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自然哲学のすすめ

2010-05-05 09:10:16 | 学問

 自然科学の学問分野において、例えば、古典力学、量子力学、相対性理論などは、すでに定説になっていると言ってもよいので、学者や研究者の間で議論になることは少ないであろう。しかし、現在発展途上にある分子生物学、分子進化学、生物進化論、脳科学などについては、諸説が対立している課題が多く、学者・研究者のような専門家において、異なる考え方をもっている場合が少なくない。素人は、一体誰の説を信じたらよいのか、とまどうに違いない。あるいは、素人が専門家に対して批判的なコメントをしたくなる場合もあるに違いない。かと言って、学問の進歩に比べて遥かに余命の短い身でこれらの分野で定説が確立するまで待つというような悠長なことはしておられない。そうなると、方法は、ただ一つ、専門家の著作や見解を参考にさせてもらって自ら自然哲学を思い描く以外にはない。哲学というものは、そもそも個人に属するものであるから、個人の自然哲学で構わないではないか。すでに定説になっていると言われる問題に対して、素人が異論をとなえるのは見苦しいが、専門家の間でも議論が絶えないような発展途上の分野や課題にあっては、素人が自分の自然哲学をもつことが当然のこととして許されるはずである。

 私は、最近、酒井邦嘉著「言語の脳科学」(中公新書)を読み、言語の獲得において、誕生前獲得説と誕生後学習説とが専門家の間で対立していることを知り、上記のような考えをもつに至った。しかし、個人が自分の自然哲学をもつ分野というものは、「言語の脳科学」の分野に限られるものではない。以下の説明は、「言語の脳科学」の分野にみられる課題を例にとった個人的な自然哲学の一例である。

 まず、プラトンの問題というものを説明する。これは、言語の発達過程にある幼児は、言語の規則について周囲から不完全な情報しか与えられないのに、何故文法的に正しい文を発話したり解釈したりできるようになるのか、という課題である。この問題に対して、チョムスキーは、人間である限り生得的に備わった言語能力が存在すると考えた。脳に「言語獲得装置」があると仮定することで、プラトンの問題に説明を与えることができるとする。この言語獲得装置のもつ規則を言語学的に記述したものが、普遍文法である。すなわち、チョムスキーは、ヒトの脳には、普遍的な文法の原理が本能的に備わっていると考えた。一方、意味や概念の学習は、後天的であり、単語と意味のつながりは連想に基づくものであって、その連想関係は偶然的である、とする。

 酒井先生は、チョムスキーの獲得説を支持する。一方、酒井先生は、乳幼児の言語獲得の不思議についても言及する。「幼児の脳の不思議を支えるメカニズムは、ニューロンの成長・増殖と神経回路の再構成である。しかし、それが言語獲得にどのように役立っているのかがまだわからない」とする。普遍文法は生得的に脳に備わっているとする前提だけがあって、それが幼児の言語獲得にどのように生かされ、言語獲得動作が展開されるのか不明というのは、どうも奇妙である。

  しかし、このエッセイは、チョムスキーの理論や酒井先生の見解を批判するためのものではない。チョムスキーや酒井先生の見解には、専門家の見方として敬意を表する者である。以下、言語獲得についての私見を述べる。

 チョムスキーの生成文法理論は、言語学の分野では革命的なものであろうが、彼の言語獲得説は言語学に偏重し過ぎる。言語の遺伝的基礎を研究するアプローチにおいても、何らかの遺伝子が言語獲得に係わっているという証拠は何もない。私は、学習説をとりたい。自然言語の形成は、長い時間がかかったとしても、誰かが人工的に作ったというよりもむしろ自然法則に従って自然に言語が形成されていったと見るべきであろう。ヒトという多細胞生物が単細胞生物から進化して各種器官を統合的に形成して行った過程には、自然法則以外のものが介入していないのと同様である。そうであれば、幼児は、この言語形成過程を短期間のうちに通過して、言語を獲得するに至るのは自然であり、特別不思議なことではないと考える。そのとき、幼児が母語の文法を獲得できるのは、単に幼児の脳が自然法則に従って動作するからに他ならない。プラトンの問題の解答は、チョムスキーの獲得説が唯一の解とは言えない。学習説であっても構わない。

 さらに、私は、ヒトの舌下神経管の太さ(断面積)が類人猿や猿人よりも約二倍太いという最近の発見に注目したい。舌下神経は、舌の筋肉を支配する運動神経であり、舌の運動神経が急に発達した直接の原因は、「話す」ことにあると考えられている。すなわち、「聴覚によって自分/他人の声を聴く---自分の/他人の声を脳で解釈する---発話のための文を脳で形成する---自分で発話する」というフィードバック・サイクルが重要である。このサイクルの維持こそ、幼児の言語獲得に不可欠のものであると考える。

