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GPSから時空間の仕組みを学ぶ

2013-01-14 13:15:47 | ブログ

 カーナビゲータが車の現在位置を検知するために全地球測位システム(GPS)を利用しているという事実は、ほとんど誰もが知っていることであろう。あるいは、野外でハンディGPSを使うという人もいるだろう。しかし、GPSはどのような仕組みで動作しているのかとなると、知る人は少ないに違いない。私も知らない人間の一人であったが、ここらでその仕組みの事実関係をまとめて記録に残しておきたいと考えた。とは言っても、私の興味の中心は、量子力学と相対性理論の知識をGPSという応用例で確認することにある。

 まず、GPS衛星には、時間を正確に測定するために、原子時計が搭載されている。1秒を定義する世界標準となるようなセシウム133を用いる原子時計は3千万年に1秒以下の誤差しかなく、10-15秒まで計れる精度をもつ。GPS衛星には、10万年に1秒しか狂わないというセシウムまたはルビジウムの原子時計が搭載されているという。これらの原子時計は、セシウムなどの原子が放出する電磁波の振動数を計測するものである。電磁波の振動数を計測するとは、電磁波のもつエネルギーを計測することと同意である。そこで、この測定は、量子力学で言う不確定性原理の制約を受けるのではないかという疑問が生じる。すなわち、粒子のエネルギー測定に原理的な不確定性が伴うのであれば、それがそのまま時間計測の誤差となるのではないかという疑問である。

 原子時計は、レーザーという光増幅器の原理を使っているようである。原子があるエネルギー準位の励起状態にあれば、より低いエネルギー状態、例えば基底状態へ遷移することによって、電磁波(光子)という形で励起エネルギーを放出する。放出された光子は、他の原子に吸収され、その原子が励起されることによって、同じ振動数をもつ電磁波が再放出される。この現象を誘導放出という。このようにして電磁波の放出は、非常に短い時間内に雪崩的に増大する。励起原子が吸収したエネルギーを再放出するまでに10-7秒程度の時間がかかるが、その間に電磁波の位相のズレはないという。つまり、原子は外部から入ってきた光と同じ位相の光を再放出するのである。このようにして、同じ振動数をもち同じ位相に同期した多数の光子の束が得られるので、電子回路によってその振動数を検出することになる。原子のもつ二つのエネルギー準位は事実上不変なので、ハイゼンベルクが示したエネルギーの不確定性要因は生じないことになる。ただし、振動する原子同士が相互作用することによって生じる量子力学的なゆらぎが誤差の一因となるという。量子ゆらぎによる不確定性は、名古屋大学の小澤正直教授の提唱している「ハイゼンベルクの不確定性原理の式に追加される量子ゆらぎの項」に相当するのだろうか。また、原子が放出する電磁波の振動数(周波数)が高いので、これを測定する電子回路の応答性が技術的な測定限界ということになるのであろう。

 次に、相対論の効果について検討する。リヴィオ著「神は数学者か?」(早川書房)という本を読んでいたら、その中に次の記述があった:「特殊相対性理論によれば、衛星搭載の原子時計は相対運動の影響によって、地表と比べてゆっくりと時を刻むはずである(1日に100万分の数秒ずつ遅れていく)。同時に、衛星の時計は高度が高く、地球の質量によって生じる時空の歪みが小さいため、地表と比べて1日に10万分の数秒ほど早く時を刻むはずである。このふたつの効果について補正をおこなわなければ、GPSは1日に8キロメートル以上の割合で誤差が膨らんでいってしまうのだ。」そこで、この数値が得られるものかどうか、計算してみることにした。

 まず、前置きとして、GPS衛星の概略を説明する。以下は、インターネット上のウィキペディアの情報である:「各衛星は、搭載した原子時計による時間情報と、衛星自身の天体暦を含むデータを18秒の信号に乗せて30秒周期で1.2GHz/1.5GHz帯によって送信している。各衛星は、高度20,200km、周期12時間の準同期軌道かつ円軌道上にあり、各衛星は昇交点経度が60度おきとなる6種類の軌道面ごとに4個が配置され、合計24基で衛星コンステレーションを形成する。これらの軌道配置によって、地上のどこからでもさえぎるものがなければ同時に6以上の衛星が視界に入る。」

 GPS衛星は、経度に相当するファイ角0,60,120,180,240,300度の各々について経度方向に45度の間隔をおいて配置されていると考えられる。すべての衛星は北極と南極上空を通過するから、衛星同士が接触しないように45度/6のずれを伴って配置されているのだろう。この配置と、すべての衛星が同期して移動することによって、地球上のどこも同じ衛星の配置ネットワークでカバーされることになる。

