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金融市場の価格変動から学ぶもの

2016-06-26 08:46:12 | ブログ
 マーク・ブキャナン著「市場は物理法則で動く」(白揚社)を読んだ。ここで言う市場とは、株などの取引行動によって生じる金融市場のことである。英語で言うウォール・ストリートに相当する。

 従来、金融市場に関する経済学は、バランスと均衡の概念を基礎としてきた。つまり、経済全般、特に金融市場は、バランスのとれた状態に自然に向かう傾向がある、という考えが根本にあるということである。ここでは、あらゆる混乱やショックは、システムをバランス状態に戻す力、つまり負のフィードバックを呼び起こすと考えられている。

 そのため、従来のファイナンス論は、不安定な市場に正のフィードバック作用が働いてフラッシュ・クラッシュと呼ばれる出来事を引き起こし、それが金融機関の危機にとどまらず、世界的な経済危機にまで発展するという事態を予測してそれに対する備えをするということを、ほとんどしてこなかった。

 一方、今日の物理学者などの科学者は、先達から受け継いだ数学的ツールや物理学的な概念の多くが、生物学、生態学、社会学などの分野の事柄を理解するのにも不思議なほど適していることに気づき、このような分野にも努力を投入するようになっている。ファイナンス論についても同様である。

 気象学者は、とりあえず地球をとりまく大気を単純な平衡状態にある空気の層と考えるが、気象の動力学的なプロセスを理解するためには、平衡状態から離れたところからスタートしなければならない。たとえば、台風は弱い熱帯性低気圧を起源とするが、そこに海から豊富な熱エネルギーが供給され続けるという正のフィードバックが作用して猛烈な破壊力をもつ台風にまで発達する。ファイナンス論についても同様であり、不均衡に基づく経済思想を会得しなければ、市場の変動を理解することができない。

 また、個々の地震を予測することは困難であるが、過去に起こった多数の地震について統計分析を行うと、大規模な地震は一貫して小規模な地震よりも発生数が少なく、地震の発生確率が、その規模のべき乗に比例するという単純なべき乗則ルールに従っていることがわかってきた。

 市場変動、特に大規模なバブルや暴落の統計データも、同様にほぼべき乗則に従っていることが知られるようになった。べき分布の曲線の形は、極端に大きな値の部分で厚くなっている。つまり確率が高くなっている。これは、地震では、「大規模な地震は考えているほど珍しくない」ことを意味するし、大規模な市場変動についても同様である。

 量子コンピュータに関する本を読んでいると、最新の量子コンピュータは、量子アニーリング方式を採用しており、同方式は「最小作用の法則」を用いているという説明が出てくる。

 アニーリングとは、金属加工技術で知られている焼きなまし法のことである。金属分子の中に余分な力(応力)が溜まっていると、金属は硬くなるが、脆く壊れやすくなる。この余計な力が溜まっている状態は、金属を構成する原子や分子のエネルギーが高くて不安定な状態でもある。そこに焼きなまし法により軽く熱を加えると、歪んだ状態が解消される。この方法によって、金属はエネルギーの高い(不安定な)状態から、エネルギーの低い(安定な)状態へ移行して落ち着くことになる。この方法を量子力学的な方法で量子に適用し、エネルギーが安定状態になるような最適解を見つけ出すのが量子アニーリング方式である。

 株などの市場価格は、特別なニュースや情報の影響を受けて大きく変動することがよくある。市場データの分析から、このような大きな変動は、正常な状態から離れた不安定均衡の状態になったのであり、その後ゆっくりと安定均衡の状態に戻っていくことが知られている。このような市場価格の動きは、金属に軽く熱を加えてエネルギー的に不安定な状態から脱出させた後、ゆっくりと冷やして安定な状態にもっていくプロセスとよく類似している。金属への加熱に相当するものは、同じ方向を向いた多くの取引行動の結集なのであろう。

 量子アニーリング方式は、「最小作用の法則」という究極の物理法則に則っている。そうであれば、市場変動もまたこの法則から外れるわけにはいかないようだ。

 量子コンピュータのような原子レベルのミクロな世界から金融市場のような人間の行動が介入する世界に至るまで、同じ自然法則が支配するとすれば、生命体が常時行っている生命活動もまた同じ自然法則に則っていると考えたくなる。

 特に、「最小作用の原理」の定義が、「宇宙での物体の動きは、どれだけ複雑に見えても必ず、ある特定の物理量を最小化するようなものである」というのであれば、「物体」を「タンパク質分子」置き換えれば、「物理量」を分子生物学の用語に置き換えられないものであろうか。

