イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

ゴルゴ38  Part VI

2008年09月19日 00時56分55秒 | 連載企画
翻訳は映画と似ている。なぜなら、その始まりにおいて、脚本と呼べるものがすでにそこに存在しているからだ。音楽で言えば、楽譜。料理で言えば、レシピ。それはすでに翻訳者の目の前に存在している。つまり、それはオリジナルのテクストにほかならない。

わずか1億円の制作費でこの世に生み出される映画もあれば(1億円を集めるのだって相当に大変なことだとは思うが)、100億円を投じて派手に作り上げられる作品もある。もちろん、100億円かけた映像が、1億円のそれよりも100倍面白いというわけではない。むしろ、1億円の映画のなかにこそ、商業主義の「魔手」を逃れた映画の真実が存在しうると言えるのかもしれない。実際、小編、佳作といわれる映画作品のなかにこそ、大人の鑑賞に堪えうる名作が数多くあるのは事実なのだ。

だが、だからといって巨額の制作費をかけた映画に存在価値がないということにはならない。大作には大作の醍醐味というものが存在しうるはずだし、観る者に大作ならではのパワー、贅沢感を伝えうることができるのも、大作が大作としてこの世に存在し続ける理由だと思う。何よりも、それが100億を投じるだけの価値のある作品であるならば――つまり、これは「当たる」と思わせる何かが脚本から感じられ、制作費以上の興行収入が期待できるものならば――、そこに20億でも50億でもなく100億という大金を投じるのは、単なる放蕩ではなく、製作者側の誠意であるとも言える。

ならば、と思う。翻訳にだって同じ方程式を当てはめてもよいかもしれないではないか。たしかに、翻訳は映画ではない。幾ばくかは似ているにはしても、それはまったく同じものではない。だから、映画がそうだからといって、必ずしも翻訳がそれに倣う必要はない。しかし、時には原作がかなり「売れる」ものである匂いを放っているときには、そして出版社側が、その原作の面白さを余すところなく日本の読者に伝えたいと思うのであれば、そこに1億円ではなく100億円の費用を投じることは(それがペイするものであると予測される場合には)、決して無駄なことではないだろうと思う。そんな翻訳プロジェクトがあってもいいのではないかと思う。少なくとも志においては。

ぶっちゃけて言ってしまえば、具体的には、1人の翻訳者に仕事を依頼するところを、100人とは言わないまでも、たとえば10人の翻訳者に仕事を依頼してみてはどうだろうか、というのが、私が提案する架空の「翻訳版さいとうたかをプロ プロジェクト」の骨子なのである。

だが、その発想の根幹にあるものは特別なものではない。そもそも共同作業という意味で言えば、翻訳者と監訳者、あるいは下訳者と上訳者、そこに付随するチェッカー、編集者、校正者、監修者、そういった構図は、言うまでもなく、ほとんどの翻訳作業に存在しているし、それは十分に機能している。たくさんの人手をかけてでも、よい訳文を作りたいと願うのは、作り手の誠意であり、夢である。だから、言うまでもないことだが、翻訳者は1人ではない。

しかし、実際には、結果的に翻訳者は1人として扱われていることも多い。この本を訳したのは誰それで、あの本を訳したのは誰それだというように。映画監督は普通1人の名前で表されるし、シェフもその料理を作った責任者という意味では1人だ。そういう意味では、最終的に1人の翻訳者の名の下に訳書を出版することは、自然の摂理というかなんというか、たとえばサルの群れにボスが必ず1匹しか存在しないような、ダーウィニズム的な必然性が感じられる。

しかしこのゴルゴ38プロジェクトでは、そこで話を終わらせたくはない。ただ1人の翻訳者が最終的な責任を負うのだとしても、それは単なる個的な作家ではない。そのプロジェクトの名が表すように、それは、1人の「さいとうたかを」であるべきなのだ。

翻訳の共同作業を拡大し、突きつめたときに、いったい何ができるのか。その可能性を、これから妄想モード全開で探ってみたいと思う(続く)。

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サラリーマン生活もあと1週間と少し。引継ぎやら、挨拶やら、継続案件から、情け容赦ない新規案件!やらで忙殺されている。だけど、これでいいのだ。

仕事を9時に終えて、中野坂上のラーメン屋で同僚とつけ麺、そしてビールで乾杯する。気がつけば、話の内容は9割以上、翻訳についてだった。嬉しい。会社の話をしているのではない。仕事の話をしているのともちょっと違う。話をしていたのは、「翻訳のこと」だった。幸せを感じつつ、明日もまた激しく忙殺されそうだと思う。だけど、これでいいのだ。

『男はどこにいるのか』小浜逸郎
『月の砂』イッセー尾形
『朝霧』北村薫
『オーディション』村上龍
『ひとつ屋根の下』野村信司
『ベースボール、男たちのダイヤモンド』ピーター・C・ブシャークマン編 W・P・キャンセラ他著/岡山徹訳

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