イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

訳文を作りし者の恍惚と不安 二つ我にあり その四

2008年02月02日 23時47分13秒 | 連載企画
聞こえるのは知っている語だけと教わりし夜 耳が拾いし“true to yourself”

(解説)僕がiPodで聴くのは音楽ではなく、アメリカのpodcastの番組がほとんどだ。最近、少し日本語の番組も聞くようになったけど、だいたいは英語(もちろん、英語のほうが聴きやすいなんてことはまったくなくて、いくらやっても上達しない、英語の勉強のためです)。通勤時とランニングの最中にずっと聞いている。でも、一言ももらさず聴いているかというと残念ながらまったくそういうことはなくて、途中でついていけなくなってしまって、耳にしている言葉とは違う、妄想の世界に逝ってしまっていることが多い。

通訳学校の先生からもよく言われたことだけど、自分が知らない語は聞こえない。音としては入ってくるかもしれないけれど、意味としては入ってこない。バイスバーサ。もちろん、知っている語でも聞こえない場合が多いのだけど。

途切れ途切れの意識で英語を聞いているとき、ふと耳に飛び込んでくる語がある。やはりそれは、自分の数少ないボキャブラリにある言葉だったり、つい最近覚えたり強く意識した語だったりする。たとえば今日は、true to yourself。自分に忠実であれ。忠実であるから、あるいは忠実であろうとしているから聞こえてきたのか、それとも忠実じゃないから聞こえてきたのかは、よくわからない。でも、きっと何か理由があるはずなのだ。

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訳者は黒子であり、脇役であるわけだが、それでも著者に寄り添うことで、華やかな舞台の上に立つことができる。もちろん、華やかだと決まっているのは舞台だけなのであって、そこでパフォーマンスをする者に力量がなければ、恥をさらすことになるだけだが。ともかく、そうしてめでたく訳書を上梓することができたときの喜びといったら、もうその場で裸踊りを始めてしまいたいくらいのものであり、涙がちょちょぎれるほどのものであるわけで、だからこそ金銭的には必ずしも恵まれない場合があったとしても、訳者志望者は後を絶たないのだし、これからもそれは変わらないのだろう。もちろん、自分もその末端のうちの一人であるわけだ。

しかし、人間、背に腹は変えられない。食うことができなければ、生きていけない。そして、おそらく出版翻訳だけでは、食っていけない。それは不可能ではない。だけど、出版翻訳家になることは、公務員になるとか銀行に就職するとか、そういう風に安定して生活していける職業に就くことではない。翻訳についての「モノの本」などを読むと、一気に夢打ち砕かれ、気分が萎えるような悲惨な体験談ながミもフタもなく書かれてあったりする。実際そこで、撤退していく予備軍の人たちもいるのだろうと思う。

だけど、僕は金銭的な理由だけで、出版翻訳に対して興味を失ったりはしない。少なくとも今のところは。少し悲しいけれど、これが現実なのだ。逆に、儲かるからやろう、と純粋に思えないのは興味の対象としてよいことでもあるという気すらする。そもそも、前に書いたように。「印税で食っていけないのがつらい」なんてことを考えること自体がおこがましい。文学に身を投じて、最終的には自ら命を絶った作家だって多い。それほどの才能も気概も持たずして、印税などという収入手段に期待などしてはいけない。少なくとも僕のような凡庸な人間は。

生きるため糧を稼ぐ手段は印税だけではない。会社員としてサラリーを稼ぐことだってできるし、実務翻訳で手堅く収入を得ることだってできる(実務翻訳で稼ぐことだってとても大変なことだが)、配偶者の収入を基盤にして生活していくことだってできるだろう。飢え死にしない程度なら、しばらく働かないという手だってある。男だって、女だって関係ない。世界には、ありとあらゆる職業があり、生き方がある。世の中のひとは、誰だってそうして自分なりの方法で、生きる糧を得ているのだ。一億人がいれば、一億通りの方法で。だから、出版翻訳一本で暮らしていければ素晴らしいのだろうけど、それができなくたって素晴らしい人生が送れるはずだと思う。翻訳者は、そうした十人十色の「個人的な事柄」を水面下に押し隠しつつ、訳文を作る。報酬は様々な形で訪れる。原著者に成り変ることで、別な人生を生きることができる。自らのつむぎ出した言葉が本という形になる。そしてそれを世間の目に晒すことができる。読者には、訳者の経済事情などわからなくてよい。そして、読者がそれをよい訳文だと評価してくれたら、訳者にとってこんな嬉しいことはない。霞を食って生きていけるわけじゃないから、諸手をあげて万々歳のハッピーエンドにはならないかもしれないけど。

(明日に続きます)

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『庵野秀明のフタリシバイ』企画・構成 木俣冬
『外資の常識』藤巻健史
『スローグッドバイ』石田衣良
『来年があるさ』ドリス・カーンズ・グッドウィン著/松井みどり訳
『人生にツキを呼ぶ 黄金の一日二食』佐藤富雄




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