などきて、たいそうお金持ちのそりみたいだ。ぼくの小さなそりをつけて、からかってやれ」
 カイは一台の馬にひかせた大きなそりを見つけて、言いました。そのそりには、白い毛皮を着た人が乗っていて、広場を二回ほど回りました。二回目に、自分の前に大そりが来た時、カイは走って首尾よく後ろにとびついて、綱をひっかけました。そしてその大そりにそりを引っ張らせて、「へーえい!」と歓声をあげました。
 大そりに乗った人は対して驚かず、広場をもう一度回ったと思うと、表の大通りに出て行きました。そしてそのまま、雪の降る大空の中へ飛び出していくのです。
 カイは、はっとしました。あわてて、そりの綱を離そうとしましたが、それはもうしっかり凍り付いていて、解くことができなくなっていました。下を見ると、いっぺんに町は小さくなっていました。カイが青くなって、大そりに乗っている人を見ました。するとその人はゆっくりとカイを振り向いて、まるでカイのことをよく知っているかとでも言うように、にっこりと笑い掛けました。
「ぼうや、こっちにいらっしゃい。わたしのそりにのせてあげよう」
 そういうとその人は、傍らの下僕に馬の手綱を任せて、そりの上にゆっくりと立ったのです。カイはびっくりしました。
 雪が、白い蜂のように、その人の周りを飛び回っていました。その人は、見ると心が溶けてくるような、美しい若い女の人の姿をしていました。銀の髪は透き通るようで、瞳は青い星を空からとってきて、凍らせて顔に張り付けてあるようでした。白い雪を織りあげたような美しい紗の着物を着ていて、頭には、透き通った氷のようなダイヤを幾つも飾り付けた、きれいな冠をかぶっていました。透けるような白い毛皮のローブもまとっていました。
 ああ、雪の女王だ、とカイはしびれるように思いました。そのとたん、全身を凍りつくような寒さに拭われました。心の冷たいものを迎えに来るという、雪の女王が、ぼくを迎えに来たのだ。
 女の人は、そんなカイの心がわかったのか、もう一度にこりとわらい、言いました。
「寒いのだね。さあ、わたしのところにきて、この白い蛇の毛皮の中におはいり」
 蛇に毛皮などあるものかな、などと思いながらも、カイは吸い込まれるように、雪の女王のローブの中に入って行きました。でもそこは、暖かくもなんともなく、かえって霜に包まれていくかのようで、カイは一層こごえました。
「かわいそうに、寒いのだね」
 雪の女王はそういうと、カイを抱き、カイに頬ずりをし、カイに小さく口づけをしました。するともう、カイの心も、氷のかけらのように冷たくなってしまって、寒いのも平気になり、かえって暖かく感じるようになりました。
「さあ、わたしの城においで。おまえの冷たい心と、遊んであげよう」
 カイは眠るように、雪の女王の腕の中で目を閉じました。女王はゆっくりとそりにすわり、カイを傍らに座らせ、もう一度手綱を受け取りました。大そりは一直線に、北の空を目指して飛んでいきます。雪嵐がごうごうなりました。どこからか狼の遠吠えが聞こえます。
 このようにして、カイは、雪の女王とともに、行ってしまったのです。
 



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雪の女王の物語・1

2014-03-28 03:51:33 | 夢幻詩語
1 鏡のかけら

 昔むかしのことです。ひとりの悪魔がいて、たいそうこっけいな悪巧みをして、一つの奇妙な発明をしました。
 発明というのは、一枚の鏡のことです。なんとも変な鏡で、鏡というのはほとんど真実そのままを映しかえすものなのに、その鏡ときたら、真実をとんでもなく曲げて写したり、小さなかわいいほくろのような欠点を、それは大きな黒あざのように見せたりしてしまうのです。
 悪魔の手下の小悪魔たちは、最初この鏡を見て、大笑いしました。足の短い奴は、ネズミのようにちっこい足に映ります。頭のでっかいやつは、それはもうスイカ三つあつめて丸めたくらいの大きな頭に映ります。鼻のつぶれたみたいに低いやつは、顔の真ん中に大きな穴が空いているみたいに見えます。みな、鏡に映るものを見るたびに大笑いして、楽しみました。どんなやつも、それはこっけいな、みじめなものに映るのです。
 立派な紳士も、この鏡に自分を映すと、女の子ばかり見ている醜い小男の覗き魔のように見えました。親切な奥さんは、御師匠さんの財布から金を盗み取る性悪小女のように見えました。それでこの鏡を見たみんなは、自分はたいそう悪いものだと思って悲しみ、苦しみました。
 悪魔は、この発明をいかにも大いに喜んで、しまいに、神さまや天使もこの鏡で映してやれとさえ、思いました。そして小悪魔どもに鏡を運ばせて、神さまや天使のいる天国まで持っていかそうとしたのです。
 小悪魔どもは小躍りしながら、鏡を持って天に向かって登って行きました。いったいどんな馬鹿みたいなものが見えるか、楽しみでしょうがなかったのです。きっとずいぶんと醜くて、ちっぽけで、いやらしいものが映るに違いない。それがどんなものかと想像するだけで、小悪魔どもは楽しくてしょうがなかったのです。
 けれども、神さまや天使のいる天上に向かって登っていけばいくほど、鏡が変なものを写すものですから、小悪魔どもはそれを見ているうちに、耐えられなくなって、大笑いして、しまいに鏡を取り落してしまいました。
 鏡は、地上に落ちて、粉々に割れてしまったのです。そして悪いことに、幾万、幾奥の小さなけし粒のようなかけらになって、地上世界に広がってしまったのです。
 これは、地上にとても苦しいわざわいをまいてしまいました。というのも、このかけらが目に入ったものは、ものごとの真実の姿が見えなくなり、ものごとが悪い方向にばかり見えるようになってしまったのです。どんな素晴らしい景色も、みすぼらしくて汚い田舎の景色に見え、どんなすばらしい紳士も、くだらない馬鹿に見え、どんなに美しい奥さんも、陰でいやなことをする性悪女にしか見えないのです。中には、このかけらが心臓に入ってしまう者もいて、そんなことになった人は、もう心がそのまま凍ったように冷たくなってしまいました。
 こんなふうに、鏡のかけらと一緒に、まちがいが世界中にはびこり、それが人間世界に大変な騒ぎを起こしました。悪魔はその様子を、腹をかかえて笑って見ていました。
 これは、そんな寒い寒い人間世界で起こった話です。