 ところで、「物理法則で動く市場」は、デイ・トレーダのように頻繁に取引する人々には興味深い市場メカニズムの知識を提供するかも知れないが、そうでない一般の人々にとって、このブキャナンの著作から金融市場の価格変動の要因以外に学べるものがあるのだろうか。

 この本の説明の中で、特にマイノリティ・ゲームと名づけられた単純なゲームに注目してみたい。このゲームには多数のプレイヤーが参加し、各プレイヤーは、毎回AかBかのどちらかを選ぶという単純な選択をする。「AかBか」は、一度に収容できる人数に限りのある飲食店やバーであれば、「店に行く」か「家にいる」に該当する。株式市場ならば、「株を買う」か「株を売る」に該当する。この場合、株を買う人と売る人の人数の差が株価を上下させるという考えに基づいている。

 このゲームのプレイヤーの目標は、マイノリティ(少数派)になること、つまり他のプレイヤーの大半がしない選択をすること、それだけである。各プレイヤーは、理論または仮説に基づいて動くと同時に、学習能力も備えている。彼は、複数種類の「戦略」のなかから、一つをランダムに選んで使うとともに、過去に一番うまくいった戦略を探し出して使うのである。最初から成功すると決まっている戦略はない。もしそのようなものがあれば、全員がそれを採用するようになり、全員が多数派になってしまう。そうなると、全員が負けである。多くのクォンツヘッジファンドが2007年に経験したとおり、成功する戦略というのは、自滅の種をまいていることになるのである。

 マイノリティ・ゲームの問題点は「フラストレーション」が存在することである。フラストレーションとは、すべてのプレイヤーが同時に望ましい状態になることを不可能にする、面倒な状況のことである。たとえば、全員が「店に行く」を選択するか、全員が「家にいる」を選択するような状態である。

 物理学者は、物理学で開発された手法を使えば、マイノリティ・ゲームの厳密な解が得られることに気がついた。市場には、一般に水(液体)と氷(固体)ほどに異なる、きわめて異質な二つの相、つまり二つの挙動領域があるはずである。さらに、市場は、ある相から別の相へと、まったく予期しないタイミングで切り替わることができる。

 こうした挙動領域の転移現象は、市場の「予測可能性」(過去の結果に基づいて未来を予測する能力)が市場参加者の数に左右される様子のなかに、はっきりと現れている。市場参加者の数が特定のしきい値より少なければ、市場の動きは常に、ある程度の予測可能性がある。予測可能性のレベルは、参加人数が増えるにつれて徐々に下がっていき、最終的には特定のしきい値でゼロになり、参加人数がそれ以上増えてもゼロ、つまり予測不可能のままになる(この現象の数学的な説明については、本 書参照とし、省略する)。

 マイノリティ・ゲームの他の事例として、卑近な例を思いついた。自分で車を運転して目的地まで行くとする。家から目的地までいくつかの利用可能な経路があるとすれば、その中から最も交通渋滞の少ない経路を選びたい。過去の交通情報などから最も渋滞が少ないと予想される経路を選ぶことになる。この予測が当たれば満足できるが、大きく外れればフラストレーションを感じることになる。

 こうしてみると、バーの収容人員とか道路の収容可能な車両数などは、市場参加者のしきい値に相当することがわかる。人員や車両数がしきい値より少なければ、参加の選択をした全員が予測に成功したのであるから、予測可能領域にあったと言える。

 そうすると、マイノリティ・ゲームの理論によって、金融商品の売買という物理的な員数から隔たった抽象的な領域に予測可能性の分岐点となる市場参加者数のしきい値という概念が導入されたことは、すごい成果であると思う。

 道路渋滞の状況が報道されるように、市場参加者数の状況が公表される日が来るだろうか。あるいは、そのような情報は、コンピュータを駆使する高頻度取引者を利するだけであり、公正取引のルールに反するものであろうか。

 そもそもマシン利用の高頻度取引が許されているのは、マシンを利用する/しないにかかわらず、金融市場が基本的に予測不可能であるという信条に基づいているからだろうか。テクノロジーの進歩はすさまじく、常に法律制定が追いつかないように思えてならない。

 参考文献
 マーク・ブキャナン著「市場は物理法則で動く」(白揚社)
 竹内薫著「量子コンピュータが本当にすごい」(PHP新書)