 地球上の1点を球面座標で表すと、(r,t,f)で表現できる。rは地球の平均半径で、6,370km、tは緯度方向の角度、fは経度方向の角度である。これに標高hを加えると、座標(r,t,f,h)となるので、rの他に3つの変数で表現できる。i番目の衛星の位置座標を(r,thi,fii)とすると、rは衛星軌道の半径であり、衛星の高度20,200kmに地球の平均半径を加えた26,570kmとなる。thi,fiiは衛星によって決まる定数である。従って、3つの衛星から地球上の地点までの距離を測定することによって3つの式から成る連立方程式をつくることができ、これを解くことによって地点(t,f,h)の座標値を求めることができる。地上のGPS受信機に搭載される時計の精度が衛星の時計ほどよくないため、地上の時計が刻む時間を補正するために4番目の衛星が使われるという。

 まず、特殊相対論の効果について計算する。衛星に固定した時計による固有時間をtとし、地上の時計が刻む固有時間をtとすると、t=t/(ローレンツ変換の係数)の関係がある。同係数は、衛星の地上点に対する速度vが与えられると計算できる。vは、半径26,570kmの円軌道上を12時間で一周するときの速度である。同係数>1であるから、t<tとなる。すなわち、地上点に対して運動している衛星上の時計の刻みは遅れることになる。その1秒あたりの遅れ分を計算し、1日当たりの遅れ分を求める。計算してみると、リヴィオが示す値より1桁小さい値になった。

 次に、一般相対論の効果について検討する。アインシュタインの重力場方程式は、重力の源になる物質の質量やエネルギーが時空の曲がりを表す曲率テンソルで表現できることを示している。この方程式を座標の中心に球対称な質量Mがあるケースについて解いたものが、シュワルツシルド時空であり、線素dsが(r,t,f)を変数とする周知の微分式で与えられる。sは4次元距離と呼ばれるものである。同じ時刻での動径方向の座標がrからrまでの固有の距離sは、近似的に

   s=(r-r)+(r/2)logr/r

で与えられる。rはシュワルツシルド半径であり、r=2GM/cである。重力源が地球の場合、rを計算すると、8.85×10-3mとなる。この4次元距離sは、動径rに付随した時計の刻む時間(固有時間)に光速度cをかけたものであるから、上記sをcで割ったものは、動径rとrの固有時間の差と考えられる。(r-r)/cは同時刻分だからその差が0とみなすと、固有時間の差dtは、

   dt=(r/2c)logr/r

としてよいだろう。r>rであるから、dt>0である。すなわち、地上点rに対して上空のrに位置する衛星上の時計の刻みは進むことになる。その進み分を計算し、1日当たりの進み時間を求める。計算してみると、リヴィオが示す値より1桁小さい値になった。

 ここで、相対論的効果を考えない場合にGPSに生じる地上の測位誤差を計算するために、松田卓也他著「なっとくする相対性理論」(講談社)で挙げられている数値:「地上の時計より衛星の時計が相対論的効果のため4.45×10-10だけ速く進む」を使うことにする。これを使うと、1日あたりの進み時間が3.84×10-5秒となり、リヴィオの値とよく合う。なお、原子時計に生じる10万年に1秒の狂いというのは、3.17×10-13秒の精度に相当し、相対論的効果による狂い4.45×10-10秒の小数点以下3桁目を左右するに過ぎない高精度なので無視できる。

 衛星の位置(r,thi,fii)と地上点の位置(r,t,f)との間の距離lは、周知の公式によって計算できる。(th1,fi1)をr球面上のどこにとってもよいから、th1=90度=p/2,fi1=0度に設定すると、距離lが次式のように簡単なものとなる。

   l=r+r-2rsintcosf (1)

/4?t?p/2,0?f?p/3の範囲で、lを最大にするt,fの値は、t=p/4,f=p/3である。(1)式にt,fの値を入れてlを計算できる。(1)式の両辺を微分すると、

   ldl=r(sintsinfdf-costcosfdt

を得る。距離lを光が通過する時間はl/cである。距離lの誤差dlを光が通過する時間が3.84×10-5/c秒に相当するから、これからdlの値を計算できる。

 2番目の衛星(r,th2,fi2)の位置をth2=p/4,fi2=0とし、地上点の位置(r,t,f)との間の距離l,lの誤差dlの値を同様に計算できる。変数dt,dfに関する連立方程式が得られるから、これを解いてdt,dfの値が決まる。(rdt+(rdf=(ds)の式から距離に関する測位誤差dsを計算できる。計算結果は数kmとなったが、リヴィオの言う8km以上には達しなかった。リヴィオの値は、もっと精密な測地上の条件を基にして計算した結果かも知れない。

 なお、相対論的効果のほかに、GPS衛星からの電波が地上の測定点に届くまでの間に、地球の自転のためにその地点が移動している。従って、そのズレも補正する必要があるようだ。

 リヴィオが示した値は、プロが仕事として計算したものであり、アマチュアが趣味的に計算するには荷が重いようである。しかし、以上の検討を通じて、原子時計を用いる時間測定と不確定性原理との関係が明確になったことと、一般相対論により、重力源からの距離により固有時間に差が生じることとを確認できたことは、収穫であろう。また、GPSという今や地球上どこでもその恩恵を受けられるありふれた技術が、20世紀に確立され、すでに古典の地位を確保している量子力学と相対性理論に少なからず依存していることをはっきり認識することができた。