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雪の女王の物語・まえがき

2014-03-27 06:22:53 | 夢幻詩語

かのじょは生前、アンデルセンの「雪の女王」の翻案をやりたいと考えていましたが、
原作の美しさの前に、それを断念していました。
ですがわたしは、そのかのじょの遺志をついだので、ためしにそれをやってみることにしました。

原作者には不敬にあたらないように気を使ったつもりですが、かのじょの原案に沿って、かなり斬新な解釈をしてみたつもりです。

このようにわたしは、かのじょの頭の中に浮かんでいた、創作アイデアをもとにしばらく物語を書いていきたいと思います。わたしのオリジナル作品の構想もあるのですが、かのじょの表現力を用い、彼女の人生の中でやるのは、今の段階では避けたいと思います。

「エデンより」も、実はかのじょの頭の中にあった小さなメモ程度のアイデアをもとに書いたものです。しばらくは、かのじょの知識経験倉庫にある、やりたかったが、やれなかったことを、わたしが代行していくつもりです。

それでは、お楽しみに。明日からは一日一回の更新となります。







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マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニと天使

2014-03-27 03:28:05 | こものの部屋・第3館


       



何を言いたいのかって? ふむ、それは良い機会ですから、よし、ひとつだけ、言いましょう。人間様、どうかお願いですから、朝っぱらから朝食にけちをつけないでくれますか。パンが焦げすぎだの、ジャムが足りないだの、チーズが腐ってるだの、卵の焼き加減がどうだの、フルーツが硬いだの。まったくね、気の利かないやつに説教するつもりで、偉そうに言わないで下さいよ。フルーツが硬いのなら、自分で柔らかいのを探してくればいいじゃないですか。ほんの小さなことをひっかけて、人を馬鹿な笑いものにして、悲しい目に合わせないでください。そばにいてくれる人を、傷つけないでください





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ひまわり

2014-03-26 06:44:38 | 画集・線刻派

これも線刻派の表現に入れてしまいましょう。
方眼編のひまわりです。これもかわいらしい。

一時期、かのじょはレース編みに凝っていましたが、これはそのうち、失敗作として処理され、発表されなかったものです。ですが今見るととてもよい。

かのじょの、明らかに真っ直ぐな心が現れている。

かのじょはいつも、ほとんど何の理由もなく、それそのものを愛する。真正面から見つめる。そういうかのじょの愛が目に見えるようだ。

女性というのは、こういう細やかなことが得意です。かのじょは生きていたら、もっとこれを巧みに発展させていきたかったようです。
それで表現の可能性をのばしてみたかった。

どんな小さなことでも、それをよきこととして、発展させていくと、必ずよいものになっていく。

それがかのじょの信念でした。




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ルクバー

2014-03-26 03:50:06 | こものの部屋・第3館


       


しばらく見ないうちに
ずいぶんとお美しくなられましたな





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ドラゴン・スナイダー

2014-03-25 06:42:23 | 画集・線刻派

これは、月の世の物語の重要人物、ドラゴン・スナイダーをかのじょが描いたものですが、失敗作として封じられていたものです。

これを見ると、かのじょの弱点がわかりますね。試練の天使が描く男性像と比べてみるとわかると思いますが、かのじょには、男のあくどさが描けない。どうしても美しくなりすぎる。かなりおもしろい男性像ですが、これは弱い。

かのじょは、ドラゴン・スナイダーに、男性としての力を発揮してほしかったのです。要するに、男性にも、救済に参加してくれと叫びたかったのです。

かのじょはがんばっていましたが、女の力だけでは限界があるのは当たり前です。

男ががんばっている時、女性は積極的に助けますが、女ががんばっている時、男は滅多に助けません。それが美女ならなおさら。

とんでもないギャグになる恐れがあるからです。かのじょもそれはわかっていたから、わがままは言わなかった。極限までがんばらねばならないと覚悟はしていた。

しかし、美女が引っ張ってきたこの救済は、もはや無視できないほどに大きくなってきている。

男の方々は、どうしますか。

みなのために、本気で命を捨てることができる美女に出会ってしまったら、男はどうするべきですか。

ローレライのように、闇に葬るのですか。




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数珠の星

2014-03-25 03:53:23 | こものの部屋・第3館


       



七つの数珠の星には、それぞれに名前がございまして、光の明るい方から、初音、飛雁、百合、銀鈴、千鳥、絹玉、雫、と言いました。





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