 普通の幼児は、だれでも、その言語獲得過程において天才的な能力を発揮する。一方、物理や数学の習得においては、その適性をもった人は習得が速いが、普通の人はなかなか習得が困難である。物理・数学系に適性か否かは遺伝するという説が有力である。そうすると、ヒトのある遺伝子が、言語獲得の起こる乳幼児期に、左脳の一部を形成するとき発現するということもあり得ることである。物理や数学の習得は、同じく左脳で行われると言われているので、同様に、適性をもった人の遺伝子がその人の発達期において左脳の一部で発現するということもあり得る。そうであれば、ヒトに特有の遺伝子がその乳幼児期に発現して、言語獲得を支援するという可能性も捨てきれない。発生学において、大脳の各部位を形態形成するとき、どのような遺伝子が発現するのか、まだ分かっていないのではないか。ヒトの大脳が形態形成されるとき、ヒトの遺伝子が働いて言語獲得に役立つような大脳が形成されるにしても、基本的に言語獲得は学習に依存するものと考える。幼児が発話する文を文法通り構成する機能は、一般に大脳に記憶される「手続き的記憶」というものに基づいているのではなかろうか。例えば、自転車の乗り方とか、カナヅチを使ってクギを打つ方法などは、学習によってのみ「手続き的記憶」が形成され、習得されるのであろう。自転車の乗り方が人間に生得的に備わっているとは考えられない。言語獲得についても基本的には同様であろう。

 最後に、言語の獲得に関する自分の自然哲学をもったとして、その先にはどのような発展が考えられるのかについて、コメントする。脳科学の専門家と同様に、脳科学に興味をもつ素人が最もやりたいことは、脳のメカニズムをモデル化することである。しかし、この課題の展望は決して明るくない。酒井先生の著作に引用されている伊藤正男氏の言によれば、脳内の言語処理のメカニズムについて、「分子・細胞レベルで言語野の研究を遂行する技術も方法論もまだない現状では、それを実験的に調べることは至難である」という言葉に要約される。すなわち、理論的に脳のメカニズムをモデル化できたとしても、そのモデルを検証するための実験的手段は何もないというディレンマに陥っている。

 脳のメカニズムをモデル化するための有効な技術的手段として、ニューラルネットの技術が知られている。ニューラルネットの素子となるのが、各神経細胞(ニューロン)のモデルである。この素子は、広くはアナログ的ゲートに相当する。すべての論理回路および記憶回路は、ゲートの組合せによって実現できることを考慮すると、原理的には脳内神経回路はすべて上記のモデル化された神経細胞素子の組合せによってモデル化できることが知られる。しかし、ニューラルネットを用いて、実際に脳で動作している神経回路をシミュレートするような構造をもったモデルを作ることは困難である。モデル化された神経回路の処理時間が実際の処理時間の程度であること、という条件も課せられる。

 現在までに知られている生物原理を結集して、脳のメカニズムをモデル化するニューラルネットを構築する。モデルの検証のために脳波・脳磁計測や脳機能イメージングのような実験的手段を使うことは困難なので、断片的ではあるが、今まで集積された心理学の実験データを利用するしかないであろう。言語学よりも心理学の方に多くの実験データが集積されていると見る。

 ニューラルネットを用いて脳のメカニズムをモデル化する手法は、コネクション・アプローチと呼ばれている。ニューロンに相当する素子同士の結合(コネクション)を強めたり弱めたりすることで学習の効果を保存するので、こう呼ばれる。酒井先生の上記著作では、コネクション・アブローチによって得られたモデルが2例紹介されている。現在までの成果を要約して、この方法が脳のメカニズムのモデル化に貢献しているのかとの問いに対しては、わずかな貢献はあり得るが、まだモデル化の決定打とはなっていない、ということである。これは脳のメカニズムの観測技術が不備であるという現状から見ても、予想されることに違いない。

 コネクション・アプローチに将来の展望があるのだろうか。現在のところ、「何とかできそう」という楽観的な希望をもつ理由もなく、また「到底できない」として悲観的になる理由もないので、「わからない」という状態を維持したまま、探求を継続するしかない。哲学というものは、解答がないかも知れない問題を思考によって追及する仕事である。


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2 コメント

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姉キャン系のお姉様にティンポもてあそばれて7万... (ソウイチロウ)
2010-05-09 18:05:13
姉キャン系のお姉様にティンポもてあそばれて7万円もらった!!!!!!
http://aiyorikane.net/dt/jzxrsrz
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  一般法則論のブログを読んでください。 (一般法則論者)
2010-05-07 13:15:19
  一般法則論のブログを読んでください。
   一般法則論者

 公にされた個人の哲学は、即、万人の哲学として通用するかの試練に晒されます。
 この理がお分かりになりますか・・・。

  
返信する

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