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英文読んで60年

2013-12-25 15:13:56 | ブログ

 中学校で英語を習い始めて以来、60年以上に亘って英文の技術文書、小説、雑誌などを読み続けてきたが、今だに雑誌などに現れる英語の文章をフレンドリと感じたことはない。これは、英文の小説を50冊以上も読めば、英文がネイティブ並みに自分のものになるだろうという当初の期待に反するものであった。その最大の障害は、ネイティブに比べて知っている語彙の数が圧倒的に少ないことにあると思われる。英文中に何度も現れる単語であることを認識しながら、その意味が思い浮かばない単語も少なくない。しかし、英文がフレンドリでないという感じは、単語だけに限られるものではない。

 そこで、英文がフレンドリでないと感じさせる要因を挙げてみることにした。

(1)単語を構成するアルファベットの配列だけから単語の意味を推定できるものは少ない。多くは、数字の羅列に近く、意味の推定が困難である。

(2)単語を元々の意味を越えて、figurative useというのだろうか、メタファーというのだろうか、比喩的に使う例が多い。

 (例1)frills:ドレスの裾のヒラヒラのことであるが、「余計なお飾り」の意味で用いる。

 (例2)muscle:筋肉のことであるが、force()の代替語として使うことがある。

 (例3)cosmetic:「化粧の」の意味であるが、「うわべだけの」の意味で使う人がいる。

 (例4)stratospheric:「成層圏の」の意味であるが、「はるか上の」の意味をもたせる場合。

 (例5)pageant:仮装行列のことであるが、抽象的に「次々と姿を変えて現れるもの」の意味で用いた例あり。

 (例6)dinosaur:恐竜のことであるが、a dinosaur of an applianceのように「巨大化したもの」の意味で用いた例あり。

 これらの使い方には、慣用的に用いられるものもあるが、筆者の自由な発想を表すものとして、恣意的に使われる例が少なくない。そうすると、読者は、かなり想像力を働かせないと筆者について行けない。

(3)辞書に載っていない単語をよく使うことがある。これらの用語は、その分野の事情をよく知っていないと意味の推定が容易でない。

(4)単語の意味は分かるが、文章として理解できないものもある。このような文は、その分野に精通していないと分からない類のものか、筆者の考えを恣意的に表現したものか、不明であるが、とにかく筆者の意図が伝わらない。

(5)英文中にwhothatのような関係代名詞が多用される。また、主語の部分が長く、どこまでが主語でどこから述語動詞が始まるのか判別しにくいことが多い。これらの障碍があるため、文章の構造をつかむのが面倒なことが多い。

 英文雑誌に載る記事は、上記のような障碍要因を抱えており、かなり筆者の自由な発想を恣意的に表現しているが、それにもかかわらず、どの記事にも共通する標準的なパターンに統一されているようにみえるのは、元の原稿を書きなおす専属のライターがいるためだろうか。このようなライターは、できるだけ一般庶民が理解できるような文章を書くとともに、単語の選択とその使い方が自由であり、独自の工夫をこらしているようにみえる。このような状況は、レトリックを駆使することに全力を尽くす西洋文化と、レトリックにはあまり注意を払わない日本文化との違い、とも言える。そして、ライターがレトリックな文章に凝るほど、一般読者にとってはフレンドリでなくなる。

 これに対して、日本の新聞や雑誌の文章やそこに使われる単語は、何故こうまでフレンドリなのだろうか。日本の文書と言っても、昭和の初期頃までの文章をみると、筆者の恣意的な選択と思われる漢語が多用され、筆者が自分の美辞麗句を誇るような雰囲気があった。それが、戦後、当用漢字が制定され、文章は口語体で書くことが習慣になるにつれて、用いられる単語は、辞書に載っている慣用的な用法に限られ、文体も慣例的な用法に限られる傾向が強くなった。そのおかげで、新聞・雑誌の文章は、フレンドリなものとなり、多くの日本人が大した抵抗もなくすらすらと読めるものになった。このような日本人の読解能力は、戦後の国語教育の成果と言えるのだろう。戦後の復興期と高度成長期の時代には、美辞麗句を尽くした文章よりも、実用的で簡潔・明瞭な文章が尊重されてきたという背景もある。

 しかし、このような日本語環境で育った日本人が、英文の雑誌や新聞を読む段になると、障碍となる個所が多く、抵抗感が強いということになる。英語には当用単語もなく、単語を恣意的に使う例が多く、文体も慣例的でないため、かなり想像力を働かせる必要があるためである。

 このように、日本人から見てフレンドリでない英文ではあるが、ここでも「天は自ら助くる者を助く」のように意欲次第で英文読解の道が開けるように思われる。まず、英英辞典のような英語の辞書は、単語の意味を記述しているのではなく、単語についての解説を載せているだけと納得した方がよいだろう。単語の意味は、想像力を働かせ、できるだけ本文中から汲み取るようにする。英文中の主語の部分や関係代名詞が及ぶ範囲を明確にするために、英文中に鉛筆などで[ ]/のような区切り記号を入れ、文章の構造を明確にする。記事に関するシステムが複雑にみえるときは、その構成要素間の関係を図示しながら読み進む。後でその記事を利用する可能性のあるものについては、要点や図をノートするなどであろうか。

 このエッセーをしめくくる結言を言うとすれば、ネイティブの書く英文は、恣意的な単語の用法やレトリックに満ちていることが多いのだから、読解不能の部分や関心が少ない部分をとばすなど、自分の読解力と興味に応じて柔軟に対応したらよいと思う。