イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

訳文を作りし者の恍惚と不安 二つ我にあり その三

2008年02月01日 23時29分43秒 | 連載企画
携帯で夢中で喋る手相師と目線交わして夜の街行く

(解説)夜の商店街を歩く。路上の少し先に、手相師がいるのが見える。どこにでもある、見慣れた光景だ。小さな机を出し、椅子に腰掛けて、占ってもらう人が近づいて来るのを待っている。けっして目立たちはしないけれど、しっかりその場に馴染んでいる。よく見ると、彼は右手に携帯を握り締め、誰かと話していた。まるでやり手のビジネスマンのように、熱心にしゃべっている。誰とどんなことを話しているのかはわからない。家族と話しているのか、誰かと仕事のことを話しているのか、あるいは、電話越しに手相を占っているのか(しかし、どうやって?)。偏見なのはわかっているけど、なんでだろう、占い師に携帯は似合わない気がする。携帯を使うなとはいわない。でも、せめて営業中は、やめた方がいいんじゃないか。大きなお世話と知りつつ、そんなことを思いながら彼の前を通り過ぎようとする。一瞬、手相師と目が会う。彼は僕の事などまったく気にせず、すぐに目線をどこか遠くにやって、話を続ける。僕も、すぐに目線をそらして、そのまま歩き続ける。僕の人生、これからどうなるんだろうか、なんてことを思いつつ。幸か不幸か、今まで一度も手相師に手相を見てもらったことはない。

AAAAAAAAAAAAAAAAAAA

本というのは凄いもので、一冊の中に著者の思想や人生すべてを閉じ込めることができる。音として語られる言葉と、文字として書かれる言葉は違う。その著者と会って、半日ほど話を聞くとする。いろんなことがわかるはずだ。その人の表情や、姿やしぐさから、生身の人間からしか伝わらない情報を得ることができる。だから、会いたい人がいて、その人に会えるのなら、相手が生きているうちに、あるいは自分が生きているうちに、会った方がいい。会えば、その人のことが一生心に残るはずだ。でも、人間、会うだけでは伝わらないものがある。相手が目の前にいても、その刹那では、伝えることも伝えられることできない何か。人には歴史がある。それをわずかな時間ですべて誰かに語りうることなどできないのだ。

書かれた言葉の中には、本の中には、そうした「今、生きている何か」的なものだけでは表現しきれないものが、すべてではないにせよ確実に存在している。誰かの歴史や考え方、思想やエートスをすくいあげて、テクストに、この世界に、それを刻み込むこことができる。そして、いったん文字になり印刷された言葉は、ほぼ永遠にこの世に残る可能性を秘めているのだ。

どんな人の人生も、一冊の本になり得るという。誰もがみな、その人にしか生きることのできない、ユニークな物語を生きている。平凡さという概念は、特定の個人のなかに具現するものではない。それでも、誰もが本を出版するわけではない。一冊の書物が生まれるまでには、様々なドラマがあり、想いがあり、必然があり、偶然があり、ユニークな運命がある。凄まじい人生を生き延びて、命をかけてそれを一冊の本に記す人がいる、特定の対象に人生のすべてをかけて、その研究の成果を書物に表す人もいる。読者は、書物を紐解くことで、それを書いた人の人生を、思想を、わずかな時間で追体験することができる。翻訳者は、数ヶ月間を一冊の書物とともに過ごす。大変な作業ではある。とはいえ、その書き手に比べれば、そんな苦労などたやすいものであるはずだ。翻訳者は、訳文の正しさや質については責任を負っているにせよ、書かれている内容そのものについて、その責を直接問われることはない。

(明日に続きます)

AAAAAAAAAAAAAAAAAAA

『犬たちの隠された生活』エリザベス・M・トーマス著/深町眞理子訳
『滅びゆく国家』立花隆
『結婚したら、もう恋はできないの?』イルマ・ラウリッセン著/中田和子訳
『無限カノン』高旨清美
『日蝕』青山光雄
『彼女』A・N・ワードスミス著/高見浩訳
『舞い上がったサル』デズモンド・モリス著/中村保男訳
BO吉祥寺店

『チャンドラー短編全集2 トライ・ザ・ガール』レイモンド・チャンドラー著/加賀山卓郎他訳
『現代短歌そのこころみ』関川夏央
『少女には向かない職業』桜庭一樹
吉祥寺の啓文堂

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2 コメント

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おはようございます。 (清ん)
2008-02-03 08:20:07
冬ですねー
横浜の方は雪がふわりふわり降ってます。

本もそうですけどブログをはじめネットも同じですよね。
文字を通して人柄が伝わってきますね。
私はブログを通して知り合った方々とこれまでに10人以上お会いさせて頂きましたが、ネットで受けた印象と変わりない方ばかりです。
会うと更に体温のような温かさを感じられていいですね。

iwashiさんは誠実で純粋な印象をうけます。

間違いない    ラーメン好きは    皆いい人



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ラーメンの言葉 (iwashi)
2008-02-03 13:05:40
こんにちは!

東京も激しく雪です。
清んさんこそ、いい人に違いないという
雰囲気が滲み出ていますよ~。
誠実で純粋なんて、、、
そうでもないと思います(^^;
でも、ラーメン好きな人に悪い人がいない
という意見には、なぜか素直にうなずいてしまいます。

ところで、ラーメンがもし言葉をしゃべれたら、
いろいろと質問してみたい、なんてことを思ったり
します。絶対、何か言いたがっているような
気がするんですよね(^^;

ラーメン語 分かればお前と 話したい


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